No matter what fate   作:文系グダグダ

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お騒がせしました。


24:9月 キャノンボール・ファスト 後編

 IS第三アリーナでは休日にもかかわらず上昇志向の強い生徒達が鍛錬に励んでいる。

 ラファール・リヴァイヴで射撃訓練を行う生徒や、打鉄を纏い近接ブレードで素振りや組手といった稽古を行なっている生徒達がいる。

 特にIS第三アリーナでは打鉄でもラファールでもない専用機持ちが大半を占めている。

 

「これで……!」

 

 全身を装甲に身を包み他のISよりも大柄なサイズのそれは瞬時加速を駆使して近接ブレードで鋭い突きを放った。

 

「踏み込みが足りん」

 

 対するIS『暮桜弐式』はあっさりと突きをかわすとIS『ゲスト』の懐に入り込み……

 

「ちょ、まっ……!」

 

 暮桜弐式の操縦者、織斑千冬はゲスト機、岡部友章の持つ近接ブレードを奪ったのであった。

 

「これでチェックメイトだ」

 

「参りました」

 

 織斑千冬が近接ブレードを岡部友章に向けると、彼も観念して両手を上に挙げて降参のポーズをとった。

 

 

 IS教師陣も自己の鍛錬を怠らない。岡部友章と織斑千冬もその例外ではなく、それに参加していた。

 

「ゲスト機接近!」

 

「各員散開! 十字砲火で迎え撃って!」

 

「「了解!」」

 

 甲高い音を立ててボールダッシュで向かってくるゲスト機に対抗するのは全身装甲に身を包んだ鋼の乙女が3機と緑のカラーリングを施したラファール・リヴァイヴが1機。織斑千冬の後輩である山田真耶と元シュヴァルツ・ハーゼ最古参隊員のルードヴィッヒ・バイルシュタインとモーゼル・シュトッテルンハイム、初代シュヴァルツ・ハーゼ隊隊長のクラリッサ・ハルフォーフだ。

 4機はそれぞれの方向からIS用アサルトライフルを発砲する。

 

(なるほど、着眼点は良い)

 

 左腕のシールドリヴォルヴァーカノンで銃撃を防ぎつつ、回避運動をAIにまかせて右手の複合式カービンライフルで狙いを定める。ライフルには実銃でいうところの前部マガジン部分からケーブルが伸びており、ゲスト本体の腰部ソケットに装着されている。

 

(だが、不十分な包囲作戦は各個撃破の危険も伴う)

 

 実弾・エネルギー弾系統を織り交ぜたチャージショットはそのままラファール・リヴァイヴに放たれていった。

 

「とまらないっ!? きゃっ!?」

 

 ラファール・リヴァイヴはとっさに瞬時加速でチャージショットの初弾を避ける。しかしゲストは間断なく第二射・第三射も放ちラファール・リヴァイヴを追い詰めて行く。

 

「まだ貴方には落されるわけには行きませんね……ッ!」

 

 山田真耶の真価はこの粘り強さにある。

 普段はおっとりとしており、お世辞にも要領の良いとはいえない彼女ではあるが、根はとても真面目で我慢強い性格であることは岡部友章も知っている。

 

 チャージショットの初弾を躱し、三射目の布石である二射目を予想通り回避し、岡部友章の予定では直撃するはずだった三射目は実体シールドで防がれていた。

 

(見誤ったか……!)

 

「総員、抜刀!」

 

 そこにすかさず、シュヴァルツ・ハーゼの3機は近接武器を展開し、次々に切りかかってくる。

 ルードヴィッヒのランスチャージをかわし、身体をモーゼルの方向に回すと、彼女の近接ブレードの振り下ろしを左腕の盾で受け止める。

 

「隙ありッ!」

 

(落ち着いて迎撃……)

 

 モーゼルに対して一部の爆発反応装甲の切り離しによる爆風で吹き飛ばした。そしてクラリッサの近接ブレードの突きに対して、カービンライフルのチャージショットで撃ち落とそうとする。

 

 バシュッ! と発砲音を立ててカービンライフルから混合弾が射出され、クラリッサ・ハルフォーフの纏うISの装甲に弾かれる。

 

(まずいッ!)

 

 岡部友章はカービンライフルを銃剣のように突き立てて、近接ブレードの突きの軌道を慌てて反らすと、反撃にシールドの付いているリヴォルヴァーカノンで反撃を試みるが……

 

「やらせません!」

 

 山田真耶のラファール・リヴァイヴが強引に実体シールドでの打撃(バッシュ)で割り込んでくる。

 

(流石に厳しいな!)

 

 岡部友章は先ほどの酷使によって使い物にならなくなったカービンライフルを投げ捨て、右手でラファールのシールドに対してアームパンチを敢行。

 炸薬が爆燃し、ラファールの推力を上回るパワーが一時的にゲスト機の右腕に与えられる。その力で持って、ラファールを押し返してから瞬時加速(イグニッション・ブースト)で離脱を行う。

 ルードヴィッヒとモーゼルの2人はIS用アサルトライフルで追い打ちをかけるが、流石にゲスト機は器用に動きまわり致命的なダメージを回避している。

 

「流石に嫁は凄いな!! 初代ブリュンヒルデに相応しい!」

 

「結構いいところまで行ったんですけどねぇ……」

 

 満面の笑みを浮かべるクラリッサ・ハルフォーフと悔しそうに苦笑する山田真耶は体制をすぐに整える。ルードヴィッヒとモーゼルも強者と戦えることに悦びを感じているのか表情は明るい。

 しかし、唐突にアリーナからアラートが鳴り響いた。試合終了の合図だ。

 

隊長(クラリッサ・ハルフォーフ)の言うことは間違いなかった!!」

 

「一度は死んだも同じ身! 一生貴方についていきます!」

 

 どうやら時間らしい、岡部友章は安堵感から深く息を吐く。どうやら先程の模擬戦で感銘を受けたのか、ルードヴィッヒとモーゼルの二人がそんな事を言いながらこちらに寄り添ってくる。

 この組手は岡部友章のゲスト機のシールドエネルギーが一定の時間内までに尽き無いことが彼の勝利条件となっているからだ。

 見れば、観客として見ている織斑千冬と篠ノ之束、織斑一夏と他専用機持ち達とナターシャ・ファイルスも楽しげに、満足に満ちた視線をこちらに送っている事がわかった。

 ゲスト機は紅椿と同じ、展開装甲の応用で一部欠けた爆発反応装甲を貼り直した。

 

(やっぱり……いくらか仕様マイルドになったとは言え、ゲスト機よりも汎用性と機動性富んだ『量産型』は辛いなぁ)

 

 実際にやりあったからこそわかる感覚について、簡潔に感想をまとめる。岡部友章の視線の先には元シュヴァルツ・ハーゼの面々と見慣れないISがあった。

 ISによくある地味にISスーツが一部露出していたり、扇情的なデザインでありながらもガチガチの重装備であるゲスト機の特徴も垣間見える。 IS『ワルキューレ』はゲスト機を量産用にリファインされたフレームである。

 その歴史はゲスト機のミッションパックで試験量産型のYタイプ(イールドタイプ:Yield Type)から始まり、本格的な量産型のWタイプ(ウォーバードタイプ:Warbird Type)を経て、元シュヴァルツ・ハーゼ隊の面々が纏っているIS『ワルキューレ』の原型に近いHタイプ(ハンドピックタイプ:Hand pick Type)からの派生・独立である。

 

 ……というのが対外上の口実であり、篠ノ之束の無人ISの原型であるゴーレムⅠ型・Ⅱ型・Ⅲ型の言い訳に過ぎないのである。

 

(あの時はとんでもない事をしてくれやがったと思わず心のなかで悪態をついてしまったが……ゲスト機のミッションパックのお陰でなんとか丸め込めて本当に良かった……)

 

 知的好奇心旺盛な篠ノ之束がうっかり人の道をはずさない程度に調整とサポートを行ってきた岡部友章は感慨深くため息をついた。

 

 

 このように教師陣も自己の鍛錬を欠かすことはなかったが、職務上必要なことでもある生徒の教導も欠かさなかった。

 

「くっ! これで!」

 

 セシリア・オルコットの駆るブルー・ティアーズは射撃型特殊レーザービットを4機をゲスト機の差し向ける。

 

「オルコット! ビットに集中しすぎだ! その手のライフルは飾りか!」

 

 ゲスト機も同様にスカート状のアーマーのように収納しているレーザービットを射出して迎撃させる。ゲスト機のレーザービットはブルー・ティアーズのレーザービットに向かいに激しい空戦を行い始める。すれ違いざまにゲスト機ビットの編隊はブルー・ティアーズ機のビットの編隊に射撃を、そしてお互いに上と後ろを取るような空戦(ドッグファイト)を開始した。

 

「ビット同士が戦闘してても、機体は動く。ビット同士の空戦に勝利しても機体が落されては意味は無いぞ」

 

 BT兵器仕様であるBタイプのミッションパックを装着しているゲスト機とブルー・ティアーズはそのままお互いに円状制御飛翔(サークル・ロンド)に突入、激しい射撃戦が繰り広げ始められた。

 

「ビットに意識を集中しすぎだ。追撃は最低限に」

 

「ハイッ!」

 

 急加減速下による激しい機動下において、スターライトmkⅢ(六七口径特殊レーザーライフル)の予備機を持ったゲスト機がブルー・ティアーズに射撃を加えながら厳しく指導する。

 それに負けじとセシリア・オルコットはスターダスト・シューター(大型BTレーザーライフル)で応射しようとトリガーに指をかけた。

 

(見えますわ! 岡部先生の動きがはっきりと見えます! ブリリアント・クリアランス(超高感度ハイパーセンサー)なら……っ!)

 

 ハイパーセンサーの能力を底上げするバイザーを取り付けたセシリア・オルコットにとって今のゲスト機の動きは鮮明に見えていた。高速で移動するゲスト機を簡単に射抜く事ができるかもしれないとセシリア・オルコットは予感しつつ、トリガーを引き絞り、遊びを少しずつ無くしていく。

 未だにお互いのビットは何一つ欠けないまま、空戦を繰り広げている。

 

(でもやはり、岡部先生はバケモノすぎます!)

 

 ブルー・ティアーズにも施された対レーザー加工の装甲がスターライトmkⅢの弾をかき消し、シールドエネルギーには微々たる消耗しか無いものの、(威力)よりも(命中数)でダメージレースを掌握しようとする岡部友章にセシリア・オルコットは戦慄していた。

 

(高速機動下におけるIS戦闘で恐ろしいまでに当ててくる!? しかし、これで!)

 

 セシリア・オルコットはゲスト機を捉えたままスターダスト・シューターの引き金を引いた。事前にビットでゲスト機の気を引いたり、IS同士においてもゲスト機の僅かな隙を狙った一撃である。

 対レーザー加工の装甲ですら有効な打撃を加えられるまでに出力を増大――結果サイズが大きくなってしまったが、強力な一撃はゲスト機の胴部に綺麗に突き刺さった。

 ゲスト機は大きく仰け反り、体勢を崩す。ゲスト機の持つビットの編隊も動きが鈍くなり、精細を欠いた動きになっているのをセシリア・オルコットが見逃すはずもなく、ブルー・ティアーズのビットに追撃させる。

 

「やりましたわ!」

 

 ゲスト機のビットを一つ落とした時点でブルー・ティアーズのビットを引き上げさせたセシリア・オルコットは思わず吠えた。

 思えば4月から始まったこの模擬戦ではあるが、セシリア・オルコットは言わずもがな専用機持ち達は未だに織斑千冬と岡部友章に一矢報いる、つまり有効打を加えたことはあれど追い詰めるといった事はレアケースと言っても良かった。

 技量は上がっていっているのはデータが示している。だが、実際にそれを実感したことはなかった。

 技量は上がっていったとしても実際にこの二人に一方的にやられてしまうのが常だったからだ。

 

 しかしながら、セシリア・オルコットとて浮かれていられるのはその一瞬だけであった。

 

 直ぐにスターダスト・シューターの銃口をゲスト機に向け、さらなる追撃を加えんと大型BTレーザーライフルの冷却時間が終わり次第、トリガーを引いた。

 

(もしかしたら私、初めて白星を取れるかも!?)

 

 セシリア・オルコットの中でムクムクと功名心が鎌首をもたげるのを彼女自身は知らないままに。

 彼女の思惑とは裏腹にゲスト機はスターダスト・シューターの手痛い一撃を食らいながらも、推進翼とバーニアノズルを吹かせる事によって何とか回避する。しかし、その動きはどことなく単調でおぼつかない。

 

 残った3機のゲスト機のビットと未だ欠けない4機のビットは数に劣ったゲスト機側が完全に守勢に回ったことで未だに空戦を続けていた。

 

(まだ、まだ撃てるはず……)

 

 状況的には未だにセシリア・オルコットは優位にたっている。本来ならば、彼女の思惑とは別の動きを見せたゲスト機に対して警戒しなければいけない場面に置いて、彼女は冷却時間が終わり次第、スターダスト・シューターの引き金を引いた。

 

(まだ、避けますの……)

 

 その後の第二射、三射とスターダスト・シューターを撃ち込んだが、ゲスト機は幾度と無く回避してみせる。反撃はしてこないものの、セシリア・オルコットの中に焦りが生まれる

 

(事前に話される模擬戦の内容の話ではゲスト機に残っているシールドエネルギーの残量はそう多くはないはず、これ(大型BTレーザーライフル)ならあと一撃でなんとか削り切れるはず……!)

 

 あと一撃でゲスト機に勝てる。今まで勝てなかった相手に勝てる……という誘惑には流石にセシリア・オルコットは勝てなかった。思考がどんどんと目の前のゲスト機に集中しだし、意識が射撃へと引っ張られ始めた。

 

「このっ、この」

 

 冷却時間が必要なスターダスト・シューターを破損させない程度に連射するブルー・ティアーズ。対して、ゲスト機は未だに初弾以外は当たってはいなかった。推進翼やバーニアノズルを活かして、ステップを刻むかのように機敏に富んだ細やかな動きで、大型BTレーザーライフルの射線から身を躱しているのだ。

 セシリア・オルコットがスターダスト・シューター(大型BTレーザーライフル)を撃つごとに、ゲスト機は体制を整え、岡部友章に反撃の機会を設けることになる。

 ビットの空戦は依然としてセシリア・オルコットの優位、しかしそれは見かけだけであり、その実態はジリジリとブルー・ティアーズ側のビットがセシリア・オルコットの方に後退していく。

 

「あまいっ!」

 

 ゲスト機がスターライトmkⅢ(六七口径特殊レーザーライフル)を四連射すると、ブルー・ティアーズ側のレーザービットに命中し、爆散した。残る第二射、第三射も同様に先程とは別のレーザービットに面白いくらいにそれぞれ命中し、一気に形勢が変わる。

 

(あっ……)

 

「オルコット、浮かれすぎだ。

 武装をしまったら。少し解説を入れようか」

 

 セシリア・オルコットが詰みを理解したと同時に岡部友章のお説教(教育的指導)が始まったのは言うまでもない。

 開放回線(オープンチャネル)での岡部友章の声を最後に、回線は閉じられる。

 

「今回もまた負けてしまいましたの……」

 

 スターダスト・シューター(大型BTレーザーライフル)とバイザーであるブリリアント・クリアランス(超高感度ハイパーセンサー)拡張領域(バススロット)に入れたセシリア・オルコットはがっくりと項垂れる。

 

 その時、近接ブレード同士がかち合う音がセシリア・オルコットの耳に届いた。

 

「いくぞ! 箒!」「こい! 一夏!」

 

 視線を下に向けると、織斑一夏と篠ノ之箒がそれぞれ白式・雪羅と紅椿をその身に纏い、得物である雪片弐型と雨月(あまづき)を激しく交差させて打ちあっている。

 

「これで……!」

 

 紅椿が瞬時加速で一気に距離を詰めて斬りかかるが白式がそれを雪片弐型で受け止めてから外に受け流す。紅椿はそのまま白式とすれ違うが、直後に瞬時加速(イグニッション・ブースト)からの180回転する特殊無反動旋回(アブソリュート・ターン)を駆使し、突きにかかる。

 

「うおっ!? だが!!」

 

 織斑一夏は夏の福音事件で自身の姉が見せた岡部友章との連携技を彷彿とさせる動きに驚きながらもその刃先を片方の手を雪片弐型の峰の部分に添えてから横向きにして雪片弐型の腹の部分に雨月の刃先当てて逸らす。そしてそのまま、柄を両手で持ち横薙ぎに振るい反撃を試みる。彼の狙う先は剣道で言う小手の部位であった。

 

(零落白夜はどこに雪片弐型があたっても等しくシールドエネルギーにダメージを与えられる! 直撃ばかり狙わなくても最悪掠らせるだけでも強みだ!)

 

「まだだ!」

 

 紅椿は今度は真後ろに瞬時加速を行い、そのまま突きの姿勢を解いて白式・雪羅と鋸競り合いへと入っていく。

 

「中々やるじゃないか! 一夏!」

 

「友兄の射撃練習の受け過ぎで、箒の腕が鈍っただけじゃないのか!」

 

「減らず口を!」

 

「俺は箒と違ってこれ(近接)だけしか芸の無い男なんでな!」

 

 普段の朗らかな表情と違い、不敵な笑みを浮かべる織斑一夏にはこれはまた違った何かがあった。

 

(入学当初と違って、一夏さんもすっかり上達して来ましたわね……)

 

 4月のクラス代表戦では機動力やワンオフアビリティである零落白夜を考えなしに用いてのただ闇雲な抜刀突撃だったのが、自分(セシリア・オルコット)や、幼馴染の篠ノ之箒・凰鈴音、シャルロット・デュノア、ラウラ・ボーデヴィッヒ、更識姉妹との闘いを経て、ここまで成長させたのだ。

 

(今ではすっかり、エネルギーのペース配分や操縦の腕も代表候補生に選ばれてもおかしくないものになりましたわ)

 

 セシリア・オルコットは織斑一夏を見ている内に、ドキドキと胸が鼓動していることに気がついた。

 

(一夏さん自身も私の事を色目もなしに接してくれていますし、岡部先生がフランスで行方不明になった時にも、あたふたしてばかりの私達に対して、色々動いていましたわね……

 その度に女の子が増えていったのは気のせいではありませんが……)

 

 と、ここでセシリア・オルコットは織斑一夏の周りにはかなりの代表候補生が集まっている事を改めて思い出す。

 

(そういえば、一夏さんを慕う娘はかなり多いですわね……)

 

 幼馴染二人(篠ノ之箒・凰鈴音)フランスの代表候補生(シャルロット・デュノア)ドイツの代表候補生(ラウラ・ボーデヴィッヒ)、そして生徒会長の妹で日本代表候補生(更識簪)と入学当初と比べると数を増していることが直ぐにわかる。

 

(最初は箒さんだけでしたのに……箒さん、不憫な娘ですわ……)

 

 セシリア・オルコットは白式・雪羅と激しく打ち合っている紅椿のパイロットを見た。その時、再び開放回線(オープンチャネル)が繋がれた事に気がつく

 

「オルコット、どうした!? 気分でも悪いのなら無理せず救護室で休んでおくか?」

 

 ゲスト機をデフォルトタイプのミッションパックにであるZタイプに換装させた岡部友章がそこに立っていた。彼はヘルメット部分を拡張領域(バススロット)に収納させて素顔を露出させ、未だにアリーナの中域で佇んでいるセシリア・オルコットを心配そうに見つめている。

 

(ああ、違いますわね。箒さんがしっかりと決めていなかったからこそ、こんなにも増えたのですわ。

 4月にしっかりと箒さんが一夏さんを捕まえていれば、少なくとも今ほどの数にはならなかったはずです)

 

 岡部友章を見たセシリア・オルコットは篠ノ之箒が彼を偉く慕っていることを思い出す。その度合いはセシリアにとっても少々、行き過ぎたものではあったが……

 

(今思えば、期末試験での試験勉強に岡部先生を選んだり、夏休みには実家に帰ること無く岡部先生の自宅で過ごしていたり、幼い時に同居していた事があるとはいえいくらなんでも異常ではないでしょうか……?)

 

 そこまで考えて、セシリア・オルコットは振り払うかのようにその考えを拭い去った。

 

(そんなことを言いましたら私も似たような物でしょうに。)

 

 何故なら、彼女も他の生徒とくらべて岡部友章と交流していたからである。二人の共通点は以外にも多く、ISが射撃型であること好きな嗜好品の例としてともに紅茶があげられること、スポーツ競技としての射撃や狩猟等に興味があった事があげられる。

 

(まあ、私としても岡部先生はとても魅力的な人だとは思いますけど……

 敬愛はすれど、そこに恋愛感情なんて無いでしょう。向こうから求められた際は別ですけど……まあ、それはありえないことでしょう。)

 

 岡部友章にとってセシリア・オルコットは可愛げのある生徒でかつ、篠ノ之姉妹と織斑姉弟の価値を上げるためのコネクションである事には変わらず、当のセシリア自身も気兼ね無く言葉を交わせ、趣味にも意気投合でき、自身の父親と同様に尊敬できる数少ない人間でしか無いのだ。

 

 一方、アリーナの一角ではラウラ・ボーデヴィッヒ、シャルロット・デュノアがそれぞれシュヴァルツェア・レーゲンとラファール-リヴァイヴ・カスタムⅡの拡張領域(バススロット)に増設スラスターの後付装備(イコライザ)として登録するために量子変換(インストール)を行っていた。

 

「ふたりとも、調子はどうだ?」

 

 そこに織斑千冬がやって来る。

 

「はい。織斑先生、あと少しすれば量子変換(インストール)が終わるところです」

 

「これが終われば直ぐにでも調整に入り、微調整が完了次第、本格的な運転に入る予定です、教官」

 

 二人は特に問題は無いといった趣旨の返事をすると、織斑千冬自身もそれ以上は何も言うつもりは無く「そうか」とだけ返した。

 

(こうしてみれば、岡部のゲスト機は異常だ。いや流石、性能検証用のワンメークモデルISといったところか彼女達とは量子変換(インストール)の速度差が段違いだ。

 それにしても、この二人のヘッドパーツはなんというか、動物の耳のようだな。)

 

 シャルロット・デュノアとラウラ・ボーデヴィッヒの二人はISスーツ姿にヘッドパーツだけを部分展開させた状態でいる。前者はヘアバンドのようなデザインのヘッドギアで、後者は自身の友人のような俗にいうウサ耳のようなデザインであった。

 それは量子変換(インストール)されているデータを読み込んでいるらしく、時折動物のそれであるかのように可愛らしくピクピクと動いている。

 

「そうか。だが、そのようにずっと待っているのも勿体無いだろう。教師陣のレースの直視映像(ダイレクトビュー)でも回してやろう。山田先生のチャンネル番号は304だ」

 

 織斑千冬はアリーナの外周をぐるぐると回っている、同僚である深緑のラファール・リヴァイヴ(山田真耶)銀の福音(ナターシャ・ファイルス)と最新の換装装備(パッケージ)を装着した甲龍(凰鈴音)打鉄弐式(更識簪)の内、教師陣の2機のISの視界情報を共有――実際に今、山田真耶とナターシャ・ファイルスの見ている世界をシャルロット・デュノアとラウラ・ボーデヴィッヒは見ることができるようにした。

 

「ボーデヴィッヒにはファイルス先生だ。チャンネルを306に」

 

「ありがとうございます、教官」

 

 織斑千冬はそう言いながら、ひっそりと暮桜弐式の視覚も直視映像(ダイレクトビュー)のそれに切り替える、チャンネルは勿論ラウラ・ボーデヴィッヒとシャルロット・デュノアのISだ。

 理由としてはほんの些細なもので、二人が直視映像(ダイレクトビュー)のチャンネルをいじる合間に、彼女達の普段向けている視線でも見てやろうか、といったところではあったが。

 

(二人はいつも愚弟(織斑一夏)に首ったけ……と)

 

 ちょうど織斑千冬の後ろでは、相変わらず織斑一夏の白式・雪羅と紅椿が激闘を繰り広げている。

 ことISの業界内では射撃と防御戦闘のスペシャリストとの評価が下されている岡部友章と、近接戦と機動戦闘のスペシャリストと謳われる織斑千冬から多くの手ほどきを受け、自身の姉(篠ノ之束)からは最高の機体を与えられた篠ノ之箒。

 彼女は最早、同年代の中ではバケモノじみた強さを誇っているのに対し、近接戦でなら今のように彼女に対して互角に渡り合えている織斑一夏は4月からISの操縦訓練を始めたばかりとは思えないほどに上達していた。

 

「ふむ、他人から見た弟はこのように見えるのか」

 

「ふぇ!? あ、先生! いつも一夏ばかり見ているわけじゃなくてですね」

 

「!? すみません教官! つい見とれてしまい……」

 

 ポツリと織斑千冬からこぼれたその言葉に、目に見えるほど狼狽えるシャルロット・デュノアとラウラ・ボーデヴィッヒ。その様子に織斑千冬は咎める様子も無く片手で静止させる。

 二人は安心した様子で、チャンネルを合せると山田真耶とナターシャ・ファイルスの世界に足を踏み入れた。

 

「わあ! これが山田先生の見ている世界……」

 

銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)はこのような視点で動き回るのか……」

 

 シャルロット・デュノアとラウラ・ボーデヴィッヒが驚嘆の声を上げている間にも早くも第二レースの出走者が決まったようでアリーナの外周に横一列で並んでいる4機のISが確認される。

 

「それでは、オルコットさんには新型換装装備(パッケージ)強襲離脱用高機動換装装備(ストライク・ガンナー)の訓練も兼ねて、キャノンボール・ファストに向けたレースを始めてもらおう」

 

 そう言って、岡部友章自身もキャノンボール・ファストに一番適応性が高いと思われるミッションパック、Iタイプ(Intercept:要撃・迎撃)を装備して、クラリッサ・ハルフォーフとモーゼル、ルードヴィッヒと共に説明に入っていた。

 

   ■   ■   ■

 

 キャノンボール・ファスト当日、上回生のレースも終わり残すは1年生のレースとなった。しかし、それにも関わらず市のアリーナ観客のテンションは未だに高く、歓声が鳴り止まない。

 それもそのはず、IS学園1年のレース参加者は全て各国の専用機持ちであり、その中には篠ノ之束謹製のISも含まれている。

 警備を担当するゲスト機や銀の福音を含めればさながら、世界のIS博覧会になるほどに多種多様な各国のISが勢揃いする。

 要はとても見栄えが良いのだ。

 

「うわぁ、緊張するなぁ」

 

 織斑一夏は若干引きつった笑みを浮かべながらそうつぶやいた。

 

「全くだ、ピットまで歓声が響いている」

 

 篠ノ之箒も同様に観客の期待に応えられるか少しばかり心配そうにしている。

 両名共に既にISを展開しており、上回生のレースが終わり次第、後はアリーナに躍り出るだけである。

 

「みんなは専用の換装装備(パッケージ)を持っているのに俺と箒だけそのままだもんな」

 

「皆まで言うな、私達もエネルギー調整や展開装甲で装甲部分を拡張領域(バススロット)にいれて軽量化したりと、レース仕様にチューニングしてる」

 

 他の専用機持ちはそれぞれ専用の新規換装装備(パッケージ)を得ているのだが、この二人にはそれがなかったのである。そこは、調整(チューニング)でなんとかしてはいるのだが、やはり心許無いのは二人のとって事実なのであった。

 

「でもなぁ、その結果が白式は雪片弐型(ゆきひらにのかた)を封印して、余剰部分をスラスターにISのシールドエネルギーを全振り。箒は……」

 

「そして私は『絢爛舞踏』(けんらんぶとう)の発動の可否に勝敗が分かれる、だろ?

 それに、みんながみんな新規換装装備(パッケージ)を持っているわけでは無いではないか。シャルやラウラは増設スラスターでキャノンボール・ファストに望んでいる」

 

「まあ、それもそうか」

 

 織斑一夏はアリーナで、増設スラスターのインストール後の調整を行っていた二人を思い出す。結局のところ、キャノンボール・ファストに適した新規換装装備(パッケージ)を持ってきているのはセシリア・オルコットと凰鈴音の2名であり、織斑一夏と篠ノ之箒以外の専用機持ちや訓練機を使用する生徒達は増設スラスターで対応しているのだ。

 

「しかし、それにしてもすっげー客入りだな」

 

 先程からピットまで響いてくる歓声から、その人数の多さを察した織斑一夏はため息をつく。話題がひと通り尽きたので、また最初からである。

 

「ああ、全くだ。それに今回も例によってIS関係者や各国の政府関係者も観戦するらしい。

警備の人間もそれなりにいるのだろうが、それでも動いてるのだろうなぁ……先生達も」

 

 心配そうに篠ノ之箒が喋るのを見た織斑一夏は「そうだな」と返した。

 学園祭で騒動、というかテロリストまがい(亡国機業)が専用機持ちやゲスト機の強奪を実行した手前、このキャノンボール・ファストも恐らくは何か一騒動はあるだろうと織斑一夏は半ば確信めいた物を感じていた。

 

「そうなったら真っ先に狙われるのは俺や箒だな。

 正直な話、俺達は友兄や千冬姉、束さんにとってのアキレス腱だと思うし」

 

「ああ、悔しいことにな」

 

(そうだ。確かに一夏の言うことに間違いは無い……)

 

 篠ノ之箒も織斑一夏の意見に対して同意であった。だが、篠ノ之箒の場合は少しばかり追加事項があった。

 

「だからこそ、ISを上手く扱わないとダメなんだと思う」

 

「ああ、私もそう思う」

 

(それでも、岡部さんなら守り通す事が出来そう……いや、そんなことはいい)

 

 相槌をうちながらも篠ノ之箒の脳裏にふと思い浮かぶものの直ぐに打ち消した。篠ノ之箒自身、実際に数奇な運命の下、岡部友章のもとで暮らしていたから言えることではあるのだが、彼はとても頼れる人間だと篠ノ之箒は思う。

 

(岡部さんは私にとっての……恩人。けど……)

 

 誰も彼もが少なからず彼に助けられ、そして自分(篠ノ之箒)も含めた何名かはどこかしら彼に依存してしまっている。

 

(弱みどころか他人を認識しているかも怪しい姉さん(篠ノ之束)や千冬さんですらもそうなっている……

 恩返しじゃないけどせめて、岡部さんの役には立ちたいとは思う。)

 

 篠ノ之箒は織斑一夏の事が好きだ。しかし、それは幼少期での思い出が元である。思い出は美化されるものではあるが、あの時の織斑一夏は好きだったし、今でもその思いは変わらない。いや、むしろあの時の幼さが抜けていき、段々と大人びて来た織斑一夏に対してもその思いは変わらず、むしろ強まってきている。

 

(もし、あの唐変木(織斑一夏)が私にだけにああいった態度をとっていたのならば、今すぐにでも、それこそIS学園に入学した時にかつて学年別タッグトーナメント後の同室の娘(ラウラ・ボーデヴィッヒ)みたいに強引にキスを奪いたいくらいには、独占欲を曝け出したかった。)

 

 しかし、織斑一夏に好意を持っている者は当時もう一人だけ居るのを知っていた。凰鈴音だ。彼女の存在が篠ノ之箒のその独占欲にブレーキをかけていた。

 そしてそのブレーキかけるきっかけを作ったのは岡部友章でもあった。

 白騎士事件後の彼との二人きりでの暮らしや第一回モンド・グロッソでの出来事、その他諸々の出来事や事件が篠ノ之箒の中にある好意の範疇に入り込んでいた。

 

(自分ながらチョロい女だとは思う。でも、いじめられっ子から助けた一夏に対して、我ながらこれぐらい重い好意を抱けるのだ。なら、それ以上の事をしてくれた岡部さんに対してもこれぐらいの好意を持っていてもおかしくはない……と、思う)

 

 かつて、IS学園に入学する前の中学時代、岡部友章が篠ノ之箒に対して、「IS学園で自衛出来るだけの力をつけてもらう」といった趣旨の話をしたことがある。

 この話には続きがあり、自衛出来るだけの力という物については、単純にISを扱う事だけではなく人脈、俗にいうコネクションの構築も含まれていた。当時のその話の中で岡部友章は少しだけ織斑一夏に対しても言及しており、彼にもISの操縦技術、取り扱いの他にそう言った方面でも力をつけてもらうといった意図がある事を篠ノ之箒にほのめかしてもいた。

 

(だけど、岡部さんに対するそれはきっと、強い憧れみたいなそう言った物、一夏のそれとは根本的に違うと思う。だから、あの人の役に立ちたいんだ)

 

「だから、私も一夏ももっと『力』をつけないとな」

 

「おう!」

 

 そう言うと篠ノ之箒は紅椿のマニピュレータ、要は拳を握り白式の前につきつける。織斑一夏も同様に拳を握りそのまま篠ノ之箒の拳を軽くぶつけあった。

 

「一夏、私はもう少しだけ紅椿のエネルギー調整をしたいと思う。せっかくだから他の専用機持ちの様子でも見に行ったらどうなんだ?」

 

(特に、鈴やセシリアを……だな)

 

「そうか? じゃあ行ってくる」

 

 立体型ディスプレイを展開させた篠ノ之箒を見た織斑一夏は彼女の言葉に素直に従い、他の専用機持ち達のところに向かう。

 

(みんなやっぱり、やる気に満ち溢れているなぁ。まあ、一応国の代表に近いもんな。

 その中でも一番気になるのは……鈴の甲龍(シェンロン)だな)

 

「よう、鈴。それが新しい換装装備(パッケージ)か?」

 

「ふふん、いいでしょ」

 

 織斑一夏を見て凰鈴音は胸を張る。

 

「なんか、いつもと違ってなんというか、ゴツイな」

 

 織斑一夏が見た甲龍の新規換装装備(パッケージ)の印象はその一言に集約される。

 キャノンボール・ファスト用……と言っても過言ではない、甲龍の新規換装装備(パッケージ)(フェン)は通常時に比べて、胸部装甲が増加されており、4基の増設スラスターが追加され、肩部には通常時と同じく非固定浮遊部位(アンロックユニット)として衝撃砲・龍咆(りゅうほう)が引き続き搭載されている。

 しかし、増設スラスターは他の専用機持ちのような流用品では無く、キャノンボール・ファストに適応出来るよう完全な新規設計であり、衝撃砲・龍咆(りゅうほう)もそれに伴い、近距離用の拡散型となっている。

 同じ、新規換装装備(パッケージ)を有するセシリア・オルコットのブルーティアーズの『ストライクガンナー』の本来の仕様用途が強襲離脱用換装装備である事を考慮すると、如何に中華人民共和国がISの換装装備(パッケージ)の開発に力を入れているのがわかるだろう。

 

 ……もっとも、織斑一夏がそのような詳細な情報を知る由もなく。甲龍とブルーティアーズの新規換装装備を単なる高速機動型換装装備の一種であると思っているのが現実だが。

 

「他の専用機持ちには勿論、セシリアのストライクガンナーにだって負けはしないわ!」

 

「あら? ずいぶんと強気ですわね?」

 

 そう言い放った凰鈴音に対して、セシリア・オルコットがつかつかと凰鈴音と織斑一夏に歩み寄ってくる。

 

「そうだな、ずいぶんと舐められたものだ」

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒも先程の凰鈴音の発言を聞いていたらしく、セシリア・オルコットの後からやってきた。ISはとっくに展開しており、シュヴァルツェア・レーゲンの背部には3基の増設スラスターが搭載されているのが織斑一夏には分かった。

 

「レースとは言え、いわば一種の闘いだ。そして、闘いとは一種の流れでもある。

 流れを掌握すること、すなわち全体を支配する者が勝つのだ」

 

 そう言い放ったラウラ・ボーデヴィッヒのその眼光はまるで「貴様等にできるか?」と問いかけんばかりである。

 

「ともかく、みんなお互いに全力を出し切って悔いの無いようにしようね」

 

 そんなラウラ・ボーデヴィッヒの背後から両肩に手を載せたのはシャルロット・デュノアである。彼女はこの話を締めるかのようにそう言ったのだった。

 

(シャルのラファールも背部と両肩に増設スラスターを備えているのか。数だけならラウラのレーゲンと同じだが……)

 

 そんな彼女達の様子とは裏腹に織斑一夏はそれぞれのレース仕様にチューンされた専用機持ち達の機体を観察していた。

 その後もやいのやいのといろんな話で盛り上がる専用機持ち達を他所に黙々と調整を行っている者が2人、篠ノ之箒と更識簪だ。

 その様子が気になった織斑一夏は専用機持ち達を他所に向かっていく。

 

「まだ、二人は調整を?」

 

「ああ、世間話はいくらでもできるからな」

 

「……同じく」

 

 完全に正論なので、織斑一夏はぐうの音も出なかった。

 

「でも、意外だよ。箒がそんな事を言うなんて」

 

 織斑一夏の発言に篠ノ之箒は不思議そうな顔をした。

 

「……一体、私は何を言うと思っていたんだ?」

 

「てっきり、『闘いは装備で決まるものでは無い』とでも言うかと」

 

 これは打鉄時代の篠ノ之箒を見た織斑一夏の純粋たる感想であった。

 打鉄だけで専用機持ちである、セシリア・オルコット・凰鈴音・更識簪といったメンバー相手に善戦を繰り広げていた篠ノ之箒の姿は織斑一夏にとっては正に性能を個人スキルでひっくり返す典型例だったのだ。

 

「……全く」

 

 その事を篠ノ之箒に伝えると呆れられる。

 

「なんでだ?」

 

「それは打鉄持っていたなら言ってもいい台詞だろうがな……今の私を見てみろ」

 

 今の篠ノ之箒は全身を朱漆のような深い紅で包み、金の蒔絵で手脚を彩った赫奕たる機体であった。背面の花弁の一対の大型バインダーを所持しており、腕部・脚部ともに展開装甲によって様々形態に変身することが可能であることは織斑一夏もよく知っている。

 

「あっ……」

 

 流石に織斑一夏も気がついたらしく、半開きになった口を左手で隠すような仕草を見せた。

 

「第四世代相当のIS(紅椿)でそのようなセリフを言ってみろ、たちまち自分に跳ね返ってくるだろうに」

 

 そう言って篠ノ之箒はさらに言葉を続ける。

 

「あのだな、一夏。そもそも万能型というのはだな……裏を返せば器用貧乏の面も出るということなんだ。キャノンボール・ファストのような一点集中特化が求められる局面では展開装甲の力無しでは戦えないし、普通の戦闘に至ってはそれぞれの相手に対して臨機応変に対応しないといけなくなるのだ。

 万能であるが故に、その操縦者に求められる技能も、その敷居(ハードル)も自然と高くなるものであってだな……」

 

「でも中学時代、1人だけIS適正がCランクなのに実技や模擬戦では1ば……」

 

 更識簪の背後に回った篠ノ之箒は更識簪の口を塞ぎこむ。

 

「簪、あの頃(黒歴史時代)の私はわたしじゃなかった、いいな?」

 

 コクコクを頷く更識簪を他所に、織斑一夏はただ「相変わらず二人は仲がいいなぁ」と感じたのである。

 

   ■   ■   ■

 

『それではみなさん、一年生の専用機持ち組のレースを開始いたします!』

 

 アナウンスをかき消さんばかりに観客の歓声がアリーナ中に響き渡る。

 織斑一夏達は、予め決められた定位置のスタートポジションに配置され。彼らのISの機体の合間にはシグナルシステム備え付けられ、スタートラインのポジションに配置されるごとにそれを示すプレステージライト・ステージライトの黄色い光が灯された。

 そして、一同はハイパーセンサー・バイザーを下ろし、残す所はカウントダウンライトが点灯し後のグリーンライトが光るのを待つのみであった。

 全員の脳裏には岡部友章との会話が蘇る。

 

(キャノンボール・ファストでつかうこのシグナルランプ、まるでクリスマスツリーみたいだな……)

 

 約一名(織斑一夏)、余計な事も考えてはいるが……

 

『みんな、キャノンボール・ファストで重要な場面は何だと思う?』

 

 ある日のこと、高速機動戦の模擬戦がひと通り終えた後、岡部友章は専用機持ち達にこう問いただした。

 

「まずは速さ!」

 

「違うわ一夏、加速性能よ!」

 

「いや、相手を妨害できる兵装だ」

 

「うーん、コーナリング時の運動性かな?」

 

 織斑一夏と凰鈴音が真っ先に発言し、その後にはラウラ・ボーデヴィッヒとシャルロット・デュノアが発言した。

 

「うーん、どれも必要だが『それ』には及ばないな」

 

「……スリップストリーム化の有効活用?」

 

「機体の総合的な性能?」

 

「レースに適応した性能でしょうか?」

 

 岡部友章が4人の発言を否定した後、更識簪と篠ノ之箒、セシリア・オルコットが発言する。

 

「ふうむ……それらも必要だ。

 だがもっと簡単な事だよ」

 

 岡部友章の発言に皆は疑念の視線を投げかける。

 

「それはな……『スタートを如何に早く決めれるか』なんだよ」

 

 岡部友章は今回のキャノンボール・ファストの説明を改めて行った。

 

「今回のキャノンボール・ファストのレース会場は市のISのアリーナだ。

 コースは単純、アリーナの外周をぐるぐると3週回るだけの簡単なお仕事さ

 レースの流れ自体は口で言うよりも見てもらったほうがわかりやすいだろう」

 

 岡部友章はそう言うと、立体投影型ディスプレイを出した。

 その映像は、IS学園のアリーナで撮影されているらしくアリーナの外周には岡部友章のゲスト機と織斑千冬の暮桜弐式が互いに横に並んでいる。勿論、両者ともに地上から数メートル宙に浮いている状態であり、二人の目の前には地面に描かれた2本のスタートラインと、ちょうど二人の間にまるで織斑一夏の言うようなクリスマスツリーのような各種信号が縦に並列にならんだシグナルシステムが立っている。

 そして、そのシグナルシステム――シグナルライトタワーの前にはスターターとして、クラリッサ・ハルフォーフがいて、ハンドシグナルで両者にスタンバイOKかと問い合せる。

 

 ――何故、クラリッサ・ハルフォーフの服装が|ピンヒールの靴にハイレグのワンピース型レオタード《俗に言うレースクイーン姿》なのか、そして篠ノ之束のつけている機械質なウサ耳装備なのかは問わないでおこう。

 

 とりあえず、二人の準備は完了していたらしく、クラリッサ・ハルフォーフは両腕を上げ、そのまま頭上をくるくるとそれぞれの腕で回す。

 

 ブォォオオン!!

 

 岡部友章がIタイプ(Intercept:要撃・迎撃)に取り付けられた踵部・足部・背部バックパックの機動ユニットの増設スラスターを景気良く空吹かしさせたのだ。

 元ネタで言うなれば俗に言う"バーンナウト"ではあるのだが、ISにおけるそれは完全にパフォーマンス、ネタの域を出ないものであり、特にこれといった効果は無い。むしろ、スラスターの暴発の恐れや空吹かしであっても多少の推力は発生するのでフライングの危険性もある行為だ。

 

 岡部友章はひと通り"バーンナウト"を終えると、心なしか満足気な表情を浮かべながら、先に進んで手前の方のスタートライン、『プレステージライン』へとISを進める。

 IS『ゲスト』の足先がプレステージラインの上空についたらしい、センサーがそれを読み取り、シグナルライトタワーの右側の一番上の黄色いライトが光る。

 次に織斑千冬も機体を前進させ同様にプレステージラインへとISを進め、無事に左側の一番上の黄色いライトが点灯させた。

 

「さて、こいつが終われば次はステージラインへとISを進めるが……

 プレステージラインとステージラインの間隔はじつに6インチ(約15センチ)しか無い!

 もし慌てたりして進めすぎれば、スターターからやり直しを要求される」

 

「それは……中々にシビアですね」

 

 思わず、ラウラ・ボーデヴィッヒはそう呟いたが、この場にいた専用機持ちの誰もが同様の感想を抱いていた。

 そんな、彼らの感情とは裏腹に岡部友章が先にステージラインに立ち、次に織斑千冬がステージラインへと入っていった。

 

「ツリーに上段2つが左右共に点灯した状態がお互いのISがキャノンボール・ファストに置ける本当の意味でのスタートラインにつくことになる。

 

 

 そして! ここから本格的な駆け引きが始まる!

 

 1/1000秒、いやISでは1/10000秒の駆け引きのリアルバトル!!

 

 『リアクションバトル』だ!!」

 

 ここで、一同の回想が一気に中断され現実に引き込まれる。何故なら、カウントダウンライトが点灯したからだ。

 

(((((((来たッ!!!)))))))

 

『いいか? カウントダウンライトが点灯してから0.4秒後にグリーンライトが点灯する。

 カウントダウンライトはスターターが持っているスイッチひとつでつく仕組みだ。

 スタンバイ後にすぐにでも押す奴もいれば、焦らして中々押さない奴も居る』

 

 一同が一番近くのシグナルライトタワーに食い入るように見つめる。

 

『ランプの点灯方式はプロクラススタート、すなわちカウントダウンランプが一気に点灯してからきっちり0.4秒後にグリーンライトが点灯する

 つまり、スタートシグナルに対する反応速度0.40000秒が『リアクションタイム』になるんだ。

 

 

 この"0.40000秒"は科学的根拠に基づいた人間が反応できる最も短い速度だ。

 まあ、これを切ったら人間卒業だな。

 しかし、今回は競技だからダメだがな』

 

(まだか……! まだ変わらないのか……!)

 

 0.4秒と刹那のような時間の中、織斑一夏の頬には一粒の汗が流れだそうとしている。

 

『そう、これは競技!

 例え3.9999秒でスタートしたとしても、『フライング』と見なされ一発で失格だ!

 

 

 キャノンボール・ファストは性能差や技量の勝負では無い!!

 

 

 スタート時に置ける人間(ヒ ト)VS( と )人間(ヒ ト)との駆け引きだ!!』

 

 

 そして、運命のグリーンライトが点灯する。

 

 参加してる全ISのスラスターが轟音を放ち、アリーナを震わせる。それに負けじと観客も声を上げてアリーナを震わせた。

 シグナルライトタワーには、最下部のレッドランプには光が灯っていなかった。

 今回はフライングによる失格者はいないらしい。

 

 そんな中、先頭を走っているのはセシリア・オルコットであった。

 マッハ数1以上での超音速の世界では巨大建築物のアリーナといえども鳥かごのように狭く、あっという間に一つ目のU字コーナーを通過する。

 他の専用機持ち達は彼女についていく形で、各自自分の順位が入り乱れる団子状態であり、熾烈を極めていた。

 

「これで!」

 

 凰鈴音の甲龍は自身の増設スラスターを赤熱させて瞬時加速(イグニッション・ブースト)を行った。爆発的なスピードで他の専用機持ち達を退けて二番手となった彼女は、そのまま勝負を仕掛けに行く。

 

 両肩の拡散型衝撃砲(龍咆)の照準内に、しっかりとブルー・ティアーズを収めた凰鈴音はほくそ笑んだ。新規換装装備(パッケージ)(フェン)の衝撃砲は拡散するが故に至近距離で撃たなければ有効打は効かない。だが、散弾銃(ショットガン)のように『死のリング』の範囲に納めれば、これ程に狙う手間が少なく、面制圧に適した装備はないだろう。

 

(そう、一対一ならそれでも問題はありませんわ。

 問題は……ッ!)

 

 セシリア・オルコットとて、凰鈴音が仕掛けてきたことは知っている。が、彼女は甲龍に構うこと無く、そのまま速度を上げて二つ目のU字コーナーへと向かおうとするが、甲龍の背後に銃口が向けられているのがわかった。

 

(しかし、これはバトルロイヤル。1位(トップ)じゃなくても妨害の可能性はある!)

 

 ブルー・ティアーズはグルリとボディを横に回転させ、同時に前後のピッチアップも行って迅速にかつ、出来るだけの稼いだ速度を落とさないようにして相手の射線を切る。それと同時に銃口からマズルフラッシュと共に大きな発射炎を吐き出していた。

 直後、ブルー・ティアーズのいた場所にはオレンジ系の火線が駆け抜けていく。

 

「――やるな。セシリア」

 

 リヴォルヴァーカノンのトリガーから指を離し、再び加速の体勢に戻ったラウラ・ボーデヴィッヒは彼女を賞賛する。

 恐らくは高速機動戦用にの装備なのだろうか、シュヴァルツェア・レーゲンの装備するリヴォルヴァーカノンは小口径でかつ、炸薬量を増加させた強装弾であることが、ラウラ・ボーデヴィッヒのリヴォルヴァーカノンの射撃時の様子をみた者達には見て取れる。

 

(わあ、泥仕合になるよぉ……)

 

 シャルロット・デュノアは凰鈴音とラウラ・ボーデヴィッヒの周辺が鉄火場になることを察した。そして、間もなく龍咆とリヴォルヴァーカノンが飛び交う用になるまでにはそう時間もかからなかった。

 

(後ろも後ろで斬り合いが始まっているし……)

 

 二位(凰鈴音)と三位《ラウラ・ボーデヴィッヒ》が高速機動下での射撃戦をしている中、五位(織斑一夏)と六位《篠ノ之箒》は左腕のクローと日本刀型ブレード(雨月)で格闘戦を繰り広げていた。

 結局、織斑一夏は最後の最後で全エネルギーをスラスターに回すのは諦めたようである。

 しかし、第四位(シャルロット・デュノア)はそれだけを見ているわけではない。

 

(浮遊機雷!? そういう手もあるのか!)

 

 第七位(更識簪)八連装ミサイルポッド( 山嵐 やまあらし)を用いて、機雷をばらまきながら前進しているのだ。

 

(更識さん、完全に他の専用機の消耗狙いで後ろに下がっているよ……)

 

 二周目以降はIS同士での妨害の他に、機雷においても考慮した位置取りを置かなければならないことにシャルロット・デュノアは頭を悩ませる。

 

(まあ、そんなことよりも先頭のセシリアをどうにかしないと……)

 

 シャルロット・デュノアはお得意の高速切替(ラピッド・スイッチ)で、甲龍とシュヴァルツェア・レーゲンの流れ弾を防ぐ。

 先頭のブルー・ティアーズは二つ目のU字コーナーに差し掛かる所の事だ。

 

(アリーナの端から端までかぁ……やってみる価値はあるかも?)

 

 キャノンボール・ファストのルールにはコースラインから機体を出しては行けないという記述はあるが、何も装備の弾丸には何も言及していないことを思い出したシャルロット・デュノアは、六一口径アサルトカノン(ガルム)を取り出し、第二コーナーから折り返して来たブルー・ティアーズに対して牽制射撃を行ったのであった。

 

   ■   ■   ■

 

 、異変が起こったのはキャノンボール・ファストも最終ラップに差し掛かった時の事であった。

 唐突にアリーナ内で館内放送が鳴り響き、係員や警備員達が観客の誘導を始めたのだ。

 専用機持ち達は見るからに異常な光景に、全員高速機動用のバイザーを上げて素顔を晒した。

 

「なんだ!?」

 

『お前達? 聞こえるか?』

 

 織斑一夏の言葉に応えるかのように織斑千冬からの通信が入る。

 

「織斑先生、これは一体……」

 

 どうやら、専用機持ち達全員に送られているらしく、篠ノ之箒が彼女に問いただしていた。

 

『済まないが、招かれざる客が来た。

 教師陣と警備員で事態の収拾にあたっている。各自、そのまま待機せよ。

 ……私や岡部・見知った教師陣以外のISがアリーナに来たら、躊躇無く撃て』

 

「ちょ!? ち、千冬姉! どういうことだよ!」

 

 突然の出来事に専用機持ち達の間には緊張が走る。

 織斑一夏はそんな彼らの内情を代弁するかのように通信を返す……が、返事は来なかった。

 

『まあ、慌てるな。

 また懲りずに亡国機業が来てるだけだよ』

 

 その代わりに、岡部友章が織斑一夏に対して通信を入れてくれたようだ。彼にのみ通信を行っているらしく、他のメンバーはお互いにカバーし合える程度には集合していた。

 戦闘中らしく、通信は音声のみで行われており、所々ではスラスターの甲高い音や、爆発音・複合式カービンライフルを更に重くしたような銃器の発射音が織斑一夏には聞こえてきた。

 

『流石はLタイプ用のペイロードライフル、威力が違うね。おっと!』

 

 岡部友章がそういった直後、打撃音が複数鳴り響いた。

 

「友兄!」

 

『アームパンチの音だ。問題ない。

 今、奴らの大半はなんとか自分が抑えている。

 市民や一般生徒の避難と要人の誘導が終わり次第、教師陣が迎えに来る筈だ。ちょっと待ってろ』

 

 その後、岡部友章は織斑一夏にたいして一方的に通信を切った。

 

先生(レーラー)! ご無事ですか?

 ええ、はい。了解、確認します」

 

 直後、ラウラ・ボーデヴィッヒの口から岡部友章の名前が溢れる。

 彼女は周囲をしきりに確認している。織斑一夏もそんな彼女の真似をするように周囲を見渡した。

 現在、アリーナにはいつもの専用機持ちがいて、先程までは観客でごった返していた観客席も今では人は誰一人としていなくなってしまった。

 

(もう、一般の人達は避難できたのだろうか……

 いや、今はそんなことよりもみんなの方が大事だ)

 

 織斑一夏は一瞬だけ、観客の事について一抹の不安を抱いていたが、現時点で思案することでも無いことに気づき、思考を切り替える。

 

「ええ、少なくとも観客席には誰一人として……

 了解。ラウラ・ボーデヴィッヒ少佐は現時点、ヒト()・ヨン()・サン()・ロク()を以って、代表候補生以下六名のIS搭乗者の指揮権委譲を確認しました」

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒの聞き間違えの無いようなはっきりとした軍隊独特の喋リ方でそう言うと、岡部友章との通信が切れたのか、片手を上げて傾聴の意を示した。

 

「みんな! 聞いての通り現在、亡国機業(ファントム・タスク)による妨害を受け、IS学園側と警備側で避難誘導及び、迎撃にあたっている」

 

 他の専用機持ち達は頷く中、ラウラ・ボーデヴィッヒはさらに続ける。

 

「奴らの目的はまだわかってはいない。が、恐らく標的の一つとして我々が入っていることは間違い無い。

 アリーナの外側は先生達に任せて、我々はアリーナに侵入してきた敵だけを叩く。

 

 今回はキャノンボール・ファストの装備故に通常時に比べ戦闘能力は格段に落ちる。あくまでも戦闘の目的は自衛であることを忘れないように」

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒがそう言い終えた後、タイミング良く上空からレーザーが降り注ぐ。

 

「あぶない!」

 

「レーザー兵器、BTタイプですわね!」

 

 織斑一夏の白式がブルー・ティアーズに当たるはずであったBTライフルの攻撃を、左腕の多機能武装腕(雪羅)を用いて、ガントレットの甲の部分からエネルギーシールドを展開させて防いだ。

 

「なんでイギリスのBTタイプが」

 

「わからない……セシリア、何か心当たりは?」

 

 織斑一夏が疑問を口にし、篠ノ之箒がセシリア・オルコットに問いかけた。彼女も困惑した表情で上空を見上げる。

 

「わかりませんわ。しかし、このブルー・ティアーズはBT兵器運用型ISとしては1番目の試作機。もしかしたら、もしかするかもしれません」

 

 そんなセシリア・オルコットの疑念は意外なところから答えが告げられる。

 

『済まん! サイレント・ゼフィルスを通した!

 セシリア・オルコットのBTとよく似たタイプだ! 気をつけてくれ!』

 

「了解。意外とあっさり答えが出たようだな」

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒがそう呟く。彼女達専用機持ち達の前方には1機のISがそこにいた。

 蝶の羽根のような大型のスラスターユニットを有するその特徴的な姿にセシリア・オルコットは先程の岡部友章の言葉が真実であると確信した。

 

「サイレント・ゼフィルス!? そんな! あれはブルー・ティアーズの後継機なはず!?」

 

「つまりは、そういうことだろう……なっ!」

 

 篠ノ之箒の紅椿が容赦無く両肩の出力可変型ブラスター・ライフル穿千(うがち)で応射を行った。

 

「ラウラ、教師陣にサイレント・ゼフィルスとの交戦に入ったと伝えてくれ。セシリアもブルー・ピアス(大出力型BTライフル)で援護を。

 今はまともに撃ち合えるのは私とブルー・ティアーズだけだ」

 

「わかった。シールドを出せる機体・装甲厚のあるは前衛だ! サイレント・ゼフィルスの気を引かせるぞ! 奴の挑発に乗ってアリーナには出るなよ、まだ伏撃(アンブッシュ)の可能性もあるからな」

 

「わかった!」

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒのその言葉に織斑一夏の白式はすぐさま、紅椿とブルー・ティアーズび2機をサイレント・ゼフィルスの間に割って入る。

 

「鈴、予備のシールドだよ」

 

「これって、ガーデン・カーテン(リヴァイブ専用防御パッケージ)?」

 

「うん、拡張領域に余裕があったから万が一の為に入れていたんだ」

 

「ありがと、私達も行くわよ!」

 

 ラファール・リヴァイブ・カスタムⅡは甲龍に実体シールドを渡すと、2機共に織斑一夏の後に続いた。

 

「さて、あとは連絡だが……」

 

「ジャミングの類も予想できる。私の打鉄弐式の通信機能を同期させて……

 今回の私はこれぐらいしか出来ないから」

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒが懸案事項を言い切る前に、更識簪がその応えを言い切った。

 今回打鉄弐式は、増設スラスターに加えて、自慢の八連装ミサイルポッドは八連装機雷投射装置に換装されており、遠距離での攻撃能力を持たない状態であった。

 故に、ラウラ・ボーデヴィッヒは後衛に下がり、戦況の全体を見極めると共に、彼女が狙われないようにするための護衛も兼ねている。

 

「了解だ。ならば打鉄弐式は今回、索敵に全神経を集中させて欲しい。いいか?」

 

「わかった」

 

 更識簪がラウラ・ボーデヴィッヒに快諾する中、前衛組と中衛組の専用機持ち達は苦戦していた。

 

「ちょこまかと!」

 

 セシリア・オルコットはブルー・ピアス(大出力型BTライフル)でサイレント・ゼフィルスに射撃を加えるが、当のISはそれを苦もなく避ける。

 

「前衛が潰れる前に決着がつけばいいのだが……私も固定武装だけでなく銃器を持つべきか……

 セシリア! ブリリアント・クリアランス(超高感度ハイパーセンサー)は持っているか? あれで奴に一撃を見舞う事ができるか?」

 

「当然、もっていますわ!

 しかし、相手の動きをまだ良く見てません! 少しだけ時間を下さいまし! 一撃、当ててみせますわ!」

 

 篠ノ之箒は「まかせた!」とだけ言うと、両肩のブラスター・ライフルで、サイレント・ゼフィルスに対して連射した。先ほどのような、相手のシールドエネルギーを減らす射撃では無く、回避に専念させ、反撃させない為の牽制として射撃だ。

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒは中衛の2機のやりとりを当然見ており、前衛にも牽制に加わる事を伝え、前衛の3機も持ちうる火器で牽制に加わる。

 当のサイレント・ゼフィルスもこれには回避のみで対応しきれないと思ったらしく、ビットを射出した。

 セシリア・オルコットはこの行動を反撃と捉え、そしてその隙も逃さなかった。

 

「反撃なんて事は、させませんわ!」

 

 ブリリアント・クリアランス(超高感度ハイパーセンサー)によってサイレント・ゼフィルスを補足すると、最大出力でブルー・ピアス(大出力型BTライフル)を見舞う。

 

(直撃コースッ!)

 

 そんなセシリア・オルコットの思惑とは裏腹にサイレント・ゼフィルスのビットは傘状にエネルギーを放射すると、専用機持ち達の射線を塞ぐようにして立ち塞がった。

 

「シールドビットまで!? まだブルー・ティアーズにも搭載されていない兵装を!?」

 

 回避に専念していたサイレント・ゼフィルスは一点、シールドビットでブルー・ティアーズの渾身の一撃を軽々と防ぎ、悠々と中空に浮かんでいる光景にセシリア・オルコットは毒づいた。

 

 サイレント・ゼフィルスもそのまま棒立ちのままでもなく、BTライフルを構える。最大出力で撃つためか放熱性を上げるためにハンドガード部が展開され、銃身がむき出しなる。

 

 甲高い音がブルー・ティアーズのハイパーセンサーに響き渡り、セシリア・オルコット以下6名の専用機持ち達は息を飲んだ。

 

「高エネルギー反応! 来るぞ!」

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒの声と同時にサイレント・ゼフィルスのBTライフルから高出力レーザーが発射される。

 レーザーは()()せず()()()()()襲いかかった。

 

「きゃあ!!」

 

「鈴!! なんだあれは!?」

 

 運悪く、一番近くにいた鈴の甲龍が直撃を食らう。

 サイレント・ゼフィルスの操縦者は意地の悪い笑みを浮かべながら、さらにBTライフルを放つ。

 

「曲がるレーザーなんて、聞いたことが無い!」

 

「甲龍のスラスター、大破……

 シールドエネルギーもかなり持って行かれた……!」

 

「了解、甲龍は一端下げよう。箒は紅椿の絢爛舞踏でなんとか出来ないか試してくれ」

 

 その威力は推して知るべし、増設スラスター部を貫かれた甲龍は大きく傷つき、今にも倒れそうだ。

 

「鈴! 大丈夫!?」

 

「PICは生きてるけど……他は駄目ね。これ以上の作戦続行は不可能、退きます」

 

「鈴は私が護衛します!! 箒! ワンオフ・アビリティを!」

 

 甲龍を担いだシャルロット・デュノアに応じて、篠ノ之箒はワンオフ・アビリティである、『絢爛舞踏』を発動させようとするが……

 

「何故だ!? 何故発動しない!」

 

「箒さん?」

 

 皆の期待に反し、紅椿は篠ノ之箒の意に対して一向に絢爛舞踏を発動させなかった。

 

「くっ、なぜ発動しないんだ! やはり、臨海学校とは訳が違うか……」

 

「箒さん! 私が行きますわ!」

 

 思うようにワンオフ・アビリティが発動しない篠ノ之箒は苛立ちを感じる中、セシリア・オルコットがサイレント・ゼフィルスの前に出ようとする。

 

「セシリア!? 無茶だ!」

 

 篠ノ之箒は紅椿のマニピュレータでセシリア・オルコットのブルー・ティアーズの肩を掴む。

 

「ぐわっ!」

 

「どうやら、相手は私達が悠長にしているのを許してはくれないようですわね」

 

 BTライフルの偏向射撃――BT偏光制御射撃(フレキシブル)の直撃を受け、中衛まで吹き飛ばされた白式・雪羅が呻き声を上げる。

 

「箒さんは出来るだけ早く、絢爛舞踏を発動してくださいまし

 何、心配要りませんわ。サイレント・ゼフィルスは私のブルー・ティアーズの後継機。性能やBTの特性はこのメンバーの中では誰よりも、把握しております」

 

「それはそうだが……」

 

 そう反論しようとする、篠ノ之箒の唇にセシリア・オルコットは人差し指を当てた。

 

「戦いは装備と才能だけでは、必ずしも決まりませんことよ」

 

 セシリア・オルコットがそう言うと、機体を前衛の方に展開してサイレント・ゼフィルスと対峙した。

 

(とは言え、これは……厳しいですわね)

 

 ブルー・ピアス(大出力型BTライフル)を強く握りしめ、サイレント・ゼフィルスに視線を向ける。

 

(ビットが使えない以上、射撃戦ではこちらが不利。

 ですが、動き自体は見えますわ。サイレント・ゼフィルスの動きは完璧に読めるはずです)

 

 サイレント・ゼフィルスの持つライフルのBT偏光制御射撃(フレキシブル)を瞬時加速を用いたマニューバ機動で強引に回避すると、インターセプター(近接用ショートソード)で接近戦を仕掛けようとする。

 

(そもそも、BTの仕様には私の方が熟知していますわ!

 多少装備が変わっていても、BTの特性や、機体の得意とする距離・苦手とする距離なんてものは、身体に染みついています!)

 

『バカ野郎!! だからといって破れかぶれに突撃をかますな!』

 

 セシリア・オルコットはそう意気込んで、サイレント・ゼフィルスに突っ込もうとしたが、ある日の模擬戦における岡部友章の罵声がセシリア・オルコットの脳裏に蘇る。

 

「そうでしたわ……私としたことが」

 

 戦いの時に起こる特有の熱病のようなものに酔っていたセシリア・オルコットの頭が急速に冷えて、現実をしっかりと捉え始める。

 

 この間にも、サイレント・ゼフィルスはブルー・ティアーズに容赦なくライフルを撃ち、彼女を撃墜せんとしていたが、それでもブルー・ティアーズは懸命に回避し、致命傷を負わずに最低限のダメージで済んでいる。

 

『セシリア・オルコット、君は筋が良い。

 いや、建前はやめておこう。射撃重視型のISを唯一持っている君には活躍して欲しい。

 これは私の願いだ。だからこそ、君には僕なりの射撃の神髄って奴を教えようと思う』

 

 セシリア・オルコットの脳内にはかつて、放課後の模擬戦ではなく、プライベートでの、個人的な練習に岡部友章と2人で臨んだ時の思い出が蘇る。

 

『いいか?』

 

 セシリア・オルコットは記憶の中で語った岡部友章の声を聞きながら、深く深呼吸してブルー・ピアス(大出力型BTライフル)を構えた。

 ISの外装フレームにサイレント・ゼフィルスのBT偏光制御射撃(フレキシブル)が掠め、塗料部分が剥げ落ち、蒸発するがセシリア・オルコットにとっては些細な物である。

 そう思わせるほどに彼女の動きは軽やかであった。

 

『射撃なんてものはな、最終的には……

 撃って当たれば、何でもいいのさ』

 

 ブルー・ピアス(大出力型BTライフル)から放たれたレーザーは、本来ならば、シールドビットに命中するはずであった。

 

 ――レーザーがシールドビットを避けなければの話だが。

 

 ブルー・ティアーズの放ったレーザーはサイレント・ゼフィルスのシールドビットを避けて、サイレント・ゼフィルスに直撃。

 機体を大きくよろめかしながらも、サイレント・ゼフィルスの操縦者は驚きを隠せず、ブルー・ティアーズに視線が釘付けになった。

 

 セシリア・オルコットは如何せん真面目という部類に入る少女であった。彼女がISの専用機持ちになることが出来たのも、BT適合率の高さだけではなく、それに必要な知識や技能も真面目に取り組んで手に入れたものであるからである。

 だからこそ、彼女のISの操縦や、BT兵器並びにビットの扱いは悪く言えば教科書通りであり、よく言えばセオリーに従った堅実な戦術でもある。

 

 そんな彼女にとって、サイレント・ゼフィルスのBT偏光制御射撃(フレキシブル)は『レーザー』は直進する物と考えていたセシリア・オルコットにとって衝撃であった。

 しかし、幸運な事にそれを行ったのはブルー・ティアーズの後継機でもあるサイレント・ゼフィルスだったことだ。

 セシリア・オルコットはそれを見て、すぐさま偏光制御射撃(フレキシブル)はBT兵器の行くべき先の1つであることを見出したのだ。

 

「!?」

 

「あら、意外とあっさりできましたのね。少しだけ拍子抜けですわ」

 

 記憶の中で岡部友章が一発芸の一環で跳弾で的を射抜いた事を思い浮かべながら、セシリア・オルコットは気の抜けた声で呟いた。

 

 これに対し、サイレント・ゼフィルスはビットのシールド機能を停止させ、搭載されているレーザーとライフルで一気に畳み掛けてくる。

 

(これは……ブルー・ピアス(大出力型BTライフル)だけでは骨が折れますわね……)

 

 サイレント・ゼフィルスの保有している6基のビットとサイレント・ゼフィルス本体が畳み掛けてくる。単純計算で、7対1の戦闘を強いられる事にセシリア・オルコットはゲンナリとする。

 

(本来は『ストライク・ガンナー』形態ではやってはいけない禁止動作なのですが……アレならば使えそうですわね)

 

 しかし、ゲンナリとするだけでセシリア・オルコット自身には今までにはない余裕があった。

 

(敵機の捕捉にはブリリアント・クリアランス(超高感度ハイパーセンサー)を用いて、残りはブルー・ピアス(大出力型BTライフル)の最大出力で無理矢理でも抜いてしまいましょう)

 

 高速横回転機動(アーリー・ロール)などといった、IS独自のマニューバ機動を用いて、サイレント・ゼフィルスの猛攻を受け止めつつも、忙しなくブルー・ティアーズのシステム構成や、反撃のためにサイレント・ゼフィルスのビットを補足(ロック・オン)した。

 

「はあああ! ブルー・ティアーズ! ロックオンレーザー!」

 

 ビットをすべて推進力に回している中、閉じられた砲口からのパーツを吹き飛ばしてまでの一斉射撃。レーザービットの四門同時発射。

 最悪、機体を空中分解させてしまう恐れのある行為。だが、セシリア・オルコットにはそのリスクを犯してまでのリターンはそこにはあった。

 ブルー・ティアーズの砲口から発射された4本のレーザーはそれぞれ、ハイパーセンサーで補足された個々の目標に向かって飛翔、()()されるかのように4機のサイレント・ゼフィルスのビットに着弾して、叩き落とす。

 

「まだまだ! お返しはこれからですわ!」

 

 内心で成功したことに胸中でガッツポーズを決めた後、セシリア・オルコットはブルー・ピアス(大出力型BTライフル)の銃口を残りの2機のビットとサイレント・ゼフィルスに向ける。

 順番に二機のビットに銃口を向けると、その順番通りにブリリアント・クリアランス(超高感度ハイパーセンサー)のバイザー上にロックオンサイトが表示される。

 

「補足完了! ブルー・ティアーズ! ロックオンショット!」

 

 セシリア・オルコットは高らかにそう叫んで、ライフルの引き金を躊躇無く引く。

 最大出力で放たれたBTレーザーは、セシリア・オルコットの意思通り、曲がりながらサイレント・ゼフィルスの残りのビットを貫通した。

 

 だが、それだけではBTレーザーの威力は無くならない。

一機目のビットを貫通した後、残りのビットに向かって食らいつかんとしないばかりに向かっていき、二機目のビットも貫いた。

 

「ちょろいものですわ」

 

「ッ! 貴様! 絶対に殺す!」

 

 サイレント・ゼフィルスの操縦者は、そう吐き捨てるとアリーナの上空(・・・・・・・)に退避してからBTライフルをブルー・ティアーズに構えた。

 

(あっ、ビットを射撃に使った衝撃でスラスター機動が使えない状態でしたの、忘れていましたわ……)

 

『かわいい生徒を死なせるわけには、いかないなぁ』

 

 一瞬だけ、焦るセシリア・オルコットであったが、開放回線(オープン・チャネル)での通信が彼女を安堵させることとなった。

 

 通信の直後、サイレント・ゼフィルスのライフルが爆ぜたのだ。

 

「また、お前か!! 岡部友章!」

 

 敵であるはずのサイレント・ゼフィルスの操縦者から語られたその名前にセシリア・オルコットは安堵することとなったのであった……。




合計27400文字、前後編で済ませたかった結果がこれです

結局、一夏君に華を持たせる事ができなかったり個人的には不完全燃焼な場面もあるが仕方ないね。
人間の反応速度云々で私、かつてQuick&CLASH(ホルダーから銃を抜いて的に当てる早撃ちゲーム)の一面で0.29秒を叩き出したのですがそれは…
ホルダーに腕は突っ込んでないんですがねぇ…久々にやったら全タイムで3.2秒台でした
きのこたけのこ戦争IF楽しいれす。
光の目と同様に商業同盟アルフォー党が大好きです。(銭ゲバ的、イデオロギー的な意味で)

さあて、残りのIS原作も改めて消化するか…
サイレントスコープ ボーンイーターはまだ稼働しないのですかねぇ

┌(┌'A`)┐<感想・メッセでの誤字報告とか雑談・余談、アドバイスとかなら大歓迎
       誰にも見られたくない内容を言いたい時はメッセか一言評価をご活用下さい

お目汚し失礼しました

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