士郎、お腹が空きました 作:みなば
その日、衛宮士郎は奇妙な体験をした。
半人前以下とは言え仮にも神秘を扱う魔術使いが『奇妙』と言うのは何かが可笑しい気がしないでも無いのだが........そうとしか表現が出来ないのだ。
夕方、弓道部の掃除をしていて帰るのが遅くなった彼が偶々目撃してしまった赤と青の戦い。 この世のモノとは思えない、ゲームや漫画の世界の様な戦いを目撃してしまった。
それが原因で青の男から口封じに心臓を槍で一突きされて死を体験した........かと思えば誰かに治療を受け生き返っていたのだ。
奇妙な体験だ、本当に奇妙な体験だ。
そしてそれは、まだ終わってなどいないのだ。
「もしかしたらオマエが........『七人目』だったのかもなぁ!?」
再度襲撃してきた青の男が槍を降り下ろす。 降り下ろすというより男の構えた槍が消えたというのが正しいだろう、何せ俺の目には見えていなかったのだから。
男は今度こそ確実に殺そうと槍で突くではなく切る気なのだろう、心臓を破壊するだけでは無く、心臓を身体ごと真っ二つにする気なのだ。 身体は動かなかった、自分が今思考出来ているのは死の瞬間世界がスローモーションになるというアレに近い何かだろう。
一体自分は何処の漫画の主人公だと言いたくなるような濃い一日を送ったと思えばコレである。
生き返ったのは奇跡、今まで男と打ち合えていたのも奇跡。
奇跡は起こる........だがもう奇跡も打ち止めだ、今度は間違い無く助からない。
────ふざけるな........!
それが確定された未来だとしても、衛宮士郎は認めるわけにはいかなかった。
自分はまだ何も成してはいない、自分には成さなければならない責任がある。
果たさなければならない『約束』がある。
偶然では助からない。
これは最早、偶然でどうにか出来るモノではなくなっている。
奇跡は起こらない。
生き返る、そんな馬鹿げた事象はもう起こらない。
もし。
もし、助かるとすれば。
ソレは奇跡でも偶然でも、ましてや必然でもなく。
『
「ほにゃ!?」
否........『
結果的言えば衛宮士郎が死ぬ事はなかった。
否、死んだのだ。 衛宮士郎は、正確には衛宮士郎と青の男の間に流れていた殺気と緊迫に満ちた空気が。
恐らく悲鳴であろう何とも間抜けな声と周囲に飛び散る琥珀色の液体が発てる音が辺りに響き渡る。
倉庫のような土蔵には非常に食欲を誘う香りが立ち込めた。
「「........は?」」
何が起きたのかまるで解らないと言った俺と奴の顔は似ていたかもしれない。
自身の命を刈り取るために降り下ろされた槍はゴツンと小気味いい音を立てて心臓を切り裂く一歩前で止まった。
死が具現化した様な恐ろしい槍を止めたのは小柄な誰かだった。
払うわけでも受け止めた訳でも無く、ただ『止めた』。
単純明解、降り下ろされた槍が俺を引き裂く前に『誰か』の頭にクリーンヒットしたというだけである。
「........」
「........」
沈黙。 醤油拉麺特有の良い匂いがする土蔵で男も俺も言葉を忘れた様に何も言えず、動きを忘れた様に止まっていた。 人間、本当に理解が出来ないモノに遭遇してしまった時はどうやら動かなくなるようだ。
暫くして男はゆっくりと『誰か』を見て、俺を見た。
(知り合いか........?)
首を全力で横に振り否定する。
(んなわけない)
ほぼ初対面の相手とアイコンタクトだけで会話をするという貴重な体験をした。
微妙な顔をした男が恐る恐る槍を上に上げれば誰かの顔とどんぶりに挟まれていた麺がビチャっと音を発てて誰かの服に降下する。
そのまま、また場を沈黙が支配しようとした時に声が響いた。
「........三ヶ月だ」
女性の声だった。 成人していない少女の声。
怒りに満ちた少女の声である。
「私がっ! ........この麺を食べるにあたって........費やした時間だっ........このっ!」
「全身タイツゥゥウゥゥウゥゥウゥゥァ!!」
その日行った事を、衛宮士郎は生涯忘れないだろう。
拉麺を顔からかぶった少女が
頭に拉麺どんぶりを乗せたまま
青い全身タイツの男を何処かにホームランした光景を........衛宮士郎は生涯、忘れたくても忘れられないに違いなかった。