悪の在り方   作:c.garden

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16/02/14 誤字修正


幕開け

彼女と暮らしが長くなるにつれ、夜な夜な街へと繰り出すことが増えた。

今宵も夜の帳が降り始めた刻に、同居人へと一声かける。

 

「マリ、私は少し屋敷を空ける」

 

「はい、オードル様。お帰りはいつ頃でしょう?」

 

まるで新婚の夫婦のようだな。

気味が悪い。その問いかけに何の意味があるというのだ。

 

「さてね。私が帰ってこないことを祈っているがいいさ」

 

自分でもよくわからない苛立ちのまま、思わず皮肉が溢れた。

 

「祈る、ですか?私が祈る対象は悪魔さんしかいないのですが、オードル様」

 

そうだったな、この女に皮肉は通じない。

むしろ倍にして返してくる勢いだ。

ふん、悪魔が小娘にムキになるのも馬鹿らしいが。

 

「ああ、そうだったねマリ。そのうち君にはきっと祝福があるよ、無論悪魔のね」

 

そう言葉を残し、俺は屋敷の窓から飛び立った。

 

 

「これで何人目だ?」

 

バハルス帝国皇帝、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスは苛立ちを隠しもせず、目の前の男に問う。

 

「400と13でございます、閣下」

 

帝国軍の大将軍である男が、嫌な汗を背中に感じながらも答えた。

 

「その数は多いと思うか?少ないと思うか?」

 

そう問いかけるジルクニフに対し、顔を苦痛に歪めながらも、男は何とか言葉を絞り出した。

 

「決して、少なくはないかと…」

 

「あぁ、そうだな。例えば戦場での被害ならば取るに足らん数だ。しかしだ」

 

ジルクニフは更に怒気を込めて続けた。

 

「何故だ!?何故413人もの兵士が脱走したのだ?それもこの2ヶ月という短期間にも関わらず、だ」

 

ジルクニフの目の前に平伏す男には、彼を満足させられる答えなど出せない。

けれど忠義か、恐怖かどちらかはわからないが男の後押しをした。

 

「自分でもくだらない与太話だと承知の上で申し上げます」

 

続けろ、と言わんばかりにジルクニフは顎を動かす。

 

「ここ数ヶ月前から、多くの兵から酷い悪夢を見るとの声を耳にしておりました」

 

「悪夢?戦場でもないというのにか?」

 

「はい、例え戦場だとしても悪夢程度で逃げ出す軟弱者など帝国軍には存在しない、そう思っております。ですが…」

 

男は言い淀みつつも続けた。

 

「逃げ出した兵達は皆、悪夢の影響を強く受けていた者達であることが判明しております」

 

「ふむ。確かに悪夢などで逃げ出すなど愚かなまねをする兵などこの帝国におらぬだろうな」

 

鮮血帝と呼ばれるこの男が脱走兵を許すことなど有り得ない。

逃げ出した者は皆捕まり、1人を除いて首を刎ねられた。

 

「示しあわせて、同時に逃げ出したのならまだ理解は出来る。しかし脱走した者の首を晒していたのにも関わらず増え続けた。これは死よりもその悪夢とやらが恐ろしかったということか?」

 

自問自答のすえ、ジルクニフは1つの可能性に辿り着く。

 

「爺、魔法で集団に悪夢を見させることは可能か?それも判断能力を鈍らせるほどの」

 

すぐ近くに控えていた長い髪と髭を蓄えた老人が答える。

 

「可能か不可能かで言えば可能ですな。しかし数ヶ月という期間を考えるならば難しいと言わざるを得ませんな」

 

「うん?」

 

「もし何者かが精神魔法を使い兵達に悪夢をみせているのであれば、その者は兵舎或いはその付近に潜んでいた、或いは夜な夜な侵入をしてそれを数ヶ月もの期間繰り返していたことになりますな」

 

そこで納得が言ったのかジルクニフは口を開いた。

 

「ふむ、流石にそれを見逃すほど我が軍は脆弱では無い。そして何より効率が悪すぎる。では、爺の知る魔法の中で、集団に、1度で、長期間悪夢を見させることが出来るものはあるか?」

 

老人、主席宮廷魔法使いであるフールーダ・パラダインは笑いながら答えた。

 

「閣下、そのような者がおりましたら私が教えを請いたいほどの者でございます、そもそも精神魔法というのは…」

 

「いや、そこまで分かればもういい。爺の話は長いからな。さて、そうと分かれば試してみるか。おい、連れてこい」

 

ジルクニフは近衛の兵に声をかけ、つい先ほど捕まえさせた脱走兵を連れてこさせた。

 

その兵は拘束はされているものの、暴れることもなく、ただただ震え続けていた。

 

「さあ、爺。わかるな?」

 

「全く意地が悪いですな。《ライオンズ・ハート/獅子ごとき心》」

 

フールーダは魔法がかけた魔法、それは《フィアー/恐怖》などにより、植え付けられた恐怖や強者を前にし、心が折れてしまった者を立ち直らせるものである。

 

「…これはどういうことだ、爺」

 

「考えられる可能性は2つ。1つはこの兵は逃げ出した事実に後悔し、自分の首を刎ねられるまでそう猶予は無いと考えているからでしょうな」

 

その線は薄い。ジルクニフはその可能性を即座に唾棄し、先を促した。

 

「もう1つは?」

 

何処か嬉しそうにフールーダが答える。

 

「私すら知りえない魔法、或いはタレントを行使するものがこの帝都に潜んでいる。つまりは未知、それが2つ目ですな」

 

厄介だな。早めに対処しなければ兵力が下がる一方だ。

今後この現象が更に大きく広まる可能性も考慮せねばなるまい、そう思考を巡らしつつジルクニフは対策を打つ。

 

「爺、魔法省の総力を挙げてその何者かを探れ。ただし余り敵対的な行動は慎めよ?」

 

「と、いいますと?」

 

その整った顔で微笑みつつ、ジルクニフは答える。

 

「確かにその奇妙な事態を起こしている者は帝国に対し、害をなしている。しかしだ、その者を取り込めれば充分お釣りがくるのではないか?」

 

「強制的に悪夢を見せられ、脱走した挙句に首を切られた兵達が報われませぬなぁ」

 

言葉とは裏腹にフールーダも笑みを浮かべていた。

 

「さて、忙しくなるな。とりあえずはそこのゴミを片付けておけ」

 

近衛の兵にそう告げ、ジルクニフは秘書官の元へと向かう。

 

 

未だ何かに怯え続ける脱走兵は声をあげることもなく、迫り来る剣をその首に受けた。

 

 

俺のユグドラシル時代でのクラスはワールドディザスターと呼ばれるものだ。

強力な攻撃魔法を巧みに操り、多くのプレイヤーを殲滅してきた。

その力を利用し、大規模な爆撃を帝城にぶちこんでも良かったのだが、それではユグドラシルの頃と大して変わらない。

この世界はユグドラシルの残滓はあるものの、現実世界に近い。

ゲームにはない生の息吹が確かに存在しているのだから。

ならば…

 

この数ヶ月という期間で俺がやったことは単純だ。

情報を集め、分析し、構築する。

そうして出来上がってきたものに加えるに相応しい色を考える。

俺はまず、種を植え付けてみることにした。

漆黒の種を。

 

 

悪夢障害というものがある。

睡眠障害の一種ともされ、酷く続く悪夢により、目覚めの後の不安感から始まり、苦痛へと変わっていく。

やがては仕事や生活にまで影響を及ぼすほどの障害をもたらす。

 

俺の取得している魔法の中で、精神魔法はほぼ無いに等しい。

だが、ユグドラシルにはスキルというものが存在する。

それは種族により千差万別であり、取得の難しいものから始めから備わっているものと様々だ。

悪魔である俺が持つスキルはこの世界にとってどのような混沌をもたらすのか、そう考えただけで心が躍る。

 

帝国への最初の贈り物だ。

手始めに俺は兵舎を見下ろしスキルを放った。

 

ーーバックス・ナイトメアーー

 

このスキルは特殊なアイテムを使うか高位の回復魔法、或いは使用者の手による解除しかできない。

 

ユグドラシルでは睡眠状態のプレイヤーに対してのみ発動し、その目覚めを遅延させるという効果しかなかったが、どうやらこの世界では強い悪夢障害を引き起こし、じわじわと広まる病魔のように蔓延していくようだ。

心の強い者には効果が薄いようだが、この程度のスキルですら帝国の兵士達の心へ長期的に悪夢という名の恐怖を植え付けられるとは、これまた嬉しい誤算だった。

 

「さて、切れ者だと名高い皇帝さんの

アプローチを待ってみるか」

 

俺は1つだけ手がかりを残しておいてやった。

これで気がつかないのなら、所詮凡人だ。

俺がわざわざ顔をあわせる必要などないだろう。

 

 

闇夜に光が差し込むまで数刻といったところで、俺は拠点である屋敷へと帰還する。

 

「お帰りなさいませ、オードル様」

 

まさか出迎えられるとは思ってもいなかったな。

夜更けまで何をしていたんだこの女は。

 

「君は睡眠を必要としないのかい?それとも私の影響を受け、太陽に憎しみでも湧いたのかな?」

 

小馬鹿にするようなニュアンスを大いに含ませつつも、どうせこの女には通じはしないであろうな。

いつものように戯言ともとれる返答をよこすだろう。

だが…

 

「貴方のお顔を見ると何故だか安心して眠れるのです。それに…」

 

この女にしては珍しく、照れ臭そうに続ける。

 

「お帰りなさい、その言葉は私にとっても貴方にとっても大切なものだと感じているのです」

 

今の俺にはその言葉の真意は掴めずにいた。

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