インフィニット・ストラトスadvanced【Godzilla】新編集版   作:天津毬

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深紅の雪作戦開始です‼︎

そしてIS学園では無人IS襲撃イベント…。


EP-10 深紅ノ雪作戦Ⅰ

3日後。

ロリシカ。

ギジガ統合基地・第2前哨基地。

その南部の3軍共同防衛線。

東部戦域には国境警備軍ジャール大隊、西部戦域には在ロリシカ米軍スネーク中隊、中央戦域には国防陸軍メドヴェーチ中隊と防衛省技術試験小隊が。そして各戦域に支援用の戦車やMLRS、メーサー車が既に展開していた。

そしてそれに第2前哨基地の戦力である3個戦術機小隊と1個戦車中隊が加わる。

一目見ただけでもかなりの部隊だと分かる。

だが、銀龍の管制ユニットの千尋はやはり、緊張を拭えなかった。

まりもから渡されたメモを昨日まで箒と共に見てどう対処すべきか、燈の授業からも応用すべく思考した。

そして具体的な対処法も見出した…が、やはり実戦になると緊張するのだ。

「…ふぅ」

数秒おきにため息をつき、手の甲で額の脂汗を拭う。

『大丈夫だ千尋。…きっと大丈夫だ。』

部隊間通信ウィンドに映る、不安を無理矢理押し殺した箒が千尋に引きつった笑みを浮かべながら、千尋の緊張を和らげようと必死に言う。

だがその声は確証を持てない声音で弱々しい。

『…埋設型音響探知機に反応‼︎バルゴン群、5分後に接敵します‼︎』

ロリシカ軍から送られてきた情報を新井が報告する。

それで2人の顔はさらに強張る。

まりも、新井、門松の3名は慣れているのか全く平気そうだが。

そんな2人を気にかけてか、門松が言う。

『隊長、いっちょアレをお願いします。』

『ん?ああ、いいぞ。各員こんな小話を知っているか?』

まりもは、まるで天気の話をするかのように急に笑みを浮かべながら緊張を感じさせない言う。

いきなり始まったそれに千尋と箒は思わず唖然とする。

『海自がアメリカからイージスシステムを導入した頃の話だ。イージスシステムに各国は高評価を示し、アメリカは鼻が高くなっていた。しかし日本はアメリカの鼻をへし折るようにこう言った。「オートだとイージスシステムの反応が遅いから手動で操作出来ませんか?」と。』

『––––––ぷっ‼︎』

『わはっ‼︎』

なんてことは無い、海自に【実際に】伝わる武勇伝を用いた小話だ。

だがそれが緊張を和らげてくれるものになったのか、新井が吹き出し、門松も釣られるように笑い––––––

『ふふっ』

「あはは‼︎」

箒も千尋も、笑い出す。

隊の空気が重いときはこうして小話をいれて場の緊張をほぐす。

気休めを言われるより数倍気が楽になる。

『––––––そういうのなら、こちらにもありますよ。』

部隊間通信のリンクで繋がれているメドヴェーチ中隊のニコライが言ってくる。

『ギジガの子供達が憲兵隊にこんな話をしていた。「バルゴンのお肉は食べられるの?」と、そこで憲兵はこう言いました。「とても不味くて食べられません。君がイギリス人でもない限り。」。』

瞬間、防衛省技術試験小隊とメドヴェーチ中隊から響く大爆笑。

内戦を装いバルゴンとの激戦を繰り返すこの国でもイギリスの飯マズは知れ渡っているらしい。

(セシリアが聞いたら怒りそうだなぁ…)

笑顔で笑いながらも千尋は内心思う。

『CP(コマンドポスト)より各部隊へ。バルゴン群接敵まであと3分。警戒せよ‼︎』

CPからの通信が先程までの陽気なムードを吹き飛ばす。

だが、まりもとニコライの小話のおかげで緊張がほぐれた為に、少し肩の荷は降りた。

千尋は目の前の、積雪を白煙のように巻き上げながら進軍してくる錆色の群団––––––バルゴン群に目を移し、睨み付けた。

『こちら第3メーサー隊、三村二佐。予定通り攻撃を開始する。戦術機部隊はメーサーとの射線交錯に注意せよ。』

18式メーサー殺獣光線車6両を率いる三村総一郎二佐がメーサー車1号車の牽引車から防衛省技術試験小隊とメドヴェーチ中隊に通告する。

メーサー車や戦車、MLRSによるバルゴン群の数の削減をしてから戦略機が撃ち漏らした個体を片付けることになっていた。

戦略機の間に配置されたメーサー車の砲身が展開し、砲身の先端にあるパラボラアンテナ型の照射機がバルゴン群に向けられる。

『メーサー1号車より各車へ。メーサー照射準備。繰り返す、メーサー照射準備。』

三村が言う。

そして各メーサー車の砲身がバルゴンに、照準固定され––––––

『メーサー照射‼︎』

三村の号令と共にメーサー車のパラボラ型の砲身から、青白い稲妻が空気を焼きながら、バルゴン群に、放たれる。

そしてその稲妻はバルゴンの表皮に当たると同時に瞬時に水分を蒸発させ、破裂させる。

バルゴンの赤黒い体液と肉片が宙を舞い、雪原に降り注ぎ、雪を赤く、紅く染め上げていった。

メーサーとはマイクロ波を用いた兵器で、過大な電子レンジ、といったところだ。

そして今、バルゴンは、電子レンジで卵を爆破させる、というものと同じ状態にされていた。

その間にもメーサーは薙ぎ払うようにバルゴン群を爆殺していく。

『す…すごい…。』

思わずユーゲンが呟く。

『バルゴンが…みるみるうちに爆ぜていく…。』

エリザも呟く。

自分たちがいつも少ない戦術機と物資でバルゴン群に立ち向かっているのに6台のメーサー車で既に300体近いバルゴンが殲滅されていたからだ。

だがまだ5分の1しか撃破できていない。

『バルゴン群、近接迎撃地点に侵入‼︎』

CPオペレーターが叫ぶ。

近接迎撃地点––––––戦車やメーサー車の迎撃により数を減らした上で尚も接近してきた場合、戦車やメーサー車は後退––––––すなわち戦略機や航空機の出番となる位置だ。

『総員傾注‼︎お待ちかねの狩りの時間だ‼︎』

『各員に告ぐ‼︎出来るだけ陣形を維持しろ。分隊(エレメント)を崩すな‼︎』

ニコライがメドヴェーチ中隊の面子にそう言い。まりもが防衛省技術試験小隊の面子に言う。

そして、全機が突撃に移った。

 

■■■■■■

 

IS学園・第2アリーナ

クラス別トーナメントの行われていたアリーナだ。

そしてそこでは一夏と鈴が戦っていたのだが…現在、アリーナも管制室も混乱していた。

所属不明のISがいきなり襲撃を仕掛けてきたから。

「光さん⁉︎状況は⁉︎」

セシリアが管制室にあった予備のヘッドセットを手に取り、光と通信を繋ぐ。

『…今は一佐と呼べ。…現在、所属不明ISが第2アリーナに侵入。そして同アリーナにジャミングが行われており、一般生徒の脱出が出来ないどころか織斑と鳳の救援と敵ISの鎮圧に赴けない状態だ。”出来すぎている”ほどな。』

事実、現在アリーナ内では織斑の白式と鈴の甲龍が全身装甲のISと交戦していた。

セシリアたちは第2シャフトの警備を千冬の命令で配置された教師部隊が引き受けたために、一応、応援役として管制室側で待機していた。そんな中起きた襲撃だった。

『さらに悪い知らせだ。…現在、湾港エリアから歩兵複数、第2シャフト内に例の海底トンネルから無人対人鎮圧兵器・オートマトンがなだれ込んできている。』

「⁉︎な、ちょ、第2シャフトのトンネルは教師部隊が警備してたはずじゃ…」

光からの報告に驚き、セシリアが思わず叫ぶ。

『…とっくに連絡途絶だ。全滅したと判断する。湾港エリアの歩兵は特自陸戦隊、第2シャフトは戦術機MA-10J凄鉄の部隊で制圧する。お前たちは動くな‼︎』

「え⁉︎ど、どうして…」

セシリアが叫ぶ。

今まで戦術機の訓練を積み重ねてきたのに、いざという状況で動くなと言われても、納得行かない。

『全滅を防ぐために予備戦力として残すためだ。こちらに余力があるとは言え、全滅する確率がないとは言えない。それに管制室からもそのISのせいで出られないだろう?』

「そ、それは…」

光の言うことは事実だ。だから、セシリアは押し黙ってしまう。

「…分かりました。第2学園守備隊、管制室にて待機します。」

セシリアは仕方なく同意して、応じた。

 

■■■■■■

 

IS学園・湾港エリア

「…ふぅ」

光はため息をつきながら、ヘッドセットの通信を切る。

足元には肉片になった人間だったものの残骸。

現在、光は第4電子化武器運用隊の面子を率いていた。

「…まったく、メーサーライフルは人間に使うもんじゃないな…。」

そうぼやきながら、光は試製20式メーサー小銃を構える。

湾港エリアの敵歩兵はこちらで制圧することになっていた。

まぁ、制圧と言っても––––––皆殺しだが。

瞬間、コンテナの向こうからMP5サブマシンガンで武装した敵兵が現れる。

光はそれに、一瞬躊躇するが、やらなければ自分がやられる。だから、メーサー小銃の引き金を、敵がサブマシンガンの引き金を引く前に、引く。

瞬間、メーサー車ほどでは無いが、青白い稲妻が銃口から放たれ、敵兵に命中し––––––命中した箇所を暴力的な熱が焼き、敵兵の体内の水分を蒸発、敵兵は悲鳴を上げながら体を膨張させ、破裂させ––––––血飛沫が宙に舞う。

残されたのは敵兵だったモノの残骸。

(これでは…虐殺ではないか…。)

光は腹の虫を堪えながら内心呟く。

そして周りでもコンテナで遮られているからこそ見えないが、メーサーが放たれ、敵兵の体を破裂させる音と断末魔の絶叫が木霊する。

そして、肉片や血がコンクリートやコンテナに飛び散り、付着する、不愉快な音。

「…こんな有様は、彼奴らに見せられないからな…汚い世界の上で生かされている現実を知るには、まだ、彼奴らには、早過ぎる。」

光はふと呟く。

「オールハンド、こちら木下。オールクリア。繰り返します、オールクリア。」

光の部下である木下三曹が通信を入れる。

「一佐、敵兵の殲滅、完了しました。」

ふと、近くにいた部下である石塚楓三尉が報告する。

それに、光は少しうんざりしながらも、部下をねぎらうために無理に笑顔を作って、

「ご苦労だった。」

そう、言う。

「…オールハンド、第2シャフトに移動するぞ。まだオートマトンが残ってる。」

光がそう言って、次の行動に移ろうとする。

「アリーナのISはどうします?」

楓が聴く。

「手の出しようがない以上、専用機持ちにどうにかしてもらうしかあるまい。上級生がクラッキングもしているし、いずれ救援は届く。」

光は淡々と言う。

「…分かりました。…しかし、敵兵やオートマトンはともかく、あのISやペンタゴンクラスのアリーナをハッキングする能力の持ち主は…」

「…冷静に考えれば奴くらいしかいないわな。」

世界にISをばら撒いた、天災である篠ノ之束しか。

 

 

■■■■■■

 

第2シャフト内部

 

そこには堅牢な装甲に肩部装甲に20ミリチェーンガンを搭載したMA-10J戦術機・凄鉄を舞弥が駆り、片桐のチェーンガンがけたたましい砲声を唸らせ、120ミリ長距離滑腔砲が爆音とともに放たれた砲弾でオートマトンを蹴散らしていた。

オートマトンと言っても、所詮は武装は12.7ミリ機関砲のみ。しかも装甲の強度は軽装甲機動車という、大して頑丈ではない装甲。

故に、あっさり蜂の巣にできる。

8、12、17、21、24、29……これで、終わりですね…。

舞弥はオートマトンを撃退し、ふぅ、と一息つく。

『舞弥、状況は?』

光が音声通信で舞弥に呼び掛ける。

「…片付きました。後続は確認できず。」

『そうか…ご苦労だった。アリーナもつい先程片付いたそうだ。』

 

 

 

「うおおー‼︎」

「いっけー‼︎一夏ーー‼︎」

織斑が白式の雪片弐型の単一能力・零落白夜で敵IS–––無人型と発覚–––を切断し、撃破する。

そしてアリーナに響く織斑を賞賛する女子たちの歓声。

その中で千冬は、歪な感情を抱いたまま、なんとも言えない顔をして、立っていた。

(今回の件––––––一夏や私達は踊らされただけだ。そしてそれができるのは–––)

千冬はアリーナに転がる無人型ISの残骸を睨みつけながら、内心呟いた。

 

■■■■■■

 

束専用ラボ。

 

「うんうん、やったねいっくん‼︎モテモテだね〜‼︎もう1人の男子とかいう鬱陶しい奴はいないし、大活躍だね〜‼︎カッコイイよ〜‼︎」

そしてその、織斑を躍らせた張本人は無人型IS・ゴーレムの送ってきたデータを見ながら、キャッキャッと騒ぎながら言う。

「いや〜束さん、やっぱり天才だからなんでも出来ちゃうね‼︎いっくんの為にハーレムを作るなんてチョチョイのチョイだね‼︎…もしかしたら世界も滅ぼせたりして……なんて訳ないか。流石に世界を滅ぼす訳ないよね‼︎ハーレムを作ったくらいで‼︎」

だがしかし、その言葉が現実のものになるとは、いや既に現実のものになっているとは、その時の束はまだ知らなかった。

 

 

 

■■■■■■

 

ロリシカ・ギジガ統合基地・第2前哨基地。

3軍共同防衛線。

「はぁぁぁ‼︎」

箒の荒吹壱型丙が右手に長刀を持ち、左手に追加装甲を保持して、バルゴン群に、突っ込む。

中型種が箒に突っ込んでくるが、箒は追加装甲のスパイク先端がわずかに接触するように追加装甲を拡げる。

そしてバルゴンに追加装甲のスパイク先端が衝突し、火花を散らし、箒の荒吹壱型丙が衝撃で左回りに機体が引っ張られる。

それが箒の狙いだった。

「かかったぁ‼︎」

瞬間、衝撃を利用し、右手の長刀を振り下ろす。そして、バルゴンの首が胴体から斬り飛ばされる。

そこにさらに背後からバルゴンが荒吹壱型丙に襲い掛かるが、背部兵装担架を射撃モードに切り替え、兵装担架にマウントされていた突撃砲の120ミリ短距離滑腔砲をバルゴンの頭に喰らわせ、吹き飛ばす。

爆煙が一瞬、後頭部サブカメラの視界を覆う。

次の瞬間、爆煙を切り裂くように新たなバルゴン中型種2体が突っ込んでくる。

「…⁉︎しま…」

思わず箒は血の気が一気に引き、鼓動が高まり––––––恐怖心が脳を支配する。

死ぬかもしれない、という恐怖心が。

「失せろてめぇらぁぁぁぁ‼︎」

瞬間、千尋が怒鳴りながら、銀龍がジェット・ロケットエンジンのロケットモーターを点火し、速度を付け、追加装甲の側面についているソーブレードで、移動エネルギーを加えて、バルゴン中型種の頭部を斬り飛ばす。

そして左脚を踵部分から地面に突き立て、跳躍ユニットの角度を調整し、左脚を軸に、右脚で地面の積雪をえぐり、巻き上げるようにして方向転換。

すかさず箒に迫っていたもう一体の横顔に36ミリ徹甲弾をお見舞いする。

「ぜ、はぁっはぁっ…ぶ、無事か箒姐‼︎」

息絶え絶えの状態の千尋が、箒に聴く。力任せに無茶な軌道を取ったために、Gが体にかかり、体力を酷く損耗したのだ。

『あ、ああ…すまない。』

まだ恐怖を宿した声音で応える。

だが瞬間、倒したバルゴンの死体を乗り越えてさらに新手が2人に襲い掛かる。

7体のバルゴン中型種だ。

「しま…」

千尋が叫びかけるが、

120ミリ短距離滑腔砲の3門の射撃音が重なり、2体の頭が爆散し、1体が転倒させられる。

門松の荒吹壱型丙が120ミリを一門、新井の荒吹壱型丙が120ミリを二門同時射撃を行ったのだ。

そこに、まりもの駆る荒吹壱型丙が追加装甲を転倒した個体目掛けて投擲。そして背部兵装担架から長刀を両手に抜刀。

そのままジェット・ロケットエンジンのジェットモーターを吹かし、加速。

バルゴンにギリギリまで間合いを詰め–––––––腕部補助スラスターを全開にして、運動エネルギーと質量エネルギーを生かした斬撃で、バルゴンを2体、撃破する。

残る2体がまりもの荒吹壱型丙に襲い掛かる、が、

それにすかさず千尋の銀龍がアームブレードを展開し、バルゴンの脳天に突き刺し、箒がもう一体の横っ腹に120ミリを喰らわせて、倒す。

『あまり深入りし過ぎるな。今のお前らや私みたいに殺されるぞ。』

まりもが、言う。

『もうすぐ砲爆撃が来る。そろそろ退却を––––––』

まりもがそう言いかけると、上空をロリシカ空軍のB-52R爆撃機8編隊が通過する。

『噂をすれば影って奴だな。サッサとズラかりましょう。隊長。』

新井が言う。

『ああ、そうだな。総員跳躍開始––––––…』

だが瞬間、まりもが固まる。

そして同時に千尋が違和感を感じる。

「なんだ…この揺れ……」

千尋は思わず呟く。微々たる振動だが、それは刻一刻と大きくなっていっていて––––––千尋の、本能的なカンが、脳内に警戒を促す。

そして、その異常に新井や門松、箒も気付く。

『おかしい…音響センサーが振り切れている…?』

メドヴェーチ中隊のリーナも気付く。

『砲撃の振動じゃ…』

新井が言う。

『いや、だとしたらおかしい。揺れが大き過ぎる。』

だがそれを門松が否定する。

『で、でもこの辺りにバルゴンは…』

リーナが言う。

確かにレーダーを見る限り、新たなバルゴンの増援は見られない。

現状、バルゴンはジャール大隊の方に集中しているから、こちらがこんな巨大な振動を探知するのはおかしい。

瞬間、千尋は思い出す。

『バルゴンはね、時々だけど、地中侵攻を行う事があるのよ…』

燈の言葉が脳内で再生され、先の警戒はもはやけたたましい警報に変わり––––––思わず、叫んだ。

「小隊長‼︎神宮司三佐‼︎バルゴンの地中侵攻です‼︎」

瞬間、全員の顔が青ざめる。

「全機バックブースト‼︎」

まりもが直ぐさま叫ぶ。瞬間、防衛省技術試験小隊とメドヴェーチ中隊は、速やかにその場から退避する。

一瞬遅れ、部隊が展開していた地面が激しく宙に舞い上がり、地中から、体のあちこちに突起を生やし、背中に中型種一体分のサイズの巨大さを持つ刃のようなプリズム器官を2つ持つ、バルゴン大型種より一回り巨大な、バルゴン超大型種が、出現した。

『ち、中隊長‼︎アレって––––––‼︎』

ユーゲンが、驚愕に満ちた声で叫ぶ。

無理もない。ユーゲンも、ましてや超大型種と遭遇した人間など、この中に誰もいないのだから。

ふと、バルゴン超大型種は上空の爆撃機編隊に目を向ける。

瞬間、目が妖しく光り、背中のプリズム器官を薄紅色の光が包み、2つのプリズム器官の間に稲妻が激しく走り、エネルギーが圧縮されていき––––––プリズム器官の間から、大出力の極太の生体レーザーが放たれた。

初期照射の警告が無かった事とバルゴン超大型種に驚愕していたためか、レーザーに反応が遅れてしまう。

『不味い‼︎』

イリーナが叫んだ瞬間、B-52R爆撃機の1機を、レーザーが包み––––––蒸発。

だがそれに留まらず、周りにいた他の機体も、レーザーの熱により、大気がプラズマ化した際に発生した衝撃波で、爆散する。

『全機匍匐飛行‼︎この場から離れるぞ‼︎』

ニコライが叫ぶ。

『で、でも隊長‼︎あいつを野放しにしたら––––––‼︎』

エリザが異を唱える–––が、

『奴を撃破できるだけの弾薬も推進剤もない‼︎一旦引くぞ‼︎』

ニコライがそれを畳み掛ける。

それに千尋たちもメドヴェーチ中隊に追随する。

だが次の瞬間。再度、超大型種は生体レーザーを放つ。

今度は司令基地からの砲弾目掛けて。

そして全てを、あっさり蒸発させる。––––––それだけなら、まだよかった。

突如、レーザーはグンッと弧を描くように、千尋たちの方に飛んで来る。

「な––––––⁉︎』

それに反応できた千尋が叫ぶが、遅すぎた。

あたりはしなかったものの、レーザーが地面を抉り、背後からの衝撃波のせいで機体が乱気流に呑まれる。

瞬間、各機から上がる悲鳴。

直ぐさま機体の姿勢補助機能が作動し、機体の安定化を図る。

が、瞬間、背後から突風と共に飛んで来た破片が、箒の荒吹壱型丙とリーナのガンヘッドに直撃する。

瞬間、箒の荒吹壱型丙は機体のバランスを崩して地表に落下。リーナのガンヘッドも跳躍ユニットが火を吹き、地面に叩きつけられる。

「ほ、箒姐‼︎」

思わず千尋は振り向いて助けに行こうとする。

『よせ篠ノ之‼︎今行っても…‼︎』

まりもの苦痛に満ちた悲鳴のような罵声が千尋に飛んでくる。

「で、でも今ならまだ、まだ間に合うかも知れない‼︎だから今––––––」

千尋が助けに行こうとする。

だが、次の瞬間、千尋の機体の操作権を、まりもが指揮官権限で剥奪。操縦系を指揮官機からの二次操作で遠隔操作させる。

「なっ…⁉︎な、なんでですか‼︎神宮司三佐‼︎」

千尋は泣きそうな顔をして、思わず怒りと困惑に満ちた声音で叫ぶ。

『今助けに行けば助かるはずの–––後退中の部隊の命まで殺す事に気付かんのか⁉︎』

まりもが、怒気と悲哀の入り混じった声で、怒りを装っているが、涙を堪えながら怒鳴る。

本当は、まりもだって助けに行きたい。だがその為に今助かる命まで巻き添えにするなど、許されない。

「あ…あ、ぅ…っく…」

千尋はついに泣き出してしまう。自分の無力さに、自分の不甲斐なさに。

『…司令基地より入電。第2前哨基地ではなく第1前哨基地に後退せよ––––––と。』

ニコライが言う。

広域マップを見ても、第2前哨基地の防衛線は崩壊している。

第2前哨基地は包囲、殲滅されるのも時間の問題––––––と司令基地は判断したのだろう。

だがそれでは––––––

「山本三尉や楠本二曹まで…」

基地施設復旧の為に派遣されていた山本や楠本を思い出す。

多分第1前哨基地に後退できるのはメーサー車や戦車、戦術機部隊のみ––––––

彼らの脱出は、無理だ。

(ごめん…箒姐、山本三尉、楠本二曹…俺…ごめんな…)

操縦桿を強く握り締め、唇を強く噛む。

自分は彼らを見捨てた––––––

そんな感情が、千尋を支配した。

 

 

■■■■■■

 

第2前哨基地

「う…ん?」

箒は白いシーツの敷かれた簡易ベッドの上で目を覚ました。

隣にはメドヴェーチ中隊の兵士であるリーナが寝かされていた。

「気が付いたか?」

声の方を見ると、血の滲んだ包帯を右目に巻いている男性兵士と目があった。

「あ、は、はい。…あの、ここは…?」

「第2前哨基地。地獄のど真ん中さ。」

男性は自嘲するように、言った。

 

 

 

◼️◼️◼️◼️◼️◼️

 

 

第1前哨基地・戦術機格納庫

防衛省技術試験小隊、メドヴェーチ中隊の面子が集まっていた。

「24分前、第2前哨基地から通信が入った。篠ノ之箒一士、リーナ・ベシカレフ伍長の身柄を保護したそうだ。意識を失っていたそうだが、幸いにも五体満足だそうだ。」

ニコライが言う。

全員が胸をなで下ろす。

「––––––が、それ以来、通信途絶状態だ。」

イリーナが付け足すように言う。

すると、千尋とユーゲン、ヴェロニカが目を見開く。他の面子も厳しい顔をしている。

「バルゴンとの戦闘に入り、通信どころではなくなったか、通信施設が破壊されたか…全滅したか。」

最後のは最も想像したくないケースだ。

千尋から血の気が引いて行く。

「い、今すぐ救出に…‼︎」

ヴェロニカが叫ぶ。

千尋も言おうとする––––––が、この場において私情を挟むな、と理性が感情を拘束する。

だが、その拘束を外そうと感情がもがき、それをまた理性で押さえつけて––––––頭の中でモヤモヤしたものが荒れ狂う。

「ダメだ。」

さらにヴェロニカや、表情から察したのか千尋にも向けて、ニコライが言う。

「給油と弾薬補給、そして整備が最優先だ。それにまだあの超大型種もまだ残ってる。」

ニコライはやはり、感情を押し殺し、現状を冷静に伝える。

「–––––ッ‼︎同志軍曹、貴方はあの子の指導役ですよね⁉︎なんとも思わないんですか⁉︎リーナが…いえ、この子の家族も死ぬかもしれないんですよ⁉︎この子まで私達と同じ境遇に立たせる事になるんですよ⁉︎なんとも思わないんですか⁉︎仲間が死ぬかもしれないんですよ⁉︎」

ヴェロニカは、リーナだけでなく千尋の事も気にかけて、ヒステリックな声音で、今度はユーゲンに振る。

「––––––助けに行きたいのは山々です。…でも戦術機も万全じゃないし、防衛線も再構築しなきゃいけない、やらなきゃいけないことは山積みなんです。たった2人の為にベルホヤンスク防衛線を破棄する訳にはいきません‼︎」

ユーゲンは感情を殺しつつ、言う。

けれど殺しきれておらず、下唇を強く歯で噛みながら、悔しそうに顔をしかめそうになりながら、言う。

確かにリーナは中隊の貴重な人員で、箒は千尋の家族だ。そして家族や仲間を失った自分たちのような思いを千尋にまでして欲しくはないから、助けに行きたい。

けれどそのために崩壊したギジガ防衛線を立て直さずにそのままにして、ギジガに住む5万人もの人々が犠牲になるのは、ならない事だ。

「で、でも––––––」

「…止めてくれない?そういうの。」

ソフィアが冷ややかな眼差しをヴェロニカに向けながら、見下すように、言う。

「仲間仲間って…貴女、ワシーリーを救えなかった罪滅ぼしをしたいだけでしょ?つまらない馴れ合いに、私を巻き込まないで。」

冷ややかに言うソフィアにヴェロニカは思わず反射的に怒気を孕んだ目で感情的に言おうとするが、図星を突かれた為に、黙ってしまう。

「ち、ちょっとソフィア…」

エリザが咎めるように言う。

だが、ソフィアは構うことなく言う。

「それに、行くだけ無駄よ。」

諦めと今まで体験して来た地獄を思い返すような目をして、呟く。

「どうせ、戻ってこれないもの…2人とも。」

第2前哨基地に殺到する、推定800〜1200体のバルゴン群の写された衛星写真を見ながら、言った。

 

 

 

■■■■■■

 

 

 

第2前哨基地・医務室

箒、そしてリーナも目を覚ましたため、2人の前に立っている、血の滲んだ包帯を右目に巻き、左手は二の腕から義手の、白髪交じりの髪に無精髭を顎に生やした、40代らしい中年の男性は、自己紹介をする。

「俺は第56歩兵中隊中隊長、アルセン・バシキロフ大尉だ。んで、隣のこいつが––––––」

アルセンは隣に立つ、箒やリーナより同い年くらいの少女を見て、言う。

「ライサ・セミョン伍長。」

ライサは負傷したらしい額に包帯を巻いて、少し不機嫌そうに、している。

「助けていただき、ありがとうございます。」

箒が、礼を言う。

それにアルセンは負傷した痛々しい顔で、2人を安心させるために、笑いかけながら、言う。

「別に大した事じゃないし、任務だったからな。戦術機パイロットは一兵卒と違って替えがそう簡単には利かん。それに––––––篠ノ之一等兵だったか?お前は日本からのお客さんだ。見捨てるわけにはいくまい。」

アルセンがそう言ったため、2人とも緊張が解れる。

「––––––1個小隊がバルゴンに喰われたけどね。」

ライサが、言う。

瞬間、2人の顔に衝撃が走る。

一個小隊…つまり8名〜12名の兵士が、自分たちの所為で食い殺された––––––それは、特に自己犠牲の激しい箒を戦慄させた。

「…別に恨んじゃいない。…ところで嬢さん方、アサルトライフルは使えるか?」

ふと、アルセンが聴く。

「射撃訓練でなら、89式小銃や64式小銃に触れて射撃した事はあります。」

「あ…えっと、すみません、私は座学でカラシニコフについて習っただけでまったく…。」

箒とリーナが答える。

「…ベシカレフ伍長はともかく、篠ノ之一等兵はカラシニコフと同口径の64式を使ったことは有るんだな?」

「は、はい。…ですが、訓練でのみですし、カラシニコフは使ったことも触れたこともありませんが…。」

「いや、そいつぁ問題ない。この基地にはロリシカ独立戦争時に日本からアラスカ経由で輸入した中古の64式小銃が60丁ほどある。」

アルセンが言う。

当時、64式小銃などの旧式武器を処分する予算がないために、日本が旧式の武器をロリシカに売って、バブル景気崩壊後の経済立て直しに使っていた––––––という話を、箒は聞いた事があった。

「あの…どうしてそんな話を…」

リーナが聴く。

瞬間、ズンッ…‼︎という鈍く、重い衝撃が基地内に響く。

「バルゴンが基地の周りにいるんだ。いつ侵入されてもおかしくない。だから迎撃準備を整える必要がある。…そして、悪いがお前さんらにも参加してもらう。」

「…分かりました。では、そちらをお貸し願えますか?」

箒は、アルセンに言う。

「ああ、いいぞ。…さて、ベシカレフ伍長だが…とりあえずベレッタM92Fピストルでも渡しておく。そして衛生兵の手伝いでもしてくれ。」

そういってピストルを、アルセンはリーナに渡す。

「…言っとくけど、助けたりはしないわよ。いざとなったら、その銃で頭を撃ち抜いて、楽になる事をお勧めするわ。」

ライサが、言う。

無愛想に聞こえるが、心配そうな声音で。

「あと、瀕死の味方を見かけたら、迷わず頭を銃で撃って、慈悲の一撃を…介錯をしてやりなさい。」

「そ、そんな…」

ライサの言葉にリーナが絶句する。だが、ライサはリーナに現実を押し付けるような声音で言う。

「じゃあ、苦しんでのたうち回れって言うの?それこそ地獄よ?死ぬ間際くらい、一瞬で楽になる事を望むわ。それにね、死にかけの人間なんて足手纏いよ。…だったら、自決してもらうか、介錯も兼ねて殺した方が放置されてバルゴンに食われるよりマシだし温情的だわ。」

ライサは続けて言う。

箒とリーナは、ライサの言葉に黙り込んでしまう。世界の闇を知ってしまったような感覚が2人の体と脳を支配する。

(ストラヴィツキー軍曹の恋人だった人も…こんな感じの絶望に立たされたんでしょうか…)

リーナはふと、思った。

「…さて、基地内部を案内する。ついて来てくれ。」

アルセンが2人にそう言って、箒、リーナ、ライサを引き連れ、医務室を出た。

 

第2前哨基地内部の廊下は、何処か迷路のようにすら見えた。コンクリートのトンネルが張り巡らされているのだ。

そしてそのトンネル内には、湿気の充満する匂いが漂っていた。

「…まるで要塞みたい…。」

ふと、リーナが呟く。

「この前哨基地は他の前哨基地とは違って司令基地から最も離れてる。補給や援軍が途絶え、包囲されて籠城するハメになる––––––なんて当たり前だ。だから堅牢に出来ている。」

正面から状況報告の為に走っていく連絡兵を避けながら、アルセンが応える。

「さっきの作戦途中までは戦術機も残ってたが…今は全機大破しちまった…おまけに給油や弾薬補充、整備に必要なパーツも尽きて、もう使い物にならない。

今じゃT-05などの戦車や備え付けの艦載転用速射砲、に地対艦ミサイルで対抗するしかない。」

アルセンが続けて言い、それを繋ぐようにライサが言う。

「でも防ぎきれる確率は低い。だから、そうなったら基地の中にある旧戦術機ハンガーに奴等を誘き寄せて、十字砲火を浴びせるしかない。…まぁ、それでも退路を防がれたら最後。死ぬまで戦うしかない。実際この基地、17年間のうち何回も玉砕してるし。」

「そんな––––––」

「要は私達、この基地とギジガを一分一秒でも延命させる為に置かれた、ただの捨て駒、消耗品というワケ。…ま、軍のお偉いさんの思惑どおり死ぬつもりなんて毛頭ないけど。私にだって、家族がいるし。」

「…家族…」

ふと、箒が呟く。

今まで誰かが不幸になるくらいなら別に私は死んでも良い…そう、思っていた。

だって、墨田大火災で大勢の人の命を踏み台にして生き残ったから。自分は卑怯者だから。そう思っていたから、そう考えることに…自分が犠牲になるという考えに疑問なんてなかった。むしろ、そうならなければならないと思っていた。

でも、そしたら家族は?

たった1人の家族である千尋は、どうなる?

…自分が望んでいない、不幸に晒されてしまう。

じゃあ、どうすればいい?

他人を不幸にしちゃいけないから、救える手は全て取って、死ぬか?

いや駄目だ。それでは千尋が不幸になってしまう。

私がいなくなったら、彼奴はひどく悲しむ。

それで、この間、千尋が箒の自己犠牲の姿勢に大激怒した理由を悟る。

(でも…じゃあ、私みたいな奴が幸せになって良いのか?他人を踏み台にして、見捨てて生き残った、私が…)

「…ねぇ貴女、何考えてんの?」

「…え?」

ライサが刺々しい口調で、箒に問う。

「あ、す、すみません。…その、家族の事を…。」

申し訳なさそうな顔で、正直に応える。

「…そ。」

ライサはそう、素っ気なく返答する。

すると目の前から、

「大尉‼︎大尉‼︎」

活気に満ちた、元気そうな顔の少女が駆け込んでくる。見た感じでは箒やリーナ、そしてライサより年下だ。おそらく、12歳くらいだろうか。

「弾薬庫で新しい弾薬を見つけました‼︎」

「お〜よしよし偉いぞ。クリス二等兵。」

その少女を褒めて、頭を撫でる。

「後でチョコをやる。アメリカ製の美味いやつな。」

「やった〜‼︎最近ご無沙汰だったんですよ!」

きゃっきゃっと燥ぐ少女が、箒たちに気付くと、明らかに敵視して、

「む〜、私の大尉を寝取ったら承知しないわよ⁉︎」

なんて、言う。

それに箒とリーナは唖然とし、アルセンは苦笑いをして、ライサは鬱陶しそうに言う。

「…しないわよ。私はオッサンは対象外だから。」

そう言うと、その少女は持ち場に戻っていった。

「すまんな…新参の女にはいつもああなんだ。悪く思わないでくれ。」

アルセンが苦笑いしながら、箒とリーナに言う。

「あの子、大尉と結婚するのが夢らしいしねぇ…なんていうか…」

ライサも微妙な顔をして、言う。

 

 

■■■■■■

 

旧戦術機ハンガー

 

「…ふう。」

山本三尉は、MINIMI軽機関銃を装備して、待機していた。

「…三尉…」

64式小銃を装備する、山本の部下の楠本さやか二曹が不安混じりの声音で声を掛ける。

「…怖くは、ないです、か…?」

震える声音で言う。

「…そりゃあ怖いさ。怖くてチビりそうだよ。」

場を和ませる為か、明るい声音で応じる。実際、山本も先程から脂汗が止まらない。

「…でも、ホラあそこ。」

旧戦術機ハンガーの土嚢の近くで64式小銃を構える箒や隣にいるリーナを指差して言う。

「あんな子らやお前みたいな子どもが戦うのに、大の大人が逃げ出しちゃ、ダメだろ?」

「それは…まぁ…。」

だが、やはり、さやかの緊張は解れない。

だから山本は、まりも直伝のあのネタをすることにした。

「ところでさ、こんな小話を知ってるか?」

まりもと同じように、山本も、天気の話をするように、言う。

「昔、ロッキー山脈で陸自と米陸軍が別々のルートで登山するという合同演習をした。しかしその時は数十年ぶりの大寒波でな。米陸軍には死者まで出る騒ぎだった。陸自を心配して米陸軍が急ぎ合流ポイントに行くと––––––そこでは、『米軍の奴ら遅えなぁ…雪合戦でもして待つか‼︎』と、小学生みたいに雪合戦してはしゃぐ陸自隊員がいたそうな。…そして、米軍は思った。『自衛隊タフすぎィ‼︎』…と。」

「…ぷっ、ふふ…」

なんてことはない。陸自にまつわる実話だ。

だが、やはり緊張が解れたのか、さやかは失笑してしまう。

「…‼︎来るぞぉ‼︎」

兵士の誰かが、叫ぶ。

それで2人は現実に引き戻され、銃の銃口を、バルゴンが侵入してくる、メインゲートに向け、アイアンサイトを覗き込んだ––––––。

 

 

 

 

■■■■■■

 

旧戦術機ハンガー。

「各員傾注‼︎」

積み上げた土嚢の陣地でRPGロケットランチャーを担ぐアルセンが叫ぶ。

「俺たちの獲物は戦車の死角に回り込む中型種だ‼︎土嚢などの遮蔽物に身を隠しながら脚部にRPGをブチかませ‼︎」

メインゲートから中型種、そして小型種が大挙してくる。箒とリーナが肉眼で、しかも人の視点でバルゴンを見るのは、これが初めてだった。

(わ、私…今までこんな怪物と戦ってたの…⁉︎)

生身で見るバルゴンの巨大さに、リーナは圧倒される。

「各中隊、撃ち方始め––––––‼︎」

大隊司令部の号令。

それと同時にT-05戦車が一斉に砲撃を始める。120ミリ滑腔砲から放たれた徹甲弾がバルゴン中型種に叩き込まれ、戦果報告を待たず、間暇いれずに次々に砲撃を叩き込む。

戦術機の120ミリ短距離滑腔砲の砲撃に慣れた箒やリーナでも、やはり、戦車の砲撃に圧倒される。

急所に叩き込まれたからかあっさりとバルゴンは行動不能になる。

その弾幕を小型種が掻い潜ってくる。

「デカブツどもの足元だ!撃て撃て撃て‼︎」

土嚢を積み上げた歩兵陣地からアルセンが叫ぶ。

瞬間、歩兵陣地から重機関銃やアサルトライフル、ロケットランチャーが放たれ、バルゴン小型種を血祭りに上げていく。

「…これなら‼︎」

箒が叫ぶ。

箒とリーナに一塁の希望が宿る。

「馬鹿野郎油断するな‼︎メインゲートはもうとっくに突破されてんだ‼︎次から次へとやって来るぞ‼︎」

アルセンが叱責するように叫ぶ。

瞬間、メインゲートの孔を広げるように壁を抉ってバルゴン小型種のさらに侵入してくる。

そしてバルゴン小型種が歩兵陣地に突っ込んでくる。

その前方には––––––箒が、いた。

回避せねばならない。

頭の中では分かっている。

でも、足が竦んで––––––

「何してんのアンタは⁉︎」

叫び声が箒に響き、同時にAKの弾がバルゴン小型種の頭に叩き込まれ、倒される。

「なにやってんの馬鹿‼︎死にたいの⁉︎」

先ほどアルセンと話していた少女、クリス二等兵がAKを担ぎながら箒に怒鳴る。

「す、すまない‼︎助かっ…」

が、瞬間、箒の近くに積み上げられていた土嚢が吹き飛ぶ。

「きゃあ‼︎」

クリス二等兵の声が聞こえ、箒はそちらに顔を向け、

「大丈夫か⁉︎」

叫んだ。瞬間––––––生暖かいものが全身に降り注ぎ、その一部を口に含んでしまったのは、その時だった。

「…え?」

箒は唖然としながら、それを受け止めた掌を見る。口の中には、鉄味の何かが拡がっていた。

両方の掌は真っ赤に染まっていて、先の作戦でも見たバルゴンの内臓物らしい気持ち悪いものも絡みついていて––––––

「なん…だ、これは……」

これはバルゴンの体液で、内臓物に違いない––––––感情がそう訴えるが、理性がそれを、否定する。

バルゴンの体液はこんなに色鮮やかな赤い色じゃなくて、こんなにも仄かに暖かくもなくて、内臓物もこんなに小さくなんかない。

「ま、さか…」

目の前を向く––––––そこには、新たに歩兵陣地に突っ込んだバルゴン小型種がクリス二等兵の上半身と下半身を喰い千切り、上半身を口に咥えながら、噴煙の中に立っていた。

そして、『どちらのクリス二等兵からもソーセージのような何かが赤い液体を滴らせながら垂れ下がっていた』。

「ひっ!」

箒は声を漏らしてしまう。

「‼︎クリス‼︎ちくしょぉおおお‼︎」

ライサが引き千切られたクリス二等兵を見て、AKを放つ。瞬間、バルゴンはそちらに反応して、咥えていたクリス二等兵を口から落とす。

地面に落ちたクリス二等兵の上半身がまだ息があるのか、「……殺して…殺して」と弱々しく血の泡を吐きながら口にして、痙攣を繰り返す。

他の場所でもバルゴン小型種に捕まった兵士が下半身を前足で押さえられ、上半身を咥えられて、引きちぎられる。

「そ、んな…これ…」

理解が急速に拡大する。

自分に降りかかったものは。

自分が口にしたものは。

今、目の前に音を立てて落ちたものは。

目の前で起きている惨劇は。

まだ幼い、自分より幼く、将来があったかもしれない目の前の少女だったもの。数十秒前までこの墓穴のような、地獄のような基地の中で健気に、必死で生きていた彼女を終わらせたのは––––––。

「あ…あ、ああああ‼︎」

箒は悲鳴に近い声で叫び、血がべっとりとこべりついた掌で、同じく血が滴る口を抑える。目の前の狂気と絶望に満ちた惨劇を目の当たりにし、自分が彼女を殺したという現実が嫌でも目を介して脳に刻み込まれ、箒は気が狂いそうになる。

「何やってる⁉︎」

アルセンが衛生兵とリーナを引き連れて駆け寄って来る。

「ば、バシキロフ大尉…わ、私…私は…」

直後、耳元で響く拳銃の銃声。

衛生兵が瀕死のクリス二等兵に慈悲の一撃––––––介錯を行ったのだ。

後数分の命とはいえ一瞬で楽になれるそれは戦場では温情的措置。一瞬だがクリス二等兵は楽になれることを喜んで笑ってすらいた様にも見えた––––––しかし箒にも、衛生兵に追随していたリーナにも、クリス二等兵だっだものの頭蓋が砕け、白くて硬い何かと、灰色の何かが飛び散る光景が頭に焼き付けられる。

「…い、や…いやぁぁぁぁぁぁ‼︎」

アルセンはパニックになり、半狂乱になって叫ぶ箒をの頰を叩く。

再び口の中に広がる鉄の味。

箒は我にかえるが、先の惨劇が再び思い起こされ、嘔吐感がこみ上げる。

「だからなんだ⁉︎お前の仕事は生き残る事だ‼︎今はそれをこなせ‼︎他人を気にするのはそれをこなしてからだ‼︎」

「‼︎…」

––––––それで半ば正気に戻る。

否、戻らなければならないという強迫観念が無理矢理箒を正気に引きずり戻す。

箒は、奥歯を震わせ、赤く染まった視界に映るアルセンと今尚続く、惨劇を見た。

 

 

 

 




今回はここまでです。

IS学園の方に時間割き過ぎて深紅の雪作戦が薄っぺらくなってしまった…ま、まぁ、まだ作戦続行中だし…。

あ、メーサーの描写はサイコパスのドミネーターのリーサル・エリミネーターみたいな感じです。

さて、次回は血と吐瀉物が飛び交う展開になりますので、ご注意下さい。

ちなみに最初のあたりの、まりもの小話で言っていた海自のイージス艦に纏わる話、こちらの世界(現実世界)の実話らしいですよ。

あとですが戦略機だと元ネタである本家マブラヴの戦術機と紛らわしいので、今回から戦術機、と表記する事にします。

不定期ですが、次回もよろしくお願い致します。

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