インフィニット・ストラトスadvanced【Godzilla】新編集版 作:天津毬
そしてリーナはメンタルフルボッコに…箒は意外と立ち直り早かったり…。
ちなみに今更ですが山本三尉って実は元ネタはアニメ、トータルイクリプスに出てきた山本伍長です。
ロリシカ、ギジガ統合基地・第2前哨基地。
旧戦術機ハンガー。
そこでは未だにバルゴンとの戦闘が繰り広げられていた。
怒号。
銃声。
爆音。
悲鳴。
断末魔。
血飛沫。
咀嚼音。
それらが狂気に満ちた光景を作り上げ、旧戦術機ハンガーには地獄絵図が展開されていた。
アルセン達の絶え間無い怒号と銃撃音によって奏でられる戦争音楽が旧戦術機ハンガーに響く中、リーナは現実を拒絶するように、歩兵陣地の土嚢に蹲りながら両手で耳を塞ぎ、目を瞑りながら泣いて震えていた。
「うぁぁぁぁ!足が!俺の足がぁ‼︎」
「起きろ!起きろイワン!おい‼︎」
「よせ!そいつはもう死んでる‼︎」
「第2分隊は支援射撃を‼︎はやく…ひっ!いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼︎」
「畜生‼︎来るな化け物ォォォォォ‼︎」
「第3小隊!脚を狙え‼︎動きを封じりゃただの肉塊だ‼︎」
「たす…助け…ぎゃあぁぁぁぁ‼︎」
「痛ぇ、痛ぇよぉ…誰か、誰かぁ…俺を殺して……」
「駄目だ止めれな…がぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼︎やめろ‼︎が…ぁッ!痛ぇ…‼︎」
「第1小隊、第2小隊、撃てぇッ‼︎」
兵士の怒号が、小銃の銃声が、バルゴンの唸り声が、喰われる兵士の絶叫や断末魔が、死に損ないの兵士の懇願が、今まで温室に近い場所で生きていたリーナの精神を蝕む。
「やめて…もう、やめてぇ……。」
ふと、リーナのすぐ足元に何かが落ちて来た。
リーナと同い年くらいの子供の、千切れた血塗れの腕が。
リーナはそれに「ひっ‼︎」と叫ぶと、また現実から逃げるように、身を丸める。
すぐ近くからは、未だに銃声が絶えない。
銃声を聴くたびに先程の、上半身下半身を切断され、死ぬに死ねず、味方に介錯してもらい、安心して死ねる事を喜ぶような笑顔を力なく浮かべ、頭蓋を撃ち抜かれて頭蓋骨と脳味噌を地面に散らした少女、クリス二等兵の死に様がフラッシュバックされる。
その度に精神が音を立てて壊れていく。
「おいあんた‼︎」
リーナの隣で銃撃を続けていた男性兵士が小銃の弾倉を交換しながら、必死の形相で、怒鳴るように声をかける。
それにリーナも反応して、顔を上げる。
「銃を持ってんならさっさと応戦しろ‼︎でないと死ぬぞ‼︎」
男性兵士に思わずそう言われ、リーナはピストルホルスターのベレッタを抜く。
クリス二等兵を殺したものと、同じ銃を。
瞬間、またクリス二等兵が頭蓋を撃ち抜かれる光景がフラッシュバックする。
「…ッ、で…きま、せん…」
思わず、リーナは漏らす。
「なに⁉︎良く聞こえない‼︎」
男性兵士は弾倉を交換し終え、小銃をバルゴンに向けて再度、フルオートで撃っていて、銃声で聴こえなかったため、再度怒鳴りながら聴く。
「で…できません!…わ…私…鉄砲なんて撃てません‼︎」
ホルスターから抜いたベレッタを地面に落としながら、俯いて、呻くように、悲痛な声音で言う。
「…ッ‼︎なら邪魔だ‼︎さっさと後方に……」
男性兵士は怒鳴るが、それが途絶える。
瞬間、肉が裂け、骨が砕ける音が響き、暖かい、鉄味の液体をリーナは、俯いていた頭から被り、一部は俯いていた目線の先の床に落ちる。
「…え?」
リーナは恐る恐る、その男性兵士の方を向く。
そこには、バルゴンに頭を咥えられ、痙攣したまま宙吊りになった男性兵士がいた。
「…あ…」
リーナはそれを、絶望に満ちた、濁った虚ろな瞳で見上げる。
ブチッ。
男性兵士の首が食い千切られる音が響く。
そして食い千切られた男性兵士の首から下の体が、重力に引かれて、リーナに倒れかかり––––––胸に倒れた首の断面部分から体内に残っていた血が静脈血管から噴き出し、リーナの顔面にかかる。
「ひ‼︎い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼︎」
リーナは思わず悲鳴を上げる。
「ああぁぁぁぁ‼︎」
が、しかし瞬間、リーナの悲鳴を遮るように、リーナの背後から半ば悲鳴に近いような雄叫びを上げながら、箒が64式小銃を構えながら、バルゴンに走って突撃する。
そしてバルゴンの眼前まで走って行き、直前で跳躍し––––––バルゴンの頭部に飛び乗る。
「死ね…‼︎」
そして銃剣を頭部に突き立てる。
バルゴンは痛みに暴れるが、箒は容赦なく、引き金を引く。
瞬間、7.62ミリの銃弾がバルゴンの頭部に撃ち込まれていく。
「死ね…死ね!死ねぇ‼︎死ねぇッ‼︎」
恐怖と狂気で満ちた表情で、箒は弾倉の中身が殻になるまで撃ち尽くす。
そしてバルゴンは脳に無数の7.62ミリ弾を喰らい、絶命する。
「はっ…はっ…はっ……」
肺に酸素を取り込むために荒い息をしながら弾倉を交換し、バルゴンから飛び降りて、蹲るリーナに駆け寄る。
「だ、大、丈夫、ですか?…ベシカレフ伍長。」
恐怖と息が荒いせいか少し震えた声音で聴く。
「立て、ますか?」
箒は蹲っていたリーナに、手を伸ばす。返り血と臓物の破片が絡みついた、手を。
「ひっ‼︎」
瞬間、リーナは箒を見て、恐怖に満ちた声音を上げる。
何故なら、箒は先ほどのクリス二等兵の返り血や臓物の破片、そしてバルゴンや他の兵士の物であろう返り血を全身に満遍なく浴びていて、ここが戦場でなければ殺人鬼と錯覚してしまうほどの有り様だったから。
「…いや…いやぁっ…」
リーナはやはり立ち上がれずにそこに蹲る。
「助けて、お父さん…ストラヴィツキー軍曹…助けて…。」
泣きじゃくりながら、言う。
「…しっかり、してください!まだ…死んで、ないんです…まだみんな…生きようと、してるんです…辛いのは……分かりますよ…でも、みんな、頑張ってるんです‼︎」
恐怖と目頭から零れ落ちそうな涙を堪えながら、箒は心に浮かんだ本音をぶつける。
「…なんで…貴女はそんなに戦えるの?さっきあんなのを見たばっかりじゃない…」
あんなの––––––クリス二等兵の返り血を浴びた事、クリス二等兵が慈悲の一撃を喰らい、頭蓋の中身をぶち撒けて死んだ事。
普通ならあのまま錯乱して、今のリーナみたいになってしまうのが普通だ。
瞬間、箒の脳裏に墨田大火災で、自分が生き残るために見捨てて死んでいった人々の光景がフラッシュバックする。
「……あの時は混乱していましたけど……死体は、見慣れているんです。」
「…え…?」
箒のその言葉にリーナは呆気に囚われるが、箒はそんなリーナを無視して、土嚢に駆け寄る。
箒は土嚢から身を出して、64式小銃をフルオートで撃ちながら言う。
「私だって…怖いですよ…でも……戦わなきゃ…また他の人が…私のせいで…」
箒が恐怖で震える声音で言う。
その瞳は目頭に涙を堪えていて、確かに恐怖に満ちていて、それでも生き残ろうと必死で、そして ” 何処か、機械的にすら ” 見えた。
が、途中で鈍い金属音を立て、銃弾が詰まる。
「…ッ‼︎…弾詰まり⁉︎」
箒は墨田駐屯地で頼人から教わった、弾詰まりの対処法を行って、弾をどうにか出そうとする。
「…あっ、おい!危ないぞッ‼︎」
兵士の誰かが箒に向けて叫ぶ。
「え?あ、がっ‼︎」
が、しかし、土嚢のバリケードに迫ったバルゴンが箒を跳ね飛ばし、その衝撃で箒は64式小銃を手放し、背中を地面に強く叩きつけられ、息が詰まる。
「かはっ…あ”っ…」
箒は体を弓なりに反りながら、苦悶に顔を歪める。
その箒にバルゴンが前脚で箒の下半身を押さえ付け、口を開き、咥えようとする。
が、瞬間、軽機関銃の銃声が響き、銃弾がバルゴンの頭に撃ち込まれる。
バルゴンはすかさず箒から飛び退く。
箒は首を動かして銃弾が飛んできた方を見る。
「…山本、三尉…?」
そこには整備士のキャップを逆に被り、MINIMI軽機関銃を構える山本の姿があった。
バルゴンは、今度は山本に襲いかかろうと、箒を飛び越えて、山本に迫る。
「––––––!山本三尉!逃げて下さい‼︎」
箒は、痛みの走る体に鞭を打ち、上半身を起こして、山本に向けて叫ぶ。
すると山本もバルゴンに向けて走っていき––––––バルゴンが山本を喰おうと口を開けるが、直前で山本はそれをスライディングで躱し、バルゴンの腹の下を滑りながら、軽機関銃をぶっ放し、バルゴンの腹に軽機関銃の弾丸を撃ち込み、風穴を開けていく。
その風穴を開けた腹から溢れ出たバルゴンの体液に塗れながらも、腹の下を通り過ぎてから、左手を地面につけそれを軸にして腹の下を通り過ぎた時の勢いを活かして方向転換し、素早く片膝立ちに体勢を立て直し、軽機関銃の弾丸を、バルゴンのケツにくれてやる。
それで、バルゴンは沈黙する。
「はぁ…はぁ…整備士、なめてんじゃねぇぞ…クソ化け物が……。」
荒く息をしながら、山本はそう呟いた。
「大丈夫⁉︎篠ノ之さん‼︎」
箒の元にさやかが駆け付ける。
「はい。大丈…ッ‼︎」
立ち上がろうと、足に力を入れた瞬間、右脚に、激痛が走る。
「足…が…?」
箒は自らの足を見る。
膝のあたりで、普通ならあり得ない方向に曲がった足を。
瞬間、箒は、バルゴンが自分の下半身を踏んだ時、足を骨折したのだと、悟る。
「骨折したの⁉︎早く医療区画に…」
さやかが言う。
「平気、です。これくらい…」
箒が言う。だが、それを遮って。
「馬鹿野郎‼︎篠ノ之てめぇ無茶すんな‼︎死にてぇのか⁉︎」
山本が軽機関銃を放ちながら、怒鳴る。
どう考えても、戦闘を続ければ、俊敏な回避が出来ずに、捕まって喰われる。
そうでないとしても他の兵士の足手まといだ。
「で…でも…」
「でももヘッタクレも無ぇ‼︎楠本‼︎篠ノ之とそこの兵士連れて後方に下がれ‼︎ここの穴は俺が埋める‼︎」
山本は、箒とさやかに怒鳴る。
「りょ、了解‼︎ちょっと貴女‼︎行くわよ‼︎」
リーナの手を掴み、箒の右肩を持たせる。
「1、2の、3‼︎」
さやかが掛け声を上げ、リーナと2人がかりで箒を担ぎ上げる。
「山本三尉‼︎死なないでくださいよ‼︎」
さやかが山本に向けて叫ぶ。
「善処するよ‼︎」
山本は少し口角を上げて、銃撃を続けながら応えた。
■■■■■■
医療区画
そこもやはり、地獄だった。
鼻腔をつく、気化したアルコールの匂い、壁や床にこべりついた血の匂い、肉の腐食する匂い、耳に響く痛みに呻き続ける兵士たちの声、目を背けたくなる程重傷の兵士たちが医務室に入り切らず、廊下で寝かされている。
「ッ‼︎また負傷者⁉︎怪我の具合は⁉︎」
箒と同い年くらいの少女が怒鳴りながら聴いてくる。
「右膝を骨折です‼︎」
さやかが、その少女––––––衛生兵に返す。
「骨折?じゃあそこに座って!ギプス付けるから‼︎」
血まみれのシーツがそのままのベッドを指差して、座るよう、衛生兵の少女は促す。
「え?あ、あの…」
箒は思わず抵抗を感じてしまう。一瞬でもあの戦場から離れたからだろうか。
「はやく‼︎こっちはいちいちそんな事に構ってるヒマは無いの‼︎」
そんな箒を見て、衛生兵の少女は発破をかけるように怒鳴る。
だからさやかは箒をいそいそと血まみれのベッドに座らせる。
「ちょっと貴女!手伝って下さい‼︎」
リーナはいきなり肩を掴まれる。
振り向くと、そこにはお団子結びの、少し年上の女性衛生兵がいた。
「廊下の負傷者を運ぶのを手伝って下さい‼︎はやく‼︎」
リーナはその衛生兵に殺気すら感じられる声音で発破をかけられ、急いで廊下に放置された負傷者を運び込むために衛生兵についていく。
そして手近な負傷者に気付き––––––顔色を失う。
射撃の巻き添えを食らったのか、バルゴンにやられたのか、腹を裂かれていて、色鮮やかな鮮血が傷口から溢れ、内蔵が体からはみ出ている。
負傷者は傷の度合いに錯乱しているらしく、絶叫しながら悶えている。
「俺の腹が、腸がぁ…ぁっ!痛ぇ!畜生ぉっ…‼︎」
「あ、あの…」
血の気が引き、この世のものではないモノを見るような顔で、リーナが他の負傷者––––––その兵士は片腕が中程から千切れていて、片脚も膝から下がない––––––を運ぶ衛生兵を呼び掛ける。
「負傷者はそんなものです!引きずってでも運んで下さい‼︎」
衛生兵がリーナに怒鳴る。
「……ッ!ごめんなさい、ごめんなさい…ッ」
だからリーナは、悲痛な声で謝りながら、負傷者の片腕を両手で掴みながら、負傷者を力ずくで引きずって運ぶ。
負傷者が痛みで暴れるたびに、鮮血が舞い、顔面にこべりつく。
「畜生痛ぇ!こんなところで死ぬのか、俺はっ、俺はぁっ‼︎」
「だ、大丈夫です‼︎」
リーナは咄嗟に返してしまう。
「絶対助かります!諦めたらそこでみんなお終いです‼︎」
「本当か、本当なのか⁉︎」
負傷者は脂汗を浮かべながら、痛みを堪え、血の混じった唾液を混じらせながら、リーナに助けを求めるように、叫ぶ。
「ほ、本当です!だから、気をしっかりして下さい‼︎」
今のリーナには、僅かでも希望を与えるしかない––––––そう思っての発言だった。
「…ッ、あ、あのッ!」
医務室にリーナはその負傷者を運び込み、暴れる兵士––––––片腕がない––––––を必死で押さえながら包帯を巻く衛生兵に声をかける。
リーナが今運んできた負傷者は罵声に変わって苦しげな呻き声を漏らし始めていた。
「この人の治療を––––––」
リーナが叫ぶ。
すると、衛生兵が負傷者を見る。
これで、この人は助かる––––––リーナの中に、先ほど負傷者に向けて放った希望が実現しようとして––––––
「…その人は、手当てしません。」
衛生兵の、その一言で、希望が絶望に塗り替えられる。
「手遅れです。数分と持ちません。」
作業を続けながら、淡々と言い放つ。
リーナの中で希望から塗り替えられた絶望が増幅される。
「…どう、して?ま、まだ生きてるんですよ⁉︎どうして…!」
「分かりきった事を聞かないでください‼︎」
「…!」
「手遅れの人間より助かる見込みのある人間を助ける必要があるんです‼︎貴女たちだってそうして来たでしょう⁉︎」
衛生兵の言葉に、昨日のレーザーヤークトの時に見捨てた部隊のことが脳裏に浮かび、リーナは言葉を失う。
「誰かを犠牲にして多くを助ける–––––– ” ここ(戦場) ” ではそれが全てなんです‼︎なにもかも救おうなんて、出来るはずないんです‼︎」
「…で、でも…今、私はこの人に、絶対助かる、って…」
苦しげに足元の、今運んできた負傷者が噎せる。
リーナは、はっとして手の力を強める。
手はまだ暖かい。でも、すでに2つの瞳は何1つ映していなくて–––––––…。
「う…あっ…あ、あぁぁぁぁぁぁっ…‼︎」
リーナは咽び泣きながら、その場に崩れ落ちた。
(誰も彼もを救うことなんて…でき、ない…。)
その隣で箒は衛生兵の少女にギプスを付けてもらいながら、内心思った。
瞬間、墨田大火災の経験がフラッシュバックする。
(…そうだ… ” 平和の中(日本) ” でいたから忘れてたけど…あの状況でどう足掻いても私にできたのは自分を守ることくらいじゃない…。)
箒の中でこびりついていた、『自分はどうなっても誰かを助けなきゃ』という感情が剥がれ落ちていく。
(どんなに助けたいって思っても、結局それに力がなきゃ、何一つ出来ないではないか…)
箒の生まれ持って存在していた ” 人間面 ” が墨田大火災以降、今まで箒自身を殺していた ” 機械面 ”を侵食して行く。
(…幸か不幸かじゃなくて、まず私自身が生きてなきゃ、何一つ出来ないじゃない…。他人は二の次にしなきゃいけない…でも…)
箒の中で、生存本能を優先する ” 人間面 ” と自己犠牲を強いる ” 機械面 ” がぶつかり合い、箒の中でなんとも言えない感情が嵐のように荒れ狂う。
(千尋…今なら、千尋が私自身を大事にしろと言ってた理由が…分かるような気がするよ…。)
内心、ポツリと呟く。
(…でも、最終的に… ” 彼奴 ” に取り込まれるくらいなら、自分を殺して、私が取り込まれるまでにより多くの人を…)
「はい!出来たわ‼︎」
箒にギプスを付けていた衛生兵のその言葉で、箒は思考の海から引き揚げられる。
そして、ギプスを見る。
鉄パイプを膝の側面に押し付けて、その膝と鉄パイプを固定する為にロープで硬く巻いただけの、粗末なものを。
「…これが今してあげられる限界なの。」
衛生兵の少女が申し訳なさそうに言う。
「さ、終わったわ。行って‼︎」
「え?」
衛生兵の少女の言葉に、箒とさやかの2人は一瞬固まる。
ふと、次の瞬間、また負傷兵が担ぎ込まれる。
腹に穴が開いた兵士が。
「破片が腹に食い込んでやがる‼︎早く取らねえと止血しても内臓がダメになっちまう‼︎」
担ぎこんだ中年男性の衛生兵が負傷兵の傷の状況を、負傷兵をベッドに寝かせながら言う。
「麻酔は⁉︎」
中年男性の衛生兵が怒鳴るように聴く。
「昨日切らしてしまって、もうありません‼︎」
中年男性の衛生兵の部下らしい男性衛生兵が怒鳴るように応える。
「クソが‼︎麻酔無しで取り出すしかねぇ‼︎おいお前、手伝ってくれ‼︎」
中年男性の衛生兵が女性衛生兵に怒鳴り、女性衛生兵はうなづくと、負傷兵の上半身を押さえる。
同時に男性衛生兵は負傷兵の下半身を押さえる。
「行くぞ…1、2の、3‼︎」
瞬間、負傷兵の絶叫。
中年男性の衛生兵が、麻酔なしで負傷兵の腹に開いた穴に手を突っ込んだから。
食い込んだ銃弾を取り出すために、麻酔なしで腸を弄くり回されるのだ。
尋常ではない痛みが負傷兵の全身を巡り、負傷兵は痛みで思わず暴れ回る。
「暴れないで‼︎もっと痛くなるわよ‼︎」
負傷兵の上半身を押さえる女性衛生兵が負傷兵に向けて、叫ぶ。
「…これで分かったでしょ?骨折程度の負傷兵なんていちいち丁寧に見てられないの。…さっさと、持ち場に戻って‼︎」
衛生兵の少女が、箒に松葉杖を渡して、怒鳴る。
箒は松葉杖をつきながら、さやか、リーナと共に医療区画を出た。
瞬間、箒の意識だけが途絶えた。
〈貴女、いつまで我慢してるのかしら?〉
クスクスと笑いながら箒の体内にいるナニカが尋ねる。
〈さっきの…クリス二等兵だっけ?彼女が死んだ時は泣き叫んで人間らしかったのに、今じゃすっかり感情を、自分を殺しちゃって…それじゃ私みたいな兵器そのものと変わらないわ。せっかく魂があるんだから、もう少し泣き叫んで、喚いて、足掻けば良いのに。その方が人間らしいわ。〉
少し哀れむように、妖艶な声音で言う。
(…うるさい…。)
箒は遮るように呟く。
〈人間らしく振舞った方があの子も…千尋も喜ぶわよ?〉
千尋の名を出され、箒は感情が淀む。
〈それに、もう貴女の中で結論は出てるんでしょう?自己犠牲を強いたところで、誰も救えないって。〉
妖艶な声音は相変わらずだが、今度は純粋に心配するように言う。
〈そんなのは、自己犠牲なんてのは私に取り込まれてからでいいわ。取り込まれてからでは、人間らしくなんて振る舞えないわよ。〉
(………)
〈人間らしくいた方が、私に取り込まれても意識は人らしくいられるかもしれないわよ?…まぁ、確証は無いけど–––––––〉
(もういい、黙れ––––––‼︎)
やはり箒は、ナニカを拒絶する。
〈せっかく心配してあげてたのに…〉
(…うるさい。…どうせ、私を取り込むくせに…!)
〈まだ分からないわよ?貴女が死ぬまで私は活動を開始しないかもしれない––––––まぁ、これ以上長話してちゃダメね…それじゃあ、現実と向き合ってらっしゃい。〉
ナニカは憂うように、哀れむように、妖艶な声音で呟き–––––––、
箒は、目を開く。
今は、さやかに肩を借りて、松葉杖をつきながら、旧戦術機ハンガーに向かっている途中…” らしい ”。
( ” また ” 意識だけ彼奴のところに飛んで行っていたのか…)
箒は内心毒付く。
そうしている内に、旧戦術機ハンガーに着く。
…どうやら、戦闘はひと段落したらしい。
「…‼︎戻って来たわね。」
ライサが箒、さやか、リーナの3人を見て、呟く。
箒は、ライサを見て、何か違和感を感じたが、疲労のせいで気付かない。
「バシキロフ大尉から3人に命令が下ってます。篠ノ之一等兵は私と生存者の救出。」
射ち殺し、積み上げられたバルゴンの屍の山に目をむけながら言う。
「楠本軍曹は山本少尉と共に故障した戦車の整備の手伝いを。」
バルゴンの返り血まみれの戦車を指差して、言う。
「ベシカレフ伍長は衛生兵と共に負傷者の搬送を。」
リーナはビクリ、とする。
瞬間、脳裏に浮かぶ、麻酔なしで腹に手を突っ込まれ、絶叫していた負傷兵や血やアルコールの匂いにまみれたベッド。
そして––––––自分の目の前で事切れた負傷者だった者。
「…で、きません…私は…」
悲痛なくらい泣きそうな声音で言うが、それがライサを刺激したのか、怒りを露わにして、
「いい加減にしろ!ベシカレフ伍長‼︎‼︎」
ライサがリーナの首を締めるように掴み、怒鳴る
「…辛いのは分かってる。だが貴様の駄々を聞いている暇などない!私達は1分1秒でもこの基地を延命させなきゃならないんだ。今旧戦術機ハンガーに敵はいないが、基地外壁付近では未だ戦闘が続いている!泣く暇があれば手足を動かせ‼︎」
そう言って、リーナの首からライサは手を離す。
リーナの首には、ねとりとした、生暖かい赤い液体。
そこで箒はライサの違和感に気付く。
「…セミョン伍長?」
「なんだ?」
箒は震える声音で聴く。
「あの、左手は…どうなさったんですか?」
ライサの片腕が、左腕の二の腕から下が、無い––––––。
「…見ての通り喰い千切られた。バシキロフ大尉とお揃いになってしまった。」
喰い千切られ、今は包帯を巻いてる左腕を右腕で摩りながら、何処か可笑しいような、それでいて何処か、自嘲するように、寂しげに笑う。
「せっかく五体満足で産んでもらったのにこのザマだ。まったく、親不孝者だな。私は。」
バルゴンとの戦闘で多用された重金属弾の影響で五体満足な子供が少なかった世代に生まれたライサにとっては、五体満足だけが取り柄だった。
「…さて、無駄話は後だ。篠ノ之一等兵、行くぞ。」
「あ、は、はい!」
そういうと、ピストルを右手に持ちながら、箒を引き連れて、倒されたバルゴンの屍が転がる戦闘跡の旧戦術機ハンガーのメインゲート付近に向けて、歩いて行った。
■■■■■■
IS学園
「い、一夏!今日、私と寝てくれない⁉︎」
鈴が少し、いやかなり恥ずかしげにしながら、織斑に対して、言う。
かなり勇気のいる発言だ。
そしてその意味は…言わずとも分かるだろう。 ” 普通の、健全な人間 ” なら。
だが ” 病的鈍感 ” な織斑ならどうなるか。
「はぁ?何でだよ、お前自分の部屋のベッド壊れたのか?」
…こうなる。
持ち前の鈍感スキルが発動してしまうのだ。
「そんなわけないでしょ‼︎」
「じゃあ何でだよ?」
「それは…ッ‼︎言えるわけないでしょう⁉︎察しなさいよ‼︎バカ‼︎」
「察しろって何をだよ?つか昨日もそんな風に言ってなかったか?」
「そ、そうだけど…」
「良い加減やめてくれよ。気持ち悪いし。」
織斑が、持ち前の鈍感スキルで、鈴の気持ちを粉砕するような、そんなことを言う。
瞬間、鈴の中で今まで一夏に対して思ってきた感情が音を立てて崩れていく。
一夏に捨てられたという感情が脳を支配する。
「じゃあ俺もう行くぜ?千冬姉が呼んでるし。」
「いっつも千冬姉千冬姉ばっかね…」
鈴の脳内で黒い感情が生まれる。
(千冬さんさえいなければ一夏は私を見てくれるのかな…?)
「?そりゃそうだろ。千冬姉は俺の唯一の肉親だし、お前なんかより大事なんだし。」
持ち前の鈍感スキルの所為で、何気なく、悪意なく、そう言う。
「…ッ‼︎そう、じゃあもう良いわ」
鈴はそう怒鳴って立ち去って行ったが、一夏は、理解できない、といったような顔をして首を傾げた。
■■■■■■
第1前哨基地
まだ吹雪が吹く屋上で、千尋は砲声や銃声の轟く方角–––––––第2前哨基地の方角を見ていた。
まだ深紅の雪作戦は継続中で、戦術機部隊は第1前哨基地で待機命令を受けていた。
第2前哨基地との連絡は、依然、途絶のままだ––––––。
「…ッ、箒、姐ッ…」
既に心配の域を超えているその感情は、今すぐにでも箒を––––––仲間を、家族を助けたいという想いが溢れていた。
だが、独断は部隊のみんなに迷惑をかける。
今は、ここで待機するしかない。
「…昔の俺なら…何か、出来たかも知んねえな…。」
千尋は、ふと、思う。
家族を殺され化け物にされた ” 被害者 ” だった頃の自分なら、理由はどうあれ人間を殺戮した ” 虐殺者 ” だった頃の自分なら、…… ” ゴジラ ” だったころの、自分、なら…。
何か出来たかも知れない…と。
そう考えると、如何に今の自分がちっぽけで、無力かを嫌でも思い知らされる。
「篠ノ之。」
ふと、後ろから声をかけられる。
振り向くとそこには、まりもがいた。
「神宮司三佐…ッ!」
一瞬遅れて千尋は敬礼をする。
「…敬礼はいい。それよりこんな所にいると風邪をひくぞ。」
「…え?だ、大丈夫ですよ!昔から体は強いし‼︎」
千尋は辛そうな感情を覆い隠そうと、必死で空元気に振る舞う。
「…悩みがあるなら言ってみろ。私に批判的な内容でも構わない。…お前が光以外の他人に言えない事でも構わない。私は光からある程度 ” かつてのお前 ” について聴いている。」
まりもが、そう、言う。
瞬間、千尋は衝撃を受ける。
まりもの発言はつまり、自分がゴジラの一部が子供の死体を取り込む事で生まれた、 ” ゴジラもどきのリビングデッド(歩く屍体) ” だと言う事を知っているというのだ。
「本当の気持ちを、本音を言ってみろ。私は、受け止めてやる。」
まりもは、母性を孕んだ声音で言う。
瞬間、千尋の中に溜め込んできたものが決壊して––––––同時に、意を決して、
「お願いがあります。神宮寺三佐。」
「…言ってみろ。」
「明日の作戦で…どうか、篠ノ之一士の救出をお願い致します。」
「………。」
「もう…嫌なんです。昔みたいに…自分が無力な所為で、手の届く場所にいる人が、家族が、殺されて、孤独(一人)だけ生き残るのは…!!」
「………。」
「……勝手なのは分かってます…無理なのも承知です。部隊の皆を危険に晒すのも承知です…けれども、俺は…」
「お前は、どうしたい?」
––––––その問いに深く息を飲んで。
「俺は……俺は、箒を救いたい…‼︎」
強く、小さな身に不相応な声音で決意を露わにする。
「お前は篠ノ之を–––––––箒を救いたいんだな?」
「––––––はい。」
その瞳には確かな決意を宿しながら、千尋は、言った。
今回はここまでです。
リーナのメンタルフルボッコと、TEの山本伍長への公式からの仕打ちが可哀想だったので山本三尉の、ぅゎせいびしっょぃ‼︎なシーンはやりたかったし、「整備士なめてんじゃねぇぞ」は言わせたかったので書いてて楽しかったです。(笑)
そういや骨折した箒に向けて山本三尉が放った「馬鹿野郎‼︎◯◯てめぇ」ってフレーズ、自衛隊の教育隊ではよく教官が口にするらしいですね。
何となく気に入ったので山本三尉に言っていただきました。
ナニカと話す箒は…どうかなぁ…
そして中盤の箒と最後の辺りの千尋の葛藤…例えG細胞を宿した人間であっても、1人では大した力がない。
『人間は1人ではウルトラマンにもゴジラにもなれないし、誰も救えない。』
誰かから聞いた言葉を表現してみました。
…途中の一夏のところでは、書いてる途中で自分が文字を打ち込んで行っているスマホを数回ぶん殴りたくなったのは内緒。