インフィニット・ストラトスadvanced【Godzilla】新編集版   作:天津毬

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今回は短いです…すみません。
キリのいいとこにしたらこんな短い話に…。





EP-14 希望の(無い)明日

ロリシカ共和国・マガタン市・マガタン空港

 

 

 

「…雪?」

箒が目を覚ました時、視界に映ったのは灰色の曇天の雲から降ってくる、白い、白い粉雪だった。

体を動かそうにも、何故か動かせない。そして何故か体を横たわらせている床がわずかに揺れている。

おぼろげな視界をゆっくりと巡らせると、そこは滑走路のようだった。

そして冷たい風が箒の顔に当たり、急速に脳の理解が早まる。

よく見ると、戦術機カーゴを機体上部に搭載したAn-225アントノフ輸送機が4機も止まっており、物資を満載したコンテナを機体底部からバスケットでぶら下げたUH-60Rブラックホークが忙しく、行ったり来たりを繰り返している。

そして何故か、勝手にそれらのアングルが変わっていく。

箒自身が医療担架で、運ばれているのだ。

「気が付いた?」

箒の体に毛布を抑えてくれている女性衛生兵が箒に尋ねる。

「はい…」

箒は返答しながらも額に違和感を感じ、額に触れる。

そこには、包帯が巻かれていた。

「…あ」

ふと、箒は思い出す。

戦術機の跳躍ユニットが聞こえた後、大規模な大爆発が第2前哨基地で轟き、爆炎とともに爆風が襲い掛かり、旧戦術機ハンガーのコンクリート片がリーナに飛んで行って––––––それからリーナを庇って破片が頭にぶつかって、それで意識が飛んで––––––つまりは、脳震盪で倒れて、気が付いたらこの空港らしき場所で、担架で運ばれていた––––––というわけだ。

「…ギジガ、統合基地の…第2、前哨基地、は…?」

箒は弱々しいが、確かに聴こえる声音で聴く。

「…貴女と貴女方の整備士2名、メドヴェーチ中隊の兵士1名と基地の守備歩兵隊の生き残りを救出したらしいわ…貴女と一緒にいたと言う守備歩兵隊の1個小隊もね。…でも基地の兵士の8割近くが、死亡または行方不明…らしいわ。」

重い声音で女は応える。

「…そう、ですか…」

箒は山本、さやか、リーナ、アルセン、ライサが無事だった事を知り、安堵するが、同時に重圧がのしかかる。

第2前哨基地の、8割近くの兵士が亡くなったということが、箒の胸を締め付ける。

(私にもう少し、力があったら––––––彼らを救えるだけの力が、あの時あったなら––––––)

思わず、涙を流しながら、内心呟く。

〈だから駄目よ。人が持ち得る事の出来る以上の力を求めちゃ––––––〉

そんな箒に、ナニカが介入して来る。

〈貴女が救えたのは彼らが限界だった。––––––いえ、1個小隊分の命を、あの絶望的な状況から救ったのよ?貴女には、それだけの命を救ったというのに、何が不満なの?〉

妖艶な声音は相変わらずだが、何か憂うように、嗜めるように、言う。

〈ベシカレフ伍長…だっけ?…彼女だって言われていたでしょう?『誰かを犠牲にして誰かを救う。助かる見込みのある者から救う。見捨てる人間は見捨てなきゃならない。–––––––誰も彼もを救おうなんて、最初から出来るはずがない』…と。〉

いつもの箒なら、食って掛かって反論する。

でも今はもう心身共に疲れてしまっていて、そんな余裕すらない。

そして何より、ナニカの言う事が、正論だったから。

〈それに、貴女が助けてどうなるの?こんな国に住む彼らは明日、いえ今にも死ぬかもしれない。そんな相手に貴女が命を賭ける必要は、本当にある?〉

(………。)

平和な日本なら、誰かを助けても、それは価値あるものとなる。

だがロリシカでは––––––世界から黙殺されているバルゴンとの戦争を繰り広げているこの国では、今この瞬間にも兵士が死んでいる。

箒が助けた兵士が、死なない保証なんて、どこにも無い–––––––。

そんな兵士を助ける為に命を賭ける意味があるのか––––––そんな風にさえ考えさせられる。

「ああ、ここから先バルゴンの話はしないでね。…勿論、日本に帰ってからも。」

衛生兵が言う。

それに箒は雷に打たれたように驚いて、衛生兵の顔を見る。

「…ど、どうして…?」

「マガタン市には国際貿易港や外国人も多くいるわ。私たちロリシカの存在意義は ” 内戦を装ってバルゴンの存在を国際社会に漏らさないよう隠匿すること ” だけ。国連から独立を許されているのも、バルゴンを抑える為の盾になってもらう為。…だから私たちロリシカ人は国際社会にバルゴンの存在を知らせない為に徹底して隠匿しなくてはならない。情報統制はもちろん、軍人や民兵・警察による監視、国民一人一人に義務付けられた緘口令…それこそ、バルゴンに関しては共産主義時代と変わらないような監視体制を取らざるを得ないのよ…。」

衛生兵は、何処か憂うような顔で、言う。

つまりは、国際社会を混乱させない為に、肉壁になって死ねと、そういう事だ。

「そんな、どうして⁉︎」

箒は、体の痛みも無視して上半身を力一杯に起こして衛生兵に食って掛かる。

「私の、私の目の前で死んだ人だっている。それも一人じゃない。何人、何十人、何百人と…!」

「………」

「それも大人だけじゃない…私と同い年の子だけでもない…私よりも小さな、まだ未来があったかもしれない、小さな子供まで…‼︎」

箒は悲痛な声音で、感情のままに、叫ぶ。

箒の脳裏に、目の前で散った小さな命––––––クリス二等兵の死の間際の光景がフラッシュバックする。

衛生兵は箒の心情を察しているのか、何人も同じような人間を見てきたのか、それを受け入れる。

「その死に確かに意味はあったかも知れない…でも、そんな理由で…こんな戦いを、強いられたら…‼︎」

箒はボロボロと涙を流す。

言葉を続けようとするが、うまく言語化出来ない。

それだけ脳が冷静さを失っていた。

「––––––そうね…」

衛生兵は悲しそうに微笑む。

「バルゴンの大規模侵攻に1年から3年のブランクがあっても、このままなら、遠からずロリシカは滅ぶでしょうね…そしてみんな殺される。命を孕み育める女も、緩やかな死を迎える老人も、これから先の未来を担う子供も…みんな……殺されるわ。」

その声音は、絶望を孕んでいた。

「でも、私たちが死んでも国際社会は気にしない。…私たちに、救いなんて無いし、期待なんて、出来やしない。…私たちに出来るのは、屍の山を築き、血の川を流してでも、1分1秒でもこの国の今を守り、一人でも多くの国民の命を守ること––––––ただ、それだけ…。なるようにしか、ならないわ…。」

やはり、その衛生兵も、ライサと同じく、諦めた顔をしていた。

助けなど来ない。

死ぬまで戦うしか無い。

例え味方がやられようと。

例え自分が死のうとも。

ただ思考を殺して、バルゴンを殺すだけの機械的な存在にならなければ耐えられない。

だから皆が皆進んで機械的な存在になろうとする。

そこに救いがないなら、いっそ全て諦めて、死のうとする。

あらゆる意味で、救いなんて無いから。

今日生き残っても、明日死ぬかもしれない。

生き残る事は、ただその先にある死をほんの少しだけ先延ばしにするだけだから。

第2前哨基地で箒が味わった絶望は、とっくの昔にロリシカ全土に、伝染病の如く蔓延していたのだ。

(こんなんじゃ…救われないじゃない…)

箒は衛生兵から目を背ける。

どうしようもなくやるせない気持ちに襲われて、目頭から涙が零れる。

思わず、瞼を閉じる。

慈悲の一撃を喰らったクリス二等兵。

医療区画で事切れた負傷兵。

次々にバルゴンに殺されたバシキロフ大尉の部下。

共に戦って死んでいった兵士たちの屍が瞼を閉じて、暗転した視界一杯に映し出される。

(私達だけが良ければ良いのか?いやそんなの…そんなのダメに決まってる…このままじゃ…彼らが、報われない…)

ロリシカ兵達の犠牲の上で今までのうのうと生きてきた自分に対する忌々しい憎悪と罪悪感が箒の脳内を支配する。

そして彼らの、血だらけの冷たい腕が、箒の全身を掴む幻覚を感じて––––––箒は、泥沼に呑み込まれるように眠った。

 

 

 

 

 

 

 

マガタン港。

海上自衛隊【きい型護衛艦するが】・医務室。

 

次に箒が目を覚ました時に見たのは白い天井だった。

またベッドの上で寝かされていた。

「ほう…き、姐…」

ふと声が聞こえたのでそちらを向く。

下半身の方だ。

そこには千尋が箒の腹を枕代わりにして、椅子に座ったまま凭れ掛かるように眠っていた。

先程の声は、千尋のうわ言だったようだ。

よく見ると、目の下に大きなクマを作り、涙が通った跡もあって、疲労困憊といった顔をしていた。

「千尋…」

箒は千尋を見た瞬間、酷く安堵する。

自然に涙が溢れ出る。

さっきの暗い気持ちから、引きずり出されるような感じがした。

また千尋に会えたという気持ちが、箒の中で、暖かな感情が生まれた。

「う…ん……⁉︎…箒、姐?」

千尋が眠気を纏ったまま目を覚ましたが、箒を見て、すぐに意識が完全に覚醒する。

「…ッ…よ…」

瞬間、千尋が箒に抱きつく。

千尋の目からボロボロと大粒の涙がこぼれていく。

「よかった…ほ、本当に…生きてて、よかった…」

ふにゃ、と泣き笑いを浮かべながら千尋は言う。

「本当に…死んじゃったんじゃ、ないかって、心配、したんだからなぁ…ばかぁ…!」

涙を流して、箒に抱きつきながら、言う。

それに箒は思わず困惑する。

だが同時に、箒は思い出す。

意識がフェードアウトする寸前に聴いた戦術機の跳躍ユニットの音を。

そしてその跳躍ユニットは、銀龍の物の音で。

完成ユニットから飛び出して駆け寄ってきた誰かを––––––。

千尋の暖かい感触が伝わってきて、家族に会えた、そう言う感情が箒を締め付けていた鎖を引き千切る。

「…すまない…心配させて…悪かった。」

箒は赤子をあやすように千尋の頭を撫でてやる。

「…それから…」

一瞬、言い淀む。

けれど、自分の ” 機械面 ” を殺して、心の底から微笑んで、

「…助けてくれて、ありがとう。」

そう、言う。

そして箒は千尋を両手で抱擁する。

暖かい感触に、浸っていたかったから。

それに浸る事で、人間性を取り戻せるような気がしたから。

そして何より–––––– ” 家族 ” に、触れていたかったから。

同時に、今まで押さえ込んできた思いが膨れ上がる。

「…千尋…」

箒は、少し震えた声音で言う。

「…なんだよ––––––…箒。」

千尋は一瞬口籠るが、箒を呼び捨てで、呼んでみる。

それが、箒の感情を縛り付けていた鎖をさらに引きちぎり––––––

「ッ…」

今まで封じてきた心が決壊して––––––

「…ッ、千尋っ‼︎」

思わず、抱きつく。

大粒の涙を零しながら。

「怖かった…怖かった…死んじゃうかもしれないって…もう、二度と千尋に会えないかもって思ったら…怖かった、よ……」

子供みたいに泣きながら、言う。

「だから、死にたくなくて…でも、周りでたくさん人が死んでいって…みんな、精一杯生きたがっていたのに…なのに、私は、誰も救えなくて…助けるだけの力も、なくて…自分が生き残ることに、しか…手が、回らなくて…私…私…‼︎」

どうにかなってしまいそうな、悲痛な声。

ベルホヤンスク統合基地・第2前哨基地で箒がどんな凄惨な思いをしたのか、断片的に、思い知らされる。

千尋はそんな箒の背中を軽く叩き、あやす。

「…ごめんね…弟に縋るような、馬鹿な姉、で…私なんかが…お前の姉で…」

少し落ち着いた箒は、自嘲するように、自責するように呟く。

「…そんな事ない。」

千尋は静かに、けれど、芯のある強い声音で否定する。

「…たしかに箒は、自分が生き残るのに精一杯で周りに気を配れなかったかもしれない。…でも、人間誰しも自分が大事だろ…?…自分が死んじゃったら、何も意味ないんだから…」

そして少し箒から離れて、目線を合わせる。

「…それに、箒が姉だったから後悔したことなんて、一度もないよ。」

千尋が言うと箒は意外そうな顔をする。

それに千尋は無邪気に微笑んで、

「だって、6年前の墨田大火災で箒が助けてくれなきゃ、俺は死んでたじゃんか。」

「…あ。」

箒は虚を突かれたような顔をする。

「だから俺は…」

千尋が箒の両手を優しく握る。

「決して、箒を恨んだりしない。むしろ誇らしいし、感謝すべきだよ。」

元気一杯に、無邪気に、微笑む。

「だから…」

千尋は、箒の額に自分の額を合わせる。

2人は、額から伝わる互いの熱を感じる。

「たまには、他人に…俺とかを、頼ってくれよ…こっちだって、すごく心配、したんだから…」

再び千尋の目頭から零れ落ちる涙。

そして、箒は額から、千尋の暖かい体温を感じて、心が溶けていくような感触を覚えて––––––

「…うん。」

弱い、けれど確かな声で応えた。

 

 

 

 

「俺らの付け入る隙がねぇな…」

「ええ…」

医務室の廊下からは新井と門松が扉の隙間から中を覗きこみながら、そんな会話をしていた。

「それにしても意外だよな…千尋の奴はシスコン、箒の奴はブラコンだったのか…。」

新井が言う。

「いえ違うでしょう。経歴見たんですか?千尋は篠ノ之家の養子ですよ。」

門松が、つっこむ。

「でもさ…姉弟なんだろ?義理とはいえ。」

「そりゃあ…。」

そんな話をしている。

瞬間、

「何をしている?貴様ら。」

背後から聞こえた声。

それに2人は錆びたブリキのように、ギギギ…と振り返る。

そこには––––––まりもがいた。

「じ、神宮司三佐…」

新井が引きつった顔で呟く。

門松は諦めて、おとなしくしている。

「貴様らには機体の整備班とともに整備を命じたんだがなぁ…さて…何故、こんなところにいるのかなぁ…?」

眉をピクピクと動かしながら聴く。

「いや、あの…その…」

新井が目を泳がせて、助けを門松に求める。

そして門松は、

「新井曹長が覗いてみよう、と言い出したからであります。」

あっさりと見限った。

「お、おいぃぃぃぃぃぃぃ‼︎」

それに新井は情けない声で叫ぶ。

「さらに付け加えるなら、上官命令だ、…と。」

「おいぃぃぃぃぃぃぃ‼︎」

門松にチクられ新井は顔面蒼白となる。

「馬鹿者!貴様らがサボってるせいで第2前哨基地から救出した整備班にもさらに負担がかかってるんだ!さっさと持ち場に戻れ!」

「「り、了解‼︎」」

まりもが怒鳴ると、2人はすぐさま持ち場に戻っていった。

「…はぁ…」

まりもはため息をつく。

「…それにな、今は、彼奴らはそっとしておいてやれ…」

まりもは母性を孕んだ声音で、呟いた。

「…あの地獄から、生き延びたんだから…。」

窓の外に見えるロリシカ–––––– ” 神亡き屍戚の大地 ” を見つめながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回はここまでです。

次回はロリシカ編のまとめ回となります。
次回も不定期ですがよろしくお願い致します。




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