インフィニット・ストラトスadvanced【Godzilla】新編集版   作:天津毬

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さて…今回は次回のストレス発散回のための前菜になります‼︎


…最後のはどう考えてもヤバい気しかしない…。





EP-18 僅かな安息

IS学園・理事長室・午後10時29分。

 

 

「篠ノ之箒一曹、ならびに篠ノ之千尋二曹、ただいま出頭致しました。」

「よろしい、入れ。」

光の落ち着いた声。

箒は千尋を見る。

千尋は箒に対して頷くと、箒はドアノブを掴んだ。

扉の先は身内とはいえ、IS関連以外では学園の支配者、というに相応しい、特務自衛隊・片桐光一佐の居座っている部屋となっている。

扉を開けると、そこそこ広いオフィス風の部屋の内装と、机の上で書類に向かって、デスクワークを行っている光が視界のなかに入った。

「楽にしろ。2人とも、夜分遅くに呼び出してしまってすまなかったな。」

光は2人に顔を向けて立ち上がった。

そして満足そうに微笑むと、戸棚からティーカップと茶菓子を取り出した。

「コーヒーと紅茶、どちらがいい?」

「あ、そんな仕事は自分たちが……!」

「いいから楽にしてろ。昼間の報道の後から書類整理に加え、デスクワークが増えて体が凝ってるんだ。些細な事でも体を動かしたいくらいな。だから、こういうのは私にやらせろ。」

「は、はぁ…で、では私は紅茶で…」

箒が戸惑いながら応える。

「千尋、貴様は?」

「お、俺はコーヒーで……」

やはり、千尋も戸惑いながら応える。

「わかった。私と同じブラックでいいな?」

「あ、はい。」

千尋と箒は、私的な場所ならともかく、公的な場所で佐官クラスの士官が下士官に対して給仕染みたことをするということをあまり知ら無いために、少し信じ難いように、眼前の光景を見る。

「そういや、昨日は災難だったな。…怪我はもう大丈夫か?千尋?」

「ああ。…けど…」

「鏡ナギを再起不能にまで陥れたのにも関わらず、織斑一夏とラウラ・ボーデビッヒの処遇に納得いかない…か?」

見透かすように言う。

「…ああ。彼奴らが謝罪のひとつもなくのうのうと過ごしているのが納得いかない。…少しは罰を与えるべきだろう。懲罰房入りとか。」

学園には一応、懲罰房が存在している。

だが、IS委員会が学園において問題は存在しない––––––としたいが故に、問題はもみ消し、使われた事はない。

「…そうしたいのは山々だがなぁ…IS関連での生徒の問題は、織斑先生に一任されている。IS委員会直々にな。」

光は言う。

 

「そうすれば少なからず、世界最強という立場に祭り上げられ、IS乗りから絶大な支持を集めている彼女の一声で、IS関連の問題は掻き消せる。」

 

ふと、ため息をついて、一拍開けて続ける。

 

「だが同時に織斑千冬を ” 世界最強という名の呪縛 ” で縛り付け、委員会の傀儡に仕立て上げることも目的のひとつだろう。IS乗りから絶大な支持を集め、これから育っていくIS乗り見習いからも絶大な支持を集め、彼女はそれらの期待に応える為に、実の弟を女尊男卑から守るために、ISの絶対性と女尊男卑の安寧を維持する為に時として強権に走る…そして彼女を傀儡にしている女尊男卑が肥え太る––––––…。」

 

千尋と箒はそれを微妙な感情で、聴く。

 

「難しい話だ。家族を守るために、IS乗りの期待に応えている織斑千冬が悪い訳でもない、かと言って織斑千冬に期待してしまうIS乗りが悪い訳でもない、委員会が悪いといえば悪いかも知れないが、現在の社会で彼女らを否定すれば混沌化する––––––現に、昼間の報道以降、日本だけで6件もの大規模な暴動が起きている。」

 

光はコンソールにを叩き、モニターに日本地図を投影する。

東京、大阪、名古屋、千葉、札幌、福岡––––––それらの都市で暴動が起きていることを示す赤いグリップ(光点)が表示される。

 

「ISが最初から無ければよかった––––––といえば身も蓋もないが、そう思いたくなるほど、事態は悪化している。」

 

やるせない顔をしながら光は言い、2人の前にティーカップを置いた。

千尋と箒は、ぎこちない仕草でティーカップを運んで––––––一口、含む。

瞬間、口の中に、そこらのインスタントのコーヒーや紅茶とは思えないほどのコクと旨味の効いた味が広がる。

 

「これは……」

「おいしい、です……」

 

思わず2人は感嘆の息を吐く。

光の頬が僅かに緩む。

「個人的に、給料で取り寄せた物だ。今のこの状況で贅沢など言ってられないが、嗜好品くらいは好みに近付けたい。」

 

今のこの状況––––––巨大生物の存在が露見し、世界各国がパニックになっている状況だ。

日本も、例外ではない。

樺太からいつ押し寄せてくるか分からないバルゴンの存在が知れるや否や、北海道では、北部地域から札幌や本州に避難しようとする人達で溢れかえり、道は車による大渋滞で塞がれ、商店にはパニック状態の人々が殺到し、一部地域では暴動まで多発し、警察のみならず、陸上自衛隊第7師団まで治安維持に派遣される騒ぎと化していた。

今テレビを付ければ、どのチャンネルもニュース、ニュース、ニュース、ニュース…どれも、メジャーな有力テレビ局からローカルなB級テレビ局まで––––––それら報道機関がフル動員されている。

白騎士事件を遥かに上回る騒ぎらしい。

さすがに関東ではそんな大騒ぎは起きていない––––––訳がなかった。

ネットに上げられるデマ情報への対処に、特務自衛隊・電子戦略隊や情報庁・情報戦術隊は忙殺されていた。

また、これを機に政権転覆を狙う輩がいない訳がなく野党議員やその傘下の組織が与党を引きずり降ろそうと国会前で集会デモを開いている––––––他にも、女性利権団体の支部にトラックが突っ込んだり、女尊男卑主義で好き放題やっていた女性への暴行が多発している–––––––。

それが現状––––––昼間から半日で一変した世界だった。

 

「さて、本題に入るぞ。」

光が2人に向けて、言う。

「まず2人には言わねばならない事がふたつある––––––ひとつは、シャルル・デュノアの件だ。」

「…デュノアがどうかしたのか?」

千尋が聴く。

「情報庁がスパイ容疑で逮捕した。」

瞬間、2人はハンマーで頭を殴られたような衝撃に襲われた。

「は?え、スパイ容疑…?」

思わず箒が聴く。

一度顔を合わせて、僅かに訓練しただけの仲とはいえ、それは2人にあまりに衝撃を与えるには充分過ぎた。

「デュノア社は第3世代機を開発出来ていない。おまけに欧州総出の第3世代機開発計画、イグニッションプランからもフランスが外されかねなかったからな…フランス政府はデュノア社に圧力をかけた。」

やはり、淡々と言う。

「だからデュノア社は第3世代機のデータを奪うためにIS学園にスパイを寄越した。––––––シャルル・デュノアという、男性パイロットとして、白式のデータを盗みに…な。」

沈黙。

2人がそうなってしまうのも無理はない。

いつかあるだろうと思っていた事態が、身近に親しくなりかけた者を引き金に起きた–––––––。

2人には、とても実感がもてなかった。

「デュノアが白式のデータを奪った直後に部屋に仕掛けた対人トラップで無力化し、現行犯で逮捕…現在は情報庁・暗部が尋問中だ。こちらでも電子戦略隊が情報を収集中…詳しい事情がわかり次第、彼女に処遇を下す。」

IS学園にいる間は、確かに他国の国家や組織の干渉を生徒は受けない––––––だが、それはあくまで無所属の人間のみで、国家や組織に帰属している人間は例外だ。

現に千尋や箒も特務自衛隊の都合に従っている。

さらにシャルはスパイ行為という犯罪行為を行った。

犯罪者まで置いておくのはあまりに異常––––––故に捕縛し尋問されている––––––。

妥当な処分は退学だろう。

「デュノアに関しては以上だ。…さて、ふたつ目の件だが––––––」

光は少し、間を置いて言う。

「突然だが貴様らは明日、私と永井と共に東京への出張に同行してもらう。」

なんて言うものだから千尋も箒もまた驚いてしまう。

普段は秘書係の舞弥か、護衛係の頼人だけが付いていくことで充分だったから。

多分、都内の治安悪化を懸念して、と思ったが、どうも違うような気もする。

だが、間違いなく行き先は–––––…

「行き先は、我が家である––––––八広駐屯地だ。」

 

 

 

 

 

■■■■■■

 

 

 

IS学園・地下フロア

 

コンクリート造りで、簡素なイスと机が置かれた殺風景な部屋––––––そこの部屋のイスにシャルル––––––否、シャルロット・デュノアは、座らされていた。

「デュノアさん、そろそろ事実を言っていただけませんか?私たちも事は穏便に済ませたいんです。」

情報庁・暗部の更識楯無の従者である布仏虚が机を挟んでシャルに対して、にんまりと微笑みながら聴く。

尋問しているのだ–––––––。

「だから…何度も言ってるじゃないですか!僕は父さんの愛人の娘で、父さんの命令でここに寄越されただけで––––––…」

衰弱した顔をして、泣きそうな声音で言う。

既に何本も自白剤を打たれ、意識は朦朧としていた。さらに目の前からは強烈なライトが当てられていて、それのせいで脳の思考能力が低下していく。

先程からシャルは真実を言っているが、虚はそれを相手にしない。

「…本当に…本当に何も知りません…!父さんの所でISの訓練を受けたのだって数ヶ月だけで…!」

「なら何故あそこまで見事なラピットスイッチ(高速切り替え)を?例え才能があってもあそこまで見事な腕になるには数ヶ月では、あり得ません。」

「そんな…本当に…本当に僕は…」

「はぁ…。」

虚は溜め息を吐く。

「いい加減、嘘をつくのはやめたらどうですか?」

呆れたような顔で虚は言う。

「う…嘘なんてそんな……どうして…信じて貰えないんですか⁉︎」

「犯罪行為を行った者の言葉をそう易々とは信じません。…我々としてはいつまでも穏便でやりたかったのですが…残念です。」

虚はそう言うと、部下と思しき黒スーツ姿の2人の男に目配せをする。

するとスーツの内側から棒状のモノを取り出す。

そして棒状のモノの赤いボタンらしきものを押すと、棒状のモノの先端がバチッとスパークした。

––––––スタンロッドだった。

「ひっ‼︎」

シャルは思わず悲鳴を上げる。

「早く自供して下さい。…こちらとしても、肉体破壊的拷問は避けたいのですが。」

気が滅入るような顔をして、虚が言う。

だがシャルはそれどころではない。

スタンロッドは、洒落にならない。

長時間、体に当てられ続ければ内臓破裂、良くてもショック死という未来が待っている。

「…私個人としては、こういうのはしたくありません。ですが貴女が日本に害を与えない可能性も否定できない––––––ですから、洗いざらい吐いてもらいます。」

憂うように、けれど何か堅い決意を宿した顔で、虚は言い放った。

「…や、やめ…」

シャルは怯えて、目頭から生理的な涙を零しながら、椅子から逃れようとする––––––だが、椅子に縛られているから立ち上がれない–––––––。

「頼みます。」

虚は無慈悲に部下に命じる。

部下の男は頷くとスタンロッドをシャルの胸に押し付けて––––––

「や…やめ、て…」

「やって下さい。」

虚の命令––––––部下が、スタンロッドのスイッチを押そうとする–––––––。

「やめてぇぇぇぇぇ‼︎」

シャルの、絶叫。

 

 

「は〜い、ストップ。虚ちゃん。」

瞬間、気が抜けたような軽い声が、響いた。

虚とその部下、シャルが思わずそちらを、向く。

「お嬢様‼︎」

虚はそう少女の事を呼ぶと、頭を下げる。

虚の部下も、同じだ。

「情報庁で洗った限りでは、今と同じ発言をしていたわ。…虚ちゃんはどう思う?」

「自白剤を既に4本投与し、照明を常に目に当てながら、水も与えず尋問しました。勿論尋問の訓練を受けていたとしても限界であるタイミングまで尋問をしましたが、彼女がウソをついているとは思えません。」

「つまり、彼女は嘘偽りなく、アッサリ口を割ったということ?」

「はい。」

虚との一連の会話を終えると、楯無は少し申し訳なさそうな顔をして言う。

「じゃあこんな大袈裟な尋問をする必要、無かったわね…虚ちゃん、ご苦労様。」

「はっ」

そしてシャルの方を向き直ると、嘘偽り無い微笑みを浮かべて、言う。

「長い間尋問し続けてごめんね。でも、日仏両国間の重要な外交問題に発展しかねない状況だったから、少しでも正確な情報が欲しかった––––––。」

楯無は得意げに言う。

「結果、貴女は酷く可哀想な女の子だと言う事が分かった––––––でも、それだけよ。」

「えっ…?」

シャルは少し驚くように、楯無の顔を見る。

楯無は今度は至極真面目な顔をして言う。

「貴女が可哀想な境遇にいる事は分かった。…でも、貴女がそれよりもっと酷い境遇に陥るか、少しでもマシな道を選ぶかは、貴女次第よ。」

 

シャルは思わず俯いてしまう。

 

「…さて、ここで提案。」

楯無が少し悪戯っぽい声で、言う。

「多分このままだと貴女を待っているのは強制送還されて刑務所入り。多分無期懲役というあまりに救われない結末––––––。」

シャルは黙ったまま俯いている。

それは理解していた。

白式のデータを手に入れたとしても、いずれそうなるという現実も––––––。

「…そこで、少しでも行動を起こせば、少しはマシなものになるわ。」

だが、やはらシャルは俯いている。

どうせ、生活機能が充実した収容所に放り込まれる––––––そんなモノだと思っていたから。

 

「日本に亡命するのよ。」

 

だから、楯無のセカンドプランを聴いて、シャルは思わず驚いた。

 

 

 

◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎

 

––––––翌日

午前11時30分

東京・新墨田区

とうきょうスカイツリー駅・駅前

 

IS学園のモノレールから、お台場のお台場海浜公園駅でゆりかもめに乗り換え、そのまま新橋駅に向かい都営浅草線に乗り換え、東武特急きぬ131号に乗り換え、東京スカイツリーの最寄り駅であり、墨田駐屯地の最寄り駅でもある、とうきょうスカイツリー駅に千尋と箒は、光に連れられて来ていた。

目に入るのは東京の名所であり、電波塔としては世界最高の高さを誇る東京スカイツリー。

そしてその真下である東京スカイツリーの根元––––––東京ソラマチの前で通りの脇を埋め尽くす、屋台の群れと、それに集りながら、楽しそうに笑い合って、幸福で平和な一時を過ごす人々––––––。

 

それを見た千尋と箒は、神妙な感情を抱いていた。

それに感づいたのか、光が2人に顔を向けて、言う。

 

「––––––言いたい事があるなら言ってみろ。私は否定しないし、受け止めてやる。」

 

「…ああ……なんていうかさ…平和、なんだな…ここ。」

 

千尋が言う。

 

「今まで、この景色は当たり前なんだなって、思ってた…。墨田大火災が起きても、すぐに民間人が使えるエリアは解放されて、復旧したし、他の地区…渋谷とかも、平和な景色が広がってたから…。」

 

その声には黄昏ているような感情を孕んでいた。

 

「………」

 

光は黙って聴く。

 

「でも…違うんだよな…俺たちは当たり前のように、安価に平和の中で生きていたけど…彼奴らは…ロリシカの、奴らは…」

 

一瞬、千尋は口籠る。

けれど、ダムが放水するように口を開いて、言った。

 

「…ロリシカの奴らは、死に物狂いで生きてるのに…俺たちは、 ” 平和の価値 ” すら知らずにのうのうと生きてたんだな…って。」

 

それに箒も、口を開く。

 

「……ロリシカの、ギジガ統合基地の第2前哨基地で、私と同い年のが、こう言ってたんです。…『せめて希望くらい持たせてよ!』って…」

 

目頭に何とも言えない感情が篭った涙が浮かぶ。

 

「…夢も希望もない。そんな世界で生きてるのに…そんな彼女たちが欲しかった平和とか希望は…ここには溢れすぎていて………っ…すみません、思い出したら…つい…。」

 

目頭から零れ落ちる涙を手の甲で拭いながら、箒は言った。

 

ロリシカの凄惨な戦場と、国連が––––––ひいては人類全体が自分達の安寧の為にロリシカやウクライナの人達を生贄にして自分達は彼らの犠牲の上でのうのうと甘い蜜を吸いながら生きている––––––そんな残酷過ぎる現実が、千尋と箒の眼前に広がる墨田区の東京ソラマチ前の景色として具現していて、自分達が改めて搾取者なのだという事を、叩きつけられる。

特にロリシカの現実を知った2人には、かなり堪える光景だった。

光はそんな2人の頭に手を置いて、撫でる。

 

「…そうだな…私達日本人は、平和というモノが当たり前だから、それに関する価値観はあまりにチープだ。」

 

光も憂うような目をして言う。

 

「そして日本人が搾取する側の存在というのも…今の若者は無自覚だが、事実だ。」

 

やはり憂うような声音で言う。

 

「…だが平和というモノはあまりに脆い。ちょっとした事で崩れ去る––––––砂の城のように、酷く脆い––––––そして崩れ去った先では、あまりに多過ぎる人が死ぬ。そしてそこから再び平和を掴み取るのは、茨の道のように険しい––––––だからこそ、平和とは貴重であり、尊いモノなんだ。」

 

ただ、日本人は長くそれに浸かりすぎた––––––という言葉は、飲み込みながら光は優しく、母性を孕んだ声音で2人に言った。

そして光の言う通り、平和という名の砂の城は、例の報道があってから、崩れ去ってしまっていた。

昨夜の時点で日本の主要都市6カ所で暴動––––––今現在も、渋谷や永田町ではデモが続いている。

そして同地区には、つい先程、内閣府から厳戒態勢が発せられ、警視庁の機動隊や自衛隊第1師団・普通科部隊の派遣が決定されていた––––––。

 

「今の若者は平和に慣れすぎていたからな…パニックになるのは当たり前だ。……だが悲しいかな、そんな若者達を利用して、国会の野党や左翼勢力は現政権の転覆を狙っている。」

 

現に永田町や渋谷でのデモも、左翼勢力が扇動しているんだろう––––––と、光は付け足す。

 

「…こんな状況でも、内ゲバかよ…。」

 

千尋は何処か呆れるように、呻くように、言う。

箒も同じだった。

現場と後方の価値観は違う––––––まりもから教えられてはいたが…ロリシカの惨状を知っている身からすればそれは、あまりに腹立たしい事だった。

「こんな時だからこそ…人類は、団結すべきなのに……」

箒は、ポツリ、と呟いた。

それに光は優しく、それでいて、少し悲しげな顔をして言う。

「…そうだな…私もそうなったらどんなに良いか……だがな、それもまた、難しい話なんだ…。」

光が言い終わる––––––と、同時に、

 

グゥ…

 

「「あ…」」

 

千尋と箒の腹の虫が鳴ってしまう。

そういえばまだ昼食を食ってなかった。

 

「…よし、小難しくて重苦しい話はここまで!昼食にするとしよう。」

そういうと、光は2人を連れて屋台の群れの中に入って行く。

この屋台群の大半は、かつて墨田大火災で焼失し、現在特務自衛隊が墨田駐屯地としている区画に住んでいた人々が営んでいるモノで、彼らは以前から自営業で何かの店をしていた人は屋台を出して、以前と変わらぬ生活をしている。

最も、全員がそうという訳ではないが––––––。

 

「私の奢りだ。好きなものを頼むと良い。」

光が言うと、2人は目をキラキラさせる。

「あ、じゃあ俺、あそこの屋台の中津唐揚げ丼とその隣の屋台の豚カツ‼︎」

「じ、じゃあ私はあそこの屋台のフライドポテトと隣の魚骨唐揚げで…」

「うむ、了解した。…それにしても箒が鶏の唐揚げを頼まないのは珍しいな………まだ、肉は駄目か?」

「その…すみません…」

 

ロリシカ・ベルホヤンスク統合基地第2前哨基地での凄惨な経験から、以前は好物だった肉が箒は食べられなくなっていた。

それこそ、コンビニ弁当の小さなソーセージでも、少しでも口に含んだだけで吐いてしまうくらいに。

 

「気にするな、私にも似た経験がある。」

「そう、なんですか…?」

「ああ。私だって血の通った人間だ。そして人間は、誰しもが最初から強いわけではないからな。」

そう言いながら、光は会計をする。

そして千尋と箒は自分が頼んだモノを受け取る。

それらの皿を歩道にあるテーブルと長椅子がセットになっている簡易ベンチのテーブルの上に置き、千尋と箒が隣同士になるように、光が2人の正面に座る。

そんな2人を見た光は、意地悪そうな顔をして、

「…ほう、中々お似合いのカップルだな。お前ら。」

言う。

「「はァ⁉︎」」

だから、2人は思わず、顔を赤らめて情けない声を上げてしまう。

「ち、ちょ!光⁉︎おま、何言って…‼︎」

「〜〜〜〜〜〜〜ッ‼︎」

千尋は耳まで顔を赤らめて、慌てふためきながら光に抗議し、箒は羞恥心を覆い隠そうと、両手で真っ赤な顔を抑えている。

「ははは、お前らウブ過ぎるだろう。」

そんな2人を光はからかうように笑う。

「––––––さて、冷めてしまっては美味しくなくなる。早めに頂くとしよう。」

光がそう言うと、2人も頼んだ品を手に取り、口にする。

とても美味そうに食べている2人を見ながら光が声をかける。

「時に2人とも、あと2時間ほどは自由時間なわけだが…どこか行きたい場所はあるか?」

「ん〜じゃあスカイツリー‼︎」

千尋が無邪気に笑いながら、言う。

「また観光客しか行かなさそうなところを…」

箒が少し呆れるような顔をして、ケチャップをつけたフライドポテトを食べながら、千尋に言う。

それに千尋が中津唐揚げ丼を頬張りながら、子供みたいな顔をして、抗議する。

「む〜…いいじゃねぇか、別に!墨田区に住んでても登ったこと一回もないんだから‼︎」

「…そういえば私も行ったことなかったな…。」

箒がふと思い出したように、言う。

「まぁ、地元民からしたら当たり前だから遠方の人間と比べて価値観はチープだからな。」

光がたこ焼きをはふはふと熱いのを堪えながら食べて言う。

「…仕事で登った事はあるが…かなりの絶景だ。行く価値はあるぞ?」

光が、言う。

「まぁ、箒としては多分メジャーな観光施設よりその辺の屋台やカフェ、商店を回りたいんだろう?」

「あ、はい。そうですね。そっちの方が新しい発見とか、有りますから。」

「どういうお店に行きたいんだ?」

千尋が箒に聴く。

千尋は買い物はそんな好きじゃない。

だが、店次第では積極的に付き添ってくれる。

「う〜ん……雑貨屋、だろうか。」

「あ、あ、じゃあ俺も行く!」

箒が言うと、千尋も食いつく。

実は、千尋は雑貨が好きだったりする。

「この間墨田区の良さげな雑貨屋さんテレビで言ってたからそこ行かねえか?」

「うん。そうだな、じゃあそこにするとしよう………あ、千尋。」

「え?何だよ?」

ふと、箒が千尋の顔を見て声をかける。

そして指を口に伸ばして––––––、

「口に米粒が付いてたぞ。」

箒が笑いながらそう言って、千尋の頬に付いてた米粒をひょい、と摘み取って、それを箒は食べる。

「お、おう。サンキュ。」

千尋は思わず顔を赤らめて、少し恥ずかしげにしながら言う。

 

「なんだお前ら、やっぱりお似合いのカップルじゃないか。」

 

その一連の出来事を見ていた光は、やはり意地悪そうな笑顔をして、言う。

瞬間、また2人は羞恥心が原因で顔をさらに赤らめる。

先程より顔を赤らめている面積は、広い。

顔面は真っ赤。

2人して、まるでゆでダコのようだった––––––。

 

「「ッ⁉︎…違ぇし‼︎/違います‼︎」」

 

そして2人は反射的に言い放った。

そんな様を光はさらに面白可笑しく笑った。

 

 

 

 

 

 

■■■■■■

 

IS学園・第2シャフト内

仮設浴場

 

「はぁ〜…良いお風呂〜♪」

楯無が特自の設けた仮設浴場の浴槽に浸かりながらリラックスしていた。

「…………」

「もう、黙ったり緊張してないで、貴女もリラックスしたら?」

豊かな胸を見せつけるようなポージングをしてリラックスしながら、楯無は言う。

「…尋問明けにいきなりお風呂に入れられても…どう反応したら良いか…。」

その相手は、シャルだった。

いきなり楯無に、「お風呂でも入りましょう‼︎」と言われて連れられて来たが故に、困惑していた。

(…まぁ、気持ちいか否かなら、気持ちいけど…。)

シャルは内心、呟く。

 

「…別に、何も気にしなくて良いわ。盗聴器や監視カメラの類や見張りの方には退いてもらった。…私だって、暗器は身につけてない––––––。」

 

そしてそれを見せつけるように、湯船のお湯から身を上げて、立つ。

 

「貴女と腹を割って話し合いたかった––––––それだけよ。」

 

ドヤ顔を決めるように言う。

同時にふくよかな双丘が、揺れる––––––。

確かに、見た感じでは、ない。

それにシャルの警戒心は、若干落ち着く––––––が、シャルは残した警戒心から、まだ暗器を仕込めそうな場所を見る。

(…いや、まさか…ね。)

楯無の股の元––––––縦に割れているアソコを見る。

(…さすがに入ってはない…よね?)

 

「安心して、さすがにアソコには入れてないわ。第一入れても出し難いし。」

 

楯無がからからと笑いながら言う。

 

「ハジメテは私が好きになった人にあげたいもの…ま、好きな人がいないのが、アレよねぇ…。」

 

楯無は苦笑いしながら、言う。

それを見て、シャルも吊られて愛想笑いを浮かべる。

(…そういえば、僕も好きになった人……1人もいなかったなぁ…。)

シャルはふと思い返すように内心呟く。

いつも父や義理の母の顔色ばかり伺って、他人に使い潰されて当たり前のような世界にいたから––––––。

 

「その様子だと、そっちも居ないみたいね……ま、良いんじゃない?貴女は。」

 

少し羨ましがるように楯無がシャルに言う。

それにシャルは疑問を浮かべる。

(明らかに、自分より恵まれた環境下で、自分より明らかに優位な地位にいるのに––––––?)

そんな感情が顔に出ていたのか、楯無が苦笑いしながら少し悲しげな顔をして言う。

 

「…だって、私はいつまでも親が、更識家の敷いたレールの上しか歩めないもの。」

 

(ッ–––––––⁉︎)

 

「…でも、貴女は選択次第で敷かれたレールに色んな分岐点を作って、様々な未来に繋げられる––––––それは、家のしきたりや国家に縛られる未来しかない私からしたら、とても眩しいのよ––––––。」

 

楯無は少し大人びた、それでいてやはり悲しそうな笑顔を浮かべて、言う。

選択次第で––––––昨晩言っていた、楯無のセカンドプラン––––––日本への亡命、などだ。

(そっか…なら、僕も…普通の女の子らしい生活とか、恋が、出来ないこともないんだ––––––)

そう、思う。

(じゃあ、僕は––––––そんな未来に進みたい––––––そのためにも、まずは––––––…)

そう思うと同時に––––––頭がボンヤリしてくる。

 

「あらら、のぼせちゃった?」

 

楯無がシャルの肩を担いで湯船から起こす。

僅かに冷えた空気が濡れた裸体を掠めて、ほんのりと涼しくて気持ちがいい。

 

「背中でも流そっか。尋問されてる間は、ロクにシャワーも浴びてないしね。」

 

楯無が言って、シャワー下の桶にシャルを座らせる。

シャルは「自分でやる」と断ろうとするが、のぼせていて頭が上手く思考出来ない。

そのまま楯無のペースに流されて、いつの間にかボディーソープをつけたタオルをぐちょぐちょ、と言わせながら泡立てている。

そしてシャルの背中を洗い始める。

泡が肌を濡らして、タオルの生地が擦れる刺激が脳に届く。

(…きもちよくって……あったかい…。)

楯無の手癖による程よい感度にシャルは頬を赤らめてしまう。

ふと、そう思った瞬間。

 

「ひにゃっ⁉︎」

 

楯無がふざけて背後から回した手でシャルの胸を揉む。

そのせいで、シャルは変に色っぽい悲鳴を上げる。

 

「へぇ〜シャルロットさんって案外、おっぱい大きいのね〜」

 

楽しげに楯無が言う。

なおも楯無はシャルの胸を揉みまくる。

 

「ちょっ、やめ…ふにやぁああ…‼︎」

 

思わずシャルは喘声を上げてしまう。

そしてその声は、仮設浴場内に木霊した––––––。

 

 

 

 

■■■■■■

 

 

IS学園・中庭。

 

芝生が敷かれた中庭のベンチに鷹月、立花、の2人は腰掛けていた。

「…はぁ…。」

思わず鷹月は、とてもやるせない顔をして、ため息を吐く。

立花も、同じだ。

理由は単純、鏡ナギの処遇だった。

被害者であるはずのナギを学園は自室あるいは保健室にほとぼりが冷めるまで軟禁するというのだ。

ナギと同じように再起不能に近い重傷を負った他の者に関しても同様––––––。

なのに加害者側の織斑とラウラの方は––––––本来厳罰を受けるべき方は、アリーナの使用禁止という処遇だけ––––––。

これらを取り決めたのは織斑先生たちだが、裏でIS委員会が手引きしたという黒い噂もある。

「…もう、公正な教育機関とは……言えないわね…この学園は。」

立花が言う。

今まで女尊男卑に身を任せて違法的行為をしでかした学校はいくつか見たことがある。

だが、人命に関わる大事を引き起こして––––––しかも国連管轄の組織がそれほどの行為に及ぶとは––––––もう、異常性を通り越して、恐怖しかない。

 

「…ISの完全性が崩れ落ちないように被害者の生徒に対し、積極的に犠牲を強いる…マトモな公的機関のする事じゃないわ。」

 

「でも、昨日の報道でIS不敗神話は崩れ去っちゃったじゃない⁉︎…なのに…なんであの処遇のままなの…⁉︎」

 

鷹月が言う。

 

「多分、公にできない理由があるんでしょう。」

「こんな状況下でも公にできない理由って……⁉︎」

「……たとえば、今回みたいな件で、今回みたいな処遇にした事が、過去にも有ったとしたら?それも1回や2回ではなく、何度も有ったとしたら?」

 

立花が言った瞬間、鷹月は固まる。

 

「…もしかしたら他にも問題が有りすぎる––––––なんてのもありえるわ……多分ひとつボロを出せば、芋づる式に問題が発覚する––––––だから、黙殺しようとしているのかもしれない。」

 

そう立花が言う。

ふと、そこに––––––

 

「よっ、何してんだ?」

 

織斑が、いつもと変わらないヘラヘラした顔で、2人に絡んで来る。

立花は素っ気ない感じの顔をして、

「別に。」

そう返す。

「いったい何の用?」

鷹月が聴く。

「いや、タッグトーナメントのメンバー組んでくれないかって頼みに来ただけだけど。」

持ち前の鈍感スキルで2人の嫌悪感に満ちた視線に気付かないまま、首をかしげながら聴く。

「お断りよ。」

鷹月は真っ先に言う。

「は?なんで…?」

 

「加害者になっていながら被害者の子に謝りもしない人間性を疑うような人とは、御免よ。」

 

織斑が鈍感スキルで首をかしげながら言うが、鷹月はそれを両断するように、切って捨てる。

 

「私としてもお断りね…今の学園の体制も、貴方への信頼も、私としては非常に如何わしいし。」

 

立花もやはり織斑を切って捨てる。

「は?な、なんで…てか、学園に疑念って…」

「加害者を擁護して被害者に犠牲を強いる––––––ま、これはどこの学校でも虐め問題とか、学校に都合が悪い事が起きたらよくある事––––––…」

立花はまるで物覚えの悪い生徒を指導するように言う。

「––––––問題は、この学園が––––––国連管轄の公的教育機関がそれと同じ対策を取ったという事よ。ISの権威を守る為に…ね。」

「す、推測だろ?そんなの…⁉︎」

「あらそうかしら?ISの権威を守る為に犠牲を強いる…これはどこの国でもあり得るでしょう?この御時世。」

立花がさも当然のように言い放つ。

「…ハッキリしているのは……『ここまで人を腐敗させるISなんて最初から無かったら良かった』––––––って、とこかしら?」

「なっ⁉︎」

立花の言い放った言葉に、織斑は驚く。

「で、でもそうだとしたら…ISが無かったら、白騎士事件の時のミサイルはどうやって止めれたっていうんだよ⁉︎」

一夏は、喚く。

白騎士事件––––––10年前に日本に放たれた2672発のミサイルを原初のIS––––––白騎士が撃墜した事件だ。

「あれはISが––––––白騎士がいたから、俺たちは生きてられるんだろ⁉︎」

確かに、織斑の言い分には、一理ある。

 

「白騎士が居なかったら俺たちは誰を頼れば良かったんだよ⁉︎『無能な自衛隊』以外誰も頼れないじゃ––––––」

 

だが瞬間、一夏の放った言葉が、鷹月を刺激する。

一瞬で鷹月の顔から理性が吹き飛ぶ。

そして気が付けば、頭が物事を考えるより先に手が出ていた。

 

パシィン‼︎

 

瞬間、乾いた音が、響く。

 

鷹月が一夏の頬を叩いたのだ。

 

「……あんた…」

「鷹月ちゃんっ‼︎」

鷹月を抑えようとするが、それは一瞬遅かった。

すでに鷹月は一夏の襟を掴み、射殺すような瞳で一夏を睨みつけながら、叫ぶ。

「あんた何様のつもりよ⁉︎」

一瞬遅れて立花が鷹月の肩を掴んで引き剥がそうとする。

けれど鷹月は一夏の襟を掴んだまま離さず、続ける。

「あんたもあたしも、今こうしてのうのうと生きてられるのはISのおかげでも、女尊男卑のおかげでもない! ” 日陰者 ” である父さんたち自衛隊の人たちが国防に尽力しているからなのよ⁉︎あんたそれ考えた事あんの⁉︎」

その声は怒りを孕むと同時に何処か悔しさに耐えているような感情、を孕んでいた。

「いや…そんなこと…だ、だいたい知るかよそんなこと…!」

「ッ…あんた…‼︎」

左手で一夏の襟首を掴んだまま、右手を握り締めて拳にして、後ろに引く––––––。

殴り付ける––––––直前、その右腕はすんでのところで割り込んできた右手に掴まれる。

「ッ⁉︎」

「…そこまでです。鷹月さん。」

山田だった。

「山田先生…た、助かりました…」

立花がへなへなとへたり込みながら言う。

「で、でも…ッ!」

やはり悔しさを堪えるような声音で、鷹月は抗議する。

「それ以上したら貴女が加害者になっちゃいます。…だから、落ち着いてください。」

山田は叱責することなく、にっこりと微笑みながら、鷹月に言う。

「ッ…‼︎」

それで、鷹月は引き下がる。

「あ、た、助かりました、ありがとうございます山田先生。」

一夏が笑いながら言うが––––––山田は黒い笑みを浮かべながら無言で振り向く。

だから一夏も思わずたじろぐ。

「や、山田先生…?」

「織斑くん」

「はい…」

「今すぐ生徒指導室に行きましょうか?」

「え…な、なんで…」

「さっきの発言は、誹謗中傷もいいところです。…少し、指導の必要が有りますから、ついてきてもらいますよ。」

そう言うなり、一夏は山田によって、生徒指導室に連行されて行った。

 

 

 

 

■■■■■■

 

 

東京スカイツリー・第1展望台

 

眼下には墨田大火災から復興した新墨田区と、旧墨田区跡地に建てられた墨田慰霊公園と特務自衛隊墨田駐屯地が一望出来るものとなっていた。

他にも、遠くにはもう一つの東京のシンボルである、空に伸びる赤い塔––––––東京タワー。東京湾の埋め立て地であるお台場、そして天気の良い今日はIS学園のある夢見島や千葉県が、ぼんやりと見えていた。

千尋と箒はその景色を複雑な心境でありながら、食い入るようにそれを見ていた。

光は2人の隣に立ち、無言で2人と同じ方角を見ていた。

墨田区––––––東京都民からしたら何て事はない下町で、他県民からしたらスカイツリーが名所の街…というのがありがちな認識だ。

だが、千尋や箒からしたら違う。

 

箒にとっては多くの死を目の当たりにし、自分の心象そのものを塗り替えられる原因となった場所。

 

千尋にとっては子供の死体という殻に受肉し、箒に出会い、人というモノに触れるキッカケを作った場所。

 

どちらも、墨田大火災によって起きた出来事だった。

そんな墨田大火災では10万人もの人が亡くなった。

その地獄の景色を、2人は忘れていない……否、忘れることが決して出来ない。

それほどに強烈な経験だったから。

だが眼下の墨田区には、墨田大火災の面影はもう無い–––––––。

そして墨田大火災前と変わらないように大勢の人が暮らしている。

別にそれが悪いことではない。

だが…墨田大火災、ロリシカの戦場––––––そこで死を目の当たりにし過ぎた2人からは、今の平和な景色が違和感の塊にしか見えないのだ。

だが、全てが悪いわけではない。

死んでいるような景色しか無かったロリシカとは違い、ここは人々が生活を営み、街が活きている––––––。

その景色に2人はほのかに嬉しく、そしてまた安堵を覚える。

痛みと暖かさが乱れ合う感情を孕みながら二人共、その景色を見下ろしていた。

「やっぱり…この街は凄いな。」

箒がポツリと呟く。

「あれだけの災厄を受けてもなお、ここまで立ち直れて––––––バケモノにいつ攻め入られてもおかしく無いのに、こんなに街は活きていて––––––ほら、あんなに人や車がたくさん––––––。」

嘘偽りない、屈託のない笑顔で言う。

多分、箒は内心は複雑…という言葉で表現出来るかどうかさえ疑わしいほど乱れているに違いなかった。

ベルホヤンスク統合基地第2前哨基地での凄惨な戦場の中で散って逝った将兵たちが守りたいと願ったもの––––––に近い存在を目の当たりにして––––––その重みを実感しているのだろう。

「こちらに来い。窓際は、人が多過ぎる。」

光が言うと、2人は光についていきながら、窓際から離れた。

「…光。」

「なんだ?」

「…その…なんていうか…今日は、色々多過ぎるモノを、見たな…。」

先程雑貨屋で買った箒とお揃いのコップが入った紙袋の持ち手を強く握りしめながら、千尋は言う。

「実はな、スカイツリーに来たのは、千尋の要望以外にもある。」

ふと、光が言う。

「…お前達にあの景色を見せる為––––––そして、知っておいてほしい事ついて、教えるつもりだった。」

「知っておいてほしい事?」

箒が聴く。

「私達の戦う理由だ。」

光が指揮官としての、凛とした空気を纏って言う。

「…結論から述べる。我々の目的は1人でも多くの日本人を守りながら、破滅を ” 乗り越える ” ことにある。」

「『乗り越える』?」

千尋は呟く。そして箒も気になったのか、光に問う。

「あの…破滅を防ぐ、ではないんですか?」

「その点は逆に問いたい。ロリシカを見て来た貴様らは、どう思う?現状を保ったまま、人類世界を存続させられると思うか?」

思わぬ問いに、一瞬2人は黙る。

だがもう、結論は浮かんでしまっていた。

そして、千尋が口を開く。

「…多分、無理…だな。」

重い声音で言う。

箒も、結論は出ていたとはいえ、辛そうに、身を強張らせる。

 

「ロリシカやウクライナみたいな国だって、いつまでも防衛線が耐えられるわけじゃない…あんなやり方じゃ遠からず限界が来て、何処かが支えきれなくなって、そこから突破されて、大陸伝いに侵略されて……それに、どうしようもないくらいの力を持つバケモノが現れない保証だって…ない。」

 

箒も千尋の意見に同意していて、悲しそうに俯いている。

 

「そうだ。だから現状を維持したまま人類世界を存続するのは無理だろう、人類は国家という枠組みを越えて手を取り会わねば、食い潰される。」

「…でも、それは…」

箒が、辛そうな声で言う。

 

「ああ。言わずとも分かっている。…それは、夢物語だ。」

 

光は、現実を叩きつけるような声音で言い放つ。

 

「漫画やアニメの世界ならいざ知らず、現実世界では人類が互いの立場を越えて手を取り合うなどほぼ不可能だろう。ただでさえ国際社会は東西陣営…資本主義、社会主義陣営に分かれたままだ。……思想が根本から違うが故に、それらが障害となり、人類は手を取り合う事が出来ない––––––それが、現実だ。」

 

「けど、協力し合わねぇと…本当に滅ぼされるぞ…」

 

「ああ、そうだな。…だが、 ” 今の世界情勢 ” では、協力し合うことは出来ない。」

 

ふと、また光の一言に2人は疑問を抱いた。

「今の世界情勢では…?」

箒が呟く。

「そうだ。恐らく破滅後の世界ではいやが応でも人類は協力する事を迫られる。…だからこそ、まずは私達が生き残り、人類戦力を統合する際の礎となる必要がある。…恐らく統合軍はアメリカが主体だろうが、アメリカに対し反感的国家でありながら親日国家という国家が東南アジアには多い。…それらの国を取りまとめる為にも、アジア圏でかなりの実力を持つ我々が生きのこらねばならない。」

 

そこで一旦区切り、光は溜息を吐いて続ける。

 

「だが同時に日本人も守らなくてはならない。––––––最悪、日本の領土を失う事になっても、な。」

 

「ッ⁉︎し、しかし…」

箒がそれに、異議を唱える。

「––––––それでは難民となってしまう–––––––か?」

「はい。」

それで光は少し微笑むようにして、言う。

 

「確かに、厄介な二流市民と見られかねないだろう。だがそれでも構わない。…最も恐れているのは、日本人の魂や誇りを持った人々が消えてしまう事だ。」

 

光は、静かに言う。

 

「たとえ日本という国家が滅んでも、日本の誇りを持った人々がいれば、それが国家を再興する原動力となる。国家があって人が有るのでは無い。人があって初めて国家が有る––––––…私は、そう信じている。」

 

光はそう言い放つと、2人に対して、微笑みかける。

こんな先の事まで考えていたのか––––––と、2人は驚かされる。

ふと、光がスマートフォンを取り出し、時刻を確認する。

「ん、そろそろ駐屯地に行かないとまずいな。では降りるとしよう。」

光は、2人に言う。

––––––瞬間、千尋は光のスマートフォンのホーム画面に写っていた写真が目に映った。

10代半ば頃の光––––––と、光と同い年くらいの少女。

「…光、その人って…?」

「ん?ああ、古い知人だ。…もう、生きてるかどうかすら怪しいが。」

「…え?なんで?」

「…まぁ、色々あったんだ。…白騎士事件のミサイルの流れ弾で自宅の下敷きになり、自分の住んでいた町の原発が別のミサイルの流れ弾でメルトダウンして––––––彼女は被曝したんだ。」

 

暗い声音で、言う。

 

「救助はされたが、原爆症で余命10年ほど…と診断されて––––––ある日行方をくらませて以来、それっきりだ。」

 

(…まぁ、一部は、嘘だが…な。彼奴は…彼奴は天災の所為で見せしめにされて––––––あの時私にできたのは、彼奴を日本から逃すくらいで––––––…)

そう、本当は複雑な感情を抱いて内心呟きながらも、平静を装う。

「そっか…なぁ、名前はなんて言う人なんだ?」

「名前?ああ、こいつの名前は–––––––」

一瞬後、その名前は光の口から放たれた。

 

 

 

「朝倉美都、だ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■■■■■■

 

 

南太平洋・キャロッ島

 

篠ノ之束のアジトがあるその島の海岸に、朝倉は来ていた。

キャロッ島はサンゴ礁が隆起した島で、さほど大きくはない。

周りを砂浜に囲まれ、さらにドーナツ型の山が砂浜の先にあり、篠ノ之束のラボはドーナツ型の山に囲まれた島の中央にある。

” 彼 ” が中国経由でハッキングした衛星からの衛星画像にによれば、中々豪華な豪邸らしい。

朝倉の目当てはそこに、ゴジラの目当ては島の裏側にある、座礁したタンカーに偽装した、原子力発電所。

朝倉は、 ” 彼 ” から手渡された耐熱耐水耐放射能耐電磁波仕様に改造されたスマートフォンの電源を入れ、特殊守秘回線に切り替えて、首から掛ける。

ピリリ!

ふと、電話がかかってくる。

朝倉はスピーカーホンで出る。

『朝倉さ〜ん、調子はどう?』

” 彼 ” からだ。

「どうも倉田さん。調子は良いですよ?」

濡れたワンピースを舐めるようにめくり上げ、生脚が見え、太腿につけた、両脚のガーターホルスターから消音器付きのグロック18Cハンドガンを抜きながら言う。

相手は今使っているスマートフォンや篠ノ之束のラボを特定した倉田真也。

『簡単なトラップやセンサーならハッキングで除去しますけどどうします?』

倉田は言う。

篠ノ之束の作ったトラップやセンサー群をハッキングで除去するなど、普通は無理だろう。

だが、ブラボーキャッスルにあったスーパーコンピューターを魔改造しているから、可能ではあるだろう。

だが、朝倉は、

「結構です。」

そう言う。

「それじゃ、終わったら掛け直します。」

そう言って、電話を切る。

 

そして、足を踏み込む、ザラザラした砂浜の砂が足の指と指の間に入り込む––––––瞬間、朝倉は地面を蹴る。

 

砂が舞い上がる。

 

朝倉は勢いを殺す事なく、活かしながら手頃な岩の上に飛び乗る。

だが、全く勢いを、殺さない。

そして走っていた時と同じ速度を保ったまま、岩からドーナツ型の山に生えている森林の木に飛び移る。

 

だがやはり、勢いを、殺さない。

不規則な高さ、不規則な太さ、不規則な形––––––それらの木々の枝を、走るように、飛び移りながら駆け抜ける。

風を切り裂きながら、勢いを殺さないまま––––––いやむしろ勢いがさらに増した状態で、木々を次から次へと飛び移りながら、100メートルを8秒程度で駆け抜ける。

 

そして––––––それを続け、山の山頂の一番高い木の枝に飛び移る––––––けれども勢いは殺さない。

今までの勢いを、活かして––––––そこから、飛ぶ––––––。

 

直後、眼下に写る篠ノ之束のラボの豪邸の庭––––––の各所に仕掛けられた小型センサー群を、 ” 肉眼 ” で、視認する。

瞬間、両手に持っていたグロックを小型センサー群に向ける。

そしてアイアンサイトのみで、即座に引き金を引く––––––。

その銃弾が小型センサーのひとつを撃ち抜く。

けれどもそれだけで止まらない。

一瞬後、また引き金を引く。

2発目。

3発目。

4発目。

5発目。

6発目。

僅かな誤差を手首や肘を曲げて角度をつけて修正しながら、次々に小型センサー群を撃ち抜き、全滅させる––––––空中から自由落下する、わずか10秒間にも満たない間の出来事だった––––––。

 

そして、朝倉は小型センサー群が全滅した事でガラ空きとなった豪邸の庭園の花壇に、着地するように飛び降りる。

 

ボキリ。

高所から自由落下した衝撃で脚が、へし折れる。

けれども、すぐにそれは再生する。

人間の身体では、あり得ない。

けれども朝倉は気にせずに立ち上がり、花壇から出る。

タイルで舗装された道に足を、下ろす。

そして、篠ノ之束のラボ––––––豪邸を見上げる。

瞬間、島の裏側で爆発––––––ゴジラが原子力発電所を襲っているらしい。

朝倉はニヤリ、と嗤うと加虐に満ちた口をして言った。

「さて––––––借りを返しに来ましたよ…篠ノ之束。」

 

ウサギ狩りが、始まった––––––。

 

 

 

カチリ。

やはりまた、世界が破滅に進む。

世界の支配者面していたウサギが、搾取する者から搾取される者に堕ちる瞬間。

「人でいたい」と願いながらも天災の私欲で歪められ、怪物になってしまった少女は爪を研ぎ、天災に牙を剥く––––––。

 

 

 

 

 




今回はここまでとなります。


また、怪獣希望アンケートの方、ご応募ありがとうございました‼︎



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