インフィニット・ストラトスadvanced【Godzilla】新編集版 作:天津毬
あとですが、今回はISが活躍します。
それから、多分戦術機はしばらくは出番なしです(出るだけ)。
(6/20:追記––––––アマナットーさんのアドバイスに則って、一部文章を修正致しました。アマナットーさん、アドバイスありがとうございました。)
IS学園・保健室
そこには、入院および軟禁状態の鏡ナギの見舞いのためにやって来ていた鷹月と立花がいた。
「…ホント…圧巻、としか言いようがないわね…この景色……。」
ふと、窓の外を見て鷹月が言う。
見渡す限り、学園の沿岸から遠く水平線は鋼鉄の塊––––––艦艇群に埋め尽くされている。
日本が四方を海に囲まれた国家であるが故に海上戦力が如何に強大で、アメリカが如何に馬鹿馬鹿しい程の国力と戦力を有しているかを見せつけられているような景色だった。
––––––まるで、そこにひとつの国家が存在し、それが海の上を移動しているような錯覚すら覚える。
「…あ、また新しく艦が来た。」
ふと艦隊を見ていた立花が言う。
新たに艦隊に加わった艦は軽空母ほどの大きさの全通甲板型で艦首には182の数字が刻まれた艦艇と、前部甲板に2門の主砲とVLS機構を持ち後部にはランチャーらしき機構と飛行甲板を備え143の数字が艦首に刻まれた艦艇だった。
「…多分、横須賀の【ひゅうが型護衛艦いせ】と舞鶴の【改しらね型護衛艦しらね】ね…本当にご苦労様だわ…。」
立花は感謝するように言う。
時折、艦隊上空を陸自の武装ヘリや海自の哨戒ヘリ、戦闘機や戦術機が飛び交っていた。
ふと、学園のすぐ近くを武装ヘリが飛ぶ。
威圧を兼ねた調整飛行なのか、そのまま遠ざかって行った。
「あれは……コブラ対戦車ヘリ…だっけ?」
立花がふと、呟く。
「ううん、違うわ。あれは、【AH64Dアパッチ・ロングボウ対戦車ヘリ】よ。」
鷹月が言う。
「どう違うの?」
ナギが鷹月に、聴く。
「ローターの上にレドームが付いてたでしょ?あれがロングボウの特徴なの。それに機首先端にもレーダーパッドが付いてたし、機首下部の機関砲がコブラはガトリングなのに対してロングボウは単装機関砲だから。」
「そうなんだ…そんなに違うんだね…」
ナギが驚くように呟く。
「まぁ、あれ1機100億円越えでさ…12機しか調達してないのよ、陸自は。」
鷹月が言うと、
「それを引っ張りだして来たって事は––––––陸自の本気も伺える?」
立花が察して、続くように聴く。
「ええ…。まぁ、アメリカ軍もハイパーセンサーでも探知し難いステルス能力を持っていて、コスパが馬鹿にならない【戦術機ラプター】なんて持ってきてるあたり、あちらさんの本気も伺えるわ…。」
鷹月が見透かすように、言う。
ふぅ、とため息を吐くと鷹月はナギの隣にパイプ椅子を置いて、そこに座る。
「多分、ロクでもない政治抗争とかが起きてるんでしょうね…。」
うんざりした声音で、鷹月が言う。
「…だよね……ねぇ、ふと思ったんだけどさ。」
立花がふと言う。
「ナギの処遇……ホントに織斑先生が下したのかな…?」
その言葉に2人は驚き、思わず、問い返す。
「ど…どういう、意味よ…?」
「…確かに織斑先生は、体罰沙汰な事をするけど…それでもあんなメチャクチャな処遇を下すような、人間の風上にも置けない下衆には、どうしても私には思えないの……もしそうなら、彼女はもっと非道に走っているはず––––––。」
立花が言うと、鷹月とナギは納得する。
「…何か、織斑先生を––––––世界最強を、影から傀儡にしている存在がいるような気が、しなくもないのよ––––––。」
果たして立花のその考察は、的を射ていた––––––。
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八広駐屯地・大会議室
灯りが落とされた部屋で、プロジェクターが投影され、長机に向かってパイプ椅子に腰掛けた陸海空特自衛隊、在日米軍、派遣本土米軍の将兵らとモナーク機関の機関員らが、プロジェクターに映し出されていた映像––––––ラドンと福音部隊の戦闘記録映像を見ていた。
福音によるシルバーベル––––––対装甲鉄鋼散弾による掃射を難なく躱し、対装甲鉄鋼散弾はあらぬ方向––––––ニューヨーク市街のビルの外壁を抉ってしまうという状況––––––。
そしてラドンが不意に工事中のビルすれすれに交差点を曲がると、福音部隊は倒壊してきた工事中のビルに指揮官機が潰され一時混乱––––––その隙にラドンは福音部隊の背後に回り込み強襲––––––。
福音部隊は迫り来るラドンにバックブーストで後退しながら対抗するために対装甲鉄鋼散弾を連射し、それがラドンに命中するが僅かに皮膚を抉る程度––––––。
さらにラドンが加速した際に爆発的に熱を放ちながら福音部隊に急接近––––––福音部隊の大半は地面すれすれまで急降下することでラドンを躱す––––––が、反応が遅れた1機がラドンのソニックブームによる衝撃波と爆発的な熱で爆散––––––。
直後、ハドソンリバーに展開していた支援フリゲート艦によるミサイル攻撃––––––だが、ラドンのソニックブームと爆発的な熱でミサイルはラドンを眼前にして次々と誤爆––––––。
さらにラドンは口から熱線––––––ウラニウム熱線を穿ち、支援フリゲート艦を撃沈––––––。
ペンタゴンから直接の撤退命令を受け、隊の1人が撤退を進言するが、他の者は戦闘を継続しようとし––––––撤退を進言した隊員と彼女の意図に気付いた隊員が他の隊員を見捨てる形でペンタゴンからの命令に従い撤退–––––––数時間後、ラドンがアフリカに帰るべく大西洋に向けて飛翔し––––––映像が終わった。
大会議室内は静寂に包まれていた。
––––––無理もないだろう。世界最強の兵器が、ああも簡単に落とされたのだから。
「––––––家城一尉、その後のラドンの行方は?」
静寂を破るように、光が落ち着いた声音で聴く。
「現在は…アフリカ・カメルーンに居ます。片桐一佐。」
プロジェクター脇に控えていたモナーク機関への派遣自衛官––––––家城燈一尉が応える。
それで一同はこれ以上ニューヨークに被害が出ることがないという事が分かり、僅かに安堵すると共に日本に近づいた––––––という事実に危機感を抱く。
「…き、きっと、福音の調子が悪かっただけよ。下賤な男どもが整備したから整備不良とか起こしただけて…」
「そ、そうよね!だって最強の兵器であるISが負けるはずないし…」
「そ、そうよね〜あたしたちならワンパンだし。」
そんな中で米軍のIS部隊のパイロットたちはまるで他人事のように、あまつさえ男性の整備不良が原因で福音が殺られたんだと、笑って言う。
室内の指令本部勤務将校の一部––––––女尊男卑思想の将校も、釣られて笑う。
––––––全員がそうではないが。
だが、ロリシカなどへの派遣経験や巨大生物との対峙経験のある戦術機指揮官の将校は、男性も女性も笑わないし黙っている。
いや寧ろ、汚物を見るように不愉快な顔をしていた。
「…––––––取り敢えず、質問をしても良いか?家城一尉。」
轡木誠特将が言って、燈が有難いような表情をする。
「あ、はい。何でしょうか、轡木特将?」
「現時点でヤツに––––––ラドンに対抗可能な兵器はあるか?」
誠の質問に、燈は思わず強張る。
それは下手をすればIS派のみならず、戦術機派まで敵に回しかねないものだったから。
だが、燈は勇気を振り絞り、口にした。
「––––––おそらく………ほとんどありません。」
燈の言葉にISパイロットは絶句し、バルゴンやギャオス、その他巨大生物の脅威を知っている戦術機パイロットたちは、半ば分かっていたような顔をする。
「––––––最高速度はマッハ6.2を誇り、最高速飛行時は体温が爆発的に上昇し、さらにビルを容易く崩すほどの衝撃波を放つ––––––足の遅い地上戦力はおろか、航空機やIS、戦術機も容易く落とせてしまいまう上にウラニウムを用いた熱線はシミュレーションではバルゴンの生体レーザーに耐えられる海上自衛隊の【大和型戦艦】、【紀伊型戦艦】やアメリカ海軍の【アイオワ級戦艦】、【モンタナ級戦艦】の《耐熱耐弾複合装甲》すら5秒と持たずに貫く––––––そんなバケモノに敵う兵器を、我々はまだ–––––– ” 実戦配備 ” できていません。」
燈は何処か悔しそうに、だが淡々と、冷静に、現状を説明する。
「––––––さらに言えば、脅威はラドンのみではない…というのが、問題です。」
燈は言いながら、手元のコンソールを操作––––––プロジェクターに世界地図が投影される。
何の変哲もない、ただの世界地図–––––––。
だが、ロリシカ中央部、樺太、ウクライナ東部、カメルーン、アイスランド、ベーリング海に赤いグリップ(光点)が投影されている。
他にも日本・熊本および山梨、中国・上海、フィリピン、ポリネシア、ラオス、中央太平洋に黄色いグリップ(光点)が投影されている。
さらにミクロネシア連邦・インファント島、ロリシカ・旧ネリュングリ、ベーリング海に緑色のグリップ(光点)が投影されていた––––––。
「赤いグリップ(光点)が振られた地域は現在敵対中、あるいは敵性種と断定された巨大生物が、黄色いグリップ(光点)が振られた地域は現在調査中の不明種、出現、活動開始の可能性がある休眠中の巨大生物が、緑色のグリップ(光点)が振られた地域は人類に対して中立種と断定された巨大生物が生息している地域です。」
燈が言った瞬間、大会議室がどよめく。
ラドンやバルゴン、ギャオス陸棲種に関しては報道で知っていたが、実際はこんなにも巨大生物がいる––––––という現実を叩きつけられたのだから、当たり前だろう。
「ロリシカのバルゴン、ウクライナのギャオス陸棲種は数が多くとも、1体1体は弱いため、どうにかなりますが……それ以外の個体は、一部を除いて、通常兵器では太刀打ちできません。」
燈のその発言で、大会議室にいるメンバーはさらに戦慄する。
光と誠は、さして戦慄したりしておらず、「まぁ、そうなるな。」とでも言うかのように冷めた顔をしていた。
もっとも、内心は焦燥に満ちているのだが。
(彼奴を使う事になるが…果たして、千尋と彼奴は………納得しないな…私達の都合でああなる事など…良いわけが…。)
光は内心、葛藤に満ちた感情を孕みながら、思わず呟いた。
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ベーリング海・欧州連合極東派遣軍艦隊
僅かに荒れている海上を、鋼鉄の牙城群が移動していた。
空母2隻、戦術機揚陸艦6隻、戦艦2隻、フリゲート艦6隻、駆逐艦4隻、コルベット艦2隻、補給艦6隻––––––東京湾の日米臨時編成軍艦隊にも勝らずとも劣らぬ戦力を有する艦隊が、日米臨時編成軍艦隊との合流集結地点––––––東京湾内IS学園近海目指して、荒波を粉砕しながら突き進んでいた。
その艦隊の上は哨戒ヘリが飛び交っていた。それも、1機や2機ではなく、10機近くが対潜哨戒を行っていた。
––––––最も、潜水艦を警戒しているわけでは無いのだが。
だが、だからと言って気が抜ける相手ではない。
いや、むしろ気を抜くなど論外と言えるだろう。
何故ならこの海域の深淵に潜むモノは潜水艦などを遥かに超えるバケモノだから––––––。
クイーン・エリザベス級改装空母4番艦【HMS アーク・ロイヤル】
イギリス海軍が保有する、ツイン・アイランドという通常の艦橋と航空管制専用のコントロールタワーの為であると同時に甲板スペースを広げると共に甲板上の乱気流発生を防ぐ効果を持つ2つの艦橋構造物とスキージャンプ型の飛行甲板を持つ6万t級の戦術機航空母艦––––––それが、欧州連合極東派遣軍艦隊の旗艦だった。
アーク・ロイヤルの甲板上にはアメリカ軍からライセンス生産した艦載戦闘機【F-35B ライトニングⅡ】や艦載戦術機【MEF-2020タイフーン】、数少ない艦載型IS【サイレント・ゼフィルス】が甲板上で待機しており、その近くにはパイロットが何時でもスクランブル発進出来るように待機しており、作業員が搭載火器やエンジン部分の最終確認を行っている。
度々、対潜哨戒任務から給油の為にリンクスHMA.8哨戒ヘリが着艦、甲板作業員が忙しく駆け回り、怒号が飛ぶ。
そして着艦したばかりの哨戒ヘリの代わりに別の哨戒ヘリが発艦し、対潜哨戒任務に移る––––––。
それをオルコット家に仕えるセシリアの専属メイド兼メイド長であるチェルシー・ブランケットはそれらの光景をアーク・ロイヤルの艦橋デッキから見ていた。
彼女はイギリス政府からの要請で、オルコット家の次期当主––––––すなわちセシリアに、 ” ある機体 ” を渡すために ”ある機体”と共にこの、空母アーク・ロイヤルに乗艦していた。
ちなみにチェルシーは今、メイド服ではなく、イギリス海軍のBDUにコートを着込んでいた。
理由は至極単純––––––目立ち過ぎるから…というのもあるが、北半球の、それも北極に近い位置にあるベーリング海は一年を通して気温が0度近くあるいは氷点下という極寒。
6月になって暖かくはなってきたものの、ベーリング海に至るまでに通った北海や北極海は未だに猛吹雪が吹き荒れていて、雪や雹が窓を叩いていた時の音が未だに鼓膜に染み付いている。
さらにベーリング海も未だに底冷えする寒さだ。
空調設備の充実した艦内は20度前後に保たれているが、訓練を受けた兵士ではない一般人のチェルシーにとっては肌寒いことは変わりなく、以前1人の下士官から手渡されたコートは大事なゲストが風邪をひかないように気遣ってくれたアーク・ロイヤル艦長の英国紳士としての粋なはからいだった。
…とはいっても、やっぱり……。
首元にかかるような息苦しさを覚えて、チェルシーは崩れた襟元を整える。
(やはり、慣れませんね…服の感触といい、この景色といい……)
親切心にあやかって着用し、寒さを防ぐことはできたものの、普段はメイド服しか身を包むことがなく、またそれに慣れたが故に、コートのごわごわした感触やBDUの繊維が肌に触れて違和感が強く、着心地は決して良いとは言えなかった。
そして何より、目に入って来る景色に慣れない。
見渡す限り水平線まで灰色の軍艦で溢れているのだ。
オルコット家の邸宅でメイド業をしているチェルシーからしたら全く無縁であるが故に違和感が拭えなかった。
BDUの上からさらにコートを羽織っているから周りに溶け込めているとはいえ、どうしても場違いな気持ちがチェルシーの中にあった。
(場違いにも程がありますね。一介のメイドが軍艦––––––それも艦隊旗艦に乗ってるだなんて––––––)
思わず、チェルシーはそのギャップに苦笑いしてしまう。
––––––直後。
凄まじい轟音––––––同時に艦隊外縁から、空に向けて水柱が高く高く、上がる。
同時に、艦隊の各艦から響き渡る総員戦闘配置に着く事を意味する、けたたましく響き渡るサイレンの音––––––。
『総員第2種戦闘配置––––––繰り返す、総員第2種戦闘配置––––––。』
アーク・ロイヤルの艦内スピーカーや艦上スピーカーからもアナウンスが流れる。
第2種戦闘配置––––––チェルシーは知らないが、対巨大生物戦を意味するものだった。
『ポーランド海軍コルベット艦シフィノウイシチェ轟沈!』
艦橋内のオペレーターが焦燥を孕んだ声音で状況を報告する。
瞬間、さらに大きな水柱が立ち上がる––––––。
「キュイイィェェェェッ‼︎」
それと同時に、奇妙な––––––不気味さを孕んだ、空気を震わせるくらいの甲高い咆哮が、上がる。
刺々しい暗赤色の甲殻を纏い、巨大なハサミを両手に持ち、触角らしきものと顔にツノらしき突起と節足動物のように節を持ち、黒い目をギョロリとさせている怪物––––––【スピット・エビラ】が、海中から凄まじい水飛沫と共に姿を現した。
「くそッ!なんでこんなところに…マダム、ここはあのエビ野郎の縄張りではなかったんですか⁉︎」
艦橋デッキから双眼鏡でスピット・エビラを確認した水兵が、艦橋から出てきた、チェルシーと同じくアーク・ロイヤルに乗艦していたゲストである女––––––モナーク北米シアトル本部所属のヴィヴィアン・グレアム博士に聴く。
スピット・エビラは1973年に南太平洋・レッチ島で確認された海棲巨大生物【エビラ】と同じ肉食性の凶暴な海棲巨大生物であり、かつて1998年にアラスカに上陸した際、撃破には至らなかったが、米軍がハサミを破壊し、その破片を回収し解析した。
––––––結果分かったことは、ベーリング海の固有種であったエビが廃棄物による海洋汚染で突然変異し巨大化した巨大生物––––––という事。
いかんせん破片が少なかった為わからない部分が多過ぎたのだ。
だが艦船が襲われた海域からスピット・エビラの縄張りを特定––––––ベーリング海を通る艦船に、スピット・エビラの縄張りを『原潜事故による海洋汚染のため立ち入り禁止』––––––として艦船が襲われないよう航路を制限していた––––––。
そして欧州連合極東派遣軍艦隊も衛星からのGPS誘導に従い、縄張りを5キロ近く避けてベーリング海を航行していた––––––にもかかわらず、スピット・エビラは艦隊を襲って来た。
「––––––考えられる理由は幾つかあります。……衛星の誘導ミスでスピット・エビラの縄張りに突っ込んだか、スピット・エビラが縄張り内で餌となる生物が枯渇したから縄張りの外に出てきたか、もしくは––––––」
淡々と語りながら、理由を––––––正確には仮説だが、それを述べて––––––下を見て、一拍開けてから、呆れるように言う。
「–––––– ” 何処かの誰かさん ” が【レッチラクトン】から生成した、エビラは嫌がるけどスピット・エビラは逆に凶暴化する【黄色い汁】を散布してくれたかしら?」
見ると、海面には黄色い汁が漂っている。
南洋のレッチ島で採れる、レッチラクトンという固有果実から生成したもの、だった––––––。
だが艦隊の艦船から散布された様子はない。
海中から湧き上がってきているようで––––––。
「潜水艦が散布したのか⁉︎だが、この艦隊にここまでの汁を散布できる潜水艦は––––––」
水兵が困惑しながら言う。
当然、そんな潜水艦はこの艦隊にいないからだ。
「じゃあ、米軍が…?いや、だが…」
水兵が、やはり困惑しながら言う。
「航海長!やはり海図データがズレてます‼︎衛星のデータに誤りが––––––‼︎」
瞬間、艦橋室から、そんな怒号が聴こえる。
衛星のGPS誘導ミス。
黄色い汁の散布。
二重のエラーが、あった––––––。
前者は事故だとしても、後者は意図的としか思えない––––––そして黄色い汁がスピット・エビラを凶暴化させる事を、アラスカから何度も観察したアメリカ軍が知らないはずがない。
何よりそんなマネをすれば欧州との関係を悪化させかねない。
アメリカには、デメリットしかない––––––。
では何処か?––––––ロシア軍が?
だがそれもあり得ない。
ロシア軍はロリシカ建国後から、ベーリング海から手を引いているし、経済が低迷している今、遠洋に潜水艦を派遣するメリットがない––––––。
米露両国にメリットがなく、派遣を要請した日本にとっても、欧州連合極東派遣軍艦隊がスピット・エビラに殺られる事にはメリットがない。
メリットがあるとすれば女尊男卑主義者、IS狂信者、そして––––––…
「…ああ、そういう事か…‼︎」
水兵が思考の果てに結論に至る。
「やってくれたな……篠ノ之束…‼︎」
呻くように、呪うように、水兵は言い放った。
その瞬間、スピット・エビラがイギリス海軍デューク級フリゲート艦の一隻に接近する。
フリゲート艦はCIWSや主砲でやられまいと必死で迎撃する––––––が、スピット・エビラはそれを嘲笑うかのように、無慈悲に右手の巨大なハサミを海上から振り上げ、フリゲート艦の艦橋に、叩きつけ––––––フリゲート艦の艦橋構造物が爆発し、火の手が上がる––––––。
『アイアン・デューク、爆沈‼︎』
アーク・ロイヤルの艦橋クルーが悲痛な声音で報告する。
だが、アイアン・デュークのクルーには、さらなる地獄が待ち構えていた。
生き残った艦のクルーは火の手から逃げるために海に飛び込む––––––が、スピット・エビラはそれを待っていたかのように、艦のクルーが相当数海に飛び込んだ瞬間、凄まじい力で艦のクルーを海水ごと口から、吸水する。
アイアン・デュークのクルーは必死で流れに逆らって逃げようと足掻くが、1人、また1人と、なす術なくスピット・エビラの口に海水と共に飲み込まれて行く––––––。
そしてスピット・エビラの口に飲み込まれた彼らは、硬い牙のような突起が全周囲にある口の肉壁に押し潰されてミンチにされて––––––そのまま、胃に放り込まれる。
––––––その工程で全員が死んでいたらどれだけマシだったか––––––
「あ”あ”ァア”‼︎熱い”!とけ、溶ける…!だ、助け…‼︎」
「溶けちまぅう”‼︎だ、誰かだずげで、誰”かァ”‼︎」
強酸性の胃液に生きながら溶かされて行く者もいたのだ––––––それも1人だけではない。
胃液の海に、10人以上のクルーが、ミンチにされたかつてのクルーの中で助けを求める断末魔が木霊した––––––。
だが無情にも、それに応えてくれる者はいなかった––––––。
■■■■■■
篠ノ之束のラボ
「うんうん、こんなものかな〜。」
束が画面に映る【ラビット級ステルス無人潜水艦ラビット6号】に汁の散布中止の指示を出す。
「ふふん、いっくんのラブラブハーレムとちーちゃんの絶対性を邪魔する輩は束さんがみんな潰しちゃうんだから‼︎」
フフン、鼻笑しながら言う。
「この日の為にレッチ島まで行ってレッチラクトンを取ってきた甲斐があったよー……それにしても、やっぱゴミ共の作る衛星はザルだねぇ〜アッサリとハッキング出来ちゃったよ〜。」
ニコニコと、無邪気に笑いながら言う。
「さって––––––次は東京湾の老朽艦共と、箒ちゃんがベッタリのこいつを殺して、いっくんと箒ちゃんをくっつけなきゃ––––––」
IS学園を包囲する日米臨時編成軍艦隊の衛星写真と、箒が千尋にくっ付いている写真を見ながら、狂人のような笑みを浮かべて、言う––––––が、瞬間。
警報が鳴り響く。
「⁉︎」
束は驚いて、キーボードを操作して、侵入者を捉えたカメラの映像をモニターに新規ウィンドウで開いて––––––絶句する。
そこに映っていたのは––––––全身が黒いケロイドに覆われていて、白骨化したようなで、それでいて炎のような形の背ビレを持ち、異形のように口に乱雑に牙が生え、何の感情も感じさせない乳白色の瞳をした、身長50メートルほどのバケモノ––––––【ゴジラ】が映っていた。
場所は座礁船偽装型原子力発電所––––––。
「な、まさか原発を狙って⁉︎そうはさせるもんですか!」
再びキーボードを忙しく叩く。
「ゴーレムぅぅぅぅ!全機ぃぃぃ、起動ぉぉぉぉぉ‼︎」
シフトキーを叩く。
瞬間、格納庫に待機させていた、第3世代機や銀の福音と互角、あるいはそれ以上の性能を持つ無人IS【ゴーレム】20機が起動––––––。
そして山肌に偽装させた発進用トンネルのハッチが開放され、ゴーレムが蟲の群れの如く、空に舞い上がり、ゴジラ目指して、突貫して行く。
「さぁ、あのバケモノを蹴散らしなさい‼︎」
束はマイク越しにゴーレムに命じ、ゴーレムのAIは束の命令を実行に移す。
そしてゴジラを見たせいとゴーレムに命令を下す時の束は興奮と焦りを孕んだ感情をしており、庭園の対人センサーが全て無力化されていることに、全く持って気付きすら、しなかった––––––。
■■■■■■
ベーリング海・欧州連合極東派遣軍艦隊
束による汁の散布終了後も、スピット・エビラの猛攻は止んでいなかった。
1時間ほど、持続性があるからだ。
イギリス海軍デューク級フリゲート艦【リッチモンド】がMk.8.4.5.単装砲から主砲をスピット・エビラに向け––––––穿つ。
しかし、スピット・エビラは甲殻の間から流れ出る粘質の体液が海水をジェル状に変質させて甲殻に絡めて水の鎧を形成する。
単装砲の砲弾が命令––––––しかし、水の鎧を僅かに抉っただけで、スピット・エビラに対して豆鉄砲でしかない––––––。
それにスピット・エビラは嘲笑うかのように笑うような鳴き声を上げ、お返しと言わんばかりに口の近くにある突起––––––そこから、先ほどアイアン・デュークのクルーを捕食する際に同時に飲み込んだ海水が収束され、凄まじい高水圧の海水をレーザーのように、穿つ。
瞬間、リッチモンドの艦橋を貫き––––––さらに、真下に切断するように超高水圧放射を放つ。
そして、超高水圧放射で切断された船体から浸水し、リッチモンドが転覆する。
リッチモンドの生き残ったクルーが脱出しようとするが、スピット・エビラがやはり、飲み込もうとする––––––が、クルーの脱出を支援するために僚艦であるフランス海軍カサール級駆逐艦【ジャン・バール】がスピット・エビラにMle.68CADAM100mm単装速射砲を穿ち、アーク・ロイヤルの僚艦であるイギリス海軍デアリング級ミサイル駆逐艦【ドラゴン】のシルヴァーA50 VLS48セルの内から6セルが開放され、そこから対艦ミサイルが、スピット・エビラのアウトレンジから、穿たれる。
そしてそれらがスピット・エビラに次々と命中する––––––が、やはり水の鎧の所為で効果は薄い––––––。
だがその間リッチモンドのクルーらは、救助艇に回収される。
さらに、アーク・ロイヤルの艦載ISであるサイレント・ゼフィルスの1個飛行小隊がレーザーライフル《スターライトMark.Ⅱ》をスピット・エビラに穿つ。
『支援します!撤退急いで‼︎』
「ありがてぇ!感謝する––––––‼︎」
サイレント・ゼフィルス一個飛行小隊の隊長が救助艇の艇長に外部スピーカーで言って、艇長もサイレント・ゼフィルス部隊に応じる。
そしてフルスロットルでスピット・エビラから離れ––––––サイレント・ゼフィルス各機も全救助艇のエスコートに回り––––––スピット・エビラのレンジ外に退避する––––––それに怒ったようにスピット・エビラは甲高い耳障りな咆哮を上げ、怒りの矛先をジャン・バールにぶつける––––––ジャン・バールは近接迎撃用のRAMを放ち、スピット・エビラの迎撃を開始する––––––が、スピット・エビラは全く気に構わず、右手の巨大な鋏を一旦引き––––––そして鋏を開いてジャン・バールの艦橋に殴りつけ––––––そのまま艦橋を、挟み斬る。
そして、スピット・エビラは自身に向けてミサイルが放たれた方向––––––に、いた空母アーク・ロイヤルに狙いを定めた––––––。
ーーーーーーーーーー
アーク・ロイヤル艦橋
『リッチモンドに続きジャン・バール轟沈‼︎』
『スピット・エビラ、本艦に急速接近‼︎』
やはり艦橋内部は焦燥に満ちていた。
「サイレント・ゼフィルスは––––––アイクラ小隊は⁉︎」
航海長が怒鳴るように聴く。
「スターライトMark.Ⅱをもって迎撃中‼︎しかし––––––火力不足です‼︎」
女性オペレーターが叫ぶ。
「くそっ‼︎」
(艦隊密集隊形では戦術機より小回りを効くISを出して、戦術機を格納庫に戻したのが裏目に出た––––––。)
思わず航海長は内心愚痴る。
チェルシーはその光景を見て、自らの死を悟る––––––が、しかし。
「––––––大丈夫です。この辺りは彼の縄張りですから––––––。」
ヴィヴィアンが言う。
するとアーク・ロイヤルの艦長––––––ホーンパイプを咥えた、いかにも船乗りという風貌の初老の男––––––がふと思い出したように言う。
「航海長、艦首の予備貯水槽はどれだけ水を貯めている?」
「は?ま、満杯ですが…?」
「よろしい。…全艦に通達。即時散開!出来るだけ本艦から離れさせろ!本艦はバウスラスター起動準備‼︎」
そう、命じる。
「ま、待って下さい‼︎バウスラスターはまだ試験段階で––––––それに、間に合いません‼︎」
機関長が抗議する。
バウスラスター––––––艦首の取り付けられた水流噴射推進(ポンプジェット)技術を使った急加速、緊急回避を行う為の装置で本来26ノットが限界のクイーン・エリザベス級を32ノットまで急加速させられる––––––だが実際に動かしたことはないため、どれだけの弊害が発生するか––––––それに、スピット・エビラはすぐそこまで来ていた。
準備中に取り付かれる––––––機関長の言い分は最もだった。
だが、艦長は紳士的な笑みを浮かべるとヴィヴィアンを見て––––––
「確か、ここは奴の縄張りでしたね?グレアム博士?」
「はい、艦隊は航路を修正してスピット・エビラの縄張りからすでに出ています。そして今は彼の縄張りに入ってます。…他所の縄張りでスピット・エビラが好き勝手やるようなら––––––…」
瞬間、ヴィヴィアンの言葉に呼応するように、ソナーに『ソレ』が引っかかる。
「方位10-04より大型の先行物体急速接近‼︎大きさは––––––全長300メートリ以上⁉︎…ドラゴンのすぐ横で––––––」
瞬間、ドラゴンの左舷の海面が凄まじい水飛沫––––––否、水柱を上げる。
そして水柱の頂点を突き破るようにして『ソレ』が姿を現す。
蒼い鱗に覆われ、紅色の髭のようなモノを生やした–––––––深海魚のリュウグウノツカイに似た特徴を持つが、しかしその姿は日本や中国に古来より伝わる伝説上の怪物である龍そのもので––––––。
そしてそれと同時にスピット・エビラがアーク・ロイヤルの左舷に押しかけ、左手の小さな爪で艦首を殴る。
その所為でアーク・ロイヤルの船体が右に傾く––––––
そしてその上を、蒼鱗の海龍––––––【マンダ】が飛び越える––––––全長300メートル以上もの巨大が、100メートル近く空に舞い上がる––––––。
マンダにとっては数秒のこと。
だがアーク・ロイヤルのクルーからしたら、永遠に感じられるような一瞬で––––––。
マンダはその、一瞬の中で体を濡らしていた膨大な量の海水をアーク・ロイヤルの甲板に滴らせながら––––––自分が飛び上がった方とは正反対の場所にいた、自分の縄張りで好き勝手に暴れたスピット・エビラに––––––鋭く太い牙で水の鎧を––––––甲殻を––––––貫き、肉に食らいついた。
次の瞬間、再びアーク・ロイヤル左舷で凄まじい水飛沫が上がる。
マンダがスピット・エビラごと海中に飛び込んだから。
それと同時に、
「バウスラスター起動!速やかに離脱‼︎」
艦長が命じる。
「了解‼︎」
機関長が怒鳴るように応答し––––––艦首バウスラスターを起動––––––直後、艦尾のスクリュー推進に加え、艦首バウスラスターのポンプ推進ジェットから大量の海水が噴射され––––––急加速。
アーク・ロイヤルはマンダとスピット・エビラがドンパチを繰り広げ、赤く紅く染まっていく海域から、離脱した––––––。
数日後––––––欧州連合極東派遣軍が日本に到着後して2日後、アラスカに体の彼方此方を噛み砕かれた甲殻の残骸を纏って、肉塊と化したエビラの頭部が漂着した。
だが、エビラの体の残りとマンダは発見されなかったらしい––––––。
今回はここまでです。
作戦会議…やっと書きたかった1つが書けました!
ちなみにこの世界では、巨大生物に対処するために対空能力に特化しているイージス艦では火力不足であるため、【大和型戦艦】や【紀伊型戦艦】、【アイオワ級戦艦】に【モンタナ級戦艦】が再度就役しています。
…まぁ、付け足すなら第2次世界大戦で【大和型戦艦】が沈んでおらず、警察予備隊、保安隊を経て海上自衛隊でも1989年まで運用されていて、【モンタナ級戦艦】は建造が中止されておらず、【紀伊型戦艦】は戦後アメリカの指示で日本に共産主義や東側勢力が浸透しないために東側への抑止力として建造された––––––という世界線ですね。
ややこしい世界線にしてすみません。
正直に言うと、 ” ゴジラvs戦艦 ” の戦いを書きたいが為だけにこんな設定にしました。すみません。
そしてEP-04以来にチェルシー再登場です!あとEP-07以来に桑継誠特将登場…。
あとサイレント・ゼフィルスをアーク・ロイヤルの艦載ISにしてみました。
原作だと亡国にパクられてるけど、データはある筈だから量産可能だろうと踏んで艦載ISにしました。
そしてそして!Ⅳ号恐竜戦車F型さんのスピット・エビラ登場です‼︎
あと今回はさりげなく挿絵を試験的に入れてみました。(どうかなぁ…)
…スピット・エビラの残りとマンダはどうなったんでしょうねぇ…?
次回も不定期ですが、よろしくお願い致します。
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《今回の被害》
・ポーランド海軍コルベット艦1隻
・イギリス海軍フリゲート艦2隻
・フランス海軍駆逐艦1隻