インフィニット・ストラトスadvanced【Godzilla】新編集版   作:天津毬

26 / 65
今回は鈴と一夏のシャル問答と統合機兵の訓練になります。
今回は長いです。

…タッグトーナメント……早く書かないと…。





EP-23 修練・障害物戦訓練

IS学園・校舎内

 

「最っ底‼︎犬に食われて…死んでしまえッ‼︎」

「あが〜〜〜‼︎」

八広駐屯地から帰って来て、山田先生から召集がかかっていた千尋と箒が校舎内で見たものは目頭から大粒の涙をボロボロと流しながら怨嗟と呪いに満ちたような声音を放ちながらアッパーカット…いや、顎部にアッパーで拳を打ち付けると同時にグインと180度反転させてストレートの拳で殴り上げる、アッパーストレート…とでも呼ぶべき技を喰らわせて、間抜けな声を上げる織斑を殴り飛ばす鈴だった。

織斑は鈴に殴り飛ばされると、壁に頭を打ち付けて体をビクビクと痙攣させて気絶する。

 

((……お見事。))

 

ふと、鈴による一夏への仕打ちの一部始終を見た千尋と箒は2人揃って、内心そう思う。

 

一夏を殴り飛ばすと、鈴はフンッと鼻を鳴らすと廊下を進もうとして––––––千尋と箒と、目が合う。

瞬間、何処か怨嗟を込めた瞳で睨みつける––––––が、すぐに足早に立ち去って行った。

 

「……なんかしたか?俺たち。」

 

「さぁ……少なくともした覚えなんて無いんだが…。」

 

千尋と箒は互いに困惑した声音で言葉を交わす。

そしてふと、床で未だに無様に気絶したままの一夏に視線を落とす。

 

「…まぁ、十中八九間違いなく原因はあいつだろうなぁ…」

 

「だろうな…」

 

2人共、また一夏の鈍感が鈴を怒らせたのだろう––––––と思い、再び山田先生の召集先である第4アリーナへと向かおうと足を進めて、中庭を歩いていた。

 

「つーか、織斑の鈍感って何喰ったらああなんだろ?」

 

千尋の陽気で無邪気な声音によるその一言で、思わず箒は笑ってしまう。

 

「何って…食べ物で鈍感になるわけないだろう……」

 

呆れるように––––––でも楽しそうに箒は笑った。

 

「だよな〜…」

 

千尋も ” バカみたいに明るい ” 雰囲気を纏い、笑いながら返す。

傍目からすればバカみたいに明るくて無邪気なやんちゃ小坊主と真面目そうな少女が明るく会話を交わしているようにしか見えない。

 

 

––––––だが、その明るい雰囲気の中で。

 

(…こんな対応で箒のシミの進行がマシになるか分からない––––––でも、少しでも…バカみたいに明るく振舞って箒に負担を掛けさせないようにしねぇと…頭の悪い俺には、それしか思い付くことが無かったから––––––だからせめて、俺に出来ることは、やり遂げねぇと…。)

 

バカみたいに明るく無邪気に振る舞う表面とは裏腹に、内心に深刻な感情を孕んでいたのは、最近拡大傾向にある箒のシミを気にかけて、箒に心配事や負担を掛けぬよう神経をすり減らしている千尋だった––––––。

––––––おかしい。どうしてこうも、箒に対してはこんなにも必死になるのだろうか。

 

 

 

 

 

––––––瞬間。

 

「ッ‼︎箒ッ‼︎」

 

「え⁈きゃあ‼︎」

 

何かを察した千尋が箒を背中からその場に押し倒す。

そして千尋は左腕で箒の頭を守るように突き出した––––––瞬間。

 

グシャッ‼︎

 

突き出した左手の甲に何かが飛んで来て、拳の骨を滅茶苦茶に砕いた。

––––––骨が皮膚を突き破り、そこや何かが飛び込んで来た傷口から赤い紅い、色鮮やかな血がボタボタと流れ落ちる。

感触からして銃弾––––––しかも、狙撃銃のモノだ。

仕込んでいた手甲がある程度銃弾の威力を抑えたから良いものの、それが無ければ手を貫通して頭を撃ち抜かれていた。

 

「ッ……‼︎くそ、帰って来て早々にこれかよ…‼︎」

 

千尋は思わず毒付く。

 

「ち、千尋‼︎」

 

思わず箒は起き上がって千尋の手を診ようとする––––––が、千尋は膝で箒の腰を抑え付ける。

視界には草むらしか見えない。

 

「頭を上げンな。まだ狙われてる。」

 

千尋は視線の先––––––距離およそ380メートル先の校舎屋上から未だにこちらに照準を定めたままのスナイパー––––––を見据えながら箒に警告する。

その一言で箒は千尋が草むらに隠してくれたのだと理解する。

だが、千尋は草むらに隠れていない。

––––––狙い撃たれてしまう。

 

「でっ、でも千尋も隠れないと––––––…」

 

––––––頭を狙い撃たれたら…かつての自分ならケロリとしているだろう。

しかし今の千尋(不純物)では––––––人の身体では、即死になってしまう。

––––––けれど、

 

「大丈夫。」

 

––––––ただ、箒を安心させようと必死に取り繕い、口にする。

 

「けどっ!」

 

「大丈夫‼︎」

 

 

 

 

 

■■■■■■

 

 

 

千尋の視線の先にある校舎––––––その、屋上。

 

「くそっ!仕込み防具だなんて小細工してッ‼︎」

狙撃銃を担ぐ女が舌打ちをしながら悪態を吐く。

そして撃鉄を起こして再度引き金を引こうとした瞬間––––––。

Prrr‼︎Prrr‼︎

「⁉︎」

女の携帯電話が鳴った。

だから思わず狙撃銃から身を離して、対象が離れないように左手に双眼鏡を持って対象––––––篠ノ之千尋を見ながら右手に携帯電話を持って、電話に出る。

「はい、もしもし?」

苛々した声音で応える。

これから醜い男の頭を花火にしてやろうとしていた所なのに、空気の読めない奴だ。

これでもライフルの大会では3年連続で優勝しているからライフルに自信はあるし、拳銃でも100発100中の右腕を持っている凄腕だった。

『––––––あ–…ょ––』

「もしもし?聞こえてる?」

電波が悪いのだろうか、ノイズだらけで聞き取れない。

『–…け––––や、ぎ–––ぁぁ–––…』

「もしもしッ⁉︎」

目の前の獲物を前にして、中々撃たせてくれない事に怒りがピークに達し、女は怒鳴った––––––。

 

ヒュン、ザシュッッ‼︎

 

瞬間、空気を切り裂く音が響き、それに続いて肉を切り裂く音が響いた–––––––瞬間、女から右腕の感覚が無くなる。

 

「––––––え?」

 

自分の右腕を見る。

––––––そこには、右腕であった部位の千切れた断面から赤い紅い血を吹き出すかつて腕だったモノ––––––。

 

「ひっ、いやぁぁぁぁぁぁッ‼︎」

 

女は思わず悲鳴を上げる。

目の前に居たのは、赤い紅い血を滴らせる黒塗りのナイフを手にしたボブヘアーの少女が女を見下すようにして立っていた––––––だが、女は目の前の少女になど気にも止めなかった。

 

「あたしの右手––––––ない‼︎あたしの右手––––––アレがないと、銃を撃てない!アレがないと…男共を殺す楽しみが味わえない––––––」

 

切断された右腕の断面から血が溢れ出し、血の池を作っているにもかかわらず女はそれに眼もくれず、必死で錯乱しながら右手を探す。

 

「右手!右手!右手!右手!右手!右手!右手‼︎右手ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ‼︎」

 

ヒステリックな声で叫び––––––ふと、自分の流れ出た血の池に沈む、携帯電話を握ったままの右手を見つける。

 

「手………あたしの…………手……。」

 

それに安堵して、至極嬉しそうな顔を浮かべて、左手を伸ばす––––––直後、首に鈍い一撃を喰らい、女は意識を失う。

 

その一撃は先程女の右腕を斬り落とした少女––––––特務自衛隊佐官補佐の【久宇舞弥】二曹の放ったモノだった。

舞弥は胸ポケットから携帯電話を取り出し、ある人物に秘匿回線で電話をかける。

4回ほどコールして、相手は出た。

 

『はいもしもし、更識楯無です。』

 

相手は情報庁の母体となった組織である暗部の長––––––更識家当主であり、学園生徒会長である更識楯無。

 

「久宇です。今はよろしいでしょうか?」

 

『別に問題はないわ。今シャルル…おっと、シャルロットだったわね。彼女の亡命手続きが終わったトコだから平気よ。』

 

「そうですか…。––––––学園内にて侵入者を発見。諸事情により右手は切除。捕縛しました。」

 

『また?…今日だけで3回目じゃない…。第2学園守備隊が解散して、特自の警備が縮小された途端にコレって……学園生徒会長に臨時学園理事長が抜けてるから、まぁ警備がザルになるから仕方ないといえば仕方ないけど……。』

 

「––––––やはり学園内に内通者がいるものかと…」

 

『でしょうね…––––––できるだけ早く帰るようにするわ。…御苦労様。』

 

「はっ」

 

そう応じると舞弥は携帯電話の通信を切り、捕縛した女を引きずるようにして校舎屋上から立ち去った。

 

 

 

 

 

■■■■■■

 

 

視線の先––––––舞弥がスナイパーを始末した光景が千尋の視界に映った。

––––––屋上のスナイパーの気配が、消えた。

––––––再び訪れる静寂。

辺りに響くのは虫たちの鳴き声と、遠く校舎内から僅かに漏れて来る生徒たちの声。

そして箒の緊張によって荒くなった息。

 

「ち…千尋?」

 

震える声音で箒が声をかけてくる。

 

「…ん、もう平気だ。」

 

陽気で無邪気な声音で二重の意味––––––もう狙撃される恐れはないという意味と、手にめり込んだ銃弾は自分の指で引き抜いて、ジワジワとだが治癒が始まったという意味を孕んだ言葉を言い放った。

 

「千尋ッ‼︎」

 

「うわっ⁉︎」

 

瞬間、箒が急に立ち上がり、逆に千尋を押し倒すような姿勢になってしまう。

だが箒は気にする事なく千尋の左手に手を伸ばして、傷口を見る。

傷口はもう塞がりかけている––––––。

それで箒は安堵する。

––––––そして押し倒したままの姿勢で千尋にもたれかかる。

 

「ほ、箒⁈」

 

思わず千尋は困惑し、頬を紅く染める。

 

「……ばかぁ…」

 

ふと、箒は泣き出してしまう。

そして千尋の胸を力の篭っていない拳で、ポカポカと殴る。

 

「痛い痛い。」

 

「ばかぁ…ホントに、ばかぁ……」

 

やはり箒は泣き続けている。

 

「狙撃が止まなかったら、お前死んでたんだぞ…なんで、私を置いて逃げなかったんだ……お前が、死んじゃったら私……ぐすっ…ほんとに、ばかぁ……。」

 

また自分の所為で誰かが死ぬということへの恐怖。

親しくなった家族がまた不意に居なくなってしまうということへの恐怖。

ロリシカで味わった、家族以上に親しみを抱くモノにもう逢えなくなってしまうかも知れないということへの恐怖。

それらによる感情から箒は泣き出してしまったのだ。

 

「…ごめん。」

 

千尋は酷く申し訳なさそうな顔をして、箒に謝る。

確かに箒の言う通りだった。

あそこで狙撃が止んでいなければ自分は死んでいたかも知れない。

そしたら箒は?

自分の大事な、家族以上に親しみを持つ存在を置いて1人で死んでいたかも知れない。

それは周りの人間が自分のすぐ近くで死んでしまった墨田大火災やロリシカ・ベルホヤンスク統合基地第2前哨基地で味わったトラウマを思い起こしてしまう上にまた箒を1人にしてしまうのだ。

––––––本当に酷く、申し訳ない。

 

「…ほんとに、ほんとに、だぞ…ぐすっ…」

 

箒は泣きながら、右手の小指を千尋の前に突き出す。

それにまた千尋は困惑してしまう。

 

「……指切り。……絶対、絶対に私を1人にしないって…約束してくれ。」

 

まだ目頭に涙を浮かべたまま、鼻をズズッと鳴らしながら言う。

それに千尋も微笑んで、言った。

 

「ああ。約束する。」

 

右手の小指を差し出して、2人は小指を絡ませて––––––

 

「「ゆーびきーりげーんまーん♪うーそつーいたら♪」」

 

2人で声を合わせて、小指を絡ませた手を振って––––––

 

「千尋の股間を蹴ーり上げる♪「え、いやちょ、それは」ゆーびきった♪」

 

––––––最後は、箒に一方的にされてしまう。

股間を蹴り上げられるなんて、男からしたら堪ったものじゃない。

股間を打撲するなんて事は一度体験したが……アレは酷く痛い。

かつて新宿で戦った、自分の血を吸ってバケモノに堕ちたモノ––––––光はミレニアンと呼んでいた––––––による念力や波導なんかよりも痛い。

こう、じわぁ…と、鈍痛が全身に波及して行くのだ。

千尋的には…いや、男からしたら弁慶の泣き所や足の小指を打撲するよりも遥かに痛い。

 

だが。

 

「うん、約束したからな…うん。分かったよ。」

 

約束を、破った時は酷く痛い目を見るだろうが、要は約束を破らなければ良いのだ。

––––––だから、契りを千尋は受け入れた。

そして箒は嬉しそうに笑った。

さっきの恐怖を拭い去れたような––––––そんな笑顔。

そんな中、千尋はふと、ある事に気付いた。

 

「––––––なあ、箒」

 

「ん?なんだ?」

 

「…そろそろ降りてくんね?その…この体勢は……」

 

顔を紅くしながら、濁して言う。

––––––ちなみに2人の今の体勢は、騎乗位だった。

 

「––––––⁉︎う、ああッ!す、すまない‼︎」

 

箒も自分の状況を察し、顔を墨田区の東京ソラマチ前屋台街で光にカップル、と言われた時以上に紅くして千尋から飛びのいて羞恥心に塗れた顔を浮かべる。

 

「––––––あ…」

 

だが、もうひとつ大事なことを思い出す。

––––––それは。

 

「山田先生の、召集…」

 

ふと、千尋が呟き、中庭に立っている時計に目を向ける。

時刻は20時37分。

召集時刻は20時40分。

 

「「まずい––––––ッ‼︎」」

 

2人は叫ぶと、全速力で第4アリーナに向かって行った。

 

 

 

 

 

■■■■■■

 

生徒寮・1035室

 

鈴は自室のベッドに蹲る形でそこにいた。

ふと、先程あった出来事を思い出す。

 

 

 

 

 

鉛のように重たい体を引きずって帰って来たのだ。

そして、一夏に会った。

一夏の顔を見たことで鈴は救われた気がした––––––。

––––––だが。

 

「あ、鈴!シャルなんだけど、何で退学になったか知らねぇか⁉︎」

 

疲労を溜め込んでいた鈴の顔を見るなり口にしたのは、心配することではなく、先日HRで山田先生から退学になった事を知らされたシャルル・デュノアが何故退学したか知っているか否か。

しかもまるで鈴の疲労に満ちた顔など眼中にさえないような顔で言った。

 

(慰めてくれたっていいじゃない…あたし、今日も男のを咥えさせられたのよ?なのに––––––‼︎)

 

声にならない叫び。

いや決して声には出来ない。

何処にいるかも分からない中国共産党隷下特別武装隊第81班が懐柔して学園に放った情報提供者に聞かれたら彼らに密告されるから。

密告されたらどうなるかは容易に想像できる。

危険思想の持ち主、党への反逆者、国家の敵––––––それらに仕立て上げられ、処刑されてあの世送りだ。

それに情報提供者が聞いていなかったとしても一夏に今のありのままの自分を話したら軽蔑されるかも知れない。

だから鈴は何も言えない。

誰にも話せない。

ただただ鬱憤が溜まっていく––––––。

だが、もう限界で––––––目頭から涙をボロボロと流してしまう。

 

「な、なんで泣いてんだよ⁉︎泣いてばっかじゃ分からないだろ⁈なんか知ってるなら言ってくれよ⁉︎」

 

やはり、鈴は眼中に無かった。

今はシャルにしか一夏の頭の中にしかない。

鈴が泣いてるのに、シャルについて聞き出そうとしている

 

「なんで千冬さんやシャルばっかりなの⁉︎多少はあたしの事を心配してくれたって良いじゃない‼︎」

 

「なんか辛い事が有ったんだろうけど、お前の場合、些細な事だろ⁈シャルの方がお前なんかよりもっと難しい事を抱えて––––––」

 

瞬間、鈴の中で一夏に対して殺意が湧き上がる。

 

「––––––些細な事、ですって…?」

 

震える声音で鈴は聴く。

 

「些細な事…?ふざけんじゃないわよ‼︎」

 

思わず鈴は一夏の胸倉を掴む。

 

「あんた、あたしの何を知ってんの⁈何も知らないでしょ⁉︎何も知らない上に知ろうともしないクセに、勝手に【些細な事】とか決めつけないでよ‼︎」

 

「何言ってんだよ⁉︎些細なことだろ⁉︎シャルは会社に利用されてスパイに仕立て上げられたんだよ‼︎そっちの方がお前なんかよりもっと大きな事だろ‼︎」

 

それで鈴はシャルが自分と同じ––––––いや、近しい存在なのだと知る。

だがそれ以上に、鈴が死に物狂いで生きてきた中で味わって来た凄惨で陰鬱な陵辱や穢れの数々を知らないでいながら、そして鈴のそれを知ろうともせずに一夏はそれを【些細な事】と一蹴した。

そして、『お前なんかより』大きな事。

そう言った。

––––––瞬間、鈴の中で湧き上がった殺意は何倍にも増幅して––––––

 

「最っ低‼︎犬に喰われて…死んでしまえッ‼︎」

 

冗談など微塵も含まれていない、怨嗟と呪いに満ち満ちた罵声と共に、一夏を殴り飛ばした。

 

「あが〜〜〜‼︎」

 

一夏は間抜けな声を上げながら殴り飛ばされて、壁にぶつかり気絶する––––––。

多少鬱憤を晴らせた鈴は早く自室に帰ろうと振り返ると––––––そこには同じく帰って来たばかりの千尋と箒がいた。

––––––2人には、見るからに親しみに満ちたモノが見て取れた。

思わず、鈴は嫉妬に満ちた瞳で睨みつけてしまった。

 

(あたしが不幸な目に、一夏に見てもらえないでいるのに、何で––––––?何であんた達は仲良くイチャイチャ出来てるの––––––?あたしだって一夏とあんた達みたいな関係になりたいのに何であんた達ばっか幸せになれて、何であたしばっかり–––––––ッ‼︎)

 

内心叫ぶと、2人の横を走って行って、逃げるように自室に飛び込んだ。

 

 

 

 

 

■■■■■■

 

IS学園・第4アリーナ

 

「「はぁっ…はぁっ…は…」」

 

第4アリーナ、格納庫の中を千尋と箒は共に息を荒くして駆け抜けて行っていた。

格納庫には喧騒に満ちており、山本三尉率いる特務自衛隊整備科隊員を中心とした整備兵たちの怒号と多種多彩な機械音が2人の鼓膜を叩く。

 

「「遅れました!すみません‼︎」」

 

アリーナの待ち合い室のドアを開きながら、2人は叫ぶ。

視界にセシリア、簪ら召集を受けた生徒と召集をかけた当の本人である山田先生が飛び込んで来る。

 

「2人共遅いです!…何をしていたんですか?」

 

「「申し訳ありません‼︎」」

 

山田先生が少し怒り気味で言う。

遅れて来た2人は、すかさず謝る。

予定時刻に合わせて準備していた各種スタッフに迷惑を掛けてしまったのだから、叱責されて当然––––––と言える。

途中、狙撃という思わぬ妨害があったが結果オーライ…という状況であった為無問題だろう。

 

「––––––遅れて来た2人のために再度説明します。」

 

予定通りの時刻に来ていたセシリアと簪を見回すように山田先生が告げる。

 

「今回、特務自衛隊が臨時で接収しているこの第4アリーナで行うのは特務自衛隊の21式試製統合機兵【打鉄甲一式】2機とイギリス陸軍の統合機兵【ユリウスMk.1A】、倉持技研の21式試製統合機兵【颱(あかしま)-改二】の2部隊による、タッグトーナメント直前の模擬戦闘訓練になります。」

 

千尋と箒、そしてセシリアと簪は言葉なく頷く。

このタイミングで統合機兵のテストパイロットになった4人が集められる理由はそれくらいしか思い付かない。

試作兵器、しかもシミュレーター演習でしか動かしたことのない機体でタッグトーナメントにぶっつけ本番で挑め––––––など、無茶にも程がある。

それにシミュレーターと実機とでは僅かに違う。

説明し難いが、感覚的に違う––––––とシミュレーターで動かした後に実機を操縦するパイロットはよくいる。

だから実機を用いた演習を行うのだ。

 

「––––––ただし、ISの訓練とは違い、各統合機兵の所有先––––––特務自衛隊、イギリス陸軍、倉持技研からの要望と諸事情により訓練では実弾の代わりにペイント弾もしくは模擬弾、長刀の代わりに硬化プラスティックを用いた模擬長刀、レーザーの代わりに観測用レーザー照射機を代用して下さい。」

 

山田先生の言葉にセシリアと簪は驚く。

だが、千尋と箒は驚かなかった。

––––––訓練で模擬装備を使うのは戦術機じゃいつもの事だったから。

 

「な、何故ですか⁉︎」

 

セシリアが問う。

 

「理由は幾つかあります。まず第一に機体の破損を危惧して––––––今日からタッグトーナメントまで1週間しかありません。そんな中で機体が破損し、タッグトーナメントに出られなくなった––––––という事態を避ける為です。」

 

山田先生が言う。

 

「次に調達できた弾薬の数。タッグトーナメント直前に開発が完了し、調達あるいは生産できた弾薬はタッグトーナメントで勝ち残っていける分だけ––––––予算などの諸事情と生産に間に合った弾薬を無闇に訓練で消費すればタッグトーナメントの試合で使う分がなくなる––––––だから訓練ではすみませんが、模擬弾などを使うことになります。」

 

(––––––既存の弾薬の調達が間に合わなかったのは、【女性利権団体】の妨害が入ったからなんですけどね…。)

 

山田先生は複雑そうな顔をして、内心呟いた。

 

「以上の理由から、訓練では模擬装備を使ってもらいます。––––––よろしいですか?」

 

微笑みながら山田先生が聴く。

 

「はっ異存ありません。」

「了解しました。」

 

千尋と箒がキッパリとしている、如何にも軍人然とした声音で応える。

 

「あ、り、了解しましたわ‼︎」

 

「り、了解…」

 

セシリアと簪は2人の応答に一瞬戸惑ったが、了解した––––––。

 

 

 

 

■■■■■■

 

第4アリーナ・戦闘フィールド

 

普段なら––––––否、他のアリーナならば単なる更地でしかない闘技場めいたフィールドであるそこは、明らかに違う様相となっていた。

––––––何故なら。

 

「…なんで障害物が置かれたままなんだよ…」

 

千尋が愚痴ったように、強化装甲殻の訓練で使用した障害物がある程度を除いて残されたままだったのだ。

更地のフィールドに設置されているのはコンクリートの壁にコンクリートの柱、そして即席の塹壕––––––。

タッグトーナメントの試合で使われる第2アリーナとは似ても似つかない––––––というか、有り得ない構造だった。

 

『––––––明日のHRで伝える予定でしたが、タッグトーナメントは障害物を配置しそれを用いた戦闘にもなります。…ですから第4アリーナの障害物は気にしないで下さいね。』

 

山田先生から全員に伝えられる。

だがそれは、全員が全員、初耳だった。

特自からでさえ、そんな連絡は受けていない。

––––––おそらく今日か昨日に決まったんだろう。

だがタッグトーナメント時のアリーナの高度制限が強化された事は知っていた。

 

––––––障害物の配置。

––––––飛行高度制限強化。

 

「––––––これ…対バルゴン戦を想定してないか…?」

 

開始地点で待機している打鉄甲一式のフルスキンの頭部装甲の下で千尋は呟やく。

バルゴン戦では否が応でも対地高度20メートル未満から対地高度3メートル以上もの低空飛行を迫られる。

戦術機で低空飛行は技術が必要だがISや統合機兵ではそうでもない–––––––つまり、今回の試合で低空飛行に慣れたパイロットを生み出し、その人材を徹底して育成、対巨大生物戦に投入––––––される可能性があるから鍛える、と。

そういう事なのだろう––––––と、あくまで個人の予想だが千尋はそう思った。

 

『その可能性はあるだろうな…北海道などは樺太と宗谷海峡を挟んでバルゴンの脅威にさらされている……。今回のタッグトーナメントは、今後起き得るであろう巨大生物との戦闘––––––を想定しているんだろうな…。』

 

箒が通信ウィンドウ越しに千尋に言う。

 

『総員、配置について下さい。これより模擬戦闘訓練を開始します––––––。』

 

管制室の外付けスピーカーから響く、山田先生の声––––––。

 

 

『––––––はじめ‼︎』

 

 

瞬間【打鉄甲一式】2機と【ユリウスMk.1A】、【颱-改二】が動き出した。

 

『状況開始––––––』

 

通信ウィンドウ越しに響く箒の号令。

 

「了解!」

 

千尋もそれに応じる。

そしてアリーナのフィールドを写した広域マップに青の光点(グリップ)––––––千尋と箒の打鉄甲一式と赤の光点(グリップ)––––––セシリアのユリウスMk.1Aと簪の颱-改二と、障害物となる物体と塹壕などような陥没した地形が映される。

 

 

『千尋、作戦通りに行くぞ。』

 

「りょーかい。」

 

個人通信を終えると、2人はNOE(匍匐飛行)でセシリアと簪目掛け、出来る限りコンクリートの壁などの遮蔽物に身を隠しながら突貫を開始した。

瞬間、セシリアがレーザー兵器––––––の模擬装備である観測用レーザー照射機だが––––––【スターライトMk.ⅲ】とBT兵器【ストライク・エアMk.Ⅰ】を展開し、穿つ––––––。

BT兵器【ティアーズ】の発展型にして戦術機用の兵装。

本来の戦術機なら6基搭載されているのだが統合機兵であれば容量や供給できるエネルギーの都合上、2基が限界––––––とはいえ、脅威に変わりはない。

なにせ、あらぬ方向からレーザーを照射してくるのだから。

 

(––––––レーザー警報システムが付いているから、事前に勘づけるけど…きっついなぁ…。)

 

千尋は内心思い、苦笑いを浮かべる。

 

攻撃用レーザーと違い、大気をプラズマ化させる程のエネルギーを持たないが故に不可視である観測用レーザーは認知し辛い。

そのハンデとして戦術機にも搭載されているレーザー警報システムを装備してくれているから有難いが、このままではジリ貧だった。

––––––さらに厄介なのが簪の颱-改二のマルチロックオンシステムだ。

今回は硬化プラスティックの模擬弾頭だが、その数は最大64発––––––それはシャレにならない数だった。

幸いそちらはまだ喰らっていないし、何より64発一斉発射などというマネを行えば、ミサイル発射基自体が発射時の反動で破損する––––––。

 

––––––瞬間。

 

『レーザー照射警報』

 

網膜にそう投影すると同時に、ヘッドセットにけたたましい警報がなる。

 

(そら、言わんこっちゃない––––––‼︎)

 

千尋は内心毒づきながらもすぐさま照射源の方角に90式戦車の複合装甲を流用した追加装甲シールドを向けて、レーザー照射を防ぐ––––––。

それで、レーザーは防げたがシールドは小破判定を受けてしまう。

すぐに千尋はシールドを手放すと、足元に転がっていた巨大なコンクリートの壁––––––の一部の端を勢いよく踏んづけてコンクリートを立たせて遮蔽物にして、それに身を隠しながら空自のF-15Jから頂戴して来た【20mmM60A1機関砲】の銃身をビット目掛けて––––––引き金を、引く。

瞬間、火薬が炸裂し、銃口からマズルフラッシュの閃光とガンパウダー、そしてけたたましい銃声と共にペイント弾が空気を切り裂き、ビット目掛けて、穿たれる––––––。

 

––––––だがしかし、それをビットは躱してしまう。

ペイント弾はビットの後方––––––観客席のシールドバリアに虚しく弾着する。

 

「ちっ!」

 

思わず千尋は舌打ちをする。

競技用ISとは違い、火器管制システム(FCS)を実装しているため、いくらか射撃補助を果たしてくれる––––––だが、やはり装着者の射撃能力も影響してしまう為、千尋に至っては強化装甲殻やISよりはマシとはいえ、やはり射撃精度が低くなってしまうのが難点だった。

だが目標をすぐに切り替え、上空で滞空しているセシリアに穿ち––––––命中。

 

––––––瞬間、ヘッドセットから鳴り響く甲高い警報音。

 

『警報:ミサイルワーニング』

 

網膜にそう投影されると同時に広域マップの新規ウィンドが展開。

ミサイルロックオンされたのは––––––自分と、データリンクしている箒。

そして照射源は簪の颱-改二。

––––––瞬間、マルチロックオンミサイル【山嵐】が4発穿たれる––––––と同時に。

 

「フレア発射‼︎」

 

千尋がそう叫び、腰部のサイドスカート部分に仕掛けられた高熱によって熱探知ミサイルの攻撃目標を逸らすIRフレアと、重金属弾のダウングレード版であるチャフを射出––––––。

それで簡易な熱探知システムしか積んでいない模擬弾はフレアを目標だと誤認––––––千尋と箒から大きく外れてしまう––––––。

だが次の瞬間。

 

『レーザー照射警報』

 

また網膜に投影される。

今度はコンクリートの壁を遮蔽物にしている千尋の後方––––––。

 

「––––––くそ」

 

千尋は落ち着きながらもそう毒突き––––––すかさず、背部兵装担架を起動––––––。

展開された背部兵装担架にマウントされている【ブーニングM2重機関銃】が火を吹き、ペイント弾をオートで穿つ––––––。

それでやっと1基、ビットを撃墜する。

 

「––––––よし」

 

千尋は呟く。

だが同時にまた放たれる山嵐––––––。

数は2発。

瞬間、箒の打鉄甲一式が山嵐の前に出る。

そして拡張領域から量子化していた近接戦闘ブレードを2本展開し、抜刀––––––。

同時に腰部跳躍ユニットを吹かし––––––機体を急旋回させる勢いを利用し––––––。

一ノ太刀で先頭の弾頭を右から左に逆袈裟で斬り裂き、返す刀で二ノ太刀を放ち後方から迫り来た弾頭の左下から右上に山嵐の弾頭を斬り刻む––––––。

そして、弾頭は爆発するかわりに中に入っていたペイントをぶち撒け––––––それが箒の打鉄甲一式にかかる。

 

『超電導装甲体残量・92%』

 

千尋のデータリンク先の、箒の打鉄甲一式のアイコンにそう表示される。

超電導装甲体––––––統合機兵に搭載、および戦術機に搭載予定である、ISの絶対防御の代用品。

諸事情でISコアではなくISコアが生み出すエネルギーに類似したモノを使っている統合機兵は絶対防御はあるものの、安定性に欠けるために安定化を図り、尚且つ強度向上を狙った防御システムとなっていた。

 

『千尋!後退しつつ牽制射撃‼︎』

 

「了解‼︎」

 

背部兵装担架のM2重機関銃を展開してバックブーストで後退しつつ簪に向けて射撃する箒の命令に千尋が応え、千尋も拡張領域から85mm6連装リボルバー型迫撃砲を展開。

銃口の仰角を高く設定する。

––––––遮蔽物に身を隠しながら、曲線射撃による面制圧砲撃を4斉射、穿つ––––––。

そして、2人は一旦塹壕に架かる仮設橋の下に後退––––––同時に、遠くで響く爆発音。

 

「––––––千尋、どう思う?」

 

そして息を整えながら箒が問う。

 

「どうって?戦況?2人の戦い方?」

 

「2人の戦い方だ。」

 

「––––––あいつらは今の所遮蔽物越しに撃って来てるよな…敵を倒すなら遠くで––––––まぁ、当たり前の戦い方だよな。」

 

「ああ。だが、変だと思わんか?2人共案外高い高度で戦っている。」

 

言われてみればそうだ––––––と千尋は思う。

2人共、自分達と遮蔽物に撃っているが高度は高めの場所にいるため、銃撃は当てやすかった印象がある。

ビットによる強襲を除けばお世辞にも遮蔽物をあまりうまく使えているようには思えなかった。

つまり––––––。

 

「遮蔽物を用いた戦闘に慣れてない?」

 

千尋が聴く。

 

「多分、な。」

 

––––––ならば。

 

「……いいこと思いついた。」

 

千尋はニヤリと笑う。

箒も意図を察してニヤリと笑う。

広域マップには千尋と箒に接近中のセシリアと簪を示すグリップ(光点)––––––。

恐らく、一網打尽にするつもりなんだろう。

だが今度は、警戒してか高度を下げて来ている。

ならば、余計好都合––––––。

 

『––––––やるぞ!』

 

箒の裂帛の号令––––––。

同時に2人は互いに反対を向いて、仮設橋から飛び出す。

––––––瞬間。

 

「対レーザースモーク‼︎」

 

千尋が言うと、肩部装甲ブロックに取り付けられていた発射基からロケットアシスト付きの擲弾が放たれ––––––空中で炸裂。

同時に、弾頭内に詰められていた高濃度の重金属粉塵が展開––––––重金属雲を形成する。

重金属弾より重金属粉塵の展開時間は短く、わずか45秒が限界––––––。

 

だが、それで充分だった。

広域データリンクが途絶し、相手の位置が分からなくなる。

現在地をロストする。

さらに遮蔽物に囲まれ、尚且つ重金属粉塵による視界不良––––––。

それは双方が共にそうだった。

––––––だが、むしろ2人にとってこの状況は対人戦においては格好のフィールドだった。

 

『突撃開始‼︎』

 

箒の号令で2人は塹壕から飛び出し、遮蔽物群に突入––––––重金属粉塵が展開され、視界不良になっている中、複雑過ぎる地形に突入するなど自殺行為––––––。

だが、それは問題ない。

広域マップを見た時にあらかたは把握したし、後退しつつ細かな地形を把握して脳に焼き付けた。

だから問題ない。

だが突入するにしてもただ突入するだけではすぐ対処されてしまう。

素人ならともかく、代表候補生の2人ならすぐに対処されてしまう

–––––––なら、ただ突入するだけでなくしてしまえば良い。

 

『やるぞ!難度Cのオルブライトターンだ‼︎』

 

「了解‼︎」

 

瞬間、2人は勢いをつけて僅かに跳躍––––––そして、神経を研ぎ澄まし、瞬間反射能力をフル動員する。

 

––––––跳躍した直後、機体を90度傾けて遮蔽物であるコンクリートの壁に脚をつく。

そしてすかさず跳躍。

反対の壁に体勢をぐるんと反転させて再び脚をつく。

次から次へと壁を足場に、飛びながら突き進んでいく––––––。

そしてそれを繰り返しながら2人はさらに加速。

重金属粉塵によって形成された霧が晴れてしまう前にセシリア達に接敵せねばならない。

––––––時間との勝負だ。

さらに狭く複雑な地形で、尚且つ両機が密集している状況で行う高難易度の技術であるオルブライトターンは、失敗すれば大惨事になりかねない––––––。

以前、墨田駐屯地で戦術機訓練でオルブライトターンを使った兵士が失敗して爆死した––––––なんて話も聞いた事がある。

いくら超伝導装甲体を持つ統合機兵と言えど、ただで済むことはない。

だから繊細過ぎる程にまで注意する必要がある。

だが重金属粉塵の濃度は刻一刻と下がってしまう––––––だから、加速する。

繊細過ぎる程にまで注意せねばならない技術で加速などアホか、と言われるだろう––––––だが千尋と箒にはやり遂げる自信があった。

––––––さらに加速。

重金属粉塵の霧が薄れる前に接敵するために–––––––加速する。

45秒という与えられた時間までに間に合うよう、加速する–––––––。

 

そして対レーザースモークを放つ直前までセシリアと簪のグリップ(光点)があった場所まであと僅かといった場所で。

 

『「⁉︎」』

 

重金属霧の濃度が低下––––––広域データリンクが回復してしまう。

––––––そしてセシリア達は千尋達の位置を、千尋達はセシリア達の位置を認知する。

––––––千尋達が進んで行っている厚さ30センチ程のコンクリートを隔てて––––––両者はいた。

セシリア達は思わぬ出現により、混乱する。

それを見て千尋は叫ぶ。

 

「––––––ここまで来たら突入すんぞ‼︎」

 

『ああ!牽制射撃2斉射!』

 

箒が応え、命じる。

千尋はすぐさま背部兵装担架を起動。

そしてマウントさせていた85mm迫撃砲をアップワード方式で展開––––––2斉射穿つ。

そしてコンクリートの壁の向こうに弾着し、爆発––––––。

同時に、加速しながら2人は拡張領域から追加装甲シールドを取り出し、突き出すように前面に展開する。

 

––––––統合機兵は戦術機や強化装甲殻と違い、超伝導装甲体を持っているため、多少無茶が効く。

––––––だから。

 

『このまま突っ込むぞ‼︎』

 

「あいよ‼︎」

 

2人はセシリア達とを隔てるコンクリートの壁に追加装甲シールドを突き出しながら突っ込む––––––。

統合機兵本体と追加装甲シールドの質量、そして統合機兵の移動エネルギーが加わり、コンクリートの壁を突き破り、粉砕–––––––。

セシリア達が視界に映る。

セシリアと簪は驚きつつも、やはり代表候補生と言うべきか、すぐに対処しようとする––––––だが、遅過ぎた。

回避は間に合わない。

さらに打鉄甲一式の突貫して来た際の移動エネルギーと質量エネルギーをモロに食らえば一撃死不可避––––––。

だからセシリアと簪は近接兵装で迎撃を試み––––––千尋と箒はシールド先端のスパイクをセシリア達に向けて––––––さらに跳躍ユニットを点火し加速––––––。

 

『「喰らえ、てめぇ(貴様)らぁぁぁぁぁぁ‼︎」』

 

2人仲良く声を重ねながら、追加装甲シールドのスパイクをぶち込み–––––。

同時にセシリアのレイピアと簪の薙刀が千尋と箒のシールドスパイクと入れ違いで互いの装甲にぶつかり、火花を散らし––––––超伝導装甲体のエネルギー残量を削る。

だが千尋と箒もそれを気に留めず、シールドスパイクをさらに力強く、押し込んだ––––––。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「2人共ズルいですわ‼︎」

 

格納庫に戻って響いたのはセシリアの恨めしい声だった。

 

「いや、だって対レーザースモークは使っちゃダメって言われてなかったし。」

 

千尋はケラケラと笑いながら返す。

 

「うむ、まぁあくまで『実戦形式』の訓練だったからな。」

 

箒も言う。

 

 

––––––訓練の結果は、引き分け。

最後のセシリアと簪の攻撃が千尋と箒の超伝導装甲体のエネルギー残量を削り、千尋と箒の突貫時の移動エネルギーと質量エネルギーがセシリアと簪の超伝導装甲体のエネルギー残量を削り切ってしまったのだ。

それはほぼ同時だった––––––だから、引き分けだった。

 

「みなさんお疲れ様でした。」

 

山田先生が声をかけて来る。

 

「オルコットさんと更識さんは障害物戦に不慣れでしたが、オルコットさんはよくビットによる強襲などをやり遂げました。ただ上空に停滞しがちでしたから、障害物に慣れることからですね…更識さんはミサイルを撃つ時に棒立ちになってしまっていましたから、今度は動きながら撃ってみましょう––––––時に篠ノ之くんに篠ノ之さん。」

 

「「はい」」

 

「試合では重金属弾の使用は厳禁です。ですから訓練でも使用は控えてください。」

 

「「はい。」」

 

「まぁ、言い忘れていた私も悪いです。……それに、2人のオルブライトターンは息もピッタリ整っていた見事なモノでしから、見ものな点もありました。…ただ、着地する場所が等間隔だったからワンパターンでしたね。今後はランダムなパターンのモノを出来るように頑張ってみましょう。

––––––今日はお疲れ様でした。解散!」

 

そう言って、今日の訓練が終わった。

 

 

 

 

◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎

 

––––––翌日。

 

IS学園・第4アリーナ

 

廃墟の市街地––––––を想定した障害物が乱立する、特自が接収した統合機兵の訓練用アリーナ。

 

『ブレード1からブレード2!対象をハイパーセンサーで捕捉。方位08-04より接近中––––––お前が突貫して撹乱させ、注意を惹きつけろ!その隙に背後から私が強襲する‼︎』

 

「––––––ブレード2、了解‼︎」

 

箒がそう命じて、千尋が威勢良く応じる。

同時に路上を連続して短距離跳躍(ショートブースト)––––––断続的に跳躍ユニットのジェットを吹かせて小さな跳躍を繰り返す動き––––––で目標地点に移動を開始する。

【ブレード1・2】とは、箒と千尋の呼称名だった。

そして、2人は先の訓練の後からそれぞれポジションを決めたうえで訓練を行っていた。

千尋はアームブレードや長刀による近接乱戦が得意である為、突撃兵役の【突撃前衛(ストーム・バンガード)】ならびに【強襲前衛(ストライク・バンガード)】––––––最前線に位置し、近接戦・白兵戦を担当するポジションと前線に突貫し火力支援を行うポジション––––––を兼任で務めている。

箒は指揮官役であり、【強襲前衛(ストライク・バンガード)】ならびに【迎撃後衛(ガン・インターセプター)】––––––前述の千尋が兼任しているモノと同じポジションと中・近距離戦に対応し、現状を瞬発的に把握・判断する能力が求められるポジション––––––を兼任で務めていた。

前述の単語は戦術機のポジションで使われるものだが、統合機兵でもそれらのポジションでの運用も可能だろう、と判断したが故にそうしたものだった。

また箒が指揮官を務めているのにも理由はある。

千尋は多少周りに気配りするものの、だいたい突撃しがちだったり、力任せや感覚で操縦してしまうクセがある為、お世辞にも指揮官に向いているとは言い難い。というか言えない。

そちらの才は周囲の状況を逐一確認して行動に移す箒の方が持ち合わせている為、箒が受け持つこととなった。

千尋が突撃・強襲前衛を務めるのも、千尋が力任せで感覚で操縦しているがそれが規則に囚われてなどいないモノでありながら、状況判断を的確に下しているように出来たモノで、障害物がある今回の状況では強襲と撹乱に向いていると箒が判断した為に千尋が受け持っていた。

 

先程、箒がISのハイパーセンサーで捕捉した機体––––––【エネミー1】はこちらが待ち伏せ(アンブッシュ)していそうな場所を徹底して潰して行っていた。

 

『ブレード2!エネミー1は間違いなくオルコットだ!ビットの索敵圏内に入らないように注意せよ‼︎』

 

セシリアはさすが代表候補生というべきか、たった1日で低空飛行と遮蔽物を利用した戦闘に適応して、今では遮蔽物の影からビットによる強襲などをやってのける程までになっていた。

制圧能力––––––特に多数点制圧はセシリアのユリウスが一番だろう。

面制圧は簪の颱-改二が一番。

それに引き換えこちらはどうか––––––両肩に搭載可能な【84ミリ8連装多目的誘導弾発射基】と【85ミリ迫撃砲】の曲線射撃による面制圧くらいしか出来ない。

元となったISが千尋と箒が第2世代だったのに対し、セシリアと簪は第3世代、第2.5世代のものだから差が開くのは当たり前だろう。

––––––閑話休題。

 

『エネミー2––––––簪は後方で構え、セシリアが接敵した後に支援を行いつつ、背後を取るつもりだろう。』

 

簪は山嵐による飽和攻撃を敢行した直後に近接戦を仕掛けてくるケースが多い。

さらに初歩的ながらオルブライトターン…もどきをしながら強襲を仕掛けてきたりしていた。

 

「んじゃ、どうするよ?」

 

『若干作戦を変更する。手順は––––––』

 

結果的にいえば千尋と箒のチームの方が勝った。

まず千尋の打鉄甲一式が20ミリ機関砲を乱射して、遮蔽物のコンクリートを銃弾が叩いて砂煙を巻き起こし、ビットのセンサーとセシリアの視界を阻害。

直後に千尋は跳躍。

アリーナの高度制限ギリギリの高さから20ミリ機関砲や40ミリグレネードランチャーを斉射。

さらに、跳躍ユニットを上空に向けて最大出力で噴射して急降下を開始––––––。

拡張領域から取り出した追加装甲シールドのスパイクを移動エネルギーと質量エネルギーを加えてセシリアに叩き込む––––––同時に超電導装甲体が展開され、シールドエネルギーを削り取る。

アリーナの高度制限が掛けられた上に遮蔽物に身を隠さなくてはならないとセシリアと簪は身に染み込ませてしまっていた為に、高度制限ギリギリからの攻撃には面食らっていた。

同時に簪が山嵐を放ち、千尋はシールドを上方に展開しつつバックブーストで後退––––––一瞬遅れて山嵐の模擬弾がセシリアを巻き込む形で着弾。

それでセシリアもバックブーストで離れたが何発か被弾し、先の千尋の突貫によるダメージが災いして、シールドエネルギーは残量ゼロとなる––––––それでセシリアは戦闘不能になった。

だが同時に千尋もシールドに何発か喰らいシールドが大破判定を受け、さらに左腕が中破判定を受け、脚部と左跳躍ユニットは大破判定を受けた––––––千尋もそれで戦闘不能になった。

瞬間、簪が薙刀で箒に斬りかかる––––––箒は銃火器をパージして少しでも機体を身軽にして長刀を抜刀––––––。

さらにバックブーストで箒は簪から離れるように後退。

簪はそれを追うように突貫。

そして行き止まりに辿り着き、簪が箒を追い詰めて薙刀を振り下ろす––––––が、箒はそれを予測していたかのように跳躍ユニットを吹かして機体を反転。

簪に背を向けるようにして跳躍ユニットをさらに吹かし、壁に飛び蹴りを入れて脚部に中破判定を受けながらも簪の薙刀の軌道の上を飛び越えて––––––長刀を投擲。

投擲された長刀は移動エネルギーと質量エネルギーを纏いながら簪の頭部装甲––––––の超電導装甲体に命中し、エネルギーを削り取る。

簪の薙刀は箒が飛び蹴りをかました壁に突き刺さり、隙ができてしまう––––––。

さらに簪の背後に着地するなり拡張領域から長刀を抜刀し、跳躍ユニットを吹かして方向転換し、居合斬りを胸部装甲に叩き込んだ––––––。

それで、簪のシールドエネルギーは残量ゼロとなり、訓練は終了した––––––大体の流れはそんな感じだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「相変わらず無茶しますわね…。」

 

格納庫に戻るなり、セシリアが忌々しげに恨めしい声音で千尋に言った。いや、どちらかと言えば呆れているのだろうか。

 

「いや〜お前は早めに潰さなきゃ後々面倒くさい事態になりかねなかったし。」

(……まぁ、実戦なら多分即死の高度だろうけどさ。)

 

千尋はやんちゃそうな笑いをしながら応じて、内心そう呟く。

千尋の取った高度は確かにバルゴンのレーザーで撃ち抜かれてお陀仏になる高度だった。

第4アリーナがバルゴンの射程圏内になく、高度制限と障害物戦の条件が追加され、相手が人間だからこそ、出来た戦術だった。

 

「疲れたし、食堂で飯でも食いながら今回の反省会をするとしよう。」

 

箒が言う。

 

「さんせ〜!あ〜、腹減った腹減った。」

 

千尋が馬鹿みたいに明るく––––––それでいて何処か気遣うように振る舞う。

 

「……あ、そういえばさ…」

 

ふと、簪がふと思い出したように言った。

 

「織斑、アリーナで訓練したところ…見た事ないよね。」

 

「「「…え?」」」

 

簪のその一言に全員が唖然とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

■■■■■■

 

 

IS学園・屋上

 

「…ふぅ……」

 

千冬はそこでベンチに座りながら溜息を吐いていた。

 

「織斑先生」

 

「ん…ああ、山田先生。」

 

振り返ると、そこには山田先生がいた。

そして山田先生は微笑み、声をかけながら千冬のとなりに腰を下ろす。

 

「どうかなさったんですか?なんだか、元気がないように見えますけど。」

 

「ああ…先程、鏡に会いに行ってきたんです。」

 

千冬はポツリと言う。

それで山田先生は静かに黙りこむ。

 

「自分語りになりますが––––––あんな処分を出してしまったものですから、当然行くのに激しく迷いましたし、何より面会謝絶–––––––などもあり得ると思いました。」

 

千冬はIS委員会からの命令とはいえ、鏡ナギの負傷をナギ自身を軟禁することで封殺してしまったのだ。

––––––拒絶され、恨まれても仕方ないと言える。

だが。

 

「でも、面会を受け入れてくれて––––––それで、酷く安心しました。」

 

「……」

 

やはり、山田先生は黙ったまま千冬の話を聞く。

自分が口出しすれば、それから言い訳の糸口を見つけて逃げてしまう可能性があったから。

彼女自身の意思から発せられた言葉が聞けないから。

 

「––––––なんというか、色々話しましたね…お互いに腹を割って。」

 

千冬は、その時のナギの顔を思い出しながら続ける。

 

「包み隠さずに…鏡に下してしまった処遇の話や私が何のためにそんな処遇を下してしまったか、何の意思でその処遇を下したか………下手をすれば一生口を聞いてくれなくなるかもしれない内容とか、2人の秘密にしようと約束したこととか……とにかく、色々…ですね。」

 

苦笑いを浮かべながら千冬は言う。

 

「––––––彼奴の話を聞いて、実感しましたね…私は人を傷つけたんだって……これからどうするべきか…酷く、悩まされているんです。鏡のような犠牲者を出さないようにしなくてはならない。だがそうすれば唯一の肉親である一夏を危険に晒すかもしれない、学園の異常さを正そうものなら学園そのものが封鎖され他の生徒達も将来を失って路頭に迷うハメになる………どうするべきか…答えが出ないんです。」

 

自嘲するような顔をして言う。

 

「––––––でも、鏡は違ったんです。私みたいに悩んでいるんじゃなくて、もう既にこの先にどういう道を進もうか…決めていたんです。」

 

「…鏡さんの…道?」

 

「…ええ。……彼奴は義体技師になりたいそうです。IS乗りになれないなら、なれないなりに何か成せることを目指そう––––––と。……正直、私より立派で、そう考えられる彼奴が少し…眩しかったですね……。」

 

千冬は己を卑下するように言う。

そんな千冬に対して山田先生が励ますように言う。

 

「…でも、織斑先生にも、織斑先生なりに出来ることが…あると思いますよ…。」

 

「………そうか…そうだな…私もいい歳だから、少しはそういうのを探して、少しでも大人にならないとな…。」

 

千冬は覚悟を決めたように言う。

 

 

 

 

––––––だが、世界は確実に、破滅に転がり落ちて行っていた。

 

 

 

■■■■■■

 

 

墨田駐屯地・IS学園間ライフライントンネル

連絡列車。

 

IS学園に戻る途中の光が乗って、疲労の溜まった体を椅子に預けながら座っていた。

––––––ふと、携帯電話が鳴る。

 

「––––––私だ。」

 

『光ちゃん⁈』

 

電話の相手は燈だった。

ひどく焦燥に塗れた声音をしている。

 

「燈か。どうした?」

 

『今、ロリシカ軍から緊急連絡が入ったの‼︎』

 

瞬間、光は嫌な予感を感じた。

 

「何があった?」

 

『バルゴンの一部梯団が、ロリシカ・ロシア間のレナ川国境線を超えたって––––––‼︎』

 

––––––雷に打たれたような衝撃が、光に走る。

いつかは起き得ると恐れられていた事態––––––バルゴン包囲防衛網が破られるという事が起きてしまったのだ。

つまりそれは、ユーラシア破滅の始まりを意味していた––––––。

 

 

 

 

 

 




今回はここまでです。
長ぇ…疲れた……。

鈴と一夏のシャル問答(というか痴話喧嘩)、千尋狙撃と学園の治安体勢、統合機兵の訓練、ロリシカのバルゴン包囲防衛線崩壊––––––以上の内容でお送りしました。

舞弥、EP-13以来に久々の登場‼︎



▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。