インフィニット・ストラトスadvanced【Godzilla】新編集版 作:天津毬
IS学園・警備課課長室
そこに学園臨時理事長あらため、学園警備課課長の光と楯無がいた。
「学園理事長から警備課課長に転属とは…また急な辞令ですね。」
楯無が呆れるように言う。
先日、急にIS委員会が直々に光に臨時理事長を辞任し警備課転属するよう命令を下したのだ。
無論、その命令はあまりに不自然だし、光に学園の命運を左右する権限を握られている事を快く思っていないIS委員会の思惑が見え透いていた。
「…ま一応命令だからな。私はそれに従うだけだ。例え転属しても私は与えられた責務を果たす。」
光は何ら変わらない表情で言う。
だがしかし、次の瞬間には頭を抱えて苦い表情をして愚痴を漏らす。
「とはいえ、学園の警備課管轄の戦力がタッグトーナメントに出場予定の統合機兵と一個機械化歩行小隊、二個普通科小隊だけなのがなぁ…。」
そう、神宮司まりも三佐率いる戦術機部隊はIS委員会からの退去命令と墨田駐屯地への異動ですでに学園の警備戦力としては存在しておらず、タッグトーナメントに出場予定の【対小型生物用機動兵器】である統合機兵と強化装甲殻、そして89式小銃とカールグスタフを装備する陸上自衛隊の2個普通科小隊が陣取っているだけだった。
正直なところ、これではタッグトーナメント前後に日本近海に迫る予測の巨大生物が上陸した際に警備課の戦力のみでは殲滅できない。
……いや、まぁ教務課の教師部隊も出てきて、学園近海に展開中の艦艇が援護してくれたら殲滅できない事は無いだろう。
––––––それが、援護可能であるなら。
––––––まず、近海の艦艇による援護は正直なところ、期待できない。
いや上陸しなければ艦艇による迎撃が期待できるが上陸してしまえば艦艇による攻撃や援護は期待できない。
––––––【IS学園対外規約第3条「学園の防衛ならびに支援は当事国および常任理事国が行う」】。
まぁ、分かりやすく言えば学園は当事国である日本の自衛隊と常任理事国であるアメリカ、中国、ロシア、フランス、イギリスのうちのどれかの軍隊が防衛ならびに学園の支援にあたると言う決まりだ。
一時、学園に展開した日米臨時編成軍と欧州連合極東派遣軍の艦隊が学園を監視する事ができたのも、前述の決まりを口実にしたためだ。
だからもし学園に巨大生物が上陸しようものなら本来は支援してもらえるのだ。
だが、当然それが気に入らない輩もいる。
IS不敗神話を唄うような連中が。
––––––【IS学園対外規約第16条「第3国による学園への武力的・諜報的攻撃の禁止」】。
これを理由にIS委員会が騒ぎ立て、援護攻撃を行った艦艇の帰属する国家が国際社会で制裁対象にされてしまう可能性があるからだ。
そしてそれは当然、学園の主催国である日本の自衛隊も対象だった。
援護したのに制裁対象にされなければならない。
これほど馬鹿げた話はない。
だからこそどの海上艦艇も援護してくれることはまず無いと言って良い。
結果として、警備課の戦力と教務課の教師部隊のみで迎撃しなくてはならない事態になる。
確かに教師部隊の腕は申し分ないし、警備課の自衛官の腕前だって信用している。
だが、それでもどうしようも無いものがあるのだ。
–––––––たとえば、今回日本近海に迫っている巨大生物などが。
「そろそろ授業だろう?戻ったらどうだ、更識。」
「そーですね、そろそろ御暇しますね。」
「ああ…あ、そうだ更織。」
光とそんな他愛ない会話を交わして、楯無は警備課課長室から出て行こうとした––––––だがしかし、光はふと思い出したように楯無を呼び止めた。
「なんですか?」
「ひとつ、調べて欲しいモノがある。臨時理事長の権限を使ってもアクセス出来なかった、学園の第2シャフトとは別に、さらに地下に伸びている第1シャフト––––––その、最深部を調べて欲しい。」
「臨時理事長の権限より下の権限しかない生徒会長の私がですか?」
「警備課課長に左遷させられてお前より権限が下になったら、お前に頼むしかあるまい。」
「…まぁ、そうですよね…分かりました。虚ちゃんと一緒に調べてみます。」
パタン、と楯無が出て行ったドアが閉まると光は深く溜息を吐いた。
「…いつも、世話になる。」
ポツリと呟いたその声は警備課課長室に反響した。
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IS学園・廊下
「…はぁ……今日も授業かぁ…」
千尋が廊下を歩きながらだるそうに、しかしそれでいて神妙な声音で呟く。
「勉強は学生の本文だから仕方あるまい。……まぁ、この非常時に授業を受ける気が起きないのは分からなくもないが。」
箒が前半は反面教師のように言うが一拍の沈黙を挟んで、後半は千尋と同じく神妙な声音で応じた。
まぁ、中国はバルゴン梯団によってハルビンまで後退を迫られ、ロシアは大規模梯団が南部の即席防衛線を突破しエニセイ川沿いに張られたエニセイ防衛線に接触。シベリア北部に設置された即席の防衛線は中規模梯団に耐えているが、突破されるのも時間の問題––––––。
という、世界情勢が大きく変わり過ぎるくらいに変動している中でそれに対する訓練や会議への出席によって溜まった疲労など…仮にも自衛官の2人にとっては、まともに授業を受けられる状況では無かった。
––––––と、突然。
どんっ––––––何か物が千尋の頭に当たり、鈍い音を立てた。
「あ。」
千尋の頭に当たったソレは––––––コーラのペットボトルだった。
蓋は開いている。
一瞬遅れ、中身が千尋にかかって来る。
咄嗟に躱す––––––が、躱しきれずにやはり、頭に被ってしまう。
「ぶっふ!」
「千尋‼︎」
思わず千尋は間抜けな声を上げてしまう。
幸い、濡れたのは髪だけだ。
制服や鞄までは濡れていない––––––いや、わずかには濡れたが、飛沫が僅かに付着しているだけの、無視できる程度のものだった。
制服まで濡れたら替えが少なく、コーラは落ちにくいし匂いが付くから洗濯が酷く面倒臭い。
まぁ今回濡れた髪は…水道で洗い流してタオルで拭けば、それで充分だった。
「はあ…まぁたこれかよ…わざわざ御苦労なこった…。」
ふと、前を見るとキャハハと笑いながらそそくさと立ち去って行く女子の集団––––––。
千尋は最近、あの連中にコーラや何やらを投げつけられる––––––という、所謂嫌がらせにあっていた。
しかもご丁寧に、だいたい150円か160円くらいのモノを使っていた。
まぁ、中学の時と比べればマシだろう。
中学の時なら、これとか石を投げられる類の嫌がらせは普通だったし、時には頭上からガラス片が降ってくる事だって何回かあった。
そして何より教員も男子だから、という理由で相手しなかったから。
この学園もまぁまぁそれと大して変わらないが多少はマシだった。
やはり腐っても国際的立場にあるエリートだから風紀を弁えているのか、あるいは監視カメラが彼方此方にあるからあまり重大事件を起こせば退学させられるということを認識しているからか。
…まぁ、そんなことはどうでもいい。
「千尋…大丈夫か?」
立ち去って行く女子集団を睨みつけていた箒が隣から千尋に心配そうな声音で話しかける。
「平気だよ。これくらい水道で流したら大丈夫だから。」
「…そうか……あの、その…」
「なんだ?」
「……ストレスが溜まってしまう前に、相談くらいはしてくれ…。あまり役に立たないかも知れないけれど、その……」
箒はたどたどしい感じで千尋に言う。
それに千尋は、箒に心配をかけさせた事に少し後悔しながら、しかし箒の好意に笑顔で応じる。
「ああ、わぁってるよ。中学の時みたいに、バカな真似はしない。」
––––––中学の時はこれより酷い嫌がらせに毎日遭っていたものだから、ある時ついに堪忍袋の尾が切れてしまい、当事者の所に殴り込み、血祭りに上げてしまう––––––という、大事に発展してしまった。
その後校内の調査で虐めや嫌がらせをしていた千尋に血祭りに上げられた生徒は取り敢えず、厳罰に処された。
その時は今時珍しい男女平等主義の女性教師だった為に公正な処置が取られたが、この学園でもそんな公正な処置が取られるとは限らない。
だからこそ、前述のような大事になる前に痼をどうにかする必要があった。
そして中学の時は千尋には喧嘩というストレスの捌け口があったが今はそんな余裕もない。
だからこそ、そういう対策は自分が取ってやるしかない––––––箒はそう判断したからこその言葉だった。
「…じゃあ、行こうか。そろそろ行かなきゃ遅刻しちまう。」
「あ、ああ。そうだな…」
千尋がそう言うと、箒も応じて、教室の方に歩き出した。
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1年1組
生徒は席に座り、教壇には学園上層部の会議で多忙の織斑千冬先生に代わって山田先生が立っている以外はいつも通りの光景だ。
「皆さんもご存知だと思いますが、あと3日でタッグトーナメントです。」
教壇に立つ山田先生が言う。
それでクラスの女子たちが口々に言う。
「楽しみだよね〜」
「織斑くんと組みたかったけど凰さんが組んじゃったしね…」
「なんで残った男がフツメンの篠ノ之だけなのよ。…死ねばいいのに。」
「篠ノ之なんかほっときなさいよ。どうせ下賤な男なんだし。」
「そうだよね〜どうせクズなネズミでしかない男だし。」
「取り敢えず軽い気持ちでやればいいよね〜。」
「そうそう、あとこれを機に他のクラスと交流とか〜…」
千尋は、もう慣れたから黙っている。
むしろ反応するだけ無駄に刺激して余計調子に乗らせる。
なら、黙ったり受け流した方が良い––––––それは自衛本能がそうさせていた。
だが、クラスの中では千尋アンチ派、とでも言うべき存在ではない生徒もいる。
だからそれらの生徒––––––箒、鷹月、立花、四十院、オルコット、布仏など––––––は不快感を露わにしていた。
だが、黙っている。
面倒事に発展するのは目に見えていたから、黙って受け流していた。
それをいい事に好き勝手に言っているが、最後に言った女子の言葉にふと、神楽が反応して口を開いた。
「意気揚々とするのは結構だけど、それ以前に私達、本当に他のクラスと交流なんかしてる?」
冷たく、蔑むように、見下すような視線を向けながら言い放った。
「な、何よ四十院さん……。」
神楽の視線に、少し怯えたような声音で女子が言う。
「クラスの中でさえ纏まることが出来てないのに、クラス交流なんて出来るのかしらね?」
前述の不快感を露わにしていた女子達の心情を代弁するように、やはり、冷たく言い放つ。
「––––––タッグトーナメントは確かに学園のイベントだけど、それをやるのにも結構…では済まされないくらいの莫大な費用が掛かってるの。ちなみにその費用、貴女達や私の親だけじゃなくて、私達と無関係の人達の年がら年中汗水流して働いて得た給料から生じる給与所得税とか、そういう税金––––––いわば国民の財産ね。そういうとこからも搾取してるの。」
神楽は先程浮かれていた生徒達全員に言い放つ。
「––––––で、そういう人達から財産を搾取してまでして開いたタッグトーナメントで『何と無く何かを得た気になりました。』とかじゃ、親や自分達を支えてくれてる人や無関係だけど税金という名の財産を捧げてくれた人達に示しがつかないわけ。分かる?」
有無を言わせない、威圧を孕んだ声音を放つ。
「…四十院さんの言う通りです。」
ふと、山田先生が意を決したような声音で言う。
「タッグトーナメントは学園行事であって遊びではありません。––––––ですので、皆さんも軽率な発言は控えて、今回組む事になる人との確固たる結束を結んで下さい。」
そう言うと、いつも通りの授業が再開され、いつも通りのように時間が過ぎていった。
––––––そしてその間にも、世界は破滅に向かって転がり落ちて行った。
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レッチ島
束のラボ【れっど・ばんぶー】
英語で赤い竹、を意味するその施設の地下で、束はコンソールを弄っていた。
「うんうん、紅椿はうまい具合に完成しつつあるね。さすが束さん。今までのISコアより出力の強いやつを使ったからかなり良くなったはず‼︎」
子供じみた声音で言う。
だが、意外に作業には手間取っていた。
何故なら、コンソールを叩く手は、利き手ではない左手のみだったから。
「…っ!…右手が使えれば、さっさと紅椿が作れるし、【れっど・ばんぶー】だってわざわざインファイト島から人間を拉致してきて強制労働させる事なんかないのに……‼︎」
肘関節あたりで切除した右腕の名残を左手で押さえながら束は恨みがましい声音で言う。
外には、ダンプやショベルカータイプのドローンが1基ずつと、その近くで人力で土を運ぶ人々––––––。
実は【れっど・ばんぶー】はキャロッ島を開発し尽くした際に遊び半分で開発した施設であり、未だ未完成なのだ。
しかも重機型ドローンや自動機械人形、ISの大半はキャロッ島に置いてきてしまい、レッチ島に置きっぱなしにした事で辛うじて生き延びたドローンを動かしてなんとか稼働可能になるまで建設しようとしていたが、それでは時間がかかり過ぎる。
早くてもあと1カ月はかかってしまう。
だが自身は土木作業ができる状態にないし、したくもない。
ならばどうするか。
答えはすぐに出た。
––––––隣島のインファイト島から島民を拉致して強制労働させれば良い。
幸い、外敵駆除用の20ミリ機関砲を拡張予定地の敷地内各所に設置したため、逃げようとするものなら蜂の巣になるから逃げようとしない。
仮にそれを掻い潜っても近海には肉食性の巨大生物・エビラがいる。
船で逃げようにも、結果は船を破壊されて喰われるという末路。
だから逃げようとしない。
生き延びたいなら束の言う事を聞くしかない。
それは例え飲まず食わずが続いても。
それは例え病気で体を壊しても。
それは例え事故で怪我をしても。
それは例え疲労で足腰が立たなくなっても。
(––––––なんて、理想的な状況だろう。)
束は思った。
そこらのゴミ虫共が、束さんの言うことを聞いて、束さんの思い通りに動いている。
(––––––世界中全ての人間がこのゴミ虫のように束さんの言う事を聞けばいいのに。)
この光景は束にそう思わせた。
この様子なら、あと1週間程度で出来るだろう。
それまでに、拉致して来た島民50人の内、10人くらいは過労死するだろう。
「でも、束さんの知った事じゃないよね!」
無邪気に、そして残酷な笑みを浮かべて束は言い放った。
––––––インファイト島から2つの飛翔体が接近する姿がレーダーに映ったのは、その時だった。
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アメリカ合衆国・シアトル
モナーク機関北米本部
中央情報本部はラドンのニューヨーク蹂躙以来の喧騒に包まれていた。
バルゴンによるユーラシアへの戦域拡大時はそれ程騒ぎ立てることでは無かったが今回は長年監視している場所に変化があったからだ。
場所は、インドネシア領インファント島––––––。
「衛星からのデータ、モニターに出します‼︎」
オペレーターが言うなりコンソールのキーボードを叩くと、中央に添えられた巨大モニターに監視衛星が捉えた情報が投影される。
画像に映っているのはインファント島の航空写真だった。
その中央にある、インドネシア語で「巣」を意味する名を持つサラン山内部に強力な電磁波が確認されたのだ。
それが過去最大というほどにまで強大になったということはつまり、監視対象が動き出した事を意味する。
「…間違いありません。若干の誤差はありますが、1961年に観測された電磁波と一致します。」
「––––––まったく…次から次へと…この星は怪獣だらけじゃない…‼︎」
サンドラ大佐が忌々しそうに、しかし何処と無く怯えを孕んだ声音で呟く。
無理も無い。
地球上で確認出来ただけでも巨大生物が生息している地域は全世界で21ヶ所。
内、モナーク機関が監視下に置いているのはそこに住み着いている巨大生物の生息地である10ヶ所程度。
それ以外は場所を転々と変える為に常時監視が出来ないのだ。
そんな常時監視不能になるかも知れない巨大生物がまた増える––––––想像しただけで恐怖だ。
「…あるいは我々人類が ” 怪獣だらけ ” にしたのかも知れんな。大佐…。」
ふと、隣からバーク少将が言う。
「…あの辺りは1960年代の核実験の影響を受け、隠匿してはいるが生態系が大きく崩れた場所だ。…何があってもおかしく無い。」
核実験、という言葉を忌々しそうに吐き棄てる。
––––––彼の父は冷戦時にアメリカ軍が行った核実験に携わり、事故により大量の放射能を浴びて急性被曝し、彼が生まれたその年に急死。
彼自身にも放射能という名の呪いは体に刻み込まれ、放射線被曝2世という形で受け継がれてしまっていた。
だから彼自身は核兵器に忌々しい感情を向ける事が多かった為に、核兵器を是とするペンタゴンで煙たがられ、ここに左遷されたのだった。
核実験で生まれた巨大生物がいるからこそ、彼はそういう存在に感情移入しやすいという面がある。
「––––––もしこの巨大生物が人類の敵になっても、核兵器を使うなんて真似はして欲しく無いもんだ。––––––今時の奴らは、核兵器を威力の大きい爆弾としか見ていない。」
バーク少将はそう吐き棄てる。
「対象が飛翔を開始––––––過去のデータに該当します!対象はコード:【モスラ】‼︎繰り返します!対象はコード:【モスラ】‼︎」
◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎
タッグトーナメント2日前
IS学園・第2シャフト
仮設宿舎棟
『こちらは現場の美浜原子力発電所です。30分ほど前、地震と原発敷地内で大規模な爆発があったとの事です!詳しい被害はまだ不明ですが稼働状況に無かった為メルトダウンの危険はありません。しかし先程気象庁より万が一の事態に備え、近畿地方北部を中心に放射線警報を発令したとの事で––––––』
テレビに映っている、防護服姿のリポーターが叫んでいる。
内容を聴く限り、若狭湾沿岸の美浜原子力発電所で事故が起きたらしい。
リポーターの後ろを消防車や警察のパトカー、自衛隊の73式トラックに化学科の装備しているNBC(核・生物・化学)防護車とNBC防護服を着た自衛官が大勢映っている。
リポーターが言うには美浜原子力発電所は2011年3月11日––––––今から10年くらい前に起きた東日本大震災の翌日の福島第一原子力発電所のメルトダウンを機に稼働停止状態で、現在は廃炉に向けた作業が行われていた––––––。
その、最中に起きた事故。
(被害に遭った人達…心配だな……。あと、原発アレルギーの内閣は苦労しそうだな––––––。)
ふと、テレビを見ていた千尋は内心呟く。
「福島に続いて美浜も…。」
千尋の隣に座ってテレビを見ていた立花が呟く。
「原発近辺の対策にも追われるけれど、マスコミへの対策にも忙殺されちゃう…。今の報道機関は報道ではなく収入に力を入れているからデマを流すことも厭わないもの……。」
立花が冷静に分析するように呟く。
千尋もそれに頷く。
立花の言っていることは事実で、近年はかなり偏向報道が目立つからだ。
正直、ニュースよりオンラインSNSの方が信頼できる––––––とすら言われているから、深刻な問題と言える。
重い空気が包み込むはず––––––なんてことは無かった。
千尋と立花のその後ろでは––––––。
「––––––王手。」
パチリ、と将棋のコマを打ち付ける音を響かせながら箒が言い放つ。
学園内のコンビニで買って来たインスタント将棋セットを畳の上に広げて、箒と鷹月が勝負を繰り広げているのだ。
「うえぇ⁈ち、ちょっと待ってね箒ちゃん、う〜う〜、ううううぅむむむ……」
箒と対面する形で床に正座している鷹月が腕を組みながら唸り、必死の形相で思考していた。
ソファに座ってペットボトルのウーロン茶を飲みながら簪がカウントする。
今日は鷹月たちが『ヒマだから千尋の部屋にお邪魔しない?』と言い出して上がりこんできたのだ。
もちろん、許可は取ったが。
「持ち時間数えるね…鷹月ちゃん時間あんまり無いよ。」
「わ、分かってる!分かってるから‼︎」
「……残り…」
「いいから‼︎」
などと盛り上がっていた。
さらにキッチンの方では。
「四十院さん、お料理できるんですね…。」
ジャガイモやニンジンを切って煮込んでいる神楽を見てセシリアが爛々とした瞳で少し驚いた顔で言う。
「別にカレーくらいは出来るわ…まぁ、うまく行ったのがコレだけだから。」
何処か気品さを持った雰囲気を放ちながら、苦笑いをして言う。
「両親の帰りが最近は遅いから、色々やってはいるんだけど…。」
「メイドのようなお手伝いさんはいらっしゃらないんですか?」
「居る事には居るわ…8人ほど。でも出来るだけ自分のことは自分で始末したいの。でないと、社会に出た時に困るのは私だから。」
「立派な考えだと思いますわ!…私はメイドの皆さんに頼りっぱなしですもの…。」
ふぅ、と神楽が溜息を吐く。
年相応の柔らかい笑みを浮かべながらも、やはり何処か気品のある雰囲気を醸し出している。
「でも、中々上手くはいかないものね。カレー以外は焦がしてしまったり乾燥させてしまったり形を崩してしまったりと散々失敗してばかりだわ。」
「わたくしもですわ…あまりに酷くて、メイド長のチェルシーから殺人兵器級、だなんて評されてしまって…」
セシリアと神楽はお互い貴族と名家出身という、一般人とは少し違う環境で育った過去を持つからか、よく息や意見、感性が合う。
合わない点があるとすればそれは両親の有無だろう。
神楽には両親がいるが、セシリアの両親は彼女が幼いころに列車事故で亡くなっており、互いに両親に対する価値観が違う––––––という点だ。
セシリアからすれば、例えそれが女尊男卑によって歪められていても、曲がりなりにも望んでいた幸せ。しかしもうどんなに手を伸ばしても、どんな対価を払ったとしても手に入らない幸せ。だから彼女はせめて思い出だけでも残したかったから、オルコット家を守る為にIS乗りになり、紆余曲折を経て、今は統合機兵というイギリスの多くの将兵の未来を左右する兵器の試験パイロットとなった。思い出を無くさない為に、家族と過ごした世界まで無くさない為に。
神楽からすれば、家の為に自分を縛り付けて抑え込む鎖であり足枷––––––だから彼女は自立したがるのだが、それでも親に「愛して欲しい」という欲求が無いわけでもない。今は些細な反抗をしているだけだ。認められる為に様々なことを自らの手で試し、自分に出来ることを模索し、失敗を積み重ねてそれを糧にして、将来と自分の実力に変えていく。そして終着点は「親に褒められる人間になる」こと。
2人共少し子供らしいかも知れないが、それでも目標があるだけ立派だ。
「…鷹月さん、持ち時間超過してる。」
ふと、将棋をしている面子に目を戻すと簪が鷹月にそう言っているところだった。
「ぐぎぎぎぎ…ま、待って、もうちょっと…もうちょっとだけ…‼︎」
「ふふ、これはもう無理な気がするがなぁ…。」
微笑みながら箒が言う。
そして千尋も将棋のボードを覗き込み、呟く。
「あー…うん、詰みだな。こりゃ。」
「う、ぐ、ぬぬぬぬ…!まだよ!まだ終わん無いわよ‼︎」
「いくらでも待つぞ。…さぁ、打てるものなら打ってみろ。」
鷹月が必死の形相で言う。
箒がそれを楽しそうに、そして何処か嘲笑う様に黒い笑みを浮かべて言う。
ちなみに千尋と箒、神楽そして簪以外は将棋のルールすら知らなかった。
もうそんなゲームをする世代ですら無くなった、という事だろう。
まぁ今のご時世、ゲームといえばデジタル画面越しにプレイするモノだ。
サイコロをふるって駒を進めるすごろくや駒を打ち合う将棋のようなレトロなゲームをする子供は絶滅危惧種というに相応しい。
だがしかし、やって見れば楽しいものだ。
今箒と鷹月がやっている駒を打ち合う試合の他に、将棋の駒を積み上げた山から駒を山が崩れない様に抜いて行く将棋崩しなど、将棋のルールを知らなくても楽しめるモノはあるのだ。
将棋の試合なら箒、将棋崩しなら千尋が一番だった。
(––––––こういうのは、今のうちにパーっと楽しんどいたほうが良い。…もう少ししたら、多分…)
千尋は内心、不安に対して漏らしてしまうが、首を振ってそれを振り払う。
(いや、今は、やれることをしねぇとな…機龍の操縦訓練に関しても何回かやった。あとは、震度やGが来るタイミングとかを体に馴染ませれば––––––)
「ゔぁぁぁああ…もう無理ぃ…降参……。」
千尋がそんなことを考えていると、隣では箒の前に膠着状態だった鷹月がついに根を上げ、床に轟沈していた。
「––––––次はお前が将棋崩しで勝負してやったらどうだ?千尋。」
ふと、箒が千尋に声をかける。
「やる!やるわ‼︎千尋にまで負けてらんない‼︎」
鷹月が食い付く。
「え、いいけど…俺強いよ?」
「知ったこっちゃないわ!やる!絶対やる‼︎」
鷹月が食い付き、千尋が相手をした。
––––––結果を言えば、鷹月は将棋崩しでも負けた。
頭に血が昇ってしまい、指先が震えている状態で将棋のコマを倒してしまったのだ。
対する千尋は落ち着いたまま、まるでそこらの石ころや砂で天に届く程の塔を作るような、繊細で綿密な作業で淡々とクリアして行ったのだ。
「負けた…また、また…。」
鷹月が尻を突き出しながら頭を床に疼くめた状態で再び、轟沈する。
「は〜い皆さん、お楽しみのところですが夕食が出来ましたのでお開きですよ〜。」
セシリアが言う。
「ハチミツと林檎入りのカレーに夏バテ防止用のインスタント冷やし味噌汁よ。さぁみんな座って座って。」
神楽が食器をちゃぶ台に置きながら言う。
それに応じるように、全員がちゃぶ台に着いて––––––。
「いただきま〜す‼︎」
––––––あと数ヶ月で、世界が終わるとは思えない、陽気な声音が木霊した。
■■■■■■
東京都内・特務自衛隊八広駐屯地
第11多目的室・G関連研究本部
「うーん…これってどう見ても…」
清潔感に満ちた白い壁にリノリウム製の床で構成された室内の無機質なデスクに上半身を持たれかけさせながらコンソールのモニターを睨むアイリが呟く。
モニターに映し出されているのは【千葉県館山市・IS学園】、【福井県美浜町・美浜原発付近】、【小笠原諸島・孫の手島近海】の3ヶ所にそれぞれ黄色い光点(グリップ)が記されており、そこから衛星で観測された波長を照らし合わせる作業を繰り返していた。
––––––結果は寸分の誤差はあれど、ほぼ一致。
しかも特定時間によってはグリップのひとつが強力な波長を放てば他のグリップも反応して同波長を放つ––––––という奇妙な現象を起こしていた。
「どう見ても…【共鳴現象】……よね。」
【共鳴現象】––––––先の機龍暴走事故の際に観測された現象名だ。
機龍のDNAコンピュータに使われていた特定の塩基配列が同時刻に駐屯地内で行われていたG元素を用いたG2機関発電システムの機材の放つ周波数に反応し、機龍の欠けた装甲を補う為に試験搭載したG元素由来の特殊装甲––––––【G型装甲】を通じて、暴走。
しかしその2分後に別の周波数を機龍の実験場内で観測。
その別の周波数に共鳴するように機龍の波長が変異。
さらには、同時刻にG2機関発電システムの機材が破損。
それらが起きてやっと機龍の暴走は停止––––––。
それで一度は安堵したものの、別の周波数の発信源が千尋だと知った瞬間は、まるで頭をハンマーで殴られたような衝撃に襲われた。
「…やっぱり、G元素はヒトには早過ぎた代物なのかもね……。」
天井を見上げ、「ふぅ…」と溜息を吐いてアイリは呟く。
––––––まぁ、G元素自体が未開拓の部分が余りに多過ぎるのだ。そもそもG元素はゴジラの生体エネルギーであり、人類が知り得る既存の元素の約8倍の数の未確認元素がありそれらが既存の元素にどんな影響を及ぼすのか、どれだけのエネルギーを生み出すのか––––––未だ全体の13%しか分かっていない。
そもそも8倍で留まるかどうかすら怪しい。
もしかするとそれ以上に増える可能性だってある。
それ以前にこれが禁忌に触れてしまわないか、ゴジラやゴジラクラスの巨大生物殲滅用に行われていた研究や開発された武器がまた別のゴジラや他の巨大生物を生む原因にならないか––––––。
その点にもピリピリと神経質な程にまで警戒しながら行って来たが––––––。
それが果たしてどれだけ効果があるのかすら分からない。
人が自然を支配する事などできないのと同じように。
「––––––そんなモノにも手を出さなきゃいけないだなんて…。」
ふと、アイリが呟く。
これまでG元素やG細胞を用いた研究をして来たが、どれもロクな事が無かった。
いや、あるものも確かにあった。
しかしそれは余りに危険極まりない、ハイリスク&ハイリターンならぬ、ハイリスク&ハイデメリットだった。
どうしようもないまでに理想的な淡い期待を寄せ、どうしようもないまでに残酷で悲惨な結果を生む。
「…やっぱり、一番の怪獣は私達ニンゲンね。」
自嘲するように言う。
だが、それが事実だ。
それは歴史が証明している。
––––––人は利権を巡って戦争をした。
––––––人は核を作り、使用した。
––––––人は発展の為に公害を起こした。
––––––人は開拓の為に森林を焼き払った。
今までにして来たそれらの行いで被害を受けた存在がどれだけいるか、検討もつかない。
きっと、知ってしまえば自らが人類を滅ぼしたくもなるくらいなのだろう。
––––––閑話休題。アイリは再び、作業に戻る。
「あ、お疲れ様です。アインツベルンさん。」
ふと、燈が話しかける。
「ああ、燈ちゃん?戻って来たの?」
「ええ、しばらくこちらで対巨大生物戦前略会議に出席しなきゃですから…大変です。」
苦笑いをしながら応じる。
だが、暗い表情に切り替わり、重い雰囲気を纏って口を開く。
「…それに…対G攻略戦には、彼女が…英里加ちゃんの力が、必要なんです。」
「……。」
ふう、と溜息を吐いて燈はアイリが向き合っていたコンソールの画面を見る。
「…それは共鳴現象ですよね?IS学園以外に2箇所もGが放つ特有の周波数を放っている…と、なると…」
「…そうね…来るわね。…【ゴジラ】が。」
アイリが険しい顔をして言う。
ゴジラ––––––大戸島に伝わる伝説の荒ぶる海の神の名を冠する怪獣。
極秘ファイルの中にあった資料でしか見た事がないが、1954年、この日本に上陸し戦後復興間もない東京を再び焦土に変えた––––––とされている巨大不明生物だった。
そしてそのゴジラとある意味同類なのが––––––IS学園の千尋と機龍、美浜原発敷地内の地下にいる、英里加が生み出してしまったバケモノだった。
「…で、英里加ちゃんはどうだった?」
「––––––精神は安定しつつありますが…やはりアレやG関連の話になると発狂してしまって…」
燈が首を横に振りながら告げる。
「…そして、ひとしきり狂ったように叫び散らかした後は酷く悩ましげな表情になって…うわ言みたいにブツブツと、こう言うんです。」
––––––燈が、一拍開けて口から言い放った。
「––––––私がG細胞なんて使わなきゃよかった。私があの子達を治そうとしなきゃよかった。私なんて生まれなきゃ良かった…そしたらあの子達は、人として人らしく生きて死ねたのに––––––と…。」
「…そう––––––。」
アイリは悲しげな顔をして、天井を見上げた。
「…ダリネグルスクのモナーク機関研究施設で行われていた【ベッセルング計画】の失敗––––––別名、【ダリネグルスクの惨劇】からそう簡単には…立ち直れるワケが無いわよね…特に、当事者ならば尚更……。」
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2021年8時14分(日本時間17時14分)
アイスランド南部
北大西洋ウェストマン諸島スルツェイ島沖4キロの海域
夏になったにも限らず、未だ凍てつくような寒さの北大西洋の海を掻き分けながら、アイスランド沿岸警備隊巡視船【アイエル】は過去にノルウェーのベルゲン大学所属海底地震観測船【ホーコンモスビー】の施設した海底地震計を元に航行していた。
「––––––振動探知。本船右弦よりおよそ3.5キロの地点にいます。」
地震計の統計データを確認していた沿岸警備隊員が言う。
「火山弾が飛んで来る危険がある。最低でも4キロ離れるぞ––––––取り舵。」
船長の男性が命じると操舵手は、了解。と応じて取り舵––––––すなわち船首を左に回答する作業に入る。
––––––その、瞬間。
「目標、浮上します‼︎」
双眼鏡を覗いて地震計が示した座標の方角を監視していた観測員の女性が叫ぶ。
一瞬後、彼らが探していた存在が、海底を切り裂くようにして海水を熱水に変化させながら、現れる。
まるでそれは、言い表すならば火山。
厳密には、火山を纏った生き物。
荒々しい岩石めいた外皮は硬化した溶岩を連想させ––––––否、溶岩そのものであるかのように、亀裂の走っている隙間からは赤い紅い、焔のような灯りが闇夜を照らすかのように光っている。
それは溶岩のような甲殻を纏った、爬虫類とも甲殻類とも言い表せぬ、かつて地球に生息していた首長竜を連想させる体型に、頭部は不釣り合いな程に大きく、無数の突起とバッファローのようなツノを生やした、岩石の巨獣だった。
『オ”ォ……オ”オ”オ”ォォオ”ォォォォォォォ…オ”オ”ォォォォォォォォッ‼︎』
––––––鳴動する大地の咆哮。
あの生き物、巨大不明生物は形や並び方の不規則な歯を無数に生やした口から数百度もの蒸気と共に世界を揺らすかのような爆音を口から放つ。
「…今日はご機嫌斜めみたいですよ。【トーガス】の奴。」
観測員の女性が言う。
『オ”ォオ”ォォォォォォォォォ……オ”ォォォォォォォッ‼︎』
【トーガス】と呼ばれた巨大不明生物はアイスランドの南端にある火山島・スルツェイ島近辺に生息する生物だった。
自らの体を海水に浸しながら、痒いところに手が届かない猫がイライラとしているようで、その巨体で海を切り裂かんとばかりに海面を叩き、薙ぎ払う。
ふと、瞬間––––––溶岩のような体表を貫くようにして、鋭い岩石のような新たな甲殻がマグマのような体液と不要となった体表の古い甲殻を火山弾のように撒き散らしながら、トーガスの体表に形成される。
––––––それは、正に噴火。
大地に新たな火山が形成される瞬間に酷似した現象だった。
『オ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”ォォォォォォォォォォォォォォッ‼︎』
––––––再び轟く、咆哮。
空に、大地に、海に、波及するかのように。
それはもはや獣のソレではなく、プレートを軋ませる大地の轟音そのものだった。
「––––––ははぁ…あのイライラは新しい甲殻を形成する前の痛みにイラついてたのね…」
観測員の女性が言う。
彼女が結論に至ったトーガスの痛みとは、人間でいうと成長期に手足の関節が痛む『成長痛』のようなもの––––––否、そのものであった。
トーガスは冬から気温が暖かくなる春にかけて海底にまで潜り、体表に新しい甲殻を形成する。
甲殻の素となるのは体内を循環する超高温のマグマめいた体液だ。
海底に潜るのは、甲殻を形成する時期に上昇しがちの自身の体と形成し錬成した甲殻に対する冷却剤の代わりを成す為。
––––––しかし、
「今年は甲殻の形成に手間取ったし、まだ形成されるから、成長痛が絶えないワケね…」
そう。本来なら春の時点で甲殻の形成は終わり、浮上するのだが、今年は甲殻の形成に手間取った上にこれからまだ甲殻が形成されるのだ。
それで、人間が成長期に手足の関節が痛むような成長痛が絶えないのだろう。
なぜそうなっているかと言うと、おそらくは近年問題となっている北大西洋の温暖化による海水温度の上昇が原因なのだろう。
海水温度が上がって緩くなってしまった結果、甲殻を形成するのに適していない水温になってしまった為に甲殻の形成に時間がかかってしまった。
そのまま海底にいれば良いと思うかもしれないが、トーガスも食糧を得なければ餓死してしまう。
故に仕方なく浮上して来たのだ。
「こりゃあ、かなりストレス溜まってるから、八つ当たりにこの海域通りかかる船舶を襲いそうだなぁ…」
操舵手の男性が呟く。
「そうだなぁ…周辺海域に立ち入り禁止の勧告はしているが、それを強化する必要がありそうだな…」
船長も続いて言う。
そうするより駆除する方が早いと言えばそうだが、以前採取したトーガスの甲殻を調べたところ、モース硬度があり得ないレベルのモノだった。
端的に言えば、日本の海上自衛隊が保有する護衛艦やまとの46センチ主砲をもってしてやっと損壊させられるレベルだが、ダメージは甲殻表層部にしか与えられず、どうやっても分厚い甲殻を貫通することは出来ないのだ。
つまり、殲滅手段が無い。
さらに言えば、今回のような状態でなければ、こちらから手を出さない限りトーガスは人間を襲いはしない。
––––––であれば、トーガスにも気を遣いながら『共生する』という選択肢が無難だろう。
「––––––さて、怒らせない内にさっさと帰るぞ。」
船長の男性が命じると、巡視船アイエルはレイキャヴィック港へ向けた航路を取った。
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IS学園・第1シャフト内
「…それにしても深いわね…特自が使ってる第2シャフトの倍近い深さかしら…?」
空中連絡通路から真下を見降ろしながら楯無が呟く。
光に頼まれた第1シャフトの調査を実行に移し、虚と共に第1シャフトに侵入していたのだ。
「しかし宜しかったのですか…許可なしに侵入して…?」
虚が心配気な声音で楯無に聴く。
「…学園理事長の権限を使っても入れなかった第1シャフトにわざわざ許可を取りに行っても突っぱねられるに決まってるわ。だから許可がとれないなら最初からアポに行かず、不法侵入した方が手っ取り早い。長い時間待たされてなぁなぁにされるよりマシよ。」
楯無のやり方は確かに理解できるし一理ある––––––そこは虚も納得したため、2人は学園中に張り巡らされた電力供給及び空調ダクトの整備トンネルを経由して第1シャフトの通風口から侵入していた。
「…まぁ、こんなのバレたら責任追及で退学か生徒会長クビでしょうね…その時は貴女にも迷惑をかけてしまう…ごめんなさい、虚ちゃん。貴女まで巻き込んで。」
「いえ、お嬢様にお供し、仕えることが幼き頃より私に与えられた使命にございます。嫌とは一言も申しません。」
「そう…そう言ってくれると助かるわ…。」
虚の苦労をねぎらうように楯無が言う。
––––––しかし、ここである事に気付く。
「…ねぇ虚ちゃん、何か、奇妙じゃない?」
「…はい。…人の気配がありません。異常な程に…。」
虚が獣が威嚇するような声音で辺りを警戒しながら呟く。
「…気配を消してるワケでもない、何処かから見てるワケでもない……どういうこと?」
楯無は顔を顰めながら呟く。
第2シャフトでさえ警備課や教務課によるかなりの警備体制が敷かれている。
だが第2シャフトより巨大な第1シャフトがここまでガランとしているのは、あまりにも異常だ。
––––––瞬間。
「…ッ!虚ちゃん、戦闘体制‼︎」
楯無が叫び、専用ISの【ミステリアス・レイディ】を展開。
同時に水のナノマシンをシールド状に展開し、楯無と虚の前面をカバーすると同時に虚も自身のISである【打鉄(暗部仕様)】を展開。
––––––直後、けたたましい火薬の炸裂する音と共に水のナノマシンに20ミリの銃弾が叩き付けられる。
その20ミリ機関砲が放つのは、縦長の直方体に4本足の黒い機体––––––アメリカ製の対人制圧用ドローン【M3A1オート・マトン】。
「…ドローンによる警備体制とはね…!」
若干驚きつつも、お返しと言わんばかりに楯無はミステリアス・レイディのランスに内蔵されたガトリングを穿ち、オート・マトンを蜂の巣にする。
だが瞬間、表示されるウィンドウ。
『警告:下方より敵数4、接近。』
ハイパーセンサーが捉えた敵が接近しつつある事を告げる。
そこにアサルトライフルを穿つ虚が割って入る。
「お嬢様!このフロアのオート・マトンは私がやります!お嬢様は下方の敵を‼︎」
「ええ‼︎」
そして楯無は空中連絡通路から下方に向けて、飛ぶ––––––。
瞬間、壁をよじ登るように移動していたオート・マトンによる一斉射撃––––––。
ISの絶対防御を貫通し得る、20ミリ機関砲4基による同時攻撃––––––本来なら、楯無は機関砲によって絶対防御を貫通され、穴開きチーズにされてしまう所だっただろう。
だが、水のナノマシンによる壁が、それを阻む。
「セカンド・プランは基本––––––ってね‼︎」
さらに、オート・マトン4機が展開するど真ん中に飛び込み、水のナノマシンを増幅させ、湿度の高い霧がオート・マトンを包み込む。
オート・マトンは、それでセンサーがやられて楯無を追尾できなくなる––––––その瞬間を、楯無は逃さなかった。
「クリアバッション(清き情熱)‼︎」
炸裂する、ナノマシンによる水蒸気爆発––––––。
それで、オート・マトンは沈黙した。
「ふぅ…」
「お嬢様!ご無事ですか⁉︎」
オート・マトンを始末したらしい虚が楯無を追ってやって来る。
「ええ、平気よ。…それにしても、学園理事長ですら入れず、さらにはオート・マトンをわざわざ使ってまでして隠したいモノって…」
楯無は疑問を浮かべながら呟く。
だが今迷っても仕方ないと割り切り、そのまま下方に進む。
––––––ふと、地下700メートル程の地点を通過した、瞬間。
ピピピピピピピ…‼︎
ハイパーセンサーに追加されたガイガーカウンターがけたたましい警報音を鳴らす。
「毎時、150ミリマイクロシーベルト…⁉︎福島の汚染地区並みの放射線量じゃない…‼︎」
楯無は思わず絶句する。
絶対防御があるからこそ、被曝はしないがあまりに唐突過ぎるこの放射線量は誰でも驚愕させられてしまう。
だがそれと同時に第1シャフトの壁に固定されているあるモノに気付く。
––––––絶縁体の黒いゴムが巻かれた電力ケーブルだ。
それは下方から直上に向けて伸びて行っている。
さらに、下方にある隔壁をズームで確認するとそこに在ったのは––––––IS委員会のマークと、放射能を意味するマーク。
そして観測された150マイクロシーベルトという無視できない放射線量。
465メートルもの深さしかない第2シャフトに対して850メートルもの深さがある第2シャフト。
それらを条件から導き出される存在は––––––。
「…原子力発電所……‼︎」
10年前に福島を死の大地に変えた、忌むべき存在だった。
今回はここまでです!
…さて、新規ワード…。
■IS学園警備課
主に学園駐在自衛官や海上保安官によって構成されている。
学園の巡回や直接的戦闘を行う普通科、フェイズドアレイレーダーの操作や無人巡視艇・UAVの操作を行う電子科、強化装甲殻や統合機兵を扱う機械科の3科によって構成されている。
少し前までは戦術機や戦車を運用する機甲科もあったがタッグトーナメント直前のIS委員会の圧力により廃止された。
■IS学園教務課
原作にも登場する教師部隊や授業を行う教師の所属する課。
生徒に授業をする教導科、校内でのIS関連の問題に介入する武装科、アリーナの監視を務める監督科の3科で構成されている。
しかし基本女尊男卑であるため、山田先生や織斑千冬などの一部を除いて公的存在とは言えない存在となっている。
■【IS学園対外規約第3条「学園の防衛ならびに支援は当事国および常任理事国が行う」】。
学園は当事国である日本の自衛隊と常任理事国であるアメリカ、中国、ロシア、フランス、イギリスのうちのどれかの軍隊が防衛ならびに学園の支援にあたると言う決まり。
■【IS学園対外規約第16条「第3国による学園への武力的・諜報的攻撃の禁止」】。
学園に対して攻撃を行った勢力の帰属する国家が国際社会で制裁対象として罰せられる。学園の主催国である日本の自衛隊も対象である。
■第1シャフト
第2シャフト以外に学園地下にある、地下780メートルもの深さの縦穴。
公式にされているものの、関係者以外立ち入り禁止で、非常時に学園の全権限が与えられる千冬や、現在肺ガンの治療で入院中の正規理事長の桑継十蔵や、その代理として勤めていた臨時理事長の光などの権限でも入る事は出来ないエリア。
すなわち学園にありながら学園の人間ではアクセス不可でIS委員会の人間はアクセス可能という、奇妙な場所となっている。
……と、こんな感じですね。
なお、今回出てきたIS学園対外規約が後に不味いフラグに…。
シンゴジラ見てて思いましたけど、法律の壁って分厚くて高過ぎるから、一筋縄には行かないんですね…。(あれは対ゴジラ法とか無かったから既存の法律でやるしか無かったんだけど…。)
今回は最近空気になりかけていた神楽嬢を目立たせるためにかなり長ゼリフを喋っていただきました。
…今後ですが、神楽とセシリアが料理の練習してる話とかを番外編か閑話で出してみたいですね…。
あと、束のレッチ島での強制労働のシーンは南海の大決闘のオマージュです。
…え?はよタッグトーナメントしろって?
…も、もう少しだけ待って下さいお願いします(土下座)
じ、次回はアイリと燈が触れていた英里加と彼女が引き起こしてしまったダリネグルスクの惨劇とベッセルング計画によって生まれてしまったビオランテに触れたいと思います。
…あと楯無さんのオート・マトンへの突貫で20ミリ機関砲4基で絶対防御貫通される的な描写がありましたが、あの設定は原作のワールドパージ編であった描写を元にしています。
さて第1シャフトにあったのはまさかの原子力発電所…いったいどういう事か…?
次回も不定期ですがよろしくお願いします。
次回も不定期ですが、よろしくお願い致します。