インフィニット・ストラトスadvanced【Godzilla】新編集版 作:天津毬
今回はタッグトーナメントに向けた準備回になります。
EP-27 タッグトーナメント前日
IS学園・第2シャフト整備区画
タッグトーナメント前日となった現在、千尋たち特務自衛隊統合機兵実験集団と、同じくセシリアのイギリス陸軍統合機兵試験隊、その他専用機乗りたちも、最後の整備に追われていた。
本来これは整備士の仕事なのだが、最後の最後にしか出来ない重要な点検作業でもあるために操縦者も整備士に混じって整備・点検作業を行うのだ。
千尋と箒も簪もセシリアも––––––皆ツナギの作業着を身に包み、機械油に汚れていた。
「ふぅ…。」
千尋は剥がした装甲の中にあるサブスラスター周りの整備を山本三尉と共に行っていた。
「たった一週間使っただけでこんなに汚れが溜まるとはな…」
雑巾を手に、サブスラスター周りにこべりついた油混じりの埃を落としながら千尋は呟く。
––––––つまりは、それだけ使い込んだという事だ。
「跳躍ユニットはパーツの交換は必要ないけど、かなり汚れが付いてんなぁ…。」
千尋の打鉄甲一式を共に整備していた山本がそう呟く。
これらの汚れが理由で機体に不調が起きたりする事が有り得る以上、些細な油汚れでも無視できない上に統合機兵の実戦評価テストでもあり、見た目が汚いのは喜ばしくない為に徹底的に汚れは落としていくのだ。
それは千尋と箒の打鉄甲一式だけではない。
簪の颱弍式、セシリアのユリウスも同様だった。
––––––ふと、セシリアが顔を上げると鈴が自身の専用機である甲龍にもたれながら落ち込んだようにしていた。
よく見ると、千尋達を含め周りのIS乗りもISの整備をしているのに、何故か鈴だけ整備をしていなかった。
––––––いや、何方かと言えば鈴の雰囲気から察するに整備出来ないと言うべきとも見て取れた。
「どうしたんでしょう、鈴さん。」
セシリアが少し心配気に呟く。
それに、山本が応えた。
「多分、エンジン周りの整備スタッフが居ないんだろう…今ロシア大使館経由で整備士を手配している途中らしい。」
確かに、よく見るとエンジン以外の部位はちゃんと整備されているがスラスター…推進器やエンジンの整備は誰も手を付けていなかった。
だがそこでセシリアに新たな疑問が生まれる。
「あの、どうしてエンジンにロシアが絡むのですか?」
「中国は未だに国産のエンジンを開発出来ていないんだ。ISのみならず航空機のエンジンもな。」
再び山本が応える。
「だから、冷戦時代からの付き合いであるロシアのミコヤムグルビッチ設計局やスフォーニ設計局の設計したエンジンを輸入して自国の兵器に組み込んでいる。そしてそれは当然、航空機に留まらずISにも。」
世界最強の兵器たるISを他国の援助無しに維持できない。
ISをコアを除いて純国産パーツを用いているブルーティアーズを開発したイギリス出身のセシリアからすれば、その事実は衝撃を与えた。
なにせ、今まで全ての国がISのパーツを全て自国で生産できると思っていたから。
「…中国は国産エンジンを作ったことは作ったよ。」
ふと、簪がセシリアに向けて呟く。
「でも、その国産エンジンをISに使った事で【人類史上初のIS墜落事故】という不名誉な事態を引き起こしたから、中国政府は己の面子の為にも技術が確立して優れているロシアに頼らざるを得なくなったの。」
––––––さらなる衝撃がセシリアに走る。
ISの墜落事故が起きたことは前々から噂として聞いた事があったがまさかそれが本当だとは思いもしなかった。
––––––だが、そこでまた新たな疑問が浮かんだ。
「あの、中国がロシアからエンジンを輸入するのは分かったのですが、何故ロシアは中国にライセンス生産を許可しないのですか?」
【ライセンス生産】––––––他国のメーカーに許可手数料を払う事で許可を得て自国のメーカーで製造する方法。
それは日本の自衛隊でも、イギリス軍のみならず東西両陣営の各国で行われている手法だ。
「ああ、一時ロシアは中国にライセンス生産を許可しようとしたんだが––––––…」
セシリアの疑問に、山本が苦笑いを浮かべながら応える。
「その直前に中国軍がロシア軍の戦闘機Su-27フランカーのエンジンを無許可で『国産エンジンとして』製造しちゃってなぁ…コピー製品製造になっちゃってロシアは当然激怒、それでライセンス生産の話は白紙になっちまったんだ。まぁ、あの国はパクリスペクトが得意だからなぁ…。」
やはり苦笑いを浮かべながら言う。
「それで中国への輸出が一時ストップされた。…だが最近のロシアは経済が低迷しつつあるから、輸出を再開。同時に中国はパーツを輸入して中国の企業で組み立てさせる【ノックダウン生産】を採用している。…こっちはライセンス生産以上に金がかかるが、中国は受け入れざるを得ない。
––––––ただでさえ東側の製品は品質が悪いから、少しでもましなマシなロシアに頼らざるを得ないからな。」
山本は淡々と語りながら、現実を見るような醒めた目をして、呟いた。
「––––––最近中国が東側の盟主として台頭しているように思われているが、結局はロシア頼み––––––つまるところ、東側は未だに旧ソ連の末裔であるロシアという力の根源に依存しなくては大して何も出来ないってワケさ。」
山本の口から告げられる、東側の現実。
西側がアメリカによる統治や支援無しに存続出来ないように、東側もロシアの支配と隷属なくして存続出来ない––––––という、現実。
「だけど、最近は中国が調子に乗り出したからロシアは見切りをつけ始めたらしい。」
ふと自機の整備が終わった千尋が言う。
「まぁ、誰だってこの御時世に核の撃ち合いをおっ始めそうな国には関わりたくないからな––––––それ以前に、巨大生物に侵攻されている中で他国と戦争したがるようなバカは東側にもいないよ。
––––––余程、狂気の沙汰で無い限りは……な。」
山本が千尋とセシリア、そして簪に告げる。
––––––つまり山本のそれは希望的観測だ。
千尋が見ると、セシリアも簪もそれを察しているらしく、胸を撫で下ろそうともしない。
––––––そこに、自機の整備を終えた箒も合流する。
場の雰囲気から何を話していたか何と無く察したらしく、少し複雑な顔をする。
「…さて、整備は終わり。休憩にでもするか。」
山本が言うと全員の顔が緩む。
––––––同時に箒が千尋に声をかける。
「…千尋、ちょっと。」
「なんだよ?」
箒に呼び掛けられ千尋は声を返しながらも何かを察している顔をして箒に着いて行く。
––––––場所は第2シャフトに設けられた仮設の炊事室。
「皆に何か振舞おうと思ってな。」
箒が微笑みながら告げる。
それに千尋も––––––久方ぶりの無邪気な笑みを浮かべて応える。
「知ってた。じゃあ、暑いし【冷やし茶漬け】でもするか?体は冷えるし山本三尉の好物だし。」
「うむ、そうだな。あまり具材を用意するヒマは無いから…冷凍食品の鮭と青ねぎ、それとゴマ味噌、出汁の代わりに冷やした緑茶を使うか。」
「そだな。じゃあ青ねぎは俺が切るから箒は鮭ほぐすの頼む。」
「任せておけ。」
箒もまた久方ぶりに––––––にかり、と笑う。
顔色も非常に優れている。
それを見て千尋は少し安心する。
「今日は元気だな、箒。」
「ああ、最近は発作も無いしアザの侵蝕も落ち着いている…アイリさんの特効薬のお陰で元気だよ。」
箒は微笑みながら返す。
––––––少し前まで黄色いアザが広がるたびに発作を起こして吐血していたのだが、アイリが処方してくれた特効薬のお陰で最近発作は静まり返り、以前のような普通の状態に戻りつつあった。
それにしても––––––。千尋は箒を見つめながらふと、思う。
箒は千尋の視線に気づき、そちらを向く。
「なんだ?」
「いや、やっぱり今みたいに笑って明るい箒は綺麗だなぁ…って。」
「⁈な、なななななななっ…⁉︎」
惜しみ無く口にしてしまう千尋に箒は思わず赤面する。
しかも、一夏とは違って鈍感無意識で言っているのではなく、真意で言っているのだから嬉しいと言えば嬉しいが、箒も思春期のごく一般的な女子だ。恥ずかしくないはずが無い。
「う…嬉しいことは嬉しいが……その、少しは相手のことも考えて言え。恥ずかしいだろう………ばか。」
顔を赤くしながら照れ隠しをするように少し棘のある言葉を箒は放つ。
それに千尋は無邪気に笑う。
––––––しかし、やはり心の中は穏やかでは無かった。
いや、最近箒の心配をしていたが箒が元気になったことで少しはマシになった。
それはアイリの処方してくれた特効薬のお陰だ。
だが、千尋はそれが箒の精神的支柱となると同時に時限爆弾だとアイリに聞かされたから。
––––––アイリ曰く、その特効薬はあくまで箒を蝕むアザを一時的に抑え込んで侵攻を遅滞させる効果があるが、そこで溜め込まれた歪みが後になって爆発するのだそうだ。
つまり、その特効薬を用いるということは箒を一時的に苦しみから逃れさせられるが同時に時限爆弾の導火線に火を灯したのと同義なのだ。
あまりに危険だが、それが現状アイリに出来た最善のモノ……いや、言葉を飾り過ぎただろうか––––––現状、これ以外に方法が無いのだ。
箒に、いつ爆発するか分からない時限爆弾を持たせる他は。
既存の医療機関では箒のアザはもはやどうしようもなく、特自の生体研究所やモナークの医療班が頼りだが、それを持ってしてもこれが限界だ。
いつ爆発するか分からない箒の時限爆弾が起爆する前に、アイリや自分らは本格的な治療薬の開発が急ぎ求められる。
今の千尋に出来るのは今まで通り箒を精神的に安定させて体調も安定させることくらいしか、出来ないのだ。
自身の細胞を––––––オルガナイザーG1を使うという案も出したがアイリに却下された。
確かに理性的に考えれば当たり前だ。
自分の細胞を取り込んだ結果、バケモノに堕ちる––––––そんなオチがあるからだ。
––––––ぎり。
無意識の内に千尋は奥歯を強く噛む。
自分はそれなりに力があるものを持っていても他者に分け与えられるモノが何も無い。
せいぜい、気を使うことくらいしか出来ないのだ。
––––––なんて、無価値。
そんな風にさえ思わされる。
––––––いや、これは自惚れているのだろう。
一個人の人間として生きている今、限界は当然のように存在してしまう。
一人で出来る以上の事をやれるわけなど無く、それが出来ないのであれば自分に出来ることをやるべきである。
––––––当たり前の事なのに、それに頭が回っていない。きっと、疲れているのだろう。
「…はぁ……」
そう自己完結すると、思わず溜息が漏れてしまう。
「千尋、どうかしたのか?」
「いや、なんでも……それよか青ネギ切れたぞ。」
「あ、ああ、ありがとう。」
微笑みながら––––––何処か儚さを孕んだ顔をして、箒は千尋に返す。
箒自身、察しているのだ。
自分がそう長くないことに––––––。
でも、だからこそ今自分は––––––
「はいこれ。白米は丁度いい具合に冷や飯があったしこれにしよっか。」
笑っていよう。
そう思って千尋は青ネギを渡しながら、箒に対して必死に無邪気に笑みを浮かべながら言った。
『––––––次のニュースです。ロリシカ政府は昨日、樺太にて大規模作戦を敢行する声明を発注し––––––。』
ふと、炊事室にあったラジオから不穏な報らせが流れてきたのはその時だった。
■■■■■■
ロリシカ共和国・カムチャッカ州
エリゾヴォ市
カムチャッカ半島の先端にある【新首都ペトロパブロフスク・カムチャツキー】の北部に位置するその都市は以前は人口4万5000人程度の、周りを田園地帯が取り囲む長閑な田舎染みた都市だったが、今は西部戦線から逃れてきた難民達が加わり、人口は8万人と倍に膨れ上がり、都市の規模は拡大。
そして首都ペトロパブロフスク・カムチャツキー防衛の為の盾として機能すべく、街の象徴であったエリゾヴォ空港は貿易用のみならず【エリゾヴォ統合基地】として存在していた。
エリゾヴォ統合基地
季節は6月––––––バッチリ夏だ。
だが、高緯度のエリゾヴォは暑いという感じでは無く涼しいという感じの気温だった。
それは例年のこと––––––なのだが。
「––––––ぺっくちゅ!…うぅ、寒……。」
ロリシカ陸軍第1戦術機中隊・メドヴェーチ中隊の下士官であるユーゲンは震えながら口にする。
––––––今年は例年に比べて、非常に肌寒い。
毎年気温が20度を超えることが滅多にないのは当たり前なのだが、今年は異様に寒い。
「寒いですね…ベルホヤンスクよりはマシですけど、夏の割に寒いです。」
エリゾヴォ統合基地の官舎で休暇中であるため暇だったのでユーゲンと散歩していたリーナが言う。
「私の生まれのサンクト=ペテルブルクもこんなに冷えたりしなかったのに…」
ヨーロッパ・ロシアにあるサンクト=ペテルブルクも中々高緯度にあるが、シベリア・ロシアやロリシカ・カムチャッカのような寒冷地帯からの冷たい風はウラル山脈が遮っている上、沿岸地域である為湿った空気とイギリスから吹いて来る偏西風の影響でそこまで冷え込まない。
だからリーナにとって、夏にも関わらずエリゾヴォのこの寒さは異常だった。
だがまぁ、この冷え込みの原因は恐らく––––––心当たりを思いついたのかユーゲンが口を開く。
「バルゴンが地形を滅茶苦茶にしたせいか、シベリア・ロシアに流れ込んだバルゴンを迎撃する為にロシア軍がバカスカ核ミサイルを撃ち込んだせいか––––––あるいは、その両方か…。」
ロシア軍がバルゴンを迎撃する為にISや戦車部隊のみならず、戦略核兵器を大量に使用したことは、もはや国際的に既知となっており、特に核攻撃を受けて以来、核に敏感な日本とロリシカは非難の声を上げていた。
放射能が風に乗って周辺諸国にも影響を及ぼすからだ。
でなくとも、放射能を含む塵が舞い上がり、太陽を遮断するカーテンとなり、寒冷化––––––SF小説でお馴染みの俗に言う【核の冬】が到来しているのだ。
範囲は今でこそ、そう広くはないがこのままロシア軍が核兵器を多用するようならば核の冬はさらに過酷なモノになり、ユーラシア大陸全土…いや、地球環境にも影響を与える。
野菜などの生鮮食品は全滅。肉やチーズなどの加工品も激減し、物価の高騰化が懸念される。
他にも、放射能の塵から降る雪による雪害で交通インフラに打撃を与えかねないし、なにより放射能を含んでいることから人体への健康被害も懸念されている。
それに備え、ロリシカ政府はワカメの輸入を進めている。
––––––なんでも、ワカメは放射能に耐性のある体を作るのに役立つらしい。
…何処まで信じて良いかは分からないが、かの有名な旧ソ連のチェルノブイリ原子力発電所の事故で放射能が漏れ出た時はワカメの放射能耐性の話を聞いた人間達が凄まじい勢いで消費した為に事故から数週間でヨーロッパからワカメが ” 実際に ” 消滅したらしい。
正直、ワカメだけで放射能の耐性が付くとは思えないが、政府としてはワラにも縋る思いでワカメの大量輸入に踏み切ったのだろう。
生き残った国民のバルゴンに対してだけでなく、放射能という見えない恐怖に対する不安を拭い去る為に。
だが核の冬への懸念は食料問題や放射能問題だけでは終わらない。
最大の懸念は、周辺諸国から流れ込む恐れがある膨大な数の難民––––––。
数は数千、数万では済まないだろう。
数十万、数百万…下手をすれば億単位になり得るかも知れない。
そうなればロリシカの物資供給が追いつかず、キャパシティオーバーに陥ってしまう。
今でさえ、西部戦線から逃れてきた難民を保護して難民キャンプに住まわせたまでは良くても、物資の不足により供給がギリギリで衣食住が満足に提供されている場所の方が少ないと聞く。
––––––こんな状況下で日本からの疎開を受け入れようとするのだから、正直耳を疑う。
だが、疎開受け入れの見返りにバクテリアを合成して作る合成食糧の生産プラントを提供してくれるのだから無益ではないと言える。
しかしそれ以外の周辺諸国はどうか?
日本は食糧生産プラントという、ロリシカの食糧不足を補う存在を提供してくれるが故にロリシカは受け入れた。
だが他の、ロリシカに益をもたらさない国家から流れ込んでくる難民はどうするべきか?
…普通なら、人道的配慮として受け入れるべきだろう。
だが受け入れたとしても衣食住を提供できるほど余裕などない。
であらば、受け入れないべきだろうか。
––––––ふと、北の空からジェットエンジンの唸る轟音を轟かせながら山間を這うように【An-225Rアントノフ改輸送機】が次々とエリゾヴォ統合基地の滑走路目掛けて飛んで来る。
北西戦線––––––ベルホヤンスク防衛線やヤクーツク防衛線––––––から撤退して来た輸送機が次々とランディングし、兵員や積荷、そして救出した難民が降ろされていく。
誰もが着の身着のまま––––––埃で黒く汚れた格好のままで、皆が皆、活気のない死んだような顔をしている。
「物資の方…大丈夫かなぁ……」
ユーゲンは少し不安げに呟く。
食糧や医薬品などの物資が行き届かずにパンク状態となり、大の大人が食糧を巡って乱闘沙汰になったり、持病持ちの人が薬を摂取できずに体調を崩し、そのまま亡くなる––––––なんてことはザラだった。
––––––自国民ですらこれなのだ。
他国の難民を受け入れるのに対価が無くては受け入れられない。
とても納得は出来ない歯痒い話だが、自国の防衛すら危ういのにそれに関してとやかく言えるわけが無いだろう。
「––––––いずれ…サンクト=ペテルブルクも……」
リーナが難民を見て、少し寂しそうな顔をして呟いた。
「––––––ロシアはシベリアのエニセイ川とオビ川に駆逐艦や巡洋艦、さらに沿岸に地上部隊を配置して防衛戦を展開するそうです。…万一突破されても、急ピッチで建造されているウラル要塞群が迎撃に当たるそうですから、当面は大丈夫でしょう。」
リーナを安心させる為にユーゲンはそう言う。
確証があるわけでは無い。
もしかするとウラル山脈に建造中のウラル要塞群の建造が間に合わずに突破され、ヨーロッパ・ロシアも蹂躙される可能性は充分ある。
だがリーナを安心させるには、気休めでもそう口にするしかなかった。
「––––––ここにいたか、同志軍曹、同志伍長。」
振り向けば、政務士官のイリーナがいた。
「樺太への大規模攻勢作戦––––––【ジヴラーリク作戦】のブリーフィングを行う。司令部に集合しろ。」
「了解しました。」
「––––––了解…」
イリーナの命令に2人は応えると、難民たちに背を向け、エリゾヴォ統合基地の司令部に向けて歩みを進め始めた。
■■■■■■
日米臨時編成軍艦隊
空母「ジョン・F・ケネディ」
シャワー室
「はぁ〜…やっぱりシャワーは気持ち良いわねぇ……。」
シャワーから滴り落ちてくる程よい水圧の湯を浴びながら、ナターシャが陽気な声で言って、それがシャワー室に木霊する。
「…シャワーくらい、静かに浴びられないの?」
ふと、彼女の隣からヘックスが醒めた、冷氷のような瞳のままナターシャに言う。
「はぁ…んも〜、ヘックスったら硬いわぁ〜もっとリラックスしなさいよ。『風呂は命の洗濯だ』って、昨日話した海上自衛隊の士官も言ってたわ♪」
「……そういうの、要らないから。」
やはり陽気な声で言うナターシャに対してウンザリするような声音で言い放つ。
「私は合衆国の敵を排除する為の武器よ。人並みの感性なんて、要らない。必要ない。」
「……アンタはアレの所為で家族を亡くしたニューヨーカーだから…気持ちは分からなくないわ…でも……」
「…でも、何?–––私が【9.11同時多発テロ】で両親を亡くした事に対しては同情するけど合衆国のイヌになってテロリスト狩りをする事には反対ってこと?」
––––––凍てついた、冷たく鋭い瞳。
ヘックスはそんな目をしてナターシャを見る。
「…復讐の為かは知らないけど、それで貴女の家族が帰って来るわけ––––––」
「––––––ふざけないで」
ナターシャが説得するように言おうとするが、ヘックスはそれを遮って口を開く。
「復讐?…はっ、そんなチンケな理由だけじゃないわ。……私のような人が増えて欲しくないからよ。」
瞳の奥に持ち前の白い肌とは対極の、黒い、暗い闇を宿しながらヘックスは声を放つ。
「––––––私みたいに親を失って、路頭に迷い、生活の為にゴミ箱を漁ったり男の竿を咥えて体を売らなくてはならないような世界に堕とされるような人を増やしたくないから––––––だから私は祖国アメリカとアメリカ国民の脅威となる存在を皆殺しにするのよ。
人間だろうと怪獣だろうと––––––例外なく、ね。」
––––––まるで魔女のような、歪に口を歪めて嗤うような顔をして、彼女はナターシャを拒絶するように足早でシャワー室を出て行った。
「……はぁ…」
1人残されたナターシャは溜息を吐く。
「…どうしてこうも、人って複雑なのかしらねぇ……」
飄々としながらも諦観を含んだ声音で呟く。
彼女は今までに喪ったモノは殆どない。
だからだろうか、ヘックスのような感性は理解出来なかった。
––––––ヘックスはアメリカの脅威となる存在を皆殺しにすると言っていたがそれでは、
「結局、復讐の矛先は貴女に向くじゃない……ヘックス…」
哀愁に満ちた声音でそう呟く。
––––––だが、今はそれ以上に不審に満ちた思いがあった。
「…それにしても、どうして私たちを東京湾奥部に配置したのかしら……?」
ヘックスとナターシャが所属することになった部隊はJFKに乗り込んでいるMF-22Aラプターを運用する第61戦術機小隊––––––対人制圧戦の要とされる部隊だ。
明日はIS学園でタッグトーナメントがある。
先のクラス別トーナメント時の襲撃の件からして、また襲撃される可能性がある。
そうなった場合、必要とされるのは自分たちのような対人制圧戦に特化した部隊だ。
––––––にも関わらず、何故か後方に配置。
「…対人制圧戦では対処出来ない存在が日本に近づいているということ……?」
––––––果たして、ナターシャのその言葉が数日後に現実のモノになるとは、声にした本人を含めて誰も思いもしなかった。
今回はここまでです。
これまでめちゃくちゃグダりましたが次回からやっとタッグトーナメントです。
なお、こちらではタッグトーナメントは1日目と2日目に分けたいと思っております。
ちなみに鈴に関するアンケートを活動報告で行いますので宜しければ参加してみて下さい。
次回も不定期ですがよろしくお願い致します。