インフィニット・ストラトスadvanced【Godzilla】新編集版   作:天津毬

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また1ヶ月以上すっぽかしてしまい、申し訳ありません。
言い訳になりますが、大学の毎週出される課題とか家の用事で多忙でしたので……。
他にも理由はありますが、とりあえず本編へ。

––––––今回はタッグトーナメント1日目になります。
原作とは少し違って、こちらのタッグトーナメントは試合などの1日目、試合と企業との面談の2日目、一般展示の3日目の三日間で構築されています。
まぁ、分かりやすく言うと体育大会と就職活動をごっちゃにした感じです(余計分かりにくい)。

今回はそんなタッグトーナメントの最後の最後の下準備から始まります。





EP-28 タッグトーナメント1日目(前)

6月12日午前8時55分

IS学園第2アリーナ

ピット内

 

ピット内に備え付けられたアリーナの状況を写すモニターには席を一杯に埋め尽くす生徒の保護者や企業や各国のエージェントなどの来賓客にまみれている光景が映し出されていた。

 

「遂に…来たんだ……一夏と…」

 

ふと、鈴が紅惚した顔をして呟く。

 

「すげぇ人だなぁ…千尋も見てみろよ。」

 

ふと、それを見ていた織斑は意気揚々として、少し浮かれたような、顔をして千尋に話しかける。

 

「––––––予備弾薬輸送車両が接触事故⁈」

 

しかし、千尋は織斑と同じ世界にはいなかった。

––––––いや、同じ場所、同じ時間、同じ次元にいるのだが、千尋と織斑のいる立場が違うという意味では、その表現が相応しかった。

織斑は普通の学生のように浮かれているようで、機体の整備もせず呑気に過ごしているが、千尋は整備士と共に本当に最後の最後に残された時間で出来る点検作業に忙殺されていた。

そして今はピット内に置かれた、長机とパイプ椅子があるだけの指揮所の固定電話が鳴り、それを取った為に統合機兵や警備課の予備弾薬を輸送していたトラックが接触事故を引き起こしたという報せを聴いていた。

本来なら通信士が連絡に応じるべきなのだが、通信士も整備のアシストに参加しているため、今は近くに居た千尋が対応していた。

 

「被害規模はどれほどのもので––––––はい、はい。––––––分かりました、20分の到着遅延ですね。はい、伝えておきます。」

 

キビキビと対応し、ボールペンでメモに殴り書きをしながら通話を終えると受話器を置いて、安堵のため息を吐く。

––––––接触事故の被害規模は先導車両が道を間違えた為に迂回しようとした結果、一台目の輸送トラックが一時停車。しかし二台目の輸送トラックが停車に間に合わず一台目に追突。幸い車体のフレームが一部へこんだ程度で済んだらしい。

このくらいなら、部隊内の責任で済む。

これに一般車両が巻き込まれていたらさらに大問題となっている所だった。

そこに、織斑が空気を読まずに訪ねてくる。

 

「––––––なぁ、おい、聴いてる?」

 

「何?今忙しいんだけど。」

 

それに対して、思わず千尋は苛立ち混じりの声音で応じてしまう。

 

「いや観客席とか凄くないかって…」

 

一夏が言う。

––––––けれど千尋からしたら、正直この大会自体興味も無ければどうでも良かった。

統合機兵の性能テストにうってつけだったからという理由で今ここに居る。

けど、うってつけでなければ富士演習場などで試験が行われて居るのだから。

––––––何より、異常性の塊でしかない学園のイベントであるだけに怪しさすら感じていた。

 

「––––––別に、こんだけの人がいることで興奮することないだろ。それこそ1年前の【第2次東京オリンピック】だって今回以上の人がいたし、そこらの球技大会だってかなり人が集まるんだ。大して驚くこともないだろ……まぁ、浮かれるのは分かるけど。」

 

織斑との間に出来た拗れも理由で、棘のある回答をしてしまう。

––––––これでも、事を荒立てないように配慮した回答だった。

 

「––––––話は終わりか?じゃあ、俺は行くから。」

 

そう言うと、千尋は殴り書きをしたメモを手に、整備の総指揮をとっている山本の元へ駆けて行った。

––––––今は、忙しいのだ。

何より、今まで織斑との間にあった出来事を思い出すと酷くモヤモヤとした気分になる。

過去にあった出来事に対してのイライラと昨夜から続いている作業による焦りが混ざり合って、今の感情を構築しているらしい。

だが、そんな事を思っても仕方がない。とりあえず、今は山本三尉に事故の報告をせねば––––––そんな風に思いながら、織斑と鈴を背に、小走りでその場から離れて行った。

 

「一夏、アンタなんかしたの?」

 

ふと、取り残された鈴は一夏に怪訝な顔をして、問いかけた。

抑えてはいたものの、隠しきれていなかった千尋の苛立ちを感じたから、問うたのだ。

 

「別に?俺あいつを怒らせるようなことしてないぞ?」

 

首を傾げながら、疑問符を浮かべながら織斑は応えた。

 

「…ふぅん、まぁ、ならいいけど。」

 

そう言うと、鈴は再びモニターに視線を戻した。

織斑もモニターに視線を戻そうとして––––––自分に違和感を感じた。

 

(––––––千尋を怒らせていないと言うなら、何故彼奴は俺に対して苛立っていたんだ?)

 

内心、自問した。

 

(いや、それ以前に…どうして俺はあいつに気軽に話しかけてるんだ?俺はあいつと今まで話した憶えなんて––––––…)

 

続けて内心、自問する。

 

(––––––おかしい。)

 

内心、自答した。

千尋を怒らせるような事をした憶えなんてない。

今まで千尋に話しかけた憶えなんてない。

じゃあ俺はなぜ、今まで『話した事があるかのように振舞っている』んだ?

おかしい。

おかしい。

おかしい。

おかしい。

それでは矛盾する。

今まで話しかけた事のない相手に馴れ馴れしく話しかけるほど、自分は無神経ではない。

なのに、話しかけた憶えなんてないのに、あいつに気軽に話しかけている。

危害なんて加えた憶えなんてないのに、あいつを苛立たせている。

––––––何故だろう?

––––––何故だ?

––––––どうして?

頭が痛い。

頭がガンガンと鳴り、痛みが脳から神経を伝って全身に波及する。

そして脳から痛みが波及する度に、認識が変わる。

 

(––––––もしかして、俺が憶えていないだけで俺は彼奴らに何かしてしまったんじゃ……?)

 

内心、仮定に至る。

 

(なんで憶えていないいんだ?いや––––––なんで、忘れているんだ?)

 

––––––ガチリ。

歯車が狂って外れたような音が、【脳内(あたま)】に響いた––––––。

 

 

 

 

◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎

 

インドネシア領バンダ海海上

 

––––––超高高度の空を、爆音がつんざく。

インドネシア空軍の超音速UAV【オランバッチ】がその鋼鉄の機体で音速を超え、大気を切り裂きながら飛翔していた。

モナーク北米本部から連絡を受けたモナーク・ジャカルタ支部からのインドネシア軍への要請で、レッチ島に向けて急行していたのだ。

––––––僅か数分後、オランバッチの機首カメラが、レッチ島を捉えた。

 

ーーーーーーーーーー

 

インドネシア空軍

ボルネオ島タラカン基地オペレーションセンター

 

決して広くはないその部屋には、無数のモニターがあり、その内のひとつには、レッチ島に差し掛かったオランバッチの映像が映し出されていた。

––––––煉獄。

映像に映し出された光景を言い表すならば、その一言で事足りた。

地面はところどころがクレーターと化し、森林は燃え盛り、なんらかの施設だったらしい建造物は瓦礫の山となっていた。

その島の上空に、羽や背中に大勢の人を乗せた巨蛾【モスラ】がいた。

 

「––––––《モスラ》の棲む島の島民に手を出したから、レッチ島にはバチが当たったんだ…。」

 

オペレーションセンターのモニターを見た兵士の1人が呟いた。

確か彼はインファント島近傍の島の出身だっただろうか。

 

「––––––米軍の情報が正しければ、ここが確認されている中で7個目の篠ノ之束の拠点です。……生体反応は無し、完全に無人で––––––」

 

オランバッチの操作担当オペレーターが言いかけた。

––––––瞬間。

オランバッチのスカイセンサーが接近する飛行物体を確認する。

オペレーターがすかさず機首カメラを対地モードから対空モードに切り替えた。

––––––直後、鮮血のように赤い眼に、漆黒の羽を持つ巨蛾がオランバッチの機首カメラいっぱいに迫り来て––––––ノイズの砂嵐に変わった。

––––––撃墜されたのだ。

その理解に至るまで、オペレーションセンターは衝撃から来た沈黙に一瞬支配された。

 

「––––––《バトラ》…!」

 

先ほどの兵士が再び口にした。

それで、沈黙が破られた。

 

「くそっ!モナーク・ジャカルタに伝えろ!『インファント島の巨大生物2体を確認、しかし1体は報告と形状が違う––––––』と‼︎」

 

オペレーションセンターは喧騒に包まれた。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

レッチ島近海

束手製輸送艇【グローリー丸】

 

「くそっ…!もう、なんでどいつもこいつも…束さんの邪魔ばっかするんだよぉ…‼︎」

 

自動操舵にしたグローリー丸の甲板の上、ボロボロになった衣服のまま、束は怨嗟に満ちた声で言う。

新たに拠点を作ろうと、【インファント島民(ゴミ共)】をこき使っただけなのに、どこの馬の骨とも分からないバケモノにレッチ島の拠点【れっど・ばんぶー】は壊滅させられ、インファント島民は連れ帰られてしまうは、紅椿は完成にまで辿り着けないは––––––束にとっては災難だった。

顔は、腐臭を嗅いだことで歪んでいた。

 

「ホンット…役立たずもいいトコだよ!このゴミエビ‼︎」

 

見上げながら、叫ぶ。

––––––視線の先には、なんらかのエネルギーで破砕されたように部位のあちこちが変形し、擱座している巨大生物––––––【エビラ】の姿。

バトラのプリズム光線によって一撃で撃破されてしまったのだ。

 

「…は、ぁ––––––…でも…でも、大丈夫……だって紅椿はここにある…そうだ。これを箒ちゃんにあげて、無双させれば……」

 

束の顔が愉悦に歪む。

––––––ISは束さんの傑作だ。

––––––ISは最強の存在だ。

––––––ISは束さんの傑作故に敗北などあり得ない。

––––––だってISを作った束さんはそこらのゴミ共なんかとはちがうから。だから最強の存在なんだ。

束は歪んだ思考をして、それをすることで、自我を保とうとした。

確かに、束の作ったISは最強クラスなのだから束の言い分はあっていると言えばあっていた。

 

 

 

 

––––––だが、悲しいかな。

破滅後の世界に、『超兵器としてのIS』は、存在しないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎

 

2023年––––––破滅から2年後。

3月2日午後8時48分

国連統合軍館山基地–––––––旧IS学園跡。

 

「畜生!なんだあいつらは⁈」

 

神奈川県方面を一望するエリアのひとつであるE-04区画。

バイオメジャー私設武装隊第1特殊騎兵大隊第2中隊の兵士は乗機であるEOS【ハーディマン】を駆り、20ミリ機関砲で応戦しつつ特務自衛隊の戦術機【24式戦術歩行戦闘機不知火】の追撃を躱しながら叫んだ。

どうやら、自分達を追撃している不知火のパイロットはかなりの熟練兵士らしい。

両腕に保持した長刀とナイフシースによる空力軌道制御と跳躍ユニットを目まぐるしく稼働させることで滅茶苦茶な動きをしながらもほぼ無駄のない軌道で自分達を追い詰めている。

––––––既に、あの1機だけに中隊の半数のEOSが屠られていた。

 

「第3中隊は何してる⁈E区画にはかなりの部隊がいただろう⁉︎」

 

兵士の声には明らかな殺意が有った。

––––––しかしそんなことは部隊間データリンクを見ればすぐに分かる話だった。

第3中隊のマーカーは全て消えている––––––つまり、全滅しているのだ。

だが、眼前の敵にこの兵士は気を取られてそんな事にも気付けなかった。

 

『10時方向からさらに増援––––––‼︎』

 

響く無線。

無線の方向を見れば、そこには新たに不知火と撃震の混成編隊を20機ほど視認する。

さらに、その中には露軍迷彩の不知火が6機いた––––––。

それを見て、兵士は凍り付く。

 

「露軍迷彩だと⁈––––––富士教導隊のアグレッサー部隊まで…‼︎」

 

––––––富士教導隊のアグレッサー部隊は、たしか5年前の東京防衛戦と北九州防衛戦、そしてユーラシア撤退戦を生き延びてきた猛者達の集まりだと噂されている。

それが事実なら、逃れられぬ死が自分達に襲いかかろうとしていることになる。

兵士の額を冷や汗が伝う。

 

「第1中隊を呼び出せないんですか⁉︎」

 

兵士は指揮官に向けて怒鳴る。

大隊第1中隊と本部小隊は館山基地の司令本部ビルや通信センタービルの防御に回っている。

 

『––––––無理だ!司令本部ビルや通信センタービルには基地の参謀供を監禁している!それに例の––––––』

 

突如として通信が途絶える。

同時にデータリンクも途絶。

––––––撃墜されたらしい。

 

「中隊長⁉︎くそっ!亡国機業に難民解放戦線の奴らめ…俺たちを囮に使いやがって…‼︎」

 

バイオメジャーの根幹たる企業の経済回復の為に今回のテロに加担したことを今更になって兵士は後悔した。

––––––眼前では、先程からいる不知火が次々と友軍機のEOSを撃破してしまっている。

瞬間、東京方面のN区画から空気を裂く音が響き––––––爆炎が爆音を伴い轟かせながら、連鎖する––––––。

 

『今度はいったい––––––』

 

広域マップではN区画に展開している難民解放戦線の持ち込んだISやEOSのマーカーが次々と消滅して行く。

部隊の兵士がその攻撃の根源を、肉眼で捉えた。

––––––それは東京湾に浮かぶ、東京防衛戦を生き延びた鋼鉄の牙城たる老兵(戦艦)だった。

 

『やまと型戦艦––––––!』

 

太平洋戦争時にマリアナ沖海戦で米軍を主力とする連合軍が展開する湾港に突撃し、太平洋戦争時世界最大の巨大さの口径である46センチ砲で真珠湾攻撃以来の大打撃を米軍に与えた事はバイオメジャーに入る前に数年勤めた州軍の講義時によく耳にしていた。

実戦に投入された中では太平洋戦争後に建造されたモンタナ級戦艦の次に巨大で、砲の口径は太平洋戦争時最大だった46センチから東京防衛戦時に51センチに換装されたという話も聞いていた––––––。

つまり、アレは正真正銘、日本が有するバケモノ兵器のひとつだった。

––––––瞬間、火山が噴火したような爆音が轟き、やまとの51センチ砲が火を噴いた。

––––––空を裂き、弧を描きながら襲い来る、鋼鉄の塊。

弾着まで、5秒。

 

「まずい––––––回避を‼︎」

 

––––––兵士が叫んだ。

弾着まで、3秒。

 

––––––他の兵士が自機のEOSを駆って、回避行動に入る。

弾着まで、2秒。

しかしそこで、砲弾が空中で炸裂した。

––––––榴弾、だったのだ。

––––––兵士が声を上げるよりも速く、無数の散弾が、篠突く雨(しのつくあめ)のように地面に突き刺さって行き、EOSを薙ぎ払い、吹き飛ばし、潰していく––––––。

砂塵と衝撃波と轟音が連鎖し、世界が閉じたように、視界が奪われる。

 

「––––––各機、に通達。…中隊長が戦死し、部隊が……崩壊寸前だ。……よって…小官が、指揮を、引き継ぐ。」

 

砂塵による視界不良のなか、震える声で兵士が告げた。

応答するものがいるかを気にかける余裕など無かった。

少しでも声して、目の前に迫る逃れようのない死からのを背けようとした。

だから兵士は告げた。

––––––間暇入れずに再び轟く艦砲の砲声。

––––––絶え間なく響く突撃砲の砲声。

––––––それに掻き消される呻き声。

––––––頭が狂いそうになる。

兵士は少しでも攻撃をやり過ごすべく、基地の建築物を遮蔽物にして、スラスターを吹かしながら縫うようにして機動、狙ってか流れ弾か、飛んで来る砲撃を躱しながら、追ってきているかも分からない敵を振り切るようにして機動する。

 

(––––––C区画…中央区画に撤退しよう…あそこには、鹵獲した戦術機で編成した臨時大隊がいたはず––––––‼︎)

 

そう思うと、希望が見えて来た––––––。

–––––––直後、その僅かな希望を打ち砕くように、目の前に不知火の機影––––––こちらの動きを読んで、遮蔽物にしていた倉庫の影から飛び出して来たのだった。

右手には20式長刀を手にしている。

左肩には、銀龍–––––– 【3式機龍 】––––––の首を象った部隊章。

 

「なぁぁっ⁈」

 

兵士が驚愕の声を上げられたのは一瞬のことだった。

不知火は兵士のハーディマンに回避の余裕を与える事なく肉薄し、長刀を用いて峰打ちで殴打––––––兵士のハーディマンは路上に叩きつけられる。

機体に走る衝撃。

––––––待ち伏せされていた。

兵士は戦慄し、恐怖しながらも、気付いた。

––––––思えば、艦砲射撃の後から何処かから飛んで来ていた36ミリの砲弾は、自分を此処に誘導する為だったのだろう。

––––––兵士は、逃げようと足掻く必要などなかった。逃げようと決めた最初から、踊らされていたのだから。

––––––だから兵士は諦めた。

そこへ、不知火は返す刀で路上に叩きつけられたハーディマンに切っ先を突き立て––––––金属のひしゃげる音と肉が潰れる音が木霊した。

––––––兵士が最期に視界に映された世界は、自身の胸を押し潰すように突き刺さった、まるで巨人を殺す為とでもいうような、人間を殺すには余りに度が過ぎる鋼鉄の巨刃と、もはや原型を留めぬ、血液と体液を垂れ流す奇怪な肉塊と化かした己の身体(血を吹き出す壊れたスプリンクラー)だった––––––。

 

––––––ああ、失敗した。こんなことなら、このテロなんかに、加担するんじゃなかった。

こんな化け物に殺される様な事に、関わるんじゃなかった。

 

––––––それが、兵士の脳が活動を停止し、意識が途絶える前に浮かんだ最期の思考だった。

 

 

 

 

ーーーーーー

 

午後9時17分。

国連統合軍館山基地・E区画-C区画境界

 

(––––––手応えは、あった。)

 

不知火のパイロットは、敵ハーディマンに長刀を突き立てながら内心呟く。

––––––敵兵を殺した手応えは、あった。

けれど、懺悔はしない。

難民の救済の為に立ち上がった彼らは正義だろう。

だが、人類全体からすれば、巨大不明生物から守る要衝であるこの基地を意図的に落とそうと占拠した彼らは、独りよがりな悪人達でしか無かった。

何より、自分には無関係の存在だ。

––––––自分は彼らのことを、日本、日本人を––––––正直に言えば自分の家族を危険に晒してくれた下郎としか見ていなかった。

この場で公私混同は宜しくないということは百も承知だ。

––––––それに、自分からすれば下郎でも彼らには大義があり、彼らにも家族がいたかも知れない。

だが、しかし––––––

 

「––––––生憎と、俺は敵にまで御丁寧に同情するほど優しくはない。」

 

何処か心の淵にある罪悪感は振り払うべく、言い放ち、ハーディマンから長刀を引き抜く。

そして、館山基地の中央区画を見やる。

––––––ふと、同時に思い出した。

 

「––––––そういや、2年前にここで、タッグトーナメントなんてあったっけ…」

 

幼さと懐かしさを孕んだ声音でそう、呟く。

だが、感慨にふけっている場合では無い––––––と首を振る。

––––––あの時が、女尊男卑だったままの世界は、曲がりなりにも平和だった世界はもう還っては来ないのだから。

 

『––––––ウォードッグ01よりアルファ01、中央区画の状況を報告せよ––––––オクレ。』

 

ウォードッグ01のコールサインを持つ女性自衛官が通信を自分に送ってくる。

 

「––––––基地施設各所の合間に敵影と思しき熱源及び音門複数確認。–––––––海上の艦隊に面制圧を要請しますか?––––––オクレ。」

 

自分は努めて冷静に通信を送る。

 

『––––––ダメだ。基地施設にダメージを与え過ぎては復旧に時間がかかる––––––やむを得んが、シラミ潰しにしていくしかあるまい––––––オクレ。』

 

女性自衛官が乗機である不知火で自分の機体の隣にまで短距離跳躍して接近しながら通信で告げる。

 

「––––––了解。突撃のタイミングはそちらにお任せします。––––––オクレ。」

 

『了解した。––––––それと、だ。』

 

「なんでしょうか?」

 

『貴様の機体は余剰機体の借り物だからな…壊すなよ?壊したら、病み上がりとはいえシメるからな?』

 

––––––なんて、冗談まで女性自衛官は言う。

まぁ、余剰機体を借りているのは事実だ。

––––––対人類戦に機龍を使うには許可や申請が必要になる。

そんな暇は時間の無駄でしか無い。

なら、余剰機体を拝借した方が早い。

そういうわけで、今の自機は借り物だった。

 

「––––––はい、了解しております。神宮司二佐。––––––オクレ。」

 

––––––ふと、女性自衛官の通信に自分は気が軽くなり、無意識に健気な声で応答した。

女性自衛官––––––神宮司まりも二佐は自分の応答に何処か突っ込みたい感情を見せながらも、それを水に流し––––––

 

『––––––ウォードッグ01より、ウォードッグ全機、アルファ全機へ––––––傾注‼︎』

 

––––––威厳に満ちた声を放った。

 

『これよりウォードッグ中隊とアルファ小隊は基地中央区画に突入––––––同区画を占拠するテロリストを無力化または排除、基地の奪還を促す––––––』

 

––––––その声には、先程冗談を放った声とは到底似ても似つかない、歴戦の兵士めいた声音。

その声で、再び自分の気が引き締められる。

 

『––––––突撃開始‼︎』

 

「『『『了解‼︎』』』」

 

––––––裂帛の号令。

それに間暇入れずに返す、了解の連鎖。

そこに自分も混じりながら応答し––––––自分、篠ノ之千尋は、突撃を開始した––––––。

 

 

 

 




今回はここまでです。

…一夏が久々に登場ですが…今回はちょっと違う感じにしてみました。
今までタグにあるように「一夏アンチ」として来た一夏が「正常でない一夏」で、今回は「正常な一夏」だとしたら…?





さて次回は…え?後半は何かって?
……文章通り、本編の2年後の世界です。ハイ。
どういう状況かというと…
ゴジラ的にはVSビオランテのバイオメジャー、サラジア諜報員の襲撃。
IS的にはお約束の襲撃( い つ も の )。
マブラヴ的に言えばユーコンテロ。
……といった感じの状況ですね。

次回も不定期ですが、よろしくお願い致します。

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