インフィニット・ストラトスadvanced【Godzilla】新編集版   作:天津毬

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––––––みなさん2ヶ月も大変長らくお待たせして申し訳ございませんでした。

今回はタッグトーナメント1日目最後の話で、最近忘れがちだった女尊男卑主義のくだりを書いたり、シャルと楯無が日常を過ごす明るいシーンがチョロっとあります。
あと千冬が活躍するシーンも…。




EP-31 幕間の群像(後)

情報庁第2棟庁舎

 

心地良い畳の匂いが充満し、外の世界とは耐爆ガラスと壁紙や断熱材を施された特殊コンクリートの壁と天井で遮られた10畳程の1人部屋にしてはそこそこの広さの空間。

それが暗部の用意した一室だった。

––––––そこで無機質なテーブルに座して対面する2人の少女がいた。

 

「––––––それで、最近はどう?」

 

にっこりと優しそうに、けれど少し意地悪そうな、悪巧みをしている子供のような笑みを浮かべながら、更識楯無は対面する少女––––––シャルロット・デュノアに問う。

 

「…どうもこうも……」

 

若干、というかかなり不満そうな顔をして声を返す。

 

「…確かにコンクリート造の牢獄よりはるかに有難いですけれども、毎日この空間に缶詰にされると……。

いや、自分の立場は分かってますしそんな贅沢が言える状況にないのは理解してますけど…。」

 

そう抗議するようにシャルは言う。

もちろん、シャルとて先の言葉通り自分の立場を理解していない訳ではない。

ただ単純に、 ” こうも閉じ込められていると気が滅入って無気力になってしまう ” という当たり前の言葉をしたまでだ。

 

「ん〜、そう?…娯楽の類は一通り集めたんだけど…」

 

そう言って楯無はチラリと部屋の片隅に視線を向ける。

テレビ、パソコン、小説に漫画などの書籍、身体を動かすためのトレーニング機材––––––必要最低限の娯楽用品は揃っている。

ふと、そこで楯無は思い付いたようにポンッと手打ちをして、

 

「––––––生理用品とか、えっちぃ玩具持ってくるの忘れてたわね。」

 

その一言で、先程までの重かった雰囲気が消し飛んだ。

否、楯無によって消し飛ばされた。

 

 

「どうしてそっち方面の話題に持って行くんですか⁈」

 

茶目っ気全開の楯無が放った言葉に慌てながら、青リトマス紙が変色するように羞恥心で真っ赤に染まった顔をして、全力でツッコミを入れるシャル。

 

「えーだってフランスの人って、えっちぃコトが大好きって聞いたわよ?」

 

「そんなわけないでしょ⁉︎そりゃフランス人は確かにそういう類が好きな人いますけど全員がそうじゃありません‼︎ていうかイギリスの方が愛では変態です‼︎風評被害になるような事言わないでください‼︎」

 

––––––実のところ、『戦争と愛では変態』と言われるイギリスと比べてフランスはそう大差はなく、 ” どっちもどっち ” なのだが、今までの人生でそういうことに関わった事の無いシャルはその現実を知らず、生真面目に抗議する。

それがおかしくて。

意地悪そうに、ふざけたように、それでいて何処か母性を醸し出す雰囲気を纏って言う暗部の長である楯無に、フランス人に対する風評被害に対してつい脊髄反射で怒ってしまう元フランス人のシャル。

その景色は今の混迷する世界情勢の中に咲いたオアシスと形容しても間違いは無いほどに微笑ましいモノだった。

 

「なんで笑ってるんですか⁈いいですか!フランス人はそんなことありませんから!少なくとも僕の周りの人はそんなことありませんでしたから‼︎恋と戦争で手段を選ばないのはイギリスだけですッ‼︎」

 

 

 

◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎

 

 

同時刻・IS学園第2シャフト内部。

 

「…ぺっくちゅ‼︎」

 

イギリス代表候補生のセシリアが可愛らしいくしゃみをしていた。

 

「どうしたのセシリア、風邪?」

 

それを心配そうに簪が尋ねる。

 

「う〜…誰かが噂してるみたいですわ……」

 

 

 

◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎

 

 

 

 

情報庁第2棟庁舎

 

シャルを散々弄り倒した後、はしゃぎ過ぎて乱れた呼吸を楯無は整えて、

 

「…で、要するに外の空気が吸いたいんでしょ?」

 

やはり茶目っ気に満ちた顔でシャルの本心を見透かしたように言い放つ。

それに対して、シャルは無言。ただ首を縦に振る。

––––––あれだけフランス人に対する風評被害がどうの〜…とはしゃいだにもかかわらず、シャルの楯無に対する警戒心は完全には薄れていないらしい。

まぁ、それも当然と言えば当然である。

はしゃいだのは主に楯無だけであり、シャルは楯無の言葉に随時動揺し、楯無の言葉に脊髄反射で反応しただけ。

さらに言えば暗部の長という立場の人間に対して緊張感を持ってしまっていた。

普通ならば逆に緊張感を持たない方が一般人としておかしい––––––の、だが……暗部の一族という一般家庭とは懸け離れた家庭で育った楯無には多少の一般常識はあろうとも、残念ながら一般人としての感性はほとんど存在していないためにシャルの持っている妙な緊張感を理解出来ていなかった。

 

「別に、ただの先輩後輩の仲なんだからもっと軽く接してくれて良いのよ?」

 

楯無としては面倒見の良い先輩、全校生徒の模範となるべき生徒会長としてのつもりで微笑みながら口を開く。

 

「––––––––––」

 

一方、やはりシャルは沈黙。

シャルからしてみれば、いやシャルと同じ立場に置かれた一般人からしてみれば、自分の生命与奪権やその類の権利を持っているだろう人物からそう言われても逆効果である。

浮かぶのは親近感などではなくむしろ警戒心ばかり。

––––––それに楯無が気付いたのはシャルの沈黙から5分が経過してからだった。

最近は一般人の感覚を掴むよう従者である虚に手伝ってもらって訓練しているものの、やはりその辺には鈍感である。

 

「んーまぁ…」

 

何を話すべきか、髪をクルクルと指に巻いては離す仕草をしながら思案して、

 

「とりあえず、私は貴女を殺したり刑務所行きにするつもりは無いわ。

貴女が思ってるような権利なんて私には無いし––––––ていうか、たかが一公務員にそんな権限があったら日本は今頃何処ぞの独裁国家みたいな暗黒卿(ディストピア)になってるもの。」

 

あはは––––––と悪戯っぽく楯無は笑うが、シャルは固まったまま。

完全に緊張緩和(デタント)せしめるには至っていなかった。

 

「––––––話が逸れたわね…外出だけど、行きたい時には私に言って。私の監視ありならOKだから。」

 

「––––––」

 

シャルはやはり沈黙。

 

「––––––ていうか行きましょう!」

 

「ふぇ⁈」

 

楯無は楽しそうに、張り切りながら言う。

それに対してシャルは思わず変な声を出してしまう。

 

「い、いや、なんで…」

 

「館山市にまたいいトコ出来たから行きたかったのよ。明日には学園に戻るし、暇つぶしにちょうど良いから行きましょう♪」

 

” いや、僕は全然関係ないですよね⁈ ”

思わずシャルはそう言いたくなるが、楯無の黒い笑みを見てその言葉を飲み込んだ。

 

「先・輩・命・令♡」

 

” 返事ははいかYESか了解で––––––肯定以外は是としない ” という無言の威圧を孕んだ笑顔で、そう言う。

そしてその命令に、デュノア社のスパイである事が目の前の楯無にバレた結果、楯無の推薦する条件を呑んで日本に亡命。それにあたってフランス国籍を破棄し、フランス代表候補生という後ろ盾を無くしたうえにまだ仮国籍のシャルはそれに従わざるを得なくて––––––。

 

「…はぁ、分かりましたよ。もぅ…」

 

観念して、渋々カバンに財布やケータイを入れながらうなだれる。

もうシャルの人権なんてなんのその。

否、スパイという犯罪者の身であるにも関わらずここまでして貰っているのはありがたい…のだが。

 

(正直、無理矢理私情に他人を巻き込むのはどうかと思う。…いや、一夏の専用機のデータを盗もうとした僕が思うのもなんだけど。)

 

そう思い、やはり項垂れる。

…というか楯無は先輩命令と言ったが、シャルは既にIS学園の生徒では無いため厳密には先の発言は間違っている。

しかしそれを口にしても楯無は絶対聴いてくれない。

それはシャル自身がこの半月の間に送った軟禁生活ですでに体験している。

––––––だから、諦めた。

 

「じゃあ、先に待ってるわね。」

 

そう言うと、楯無はシャルの部屋から出ていった。

––––––それを見送ると、

 

「はぁ…」

 

シャルはため息をつきながら、

 

(なんか父さんとは別の意味で大変な人に捕まっちゃった…)

 

ただ一人、項垂れるのであった。

 

 

 

 

◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎

 

IS学園中庭

 

芝生が張り巡らされ、浦賀水道からの海風が心地よい中庭。

歩けるようにはなったために、リハビリがてら散歩に来ている鏡ナギと、それに付き合う鷹月静音がそこにいた。

 

「ホントに良かったの?タッグトーナメント行かなくて?」

 

ナギが歩きながら心配そうな声音で問う。

彼女が心配するのも当たり前だ。

タッグトーナメントは学校行事である以前に成績や進級に響くほど重要なコトなのだ。

 

「いいのよ、どうせ私出場出来ないし。」

 

にべもなく、さも当然というように鷹月はナギに答える。

それにナギは思わず驚く。

 

「…なんか生徒分の訓練機が足りないとかそんな理由でさ、私は参加できなくなっちゃって。」

 

––––––その言葉に、ナギの足が止まる。

 

「そんな、見え透いた嘘…」

 

鷹月の説明を聴いて、ナギは絶句する。

訓練機はイベントの際、基本的に生徒がローテーション方式で使うのだ。

仮にナギの説明したことが事実なら他にも数人参加できない人間がいることになる。

––––––けれど、そんな情報聴いたことが無い。

確か4人ほど辞退した生徒はいたが、それだけでは説明がつかない。

何せ学園でイベントに参加する生徒に支給される稼動状態にあるISは16機。

1年生が4クラス160人。

2年生と3年生が2クラス80人。

それでも合計320人もいる。

それらの人間が割り当てられたISをローテーションで扱う。

そして1機あたり使用する人数は20人。

訓練機が1機欠けるだけでそれだけの人間が成績に関わるほどの支障を生み出す。

だがしかし、ここで矛盾が生まれる。

機体が足りないということに関する矛盾だ。

生徒の320名の中には専用機持ちが何人かいる。

事情はあるが辞退したのは鷹月を除けばナギを含む3名だけなのだ。

機体のローテーション運用に支障はない。むしろ人数が減る分円滑な運用ができる。

仮に1機足りなくなっても予備機を回してもらえば良いし、1機足りない状態になるということで学園の管理体制の責任問題になるため学園だってそんな間抜けな事はしない。

万一そんな事があれば1機をローテーション運用する20人が参加できなくなり、成績や進級に関わる問題となる。

だが、そもそも10人以上の未参加者が居ない。

ではなぜ鷹月は––––––

 

「まさか…」

 

––––––それらの情報から、ナギは結論に至る。

 

「多分ね。誰かがあたしに参加出来ないように手を回したんじゃない?」

 

ナギの結論を肯定するように口を開いて、さらりと告げる。

 

「学園の教師とか生徒って女尊男卑主義者多いし、女権団体の娘とか、そこと癒着してる奴とかいるだろうし––––––そんな奴からしたら、男子と絡んでるあたしが『女の恥さらし』––––––とやらに見えるんだろうから、親のコネかなんか使ったんじゃない?」

 

––––––理解に苦しむ思考だけど、と付け足して鷹月は言う。

 

「ちょ…千尋と絡んでるからって……そ、そんなこと言ったら織斑くんだって––––––」

 

ナギが思わず声に出して言う。

鷹月が今言った推測が仮に正しかったとしても、『男と絡んでるから』という理由だけなら千尋と絡んでいる鷹月だけでなく、人類最初の男性IS操縦者の織斑と絡んでいる人間も対象にならなければおかしい。

 

「––––––んじゃナギに聴くけど、織斑くんと絡んでる女の子って学園に何人いる?」

 

「そりゃ––––––…あ」

 

鷹月に何気無く聞かれた問いに応えようとして––––––彼女が何を言わんとしているかをナギ察した。

 

「そう、学園のほとんどの女子が織斑くんと絡んでる。…それほどまでの女子を男と絡んでるからって理由であたしと同じ目に合わせたら学園中を敵に回しちゃう。

そうなったらいくら女尊男卑主義者とはいえ学園内で生きて行くことは難しいわ。」

 

教師然とした態度で鷹月は言う。

そして、付け足すように口を開いて言葉を紡ぐ。

 

「それに織斑くんは世界最強、ブリュンヒルデと唄われる織斑先生の弟だし、専用機持ちとも交流がある。

手を出せば女性が敬愛する織斑先生や専用機持ちの帰属先国家に喧嘩を売って、自分が狩られる側になっちゃう。そしたら学園どころか世間的に生きづらくなるわ。」

 

鷹月は言う。

最強無敵の盾に護られた織斑。

凡庸普遍の中にいる千尋。

それを耳にしたナギは『ああ、なるほど』と合点がいった。

いや、ナギとしてはいきたいなんてこれっぽっちもないのだが納得はいった。

––––––要するに、織斑は多くの女子が絡み、尚且つ専用機持ちと女性の多くの憧れである世界最強たる織斑先生の弟というこれ以上ないくらい最強の攻性防壁を持っている。

そんな人間やそれに絡む女子達にちょっかいを出せばわが身を滅ぼすのは分かりきった話だ。

故に、あくまで特務自衛隊の保護下にあり、女子の大半がヘイトの対象としている千尋と絡む女子の方がやり易いし、むしろ周りの女子からも英雄扱いされる。

––––––ならば、どちらに絡む人間に手を出すべきか、おそらく猿でも分かるだろう。

 

「なるほどね…女尊男卑主義者も片っ端からではなく、ちゃんと相手を選んでるのね…。」

 

「ええ。案外あの連中も理性的なんだなって、あたし自身も関心させられるわ。」

 

––––––まぁ、分かりたくなんてこれっぽっちも思わないし理解したくも無いけれど。

ナギの言葉に応えながら、鷹月はそう付け足す。

 

「……話変わるけどさ、ナギは脚のリハビリ終わったらどっか行きたいトコある?」

 

––––––鷹月は重くなりつつあったムードを変えようと声をかける。

 

「え?あ、うーん……この間館山にオープンした館山ブロードパークかな…」

 

” 館山ブロードパーク ” とは、館山湾(鏡ヶ浦)北条海岸・北条海水浴場に隣接して最近作られたアミューズメントパークだ。

どんな感じのモノかと言うと、遊園地、水族館、美術館、公園、デパート、温室プール等なんでもござれ––––––という感じの複合商業娯楽施設である。

関東最南端の巨大遊園地としても知られており、同じく館山市にある巨大ショッピングモールである ” レゾナンス ” と熾烈な客寄せ競争を繰り広げると予想されている。

また、IS学園から千葉モノレール南房総線のモノレールでIS学園の最寄駅である夢見島学園前駅から2駅跨いで直にアクセスできる事から、IS学園の大半の生徒が行きたがっている場所でもある。

 

「え〜、あそこ?…まぁ、良いかもね。確か南関東最大の観覧車にジェットコースターとかあるし…。」

 

若干面倒臭そうに、けれども満更でもないような声音で応じる。

人混みの中で長時間待たされる場所は苦手だが、たまにはいいか––––––と、鷹月は内心呟いた。

 

 

 

 

 

 

––––––同時刻、その館山ブロードパークには、とある二人組がちょうど入園していた。

 

 

 

 

 

 

 

◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎

 

同時刻・館山市

 

館山市は千葉県内で千葉、幕張に次ぐ都市である。

もとは農業ばかりの田舎であったのだが、沖合にIS学園ができ、千葉県や日本政府によるモノレールなどの交通インフラの整備やIS関連企業の進出によって、農場の広がる田舎町から伝統と古きを残しながらもわずか10年で巨大都市へと成長していた。

––––––タッグトーナメントが行われている6月上旬。

館山市の街並みは館山市の住民と、遠方からの観光客で満ち溢れていた。

日本最大のショッピングモール『レゾナンス』や建設中の館山舞台芸術・コンサートホール『新浜劇場』、そして『館山ブロードパーク』などの観光地目当てでやって来ている人々がほとんどだろう。

楯無とシャルも人混みで混雑する表通りを歩きながら、館山ブロードパークを目指していた。

 

「ふーん、あれが建設中のコンサートホール?やっぱり大きいわね。」

 

楯無がそういいながら、建設中の新浜劇場を見ながら呟く。

 

「ふむふむ…なになに?来年8月に完成予定…お盆には豪華アーティストらによるライブ……って、イヴ・マリーンズが入ってない⁈やった!これ日本初公演よデュノアさん!!」

 

なんて、はしゃぎながらガッツポーズが取って、言う。

シャルも最近知ったが楯無は日々のフラストレーションを発散するためにロックを聴いてはっちゃけたりするのだ。

中学校時代の同級生にロックバンドのコンサートに連れて行ってもらって、日々の疲れを忘れるくらいはしゃいだのが始まりなんだとか。

だからそのイヴ・マリーンズというのも楯無的には注目株のロックバンドだったらしい。

しかしシャルにはそんなものは分からないし、そもそも興味の範囲外である。そしてそれよりも気になるものを見つけて、

 

「…それよりオープニングのポーランド楽団ワルシャワフィルハーモニーの方が驚きですよ。」

 

ポーランドのワルシャワフィルハーモニーやドイツのベルリンフィルハーモニーは旧共産圏であったからかして、西欧諸国にはない音楽を奏でることで知られており、欧州の中でもかなり人気の楽団だった。

もちろん、演奏させるにしても、とてつもなく高い金がかかる。

言ってみれば欧州音楽界の宝石である。

––––––ふと、下の主催者欄を見て、

 

「…またあの人かぁ…本当、懲りない人……」

 

呆れ顔でゲンナリとしながら呟く。

 

「あ。」

 

主催者の欄にはシャルの帰属先だったデュノア社の姉妹企業の名前。

確かこの企業はフランスに ” 某・夢の国 ” を建てようとして多額の投資をしたが、建設を請け負った企業の事故により計画は頓挫。

日本円にして9800億7000万円の損失を負ったのだ。

これで倒産しないあたり、さすがデュノア社の姉妹企業と褒めるべきか……。

しかし盛大に爆死しながら、また多額の投資をする辺り、懲りていないらしい。

それを察した楯無は、

 

「さ、さ〜次行こっかぁ〜。」

 

シャルの手を握っていそいそと脚を進めた。

 

「それにしても、昨日デュノア社がフランス政府によって国営化されたニュースを見たときは驚いたわねー…」

 

場の雰囲気を変えようと、楯無は露骨過ぎる主題の変更に移る。

 

「国営化した上で、戦術機ラファールやオラージュ制空戦闘機を手がけたダッソー社の下に置かれましたけどね…。でも、妥当な処置だとは思います。」

 

シャルもその主題に乗ったように口を開く。

 

「そうね…ニュースでは報道されてないけど、トルコ経由の情報ソースによれば、ウクライナもそろそろマズいみたい。ウクライナ政府は首都や生産拠点等をギリシャ領クレタ島ヘラクリオンに租借地を借りて、そこに移転するみたいだから…。」

 

––––––実のところ、ギリシャ領クレタ島の租借地に移れるのは臨時首都オデッサやその近郊にいた国民だけであり、ウクライナ北西の内陸部に住む国民はルーマニアやポーランドに殺到しており、国民が散り散りに四散しており、クレタ租借地に辿り着けず難民となってしまっている…という事実もあるが主題からは逸れるため楯無はその事を呑み込んだ。

 

「はい。…そうなれば東欧から西欧に難民や労働者が流れ込んでくるし、欧州全体の軍事力低下は必至です。だから……」

 

シャルはそれに続けて、口を開く。

 

「……欧州有数のISメーカーであるデュノア社を解体せず、将来的にダッソー社と合併させる事で欧州連合の軍事産業の主要生産ラインを確立させる……多分、それが目的なんだと思います。今後さらに不安定化する欧州情勢を考えて…」

 

「––––––いえ、それだけじゃないわね。」

 

しかし、シャルの考えに対して楯無は否と鋭く言う。

––––––理由は単純だ。

シャルのその考えは確かに ” 半分ほど ” 的を射ている。

だが ” 半分 ” だ。

何故なら欧州連合だけのための主要生産ラインならば、ドイツのジーメンス・クラウスドルフ社にアウディ=ポルシェ社、イギリスのローラーズ・ルイス社、欧州連合直下のユーロ・ファイター社など、複数の軍需産業関連のメーカーが存在する。

そして伊達に産業革命をいち早く迎えた地域というわけではなく、それらの企業は単体であってもかなりの経済力と生産力を誇る。

––––––そんな状況下でデュノア社が将来的にダッソー社と合併しても生産量が過剰化するだけである。

普通ならISという ” 世界最強の兵器 ” がある時点でそんなもの必要ない。

––––––普通なら。

だが、今は普通ではない。

” 世界最強の兵器 ” ISでは火力不足である対巨大不明生物の戦いにおいても旧時代の兵器、とほくそ笑われていた戦車や駆逐艦、空母が必要とされる時代だ。

しかしそんな中でもデュノア社をダッソー社が合併して敷かれるであろう生産ラインは過剰なのだ。

––––––ふと、そんな時、楯無の脳裏に先日イスラエルがアメリカ経由で開示した情報がよぎる。

それが正しければ、おそらく北アフリカにも巨大不明生物が侵攻する。

––––––つまり、

 

「多分アフリカの先進国家にも自力防衛させるための輸出用でしょうね…2015年にミストラル級強襲揚陸艦を2隻も買ってくれたりしたフランスのお得意様であるエジプトはアフリカ大陸最前線にして地中海からインド洋に抜ける為のスエズ運河があるわ。

エジプトが堕ちればスエズ運河は通行不能になり欧州連合にとってかなりの痛手になる…ううん、それだけじゃない。

スエズ運河を突破されたらアフリカへの侵攻を許したも同然…そうなれば欧州連合は東欧と北アフリカから挟撃されることになる––––––いくら列強諸国の集まりである欧州連合でも、最悪イギリスやアイスランド、グリーンランドを残して全滅は必至ね……あ」

 

淡々と、数学式を計算するように楯無は告げる。

だが途中で、露骨に変えた話題が返って場を暗くしている事に気づくと、

 

「さ、さぁ〜て暗い話はこの辺にしといて…館山ブロードパークはすぐそこだから早く行こう!シャルロットさん‼︎」

 

「あ、ちょっと…」

 

またもや強引に話題を変えてシャルの手を握りながら館山ブロードパーク方面へと駆けて行った。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

館山ブロードパーク

 

 

––––––しかし、思わぬ形で悲劇は訪れる。

 

 

チケットを購入して入園し、楯無の目当てであった南関東最大のジェットコースターであり、館山ブロードパークの目玉アトラクションであるドラゴンライダーに乗ろうと入り口に向かった時である。

 

『本日、ジェットコースター・ドラゴンライダーはレールの不具合により運転を見合わせております。』

 

電子掲示板に、無情の宣告が映し出されていた。

 

「…は?」

 

楯無はその結果に目を剥く。

それは、楯無が一番楽しみにしていたアトラクションであった。

––––––そして、数分後。

 

「…いい加減、気を取り直して下さいよ。先輩。」

 

「うぅぅ…貴女に今の私の気持ちが分かるもんですか……。」

 

楯無はショックのあまりベンチに体育座りしながら項垂れてしまい、シャルがそれをどうにかしようとなだめていた。

––––––シャルには何故ここまで楯無が落ち込んでいるのか理解しかねていた。

普段からIS学園の生徒会長としての職務と情報庁職員としての報告書提出や尋問、書類整理などといった雑務を『暗部の長だから』という理由で押し付けられている仕事の山。

更識家に生まれた為に暗部からの道からは逃れられないストレス。

上に立つ者は従える者の士気低下を招かぬように常に毅然と振舞わせねばならないという更識家の教え。

––––––それらにより、楯無は同年代の女子と比べれば満足に休息さえ取れないのだ。

そんな中で得た数少ない僅かな安息。

今日はここ館山ブロードパークのジェットコースターではしゃぎながら休日(フリーデイ)を満喫するハズだったのだ。

だというのに、その肝心なジェットコースターが運転中止。

彼女にとってはあんまりな仕打ちだった。

 

「ジェットコースターの無い遊園地なんて遊園地じゃないわ…そんなの牛肉の乗ってない牛丼と一緒よ…」

 

「…買い物いきましょ、買い物。ボクが荷物持ちますから。」

 

…なんて、ダメな姉…酷く落ち込んで項垂れている楯無を宥める出来た妹もとい白ウサギにさえ見えるシャルが焦りながら気を遣って慰めようとしている構図を形作っていた。

––––––そのやり取りは約10分間続いたそうな…。

 

 

 

 

◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎

 

IS学園・廊下

 

「はぁ…」

 

溜息を吐く。

––––––篠ノ之千尋は今現在、酷く面倒臭い状況下にあった。

 

「ちょっと聴いてんのあんた?」

 

「なに私達の織斑君を負かしちゃってんの⁈」

 

「あんたみたいなクズ男が地面這いつくばって惨敗すれば良かったのよ‼︎」

 

––––––理由はこの通り、織斑親衛隊という3人の女子集団に絡まれている事だ。

 

「なんか言いなさいよ‼︎」

 

「………発端から結論までお前らが勝手に全部言ってんのに何を言えっていうんだ?」

 

千尋は冷めたようにうんざりして言う。

確かに千尋の言う通り発端は女子集団の方からであり、発端は何故織斑に勝ったか、そして自分達の好きな織斑を負かした事が許せない、最終的にお前が負ければ良かった––––––と勝手に……この言葉を用いるのは正しくないかもしれないが、起承転結の結まで勝手に女子達が言っているのだ。

その上で千尋に何か言え––––––おそらく、彼女らからしたら謝罪などを期待していたのだろう。

女尊男卑主義者の彼女らからしたら下賤でクズの男がヘコヘコと頭を下げるのは当たり前だったから。

 

「っ…!うるっさいわよ‼︎下等な男のクセに––––––‼︎」

 

千尋の対応が癪に触ったのか、そういって女子集団のひとりが、拳を千尋に穿つ。

––––––遅い。

けれど拳を打ち出す速さは千尋からすれば酷く遅い。

だからその手を掴んで畳み掛けることだって出来た。

––––––けれど、

 

「ぐっ…!」

 

喰らった。

口の中が裂けたらしく、鉄の味が広がる。

何故喰らったか––––––理由は単純。

箒と光に『何があっても手を出すな』と言われていた事と、武装したテロリストでも無い限り千尋に他人を拘束する権限など無いからである。

––––––だから、千尋からしたら癪ではあるが耐え忍ぶ事にした。

 

「はっ––––––しょせん口先だけねぇ‼︎」

 

それで女子は更に調子に乗ってISラファール・リヴァイヴを部分展開して千尋を壁に抑えて、殴りかかろうとして––––––

 

「あ、ち、ちょっとストップ‼︎」

 

何故か隣の女子がそれを制す。

 

「なんで止めんのよ‼︎」

 

怒浸透状態で、正気を失い暴走寸前の女子が噛み付くように叫ぶ。

 

「ほ、ほら…アレ……。」

 

天井を指さす。

––––––そこには、格納型監視カメラ。

 

「ッ…だからなんだってのよ!下劣な男なんか誰も助けないわよ‼︎」

 

「ちょっ、それだけじゃないって!コイツをやる為にISをパクったのがバレるじゃん‼︎」

 

––––––ISを私的理由で無断展開してはならない。

もし違反した場合IS犯罪対策刑法に則り懲役15年と禁錮8000万円の罰金となる。

それはIS基礎という授業で習った禁止事項だ。

さらに言うなら、学校の備品を勝手に盗ってきているあたり、それは窃盗と変わらないから一般刑法の窃盗罪も適用される。

 

「バレるって誰によ⁈それにね、男の1人や2人死んだって誰も悲しまないわよ‼︎」

 

しかし、女子は頭に血が上っているらしく、そんな事にも頭が回らなかった。

だから、

 

「––––––ほう、私の前で堂々と法に触れるようなマネをするとはいい度胸だな。」

 

学園の生徒取り締まり役兼臨時学園理事長代理教員––––––織斑千冬の接近に気付かなかった。

 

「ひっ––––––」

 

女子の1人が声を漏らす––––––だが、既に遅く、2人は3秒にも満たない内に千冬によって無力化されてしまう。

 

「くそっ‼︎」

 

そしてISを部分展開していた女子はラファール・リヴァイヴを完全展開すると、窓を突き破り、逃走した。

 

「––––––無事か篠ノ之?」

 

「ええ、まぁ…訓練で殴られ慣れてますから平気です。」

 

実際、千尋は特に損傷は無いので素直に千尋に言う。

それに千冬は神妙な顔を浮かべる。

 

「––––––そうか。だが保健室には行っておけ…すまないが私はあいつを追わねばならないからもう行く。」

 

そう言って、千冬も階段を駆け下りて言った。

 

「ふぅ…」

 

千尋は少し溜息を吐いて、

 

「もういいぞ、出てきたらどうだ?」

 

廊下の角に向けて、声を放つ。

 

「––––––気付いていたのか。」

 

千尋の声に反応し、廊下の角から出て来たのは––––––白銀の髪をたなびかせながらも冷氷のような雰囲気を醸し出している、ドイツ代表候補生、ラウラ・ボーデビッヒ。

 

「––––––あんたはどんな要件?大したもんじゃ無いなら、もう行くけど。」

 

酷くうんざりした顔で言う。

それが失礼だと分かっていても、女尊男卑の巣窟にいたらこうもなってしまう。

 

「––––––では2つ程言わせてもらおう。

まずは……よくも私の獲物(織斑一夏)を横取りしてくれたな。」

 

純然たる忿怒に満ちた声でラウラは言い放つ。

 

「アレは私が仕留めねばならなかったのだ。

––––––貴様に横取りされたと思うと腹がたつ。」

 

「そんな事を俺に言われても困る。それなら、『私は織斑とどうしても戦いたいから当たらせて下さい』って教員に頼んだら良かっただろ?」

 

「––––––フン、生憎私は私の部下以外他人は信用していないのでな。」

 

(……よし、あんたは訓練兵からやり直せ。)

千尋は思わず内心呟く。

資料で読んだ冷戦時代の東ドイツならまだしも今の御時世でその思考は兵士として大問題であった。

––––––最も、ラウラの境遇からすれば、そんな思考に至ってしまうのは止むを得ないのだが。

 

「だが貴様には、感謝もしている。織斑一夏があの程度の人間だったと理解出来たからな…溜まった鬱憤は明日晴らす……貴様は、私が倒させてもらう。」

 

フン、と言いながらそうして踵を返し、ラウラは去っていった。

 

「…はぁ。」

 

それに千尋は溜息を漏らす。

––––––女尊男卑が支配する無法地帯。

––––––女尊男卑に身を任せて無茶をやらかす輩。

––––––常識の通用しない相手。

それらを短時間のうちに相手取れば溜息のひとつも吐きたくなる。いや、常人なら過労で倒れてしまうかもしれない。

 

「………」

 

口から垂れていた血を、右手で拭う。

––––––もう出血は止まったらしい。

 

「…悪いな、乱暴に扱って。」

 

––––––誰に言うわけでもなく、口を開く。

その言葉は自分自身。正確には、自分自身の肉体の本来の持ち主であったものに対して。

––––––この身体は借り物だ。

いつか脳裏に苔のようにこべりついていた感情が思考を支配する。

…この身体の本来の持ち主はもうこの世には居ない。

この身体に宿っているはずだった人格はもう死んで、消えて無くなってしまった。

代わりにカラになった身体に 異物(G細胞)が流れ込んで、取り込んだだけ。

––––––篠ノ之千尋という人格は、その後細胞が同化した身体の脳で自然発生した後付けの不純物だ。

 

「…身体(ここ)にいて…いいのかな……俺。」

 

ポツリと漏らす。

––––––この身体は死んだ者の元へ(在るべき場所へ)還さなくてはならないのではないか。

 

「…ッ!」

 

––––––ぎゅう、と心臓を締め付ける幻痛。

 

「…はぁ……」

 

それを和らげる為に溜息を吐く。

 

「何考えてんだ、俺…。」

 

頭を抱えながら、独りごちる。

考えたところで答えは出ない。

そして、今は箒の側にいてやれと言われている。

––––––勝手で自己中心的な言い訳。

けれど、今はこんな不毛な自問自答を繰り返しても意味がない。

 

「…とりあえず、寝るか……明日も試合あるし…」

 

そう呟く。

ボーデビッヒに明日は打ち負かすと宣告さえされているのだ。

––––––明日を充分な状態で迎えられるようにする判断を千尋は下した。

…これは問題の先送りであり、いずれ降り掛かる自己への課題がさらに積載されることに何も対処出来ない、低脳で幼稚な自分に嫌悪感を抱きながら、自室へと向かって行った。

 

「––––––いや、その前に。」

 

––––––ふと、足を止め、歩む先を変更した。

 

 

 

◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎

 

同時刻・学園地下非常用排水エリア

 

湿気と僅かに流れる水の臭いが染み付いたコンクリートが支配する狭苦しく暗い––––––何処か異界に通じているのではないかという錯覚さえ覚えさせられる空間。

 

「はぁっ、はぁっ…」

 

先程千尋を殴った女子生徒はラファール・リヴァイヴで逃走を図った後、同機にGPSが取り付けられている事を知りISを放棄。

現在は人が滅多に出入りせず、監視カメラの類も置かれていない非常用排水エリアを駆けていた。

 

「はぁ、はぁ…ここまで来たら……大丈夫ね…」

 

息絶え絶えでありながらも、嗤いながら呟く。

 

「…ふ、ふふ…見てなさいよ…あたしの母さんはIS委員会の幹部なんだから…すぐにこんな汚点、消してやるわ。」

 

勝ち誇ったように呟く。

––––––ふと、女子生徒の鼻腔を潮の臭いが刺激する。

この非常用排水エリアは学園内の排水用の水道がなんらかの問題によって使用不能に陥った際に学園内の全水道から水を直接海に流すことで排水を行う設備だった。

もっとも今は濾過設備を追加する予定らしいが予算が降りない為に放置されていた。

 

「…あ、そうか。ここじゃ電波通じないのよね…。」

 

携帯を開いて圏外となっている事に気付く。

––––––それと同時に、

視線の先に、波打ち際を見た。

––––––否、それは有り得ない事だった。

元より水を排水するトンネルがなんの前触れもなく途中でそのまま海に通じていることなど構造的に有り得ない。

つまり、これは、

 

「……浸水?」

 

女子生徒は震える唇で呟く。

どうして、と口にしようとした––––––瞬間、ばしゃり、と音を立てながら波打ち際からナニカが湿ったコンクリートに這い上がった。

それは、

 

『キュイィィィ……』

 

グロテスクな姿へと変貌した1メートルもの、巨大フナムシだった。

 

「––––––ひっ⁈」

 

思わず女子生徒は反射的に後ずさる。

本能が、アレは危険だと警鐘を鳴らす。

––––––まるで出来の悪いB級パニック映画みたいだ、と視界の情報を現実と認識出来ていない脳の思考が顔に反映され女子生徒は不覚にも諛う(へつらう)。

けれど、すぐにその思考も恐怖に汚染される。

––––––B級パニック映画なら次に待ち受ける光景は、眼前に現れた怪物に殺されるという犠牲者役のお約束とも言えるシーン。

故に、彼女は来た道を駆け出した。

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ…‼︎」

 

無人の排水トンネル。

光の届かない闇の洞穴。

暗い物陰から感じる寒気。

そういったカタチのない不安と、後ろからジリジリと鈍間だが確実に迫り来る巨大フナムシというカタチのある恐怖が彼女の神経を削っていく。

 

「はっ、はっ、はっ、はっ、はっ––––––」

 

振り返る。ついて来ているのはやはり鈍間な巨大フナムシが1匹。

––––––しかし慢心するな、今すぐここから離れろ。

そう、脳が警鐘を鳴らす。

単なる思い過ごしで、アレは実際無害かも知れないという考えは、先程からあったのだ。

けれども、本能は警鐘を鳴らす。

––––––心臓の高鳴りが加速する。

イヤな気配だけが強くなる。

……これはそう、子供のころに夜中に目を覚まして動けなくなった時に似ていた。

部屋の隅に誰かが蹲っている気がしてトイレに行けず、朝が来るまで眠ったふりをしていた、世界そのものから拒絶されているような感覚に。

––––––それが、混乱を誘発させる。

 

「あ、あれ…?」

 

来た道を思い出せないのだ。

脳が混乱し、正常な思考と記憶の再生が出来ないでいる。

まるで故障したビデオデッキのように。

––––––ふと、振り返る。

視界には後をつけて来る鈍間な巨大フナムシ。

けれども、少し足が速くなったような––––––

 

「は…や、や……っ…」

 

気が付けば全力疾走していた。

走らなければ危ない。

多分この先の道は間違いだ。

多分この先の道はそのどれもが真っ暗だ。

彼女は危険しか感じられない暗闇の中、安全だと思える直感だけを頼りに、つんのめるように走り出す。

––––––たかがフナムシから逃げる自分を滑稽だと嗤いつつも、常識的に考えて1メートルもの巨大フナムシなど恐怖でしかない。

おまけにここには自分以外誰も居ないのだ。

––––––それだけで、もう止まるなんて選択肢は脳裏から消えていた。

 

「あ––––––れ」

 

––––––そうして、終着に着いてしまった。

 

「は、ははは…」

 

力無く嗤う。

彼女は走っただけ。

危険しかない中から安全と思える道を選んで走りきっただけ。

危険しかない道は進めば取り返しが付かなくなると考えたから。

だなら安全な方へ、安全と思い込んでいた方へ進んで、ついに、

 

「あ…あ、はは…ははははははははははははは!」

 

––––––ようやく、逃げ場が最初からなかった事に気付いてしまった。

視界に映ったソレは、視線の先にある、壁や鉄筋コンクリートの柱にへばりついていたソレは、

蟲。

蟲。

蟲。

蟲。

蟲。

蟲。

蟲。

 

––––––皆が皆、1メートルを超える巨大なフナムシが一斉に彼女に飛びかかって来た。

 

「あ、ぎ、きゃあぁああ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”–––––––––––!!!!」

 

––––––2秒後、彼女の絶叫が木霊した。

 

 

 

 

 

 

 

––––––以って、巨大フナムシ達の食事は5分と経たずに終わった。

 

『キュイィィィィィィイイ…!!』

 

彼女は身体をあり得ない形に損壊させられ、血液や体液を吸い取られた事でカラカラに干からび、残されたのは絞り尽くされ残りカスとなった肉塊だった。

その上で、巨大フナムシ––––––ショッキラスは高らかに声を上げ、それが不気味に無人の非常用排水トンネルの壁に木霊する。

そして残骸となった肉塊をフナムシ達は群れでズルズルと運び、波打ち際の向こうへ––––––東京湾の海底へと引きずり込んで行く。

 

––––––蠢く蟲たちは、迫り来るゴジラの予兆を意味していた。

 

 

 

 




今回はここまでです。

…ほんとは(前)の部分とくっつけても良かったんですが字数的に…スミマセン。

さて、感の良い方は察しているかもしれませんが、ゴジラ(1984)にも登場したゴジラに寄生した結果変異したショッキラスが出たということは…。
ちなみにショッキラスが群れで女子生徒を襲うシーンは84ゴジラで没になった群れで自衛隊員を襲うシーンをモチーフにしました。

次回はラウラ戦になります。
また不定期ですが、よろしくお願い致します。

(追記:グロシーンは多数の読者の皆様のご指摘を受けましたので削除致しました。グロシーンはPixiv版には載せようと考えております。)



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