インフィニット・ストラトスadvanced【Godzilla】新編集版   作:天津毬

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長らくお待たせしました‼︎
前回の怪獣学より8日前––––––ラウラ戦になります。

…時に、皆さん巨影都市はプレイされました?
天津毬はまだ買えてません(てかPS4が無い)。




EP-33 タッグトーナメント2日目(中)

6月13日午前10時15分・南館山港

 

––––––薄汚い、寂れた港。

散乱するゴミ。

棄てられた主無き船。

ひび割れた桟橋。

廃港を包み込むような濃霧。

––––––再開発された館山市とは正反対の、過疎地域特有の景色を持つ南館山港。

––––––そこにシャルはいた。

 

「悪く思うなよ、あたしらの祖国のためなんだ。」

 

ロープで縛られたシャルに銃を突き付けながら、女が言う。

––––––流れるような金髪。

––––––澄んだ碧眼。

––––––若干の脂肪に弛んだ身体。

––––––強い訛りのあるフランス語。

––––––数十分前に楯無と話していた男と同じ雰囲気。

 

「…貴女ロシア人でしょう?」

 

冷めた瞳で見つめながら、シャルは口にする。

 

「随分落ち着いてるな…。まぁ、いいか…。ああそうだ。あたしらの目的はね、あんたみたいな人間を掻き集めて兵士にする事さ。」

 

「…祖国のため––––––というワケですか。」

 

––––––やはり、冷めた声音でシャルは淡々と語る。

周りにいる女はシャルに銃を突き付けている女を含めて4人。

––––––要するに、彼女らの任務はシャルのような人間…すなわち日本国籍を持たないが同時に本国籍も持たない人間を拉致し、本国に送り兵士に作り替えるというものだ。

銃の扱いさえ教えればそれ相応にはなる––––––という考えなのだろう。

当然、こんな行いはどう考えても非合法であり、人権を踏みにじる行為として国際社会や日本国政府から糾弾されてもおかしくないものだ。

だが悲しいかな、国際社会ではそうでも、日本ではそうではないのだ。

––––––過去、北朝鮮によって公式に認可された人数で17人、未確認では868人もの日本人が拉致されるという事件が起きたにも関わらず、日本は海上保安庁による領海の安全確保を図ったのみで、国内で再度拉致事件が発生した際の対策法が存在しないのだ。

––––––そう、800人以上もの国民を拉致されていながら、それに対する法整備を行わなかったのだ。

ロシア政府はそこを突いて、日本国内での非国籍保有者の拉致作戦を敢行した。

––––––それは日本のように平和ボケした国家でなければ不可能だから。

そして、非国籍保有者が拉致された事実が分かったところで全ての国民には伝わらない。

何故ならば日本国内の報道局のほとんどは既にロシアや中国、韓国などが掌握しており、報道局が支持する国家に対して不利な情報は流さないようにしているからだ。

––––––これもまた、日本人の平和ボケという病気を利用した間接侵略作戦と言える。

 

「まぁアンタは特別さ。…元フランス代表候補生だしね。––––––他の連中は肉壁にしかならないような奴ばかりさ。」

 

ロシア人の女が言う。

つまりそれは、シャル以外にも拉致対象となる人間がいることを告げていた。

–––––––シャルは知らないが、日本には東京都心部だけで2000人もの無国籍者がいる。

彼らは当然生活保護・行政の対象外であり、彼らが日本を去ったとしても日本政府はこれに一切関与しない。

日本政府が関与する時は不法滞在として逮捕する時のみ。

––––––その中に仮国籍者も含めれば、恐らく5000人は下らない。

それだけの人数を拉致するというのだ。

––––––だが、シャルに疑問が生まれる。

 

「…でもどうやって拉致する気ですか?船や飛行機で連れ出そうにも、税関で引っかかるでしょう?」

 

–––––––日本は極度の手続き大事主義だ。

そうなれば、税関などは厳重な管理体制が敷かれている。

そのシャルの問いに対し、ロシア人の女は鼻を鳴らす。

 

「だからこういうところを使うに決まってるじゃないか。」

 

––––––廃墟と化した南館山港に顎をしゃくる。

 

「日本は最近都市部への人口過密化で地方の過疎化が酷くなっていてね、地方の行政が取り壊そうにも金が無くて放置されたままの廃墟や廃港がゴロゴロあるわけさ。」

 

ふと、汽笛を鳴らしながら沖合から輸送船が停泊して来る。

艦首には『дельфин(ズルフュン)』––––––ロシア語でイルカを意味する言葉––––––という艦名らしきキリル文字が刻まれている。

 

「ああ、ミコラーウ社からのお出迎えか…予定より早いな。」

 

ミコラーウ社––––––ロシアの大手IS企業の事だ。

シャルのいたデュノア社のライバル企業リストにも載っていたから名前だけは知っていた。

 

「…まぁ、世の中こんなものだよね。」

 

––––––シャルはふと溜息をついて、ポロリと口にする。

 

「ああ、連れてかれるのが寂しいのかい?」

 

「––––––まさか。今まで散々な人生でしたから、慣れてますよ。…それに、ただ獄死するか野垂れ死ぬかの終着点が変わっただけでしょ?」

 

シャルはやはり、淡々と、諦観に満ちた口調で呟く。

 

「––––––でも。」

 

––––––ふと、自分を振り回して困らせてはいたものの、同時に楽しませてくれていた楯無の姿がフラッシュバックする。

––––––なんて、傍迷惑。

––––––なんて、自分勝手。

––––––なんて、マイペース。

––––––なんて、自己中心的。

––––––なんて、お人好し。

––––––なんて、無駄に優しいのか。

ああ、なんて––––––あそこまで優しくしてくれたのか。

ふと、内心そう思うと同時に自然と涙が零れ落ちる。

––––––シャルをあそこまで人として扱ってくれた人間はいなかったから。

今までなら父が利益を得るための道具として扱われ、義母からは、「おまえさえ居なければ私の遺産は減らなかったんだ。」、「泥棒猫め。」と罵られ、暴力を振るわれ。

––––––いつしか、「個」なんて要らない。こんなに苦しいなら道具になってしまえば良いと、そう願い、そうなる事に没頭してしまっていた。

それが今ではどうか。

『––––––日本に亡命すれば良いのよ。』

そんな風に声をかけてきた少女に振り回されながらも、人並みの悦びを蘇らせてくれた。

––––––素直に告白すれば、楽しかった。

けれど、もうそれも終わり。

楽しかった昨日の思い出と、それの終わりに対する諦観から、思わず小さな笑みがこみ上げてくる。

 

「なにがおかしい?」

 

「––––––いい夢を見させてもらった、かな…。」

 

気付けば頰を涙が伝っていた。

 

「…下を向いてな、その方が楽だよ。」

 

女が言う。

だからシャルは下を向く。

––––––ああ、確かに楽だ。見たくない世界から目を逸らして、自分の足元だけを見ているだけで済むのだから。

ほんのささやかな現実逃避。シャルを支配しているのは諦観。

泣き叫んだところで誰も助けに来ない。なら、現実から目を逸らした方が少し楽だ。

 

「…ね、ねぇ、おかしいわよ?」

 

ふと、女ボスの部下が言う。

 

「ズルフュン号…いくらなんでも速すぎない?」

 

それに釣られてシャルも顔を上げる。

––––––確かに輸送船…ズルフュン号は停泊するにしては勢いがあり過ぎる。

そして濃霧に映っていた艦影は速度を緩めることはなく––––––突然、視界いっぱいに鉄の塊が濃霧を抜けて迫り来る。

正面のサイズだけでゆうに50メートルはある。

…そんな巨大な代物が迫り来る。

––––––速度は落ちない。

––––––巨大な波を立てながら迫り来る。

––––––全長257メートルもの鉄の壁が、桟橋目掛けて突っ込んで来る。

 

「た…退避–––––‼︎」

 

女ボスが叫ぶ。

しかし、もうすでに遅過ぎた。

ズルフュン号は止まらない。

船底が浅くなっていた海底を擦るが、止まらない。

巨大な波を打ち立て、停泊していた廃船を次々と飲み込み、破砕しながら28ノット––––––時速51.9キロの速さでコンクリート造りの桟橋に激突する。

––––––しかし止まらない。

桟橋のコンクリートを抉り、砕きながら進撃する。

女たちは逃げ出そうとするが、間に合わない。

––––––人間の平均時速はわずか5キロ。

––––––迫り来る鉄の塊は時速51.9キロ。

逃げるにはあまりに速過ぎ、またあまりに時間がなかった。

––––––コンクリートを砕きながら、嘲笑うかのように女の1人を飲み込み粉砕する。

ぐちゃぐちゃという肉が潰れる音。

ごきゃりごきゃりという骨が砕ける音。

そして女たちを追い抜いて––––––コンクリート造りの堤防に乗り上げる。

地震と錯覚してしまうほどの衝撃がシャルや女たちを襲い––––––それでやっと、ズルフュン号は停止した。

 

「…な……」

 

女の1人が声を上げようとするが、声は出なかった。

––––––自分たちを踏み潰さんとばかりに進撃してきたズルフュン号と、

 

「なんだ…これは……ズルフュン号に、何が…」

 

船体に刻まれた、無数の切り傷に圧倒される。

切り傷はまるで、猛獣が引き裂いた動物の肉のように鉄の船体は引き裂かれていた。

しかもそれは1ヶ所だけではなく、2ヶ所、3ヶ所…とにかく多く刻まれている。

女たちは、それを見て唖然とするしかなかった。

––––––なにせ、ズルフュン号に仲間を1人殺された上に、ズルフュン号に正体不明の切り傷が無数にあり、ズルフュン号という逃走手段を失ったのだから。

––––––それをシャルは、冷めた瞳で見ている。

その視線に気付いた女の1人が、

 

「何見てんだ‼︎」

 

自分たちの置かれた立場に気付いてしまったが故に怒りを浮かべて、八つ当たりにシャルの顔面を蹴り飛ばす。

 

「ぅぐッ…」

 

突発的な頰への痛み。

ヒリヒリとした痛みが頰から全身へと波及し、神経を伝って脳に伝播する。

 

「くそ、せめてこいつを捨ててズラからないと…‼︎」

 

自分を殺す、と女が言う。

––––––けれどシャルは気にならなかった。

なにしろ、シャルからしてみればここで死んでも構わないから。

人らしく生きて、人らしく死ぬことが出来ないだけで、最終的に『死ぬ』という生命の終点は変わらない。

だからここで死んでも構わない。

––––––ああ、けれど。

 

(––––––最期に、先輩にお礼くらい言いたかったかな…)

 

ぼんやりとそう思う。

 

––––––こつん。

 

小さな––––––けれど存在感の強いコンクリートを踏みつける音。

それはシャルにもシャルを嬲っていた女にも、未だに現実に戻れていなかった女の耳にも入ってくる。

––––––ふと、全員が音のした方を見ると、その先に人影が映る。

女だ。

 

「––––––。」

 

しかしシャルの意識が凍る。

そうとしか言えないほど、その女はボロボロの貨物船が突っ込んでいる地獄絵図めいた事故現場と化した廃港には、あまりにも不釣り合いとしか言いようのない容姿だった。

––––––全てを呑み込むようで中身が無いような、漆黒の髪。

––––––それと反発するようなシスターの服装に似た白いワンピース。

––––––無彩色の髪と服の中に血痕のように両目へ穿たれた赤眼。

––––––全体的に白い、日本人形のような肌。

その女はまるで幽霊か人形か何かと勘違いしてしまうほどに ” 人間らしさがない ” 。

こつん。

彼女の履いているボロボロのレザーシューズが地面を蹴る音。

一歩一歩、こちらに近づいてくる。

揺れる髪。

すれる衣の音。

その動作のひとつひとつにシャルは釘付けにされる。

品定めするようにもう一度容姿を見る。

アジア人特有の玄い髪。

病人か死者のように白い肌。

細く幽美な身体。

––––––こちらの魂を見透かしているかのような、赤い紅い瞳。

なぜ彼女がこんなところにいるかは分からない。

彼女が何者か分からない。

そもそもそれを思考するだけの余裕が脳に残されていない。

––––––それだけ、シャルにとっては衝撃的な容姿だった。

 

「動くな!アンタ、何も––––––」

 

女の1人が怯えた口調で拳銃を向けて命令する。

しかし遮って。

どんっ、と女性が地面を蹴る。

––––––10メートルもの距離を僅か1秒で抜けて、女の1人に詰め寄る。

そして女の目を覗く女性の瞳が迫る。

その瞳は、尋常ではない。

鮮血のように紅く、獣のように鋭い瞳には感情がない。

––––––正気では、ない。

 

「え––––––」

 

女性の接近にやっと気付いた女が間抜けな声を上げて。

––––––喉に、女性の指が突き刺さる。

––––––ぐちゅり。指が表皮から真皮、皮下組織を軽く貫かれ、肉が潰れる。

––––––ぶしゃり。皮下組織の肉ごと動脈が裂けて鮮血が舞う。

––––––こきゃり。そのまま頸推を砕き、続いて脊髄と棘突起までも砕く。

––––––ぶちり。そうして、女の首が吹き飛ばされた。

それはたった1秒にも満たない時間の中で繰り広げられた出来事で。

声はなく。もとより声など声帯を潰された時点で消滅した。

首を喪った身体は糸の千切れた操り人形のようにコンクリートの地面に崩れ落ち––––––真紅の赤絨毯が首から溢れ落ちた。

 

「な、あ––––––⁈」

 

他の女の混乱に満ちた、しかし間の抜けた悲鳴。

それをシャルロットは、ただ見ていることしか出来ない。

そうして––––––朝陽の灯す廃港にて惨劇が始まった。

 

 

 

 

 

 

◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎

 

 

同時刻・IS学園第2アリーナ

––––––第4試合。

篠ノ之箒・千尋ペアvsラウラ、葛川ペア

 

アリーナ中央にはオリーブグリーンの機体塗装が施された打鉄甲壱式を纏った千尋と箒、そして黒一色に塗られたシュヴァルツァレーゲンを纏ったラウラ、そしてラウラのペアである葛川が纏ったラファールリヴァイヴが対峙していた。

ボーデヴィッヒは沈黙。ただ無表情に2人を見下す。

 

「織斑くん…仇は討つから…‼︎」

 

その隣ではボーデヴィッヒと対照的に、葛川が言う。

それに対し、『なんで織斑は俺に殺された的な扱いになってんの?』と思わされるが問うたところで意味などない。

––––––余談だが、葛川とは先程のスペイン国籍の女子生徒と共に千尋に暴行を加えた織斑一夏親衛隊のメンバーの一人だった。

つまり、今の発言もそういうことだ。

 

「千尋––––––」

 

「わかってる。作戦通りに動けば良いな?」

 

箒の声に千尋が応える。

2人のその顔には緊張は見られるものの、勝機は刻まれている。

––––––一瞬後、試合開始の号令が鳴り響き––––––両者は突撃を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎

 

第2アリーナ管制室

 

「…ラウラ……」

 

神の玉座にて、千冬はぽつりと呟く。

––––––勿論、神の玉座とは比喩であるが、アリーナで繰り広げられている試合の行く末に介入することも可能で、必要があれば観客を客席ごとアリーナ直下にある第2シャフトに降下させることすら可能で、さらにはIS学園内における仮設指揮所ともなるから「学園内では」という意味では、あながち間違ってはいない。

(…私が以前から大人になっていれば、お前はそんなに歪まなかったのかも知れない…)

主モニターに映る、ラウラの暴力的な戦い方を見ながら、千冬は内心呟く。

 

「––––––すまない。」

 

思わず、懺悔の言葉が口から零れ落ちた。

ふと、そこに横槍の言葉が突き刺さる。

 

「あら、何か言ったかしら?織斑教諭?」

 

「…いえ、何も。」

 

––––––言葉を発したのは、つい先日左遷された…というより、左遷した片桐一佐に代わってIS委員会が派遣した臨時理事長の女だ。

そして、千冬を傀儡にしていた女の一人でもある。

 

「そう。…不用意な発言は避けた方が良くてよ?貴方の弟が大事なら。」

 

「…肝に命じておきます。」

 

甘ったるい声で言う女に対して、千冬は昂然として答えた。

––––––大人になろうと決めたものの、IS委員会が無くならない限り、千冬は一生首輪付きのまま……それが現実だった。

千冬なら、今ここにいるこの女を再起不能にすることくらい可能だろう。

だがそれをすれば––––––実弟である一夏がIS委員会の毒牙にかかる可能性が極めて高かった。

例外を除けばどのような人間でも、家族の死という事態は回避したいと考える。

それは家族が最終的な精神の支えであり、心の拠り所であるからとされている。

––––––その心理を突いたIS委員会の工作は、今のところ上手く機能していた。

 

「…あんな男がISを巧みに扱っているのは不快極まりないけどね…まぁでも、ドイツ代表候補生が叩き潰してくれるでしょう。貴女が鍛えたんだもの––––––ねぇ?織斑先生。」

 

露骨な嫌悪感と期待の眼差しに歪んだ顔を千冬に向けながら問う。

––––––ラウラが負けた場合、あの娘や織斑一夏がどうなるか分からないわよ––––––と言外に言っていることを察し、千冬の表情は険しくなる。

逆に臨時理事長は加虐的な笑みを浮かべる。

ふと、瞬間。

 

「理事長先生‼︎」

 

どこかと電話を交わしていた真耶が声をかける。

それに臨時理事長は鬱陶しそうな顔をする。

 

「なんなの?騒々しい。」

 

「海上自衛隊護衛艦【くらま】より入電。IS学園の南方100キロ…見宅島沖を時速40ノットで潜行する物体を捕捉したとのことです。」

 

それとは対照的に、真耶は焦燥に駆られた声で告げる。

 

「それがどうしたの?潜行物体ということは潜水艦風情でしょう、騒ぐことでもないわ。」

 

やはり臨時理事長は鬱陶しそうに応える。

––––––それに、真耶は目を見開く。

潜水艦を自国の領海内に侵入することを許しただけでも大事なのだ。

…なにより、潜水艦を発見しても現行法では自衛隊による潜水艦への対処法は限られてしまう。

だが、それ以前に––––––。

 

「––––––理事長先生、お言葉ですが時速40ノットで航行可能な潜水艦は、今現在どの軍隊にも存在しません。」

 

––––––その言葉に臨時理事長はピクリと反応し、真耶の方を向く。

 

「じゃあ、なんだと言うの––––––?」

 

その顔に先程までの加虐的な表情はなく、あるのは蒼白を通り越して––––––土気色に染めながら、何が来るかを察していながらも、理解したくない表情だった。

 

 

 

 

 

◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎

 

 

 

 

 

IS学園第2アリーナ・闘技場

 

空に舞う砂塵と、破壊され一部は燃え盛る遮蔽物群から漂う噴煙。

それらを背景に金属がぶつかる音。風を切る砲声。大気を劈くジェット音が、世界を支配している––––––。

それらを取り囲むようにアリーナの観客席が無ければ、本物の戦場と見違えるような景色がそこに展開されていた。

 

「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

そこに新たに響く––––––ラウラの雄叫び。

それと共に、右腕のプラズマブレードが遮蔽物の中で近接格闘戦を繰り広げている千尋目掛けて斬り放たれる。

 

「––––––っ」

 

千尋はそれを、すんでのところで躱す。

プラズマブレードは虚空を裂き––––––直後、隣接していた金属製の遮蔽物を斬り裂く。

––––––膨大な熱によって、遮蔽物はバターのように溶断される。

 

「てぇぇぇぇいっ‼︎」

 

そこからおよそ10メートルほど離れた場所では、同じように葛川がブレードナイフを突き出すようにして、箒に斬りかかる。

 

「ふんっ––––––‼︎」

 

それを箒は、装甲刀剣で受け流し––––––

 

「あ––––––」

 

葛川がナイフを突き出した体制で硬直したまま、間抜けな声を上げた直後。

反復横跳びをするように、葛川の横に跳躍し––––––地面を強く踏みつける。

地面に亀裂が奔る。

土塊が舞う。

膝関節を曲げて、脚に力を込める。

下段に向けた刀を握る手に力を込める。

––––––その0.6秒後、曲げて、力を込めていた脚をピンと伸ばし、バネ人形のように飛び上がり––––––

 

「––––––はぁッ‼︎」

 

––––––込めた力を爆発させて、半月を描きながら下段から上段へ刀を振り上げる––––––‼︎

 

「が、ぁっ⁈」

 

直後、ガァン‼︎という低く鈍い重低音を響かせながら刀刃が葛川の顎を殴打––––––単純に数値化して4トン以上もの圧力が葛川を襲い、そして文字通り彼女を3メートル打ち上げる。

––––––衝撃が葛川の脳を揺さぶる。

すかさずISスーツの操縦者保護システムが作動し、脳の保護に当たる。

––––––しかし、ISスーツがカバー仕切れるのはわずか4トン丁度の衝撃まで。

つまり––––––4トンより上の衝撃は直接脳へと襲いかかる。

 

「ぁ、ぐ––––––」

 

–––––––単純な数値にして200キロ程の衝撃が脳を震わせる。

ボクサーならまだしも、頻繁に脳に衝撃を受ける経験のない一般の女子生徒がそれ程の打撃を受ければどうなるか。

–––––––普通なら、脳震盪ですぐに失神してしまうだろう。

 

「ま、だ––––––まだ、よォ‼︎」

 

–––––––だがしかし、葛川はすぐに意識を立て直す。

その目は何処か、野獣じみた血走り正気さを感じさせない瞳で––––––それを見て、箒は毒づくように内心舌打ちする。

 

(ドーピング––––––おそらく簡易興奮剤の類か––––––?)

 

なにも、ドーピングは珍しくない。

箒や千尋は経験こそ無いが、特自の訓練でも実戦を想定したものでは興奮剤や鎮静剤などの後遺症が残らず一過性戦術薬物を用いることがあるからだ。

–––––––しかし、今回のような公の試合の場でのドーピングは言うまでもなく、違反行為であり、薬物法違反にも繋がるため、大会ルール的にも法律的にもアウトだ。

 

(…もっとも、口にする暇がないのが、な。)

 

脳は冷静に事象を分析する。

しかし肉体は激しく動き回らなくてはならないため、声を出すことで酸素を無駄に消耗し、息切れを起こすことを避けるために、黙るという選択肢を取ろうとする。

 

「織斑君への、愛のためにもぉぉ…」

 

––––––その葛川の一言が面白く、箒は久方ぶりに意地悪そうな笑みを浮かべると、

 

「ふん、まるで––––––汚泥のような愛だな。」

 

––––––冷たく言い放った。

それと同時に––––––

【そうね、身を穢した人間は、昔から悲惨な最期を遂げるものね––––––。】

 

(––––––ッ⁈)

 

––––––息が詰まる。

溶かした砂糖が耳にこべりつくような幻聴(こえ)

ナイフの刃が喉仏に突きつけられたような幻覚(かんかく)

久方ぶりに聴いた、柳星張(イリス)の声。

––––––背筋に悪寒が奔る。

一瞬––––––心臓を締め付けるような幻痛(いたみ)が全身へ波及する。

––––––直後、葛川が獣のように荒い息をしながら涎を撒き散らしながら突撃して来て––––––

 

「––––––はぁぁぁぁっ‼︎」

 

幻痛を紛らわすべく、雄叫びを上げる。

歯を食いしばりながら、箒は再び葛川に迷い無く斬撃を繰り出した––––––。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

––––––打ち上げられる土塊。

––––––粉砕されるコンクリート。

––––––焼き切られる大気。

––––––木霊する雄叫び。

 

箒と葛川から十数メートル離れた場所では相変わらず、千尋とラウラが近接格闘戦を展開されていた。

 

「はぁぁぁぁぁッ‼︎」

 

ラウラの雄叫びと共に大気を焼きながら振るわれるプラズマブレード。

それは、千尋が右手に保持していた30ミリ機関砲を切断する。

 

「ちっ––––––」

 

千尋はすぐさま機関砲をラウラに向けて投棄––––––そのままプラズマで溶断され、融解した装甲の熱によってマガジンの弾薬に籠められた火薬に引火し、ラウラの至近距離で爆発する––––––だが。

 

「––––––遅い。」

 

爆煙が晴れ、無傷のラウラがほくそ笑みながら言う。

––––––再び千尋は舌打ち。

ラウラは機関砲が爆発する直前、不可視の壁を形成し、爆発からのダメージを防いだのだ。

 

「AICか––––––。」

 

分かってはいたが、改めてその厄介さを理解する。

原理は不明だが、対象の慣性を制御し拘束するシステム。

––––––今の不可視の壁は、爆発から身を守るために自分の前にあった大気を圧縮して形成したものだった。

––––––確かに、厄介だ。しかし、

 

「厄介ではあるけど、それだけか?」

 

冷めた表情のまま尋ねる。

 

「…なんだと?」

 

「そのままの意味だ––––––AICなくして何も出来ないのか––––––と。」

 

それにラウラは顔を歪める。

––––––どうやら、痛いところを突かれたらしい。

 

「––––––図星か?」

 

冷めた表情で言う。

 

「ほざけ––––––雑魚が‼︎」

 

しかし不快感は示したものの、ラウラは努めて冷静にプラズマブレードで斬りかかる。

 

「はぁぁぁぁぁ‼︎」

 

ラウラの雄叫び––––––同時に、再び放たれるプラズマブレードの斬撃。

 

「––––––ふんッ」

 

千尋は、シェルツェンでプラズマブレードを受け止める。

––––––それは愚策だった。プラズマブレードがシェルツェンの爆発反応装甲に触れて融解し、熱によって内部が蒸発し、体積膨張とによる爆発を誘発させる。

特に爆発反応装甲の場合、プラズマブレードは衝撃がないためにゼロ距離迎撃は行えず、さらに内部に仕込まれた火薬が熱で誤爆しかねないためにそれは悪手中の悪手––––––。

 

「––––––マヌケめ。」

 

ラウラもそれを理解しているが故にほくそ笑みながら、強者の余裕とでも言うかのように言い放つ。

––––––しかし、その期待と展開は、爆発反応装甲がプラズマブレードを ” 弾いた ” ことによって裏切られる。

 

「な––––––」

 

ラウラは愕然とする。

あるべきはずの展開に繋がらない。

信じきっていた展開に繋がらない。

––––––思考が混濁する。

––––––驚愕で肉体が強張る。

––––––一瞬、ラウラは停止する。

––––––一瞬、ほんの一瞬。

しかし、千尋にとってはそれで充分だった。

 

「マヌケは––––––」

 

千尋は、シェルツェンを持つ手を僅かに後ろに引く。

––––––同時に、脚は前へ踏み出す。そして、

 

「てめぇの方だ––––––」

 

荒んだ、しかしどこか澄んだ声が響く。

直後、シェルツェンがラウラに殴りつけられる。

––––––爆発。

全ての爆発反応装甲は刹那にして爆炎に。

そして、爆炎の中からまるでアスファルトを叩く梅雨の豪雨の如く、内部に仕込まれていたタングステン合金の散弾が飛翔––––––ラウラを、滅多打ちにする。

 

「が––––––っ⁈」

 

ラウラは列車に轢き飛ばされたような衝撃を全身に受けながら吹き飛ばされ、呻く。

––––––しかし、その程度で彼女は倒れない。

 

「く––––––っ」

 

ラウラはすぐに態勢を立て直す。

そして復旧し切れていない脳をフル回転させて、何が原因でこうなったかを思考する。

––––––プラズマブレードは爆発反応装甲に対して相性が良く、普通なら爆発反応装甲を持つ相手だけがダメージを負う。

それが常識である。故に、ラウラはプラズマ装備を持つ自分に爆発反応装甲で挑む千尋を馬鹿にしていた。

そして慢心していたが故の結果––––––確かに、そうだろう。

慢心していなければ千尋のシェルツェンを用いた左ストレートの直撃を避けられたハズだった。

––––––だが、それだけでは説明がつかない。

それでは何故、プラズマブレードの直撃を受けながら、体積膨張や火薬の引火による爆発を引き起こさなかったのか––––––説明がつかない。

ラウラは歯をぎり、と鳴らす。

––––––実のところ、それは大した話ではない。

第2次宇宙開発黎明期において開発された耐熱耐超電磁プラズマ蒸散塗膜を幾重にもシェルツェンに施しただけ。

––––––いい加減な例えではあるが、車のフロントガラスや靴に撥水加工を施すことと似たようなものである。

故に、シェルツェンはプラズマを ” 弾いた ” のだ。

AICを使って拘束すれば、一方的にダメージを与えられただろう。

だがその直前の––––––『AICなくして何も出来ないのか』という言葉に反応して、無意識にAICで拘束するという選択肢を封じてしまった結果でもあった。

 

「貴様––––––」

 

他人に踊らされた。その結果がラウラに琴線に触れたらしい。

––––––ラウラは憤怒に顔を歪める。

荒んでいく呼吸のまま、千尋を凝視する。

そこにあるのは憤怒の他に敵意と殺意。彼女は左目を覆う眼帯を取り払う。……開かれた左目から、爛と輝く金色の瞳が覗く。

 

「殺してやる––––––。」

 

––––––ラウラは本気を出した。

––––––応えるように千尋は右手に刃渡り80センチ、幅3センチ程の鉈のように分厚く小太刀のように長い刀身の大型マチェットナイフを抜く。

 

「––––––そうかよ」

 

憤怒に満ち、荒んだ息をするラウラとは対照的に冷めた––––––しかし何処か獣じみた息遣いをしながら言う。

––––––今思えば、ラウラとアリーナで対面したのはこれが3回目。

1度目はシャルとの訓練時。

2度目は織斑がバリアを破壊した時。

そして今回––––––ふと思い出す。

織斑がシールドバリアを破壊した時、そのせいで箒は死にかけたのだ。

そしてその後、鏡はラウラの放った流れ弾によって再起不能の重傷を負った。

後者はもちろん、前者の直接的な原因は織斑だが、それを誘発させた間接的な原因はラウラだった。

––––––今やそれは前の話だ。今は関係ない。それに怒ったって仕方ない。もう前の話だから––––––もちろん許すわけないが今は触れるべきではない。

そう、振り切った直後、ラウラが斬りかかる。

––––––右腕のプラズマブレードを右から左へと、横へ斬り払う。

––––––千尋は押し出すように構えたシェルツェンでそれを防ぐ。

爆発反応装甲を使い潰した今となってはただ頑丈なだけのシールド––––––しかし、同じくプラズマ対策の塗膜が幾重にも施されており、それがプラズマブレードを拒絶する。

 

「この––––––」

 

続けざまに、左腕のプラズマブレードが左から右へシェルツェンを斬り払う。

それで、塗膜は剥がれ落ちてしまう。

––––––好機。

そう捉えたラウラは右腕のプラズマブレード振り下ろすように構えてようと右腕を振り上げて––––––

 

「––––––!!」

 

それを待っていたと言わんばかりに、千尋はおおよそ人では言語化出来ない咆哮を上げて––––––ラウラのプラズマブレード機構にシェルツェンのスパイクを突き穿つ。

直後に響く、重低音を纏い、装甲を変形させる摩擦によって火花を散らせる––––––鋼鉄の一撃。

それは、プラズマブレード機構の回路と収束機を圧砕する––––––‼︎

––––––以って、右腕のプラズマブレード機構は沈黙する。

同時に––––––右腕の同機構は脅威という存在から、ただ高価なだけの廃品に成り下がる。

続けざまに残りの武装も破壊できれば––––––だが、そう上手くはいかない。

 

「きさ、まぁぁぁッ‼︎」

 

大気を焼くように、千尋に向けて振るわれるもうひとつの斬撃。

––––––千尋はシェルツェンを咄嗟に手放し、すんでのところで躱す。

しかし–––––その行動は自身を守る手段を放棄したことと同義である。

それを裏付けるように、振るわれた左腕のプラズマブレードがシェルツェンを切断する。

––––––盾は無くなった。

後退しながら前を向いていた千尋は、ラウラの瞳が金色に輝くのを視認して––––––瞬間、異変は訪れた。

 

「ぐっ…」

 

動かない。

身体が動かない。

身体が何かに抑えられている。

身体は見えざる力で拘束されていた。

(––––––こいつ––––––‼︎)

千尋は舌打ちする。

––––––AICに捕まったのだと、千尋は理解したから。

…まるで、蜘蛛の巣に捕らわれた虫になった気分だ––––––と、千尋は場違いなくらい冷静にそう思う。

 

「ふん、形成逆転だな。」

 

ラウラは相変わらず上から目線でほくそ笑む。

それを無視して千尋は機体ステータスのウィンドウに眼を走らせる。

それを見て––––––千尋は思わず笑う。

 

「どうした、絶望のあまり気でも触れたか?…まぁ良い。貴様には、調子に乗った罰をくれてやろう。」

 

ラウラはそう言って、右肩にマウントされている30mm超電磁加速砲パンツァーカノニーアの砲口を千尋の顔に向ける。

––––––鼻先と砲口の間にある距離はわずか10センチ程度。

放たれれば間違いなく被弾する。

さらに言えば絶対防御が稼働しようにも重傷を負うのは必須である。

––––––しかしラウラは千尋がAICの弱点を見抜いたことに気付いていない。

 

「キャー、ボーデヴィッヒさんそのままやっちゃってー‼︎」

「織斑くんの仇を打っちゃってー‼︎」

 

しかしながら、それを理解していながら外野からはこんな声援が来る始末である。

––––––ついでに言えば、ボーデヴィッヒが織斑に敵意剥き出しだったことすら頭から抜け落ちているとしか思えない内容も聞こえて来る。

 

「ふん、貴様も災難だな––––––まぁ、同情はしないが。」

 

そう言って、ラウラはパンツァーカノニーアを放つ––––––直前。

 

『千尋ぉぉぉぉぉぉッ!!』

 

鼓膜を粉砕せんとばかりにヘッドセットに木霊する雄叫びが轟く。

 

「「なっ––––––⁈」」

 

千尋とラウラが妙な同調を起こしながら、声のした上を見上げる。

高度制限空域から50センチ下––––––空中を舞う、箒の打鉄甲一式。

ラウラが箒を視認した––––––直後、豪雨の如く12.7ミリ弾が降り注ぐ。

 

「ぐぅ…‼︎」

 

直後、AICの拘束が停止する。

––––––すかさず千尋は動こうとする。

––––––しかしラウラもすかさずパンツァーカノニーアを放とうとする。

––––––距離はあまりに近い。千尋がいかに躱そうが、千尋はパンツァーカノニーアに穿たれることは変わらない。

そしてまた、ラウラの反射神経とパンツァーカノニーアのFCSを持ってすれば跳躍ユニットのロケットモーターを点火して距離を取ろうが遮蔽物に隠れる前に狙い撃ちされる。

––––––後ろに避ければ被弾。

––––––上に避けても被弾。

––––––左右に避けても被弾。

どう足掻いても、普通に躱すだけでは被弾することを回避出来ない。

故に、進む方向は一方に限られる。

––––––しかし、千尋を縛り付けるモノは今は存在しないのだ。

故に、千尋は地面を蹴る。

––––––砲口から、超電磁で加速された30ミリ劣化徹甲弾が穿たれる––––––直前。

躊躇いなく、千尋は前へ疾走する。

そうして、砲塔下部を右腕と頭の中間––––––右肩に滑り込ませる。

––––––直後、砲口から放たれ、1秒前まで千尋が立っていた場所を穿ち、土塊を巻き上げる。

––––––砲声が、鼓膜を破る。

––––––衝撃波が、脳を揺さぶる。

しかしそれら全てに構わず、千尋は突貫する。

土塊を捲き上げながら力強く、しかし旋風のように軽く速く。

––––––向かう先は敵の懐。

右腕には岩盤を打ち抜くことに特化した固定兵装である手甲の03式近接掘削打刀。

––––––狙う先は左胸部。

 

「––––––‼︎」

 

また、人間の言葉では表現できないような獣じみた咆哮(こえ)。

直後––––––叩きつけられる、千尋の拳。

5トンもの力を纏い、近接打刀を備えた拳で皮膚と筋肉越しに、心臓を殴りつける。

––––––だがそれは絶対防御に阻まれる。

鈍い打撃音と飛び散る火花。

腕に走る痛みも拳が砕ける音も全て千尋のもの。

しかしラウラの胸に痛みが走る。

何が起きたか理解するよりも早く不明な一撃が心臓を震わせる。

一瞬、ほんの一瞬––––––正常に機能しなくなった心臓を前に、呼吸を忘れる。

 

「––––––っ、––––––‼︎」

 

息を吐こうと、酸素を取り込もうと喉をあげる口。

ラウラは知らず、喘ぐように前へうつ伏せに倒れかかる。

––––––その横を、小さな人影が舞うようにすり抜ける。

衝撃や痛みなど知らぬように。

人影は砕けた拳を庇いもせず、前のめりに倒れかかるラウラのパンツァーカノニーアへ、

––––––左腕の近接打刀を、抉り打つ。

バギィン、という激しい轟音。

同時に砕け、フレームの破片やパーツを撒きながら散華する花びらのように散る、パンツァーカノニーアのFCS。

そして、今の部位破壊はついでだと言わんばかりに千尋はラウラの背中に回り込む。

 

「…ッ、お、のれ…ッ‼︎」

 

––––––呼吸を思い出したラウラが、苦し紛れにワイヤーブレードを振るう。

 

「––––––」

 

千尋の瞳は油断から招いた驚きを浮かべながら、しかし表情は何もないような顔をしながら、それを胸部装甲で受け止める。

––––––薙ぎ払われた鞭が、火花を散らしながら千尋の胸部装甲を刻む。

ゴギン‼︎という、装甲が変形する音が響く。

同時に、千尋の肋骨に痛みが走る。

 

(––––––肋骨…1、2本逝ったか。)

 

千尋はこの状況にも関わらず、そんなふうに冷静に思考する。

––––––まるで、この程度は何十年も前から体験し、身体に刻んだと言わんばかりに。

そこへ––––––轟く砲声。

そして炸裂する76mm砲弾。

箒が放った、76mm支援ライフル砲による砲撃だった。

再び斉射––––––ラウラは後退しながら回避。

それを追撃するように砲撃しながら、箒は千尋の隣に舞い降りる。

 

「ばか、危なくなったら呼べと言ったろう!お前がやられてしまっては、意味がない。」

 

「––––––わかってる。」

 

「なら、今度から気をつけてくれ。…拳は?」

 

箒は先程の攻撃で砕けた千尋の右手に視線を向ける。

 

「小指が第二関節あたりで逝っただけだ。まだ大丈夫。」

 

千尋は箒を安心させるように––––––それでいて、獲物を前にした狩人のように、

あるいは––––––過去に自分の大切な存在へ手を出した者に、同等の跋を与えんと––––––報復行為を行おうとしている獣のような視線を向けて応える。

それに箒はゾクリとする––––––否、怯えたのは箒ではなく柳星張(イリス)であった。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

(––––––驚いた)

 

柳星張(イリス)は呟く。

それは箒の視界に映る少年––––––千尋の思考に関してである。

人間社会において、報復行為はやり過ぎた悪行と捉えられる。故にヒトは理性で報復行為を封殺する。

––––––しかし目の前の少年はどうか。

彼は報復行為を是としている。

しかも分別や方法は人間的なクセに、行う内容は等価交換の動物的なモノ。

理性が働きすぎる生物であるヒトには理解できないが––––––報復行為とは、全ての生物において共通の行動である。

自然の掟、上下関係の理解、自他の関係––––––人間らしく言うなら、それは社会を律する法となんら変わらない。

報復とは如何な形であれ万物に共通する摂理である。

それが力で痛めつけるモノか、

法によって罰するモノか、

道具を持って滅ぼすモノか。

––––––ただ、その違いだけである。

しかしヒトとケモノは価値観の違い故にどちらも違う行動を必ず取る。

にも関わらず––––––この少年はどうか。

ヒトの考えと分別をする。しかし起こそうとする行動はケモノのそれと変わらない。

––––––それはまるで、ヒトの皮を被ったケモノのようだ。

 

(––––––箒と話して吹っ切れた結果がこれなのね…。)

 

今までの行動は、無理にケモノらしさを封じた結果ヒトの行動を持って補完していただけ。

しかしケモノがヒトの行動に慣れるのは不可能である。

故に、少年は弱くなった。

故に、少年はこれから強くなる道を歩める。

ケモノの行動を抑圧することを辞めた今なら、可能だろう。

 

(それにしても––––––)

 

––––––千尋の思考を自身の脳波にて一瞥した柳星張は思わず笑う。

 

(あの子、箒たちニンゲンより ” 私たち ” に近い生き物なのね––––––)

 

笑う。

嗤う。

微笑う。

様々に意思を混在させた感情を浮かべて、わらう。

 

(––––––もし私が箒を取ったら、ちゃんと私から箒を取り返してくれるかな…。)

 

そしてわずかに期待を寄せながら、呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2021年6月13日

午前10時17分・南館山港

 

惨劇は、とうに止んでいた。

––––––赤

––––––朱

––––––紅

見渡す限り広がるのは鮮血によって血化粧を施された桟橋のコンクリート。

シャルの目の前には骨と肉の集りになった肉片が転がっている。

––––––肉片、という表現は酷だが、そうとしか形容できない。

シャルを拉致した女達は原型をとどめないまでに目の前の女性よって破壊されていた。

シャルはへたり込んだまま、何もしない。

ただ女達が惨殺される様を、醒めた瞳で観ていただけ。

女達が助けを求めても醒めた瞳で、劇場のスクリーンで隔てている様に観ていただけ。

そもシャルを殺そうとしたのは女達であり、助ける義理など無いから。

しかし女達が残骸になってもシャルは動かない。逃げようとしない。

––––––逃げるまでに、女性に殺される。

その事実を受け入れていたから。

だからシャルは動かない。

ただ醒めた、全てを諦めた瞳で自分から生を剥奪しようとする死神が一歩一歩、歩み寄って来るのを眺めるだけ。

––––––そうして、女性がシャルの眼前30センチの距離にまで到達して。

 

「––––––大丈夫…でした?」

 

血濡れの手を差し出しながら、場違いにも程がある言葉を放つ。

だからシャルは目を見開いて、

 

「––––––は?」

 

そう、思わず口にしてしまう。

あまりに不自然だ。

あまりに不合理だ。

あまりに––––––理解し難い。

これがつい先程まで自分を殺そうとした女達を殺戮した者の言う言葉だろうか。

思わずシャルが唖然としていると、女性は少し燻んだ生地のワンピース––––––今は所々に散りばめられた返り血が血化粧のまだら模様を作っていた––––––で手を拭いながらふと気付いたように、シャルの額を触れる。

 

「え、あ、あの––––––…」

 

「出血してる…止血しなきゃいけませんね、でも、私の服は汚いし…」

 

思わず混乱する。

先程まで女達を殺戮していた女性がシャルも殺すのかと思えば今度は殺すどころかいつの間にか出血していた––––––おそらく女の1人に顔面を蹴られた時だろう––––––額の傷を気にかけている。

 

「あ、ここなら––––––」

 

そう言って、女性が自身のワンピース––––––の、比較的汚れていない清潔な部分––––––を破き、ハンカチ程のサイズにしてシャルに手渡す。

 

「はい、よければこれで止血して下さい。」

 

––––––何気ない、極普通の…先程まで殺戮行為を働いていたとは思えないくらい普通の笑顔で、言う。

もしここで女達を殺戮し、その返り血を浴びていなければ彼女は極普通の人間なのではないかと錯覚してしまうくらい––––––それくらい、人間味を帯びた表情だった。

 

「あ、ありがとうございます…」

 

そして止血布を渡されたシャルは断れずにそれを受け取る。

––––––だが彼女の行動は、何を衝動として行われたのだろうか?

純粋な親切––––––にしてはあまりに行き過ぎだ。

シャルは少し、彼女の行動が気になり––––––思わず訪ねた。

 

「あの…どうして……」

 

少し口籠もり、言葉が続かない。

だがもう一度息を吸ってから、再び問う。

 

「どうして、私を助けるんですか…?あの人達は、殺したのに––––––」

 

それに女性は「ああ」と、つまらない事を思い出したように言葉を発すると、

 

「彼女達は邪魔でしたし––––––それに退いてもらおうにも対話の余地なんて無さそうでしたし。」

 

冷めたような顔で、そう告げる。

それは生物として当然の生存本能から生まれた自己防衛の派生である。

故に彼女は自分を殺そうとした敵を自身が生き残る為に殺した。

––––––決してシャルを守るという訳のわからない程甘い理由ではない。

…では、なぜシャルの傷を見ようとしたのだろうか?

少なくとも、そこには彼女にとっての利など見出せない。

 

「貴女を助けたのは…そうですね、昔の私に似ていたから…でしょうか。」

 

––––––つまるところ、自己投影。

自身の過去に負ったトラウマを他人に重ねて、他人を救うことで自身の痛みを減らそうとする行動。

しかし––––––彼女の心傷がこの程度で減るハズなど無い。

彼女の心傷が7万桁の数字で表すならば、今の行為で減る数はわずか0.5程であろう。

––––––そもそも、彼女の立場とシャルの立場はあまりに違い過ぎるのだから。

 

「さて––––––じゃあ、私はもう行きますね。」

 

そう言うなり背を向けて歩き出して––––––ふと、足を止める。

 

「そういえば、貴女名前はなんて言うのかしら?」

 

「え––––––?」

 

また唐突過ぎる展開に、シャルは困惑する。

だが、もう乗り切る他ない事を悟り、名前を口にする。

 

「シャル…シャルロット・デュノアです…」

 

「デュノアさんか…いい名前ね……もう会う事なんて一生無いでしょうけれど––––––覚えておくわ…。」

 

どこか儚げな表情を浮かべる。

それが何処と無く、シャルの印象に遺される。

女性は再び歩き出そうとする––––––だが、しかし。

 

「あ、あの––––––」

 

それをシャルが止める。

 

「なにかしら?」

 

「…その、貴女の名前の名前も教えて貰えませんか?私の名前は教えたのに、貴女の名前を知らないのは、アンフェアですし。」

 

––––––女性は虚を突かれたような顔をする。

どうやらシャルの立ち直りの早さに驚いたらしい。

だが直ぐに笑みを浮かべると、背中を向けて。

 

「美都––––––朝倉美都です。」

 

––––––そうして、名前を遺してその場を後にする。

以って、殺戮現場という環境下でありながら何の変哲も無い、それでいて場違いにも程がある会話は終わった。

 

 

 

 

 

––––––その後を追って、彼女を止めてあげればよかったと、僕は何度思わされただろう。

––––––2021年6月21日、特務自衛隊八王子駐屯地。

過ぎた遠い日の事に僕––––––シャルロット・デュノアは、まだ囚われたままらしい。

 

 

 

 

 

 

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6月13日10時21分

IS学園第2アリーナ・闘技場

 

立ち込める砂塵。

連鎖する爆発音。

コンクリートの壁で幾多にも遮られ、迷路の一角、あるいは裏路地を連想させられるレイアウトを施されたIS学園の闘技場。

––––––しかしコンクリートの壁はその大半が崩壊し、黒煙がたち篭り、もはや戦争によって廃墟と化した市街を連想させる瓦礫の山へと変わり果てていた。

 

「––––––まずいな…」

 

その中のひとつ––––––コンクリートの裏で、打鉄甲一式を駆りながら箒は呟く。

––––––試合開始から15分経過。

それまでの戦闘でラウラの駆るシュヴァルツァレーゲンのプラズマブレードやワイヤーブレードによって遮蔽物はほとんど破壊されてしまっていた。

アレを相手に遮蔽物無しで戦うのは正直自殺行為だ。

だが––––––

––––––スーパーカーボンとタングステン合金のぶつかる音が近づいてくる。

––––––少年と少女の雄叫びが近づいてくる。

それで、箒は首を振る。

…例え遮蔽物が無くなろうと、何か出来なくなる訳ではない。

それに––––––私は千尋も頼ってみると言ったばかりではないか。

 

––––––直後、箒の隣で轟音。

2つの影がコンクリートの壁を突き破る。

箒は思わず振り返る––––––。

ワイヤーブレードと左腕のプラズマブレードを振るうラウラ。

手甲の03式近接掘削打刀と膝部に溶接した09式近接戦斧を武装した千尋。

近接格闘戦を繰り広げながら––––––まるで濁流に呑まれた大木のように、躍り出る。

箒は、それを視線で追いながら––––––

 

「千尋!」

 

そう、少女は叫びながら一丁のライフルを放り投げる。

千尋はライフルを瞳で追いながらそれを掴む。

––––––否。それはライフルなどではない。

確かに見た目は先程まで箒の使っていた76mm支援打撃ライフル砲だ。

だがしかし、それにはいくつもの異物が着いて––––––もはや原型を留めていなかった。

––––––砲身の真下に取り付けられ、砲口よりも前方に突き出された試製12式改耐熱装甲刀。

––––––砲身上部に取り付けられた2門の12.7mmM2重機関銃。

––––––砲身両側面左右対象に取り付けられた

計6門の150mm79式対舟艇対戦車誘導弾(重MAT)。

すなわちそれは––––––多重複合兵装。

––––––名を、試製20式複合ライフル砲。

 

「…はっ」

 

––––––なんてもの、作ってやがる。思わず千尋は内心口にする。

多重複合兵装––––––を受け取るように掴み、さらにラウラのワイヤーブレードを躱しながら千尋は思う。

一度見れば素人でも分かるゲテモノだ。

そんなゲテモノを何故持って来たのか…それは単純な話だった。

各種武装を持ち込もうにも拡張領域に量子化した上で格納できる兵装の数は限られている。

だが格納に限りがあるからという理由で兵装を疎かにして良いほどラウラ・ボーデヴィッヒは楽な相手ではない。

故に、給弾効率は酷く低下するというデメリットはあるが––––––各種兵装をひとつに纏めた複合兵装で拡張領域の上限を節約しようとした。

––––––その結果がこれ(試製20式複合ライフル砲)であった。

 

「それが––––––」

 

どうした。と、ラウラはプラズマブレードを振り降ろす。

ガゴォン‼︎と、凄まじい音を立てようとして––––––ドンッという、鈍い音に遮られる。

 

「––––––な…」

 

ラウラは眼を見張る。

プラズマブレードを、漆黒の試製12式改耐熱装甲刀が受け止めている。

ばかな、と首を振る。

そしてもう一度ソレを凝視する。

そこには––––––蒼雷の刃を受け止める、漆黒の鋼刃が映っていた。

––––––それは有り得ない。

通常の実刀で、プラズマブレードは受け止められない。

何故ならプラズマブレードとは高圧電流を用いて副次的に発生する膨大な熱を用いた切断武装。

つまるところ、電子高熱カッターともいうべき存在である。

そんなプラズマブレードの前では、鋼鉄製の実刀など、カッターナイフに切断される紙切れと同等だ。

––––––ラウラが驚くのも無理はない。

何しろ、今目の前で起こっている現象は藁半紙でカッターナイフと鍔迫り合いをしていることと同義なのだ。

––––––普通なら、ありえない。

だがしかし、目の前の少年はプラズマブレードを実刀で受け止めている。

そう––––––漆黒の実刀で受け止めている。

 

(⁈まさか––––––)

 

ラウラはハッとする。

漆黒。

鋼鉄。

耐熱。

同時に、千尋の実刀を見たラウラの脳裏にそれらの用語が浮かぶ。

––––––冷戦時代、アメリカの開発した2万5000mという高高度をマッハ3という高速で飛行する偵察機が存在した。

当然そんな高高度を飛行しようものなら早々に壁にぶち当たる。

それは空気との摩擦による 高熱 だ。

この高度と速度域になると、空気との摩擦などにより機体表面の温度は摂氏260℃になり、部分によっては570℃にもなる。

そのためその偵察機を開発するにあたっての課題は摩擦熱対策だった。

このような温度になると通常のアルミニウム合金の装甲では強度が低下する。

そこで取り上げられたのはは当時では初のチタニウム合金を装甲に用いることだった。

その偵察機こそ、漆黒の鳥––––––《SR-71ブラックバード》。

––––––もし、あの実刀に使われている素材がブラックバードと同じチタニウム合金であるなら?

全ての話は解決する。

つまり––––––あの実刀はチタニウム合金で出来た、耐熱装甲の刀剣。

彼らは自分との機体の性能差を埋めるべく、装備の相性差で勝負を仕掛けてきたのだと––––––。

ラウラがそう確信した瞬間。

––––––自身の背後より、煙幕を切り払うようにして箒が躍り出る。

そして––––––漆黒の刀剣を抜刀し、弧を描きながらラウラのうなじ目掛けて斬り振るう。

 

「––––––ちぃっ‼︎」

 

––––––すかさずラウラは反応し、右腕のワイヤーブレードを振るう。

それが箒の刀剣とぶつかり、火花を咲かせる。

 

「不意打ちとは卑怯な––––––」

 

思わずラウラは呟く。

 

「––––––」

 

しかしそこに、和風侍少女…と思わせる箒の感情などない。

冷静に、機械的に戦況を判断する少女だけが、篠ノ之箒という人間を務めている。

そこにあるのは武道としての誇りではない。

生死を別つ、勝敗を見極める兵士としての箒。指揮官としての箒。

そんな箒は、ラウラの言葉など意に介さずに––––––いようとするが、そこまで兵士としての箒は完成されてなどいない。

 

「––––––それがどうした、お前は戦場でも卑怯だ何だと喚きながら死ぬつもりか?」

 

「何––––––⁉︎」

 

努めて冷徹に、言葉を投げかける。

 

「聞こえなかったのか?」

 

「黙れ––––––!私の事を、何も知らない分際で––––––‼︎」

 

軍人でありながら温室の外に出た事の無い、ラウラの言葉が箒を逆撫でする。

ふと––––––箒の思考を塗り潰すようにフラッシュバックする、ロリシカの景色。

––––––引き千切られて絶命したライサ。

––––––周りで十人十色な最期を迎える兵士達。

––––––医務室で治療さえ受けられずに絶命した兵士。

––––––瓦礫に潰され、原型を留めぬ肉塊となった兵士達。

ラウラの言葉がそれらを誘発させる。

だが今は––––––怒りを浮かべるべきでは無いと、思考を切り離す。

––––––そして、

 

「千尋!」

 

叫ぶ。

 

「––––––ああ」

 

それは笑いだったのか、箒の言葉に応えるように口角が吊り上がる。

そして、力を込め、試製20式複合ライフル砲の耐熱装甲刀剣を横薙ぎに振るう。

 

「ぐっ––––––」

 

箒に注意の逸れていたラウラは虚を衝かれ––––––思わず右に飛ぶ。

2人は留まる暇など持たず、千尋と箒はラウラに斬りかかるようにして––––––二つの凱武が疾走する。

 

「ちぃっ‼︎」

 

––––––迎え撃つは青い閃弾。即ちパンツァー・カノニーア。

しかしてそれは当たらない。

FCSが潰されたそれは、科学で固められた神速の投石器と何ら変わらない代物だった。

それをラウラは感じ、パンツァー・カノニーアを手動射撃モードに切り替える。

その動きは早い。

そしてすぐさま千尋を捉え––––––神速の砲弾を、穿つ。

––––––それを、

 

「千尋!」

 

箒の声が耳に届くより0.6秒前。

千尋は流れるような動作で試製20式複合ライフル砲の上下を反転させる。

そして迫るパンツァー・カノニーアの砲弾。

それが、あと30センチメートルで直撃するというところで、千尋は音速にも及ぶ突きを放つ。

––––––奔る刃、流す一撃。

高速で迫ったパンツァー・カノニーアの一撃を、千尋はすんでに耐熱装甲刀剣で受け流す。

––––––二人の疾走は止まらない。

だが––––––黙ってそれを許すラウラでは無い。

 

「ッ––––––––––––!」

 

千尋の突撃が止まる。

敵は、千尋の疾走を許さなかった。

長さが6メートルにもおよぶワイヤーブレードの間合いまで、接近すらさせない。

刃先と持ち手の遠い武器にとって、距離は常に離すもの。

6メートル近い長さを持つラウラは、自らの射程範囲に入って来る敵を迎撃するだけで良い。

そうすれば、自ら打って出るよりも、踏み込んで来る外敵を仕留める方が手早く容易だ。

現に千尋は侵攻を食い止められている。

しかしそれは一対一で大きな効果を発揮するものだ。

––––––つまり、

 

「––––––援護する‼︎」

 

箒の澄んだ声––––––同時に響く、12.7ミリを撃ち鳴らす試製20式複合ライフル砲。

––––––つまり、一対一ならばともかく一対多であれば、その戦い方は通用しない。

そして、ワイヤーブレードによる迎撃網を食い破っただけではない。

 

「くっ…AICが…⁈」

 

そう、それはAICをも封じていた。

正確には、AICの弱点を突いただけの話だが。

––––––AICとは対象を空間ごと停止させる存在だ。それは確かに強力であり、また一見攻略も不可能に見える。

しかし、千尋は先程AICに拘束された際に、その弱点を視認し、理解した。

––––––AICとは、原理は不明だがISの機能でもなんでもなく、単にISを介した操縦者個人の能力であると。

それを発動している間、操縦者は自己暗示的に右手を掲げた状態を維持しなくてはならないということ。つまり右手を戦闘に使ってはならない。

AICの制御に相当な集中力や演算処理を要するらしく、接近する箒に全く気付かなかったこと。

そして––––––対象は視界に映って居なくてはならない。

つまるところ–––––– " 右手を使わせ続け、集中する隙を与えず、尚且つ片方が視界に入らずに攻撃を続ける " 必要があった。

多少陰湿で嫌らしく、千尋も癪に触る戦法ではあるが–––––– " 今の千尋 " に出来るのは、その程度だった。

––––––閑話休題。

今は前方の敵を倒すことに専念しなくてはならない。

ついでに言えば、シールドエネルギーも残量は3割と心許ない。

残弾に至っては既に2割を切って1割4分。

ただでさえシールドエネルギーの貯蔵量が決して多くはない第2世代ISを使っているのだ。これ以上の長期戦はこちらの自滅を意味する。

しかしそんな中でも千尋と箒が計算したように事態は推移している。

この機を逃せば、勝ち目はないだろう。

––––––故に今、畳み掛ける––––––‼︎

 

「––––––総員散開!!」

 

––––––箒の号令が響く。

その言葉に従い、2人は互いの役割を担うポジションに移動する。

このままやられるつもりなど2人には毛頭ない。

 

(––––––そういえば、間接的とはいえ、こいつのせいで箒は死にかけたんだっけ。)

 

ふと、千尋は内心呟く。

それも鑑みれば、なおの事負ける気にはならない。

だからいい加減、

 

「行くぞ。ここできっかり––––––」

(散々やってくれたツケを返してやる––––––!)

 

跳躍ユニットのロケットモーターを点火。

同時に溜めに溜めた力を、右脚に爆発させて、地面を蹴る。

狙いは一点、心臓への直接打撃のみ––––––!!

 

「ぐっ…!」

 

––––––迎え撃つは、怨嗟を込めた超電磁の一撃(カノーネン・フォーゲル)

リニアレールが焼き千切れる事を恐れない最大出力の破壊的弾頭。

 

(––––––っ、フッ––––––!!)

 

それを視認すると同時に、千尋は全力で再び地面を蹴った。

軋む身体に鞭打つように喝を入れながら、少年は真横に躍り出る。

 

「っ、く––––––」

 

無理矢理な横移動で崩れ堕ちそうになる身体を、腕の一振りで持ち直す。

––––––直後、左肩に衝撃が奔る。

 

「っ……!」

 

金属の軋む音を立てながら、超電磁の砲弾が左肩部装甲ブロックを抉り飛ばす。

夾叉した左肩が白熱し、骨に亀裂の入る音がする。

 

(––––––構わない。どんな不利な体勢でも、アレの直撃だけは回避する––––––‼︎)

 

––––––その意思を試さんとばかりに、ワイヤーブレードが放たれる。

応えるように、千尋は試製20式複合ライフル砲のM2重機関銃を持って邀撃する。

––––––しかし、軌道を逸らすことは叶わず、そのまま千尋の眉間目掛けて飛翔する。

––––––それを、

 

(弾く…!!)

 

––––––痛みとバランスの乱れから、立ち直るのに0.3秒。

眼前に迫る凶器を右手手甲の03式近接掘削打刀で殴り弾く。

 

「せー、のぉ––––––‼︎」

 

ラウラが歴戦の兵士であれば、間違いなく目を見張っただろう。

驚嘆すべきは。

その一連の動作をしながらも、疾駆する脚を止めない意思の強さだった。

 

「…ぐ、うッ‼︎」

 

五月蝿いハエを叩き落とさんとばかりに、ラウラは再びワイヤーブレードを振るう。

今度は片方だけではなく、両方だ。

このまま行けば、千尋は挟撃される。それは覆りようのない事実。

––––––そう、1人なら。

 

「私を忘れてもらっては困る。」

 

落ち着いた声––––––同時に響く、76ミリ機関砲の砲声。

寸分違わず片方のワイヤーブレードの喰い千切る。

それは、箒の試製20式複合ライフル砲が放ったものだった。

一瞬––––––ラウラの意識はそちらに向けられる。

 

「貴様…‼︎」

 

––––––直後、千尋が手甲の03式近接掘削打刀で、残るワイヤーブレードを邀撃する。

火花を咲かせながら、コンマ数秒の世界で弾かれる凶器。

少年の力では完全には弾ききれず、僅かに軌道を逸らし、背部兵装担架をえぐり攫って行く。

 

「––––––っ、この…‼︎」

 

最期の足掻きに、ラウラはAICを発動する。

完全な停止とは行かずとも、動きを鈍らせることは可能だ。

事実、千尋の空間はゼラチンのように固められて行って––––––千尋の疾駆は、衰えなかった。

 

「ハ––––––」

 

こぼれたのは余裕か怒りかそれとも疲労か。

思っていたよりも数次元脆弱な防衛機能を、神経や筋肉が断裂してしまう程の負荷をかけながら突破し––––––

 

(蹴り飛ばす………!!)

 

今まで蓄積したエネルギーを込めた渾身の右脚が真一文字の体勢を描きながら、ラウラの心臓(むね)を空へ打ち上げる––––––!!

––––––以って、ここに勝敗は決した。

––––––そして、ISの装甲が強制解除の兆しを見せた頃合いに、異変は起きた。

 

 

◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎

 

(私が、負ける…?そんな、バカな…。)

 

少女は内心独言る。

 

(認めん!私がこんなところで!こんな奴らに!)

 

 ここで負ければ自分はまた「出来損ない」になってしまう

 

(嫌だイヤダいやだ嫌々イヤ―――――――)

 

〔望むか?自分の欲するものを〕

 

––––––ふと、機体から声が脳に反響した。

全身に纏わりつく汚泥のような、耳に溶けた砂糖を入れられるような声。

 

〔自らの全てを私に委ね力を望むか?〕

 

そうだ!私は力がほしい!こんな体など要らん!

寄越せ最強の力を私に!!

 

〔 ヴァルキリートレースシステム 〕 STAND BY・・・

【Delayed virus / Orga 】起動。

 

–––––––それが過ちだったと誰かが教えてくれれば、どれだけ幸福だっただろうか。

 

「…え?あ、やめ…」

 

頭に、何かが入ってくる。

–––––––遺伝子

–––––––復活

–––––––支配

–––––––千年王国

–––––––ゴジラ

–––––––肉体(カラダ)を、寄越せ、寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ。

 

‪「や、め―――――――」 ‬

 クラッシュする。

犯される脳。侵される神経。冒される自己。チガウモノがワタシに入ってくる。カラダに2つのイブツが入ってくる。

意識がぐちゃぐちゃに擦り潰されて監禁される。一重。二重。三重。とんで‪314兆1592億6511万4514重の檻がワタシを幽閉した。破裂する水晶。景色は虚無へ還る。‬

初めから納まらないという約束。 初めからあぶれだすという規則。初めから死ぬという契約。毒 と蜜。内臓がスクランブルエッグになる。記憶が黒くなって行くやめておねがいおもいでまでこわさないでわたしはどうなってもいいからきょうかんとのおもいではうばわないでだからやめろっていってるでしょねぇきけきいてよ。

道 具、道具、道具。際限なく再現せず育成し幾星へ意義はなく意志はなく。叶うよりは楽。他の誰でもな いワタシワタシワタシワタシハドコワタシヲカエシテワタシワタシワタシワタシワタシワタシワタシワタシワタシワタシワタシワタ中略。

俯瞰するミレニアン≒オルガすべて否定。螺鈿細工をして無形、ゲヘナでありヴァルハラ煉獄でありながら極楽浄土その矛盾そのありえざる 法則に呪いこそ祝いを。

 

 

 

 

 

 

「い、や––––––」

 

それが、誰もが知るラウラ・ボーデヴィッヒ(・・・・・・・・・・・・・・・・)としての最期の言葉だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回はここまでとなります。
次回はVTシステム戦…ですが、見てもらったらわかりますが、クロエさんが束の計画を阻害しようと仕組んだ【Delayed virus / Orga 】が起動して某・千年王国を目指す怪物が目覚めちゃいましたから、原作のVTシステム戦とは異なる展開になります。

次回も不定期ですがよろしくお願い致します。



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