インフィニット・ストラトスadvanced【Godzilla】新編集版   作:天津毬

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今回はオルガ≒VTシステム戦です。


…急いで書いた上に風邪引きながら書いたので文章が拙いかもしれません…すみません…。


EP-34 タッグトーナメント2日目(後)

2021年6月13日

第2アリーナ管制室

 

「あれは…私……?いや、なんだ……アレ、は…⁈」

 

––––––あまりの状況(異常)に混乱する。

この試合の決着がついたと思われた瞬間––––––ボーデヴィッヒの機体『シュヴァルツェア・レーゲン』が変化し、かつての私と同じ姿––––––否。一部かつての私と同じ部分はあるが、全体的に違う。

暮桜に酷似した外見のISを、腫瘍のようなモノが取り込んだ異形。

それに、アリーナにいる黒一色で暗い光を放つあれは私ではない。

だが、篠ノ之に振られる刀が、篠ノ之を倒そうとする太刀筋が––––––すべて(織斑千冬)と同じ。

まるで、自分(織斑千冬)はこのようにして––––––暴力を振るうのが好きで好きで堪らない…そう言わんばかりに刀を、巨腕を振るう。

それは、過去の己の姿を、悪行をまざまざと見せつけられているようで心が食い破られそうになる。

 

「織斑先生!」

 

山田先生の叱咤––––––それで思考は現実へと引きずり戻される。

 

「っ! すまない。アリーナにいる者たちを緊急プロトコルで回収。闘技場にいる者に退避命令と戦闘教員に出動命令––––––それと指揮権は警備課に移譲しろ、私も出る。」

 

「ちょっと織斑先生⁈」

 

すぐに指示を出す。だが、理事長代理の女が騒ぎ立てる。

 

「私も出るのですから、そうなると取り纏める者がいるでしょう。それに警備課は現役、予備役問わず自衛官や在日米軍からの派遣者集団––––––つまりその道のプロです。

このような場合…餅は餅屋に任せるべきだと考えます。」

 

「だ、だからって男共やISに乗らない劣等女共に……!」

 

「––––––如何な主義主張をなさるのも結構ですが、非常時に限って現場を掻き乱すのはやめていただきたい!今は人命に関わるのです‼︎…貴女も命は惜しいでしょう?」

 

––––––有無を言わせない、威圧を籠めた声。

私とて、いつまでも貴女方の傀儡であるつもりは毛頭無い––––––その意思を宿した言葉。

 

「…っ、う……。」

 

思わず理事長代理の女は押し黙らされてしまう。

それを見るや、千冬は篠ノ之両名を退避させる命令を下そうとして––––––

 

「織斑先生! アリーナが!」

 

––––––今度は何だ‼︎

そう怒鳴りそうになった時、管制室のモニターにはアリーナのバリアーを壊して乱入する者が、モニターと彼女の網膜に映る––––––。

 

 

 

◼️◼️◼️◼️◼️◼️

 

IS学園第2アリーナ闘技場

 

––––––事態は反転していた。

 

「qr:w––––––e7、助:w、死iqhue。q@to、0qd=nw33333333333333333333333#############Z‼︎」

 

––––––それは悲鳴だったのだろうか、それとも駆動音だったのだろうか。

金切り声のような、肉を砕くような、それでいて聴覚が判別不能の音声を撒き散らしながら、シュヴァルツァレーゲンが黒い泥によって変異して行く。

 

「………なんだおまえ…」

 

額から伝う汗は焦燥を表している。

しかして何故か、まるで自分の大切なモノを奪われたような怒りと、その奪ったモノを壊せる歓喜を孕んでいるような––––––形容し難く歪んだ表情から千尋は言葉を漏らす。

––––––笑っている。

今までにないくらい、何処と無く笑っていて、歪んだ顔をしている。

––––––俗に言う、【血が騒ぐ】ということだろうか?

いいや違う。

血が騒ぐのではない。

神経は磨り減る。

頭に血が上る。

理性という名のダムは決壊寸前。

本能は眼前のアレを否定する。

眼前のモノを倒したいのではない。

殺してしまいたい。

それはラウラでは無い。

シュヴァルツァレーゲンでも無い。

あのふたつを制圧した本当の中核を殺し尽くしてしまいたい。

––––––あたまがそんなぶっそうなかんがえでいっぱいになる。

 

「h&g@($E&&&&&6"6"6"6"6"6"6"6"6"6"6"6"6"6"6"–––––––––––––‼︎‼︎」

 

––––––それは一言で言い表すならば、異形だった。

辛うじて人型を保っており、外見はかの有名な世界最強のIS乗り、ブリュンヒルデこと織斑千冬が駆っていたIS・暮桜に酷似し、その右手には雪片が握られている。

大半の人間はそれに釘付けとなるが––––––千尋はそれを見ていなかった。

––––––肩から垂れている、身体ひとつ分はある爬虫類じみた三指の巨腕。

––––––肩甲骨から水泡のように盛り上がり、左肩に穴が穿たれた楕円半球型の腫瘍。

––––––腫瘍の最前、首らしき場所には何処と無くイグアナに見えなくもないが醜悪に歪んだ頭がひとつ。

––––––その異形の中央、磔のように取り込まれたシュヴァルツァレーゲン≒暮桜。

これを––––––この異形を、千尋は知っている。

忘れもしない、自分から生まれた怪物。

––––––自らの肉体を取り戻したいが為に勝手に身体を弄られた厭な記憶。

かつて異界(元の世界)の新宿で対峙した古い来訪者(ミレニアン)の成れの果て––––––オルガ。

それを視認した瞬間、千尋から音を立てるように、ブツンブツンと理性の糸が連鎖的に断絶されて行く。

––––––あたまに、ちがのぼる。

まるで写し鏡を見せ付けられてるみたいだと、未だ健在の理性を持って冷静に思う。

––––––それは自己嫌悪だろうか。

誰かと共に居たいという想いも。

誰かと共に家族になりたいという想いも。

誰かと子を育みたいという想いも。

誰かを救いたいという想いも。

善意や幸福も全て成し得ず返って他者を破滅させてしまう身に仕立て上げられた自身。

––––––そんな呪われた血(オルガナイザーG1)を宿す自分(ゴジラ)への怨嗟か。それとも自分をこんな怪物にした者達(人間)への憎悪か。

千尋の理性を断絶せしめようとしているのは鏡面に映った己が身を殴りつけようとする衝動。

もしくは己が身を流れる呪いを拡散させないように自らを殺しにかかる自己犠牲精神。

––––––あるいは自身の想いを知らずに血の欲しさに自分を弄り回す他者の欲への激昂か。

古い記憶は千尋の脳を刺激して、獣のソレに変貌させようとする。

そこには人の法則(ルール)はない。

思考は眼前の(オルガ)を殺し尽くすまで止まる事のない殺戮機械へ変異する。

故に理性は全力をもってそれを喰い止めようとしている––––––そんな中。

 

「9bp…9bp9bp9bp9bp9bp9bp9bp9bp9bp!mZs9bp––––––b@d@o‼︎」

 

不快な咆哮、しかして悲鳴に近い音声––––––。

同時に振るわれる異形の腕。

 

「––––––▂▟▞▟▜▞▂(だまれ)

 

それはまるで静かに燃える蒼炎のように。

それでいて確かに響く獅子吼のように。

––––––千尋は無意識に威圧を込めた、人では判らぬ声で呟く。

すぐさま千尋は、その巨碗を両腕で受け止めようとして––––––

 

「––––––千尋‼︎」

 

左肩に体当たりするように––––––否。体当たりして来た箒に押し倒される。

直後、頭上で轟く剣戟の音嵐。

そしてそれが収束するや、頭を掴まれて思い切り地面に叩きつけられ––––––その頭上を巨腕の爪が切り裂く。

 

「くっ––––––‼︎」

 

すぐさま、箒は跳躍ユニットのロケットモーターを点火––––––地面に身体を擦り付けながらも、そこから離脱する。

 

「箒…⁈何を…‼︎」

 

思わず呆気に取られる声。

––––––それで、先程までの物騒な思考は何処かへ消し飛んでしまう。

 

「何を、じゃない!この馬鹿者‼︎」

 

闘技場外苑の壁際にまで退いてから、箒は思わず喝を入れる。

 

「そんな機体でアレとやり合うバカがいるか‼︎」

 

「なっ…バカって––––––っ‼︎」

 

––––––箒のその言葉で、やっと現状を思い出す。

残弾は1割程度。

SEは2割と少し。

推進剤は残り3割弱。

装甲強度は4割にまで摩耗。

––––––こんな機体で戦えるはずが無い。

…それが理解出来ないまでに、正気じゃなくなっていた。

それを見て、箒は物覚えの悪い生徒に悪態を吐く教師のような雰囲気で口を開く。

 

「全く…ただでさえお前は感情のスイッチが入ると暴走しがちなんだ……少しは気を抑えられるようになれ。」

 

「う"……面目無い…。」

 

申し訳なさそうに千尋が謝る。

––––––ふと、鳴り響くサイレン。

 

『試合中断––––––繰り返します、試合中断!アリーナ闘技場に残っている生徒は至急ピットへ退避して下さい。教師部隊が対応します。–––––––繰り返します、試合中断!アリーナ闘技場に…』

『第2アリーナ、緊急時対応プロトコル発動。観客席の地下降下収容を開始します。

––––––観客席の皆様は、危険ですのでその場から動かないで下さい‼︎』

 

アリーナにアナウンスの嵐が湧き上がる。

それはすぐさま反響し、また他のアナウンスと混じり合い、不協和音を生み出す雑音(ノイズ)と化す。

箒はそれを聴くなり、千尋を立たせながら口を開く。

 

「とにかく今は––––––」

 

––––––教師部隊に任せて引くぞ。と言おうとした瞬間、

 

「うぉぉぉぉぉぉ‼︎」

 

織斑が白式を纏いながら、雄叫びを上げてシールドバリアに突貫する光景が視界に映る。

 

" ––––––あれ?デジャヴ… "

 

千尋は冷静にそんな場違いな事を思いながらも、その一瞬後に起こる事象を察知し––––––

 

「––––––箒ッ‼︎」

 

「え、ちょ–––––––」

 

千尋は叫びながら、反射的に箒の横腹を抱き抱えて––––––跳躍ユニットを点火する。

––––––直後、頭上より破砕音が響く。

四散するシールドエネルギー。

砕け散る耐爆強化ガラス。

落下ではなく崩落して来るガラス片(凶器)

直下にいた千尋と箒を串刺しにせんと降り注ぐガラス(凶器)の雨。

 

" こ––––––– "

 

ロケットモーターが点火される。

ガラス片は頭上2メートルを垂直落下。

 

" ん––––––– "

 

右脚に力を込める。

ガラス片はあと1メートルで二人を串刺しに。

 

「–––––––のォ‼︎」

 

–––––––右脚を爆発させる。

土塊を巻き上げ、壁伝いの前方へ向けて、駆ける

–––––––そこへ降り注ぐはまるで剣の雨。

ガラス片は次々と地面にその身を突き立てるように、地に刺さり墜ちて来る。

 

「––––––、––––––っ‼︎」

 

息を飲むように走る。

窮地における緊張から、脳は倍速で稼働する。

自分達を反射させて映しながら地面に刺さり墜ちていくガラス(凶器)が緩やかに流れて行く。

まるで死に際の走馬灯。

今の千尋にとって1秒は5秒に相当する。

それほどにまで神経を研ぎ澄まし、体感時間は延長される。

––––––ドミノ倒しの如く勢いで突き刺さるガラス片(凶器)

––––––地を踏みしめ、土塊を巻き上げながら疾駆する脚。

––––––降り墜ちる凶器の雨を、全力で走る少年。

––––––そして、その雨を駆け抜ける二人。

その災難は決して無難にあらず、しかしてアッサリと突破した。

 

「…っ、はっ、はぁっ…」

 

息が荒い。

その身にはコンマ数秒の間にあまりに有り過ぎた事象に対して脳の理解が追いつかずに呆気に取られた箒。

その背後には、地面に突き立てられたガラス片(凶器)の樹海。

その遥か遠方にはアレ(オルガ)とやり合う織斑。

 

「––––––っ⁉︎」

 

0.3秒後、箒は全てを理解した。

 

「だ、大丈夫か千尋‼︎」

 

「あ、ああ…なんとか。」

 

箒の心配そうな声に対して、千尋は息絶え絶えの声で応じる。

––––––ふと、

 

「がぁああ‼︎」

 

ISの装甲を吹き飛ばされる織斑が、2人の視界に映る––––––。

迎撃に赴く異形の暮桜(オルガ)に対し、親の仇と思わせるような形相で織斑は雪片を振るう。

だが、振るわれた白い雪片は軽くいなされる。

 

「d@'jq@…d@'jq@d@'jq@d@'jq@d@'jq@d@'jq@d@'jq@4p\––––––!!」

 

そして、素早く胴を入れるように巨腕によるラリアット––––––まるでバットでサンドバッグをカッ飛ばすような豪快な一撃。

 

「が––––––っ‼︎」

 

織斑はそのままスーパーボールのように30メートル以上地面をリバウンド––––––

 

「それがどうしたぁぁああ!」

 

もはやシールドエネルギーによる装甲を維持するだけの力も無いらしく、白式は粒子となって崩壊寸前となってしまう。

––––––にも関わらず、織斑は突貫する。

 

「…っち、あのアンポンタン‼︎」

 

––––––気が付けば千尋は、駆け出していた。

本当なら、あんなアンポンタンは放ってさっさと撤退すべきだ。

けれどとっさに、衝動的にと言うか––––––。

 

あの頃に比べて丸くなり過ぎだ(お人好しになり過ぎだろ)‼︎ "

 

––––––なんて、自分で自分を罵倒する始末。

 

「––––––私が支援砲撃を行う。お前は一夏(あの馬鹿者)を頼む。」

 

ふと––––––試製20式複合ライフル砲を構えながら箒が言う。

 

「––––––了解、隊長(アイ、マム)!」

 

その声と共に、千尋は跳ぶ。

––––––為すべきことは戦闘ではない。

要救助者(織斑一夏)の確保、そして迅速な一撃離脱。

––––––故に、求められるのは速度。

千尋は地面を蹴る。

土塊を巻き上げながら––––––目標との距離50メートルを3秒で駆け抜ける。

––––––そしてそれを、黒い暮桜(オルガ)が黙って見過ごすワケがない。

 

「33、33、7Zsgq!a)4q@e、3uq=mZsa)4q@ea)4q@e9bp––––––!!」

 

––––––意味のわからない、そも、意味があるのかさえわからない咆哮(こえ)を放つ。

同時に、薙ぎ払うように振るわれる左腕らしき異形の巨腕。

それを––––––

 

「うるっせぇよバケモノ––––––!」

 

右腕の03式近接掘削打刀で殴り弾く(迎撃する)

狙うは腕ではなく肘。

腕そのものを破壊してもコレに対しては意味がない。

だからこそ、破壊するなら時間稼ぎが出来る場所を狙う事こそが重要であった。

故に、姿勢を低く落として潜り込む。

そして、肘目掛けて鋼鉄の拳を殴り穿つ––––––!!

 

「g@'3##3#33#3#3#3#####Z––––––!!」

 

あっけなく、肘は粉砕される。

思っていた以上に脆かったその関節の軟弱さに千尋は驚かされてしまう。

––––––そこへ。

 

「支援する!!」

 

試製20式複合ライフル砲の76mm砲を穿つ箒と、

 

「これでぇぇぇぇぇぇッ!!」

 

雪片を振るう織斑が重なり––––––。

箒の76mm砲は黒い暮桜(オルガ)の左腕付け根を抉る。

織斑の雪片は黒い暮桜(オルガ)の右横腹の胴体を斬り払う。

 

「e7#3####333#Z、3、3###!#Z、eq#33###!#Z––––––!!」

 

「「やった––––––」」

 

––––––やはり意味は分からない。だが悲痛な咆哮(こえ)をあげる。

それで箒と織斑は嬉しさのあまり図らずも声が重なってしまう。

––––––だが、それを両断するように。

 

「馬鹿が、2人共気を抜くな!こんなんじゃコイツは死なない!!」

 

千尋が叫ぶ。

 

「「え?」」

 

思わず、2人は呆気に取られた声を漏らす。

 

「……22、c;pete––––––…!!」

 

それを裏付けるように黒い暮桜(オルガ)は嗤う。

––––––直後、黒い暮桜(オルガ)の切断された部位と抉られた部位は急速に再生していく。

それはまるで、時間の巻き戻しのように––––––。

 

「な––––––」

 

思わず箒は、こんなデタラメがあってたまるか––––––と言わんばかりの顔をして絶句。

織斑は現実を理解出来ずに眼を白黒させる。

––––––ただ、単純な構造ではない関節部の再生には手間取っている。

 

「…くそ」

 

千尋は黒い暮桜(オルガ)を背に地面を蹴り、土塊と土煙を巻き上げ(煙幕を張りながら)織斑目掛けて跳ぶ。

 

「え、な––––––」

 

そうして、軽くラリアットをかますような勢いで織斑を掴むと––––––見様見真似の(・・・・・・)瞬時加速(イグニッション・ブースト)を掛ける。

" 見様見真似だが、案外上手くいった。 " …と喜ぶ暇など、千尋には無かった。

––––––とにかく今は駆ける。

遠方からは箒のものらしき砲声。

遮蔽物の残骸の合間を縫うように駆ける。

100メートルを2秒台で駆け抜ける速さを以って、疾駆する––––––!

 

「お、降ろせよ!アイツは、アイツは俺が倒さなきゃいけないんだ‼︎」

 

––––––ふと、 要救助者(織斑一夏)が叫ぶ。

それに、頭に血が上っているせいか、いつも以上に乱暴に怒鳴る。

 

「言ってる場合かこのド阿呆!第一俺らが束になっても今の状況じゃ殺されるがオチだ!」

 

「そんなのやってみなきゃ––––––‼︎」

 

「ギャーギャーうるさい!ガキかお前は!!」

 

「んだと––––––」

 

––––––しかし、そんな速さを以ってしても。

 

「––––––6ce、ztj5q!!」

 

––––––追い付かれる。

黒い暮桜(オルガ)はあの巨躯にも関わらず、アッサリとこちらに追い付いてみせる。

しかも瞬時加速(イグニッション・ブースト)を行わず、ただの跳躍(・・・・・)で追い付いてみせた。

––––––距離にして僅か50センチ。

どう足掻こうがリーチの長さで逃げられない。

––––––だから、

 

「くそ、箒!!」

 

要救助者(織斑一夏)を、ぶん投げる。

 

「そいつを––––––」

 

そいつを受け取れ、と言おうとして。

––––––ボキャリ、と。

厭な音と、鋭利な痛みが右肩に走る。

同時に凄まじい速さで血を喪う感覚。

 

「ぐ、ぅ、くそ、が…」

 

原因は判っている。

––––––そも、喰いついて血を吸う者など、この場にひとつ(オルガ)しか存在しない。

 

「ふ、っう––––––」

 

千尋はすぐさま非常用近接ナイフを展開し、それを––––––黒い暮桜(オルガ)の眼球に、突き立てる。

 

「3"3"###!eqeeqeeqe!eqeEEEEEEEEEEEZ––––––!!」

 

––––––思わず、オルガは眼を潰された痛みで肩に喰いついた顎を離してしまう。

その隙に––––––

 

「––––––はあ"ッ!!」

 

その頭を掴み、背負い投げる。

黒い暮桜(オルガ)は背中から地面に叩きつけられ、無防備な姿を晒す––––––。

そこへ、穿たれる03式近接掘削打刀。

鋼鉄の拳は阻害されることなく、そのまま黒い暮桜(オルガ)の頭部を圧潰する––––––!!

––––––ぐしゃり、と。

砕ける頭蓋骨。

飛散する肉片

飛び出る眼球。

撒き散る歯。

拡散する血液。

痙攣する残骸。

破砕される脳髄。

そこにあったのは確かに潰れた黒い暮桜(オルガ)の頭。

––––––しかし、直感的に千尋は後方に跳ぶ。

 

「千尋…!ち、血が…早く手当てしないと…‼︎」

 

ふと、箒が千尋に駆け寄りながら叫ぶ。僅かに、ヒステリックな声音を孕んで。

 

「大丈夫だ。こんなの、焼いて止血すりゃ良い。」

 

––––––安心させようと、少し痛みで歪みながらも笑みを浮かべて、千尋は応じる。

しかしそれは、返って箒の不安を煽ってしまう。

 

「や、焼けば良いって…そんなことしたら…!」

 

「お、おい…そんな事よりお前、なんで彼奴を倒しちゃったんだよ…⁈」

 

俺の獲物を横取りしやがって––––––と言わんばかりの顔で、織斑は聴く。

––––––だが、それを遮るように。

 

「h&g@($E&&&&&6"6"6"6"6"6"6"6"6"6"6"6"6"6"6"……!!」

 

異形の咆哮(こえ)が、響く。

 

「…な……」

 

箒は絶句する。

それもそうだろう、あのバケモノは確実に千尋によって頭を潰された––––––にも関わらず、潰されたハズの頭は完全に再生してしまっている。

織斑は自分が倒さなくてはならない存在が生きていた事に喜ぶが、同時に自分に倒せるハズがない相手に思わず恐怖する。

 

「…ああ、くそ。頭を潰しただけじゃ、やっぱダメか……。」

 

3人の中で、この瞬間、言葉を話せたのは千尋だけだった。

––––––おそらく、アレを仕留めたくば過剰火力の集中打撃か、内側から吹き飛ばすしか無いのだろう。

 

「…やっぱ、内側から吹き飛ばさないとダメか……あの時(・・・)みたいに。」

 

「…待て、千尋。お前アレと対峙した事があるのか?」

 

「え?ああ、まぁ……詳しい経緯は省けば、その時はアレの体内から爆発させて倒すことには成功した。」

 

" ––––––まぁ、アレは自分も怪物だったから出来た芸当で、今の自分じゃムリだけどな…。 "

と、千尋は内心呟く。

 

「そんなのどうでもいい…それより、なんで彼奴が千冬姐の刀を持ってるんだ…。」

 

「一夏…?」

 

ふと、織斑は震慄いた声音で黒い暮桜(オルガ)を睨みつける。

 

「あの刀は…千冬姐だけのモノじゃなきゃ––––––ダメなんだ‼︎」

 

そして、零落白夜を展開しながら織斑は瞬時加速(イグニッション・ブースト)で再度突貫する。

 

「何をやっている馬鹿者!死ぬ気–––––––」

 

箒が呼び止めようと叫ぶ。

––––––しかし、もう遅い。

 

「くそが、箒!援護‼︎」

 

そう言って、千尋は跳躍ユニットを蒸して織斑を追う。

そして––––––それが失策であったと悟る。

黒い暮桜(オルガ)の左肩––––––腫瘍にぽっかりと空いた不自然な孔。

––––––そこに黄色(おうしょく)の粒子が収束する。

それに千尋は見覚えがある。見覚えがあり過ぎる。

––––––ああ、不味い。

頭が理解した時には遅過ぎた。

千尋は反射的に跳躍ユニットの噴射ノズルを上方に向けて噴射––––––地面に機体を擦り付けながらそのまま匍匐の体勢で伏せ、被弾面積を減らそうと足掻く。

織斑も危機を感じたのか、斬りかかろうとした零落白夜発動状態の雪片を反射的に盾のように構える。

––––––そこへ、黒い暮桜(オルガ)は嗤いながら。

 

「x#…diuxe––––––!!」

 

黄色(おうしょく)の線光を、放ち穿つ––––––!!

 

「ぐうっ!」

 

線光の最たる近者––––––織斑は零落白夜発動状態の雪片弐型を盾のように構えて防ごうとする。

零落白夜とは、対消滅エネルギーの結晶を展開するワンオフアビリティ。

故に如何なエネルギーであろうと、零落白夜の前には無に還されてしまう。

それは覆りようのない事実。

––––––しかし、それは人の観点から想定したモノが使役するエネルギーに対処する場合を前提としたモノ。

今眼前に迫り来る線光(もの)は、この世に(あらざ)るもの。

さらに言えばこの地球(ほし)にも(あらざ)るもの。

であれば人が知り得る物でもない。

故に––––––

 

「え…雪片、が…?」

 

織斑の眼球に映るは線光を相殺しながらも亀裂が入り、崩壊していく雪片弐型。

––––––それは、零落白夜を凌駕する。

その、認め難い、否。決して認められない現実を叩きつけられた直後、雪片は霧散し––––––

 

「…あ……」

 

線光に、吹き飛ばされる。

––––––運が良いのか悪いのか。

織斑はそのまま、衝撃波によって線光の照射範囲外へ吹き飛ばされて––––––。

 

 

 

 

––––––その後方。千尋もまた、線光の直撃を受けていた。

しかし地面に伏せている訳ではなく。

織斑の零落白夜が稼いだ時間をもって、予備のシェルツェンを展開し、それで線光を防いでいた––––––。

 

「––––––、ぅ––––––ぐっ…!!」

 

ビリビリとシェルツェン越しに、腕から全身に波及する衝撃。

連続的に手から、衝撃がマシンガンのように襲い来る。

シェルツェンに亀裂が走り、そこから線光の熱が漏れ入り、千尋を焼く––––––。

この線光の本質は2つの波動––––––。

波動とは単に波とも呼ばれ、同じようなパターンが空間を伝播する現象のことである。

この線光は物理的衝撃波と熱伝導波が波動となって同時に襲い来るという代物––––––。

さらにどちらか片方だけでも数秒の照射でISの装甲を蒸発せしめる威力––––––本来のサイズなら高層ビルを粉砕するのだから、数次元弱体化(パワーダウン)しているとはいえ、ISで対応するには相手が悪過ぎる。

––––––と、要点は理解しているが。

 

「…ああ、くそ。こりゃ不味いな。」

 

この状況では耐える以外に対応のしようがない––––––それが現実だった。

そしてあと数秒で––––––シェルツェンは崩壊する。

その、事実を前にして、

 

「––––––死ぬ気は、毛頭無いけどな…‼︎」

 

千尋は呟く。

––––––それは生存本能であり約束。

自分が死にたくなんかないし、そもそも箒の為に死ぬわけにはいかない。

けれど眼前には死が迫っていて––––––それでも千尋は生き残ることを考えている。

––––––あるのは生への渇望。

かつての自分(ゴジラの一部だった頃)なら度々死んでも構わないと思わされていた極限状況下で、今度は生き残ることへ執着する。

だから––––––こんなところで、死んでなどやるものか。

 

––––––ドクン。

ふとその時の鼓動を境に、黒い暮桜(オルガ)に咬み喰らわれた右肩が灼熱する––––––。

 

「っ……?」

 

それに千尋は思わず違和感を覚える。

 

––––––バギン!!

ふと、金属が激突するような幻聴。

そして右肩に走る異物感と焼けた刃物で皮膚を斬り付けられるような激痛。

 

「ぅ、ぐっ…⁈」

 

思わず千尋は顔を歪ませる。

…その直後、甲高い降下音と共に––––––陽光の下。

流星じみた何条もの鉄塊が黒い暮桜(オルガ)をつるべ打ちにする––––––!

 

「h&g@($E&&&&&6"6"6"6"6"6"6"6"6"6"6"6"6"6"6"––––––!!」

 

正確無比、とはこのことか。

一度の外れもなく、寸分の誤差もなく、黒い暮桜(オルガ)を射抜いていく鉄塊は、紛れもなくミサイルによる攻撃だった。

否。ミサイルと呼ぶのが正しいのかさえ疑わしい。

機関銃めいた掃射、一撃一撃が秘める威力は岩盤さえ穿ちかねない。

一度につき12発––––––それが八度。

街の一区画を丸ごと陥没させかねない、計96発もの––––––00式貫徹徹甲誘導弾(タイプ00・フルメタルミサイル)豪嵐(ごうらん)

余波が地表を砕き、土塊を巻き上げ、土煙を起こしながらも、96発もの00式貫徹徹甲誘導弾(タイプ00・フルメタルミサイル)黒い暮桜(オルガ)を砕き潰す––––––!!

 

 

 

 

 

––––––続けて、

 

「撃ち方始め!!」

 

山田が下す、裂帛の号令––––––。

地下に収容された観客席を覆う防護天蓋装甲。

そこに展開したIS学園第2教師隊が纏う、ラファール・リヴァイヴによる、グレネードランチャーの連続投射。

炸裂するは煙幕。

––––––それで箒は、アリーナの外から00式貫徹徹甲誘導弾(タイプ00・フルメタルミサイル)を放っている部隊が攻撃、IS学園第2教師隊が自分達の救出を担当する班に別れ、部隊が連携を実施している事を悟る。

 

「篠ノ之さん、離脱しなさい!」

 

突入してきた教師部隊のうちの1人が声をかける。

 

「で、でもまだ千尋が––––––!」

 

教師部隊の人間は主に女尊男卑に対して保守的な人間が大半––––––故に、千尋は置いていかれるのではないかと危惧して、箒が言う。

––––––それを感じ取ったのか、その教師が口を開く。

 

「…安心なさい。たしかに私自身、男性はどちらかと言えば苦手だけど、だからって見殺しにする程、私達だって人として落ちぶれてはいないわ。」

 

その回答に、箒は頷くと速やかに離脱する。

––––––その回答(こたえ)で、充分だった。

ふと、右を向けば辛うじてISの装甲を維持しているボロボロの白式を纏った織斑が教師に支えられながら離脱していくのが視界に映る。

 

「ミサイル第2波!来ます!」

 

他の教師が言い放ったその言葉にハッと視線を空に向ける。

そこには、緋炎を吹かしながら再度飛来する96発もの00式貫徹徹甲誘導弾(タイプ00・フルメタルミサイル)

それが再生途上の黒い暮桜(オルガ)を、今度こそ原型を留めぬまでに圧砕する––––––!!

 

 

 

 

 

再び余波が地表を砕き、土塊を巻き上げ、土煙を起こす。

 

" この戦い方… "

 

ふと、教師に肩を貸されながら離脱する千尋はその攻撃パターンに思い当たるものがあるのか、少し思考する。

…もとより、00式貫徹徹甲誘導弾(タイプ00・フルメタルミサイル)とは80年代後半に開発された地対艦ミサイルの改良型であり、

MLRSやSSM、BMなどの多連装ロケット砲(ポンポン砲)による攻撃運用がセオリーだが、それは連射を想定しておらず主に単射が主である。

にも関わらず、今回は連射ばかりを実行している。

––––––それは如何に対人類戦では不釣り合いであろうと、対獣戦ではそれを行わねば守れないという事を嫌という程刷り込まれた人間の戦い方。

––––––つまり、

 

「アリーナ外の砲兵隊を率いているのは…光か。」

 

その結論に至った。

 

 

 

 

 

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IS学園北部・夢見飛行場

第1対艦攻撃特科中隊前線指揮所

 

––––––黒い暮桜(オルガ)への攻撃に用いられた計192発もの00式貫徹徹甲誘導弾(タイプ00・フルメタルミサイル)の発射起点…そこには16台の94式自走ミサイル発射砲【大鵬(多連装ロケット砲型)】が展開していた。

 

光はその車列中央に駐車する、多数のモニターが戦況を告げる、戦域を統べる匣の中––––––82式通信指揮戦闘車内にて指揮を執っていた。

 

「––––––フルメタルミサイル第2波、全弾命中。」

 

同車内で戦域情報を収集する、通信科の自衛官が淡々と告げる。

 

「目標の状況は?」

 

光はその自衛官に問う。

 

「––––––暮桜…いえ、シュヴァルツァレーゲンとそのパイロットを除いて、原型を留めていないそうです。」

 

「––––––やったんでしょうか?」

 

自衛官の報告に、他の自衛官が光に問う。

 

「いや、アレは死んでいない。原型を留めないまでに破壊してもどうせ再生する。」

 

––––––その言葉に、2人は目を見開く。

原型を留めていない––––––文字通りミンチにしたにも関わらず、そこから再生するのだという。

これを驚かずしてどう反応を示せというのか。

 

「今は多少再生の時間を稼いだだけだろうが––––––まぁ、それでも良しとしよう。

あくまで我々は支援の立場だからな––––––生徒や来賓者の避難状況は?」

 

「アリーナ直下からは避難完了。しかし学園外へ繋がる海底地下路線の方はやはり急な対応のため、列車の手配に時間がかかるかと。」

 

「非常事態に備えて、防衛省に木更津でモスボール保存していた70式ディーゼル機関型装甲列車をいつでも発進可能な体制で待機させるようリクエストしておけ。」

 

「了解。––––––それと三浦半島直下に潜伏中と思われる巨大不明生物は未だ現在沈黙中だそうです。」

 

「了解だ。こちらを片付けたらおそらく次はそちらだろうが––––––」

 

言いかけて、光は口を閉ざす。

 

「1佐?」

 

「…いや、なんでもない。とにかくまずはここを片付けるぞ。」

 

––––––光は、ただ現在の状況を完遂すべく、そう言い放った。

 

 

 

 

 

 

 

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6月13日午前10時35分

IS学園第2アリーナ・ピット

 

離脱しピットに着機––––––速やかに千尋らは後に治療を受けるべく統合機兵を解除する。

 

「っ––––––!!」

 

焼けそうな右肩に、成長痛のような(・・・・・・・)激痛が走る。

––––––先程、肩に焼けた刃物で皮膚を斬り付けられるような激痛が走った時から同時にその痛みは生まれていた。

 

「…くそ。いってえなぁ…。」

 

ふと、アリーナを見渡すと戦闘教員の数が3人と少ない。恐らく他のアリーナで使っているISやISコンデンサーの数が足りず急ごしらえでどうにかしているのだろう。

––––––それらの状況を理解し、 " 最悪だ " と千尋は判断する。

機体も人も数は少ない。

相手は全盛期の世界最強と異界の古い来訪者。

その相手は現在着実に再生中。

対してこちらはラウラ戦と黒い暮桜(オルガ)戦で千尋の統合機兵が中破、箒の統合機兵が小破。

後者は整備でどうにかなるにしても前者は整備が間に合わない。

予備パーツでどうにかなるにはなるが、この時間では損傷した既存パーツと新規パーツのツギハギ状態となり、動作不良を引き起こすリスクが高い。

現在オルコットと簪、そして凰も召集中らしいが避難する人間の濁流に飲まれてしまい、アリーナからかなり離れたため合流に時間がかかる。

––––––おまけに騒ぐバカが一人。

 

「離せよ箒!邪魔するならお前も殴ってやる!」

 

「っ!いい加減にしろ!!」

 

––––––是が非でも黒い暮桜(オルガ)を倒そうとするゴネる織斑を箒が止めようと取り抑えている。

もはや収拾がつかない。

 

「こンの、離せって––––––」

 

––––––このままでは埒が開かないと箒も察したのか。

離せと言った織斑を箒は離してやる。

不意に離されると思っていなかった織斑は、つい数瞬間前までかけていた力の余波で、体勢を崩して、箒に背を晒す––––––そこを狙って箒は(うなじ)に手刀を放ち、織斑の意識を奪う。

意識を奪われた織斑の身体は垂直落下するように床に伏す。

––––––一連の動作は流れるように、3秒と掛からず完遂される。

その光景に誰もが唖然と––––––することはない。

ただ少し、静かになったと認識する程度。

––––––それほどまでに、余裕がないのだ。

…ふと、そう思っていると千尋は箒に手を掴まれる。

 

「––––––箒?」

 

千尋は呼びかける。

けれど箒は無視して––––––山本三尉に機体を頼みます、と。

そう言うと箒は人目につき難いであろう水場に千尋を連れて行く。

 

「箒…何の用だよ。」

 

千尋は先程から成長痛のような(・・・・・・・)激痛が走り続けている右肩を押さえながら問いかける。

 

「何って、傷の手当てに決まっているだろう。医務室は葛川と織斑が使っているし、救急用具ならここにもある。」

 

「いいって。もう血は止まってるし。」

 

––––––そういうなり、右肩の成長痛のような(・・・・・・・)激痛はさらに強くなる。

 

「良くない、もし良くないモノが体内に入ってたら…‼︎とにかくガーゼに包帯、あと抗生物質は飲ませるからな。」

 

「いや、本当に大丈夫なんだけど…血は止まってるし、ちょっと成長痛みたいな(・・・・・・・)痛みがするだけでさ…。」

 

千尋は思わず苦悶に歪みながらも必死に作り笑顔を浮かべながら言う。

しかし額には脂汗が浮いて、痛みのせいか、顔にも皺を作ってしまう。

 

" ああ、くそ––––––早く痛み引いてくれないかなァ…。 "

 

「…本当だな?骨が砕けてたりはしないな?」

 

箒は訝しげに、そして心配気に問いかける。

 

「してないしてない。湿布貼ったら行くから。」

 

たはは、と千尋は笑いながら箒に言う。

––––––だから、

 

「分かった。そのかわり––––––あとで心配かけさせたら許さないからな。」

 

––––––フンッと言うと、足早に去って行く。

怒らせるつもりは毛頭なく、心配させたくない一心だったのだが、少し不味かった…と千尋は思うが、もはや後の祭り。

––––––だがこんな些細なことよりも、まずは黒い暮桜(オルガ)だ。

アレが完全再生したのち行動を再開するのはあと25分後だという。

少し、余裕があるように感じなくもない––––––だが逆に言えば、全身をミンチにされても25分もあれば完全再生出来るのだ。

それは、なんて脅威だろうか––––––そも、何故アレがシュヴァルツァレーゲンに取り憑いて居たのか、何故この世にもいるのかが謎だ。

––––––まぁ、考えても仕方ない。

そう千尋は思うと、右肩の成長痛のような(・・・・・・・)激痛を抑えるべく、湿布を貼ろうとして––––––。

 

「––––––?」

 

不意に痛みが止んだ。

直後––––––がちん、という鉄のような音。

––––––音源は右肩。

なんだろうと、思わず上半身のインナーを脱ぐと、そこには、

 

「––––––え?」

 

大きさは5ミリから1センチ未満。

鋼鉄のような、肉のような感触の深緑色。

剣の切っ先に見えなくもない鋭利な表皮。

––––––それが傷口から生えている。

––––––見間違える筈がない。

––––––忘れる筈がない。

それは正真正銘––––––かつての自身(ミレニアムゴジラ)の表皮であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––––不純物(混じり者)が、純正(ゴジラ)になり始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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6月13日午前11時00分

第2アリーナ

 

––––––先より25分が経過した空間(アリーナ)

そこには再生を繰り返し続けた––––––…否。

時間を巻き戻したとしか思えぬまでに完全再生を遂げた異形がひとつ。

 

「3––––––3、33…3、3、3333333#####––––––––Z!!」

 

––––––それは悲鳴。

––––––あるいは産声。

殺してくれ、と懇願する声と。

私を観て、と歓喜する声と。

矛盾する意味、相反する意思を持つ声が螺旋のように相克したような声。

そのどちらにも聴いて取れる奇声の咆哮を、黒い暮桜(オルガ)は上げる。

 

それを、祝福するように––––––。

––––––いや、否定するように。

 

CP-00(コマンドポスト)より全部隊(オールハンド)へ通達。一一〇〇(ヒトヒトマルマル)。状況開始––––––繰り返す、状況開始。オクレ––––––。』

 

CP-00(コマンドポスト)––––––前線指揮所より下る、狼煙(のろし)の下命。

直後、緋炎を吹かしながら再度飛来する16発もの00式貫徹徹甲誘導弾(タイプ00・フルメタルミサイル)と79式対舟艇ミサイルの混合射撃。

それは再び黒い暮桜(オルガ)の身体を、大地ごと砕き、斬り刻み、吹き飛ばす––––––‼︎

 

「g、g@Z!E、7#33########3Z!33##ZZ––––––!!」

 

再度上がる悲鳴(歓喜)

––––––それに(こた)うるは。

 

「…少し待っていろ、ラウラ。」

 

––––––急遽臨時編成された教師部隊2個小隊と選抜生徒部隊2個分隊。

 

 

臨時第1挺身突撃小隊『スノウ』指揮官––––––地下より持ち出して来た純白のIS( " 真なる暮桜 " )を纏いし織斑千冬。

 

「––––––今、助けに行ってやる。」

 

純白の雪片を手に、玄い髪をたなびかせる世界最強(ブリュンヒルデ)

そして––––––その指揮下に在りし者。

 

臨時第2挺身突撃分隊『セイバー』––––––蒼藍のユリウスを纏いしセシリアと、銀鉄の打鉄弐式を纏いし簪。

 

「こんな時に凰とデュノアは何処行ってるんだか…。」

 

「セイバー1よりセイバー2。愚痴を言っても仕方ありませんわ、簪さん。彼女らが来ないのならば––––––私達が死に物狂いで迎え討つだけです。」

 

思わず、簪はこの場にいない2人の代表候補生の事を愚痴る。

それに対し、澄んで落ち着いた声でセシリアは応じる。

 

「簪さん、危うくなれば(わたくし)の後ろに下がって下さい。」

 

「…え?で、でもセシリアの機体は後衛だから––––––」

 

「機動砲撃戦でなら、前衛も勤められます。それに––––––この身を呈して友軍を守るのは、貴族(わたくし)共の責務ですから。」

 

––––––威風を纏う碧眼。

そこにあるは入学した時の高飛車な貴族ではなく、騎士道を宿した王の如く––––––僅かな時を経て成長した彼女(セシリア)だった。

 

「装填時や補給時の前衛は任せて下さい。」

 

「…あ、う、うん。分かった……。」

 

 

 

臨時第3挺身突撃小隊『ガンナー』指揮官––––––ラファール・リヴァイヴを纏う、山田先生。

 

「皆さん––––––準備は良いですね?」

 

マガジンを装填し、撃鉄を起こす––––––一連の動きをしながら山田先生が問う。

それに部下の教員は肯定の応答。

トレードマークである緑髮は後ろに括り、メガネは外してアイコンタクトに換えた姿。

そこにあるのは教師としての山田真耶ではなく、兵士としての山田真耶。

その一言一言に凛とした雰囲気を纏い、有無を言わせぬ言葉を口にする。

 

「––––––突入の指示を待ちます。そのまま皆さん待機。」

 

 

 

臨時第4挺身突撃分隊『ブレード』指揮下––––––デジタル迷彩を施された凱武である打鉄甲一式をその身に纏いし千尋と箒。

 

「…時に、本当に肩は良いんだな。」

 

––––––なんて、箒が千尋に問いかける。

その姿勢は何処と無く女房気質。

この場に不似合い極まりないほどの優しい声音を孕んで。

 

「ああ––––––。心配してくれるのは嬉しいけど……今は捨てとけ。死ぬぞ。」

 

––––––それに千尋は、感謝を抱きながらも咎めるように言葉を返す。

此処で余計なことを考えるな、下手したらそれが命取りになる––––––と。

それはまるで、既に数多の戦場(いくさば)を駆けてきた猛者(かいぶつ)を思わせる声音。

 

「––––––了解した。では作戦通りに事を成すぞ。」

 

それに従うように、箒は蝋燭の火を吹き消すように感情を消した声で返す。

–––––––それに千尋は微笑み、

 

「ああ––––––了解だ。箒姐(ほうきねえ)。」

 

––––––いつ以来かの、懐かしい言葉を放つ。

言葉の意味こそ幼さに満ちた子供の口にするもの。

されど、それを構成する感情は酷く大人びた(怪物じみた)声で。

 

それを耳にしながら、ふと箒は作戦を思い返す。

––––––作戦は単純かつ明快。

––––––千冬のチーム(スノウ小隊)黒い暮桜(オルガ)正面の第1ピット。

––––––セシリアのチーム(セイバー小隊)黒い暮桜(オルガ)左側面の西観客席天蓋装甲板上。

––––––山田のチーム(ガンナー小隊)黒い暮桜(オルガ)右側面の東観客席天蓋装甲板上。

––––––千尋のチーム(ブレード小隊)黒い暮桜(オルガ)背後の第2ピット。

まずそのように挺身突撃隊をアリーナの4箇所に分散配置。

––––––次に作戦開始と同時に第1対艦攻撃特科中隊(アーバレスト)による00式貫徹徹甲誘導弾(タイプ00・フルメタルミサイル)と79式対舟艇ミサイルの混合射撃。

それによって黒い暮桜(オルガ)の外皮をもう一度損壊させる。

––––––そして再生に回った所に挺身突撃隊全隊が周囲から斬り込み、正面の千冬のチーム(スノウ小隊)が零落白夜とその他三方のチームが秘密兵器(・・・・)をもって、ラウラを引き剥がす。

暮桜の零落白夜は白式より出力が劣るが、そこは世界最強(ブリュンヒルデ)の技巧をもって補完するしかない。

…そも、正面からの突撃隊が千冬なのも、現時点でもっとも強力なIS乗りは彼女であるというのが大きい。

元より、ラウラさえ引き剥がせばアレ(オルガ)を倒す事に手加減は要らない。

––––––故に、最終段階においては00式貫徹徹甲誘導弾(タイプ00・フルメタルミサイル)192発の過飽和攻撃と秘密兵器(・・・・)をもって殲滅する。

––––––万が一それで殲滅に至らなかった場合は在日米軍のC-130輸送機からMOAB(大規模爆風兵器)、それもGBU-43/B(核兵器と同威力の通常爆弾)のペレット投下を用いた空爆をもってアリーナ諸共を消滅させる。

––––––それが今回のラウラ救出(ニア・オルガ殲滅)作戦の内容であった。

過剰攻撃(オーバーキル)かも知れないが、それは対人戦しか知らない者から見た話。

そもそも今現在の戦力だけでも遥かに不足している。

アレを確実に殲滅したくば、あと1個戦車中隊と1個自走砲小隊、あるいは強力な対地攻撃能力を持つトマホーク巡航ミサイルを装備した在日米軍の駆逐艦1隻は現在の戦力に加わって欲しいのが現状だ。

そうでもしなければアレ(オルガ)を殲滅させる事が出来ない。

––––––その状況下で、戦況はただ推移する。

廃墟と化した無人のアリーナ(戦場)

豪雨の如く降り注ぐ鉄塊の嵐(ミサイル)

中央に座する異形の黒い暮桜(オルガ)

突撃の秒読みを待つ教師生徒(連合部隊)

––––––今此処に、役者は揃う(つどう)

 

そこへ––––––

 

CP-00(コマンドポスト)より第1対艦攻撃特科中隊指揮官(アーバレスト01)へ。貴隊は支援砲撃を継続–––––––オクレ。全挺身突撃隊へ通達。突入開始––––––繰り返す、突入開始!オクレ––––––。』

 

突撃の慟哭と、

 

「了解!––––––総員、突撃開始‼︎」

 

千冬の、裂帛の号令が下る––––––‼︎

 

 

 

 

 

 

◼️◼️◼️◼️◼️◼️

 

 

午前11時03分

IS学園北部・夢見飛行場

82式通信指揮戦闘車(前線指揮所)

 

多彩な機材が奏でる無数の機械音響。

通信士(オペレーター)の通信と報告。

隣で支援砲撃を継続する第1対艦攻撃特科中隊の大鵬が齎す震動と砲声。

––––––それらが82式通信指揮戦闘車の狭い車内に反響し、奇怪な空間を演出する。

それはまさしく異界。

一般人であればまず見て、聴くことのない因子によって支配された––––––異形の空間。

––––––そこに、光は身を置いていた。

 

「挺身突撃隊、全機突入しました。」

 

通信士(オペレーター)が前線指揮官である光に告げる。

––––––それに光は頷きながら、

 

「了解––––––特科中隊は一時支援砲撃を中断。別命あるまで待機。」

 

落ち着きを払って命じる。

––––––そこに私情はない。

––––––ここに感情はない。

––––––そも、それは不要。

前線指揮所を統べる指揮官に求められるは冷静に事象を観察し、分析し、それに対処する能力。

此処では機械的に判断するべきで無くてはならない。

––––––感情でそれの代用や補完が効くほど、現実(世界)は優しくない。

 

" それは、よく分かってるさ–––––– "

 

ふと、思考の片隅にかつての友人が映る。

––––––普通に生まれた少女。

––––––普通に育った少女。

––––––天災が歪めた少女。

––––––天災が追いやった少女。

––––––自分が救おうとした少女。

––––––自分が逃した少女。

––––––今は何処にいるか判らぬ少女。

 

「––––––美都…」

 

思わず、ポツリと呟く。

だが–––––– " 今は、邪魔だ。" と、消しゴムで鉛筆の線を消すように思考の片隅から消し潰す。

––––––決して想っていないワケではない。

だが、今の自分は何十人もの人間を率いている。

否––––––何十人もの部下の命を預かっている。

自分が判断を誤れば、自分の預かっていた命を潰して、部下を殺してしまう。

––––––自分の部下とて人間だ。

意思も有れば、人生も有るし家族も居る。

当たり前の、一般人と変わる事のない––––––ごく普通の人間。

その部下を––––––生きて帰らせる事もまた、作戦遂行と同時に光が為すべき責務だった。

 

「片桐一佐。」

 

––––––ふと、通信士(オペレーター)が口を開く。

 

「今程入った情報ですが––––––横須賀基地より同基地所属の第11護衛隊が我が方(IS学園)に向け出航準備中との事だそうです。」

 

「第11護衛隊––––––護衛艦【やまと】を中核とする砲撃艦群か。」

 

護衛艦やまと––––––海上自衛隊の護衛艦であり旧大日本帝国海軍の戦艦。

レイテ沖海戦で湾内に突入し、輸送船団の多くを葬るも、帰投中に雷撃を受け両艦共に中破。

呉基地所有の江田島特秘ドッグに極秘裏に入るが、たび重なる資源不足と資材が他艦に回されたために修理が1年以上遅れてしまい、1962年に海上自衛隊が江田島特秘ドッグを発見し、同じく鎮座していた天城と共に発見されるまで置き去りにされていた老艦。

しかし老艦と侮るべきものではなく、1971年・太平洋方面の日本領海内に侵入した世界で3番目の巨大不明生物に対して航空機では火力不足であるという結果となるや絶大な火力をもってそれを殲滅せしめた存在。

–––––––故に、対巨大不明生物用戦力の切り札のひとつとして度重なる大改装を経て今日まで遺されてきた巨艦。

–––––––それが動き出したのだという。

 

「はい––––––間に合うかは…判りませんが。」

 

「期待は出来んな、ここから横須賀まで直線距離で50キロは離れている。…仮に最大戦速の36ノットで駆けてきても40分以上はかかる。」

 

光は事実を述べる。

––––––元より、「やまと」はここの支援が目的なのかさえも怪しかった。

…もし、この学園が目的地でないとすればそれは––––––日本領海内に巨大不明生物が潜伏している事になる。

たが今は––––––

 

「…それに学園がそれまで待てないだろう。アメリカも事態終息の為にGBU-43/B(核兵器と同威力の通常爆弾)を落とそうとするだろうしな––––––とにかく、我々がやれるだけのことをやるしかない。」

 

––––––懸念要素を抱えながらも現状に向き合う他、選択肢など無かった。

 

 

 

 

 

◼️◼️◼️◼️◼️◼️

 

午前11時04分

第2アリーナ・闘技場(バトルフィールド)

 

––––––連係する応答。

––––––連鎖する銃声。

––––––‪摩擦‬する剣戟。

––––––‪紛紜する‬両陣。

––––––崩落する瓦礫。

––––––咆哮する対敵(オルガ)

 

状況は、やはり混迷していた。

 

12式装甲刀剣や短刀で突撃する前衛––––––それは巨腕と雪片に阻まれ迎撃される。

20式試製ライフル砲にて砲撃する後衛––––––それは超電磁砲(パンツァーカノニーア)と線光波動によって撃墜・応戦される。

––––––そこに無駄はなく、人と異形のキメラという不安定な体躯でありながら世界最強さえ上回る軌道を生み穿つ。

…それはある意味当然の道理。

––––––何しろ対峙するのは異形の者(オルガ)であると同時にVTシステム(世界最強の模倣)なのである。

ただでさえ強靭なVTシステム(世界最強の模倣)に、第3世代機のシュヴァルツァレーゲンと未知の能力を持つ異形の者(オルガ)までもが加わっている。

如何に世界最強を含めた強固な部隊で纏めようとも、勝算があるのかすら疑わしい。

––––––否。それ以前にラウラ(シュヴァルツァレーゲン)を引き剥がせるかさえ不明瞭。

––––––なれど、やらねば何も変わらない。

 

「もう一度、突撃の機会を作ります!セイバー2(簪さん)ガンナー1(山田先生)!」

 

09式120ミリ自動滑腔砲を担ぎながら、後衛を務めるセシリアが中衛の簪に向けて叫ぶ。

 

「セイバー2了解––––––」

 

「––––––ガンナー1、了解。」

 

––––––そこに、64発の山嵐(マイクロミサイル)を装備した簪と、対戦車‪84mm‬回転式弾倉型‪無反動砲(カールグスタフ・リボルバータイプ)を背負う山田先生が応える。‬

 

マルチロックオン(多数同時集中照準固定)からハッチ展開まで––––––。

一連の動作は流れるような速さでそれは実行され、

 

「指定展開––––––!」

 

––––––セシリアの宣告。

––––––拡張領域より、舞うように黒い暮桜(オルガ)外周に位置する座標へ指定展開される4機のBT兵器(ストライク・エア)

砲身にはすでに充填され、今か今かと放たれるのを心待ちにする自由電子の光。

––––––通常であれば超電磁砲(パンツァーカノニーア)と線光波動によって撃墜されるがそれは単発の攻撃をチマチマと撃った場合の話。

そも––––––アレに単発の対戦車ミサイルや砲弾を撃つなど、ハリネズミの針に風船を当てるようなものだ。

今の黒い暮桜(オルガ)超電磁砲(パンツァーカノニーア)に加えて線光波動という二つの迎撃能力とVTシステムの影響か、それを極限にまで引き上げるレーダーシステムとIS本来のハイパーセンサーを併用して、自身に穿たれた砲弾やミサイルを完璧に撃ち墜とす。

––––––逆を言えば、迎撃を行なっている間はISに向けて飛び道具を放たれる心配は無い。

当初はその特性を突いて近接戦を展開していたが、それでは埒が開かない。

故に、簪の山嵐––––––64発のマイクロミサイルによる過飽和攻撃をもって認識を飽和させると同時に、BT兵器(ストライク・エア)をもって急所への的確なダメージを与える必要があった。

 

 

「「––––––セイバー1/セイバー2、遠距離斉射(フォックス・スリー)‼︎」」

 

––––––宣告する。

––––––両者の網膜に投影される、「FIRE(発射)」の文字。

 

直後––––––64発のマイクロミサイルはハッチより、緋炎を引きながら飛翔。

––––––同時に。

BT兵器(ストライク・エア)より放たれる––––––蒼条の閃光。

餌に群がる魚群の如く、山嵐(マイクロミサイル)黒い暮桜(オルガ)目がけて踊り上がり––––––!

(いかづち)の如く空を切り裂かんとばかりに、光の槍(レーザー)黒い暮桜(オルガ)を刺し穿つ––––––!

 

「h&g@($E&&&&&6&66Z!!」

 

まるで手脚を落とされたような悲鳴を上げる黒い暮桜(オルガ)

否。––––––今の一撃で、その巨腕の片方は腐蝕した樹木のように損傷。

––––––もう片方は確かに肘関節より下がゴッソリと消し飛んでいた。

それに畳み掛け、追撃するように––––––。

 

「ガンナー1、遠距離斉射(フォックス・スリー)‼︎」

 

––––––山田が下す、対戦車‪84mm‬回転式弾倉型‪無反動砲(カールグスタフ・リボルバータイプ)の3斉射。‬

‪大気を震わせて穿たれるは84mm対戦車榴弾。‬

‪それは未だ健在である残りの巨腕を、さらには‬超電磁砲(パンツァーカノニーア)のリニアレールを‪間違いなく吹き飛ばす––––––‼︎‬

 

「3、#33!eq、eqe!…、b\、bbbb\r、rrrrr…!!」

 

––––––黒い暮桜(オルガ)が吼え、唸る。

以って、黒い暮桜(オルガ)は両巨腕と超電磁砲(パンツァーカノニーア)を喪う。

 

「––––––突っ込むぞ‼︎」

 

好機と捉え、千冬が号令をかける。

 

「「「「「了解‼︎」」」」」

 

それに応うるは、千冬の部下と篠ノ之姉弟––––––前衛突撃班の者。

そして可及的速やかに…否。可及的などではなく、もはや限界の速さで突貫する。

この相手(オルガ)には、時間が命なのだ。

事実––––––既に黒い暮桜(オルガ)は喪った巨腕を4割ほど再生させてしまっている。

その黒い暮桜(オルガ)正面より、千冬は突貫する。

–––––––同時に瞬間的に煌めく雪片。

それは紛れもなく零落白夜の対消滅エネルギー波の閃光。

–––––––それを、

 

「–––––––はぁッ‼︎」

 

–––––––黒い暮桜(オルガ)の下腹部目掛け、零落白夜(対消滅エネルギー)の刃を振るう。

 

「–––––––h&g@($E&&&&&6"6"6"!!」

 

–––––––咆哮。

同時に空気を奔る––––––漆黒の雪片。

両者は互いに零落白夜を発動したまま、ぶつかり合い––––––剣戟を歌う。

響き渡るは雪片(ホンモノ)雪片(ニセモノ)が撃ち鳴らす金属音のオペラ。

千冬の剣戟は機関銃の銃口より放たれる弾丸の如き密度と速さと斬撃の嵐。

その相手が並みの国家代表や通常兵器ならば間違いなく完膚なきにまで破壊し尽くせる暴風のような––––––高速の蓮撃。

 

「ッ––––––‼︎」

 

––––––だがしかし、今対峙しているのはVTシステム(織斑千冬)である。

如何に織斑千冬(ホンモノ)が最強であろとVTシステム(ニセモノ)織斑千冬(ホンモノ)に敵わぬ道理など存在しない。

––––––故に両者は拮抗。

無尽蔵に衝突し合う零落白夜は互いにシールドエネルギーを喰らい合い、消費し合う。

––––––それは相互侵食。

斬り合えば斬り合うほど両者は損耗し、戦闘不能(終わり)に転がり落ちて行く。

それは諸刃の剣––––––しかし今ラウラを助け出すにはそれが最も的確な事は言うまでも無い。

 

「––––––梅塚先生(スノウ2)、支援射撃から近接支援射撃。橋上先生(スノウ3)、近接支援攻撃。」

 

剣戟の嵐の中、千冬は背後より支援射撃を行っていた2人の教師––––––部下に近接攻撃による支援の命令を下す。

––––––千冬1人が正面から黒い暮桜(オルガ)を受け止めている内に他部隊と連携して黒い暮桜(オルガ)のシールドエネルギーを削り取ろうという魂胆なのだ。

だが––––––それを黙って見過ごす程甘い黒い暮桜(オルガ)ではない。

 

「h&––––––‼︎」

 

––––––千冬への猛攻に拍車がかかる。

嵐のような剣戟を右腕で繰り出しながら––––––左腕に展開されるプラズマブレード。

そう、この機体は本来シュヴァルツァレーゲンなのである。

故に、その武装を展開出来る事は容易に想像できる。

だが––––––まさか、このタイミングでそれを使うなど誰が想定しようか。

––––––そのまま、黒い暮桜(オルガ)はプラズマブレードを千冬に振るい。

バヂィッ‼︎と電子が弾ける音が響く。

––––––そこには、試製20式複合ライフル砲の試製12式改耐熱装甲刀でプラズマブレードを受け止める、梅塚先生(スノウ2)

 

「生憎と––––––これ以上暴れられるワケにはいきません。」

 

梅塚は言うなり、漆黒の試製12式改耐熱装甲刀を振るう––––––。

––––––バヂィッ‼︎と再度響く音響。

プラズマブレードは試製12式改耐熱装甲刀によって打ち上げられ、その無防備な左腕を晒す。

そこへ––––––間髪入れず、放たれる76ミリ砲。

 

「hG、aa––––––‼︎」

 

––––––もって、左腕のプラズマブレードは沈黙。

そこへ再度繰り出される、千冬の連撃。

そして––––––無防備を晒す背中に、橋上が斬りかかる。

武器を扱う腕は剣戟の嵐によって拘束されている。

超電磁の砲撃もリニアレールの破損によって発射不能。

故に、その攻撃は通る––––––ハズだった。

 

「g@($E&&––––––!!」

 

––––––突如としてその思考は覆る。

 

「え?ぁ、がっ––––––!」

 

橋上の苦悶に満ちた声。

同時に––––––千冬と梅塚の眼前に、蛇が走る。

すぐさま、2人はバックステップで距離を取る。

そして––––––

 

「な––––––」

 

––––––眼前に写る景色を前に、絶句する。

自分達の視界に走り、橋上に一撃を加えたであろうソレは。

蛇の体躯の如く、奇妙にしなり、とぐろを巻きながら蠢くソレは。

白銀の大蛇に見えたソレは––––––はたして、ケーブルの束(・・・・・・)であった。

 

「ば––––––、な、ケーブル、ですって…?」

 

梅塚は思わず絶句する。

そして同時に歯軋りする。

––––––蛇のように蠢くアレ(ケーブル)は、黒い暮桜(オルガ)の周囲でとぐろを巻くように展開している。

下手に攻め込もうものなら、たちまちアレ(ケーブル)の近接迎撃によって堕とされるのは目に見えている。

––––––故に、今の手法は通用しない。

 

「––––––…くそ。」

 

思わず、梅塚は毒付く。

それは今自分達が行った戦闘が水の泡になった事を意味する。

シールドエネルギーを削ったという面では意味のある戦闘であったが、それが一度しか出来ないのでは全体的に見て意味が無い。

––––––そしてソレは、千冬も理解していた。

何か他の策を探さねばならない。

そうしている内に、黒い暮桜(オルガ)は時間を稼ぎ、巨腕を再生する。

黒い暮桜(オルガ)は先程千尋達と交戦していたラウラを彷彿とさせる不敵な笑みを浮かべる。

そしてもう、巨腕は6割方まで再生して行っていたところで––––––

 

「––––––隙だらけだぞ、ケダモノ。」

 

突然の声。

反射的に黒い暮桜(オルガ)は硬直してしまう。

そこを、背後から躍り出た2つの影が巨腕を再断する––––––!

 

「h&g、g、aaaaaaA‼︎」

 

飛び散るは異形の巨腕。

舞い散るは異色の血液。

雄叫ぶ声は漆黒の暮桜。

––––––巨腕を斬り飛ばしたのは、やはり紛れもなく千尋と箒だった。

千尋の手には19式大型装甲長刀改がひとつ。

箒の手には試製12式改耐熱装甲刀がふたつ。

––––––2人は刃を携えたまま、千冬の下へ舞い降りる。

そこへ––––––2人の攻撃に続くように放たれる蒼条のレーザーと対戦車榴弾の嵐雨(らんう)

それらが再び、黒い暮桜(オルガ)を砕く––––––!!

 

「––––––…無事ですか?」

 

19式大型装甲長刀改を構え、黒い暮桜(オルガ)を睨みつけながら、飢えた肉食獣のような声音で千尋が問う。

 

「あ、ああ––––––だが、アレは一体何だ?」

 

一瞬、気圧されてしまうも千冬はすぐに平静を取り戻し、蛇のように蠢くケーブルを見やりながら呟く。

 

「––––––たぶんシュヴァルツァレーゲンのフレーム内部に格納されていた筋電圧情報送信用のものでしょう。」

 

千尋は今にも獲物を嚙み殺そうとする猟犬のように、しかして努めて平静を孕んだ声音で千冬の問いに応える。

その隣では箒が試製12式改耐熱装甲刀を二刀流で構えながら––––––ふと、部隊間データリンクを見て呟く。

 

「織斑先生、ここは私達が務めます。貴隊はシールドエネルギーの補給を。」

 

箒が千冬に言い放つ。

––––––箒の言う通り、暮桜のシールドエネルギー残量は既に5割を切っていた。

通常のIS相手ならば大して問題はない。

だが今の相手はVTシステム(織斑千冬)

気を抜けば死にさえ直結しかねない相手。

故に補給は必須だった。

 

「補給?でもどうやって––––––?」

 

橋上に肩を貸しながら梅塚が問う。

––––––その疑問も当然と言えば当然だ。

元々このアリーナにはピット以外補給設備は存在しない。

そして、ピットにあった物資は現在全て持ち出し、現在進行形で消耗中だった。

––––––だがそれを、予見出来ぬほど抜けている訳ではない。

 

「特自の第11施設科中隊と第7武器科中隊が、アリーナの非常用昇降口に補給スポットを設置しています。そちらへ向かって下さい。」

 

「…用意周到だな。長引く(こうなる)と予見していたのか?」

 

箒の答えに、千冬が問う。

––––––それに箒は少し、ニヒルな笑みを浮かべる。

 

「––––––みたいですね、私と千尋の上官は。」

 

「ふ––––––では、好意に甘えさせて貰おう。すぐに戻るが…」

 

––––––少し申し訳なさそうな声音で千冬は言う。

それに対して箒は自信たっぷりに、

 

「任せて下さい。こう見えて、私だって自衛官なんですから––––––。」

 

––––––そう、回答する。

それは虚勢。

千冬達を安心させる為の戯言。

しかしながら、そうでもしなければ千冬達は絶対に後退しない。

あの人はそういう人だ。

だからこその戯言。

 

「すまん––––––」

 

––––––そう言って、千冬は一時離脱する。

それを見るなり、

 

「くそ––––––とは言ったものの…正面から対峙すると中々厄介だな…。」

 

––––––思わず本音を吐露する。

千冬でさえ手こずった相手と、今から殺り合うのだ。

それを前にしてこのような感情を抱かないはずがない。

ただ一人––––––やはり飢えた肉食獣のような雰囲気を纏う千尋を除いて。

 

「そうでもない、案外ラッキーかもな、俺たち。」

 

ふと、千尋が呟く。

 

「彼奴はまだ小さいからあの程度しかケーブルは操れない。

だが元のサイズなら…そうだな、新宿みたいな大都市のケーブル全てを今のアレみたいに操って迎撃したり攻撃も出来る。」

 

「ちょ、な––––––アレでまだ本来より劣るというのか⁈」

 

「うん全然。例えるなら宇宙戦艦が木造帆船にスケールダウンしたようなモンだし。」

 

––––––それを聞いて箒は絶句する。

最早それはスケールダウンどころではない、全く別次元の存在だ。

だが今そんなことはどうでも良い。

つまり本来は今の黒い暮桜(アレ)より数次元強大で今本来の力を取り戻したら––––––そうなったら詰みだという事。

––––––無限に再生し続ける機械化された数千個師団規模の歩く城塞を生身、しかも素手で相手取るようなものだ。

 

「…今でも十分キツいのに、まだラッキーな方とはな。」

 

思わず箒はへつら笑いを浮かべながら呆れ返るような声音で呟く。

––––––無理もない。

本来のオルガ(旧い来訪者の成れ果て)とは、実際にデタラメなのだから。

 

「––––––だがつまり、今のアレなら倒せない事もない…そうだな?」

 

思わず、箒は問う。

アレが本来はデタラメで強大だと千尋は言った。

だが今は宇宙戦艦から木造帆船にスケールダウンしているようなモノだと千尋は言った。

ならばそれは––––––

 

「ああ…こっちも滅茶苦茶なやり方をしなきゃいけないが––––––倒せない事はない。」

 

そう呟きながら、千尋は秘密兵器(・・・・)を展開する。

––––––それは無反動砲に見えなくもない外観。

しかして砲身に取り付く回転式銃身(ガトリング)のような収束機、マガジンのように搭載された引火性物資を意味するマーキングを施したタンクがそれを否定する。

––––––砲身から、火焔が奔る。

 

「え…?」

 

それを見た簪が愕然とする。

眼前にあるのは砲身から炎を放つ火炎放射器––––––それは間違っていない。

 

「なに……あの、火力…⁉︎」

 

だが、規模はそんな生易しいものではなかった。

" 冗談じゃない、これのどこが火炎放射機なの…⁈ "

そう思った者は果たして何人いただろう。

確かにアレが火炎放射機である事には違いない。

だが元来火炎放射機とは距離のある敵に引火性の液体を吹きかけ、燃え上がりながら焼却する兵器である。

対して眼前の事象はどうか。

––––––砲身から放たれた業火は砲口に留まりながらも膨大な熱量をもって地面を溶かし、蒸発させながら大地を焦がし、上昇気流によって土塊を巻き上げ粉砕する。

––––––業火の発生による衝撃波で荒れ狂った大気は風を、周囲に存在するありとあらゆる事象を斬り刻む鎌鼬(かまいたち)に変異させる。

––––––これは発火ですらない。

––––––もはやこれは爆発でしかない。

なにしろ、火炎放射の引火性薬液に通常の重油やゲル化ガソリンではなく一液式液体燃料ロケットにも使用されるヒドラジンを使用しているのだ。

ロケットや大陸間弾頭ミサイル打ち上げの際に発生する噴射炎––––––爆発的火炎の連射はもちろん、3キロ圏内の事象に対して爆風による無尽蔵な破壊をもたらす存在だった。

––––––つまり、アレは300トンもの物体をマッハ10(時速12240キロメートル)にまで加速させる程のエネルギーを絶え間なく放つ、そこにあるだけで効果を発揮する無差別殺戮兵器と同義の対獣兵器。

 

––––––名を、試製18式原子火焔砲。

 

如何に力を持つ黒い暮桜(オルガ)でも、アレが危険だと理解できる。

脳が警鐘を鳴らす––––––。

––––––それが黒い暮桜(VTシステム)としてではなく、オルガ(旧い来訪者)としての意識を完全覚醒させる。

千尋もそれを感じ取る。

それに応えるように、試製18式原子火焔砲の砲口から地面に向けて荒れ狂う炎の奔流はさらに限界を知らずに溢れ出す。

際限があるのかさえ不明瞭な灼熱を、獄焔を千尋は使役する。

 

「––––––いくぞ、オルガ(旧い来訪者)。」

 

そして静かに、しかして確かに––––––千尋(かの怪物)は脚を踏み出しながら処刑宣告を告げる。

 

 

 

 

 

 

 

◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎

 

IS学園沖合南西38キロ洋上

 

––––––IS学園からの砲声と銃声が僅かに残響する洋上。

そこを、海上自衛隊のDDG-172(はたかぜ型ミサイル護衛艦)【しまかぜ】と在日米海軍DDG-1004(ズムウォルト級駆逐艦)【キング】が航行していた。

––––––彼らはIS学園に向かっているわけではない。

ただ彼らが追うモノの進路の都合上、結果的にIS学園へ向かっている次第である。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

護衛艦しまかぜ艦内艦橋CIC

 

精密機械に満たされた空間。

そこに報告を放つオペレーターの声が混じり合い、そこは混迷という名の竃へと変貌を遂げていた。

 

「––––––目標、警告無線通用せず。浮上を開始しつつも進路、速度を維持。」

 

––––––対潜哨戒(ソナーマン)のオペレーターが報告する。

彼らは30分ほど前から国籍不明の潜航物体を捕捉。

それを追って今ここまで到達したのだ。

警告無線で呼びかけるも依然として無線は通用せず。

警告を無視して潜航を継続している。

––––––本来ならば、今ここで魚雷攻撃や爆雷攻撃のひとつやふたつを施されても不思議ではない。

だが、それは出来ない。

憲法上それが不可能であるという事もあるが、亡命船舶である可能性もあるためにただ追跡するに留まっているのだ。

 

「目標浮上––––––、キングも捕捉した模様。」

 

再び対潜哨戒(ソナーマン)のオペレーターから下る報告。

そして、入れ違うように通信士のオペレーターが報告を告げる。

 

「キングより入電––––––対象を捕捉。船舶ではない––––––繰り返す、対象は船舶ではない。対象を巨大不明生物と断定‼︎」

 

オペレーターの、切迫した声。

それを耳にして、報告を元に状況を整理していた艦長が口を開く。

 

「横須賀の第11護衛隊は?」

 

「現在観音崎沖を南下中!間に合うかどうか––––––…」

 

それに出て来れても、内閣の承認が無ければ攻撃できません––––––オペレーターの瞳が、そう言外に訴える。

 

「対象の進路変わらず!推定上陸地点–––––– IS学園(夢見島)南部‼︎」

 

 

 

 

 

 

 

 

◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎

 

 

6月13日午前11時10分

第2アリーナ

 

––––––戦況が激化する。

戦闘開始から10分。

ゆっくりと、しかして確かに––––––事態は収束に転がり出す。

 

「h&g@($E&&&&&6"6"6"6"6"6"6"6"6"6"6"6"6"6"6"––––––‼︎」

 

墓標のように立ち並ぶ遮蔽物群。

つい数刻前までタッグトーナメントが繰り広げられていたその空間(ばしょ)を満たす、黒い暮桜(オルガ)の咆哮。

 

「…騒がしい方は、嫌われましてよ‼︎」

 

––––––それに呼応するように叩き込まれる、BT兵器(ストライク・エア)の放つ光芒。

直後––––––蒼条の槍が、黒い暮桜(オルガ)を貫き穿つ。

それと同時に、遮蔽物を足場に舞うセシリアは09式120mmライフル砲の120mmHE(焼夷)弾を3発叩き込む––––––!

 

「h&g@k$E&&&&&66"6"6"6"––––––‼︎」

 

それによって上がる悲鳴(歓喜)

そして––––––迎撃に放たれる、無数のケーブル。

地を這う蛇のようにしなりながら、それはエモノを迎撃する(噛み砕く)––––––!

––––––もって、BT兵器(ストライク・エア)が2機喪われる。

さらにセシリアに向けて幾条かのケーブルが走る––––––。

 

「––––––舐めないで下さいませ…!インターセプター‼︎」

 

不規則に追撃するケーブルに対してセシリアが選んだ武装は近接自衛兵装・インターセプターMk.2_Type-B。

しかし、セシリアには近接戦で迎撃するという思考はない。

そも、ナイフ型の武装であるインターセプターでアレ(ケーブル)に近接戦を仕掛ければ、碌に対応しきれずに捕まるがオチ––––––そう、理解したからである。

ならば拡張領域より招び出したインターセプターの使い道なぞ知れている。

––––––故に、ソレ(インターセプター)をケーブルの群れに投擲。

そこへ、09式120mmライフル砲のHE弾を放つ––––––!

ソレ(HE弾)はインターセプターを蜂の巣にしながら、刀身を四散させ––––––HE弾本来の燃焼効果と飛散する刃の破片でケーブル群を薙ぎ払う。

しかし––––––

 

「くっ––––––!」

 

そこへ––––––続け様に黄色の線光が穿たれる。

 

" ッ、まず–––––– "

 

不味い(まずい)と頭が理解する。

しかし遅い。

出来る事といえばアレの直撃を受けるか、無理な体制変更で地表に墜落する(落ちる)か、それとも––––––。

黄色の、熱と衝撃による破壊の光がセシリアに迫る。

––––––そこを。

 

「––––––セシリア‼︎」

 

打鉄甲一式を纏いし箒が、セシリアにラリアットを喰らわせるように無理矢理抱き抱え––––––跳躍ユニットのロケットモーターを点火。

背後を黄色線光が駆け抜け––––––間一髪で、躱す。

そして、黄色線光と対を成す方角より、大気を焼き払う熱線が疾る––––––。

––––––それは、黄色線光を相殺し、アリーナを蹂躙する荒風を生んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「––––––っち、相殺が限界かコレ。」

 

––––––黄色線光を相殺した千尋は苦虫を噛み潰しながら言葉を吐く。

今の熱線は試製18式原子火焔砲が放った、極限まで収束させた焔。

それはもはや火炎放射器などではなくビーム砲である。

生物を焼き殺すことを前提とした火炎放射器の概念を木っ端微塵に粉砕し、主力戦車などの装甲車軸を融かすという概念に新しく塗り潰してしまう程度には火力を秘めた武装。

––––––しかし、それは人類(ヒト)の観点から見た話であり、これだけではアレを殺すには遠く及ばない。

自分の血(オルガナイザーG1)の再生力の前にはせいぜい瀕死に追い込むのがやっと。

黄色線光に対しても、相殺が限界。

 

「9bp9bp9bp9bp9bp9bp9bp9bp9bp!mZs9bp––––––!b@d@o––––––‼︎」

 

黒い暮桜(オルガ)が吠える。

異形の体躯が千尋を目掛けて地を砕き、土塊を巻き上げながら走り迫る。

その速度は時速135km/h。

陸上最速の生物であるチーターさえも上回る俊足。

それは意図も容易く、そしてほぼ瞬間的に千尋の眼前に襲い来る。

黒い暮桜(オルガ)の眼球に反射する千尋(鈍重な獲物)など、追いつけるはずも無い速さ。

だが––––––

 

「はっ––––––。」

 

––––––笑う。

千尋は笑う。

自信と自戒。

狂喜と悲哀。

二律相反。けして混じり合わない感情を殺意がぐちゃぐちゃに混ぜ溶かした感情。

獣のようにどうしようもなく歪んだ口と、射殺すように収縮した瞳孔で彩られた顔を浮かべそして––––––

 

「––––––鈍足(なまくら)、上等。」

 

––––––冷たく荒々しい声が、大気を(ふる)わせた。

次の瞬間––––––跳躍ユニットを点火と同時に地面を弾くように地面を蹴る。

背後に吹き飛ぶ土塊。

黒い暮桜(オルガ)との距離は10メートル弱。

獲物(試製18式原子火焔砲)の砲口は黒い暮桜(オルガ)に牙を剥くよう前に構え、黒い暮桜(オルガ)目掛けて疾走する。

 

「33、33、33、d@'j#####Z!!」

 

–––––––迎え撃つは金属の大蛇(ケーブル)

セシリアに破壊されたものとは違う、シュヴァルツァレーゲンの内より新たに引き剥がした別のもの。

幾多ものケーブルはやはり奇妙に踊る蛇のように、或いは不快に舞う翅虫のように。

不規則な軌道を描きながら、千尋に迫る––––––。

それを、

 

「拡散––––––‼︎」

 

収束より素早く切り替えた砲身より放たれ、広範囲(ワイドレンジ)を焼き払う、業火の一撃が捩じ伏せる。

1500度を超える高熱はケーブルをことごとく全て、一本の残骸さえ残さず飴細工のように溶かし、黒い暮桜(オルガ)の体表を焼き払い––––––動きを止めさせた。

––––––そこを、

 

「箒‼︎」

 

千尋の声。

それに応えるように箒が千尋の背後より、獲物を仕留める鷹のように飛びかかる。

 

「3###3t@#3&&&&&––––––!!」

 

黒い暮桜(オルガ)は、今度は喪われたケーブルの代わりに、どろどろになった肉片を触手状に変形させ、迎撃を開始する。

 

「ふっ、く––––––っ!!」

 

それら触手を、箒は受け流し突貫する。

しかし触手は止まらない。

一本から数十本に、数十本から数百本に、先端から裂けるように分岐(増殖)しながら箒に追い迫る––––––!

––––––それを、

 

「––––––収束。」

 

箒の後を追って駆けて来た千尋と、

 

「援護しますわ––––––‼︎」

 

補給を終えたセシリアが、砲口を黒い暮桜(オルガ)に向ける。

瞬間、2人の砲口から光が上がる。

––––––試製18式原子火焔砲と、BT兵器《ストライク・エア》。

––––––極限まで収束し、もはや熱線(ビーム)と化した火焔。

––––––最大出力で放たれ、光線(レーザー)と化した電磁波。

––––––紅蓮と群青。

対となる色を持つ、二種の光を纏う鉄槌が再び、触手ごと黒い暮桜(オルガ)を叩き伏せる––––––!!

 

「33、33、33、d@––––––!!」

 

再び上がる悲鳴。

 

「お代わりも、ありまして––––––よッ!!」

 

再充填をすませたBT兵器《ストライク・エア》2基からの光線(レーザー)

––––––それは黒い暮桜(オルガ)の頭部に向けて、襲いかかる。

しかし––––––黙って何度も喰らうほど、黒い暮桜(オルガ)は優しくなどない。

––––––巨腕が頭部前面に突き出される。

その掌は、異様なまでに輝いていて––––––それは、頭部を穿つ筈であった光線(レーザー)を反射させた。

 

「な––––––⁈」

 

思わず驚愕に満ちた声を発するセシリア。

––––––それはまるで鏡。否、まるでではなく、オルガの掌は鏡そのものとなっていた。

鏡とは光を反射、あるいは屈折させる性質を有している。

故にそれは、熱で鏡面が融解するか鏡面に亀裂が入らぬ限り無尽蔵に光を反射する。

––––––さしずめ、鏡面反射装甲(ファイヤーミラー)

––––––つまり黒い暮桜(オルガ)は、この短時間でこちらの攻撃パターンを理解し、光学兵器を封じ込めるべく、肉体を変異させたのだ。

…いや––––––これは、『進化』と呼ぶべき事象だろうか。

どちらにせよ、掌の鏡面(アレ)を潰さない限り光学兵器は通用しない。

言葉にせずとも、今そこで対峙していた者の全てがそれを理解する。

 

『––––––こちらCP-00(コマンドポスト)全IS部隊(オールアタッカー)、聴こえているか。オクレ––––––』

 

突如、光から無線が入る。

それに千尋が応じる。

 

「こちらブレード2、聴こえています。オクレ––––––」

 

『現在第2アリーナに18式メーサー殺獣光線車が急行中––––––到着次第黒い暮桜(オルガ)への攻撃を行う。』

 

その言葉に全員がザワリと、厭な感覚を覚える。

特に千尋と箒は余計にだ。

––––––18式メーサー殺獣光線車。

ロリシカ戦線にて2500体ものバルゴン梯団の半数以上をたった6台の、一度の斉射のみで殲滅した兵器。

確かにそれなら、今現在拮抗状態の黒い暮桜(オルガ)を一撃で跡形もなく蒸発させて倒し得るだろう。

しかし、メーサーとはセシリアが先程まで使っていたレーザー兵器とは全くの別物だ。

原理自体はレーザーと変わらないが、ただ表面を焼くだけのレーザーとメーサーとでは効果が違う。

––––––メーサーとは、《誘導放出によるマイクロ波増幅》の英語訳の頭文字を合わせた言葉を起源に持つ指向性エネルギー兵器。

つまるところ––––––巨大な電子レンジ砲である。

––––––その効果は着弾した対象の部位を起点に全身の細胞を焼却。

さらに副作用として、余剰加熱によって対象の体内で内臓や血液が蒸発・気化。体内の容積を超える極限まで膨張し最期は体内の気化ガスが外皮を突き破り対象を破裂させる––––––この間、僅か0.87秒。

つまりほぼ一瞬で、生物を一撃死させられるという存在。

確かにこれなら、黒い暮桜(オルガ)を殺せる。

だが、それでは––––––体内にいるラウラも死ぬ。

 

「––––––こちら織斑(スノウ1)CP-00(コマンドポスト)、それだけは認められない。我々がラウラ・ボーデヴィッヒを奪還するまで待ってくれ。」

 

ふと––––––補給を終え、アリーナ闘技場外縁に降り立った千冬が言う。

ほんの一瞬––––––千尋と箒の意識はそちらに向けられるが、すぐさま黒い暮桜(オルガ)へ意識が向くよう修正される。

真耶の部隊が黄色線光で半壊した事を告げるウィンドウが網膜に投影されたからだった。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

『––––––こちらCP-00(コマンドポスト)。悪いが待てない。米軍によるGBU-43/B(核兵器と同威力の通常爆弾)使用を外務省が止めさせた代わりに、《迅速に事態を収束させろ》という命令(リクエスト)が防衛省経由でアメリカ大使館から下った。』

 

光は冷めた、けれども感情を殺し切れてはいない声音で言う。

 

「しかし、それではボーデヴィッヒが…」

 

織斑(スノウ1)、貴方の心情も理解出来る。だがドイツがアラスカ条約違反のVTシステムを搭載、尚且つ違反と知りながら意図的に稼働させた痕跡を確認した現状を鑑みれば、止めることは難しいのだ。

––––––よって、攻撃の中止は出来ない。』

 

「くっ––––––!」

 

『……確かに、中止は出来ない。だが、時間稼ぎは可能だ。』

 

「…え?」

 

ふと––––––そんな千冬に救いを差し伸べるように、光は言葉を放つ。

 

『ルート変更やメーサー砲の最終点検などで時間を稼ぐ。

だが、よく持って6分が限界だ。それまでに、ラウラ・ボーデヴィッヒを引き剥がして置いてくれ。…私としても、メーサー車の搭乗員としても、生きた人間ごと殺すよりそちらの方が気が楽だ。』

 

「––––––了解。」

 

そう告げると、千冬は地面を蹴り––––––黒い暮桜(オルガ)へと駆けた。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

「––––––はぁッ!!」

 

––––––閃迅が振るわれる。

––––––爆風が振るわれる。

今や前衛を務められる人間は箒のみ。

あれだけいた12名ものIS乗りは大破あるいは補給で戦線を離脱し、残されていたのは千尋と箒、そして新たに復帰した千冬の3名のみ。

あまりに––––––損耗と消耗が早すぎる。

さらに言えば先程復帰した千冬も無理をして復帰した結果、零落白夜を一撃放つのが限界のシールド残量。

つまり戦闘継続可能である者は、事実上千尋と箒の2名のみ––––––。

 

「千尋!近接戦!配置転換‼︎」

 

「了解‼︎」

 

––––––箒の号令。

––––––千尋の応答。

2人に余裕などはない。

2人は焦燥に満ちている。

絶え間なく荒ぶる剣戟。

際限無く襲う暴力。

間合いが違う。

速度も違う。

力も違う。

残された体力も違い過ぎる。

今の2人に許される事は爆風の如き巨腕による一撃を、それを遥かに上回る速さの一閃で相殺する事で、身体を潰されぬ様にする事だけ。

例えるならば、今の黒い暮桜(オルガ)は滅茶苦茶に暴れ回る削岩機である。

四方八方に回転する刃は触れるもの全てを容赦なく粉砕する。

少しでも手を伸ばせばそれで終わり。

逃げる事など叶わず、刃物の回転に巻き込まれて血と臓物を撒き散らして肉片になる結末があるだけ。

––––––そんなモノに生身の人間は立ち向かえない。

近づくだけで死ぬのならば、千尋も箒も逃げるしかない。

しかし2人は回転の渦の中に身を置き、退くという選択肢を排除した。

––––––もう、そうでもしなければならない程にまで事態は切迫していると。

そう––––––【本体(G細胞)】と《意識(イリス)》が千尋と箒に警鐘を鳴らす––––––。

––––––戦力が違うなど、百も承知。

当然の如く、敗退か全滅の未来しかそこにはない。

だが––––––人間を遥かに凌駕するあの暴力。そこに、僅かな隙が生まれるまで持ち堪え、その僅かな隙へ渾身の一撃を入れられるならば。

つまりこれは––––––、

 

「はっ––––––千載一遇の博打(バクチ)だが…やる価値はある‼︎」

 

––––––内に秘めた声を口にしてしまう程にまでの焦燥に駆られながらも、箒は剣戟を振るう。

試製12式改耐熱装甲刀と巨腕。

互いに火花を散らす、絢爛な乱舞を繰り広げるその戦い。

されどそこには一撃毎に傷付いて行く箒の姿しかない。

––––––そう、箒一人であれば。

 

「千尋!」

 

号令と共に横一閃。

箒は試製12式改耐熱装甲刀で弧を描きながら黒い暮桜(オルガ)の触手群を断絶し、巨腕を弾き飛ばす。

 

「––––––あいよ‼︎」

 

箒と入れ替わるように飛び出した影から応答。

黒い暮桜(オルガ)が後方に飛んだ箒の代わりに眼にしたのは試製18式原子火焔砲を構え、眼前に飛び出した千尋––––––ゴジラの片鱗を宿した屍体。

喰らうべき極上の餌。

自身がかつての姿に還る為の手段のひとつ。

だがしかし、突発的に自身の眼前に物体が急接近すれば如何なる存在であろうと驚愕し、身体が硬直してしまうのは当然の道理である。

故に黒い暮桜(オルガ)は自身を守ろうと手で顔を覆い––––––掌の鏡面を晒してしまう。

そこへ–––––––、

 

「––––––収束‼︎」

 

千尋の声と共に、試製18式原子火焔砲の砲口が収斂(しゅうれん)された爆焔の熱線を解き放つ––––––!

––––––だが。

光を受け止め、弾く鏡面。

瞬間火炎温度3000度に到達するG元素が、真っ向から爆焔を相殺する……!

黒い暮桜(オルガ)が掌の鏡面反射装甲(ファイヤーミラー)で、試製18式原子火焔砲の熱線を受け止めたのだと、千尋は理解する。

 

" ––––––まだ。まだ届かない。"

 

内心で舌打ちしながら、千尋は眼前を睨む。

そこには、勝ったつもりでいる醜悪な笑みを浮かべた顔がひとつ。

––––––確かに、今千尋が放った一撃では黒い暮桜(オルガ)に勝ち得ない。

曲がりなりにも、千尋の一撃は熱と光線が混じったモノの類。

対する黒い暮桜(オルガ)が持つ鏡面反射装甲はその名の通り鏡。そして鏡は光を反射する存在である。

となれば、鏡の性質の前に光線は悪手である。

だが––––––熱線の場合であれば話は少し異なる。

熱線とは光線に類似したモノではあれど、熱線とは文字通り高熱を帯びたモノ。

光線が対象を切断するのであれば、熱線は対象を焼却する事象である。

そして鏡とはつまるところガラスと同質の物体で、ガラスは熱に弱い。

すなわち––––––熱に歪められ、光軸のずれを引き起こしてしまう。

そうなればどうなるか––––––それを証明するように、補給を終えた2機の統合機兵がアリーナに躍り出る。

 

「––––––オルコット‼︎」

 

それを見るなり千尋は、命令を下すように怒鳴る。

 

「––––––指揮系統を無視しておいでですわよ…っと‼︎」

 

そして千尋の声に応えるように、鏡面反射装甲に向けて放たれるBT兵器(ストライク・エア)光線(レーザー)

直後––––––大石を投じられた水面が跳ねるように、激しく爆発する鏡面反射装甲。

 

「––––––33、d@'j#####Z!!」

 

響く黒い暮桜(オルガ)の悲鳴。

そして甲高いノイズと共に巨腕が崩壊する。

––––––もって、最大の障害は失墜する。

故に、次に行うべき行動は。

 

「前衛全隊!––––––突撃にぃぃ、移れぇぇぇぇぇぇ––––––ッ‼︎」

 

それを示すように箒の声帯より響き、空気を奮わせる裂帛の号令。

––––––そう、最大の障害が堕ちたならば斬りかからない理由はない。

そもそもあのバケモノは再生する。

みすみす放っておいては最大の障害である鏡面反射装甲まで再生されてしまう。

故に、仕留める好機があるとすれば––––––それは今この瞬間以外ない……!!

 

「c4f、xpueyq@to########––––––‼︎」

 

黒い暮桜(オルガ)が吼える。

咆哮と共に触手達は大蛇から弾丸と化した。

黒い暮桜(オルガ)の周囲を滞空していたうねり達は刃物めいた鋭い音と形に変異し、突貫する篠ノ之箒に喰らいつく。

機関銃めいた暴力の嵐。

だがそれに構わず、跳躍ユニットを点火し箒は誰よりも速く走り出す。

触手達は一種の近接防御システムであり、先の鏡面反射装甲が遠距離攻撃に対応するモノならばコレは近距離攻撃に対応するモノだろう。

だが––––––そんなモノはどうでもいい。

邪魔をするならば斬り伏せ、焼き払い、撃ち落とせば良いだけのこと……‼︎

故に、箒は試製12式改耐熱装甲刀を両手に構えながら、

 

「––––––千尋‼︎」

 

––––––叫ぶ。

箒の声に応じて、突如火柱が触手を焼き払う。

直後––––––その残火を突き破るように。

千尋が前屈みの体勢で躍り出て、箒と並ぶ。

その手には試製18式原子火焔砲を握りしめて。

 

「ああ––––––行くぞ‼︎」

 

駆ける。

足を止めること無く、2人は駆け抜ける。

前方には迫り来る触手の波––––––否、壁。

隙間と言える隙間はほんの8センチメートルにも満たない空間しかない程にまで密集している、壁としか形容できない物体。

それを、

 

「––––––収束‼︎」

 

試製18式原子火焔砲の砲口より放たれる、業火を極限まで束ねた焦熱の一撃が粉砕し、孔を穿つ––––––!

 

「jq@…jq@########––––––!」

 

黒い暮桜(オルガ)が吼える。

直後、触手は壁から形を変えた。

それは、ありとあらゆる方角、ありとあらゆる角度から自分達を閉じ込めるかのように迫り来る––––––そう、例えるならばそれは檻だ。

防御に徹するだけでは容易く突破されると理解した黒い暮桜(オルガ)は敵から身を守る防壁から、敵の動きを封じる檻房へと変形したのだ。

だが、だからといって触手の強度が変わったわけではない。

故に、

 

「––––––はぁッ‼︎」

 

箒が手にした試製12式改耐熱装甲刀が奔る。

自分達を撃ち抜こうとする触手達を、彼女は演舞を舞うように斬り伏せる。

……触手の群れが標的に向かって放たれたミサイルならば。

彼女の剣はソレを叩き堕とす弾道弾迎撃ミサイルだった。

そして、箒が防御・迎撃を担うモノであれば、千尋は敵を粉砕する巡航ミサイルである。

5秒に満たない速さで黒い暮桜(オルガ)との距離を一気に詰める。

 

「e7!h.u、h.u########––––––!!」

 

最後の足掻きか、再び触手は変化する。

再度黒い暮桜(オルガ)を遮る、隙間のない分厚い触手の壁。

そして迫り来るモノを串刺しにせんと縦横無尽360度全方位より迫り来る凶器の豪雨。

––––––ここに来て、箒は振り返り千尋に背を向ける。

それを千尋は通り越える。

––––––決して箒が気にならないわけではない。

だが、ここで2人共が迎撃に徹してしまってはこの戦闘に幕を下ろす事が出来ない。

どちらかが攻めなくてはならない。

何より秘密兵器の状況からして箒は防性役(ディフェンダー)、千尋は攻性役(オフェンサー)である。

故にこうなるのは必然。そしてそれをやり切れると箒を信じたが故の行動であった。

脚を踏み込み土塊を撒き散らしながら黒い暮桜(オルガ)を遮る隙間のない分厚い触手の壁に、千尋は迫る。

そして––––––

 

「収束––––––‼︎」

 

試製18式原子火焔砲の砲口より放たれる、焦熱の一撃。

それは防壁の表層部を焼き払う。

––––––だが、

 

「くっ––––––」

 

千尋が声を漏らす。

防壁の表層部を焼き払った。

だがそれだけだ。

防壁を構成している触手の厚みも強度も今までの数倍にまで増幅されている。

今も継続して焼却しているが、それでも防壁の表層部にダメージを与えることしか叶っていない。

––––––それは、先程まで効果があった試製18式原子火焔砲でさえほぼ無力化してしまう程にまで進化している証拠であった。

黒い暮桜(オルガ)はニヤリと勝利を確信した笑みを浮かべる。

確かに、どう考えても詰んでいる。

せっかく持ってきた秘密兵器を上回る程にまで進化されてしまっては、勝敗は既に決したと言っても過言ではない。

 

––––––秘密兵器が、ひとつだけならば。

 

千尋が口角を吊り上げ不敵な笑みを浮かべる。

直後、拡張領域よりもうひとつの秘密兵器––––––試製18式原子火焔砲と酷似したガトリングの様な回転式銃身型収束機機構とドラムマガジンをぶら下げ、砲口の代わりに槍を持つ装備が展開される。

––––––名を、試製14式誘導熱展開式対獣射突槍(メーサー・パイルバンカー)

試製18式原子火焔砲が火焔を放つ射撃武装であれば、こちらはメーサーを纏った槍をG元素由来の射出機で撃ち刺す近接武装。

すなわち––––––直接打撃を下すモノである。

既に射出用のエネルギーは充填済み。

試製18式原子火焔砲を手放し、素早く試製14式誘導熱展開式対獣射突槍に切り替える。

この間2秒。メーサーを纏った槍を構え、槍先を向けるは先の焼却で焼き払われ、軟化した防壁。

ダンッ!っと足を踏むと、ヒュッと口笛を吹くように漏れ出す息。

掬い上げるボディーブローのように、試製14式誘導熱展開式対獣射突槍は弧を描き、防壁に突き立てる。

 

「––––––射出!」

 

思考操作により紡がれる動作。

それに従い––––––3.8トンにも及ぶ刺突型鉄塊が弾速200m/sにまで加速し、防壁に突き刺さる……!

ぞぶ、と嫌な音が鼓膜を震わせる。

 

「放射––––––ッ!!」

 

再度紡がれる思考操作。

刺突型鉄塊より、メーサーによる暴力的な熱が防壁を内側より焼き払う。

瞬間、一瞬にして大気が燃え上がる。

否、燃えてなどいない。されど、燃えているとしか形容出来ぬほどの熱が肌を焼く。

防壁は一瞬にして内側の水分を蒸発させられた事で崩壊する。

その先に、両腕の再生に徹するも間に合わず、自身がダメージを負うのを構わずに黄色線光を放とうとする黒い暮桜(オルガ)が映る––––––それを、

 

「「そうはさせないから!/させませんわよ!」」

 

響く2つの声。

それと同時に視界に奔る蒼状の光線(レーザー)と数多の誘導弾(ミサイル)

言うまでもなく––––––それはセシリアのストライクエアと簪の山嵐によるモノだ。

もって、黄色線光の照射は中断される。

それに千尋は眼もくれず、しかし礼のつもりに口角を吊り上げて。

脚を踏み出すと共に、勢いをつける拳のように試製14式誘導熱展開式対獣射突槍を後ろに引く。

 

「––––––いい加減、」

 

メーサーの放射によって赤く紅く緋く焼けた刺突型鉄塊を用いて、

 

「倒れ、ろ––––––––––––ッ!!」

 

右ストレートのように、直線打撃を黒い暮桜(オルガ)の腹部に叩き込む––––––!!

 

「e7!e7#################––––––!」

 

ごおッ、と焼けた刺突型鉄塊を突き立てられた腹部が燃える。

体内に混じっていた機械油に引火したのか、オルガの体表は木製の人形にガソリンをかけて火をつけたように炎上する。

それで、動きは封じられる。

––––––後は、最後の役に幕を下ろさせるだけ。

 

「––––––織斑先生!」

 

「承知した––––––!」

 

千尋の声。

それに応える千冬の声。

そう、幕を下ろすのは千尋ではない。

織斑千冬だ。

今ここを離れればオルガは再度行動を開始する。

それに、単純な威力であれば現状このアリーナにある機体の中で最強の装備は零落白夜を使役できる雪片のみ。

だが、零落白夜はエネルギーの損耗が急激であるため一度しか使えない。

故に下手には使えない。

逆を言えば––––––下準備さえすれば、いつでも使えるという事……‼︎

 

「ラウラを––––––」

 

––––––起動する零落白夜。

 

「返して、貰うぞ––––––‼︎」

 

一閃。

振るわれた雪片は零落白夜の対消滅エネルギーをもって、黒い暮桜(オルガ)胸部を斬り裂く。

そして、雪片を投げ捨てると共に。

 

「––––––ラウラ‼︎」

 

両腕を裂いた胸部に突き入れ、

 

「戻って––––––」

 

グチャグチャに胎動する体内の手を掴み、

 

「来い––––––!!」

 

ラウラを、黒い暮桜(オルガ)より引き剥がす––––––!!

 

それで、ラウラは奪還される。

核を失った黒い暮桜(オルガ)は半狂乱となって暴れ出す。

 

「離脱するぞ––––––!」

 

千冬の命令。

ただでさえ、あと38秒でメーサー車が突入する手筈となっているのだ。

すぐさま黒い暮桜(オルガ)より全員が離れると共に––––––警報音が響く。

 

「な、何ですの––––––?」

 

セシリアが困惑の声を漏らす。

同時に––––––光より、無線が入る。

 

『総員、よく聞いてくれ––––––』

 

半ば焦燥に満ちた声音。

そして、口を開く。

 

『––––––IS学園南部海岸に巨大不明生物が上陸した。』

 

 

 

––––––その報告が終わると共に、

 

 

 

「▂▅▇▇▇█▂▇▂––––––––––––ッ!!」

 

 

 

千尋にとって光にとって、例え地獄に堕ちても鮮明に思い出せる、黒き荒神(ゴジラ)の咆哮が、大気を揺るがした––––––。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

6月13日11時34分・第2アリーナ

 

––––––景色(せかい)が半分、赤い。

…傷口から流れた血が眼球に入ったからだろうか。

それとも––––––左眼が、潰れたからだろうか。

ひゅう、ひゅう、と音を立て肺の呼吸に連動して口と破れた喉から漏れ出す二酸化炭素が占める空気。

心臓が鼓動するたび途絶した血管から体外へと流れ出し、身体を源泉とする赤い河を形成する血と内臓の集まり。

めちゃくちゃにへし折れ、枯れて乾き果てた木枝のように肉体という地面に横たわる肋骨だったもの。

離れた場所に身体から千切れて、骨と肉の塊あるいは残骸や破片となって転がっている下半身と左半身。

左半分の頭蓋骨が内部で砕け散り、もはや原型を留めぬまでに壊れて脳も眼球も、潰れた肉の塊になった頭。

––––––それはおおよそ残骸としか形容できぬまでに壊れきった、人間であった肉片。

人間の常識の範疇でそれを呼ぶならば、そう死体。それも変死体。

既に死んでいなければおかしい状態––––––もう、生きている方が異常だ。

とっくに心臓は止まり、脳も止まり、骨と肉の塊を遺して死んでいるべき存在。

––––––けれど生きている。

呼吸もしている。

心臓は動いている。

意識もある。

脳は大半が機能している。

痛覚もある。

神経は機能している。

視界も半分見えている。

無事な眼球は機能している。

––––––この惨状に至ってもなお、この肉塊(篠ノ之千尋)は生きている。

 

「▂▅▇▇▇█▂▇▂––––––––––––ッ!!」

 

––––––遠方より響く、死の慟哭。

それに続くように、連鎖する砲撃音と爆発音。

世界に反響するは黒き荒神の咆哮と非力なヒトの抗う音。

 

「…箒は……ゴフッ!……はぁ…はぁ…っ、逃げれた…かな…ぅ、ゲホッ!!」

 

息は絶え、口から塊としか形容の効かないほどの量の血を吐き出しながら千尋は独言(ひとりごち)る。

––––––死に堕ちて行く中で、己が身より他人である少女(ほうき)に意識を向ける。

同時に、脳に突き刺さるような痛みと耳の中が生暖かいもので満たされる。

 

––––––きっと、頭蓋骨が割れたんだろう。

––––––そこから耳へ血が溢れたんだろう。

 

死滅を開始した肉体を前に冷静に分析する。

どこか他人事みたいだ。

…別に。

別に––––––自分は死んでも構わない。

だって、自分が死んで悲しむ奴はほとんどいない。

…箒は絶対に哀しむし、光や頼人に神宮寺三佐も悲しむかもしれないけれど––––––でもそれでも、今回ばかりは死ぬ。

こればっかりはどうしようもない。

そも、今まで箒との日常に入り浸っていたから忘れていたけれど––––––自分は死を渇望していたではないか。

家族に会いたいが為に、自身を終わらせたいが為に––––––死を渇望していたではないか。

そもそもどうかしている。

人類(ヒト)の箒と共に未来永劫いようなど、無理にも程がある。

そんなの、人間がセミを愛するようなものではないか。

 

 

––––––ただ一度、自分を救ってくれた。

––––––ただ一人、自分の生を願ってくれた。

––––––ただ一つ、自分の生き甲斐となった。

 

 

…ただ、それだけ。

ただ単純に、嬉しかっただけ。

そんな淡く幼く拙く脆い、埃のような存在を自身の生命(いのち)の重さと釣り合わせる程嬉しかっただけ。

こんな自分(オレ)が生きていても良いのだという希望を与えてくれたから––––––嬉しくて、ただ仕方なかっただけ。

––––––だから、箒の為に生きてみようと思っただけ。

 

でも、そんな淡く脆い日々(まぼろし)はもうお終い。

もう声さえ碌にでないし、身体も冷め始めている。

上半身と下半身が千切れて、生きていられる訳がない。

心音の間隔もだんだんと開いて行く。

それは心停止までのカウントダウン。

…さすがに今度こそ死ぬ。

……箒、泣いてたなぁ。

………一緒にそばに居てやるって。

…………支えてやるって約束したのに。

……………でも箒にあの時は死んでほしくなかったし。

………………箒が死ぬくらいなら、俺が死んでやりたかったし。

…………………ああ、でも泣かせたら、結局いっしょか。

……………………結局、箒との約束破った上に泣かせたし。

………………………なにやってんだ…。

 

 

 

『––––––……馬鹿、だなぁ…俺…。』

 

 

 

––––––吐血混じりの、声にならない声。

容易く掻き消される程に儚い音。

呆れるような感情と、心残りを抱く意識と、体内から湧き出て来る痛みに伴う痛みが綯交ぜになった表情を浮かべて口より漏らす。

世界を震わせる黒き荒神の慟哭。

ヒトが生を示さんと響く抗いの連鎖。

贖い赦しを乞うように辺りより散る悲鳴。

その地獄の只中で。

––––––最期に転がり落ちて映る走馬灯。

––––––それを受け流しながら、千尋は如何にして現在(この状況)に至ったのかを思い返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回はここまでになります。


そして次回は…怪獣王さんと戦うことになります。

次回も不定期になるかもですが…よろしくお願い申し上げます。


次回も不定期ですがよろしくお願い致します。



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