インフィニット・ストラトスadvanced【Godzilla】新編集版   作:天津毬

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そろそろ怪獣バトル書かないと…(人間ドラマパート長過ぎ問題)。
…人間ドラマパート、あと2〜3話くらい続きそうです…すみません…(間に閑話扱いの怪獣バトルパート挟もうかな…)。






EP-37 混迷ト異形ナル甲殻(クラブロス)

IS学園北部区画

地下物資搬出入ターミナル・直通入口区画

南部・第2シャフト方面連絡通路前エントランスホール

 

かつては非常用に置かれただけの無用の長物と蔑まれ、静寂に取り残されていたターミナルは怒号と悲鳴の飛び交う混沌とした魔女の釜と化していた。

––––––金属を溶かす硫黄の匂い。

––––––耳障りな異形の声と。

––––––地を踏む殺戮を予感させる音と。

…来賓や生徒など非戦闘員が避難出来ずにまだ残されているそこも、既に戦場と化していた。

 

「––––––各隊、撃ち方始めッ!!」

 

響く、裂帛の号令。

––––––直後、バリケード越しに展開していた部隊の89式小銃が火を吹く。

銃口より放たれるはNATO5.56mm弾。

それらは次々に異形の蟹(クラブロス)の甲殻と節足に命中する。

––––––当然、甲殻に命中した5.56mm弾は全て弾かれる。

ISの50口径(12.7ミリ)アサルトライフルをもってしてもなお、突破出来ないのだ。

生身の人間が扱う武装ではあまりに無理がある。

さらに言えば––––––威力よりも命中精度を重要視している西側小銃であれば、なおの事甲殻を突破する事など不可能と言える。

––––––甲殻で、あれば。

 

「––––––・・––––––・・・⁈」

 

突如、節足への銃撃を受けた個体が支えを失い転倒する。

脚が乾いた音と共に、砕け散る。

––––––関節への集中銃撃を受けたのだ。

いかに強固な甲殻をもち、それをささえるだけの強靭な脚を持っていようとも、ソレを柔軟に動かすだけの関節が必要になる。

…であれば、関節とは比較的脆弱な部位となる。

そして、ソレをその場の指揮官––––––片桐光一佐は見逃すはずもなく。

 

「前衛普通科中隊、目標の脚部に射撃を集中させろ!!」

 

––––––すぐさま号令を飛ばす。

直後––––––応答するように全ての兵士が銃撃をクラブロスの脚部に集中させる。

––––––連鎖する148の集中砲火(クロスファイア)

群れを成していたクラブロスの最前衛に位置していた10数体が転倒し、後続の個体群が障害物となった前衛個体群に衝突し、殺人的な密集状態に至る。

––––––そこを、

 

「––––––前衛機械化小隊、密集個体群にグスタフ斉射。」

 

落ち着きを払った声音で、光が命じる。

––––––直後、ターミナル施設上部に展開していた強化装甲殻部隊による、84mm無反動砲(カールグスタフ)の一斉射。

30もの鋼鉄の矢が爆裂し、20体を超える個体群を焼き払う––––––!

…爆煙と共に、異臭を放つ奇妙な肉のオブジェが姿を現わす。

そこに、生きている個体はいない。

…後方から、新手が迫る気配もない。

だが––––––念には念を。

 

「…総員、警戒体制を維持。後衛普通科中隊は警戒を行いつつ、民間人の退避を優先せよ。…中衛各小隊は第1シャフト方面への警戒を優先せよ、オクレ––––––。」

 

そういって、光は通信を告げる。

…その顔は相変わらず申し訳なさと怒りに満ちている。

––––––当然といえば当然だろう。

よりにもよって、民間人を戦闘に巻き込むハメになったのだ。

自分達が防衛陣地を展開している直通入口区画にこそ民間人はいない。

だが、そこから300メートルも行った物資保管区画には避難を待つ鮨詰め状態の民間人が取り残されている。

––––––たった300メートル。

戦闘地帯(キリングフィールド)からそれだけしか離れていない。

相手に飛び道具こそ無いが、こちらの攻撃による破片の落下範囲内には確実に入っている。

つまりは直接的ではなくとも民間人を巻き込んでしまっているのだ。

…これらの経験が彼らの心に傷を刻むのだと思うと、それだけでも憂鬱だ。

だが––––––話はそれより深刻だ。

自衛隊は憲法の制約上、民間人を巻き込む事を原則的に禁止されている。

それは当然といえば当然だ。

だが、民間人が取り残されていた場合、自衛隊(こちら)は発砲すらままならないのだ。

つまり発砲すらままならず、意思疎通不可能な敵を前にすれば––––––無抵抗で殺されろということ。

––––––それが齎す結末はどうか、至極単純。自衛官も民間人も関係なしに皆殺しにされる。

それは民間人からしても自衛官からしても最悪の結末である。

…専守防衛故に致し方ない、という意見もあるだろう。

だが専守防衛とは、聞こえは良いが––––––常に後手に回り、全てが手遅れ(・・・・・・)になってから初めて戦えるようになると、そういうモノだ。

…今は学園駐在武官という立場上、若干の制約は緩和されており、それ故に辛うじて(・・・・)武力行使可能な状況が構築されていた。

だが––––––そもそもの問題は、民間人を巻き込むということ自体ではなく、民間人を避難させる手段が皆無に等しかった事。

そして民間人を避難させる時間があったにも関わらず利権維持の為に人命を軽視し、避難をさせなかった事。

…そちらの方が遥かに問題だ。

だが、今それよりも気がかりなのは––––––。

 

「…山本三尉、学園第4教導隊と上級生選抜防衛班との通信は?」

 

––––––通信および整備班の指揮を執っている山本三尉に、光は問いかける。

学園第4教導隊と上級生選抜防衛班はターミナル物資保管区画の西部に隣接する第1シャフト方面の警戒に当たる手筈だったのだ。

 

「相変わらず応答有りません。…最悪のケースを想定すべきと判断します。」

 

「だろうな…––––––こちらCP、中衛普通科小隊長(グラップラー01)、オクレ––––––」

 

––––––顔を歪めながら、光は中衛普通科小隊の指揮官を任された永井頼人一尉に無線をかける。

 

『こちら中衛普通科小隊長(グラップラー01)、オクレ––––––』

 

「グラップラー01、学園第4教導隊と上級生選抜防衛班と依然通信不能だ。…最悪、第1シャフト方面からも浸透される可能性がある。事態発生に備えよ。オクレ––––––。」

 

『グラップラー01了解。恐らく民間人の退避が間に合わない可能性がありますが…最善を尽くします。––––––オクレ。』

 

「了解。通信終了––––––オクレ。」

 

通信を終えると、無線機を握る力が無意識に強くなる。

…上級生とはいえ、無理な徴兵などするからこのザマだ。

恐らく、既に全滅しているか、よほど苦戦を強いられているのか。

…であるならば、第1シャフト方面ゲートも固める必要があるだろう。

だからこそ––––––中衛には、アレ(・・)を配置しているのだ。

 

「…通信によると、1メートルくらいのフナムシもいるらしいです。」

 

ふと、山本が言う。

もちろん、通信で情報を得たわけではない。

教師部隊から情報共有がなく、情報庁や防衛省からの情報で遣り繰りしている警備課が学園の情報を得ようとするなら、学園の無線を傍受し、盗聴するくらいしかない。

…幸いにも通信無線の周波数は固定されているため、傍受自体は容易い。

––––––閑話休題。

山本の報告を受けた光は数秒間思案すると、

 

「––––––通気口ダクトや排水溝への警戒も強めておけ。…最悪の場合に備えて同箇所へ指向性焼夷爆弾の設置と後衛施設科分隊に火炎放射器も準備するよう伝えろ。」

 

––––––命令を下す。

 

「了解。…しかし、そこまでやりますか?」

 

「…用心するに越したことはあるまいよ。」

 

––––––直後。

物資保管区画から一斉に銃声が轟き渡る。

同時に、光の怒号が飛ぶ。

 

「グラップラー01!状況報告(レポート)‼︎」

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

同ターミナル・物資保管区画西部

第1シャフト連絡通路前エントランスホール

 

「––––––くそっ!案の定第1シャフト方面ゲートが突破されました!現在応戦中!!」

 

無線越しの光の怒号に対し、頼人もまた怒号で返す。

そして報告を終えるなり––––––右手に64式小銃を構え、引き金を引く。

銃口が火を噴くと共に大気に舞い上がるNATO7.62mm弾。

89式に使用されている5.56mm弾よりも比較的大口径の7.62mm弾は、1発の被弾で手脚を吹き飛ばすなど造作もない。

…当然、それは甲殻以外を狙うしかないクラブロス相手であっても同じである。

脚を潰された個体は転倒し、次々と進路を塞いで行く。

 

「浸透を抑えるぞ––––––ゲート付近まで押し戻せ‼︎」

 

言いながら頼人は64式による後続への脚部集中斉射を継続する。

続く中衛普通科小隊による64式の斉射。

連鎖する施設科小隊による火炎放射器による焼却。

直後––––––MGL-140(グレネードランチャー)による40mm炸裂弾によって擱座した個体群が絶命させられる。

…150秒程度の射撃ののち、そこには高さ5メートルにも及ぶ、屍の山が築かれた。

そしてそれは、第1シャフト方面ゲートを上手い具合に塞いでいる。

敵の死体を利用した即席のバリケード––––––致命傷を負うまで前進することしか能がない特殊変異生物だからこそなし得る戦術であった。

 

(––––––こいつで少しは侵攻を遅滞させられるはずだ。––––––何もなきゃ…な。)

 

––––––だが直後、肉塊のバリケードが内側から(・・・・)爆砕される。

頼人と期待を裏切るように、懸念が具現する。

 

(…ああくそ、予想通りに悪い方向にばっかり転がりやがって!!)

 

思わず頼人は舌打ちする。

––––––何しろ、肉塊のバリケードを破壊したのも、破壊したバリケードの穴から飛び出して来たのも、

 

「や"、ぁあああぁぁぁッ!取って!これ取ってよぉ‼︎」

 

通信不能となっていた第4教導隊と上級生選抜防衛班のIS乗り達と、僅かな––––––数が極端に減少している辺り、ほぼ確実に大半が死亡したのだろう––––––強化装甲殻部隊がゲートから雪崩れ込んできたからだ。

…ほとんどの人間が、1メートルほどのフナムシ––––––ショッキラスに全身を齧られながら錯乱している。

しかも最悪な事に––––––その背後からは第2波として多数のクラブロスが。

さらにクラブロスと共に無数のショッキラスが迫って来る。

その事に気付いた上級生選抜防衛班の生徒が錯乱して––––––50口径アサルトライフルを乱射する。

 

「全員伏せろ!流れ弾で死ぬぞ!!」

 

頼人が叫び、身を伏せる。

直後、銃弾が頭上の空間––––––立っていた際、自身の頭があった位置––––––を飛翔する。

…もし、伏せるのがあと数秒遅ければ、自分は首無しの死体になっていたところだ。

さらに後方で轟音––––––どうやら、乱射された銃弾が天井から吊るされたLED照明器群やクレーンのワイヤーを食い千切り、それが地表に落下したらしい––––––が響く。

…落下したであろう場所は、もしかしなくても車両基地区画に入り切らなかった避難民が溢れていた場所だ。

…今ので犠牲者が出たかも知れない。

 

「––––––くそっ。」

 

––––––この有り様に思わず頼人は舌打ちする。

…もうメチャクチャだ。

変なプライドを張って情報共有をしなかった結果、敵陣ど真ん中で孤立。

そして連中の取り零しをこっちが始末していたのに、逃げ出して来た連中が錯乱して引っ掻き回して被害を拡大させるは化け物は際限なく来るわ––––––状況は最悪だった。

 

「––––––総員傾注!エントランスを放棄し物資保管区画前昇降口まで後退‼︎」

 

––––––頼人が怒鳴る。

 

教師部隊(アンタら)も後退しろ!ここにいたら邪魔だ‼︎」

 

邪魔だ、と言われて衝撃を受けたのか、女達の顔が強張る。

だが頼人は無視して、撤退を支援すべくミニミ軽機関銃をもって制圧射撃を開始する。

元々、エントランスの部隊はゲートの包囲封鎖を行うことを前提として布陣していたのだ。

だがエントランスでの防衛も包囲戦継続も困難となった以上、消耗速度が速くリスクの高いやり方ではなく、階段という防衛に向いた地形での対応に転換する必要がある。

ここで戦闘を継続するということは無理に損耗を増やし、これ以上に犠牲を増やすハメになるからだ。

––––––部下の命を預かっている身としても、それは避けなくてはならない。

故に、自分は最後に離脱する(ラストアウト)

 

「––––––––––––。」

 

…ふと、部下達の撤退を確認していた視界に、無数のショッキラスに食いたかられながらもこちらに這いずり寄る少女が映る。

––––––その少女の見た目はショッキラスにたかられているというだけでも凄惨なのに、両脚が無くなっているのだ。

もしかしなくともそれは––––––クラブロスに切断されたのだろう。

さらにショッキラスが喰いたかっているということは、内臓のいくつかは既に溶解され、スープ状にされているという事。

にも関わらず、儚げな顔を浮かべたまま頼人の方へ這いずり寄ろうとする。

––––––逃げる手段を失い、命を喰い荒らされながら、死ぬまで苦しみ続ける。

––––––仮に助けても決して生き残ることは出来ない。

––––––痛覚が作用しなくなるまでの致命傷を負っていた彼女が望むとしたらひとつ。

そんな、苦悶を終わらせて欲しいとでも言うかのように––––––頼人の方へ手を伸ばす。

それを見た頼人は一瞬躊躇い––––––しかし意を固めて、ミニミ軽機関銃の銃口を彼女に向ける。

––––––それで、少女は安堵に歪んだ微笑みを浮かべて。

 

「––––––ごめんな。」

 

懺悔の声と共に––––––響く銃声。

放たれた銃弾は一撃で脳を破壊し––––––苦痛無く、彼女を絶命させた。

…いかに彼女が率いられていた部隊や率いていた部隊が軍事的観点から見れば、全滅しても自業自得と評されても、彼女にまでそう言ってしまうのは酷な話だろう。

––––––間違いなく彼女は、こんな世界とは無縁の生活を送っていた一般人なワケで。

…言ってみれば、彼女は被害者だろう。

––––––狂い始めた世界に平和な未来を殺されて、惨たらしい最期を迎えた、ただ一人の人間であり犠牲者。

 

(––––––願わくば、来世で幸せになって欲しいばかりだ…。)

 

頼人はその少女を脳に刻みつけると、内心そう呟く。

…だが自分にはやるべきことがある。

もう少し少女を見届けたくもあるが、今は許されない。

 

「グラップラー01よりCP。エントランスを放棄。これより物資保管区画に撤退する。––––––オクレ。」

 

––––––報告し、頼人は再びミニミ軽機関銃を構え直すと、後退を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

地下物資搬出入ターミナル・直通入口区画

南部・第2シャフト方面連絡通路前エントランスホール

 

「––––––了解、グラップラー01。こちらもエントランス維持の必要が無くなった為、物資保管区画に後退する––––––オクレ。」

 

そう通信を終えるなり、ハンドシグナルで『撤収』を告げる。

だがふと––––––第2シャフト方面連絡通路に人影が走る。

人影は連絡通路を横切り、第1シャフト方面へと向かう廊下へと走って行った。

…民間人だろうか?

避難が遅れて彷徨っている…という可能性も否定は出来ない。

…連絡通路内は危険だ。実戦慣れした者でなければ命を落とす可能性もある。

…なら、この中で実戦慣れしている光が早急に対応し、こちらに誘導する必要がある。

だが現在指揮系統の最上に位置するのも光だ。

––––––下手に動けば指揮系統の混乱を招き、こちらに被害を齎してしまう。

…だが動かなければ先程見た民間人が犠牲になる。

早急に選択する必要がある––––––ふと、自分より年上の権藤一佐と視線が交錯する。

 

「…権藤一佐。」

 

すかさず光は声をかける。

それに対して、若干嫌そうな顔を浮かべるが、

 

「…さっきの民間人だろ?…行けよ。指揮権は俺が引き継いでやる。」

 

「ありがとうございます。

…グラップラー01、第2シャフト方面連絡通路にて民間人を確認––––––少し現場を離れる。指揮系統は権藤一佐に委譲。彼に指示を乞え、以上––––––オクレ。

––––––では頼みます。権藤一佐。」

 

そう言うと、光はミニミ軽機関銃とアーウェン37グレネードランチャーを背負い、第2シャフト方面連絡通路に消えて行った。

 

 

 

 

 

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IS学園第1シャフト外周空中通路

 

––––––乾いた気流と湿った大気が混じり合いながら相克する空間。

ゴジラの熱線により天井の一部に穿たれた孔は今や連鎖崩壊を引き起こし、天蓋が存在した場所には直径380メートルにも及ぶ––––––黒煙混じりの青空が穿たれていた。

…正確には、直径380メートルにも及ぶ第1シャフトの蓋たる天井が完全崩壊しているだけなのだが、その先には青空が広がっているため、間違ってはいない。

空中通路から第1シャフトの底辺を覗けば、そこには黒き荒神––––––ゴジラがいた。

崩落した天井––––––表面にはグラウンドらしき焦げた地表が見える––––––によって下敷きになってしまった原子力発電所から放射性物質を咀嚼しようと、瓦礫を退かしているのだ。

…その姿が、何処と無く泥遊びをする子供のように––––––女、朝倉美都の瞳に写る。

成り行きでシャルロット・デュノアという名前の少女を助けたのち、当初の目的通り彼女はそこに来ていた。

目的––––––というのは、当然篠ノ之束である。

以前右腕を潰し、重傷を負わせたとはいえ逃げられてしまった。

当初はそこで妥協していたが––––––やはりどうして、妥協出来なくなった。

…ふと、手にしている、くしゃくしゃの資料に目を移す。

それは––––––ISの現行絶対防御および次世代型絶対防御の試験を示したモノだ。

それだけならば大したことではないし、妥協を非妥協に変えさせるような理由にはならない。

今の世界であの女(篠ノ之束)はもう視界にすら入らない小物に成り下がっているし、正直放っておいても勝手に自滅する。

…にも関わらず、それだけの放っておけなくなるような理由があった。

…朝倉美都以外にも発生していた白騎士事件時の被害者––––––総勢382名を殺害させていたという記録を見つけた事、とか。

––––––目にして、胃の内容物が逆流するような不快感が脳に走る。

…それは、非情な末路を辿った者達への同情。

…それは、理不尽に死した者がいるにも関わらず生き残った自分への嫌悪。

…それは、自分を逃がしてくれた少女の想いを反故にすることへの懺悔。

…それは、自分をこんなことにした天災への憎悪。

––––––様々な感情が綯交ぜとなって沸々と煮え滾る。

要するに、朝倉が行おうとしているのは個人的な報復行為––––––キレイゴトを取り払えばただの復讐。

復讐。

復讐。

…あまりに自分のしている事のスケールの小ささに、思わず朝倉/私は口から笑いを漏らす。

結局私がしたいのはそういうこと。

––––––普通に生きたかっただけなのにあんな目に遭わせた天災が許せない。

––––––守って欲しかったのに守るどころか売り渡した母親が許せない。

––––––天災に媚を売って私を殺した人類(ニンゲン)が許せない。

ようはそういう、自分を不幸にした奴が許せないから、自分が満足する為に復讐してやろうとしている。

あまつさえ––––––『自分のような人間をこれ以上増やしたくない』––––––という建前まで用意して。

その事実があるのに。

––––––そんな浅ましいことの為だけに全てを犠牲にしようと進んでやる自分を許せない私がいる。

…どうして、

 

「どうして、私はこんなに複雑なんだろう。」

 

思わず声が漏れる。

––––––所詮、復讐だって(ゴジラ)について行くついで(・・・)

…私一人では何も出来ないというのに。

––––––それに、今生きている事だって、所詮は(ゴジラ)がいるついで(・・・)

…私一人では生きてさえ行けないというのに。

––––––そんな傲慢な私を嫌悪することさえ、今はもうついで(・・・)

…今の私に、朝倉美都(わたし)人格(こころ)はどれだけ残されているのか。

––––––そもそも身体がある事さえ10年前からついで(・・・)

…何もかもがついで(・・・)

多分、そんな私が復讐だなんて小さくてつまらない事をしているのも、ただ何もせずに死ぬのを待つより、何かした方がマシ…だと、私が思ったから実行しているだけ。

…或いは、その気など無かったにせよ、仮初め(カリソメ)の命とはいえ、(ゴジラ)が私にくれた恩を返そうと何か模索した結果だからだろうか。

…間違いなく、役になんか立ってないし、世話になってばかりなのだけれど。

––––––でも。

 

(ゴジラ)といた時は、曲がりなりにも楽しかったですからね…。」

 

なんて思い、そしてソレを口に出す。

…だけれどもきっと、その想いも腐り落ちて、溶けて無くなってしまう。

私を取り巻く人間関係も。

私が生きて来た人生も。

私が辿る未来も全部。

––––––どうでもいい、と小局が大局に取り込まれて消えて無くなってしまう。

…死んでしまったままの方が、良かったのかな。

なんて思いながら––––––ふと、脳裏に自分を助けてくれた少女の姿が過ぎる。

自分のやっている事が公人として非るべき行いだと自覚しながら。

自分の立場を自ら脅かすことになると自覚しながら。

––––––友人を助けたい一心で、処刑される筈の私を逃がした、ただ一人の少女。

––––––間違いなく、今の私は朝倉美都とは別人だとしても、決して忘れない少女。

別れ際、彼女が残した言葉が再生される。

 

『どんなに辛くても、まずは生きてくれ…生きて、歩き続けてくれ––––––』

 

––––––それは励ましの言葉であり束縛の呪い。

––––––それは無責任な言葉であり精一杯の願い。

二律相反、相見えることなき筈の言葉。

けれど確かなのは、それは揺るぎない善意から放たれた言葉。

だから私は彼女を恨むつもりなんてなかった。

 

「…光ちゃん…」

 

ふと首からかけたアクセサリーを弄りながら呟く。

…会いたくなんかないといえば嘘になる。

それに、出来れば会いたいのだ。

コレ––––––手に握った首飾りのアクセサリー––––––を渡す為に。

 

––––––閑話休題。

…建前とはいえ、『これ以上自分のような人間を増やしたくない』という感情は嘘ではない。

少なくとも、嘘なんかじゃない。

…とりあえずそんなわけで、篠ノ之束を殺すべく、拠点から逃走した彼女が逃げ込みそうな場所を探していたのだ。

当初はIS学園に逃げ込みと思っていたのだが、見当違いだったらしく、彼女はココに退避していなかった。

…まぁ、そう都合よくなんかいかないだろう。

きっと今までは運と、(ゴジラ)と、認めたくなんかないけれど倉田さんのおかげで上手くいっていただけだ。

…そう思って、振り返る。

 

「––––––美、都…?」

 

––––––思わず目を剥いてしまう。

眼前には、戦闘装束に身を包んだ女性。

ヘルメットと首隠しで顔の半分近くが見えないけれど。

––––––すぐ、彼女だと分かった。

 

「––––––光……ちゃん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎

 

第2アリーナ直下

第2シャフト最下層

 

––––––全てが終わった場所。

蹂躙と。

崩壊と。

死滅と。

別離と。

再生と。

決意と。

––––––ゴジラに蹂躙された2人…篠ノ之千尋と篠ノ之箒が過ぎ去った跡地には、瓦礫の山と異形の屍が転がっていた。

既にこの場所では全てが終わり、何も注視すべきものは存在していなかった。

 

「ー・・・ーー。」

 

群れからはぐれたらしいクラブロスが1体そこに居座っている。

攻勢に出るタイミングを失い、ここに取り残されてしまったのだ。

だからとりあえず、溶解液で金属を溶かすなどして暇を持て余していた。

––––––ふと、視界に一体のISが写る。

VTシステムに潜んでいた来訪者に取り込まれ、異形と化したが、ゴジラに叩き潰されたIS––––––シュヴァルツァレーゲン。

それも溶かしてしまおう、とクラブロスは前進して––––––直後、自身を縦一文字に両断され、絶命した。

 

––––––クラブロスを絶命させた正体は、異形のシュヴァルツァレーゲンの腹部から飛び出した巨腕であった。

…巨腕の持ち主は、自分を溶かそうとした者の絶命を確認すると、シュヴァルツァレーゲンを内側から突き破るように現れ出でる。

 

「h&g@($E&&&&&6"6"6"6"6"6"6"6"6"6"6"6"6"6"6"–––––––––––––‼︎‼︎」

 

––––––咆哮。

顕現したソレは、ヒト一人分のサイズとはいえ完全に再生した––––––異形(オルガ)であった。

…何故再生したのかというと、難しい話ではない。

確かにゴジラによって叩き潰された表面の外装(シュヴァルツァレーゲン)は絶命した。

だが––––––奪われたISの維持に必要なパーツ(ラウラ・ボーデヴィッヒ)の代替物として生み出した内核(コア)は無事だった。

…故に、シュヴァルツァレーゲンの残骸を繭として、内核を自立可能(・・・・)な状態に至るまで改造を続けた。

––––––もはや、依代のISも必要ない。

––––––もはや、自らの肉体維持を拒む者はいない。

だからあとは…あの人間モドキ(ゴジラ)を喰らおうと舌を鳴らして––––––混沌の渦の中へと、更なる劇薬として身を投じた。

 

 

 

 

 

◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎

 

同時刻

神奈川県三浦市小綱代地区

 

そこに白神邸は存在していた。

灰色のリノリウムで作られた床に、【白神英里加】は俯いていた。

 

「––––––私がいなきゃ、あの子達は…」

 

枯れかけの涙を流しながら。

懺悔に満ちた声音で壊れた人形のようにブツブツと呟き続ける彼女は、思い返す。

 

(分かってる…1人駄々をこねてちゃダメって事くらい分かってる…!…でも……)

 

「–––うッ」

 

目頭から涙が頬を伝うたびに、自責の念と自身への嫌悪感から強烈な吐き気を催す。

思わず洗面台に駆け込む。

 

「––––––うっ…げ、えぇ…う”ぇえぇぇッ……‼︎」

 

胃の中に有った消化途上のモノや胃液を口から吐き出し、床に吐瀉物をぶち撒ける。

––––––清潔感に満ちた床は一瞬で絵の具をぐちゃぐちゃに混ぜたような濁色に染まっていく。

 

「は、ぁ––––––はぁ––––––…食べなきゃ……無理矢理でもいいから、何か食べなきゃ…ああ、でも、ダメ……食べたらまた吐いて…苦しい思いをしなきゃいけなくなる……。けど、食べなきゃ、私が、あの子達を苦しめた分、私も苦しまなきゃ……じゃなきゃ、生きている価値が無い…私、には…生き地獄が妥当、なんだから……‼︎」

 

過食症になってしまっている英里加は錯乱したように食事を口に放り込む。

––––––けれど、足りない。

 

「–––あ、ははは…。」

 

英里加は乾いた笑みを放つ。

 

「––––––なんだ……食べるモノなら、ここに–––あるじゃない。」

 

瞬間、英里加は自身の手首に喰らいつく。

皮膚を噛み千切る。

肉がえぐれる。

鮮血が宙に舞い上がる。

痛みが全身を駆け巡る。

––––––痛い。

––––––痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い––––––。

––––––だが、何かに憑かれたように、一心不乱に自身の手首に喰らいつく。

彼女がこの様な行為に及んだのは、一度や二度では無い。

瞬間、体から力が抜ける。

かつての、純粋で無知だった自分が招いた惨劇。

ベッセルング計画––––––ドイツ語で「回復中」を意味する言葉から取ってそう名付けられた計画。

【G細胞】と呼ばれる存在の有する、強い不死性と評するべき程の驚異的な生命力の根源––––––【オルガナイザーG1】。

ソレを組織体を用いた新薬による重金属粉塵を吸い込んだことによる多臓器不全障害や知能障害、骨格変形障害等を患ってしまった子供達を治癒する目的で行われていた実験。

現代の最先端医療でも治すことが困難な、生まれつきの細胞障害––––––。

それを治癒する為に、オルガナイザーG1と治療する子供たちの親の遺伝子を合成した新薬を投与することで、治癒させるというものだった。

それに英里加はG細胞の研究者としてそこに志願して、そして––––––子供達を怪物にしてしまった。

––––––それでものうのうと生き残っている自分が許せない。

子供達を犠牲にしてもなお生き残っている自分に吐き気がすり。

…だから彼女の精神はとうに壊れ、それを引き金に過食症などを誘発していた。

 

(…せめて、あの子達に殺されるべきだった…)

 

そう思い返したのは何1000回目だろう。

…あるいは、あの時ひとつになっているべきだった。

––––––ふと、地響きが鳴る。

それもそうだ。

現在この街の直下には地中潜行を行なっている巨大不明生物がいるのだ。

…当然、避難勧告は出ている。

だけどもう御免だ。

はやくあの子達の所へ行きたい。

だから地上に出てくるのなら早く殺してくれ、と。

目を瞑りながら思う。

––––––直後。

 

「キュウヴォオォオオォォォオォオオ‼︎」

 

––––––それに応えるように大地を突き破り、巨大不明生物が顕現する。

禍々しくも悲哀に満ちた咆哮が世界に響く。

だが––––––ソレはすぐ反転して。

 

『アハハ…』

 

『キャハハ…』

 

無邪気な子供らしい笑い声に近いモノし放ったのだ。

––––––その声に聞き覚えのあった英里加は弾かれたように顔を上げ、ソレを直視する。

––––––蔦を全身に纏った巨躯。

––––––橙色に輝きながら鼓動する器官。

––––––ハエトリグサのような顔を持つ触手。

––––––まるでワニのような形の頭部。

…ソレは植物と爬虫類を合体させたような姿をしていた––––––。

…先の声はソレの本体から生えている触手の先端のハエトリグサのような顔が放ったのだった。

 

『…おねーちゃん、えりかおねーちゃん…』

 

それだけではない。

完全にヒトの言語を理解しているとしか思えない声を発したのだ。

––––––ああ、この怪物はあの子達なのか、と英里加は理解する。

願っても見なかった願い。

この子達に殺されるなら、それは良い。

因果応報…という結末に処されて仕方がない私なんだから。

 

『ねぇ、おねーちゃん…えりかおねーちゃん、あのね…』

 

「なぁに…?」

 

––––––その声に、英里加は反射的に幼児をあやすような声で問う。

 

『おこってないから…あノね、ソノ、かゾクに、なっテ…』

 

 

 

 

––––––それを英里加がどう感じたかは分からない。

なんと応えたのかも、正直覚えていない。

だけれど…それでも良い。

…だって、今はこの子達とひとつなんだから。

––––––それは英里加にとって、罰であり祝福であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回はここまでになります。

オルガ「よう。」

お、オルガ⁈ゴジラに倒されたハズじゃ⁈

オルガ「残念だったな…トリックだよ。」

英里加「私、だいぶ詰め込まれてる上に扱い雑過ぎませんか?」

朝倉「同じく。」

え、えっと、その、序盤に(当時素人で処女作だったクセに)広げ過ぎた風呂敷畳む為だから許して。

ゴジラ「言い訳はそれだけか?」

ゴ、ゴジラさんは《黒き荒神:破》から活躍しますから…(震え)。
あ、次回も不定期ですが極力早く投稿致します。
ただ、人間ドラマパート続き過ぎてるので、閑話扱いの怪獣バトルパート挟むと思います。
…次回もよろしくお願い致します…お願い致します…。



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