インフィニット・ストラトスadvanced【Godzilla】新編集版   作:天津毬

45 / 65
遅くなってしまい申し訳ございません。
…今回も結局、繋ぎ回になってしまいます…まぁ、事態が悪化する事には変わりないですが。

そしてキャラの成長(良い意味と悪い意味)が加速してしまうのであった…()








EP-39 変質シ行ク人間

2021年6月12日午前11時51分・IS学園

◆現時点での被害

◉IS学園

◼︎中央区画

⚫︎中央校舎:ジラの激突により半壊

⚫︎グランド:熱線の直撃により崩落・陥没

⚫︎学園講堂:全壊

⚫︎行政校舎:全壊

⚫︎生徒宿舎:全壊

⚫︎食堂:全損

⚫︎モニュメントタワー:投擲されたジラの直撃により倒壊

⚫︎第2アリーナ:熱線直撃により全壊

⚫︎第2シャフト:機材落下により全損

⚫︎第2シャフト整備区画:全損

⚫︎第2シャフト生徒宿舎(仮設棟):全損

⚫︎第1地下格納庫:崩落

⚫︎第2地下格納庫:埋没

⚫︎第1アリーナ:熱線直撃とジラの激突により全壊

⚫︎第1シャフト:ゴジラ降下と放射能漏洩により崩落・全損

⚫︎学園原子力発電所:ゴジラに捕食され全損

◼︎南部区画

⚫︎南校舎:熱線の余波とジラの激突により全壊

⚫︎第3アリーナ:熱線直撃により全壊

⚫︎潜水艇ドック:不明

⚫︎ドック連絡通路:ガス管破裂と爆発事故による火災発生・封鎖

◼︎東部区画

⚫︎東校舎:熱線の余波により半壊

⚫︎湾港埠頭:健在・封鎖中

⚫︎埠頭直通連絡通路:不明

⚫︎第4アリーナ:熱線の余波により半壊

⚫︎第4アリーナ格納庫:全損

⚫︎房総モノレール本土連絡線:非常事態につき通行不可

◼︎西部区画

⚫︎西校舎:熱線の余波とジラの激突により全壊

⚫︎第5アリーナ:熱線の余波により半壊

⚫︎地下非常用排水エリア:クラブロス、ショッキラスの侵蝕により浸水・放棄

◼︎北部区画

⚫︎北校舎:熱線の余波により半壊

⚫︎第6アリーナ:熱線の余波により一部倒壊

⚫︎物資搬出入ターミナル:被害拡大中・変異生物と交戦中

⚫︎第1シャフト方面連絡通路:全損

⚫︎第1シャフト周辺通路:封鎖・放棄

⚫︎第2シャフト方面連絡通路:放棄・篠ノ之箒が交戦中

⚫︎第1ライフライントンネル:健在

⚫︎第2ライフライントンネル:健在

⚫︎夢見島飛行場:封鎖中

◼︎総合

⚫︎学園地上区画:7割が放射能により汚染

⚫︎学園地下区画:生物浸透により9割を放棄

⚫︎電力施設:発電設備全損により途絶

⚫︎水道設備:水道管破断により途絶

⚫︎ガス設備:ガス管破裂と爆発により途絶

⚫︎施設損壊率:91%

⚫︎施設稼働率:7%

⚫︎未確認箇所:2%

 

––––––––––––提案:本学園施設の放棄。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️

 

 

第2シャフト方面連絡通路

 

––––––先程閉ざされた隔壁より150メートル北の通路。

そこでは重傷を負った教員の機体の生命維持機能を継続させるべく、千冬達が自身の機体からシールドエネルギーの転送を行なっていた。

ほんの僅かな––––––文字通り絞りカスとしか形容できぬ量のものしか残されていないが…無いよりはマシである。

 

「…っ、ぁ…お、織斑先生…置いて行って下さい…私なんかに、そんな処置をしてたら、先生が……。」

 

教員––––––左脚がヒザ関節より下から千切れ、骨が内臓を傷つけたのか酷い内出血を起こしている––––––が口を開く。

チアノーゼを起こしている唇は赤みを失い、青紫色に変色している。

…絶対的に血も足りないからか、意識も朦朧としている。

 

「…バカを言うな、私はお前の上司だ。部下であるお前を救う義務がある。」

 

千冬はただ、その教員に模範的な事実を告げる。

––––––ふと、後退して来る颱弍型が視界に映る。

 

「ッ、更識!大丈夫か⁈」

 

千冬が声をかける。

続くように、セシリアも口を開く。

 

「簪さん!大丈夫ですか⁈」

 

気にかけながら、セシリアは簪の元に駆け寄る。

そして、駆け寄って来たセシリアを目にした簪は、顔をしわくちゃに歪めて。

 

「っ、セシリア…箒が…箒が……。」

 

珠のような涙を零しながら簪は呻くように口を開く。

––––––それで、セシリアも事態を察してしまう。

箒は、命を落とすか、あるいは殿を務めて簪を逃したのだ––––––と。

 

「…箒さん……」

 

思わず、セシリアも心が沈んで行くような感覚が走る。

だが––––––それを許さぬように、警告ウィンドウが視界に投影される。

 

『警告:敵性変異生物接近。推定個体数200。』

 

––––––簪や千冬には日本語で。セシリアには英語でその内容が網膜に投影される。

 

「に、ひゃく…?」

 

血が、凍りついた。

あまりに多過ぎるその「敵」の数に目を剥いてしまう。

山田が絶句する。

そして望遠センサーをもって、「敵」を視認する。

––––––ショッキラスだ。

200体以上いるのでは無いかと錯覚するほどに溢れて来る無数のフナムシ達。

それは濁流のように真っ直ぐこちらに向かって来る。

 

「そんな…どこから…いえ、どれだけいるんですか…⁈」

 

教員の一人がヒステリックに叫ぶ。

それに全員が同意する。

––––––確かに、アレが現れる場所は幾らでもあるだろう。

…通気ダクト。

…配電溝。

…排水管。

…放置された通路。

––––––これだけ肥大化し、広大化した地下空間であれば、ひとつ通り道を塞いだとしても、いくらでも穴があるだろう。

だが––––––これだけの数が一度に湧いて来るのはあまりにもおかしすぎる。

 

(…まさか––––––学園のどこかで、繁殖している…?)

 

この異常な事態に置かれながらも、簪は冷静に、そして考えたくも無い最悪の仮説を考えてしまう。

––––––だが、他に説明のしようがない。

いくらあのデカブツ(ゴジラ)に取り付いて来たとしても、数があまりに多過ぎる。

 

「…織斑先生、私が食い止めます。織斑先生は皆さんを連れて早く‼︎」

 

山田の声で、その思考はブツ切りにされる。

––––––無茶だ、と簪は思う。

…如何に第2世代機単騎で第3世代機2機を同時に相手どり、圧倒することができる腕前がある人間だろうと、機体が万全ではないこの状況で単騎で殿を務めるなど自殺行為に他ならない。

––––––そしてショッキラスは、こちらの事情など御構い無しに迫り来る。

 

「や、山田先生⁈無茶です!あんな数一人じゃ…わ、わたくしも……」

 

セシリアが食ってかかるように口を開く。

しかしそれを両断するように。

 

「オルコットさんは皆さんと一緒に逃げなさい!今戦えるのは私くらいです…なら、私がやらないといけない。」

 

––––––確かに、シールドエネルギーの量が現時点で一番多いのは山田だ。

だからこそ、彼女は殿を務めることを志願した。

 

「––––––それに、私は教師です。教師なら、生徒を守らなくてどうするんです。」

 

ラファールに近接装備たるダガーナイフを2本保持しながら、微笑むように言う。

––––––眼前にショッキラスが迫る。

ナイフ2本のみでは対峙などしようもない。

弾薬を使い果たしている今ではどう足掻いても逃げるしかない。

だが、それを睨みながら、山田はナイフを保持したまま構え––––––

 

『––––––二階級特進したいと思うのは勝手だが…その前に全員両脇に退け…‼︎』

 

「えっ––––––––––––」

 

突如緊張を断ち斬るような通信。

同時に––––––再びヘッドセットから響く、後方からの照射警報。

それに全員が反応し、咄嗟にトンネルの両脇スレスレにまで、機体を擦りながら退避する。

––––––直後、トンネル内部の空間に稲妻が(はし)る。

青白い稲妻は空気を焼きながら、ショッキラスの群れに放たれる。

瞬時に水分を蒸発する。

気化した体内の水分が肉体を破裂させ、トンネル内部にショッキラスの体液と内臓物が飛散する。

それはまるで、電子レンジに入れた生卵が破裂するように。

––––––蒼雷が船虫(ショッキラス)を粉砕する…‼︎

……もって、事態は1分とかからず収束した。

200体もいた異形の群れは、そこには在らず。

遺されたのは、弾けた水風船の中身と変わらなくなった、船虫だったモノの残骸だけであった。

 

 

 

 

 

 

 

◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎

 

IS学園北部区画

地下物資搬出入ターミナル

 

「‪––––––メーサー照射やめ‼︎」‬

 

‪光の怒号が飛ぶ。‬

‪…同時に、先程まで殺戮の雷霆を撃ち放っていたメーサー照射器(パラボラアンテナ)が沈黙した。‬

‪––––––ここ(ターミナル)での戦闘は終結しつつあった。‬

‪第1シャフト方面連絡通路からの侵攻にはありったけの銃火器とメーサー、そして地雷…いや指向性爆弾による掃討をもって対処し、結果的にはどうにかなった。‬

‪…無論、損害が出なかった訳ではない。‬

‪隊員が1名重傷、3名中傷、7名軽傷。‬

‪…死者が出なかっただけ良いだろう。‬

‪だが問題は––––––弾薬が枯渇しつつある事や、民間人が未だ避難しきれていないこと。‬

‪––––––元々、このターミナルは非常用にしか使われていなかった事やアリーナに物資が集積されていた事から、ターミナルに掻き集めた弾薬だけでは十分とはいえない。‬

‪…もう一度襲撃を受ければ疲弊する。‬

‪弾薬の消耗を抑えるべく、メーサー車によるトンネルに向けた漸減など––––––ある程度はメーサー車で対応出来なくはない。‬

‪だが私達は良くても民間人が良くない。‬

‪彼らは疲弊しきっているし、教師部隊が乱射したせいで落下した機材の下敷きになった人間もおり––––––既に2名が死亡している。‬

‪下敷きになった者は教師部隊などの手の空いている者が救助を実施。‬

‪現在はどうにか避難も大詰めに至りつつあるが、万事が全て上手くいくとも限らない。‬

 

‪「ちょっとあんた!ボケッと突っ立ってないで手伝いなさいよ‼︎教師でしょ⁈」‬

 

‪––––––ふと、怒鳴り声が響いた。‬

 

 

 

 

 

 

 

 

‪「自衛官(警備課)の人達は警戒に当たってんだから、ヒマな教師(あんた達)が手伝うってのは当たり前でしょうが!あんたバカなの⁈ゆとり世代なの⁉︎」‬

 

‪そこには、教師部隊と上級生選抜隊の指揮をしていたと思しき女に噛み付く鷹月の姿があった。‬

‪その、傍らには––––––教師部隊の誤射で落下した鉄骨に、腕を潰された神楽がいた。‬

‪そしてその鉄骨を退かそうとする鏡ナギと立花。‬

‪それを見て、慄くように教師が聴く。‬

 

‪「わ、私に何をしろって…」‬

 

‪「見て分からない⁈鉄骨をどかすなりなんなり––––––…」‬

 

‪それに苛立った鷹月が叫ぶ––––––だが、それを遮って。‬

 

‪「…いいえ…良いわ、鷹月さん。…ねぇ、とりあえず銃とか無い?……出来れば、拳銃が良いわ。」‬

 

‪––––––左腕を押し潰す鉄骨の齎らす痛みのせいか、珠のような汗を浮かべ、荒い吐息混じりの言葉を吐く。‬

‪それに、教師はただ呆然としながら非常用に渡されていたK9ピストルを取り出す。‬

‪––––––K9ピストルとは、アメリカ・カーアームズ社が製造したコンパクト・ピストルであり、素人や女性でも取り扱いが簡単な銃として知られていた。‬

 

‪「ちょっ…か、神楽ちゃん⁉︎」‬

 

‪まさか自決するつもりか––––––と思い至ったのか、鷹月が正気を疑うように叫ぶ。‬

‪そしてそれが本気ならば、周囲に流されて拳銃を手渡そうてしている教師は自殺幇助者という事になる。‬

‪––––––だが、そんな鷹月の感情を悟ったのか、神楽は微笑みながら。‬

 

‪「大丈夫––––––死ぬ気なんか、ないから…‼︎」‬

 

‪拳銃を手渡そうとする教師の手から半ば強引に拳銃を分捕りながら言う。‬

‪––––––直後、彼女は左腕の肘関節をゼロ距離で撃ち抜いた。‬

‪…銃声が鳴る。‬

‪…薬莢が飛ぶ。‬

‪…肉が裂ける。‬

‪…骨が砕ける。‬

‪…鮮血が舞う。‬

 

「…ッ"、ぅ、あ"…っ‪––––––––––––‼︎」‬

 

‪想像以上に痛いのか、痛みを堪えるように歯を噛み締める口から、声なき声が漏れる。‬

‪––––––だが、やると決めたのか、彼女は躊躇いなく引き金を引く。‬

‪…2発目。‬

‪…3発目。‬

‪…4発目。‬

‪…5発目。‬

‪…6発目。‬

‪…7発目。‬

‪…弾切れ。‬

‪弾丸を撃ち尽くした拳銃の先には、穴あきチーズのように風穴を穿たれた左腕の肘関節。‬

‪皮一枚と切断を免れた僅かな筋肉繊維や1本の神経回路で辛うじて繋がっている肉片。‬

‪––––––それを。‬

 

‪「ッ、づ、あ"ぁ––––––––––––ッ!!」‬

 

‪––––––力任せに、神楽は引き千切る。‬

‪辛うじて繋がっていた筋肉繊維も、神経回路も、後遺症が残るやもしれないというのに、彼女は躊躇いなく引き千切った。‬

‪水溜りのように、血が溢れ出す。‬

 

‪「っ、〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ‼︎いっっ…たい……‼︎」‬

 

筋肉繊維の断裂。

神経回路の切断。

動脈静脈の破断。

‪––––––それらの痛みが一斉に神楽の脳を焼く。‬

‪思わず目をきつく閉じて顔を顰める。‬

‪…痛い、なんてモノではない。‬

‪体が動かない。‬

‪止血しようとさえ出来ない。‬

‪脳が動かない。‬

‪考える事も言葉さえも浮かべられない。‬

‪肺が動かない。‬

‪息をする事さえできず気道が締められる。‬

‪––––––ありとあらゆる機能が壊れると錯覚するような痛みが身体を内側から刺し貫く。‬

‪…彼女に出来るのは、ただ痛みを抑えようと口から熱と痛みを孕んだ荒い息を漏らすことと、生理的な涙を零すだけ。‬

‪––––––だが頭のどこかに達成感が浮かぶ。‬

‪…何しろ、腕を挟み潰されたままという状況では無くなったのだ。‬

‪挟まれていた腕は、素人目に見ても二度と使い物にならないのは明白だった。‬

‪上手く逃げだせたとしても、潰れた左腕は後程切断されるのは確実。‬

‪––––––ならば、邪魔だから此処で落としておこう。‬

‪そう思ったからこそ、神楽はアッサリと自分の腕を千切ってみせた。‬

 

‪「…千尋みたいには……いかないわね…。」‬

 

‪アドレナリンが痛覚を麻痺させる。‬

‪––––––そこから生じた余裕からか、笑いながら神楽は口を開く。‬

 

‪「か、神楽ちゃん何やってんの⁉︎」‬

 

‪神楽の行為に呆けてしまっていた鷹月が正気を取り戻すと、すぐさま神楽の左腕––––––の断面––––––に手を当て、止血しようとする。‬

‪––––––こういう場合、断面に蓋をしても意味がない。‬

‪…血管から断面に向けて赤血球が流れ落ちる以上、最終的には失血死という結末に直結する。‬

だからこういう場合は‪––––––‬

 

‪「神楽ちゃん、ちょっと痛いけど我慢して‼︎」‬

 

‪鷹月は緊急時用に持ち歩いていたパラコードをカバンから取り出すなり、それを神楽の二の腕へ力一杯巻き付ける。‬

‪––––––こういう(腕が千切れた)場合、断面に蓋をするのではなく断面より上の箇所の血管を塞ぐことが重要である。‬

‪そうすることで、少なくとも失血死に至る可能性を減らすことが出来る。‬

‪––––––これは以前、ご近所さんと海外旅行へ行った先でお隣の旦那さんが脚をサメに食い千切られた時に、父がした対応。‬

‪そしてその際使ったのがパラコード––––––パラシュートに使われているロープである。‬

‪パラコードはかなり頑丈で、軍人民間人問わずサバイバルツールのひとつやベルトの素材として広く普及している。‬

‪ただ、頑丈かつ束縛性が強いパラコードを止血用に使う、という入れ知恵は軍隊やそれに連なる者でなければそうそう知らない。‬

‪––––––鷹月は、それを自身もするやもしれない事態に備えてソレを持ち歩き、たった今父が行った止血方法を真似ただけ。‬

‪…本職の人間に比べて稚拙ではあるが、止血性は確かである。‬

 

‪「できた…!多分、これで出血は抑えられると思う‼︎」‬

 

‪未だ焦燥を孕んだ声で、未だ事態が飲み込めない声で、鷹月が神楽に言う。‬

‪––––––教師はただ、その理解を超えた行動力を前に唖然とするしか出来なかった。‬

 

‪––––––同時に、跳躍ユニットが空気を焼く音がした。‬

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

‪––––––第1教務隊と日英合同技術試験隊、計8機は、第2シャフト方面連絡通路前エントランスに着陸(ランディング)した。‬

‪彼女たちは全員、マトモでは無かった。‬

‪いや、精神的な意味ではマトモだろう。‬

‪だが、外観や肉体的な意味でマトモな者は誰一人としていなかった。‬

‪…返り血に塗れた者。‬

‪…四肢の何れかを失った者。‬

‪…生命維持として機械に繋がれた者。‬

‪––––––それだけで、彼女らが辿った激戦具合を察せられる。‬

‪ふと––––––千尋と箒がいない事に気づく。‬

 

‪(––––––そうか…彼奴らは……。)‬

 

‪––––––悲しくないと言えばそれは明確な嘘になる。‬

‪指揮官、という後方に待機せねばならない自らを呪いたくなる程には、荒んでいる。‬

‪だが––––––今はそれ以上に、遣らねばならない事があまりにあり過ぎる。‬

‪…私情に浸るのは、遣らねばならないことを全て終えてから。‬

 

‪「––––––舞弥、彼女達に毛布か何かを。」‬

 

‪「はっ––––––」‬

 

‪光の指示で舞弥が毛布を手に、彼女らの元へ駆けて行く。‬

‪その行動は迅速、の一言に尽きる。‬

‪それを見届けた後に、山本から手渡されたタブレットを睨みつける。‬

‪––––––画面に映るは学園の地下区画に張り巡らされた、熱感知センサー群と動体センサー群による索敵網の索敵範囲。‬

‪クラブロスやショッキラスの侵食によって相当な範囲が壊滅したものの、ターミナル周辺は未だ大部分が機能していた。‬

‪そしてターミナル周辺…隔壁で閉ざされた向こうは、クラブロスやショッキラス––––––と思しき動体反応によって赤々と染められている。‬

‪––––––その中に、千尋と箒はいる。‬

 

‪(––––––殿を務めようなど…馬鹿共が…‼︎)‬

 

‪––––––これでは探そうにも探しようがないし、救出しようにも救出しようがない。‬

‪助けるべく隔壁を開け放てばショッキラスやクラブロスの侵攻を許してしまう。‬

‪…でなくてもどこかの抜け穴からこちらに迫って来る。‬

‪––––––ただでさえ危ういターミナルの民間人を更に危険に晒してしまう事になる。‬

‪…ターミナルの民間人210人。‬

‪…ターミナルの自衛官48人。‬

‪…隔壁先の自衛官(生徒)2人。‬

‪––––––切り捨てるべきはどれか、分かってはいる。‬

‪それは当然隔壁先の2人。‬

‪見殺しにする形になるが、2人を見捨てることで民間人の脱出は無事に完了する。‬

‪…だが…あの2人を見捨てることを、私は許容できない。‬

‪…ターミナルより民間人を脱出させてから救出…否、時間がない。‬

‪…VTシステムの件で学園に向け発進待機を命じられていた在日米軍横田基地所属のB-1爆撃機ランサーがゴジラ出現と変異生物の浸透を受け燃料気化爆弾を搭載して発進。‬

‪…ここの地下さえも焼き払うつもりだ。‬

‪幸いにも、民間人脱出までは堪えてくれるそうだが。‬

‪…だが仮に我々が踏み留まり、爆撃前に救出を実施しようにも––––––千尋も箒も生きているかさえ疑わしい。‬

‪––––––2人とも死亡している可能性の方が極めて高い。‬

 

‪「––––––ああ、くそっ…‼︎」‬

 

‪…つくづく、自分は指揮官に向いてないと思わされる。‬

‪合理的な判断を下せないでどうする。‬

‪––––––千尋と箒を見殺し(生きてるか怪しいが)にして民間人を逃し、こちらも損害と犠牲を抑えて離脱する。‬

‪…それが合理的な判断。‬

‪––––––民間人を逃しながら、身内だからという理由で生きているかさえ怪しい千尋と箒の救出に向かい、返って犠牲を増やす。‬

‪…それが感情的な判断。‬

‪指揮官としてどちらを取るべきか、それはもう分かりきった話。‬

‪––––––仮に妥協案を見つけるとすれば。‬

‪それは千尋達を誘導しながら民間人を逃している第1ライフライン・トンネルとは別の、第2ライフライン・トンネルで警戒中のメーサー車分隊と合理させる––––––くらいだろうか。‬

‪…【18式メーサー殺獣光線車】––––––異界から流れ込んだ90式メーサー殺獣光線車のデータを基に開発された、この世界における人類史初のメーサー車––––––は多少なりとも高い速力と走破性を持つ。‬

‪…待機させている第2ライフライン・トンネルはコンクリート式の扉と二重気密隔壁で閉ざされた、学園敷地内でありながら学園から遮断された場所。‬

‪…そしてそこのセンサー群は無傷。つまり今のところ最も破壊の手が及んでいない区画。‬

‪––––––気化爆弾による爆撃が始まっても、おそらく五分は持ち堪えられる。‬

‪そこへ2人を誘導させられたのなら、まだ助けられる方法がないわけではない。‬

‪––––––だが…。‬

 

‪「…山本、2人と連絡は?」‬

 

‪「––––––繋がりません…。」‬

 

‪「…そうか……。」‬

 

‪光は頭を抱える。‬

‪助かる方法がないわけではない。‬

‪だが––––––通信で呼びかけが可能(・・・・・・・・・・)であることが大前提であり、その大前提が満たされていない現状では話にならない。‬

‪––––––此方が通信を出来ても彼方が通信出来なければ意味が無い。‬

‪そして何より––––––/直後、思考を遮る様に、世界が揺れた。‬

‪––––––それは、腹の奥底に響く轟音。‬

 

‪「––––––一佐、ゴジラが…この上を通過して行きます……。」‬

 

‪地鳴りがターミナルという箱を揺らす中、山本が言う。‬

‪––––––死が、すぐ近くにいる。‬

 

‪「…ああ、くそ––––––。」‬

 

‪––––––やはり長くは留まっていられない…もう、腹をくくるしかない。‬

 

‪「山本、第2ライフラインの三村三佐に伝えろ。内容は––––––––––––」‬

 

 

 

 

 

 

 

◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎

 

 

IS学園第2シャフト方面連絡通路

 

湿ったコンクリート。

腐臭を放つ血肉の塊。

響く、一人の荒い息。

暗い、閉じた世界の中。

赤色だけが灯す異様な空間。

––––––箒は、その中で佇んでいた。

非常灯が灯す廊下の中、隔壁を前に武器を手にした彼女はぼんやりと廊下の果てを観ていた。

足元には、クラブロス達であった無数の肉片が広がる血肉の海。

…簪を逃した直後に押し寄せて来た第1波のクラブロスは全て殺してしまった。

––––––その証拠に、今の箒は全身に鮮血を浴び臓物を絡みつかせているという、修羅を体現したような有様となっている。

付近にいる個体が仮死状態になっているだけの懸念も当然残るだろう。

だからそうならないように––––––全身を刻んでやった。

先程までの撤退戦で、致命傷を負わせてから仮死状態による奇襲を受けたことこそあれ、原型を留めない程にまで破壊した個体の回復は見られなかった。

…なら、クラブロスには黒い暮桜(オルガ)程の回復能力は無いワケだ。

であれば、過剰なまでに斬り伏せるか、脳を破壊してしまえばそれで良い。

そしてそれを実践すれば良いだけの、非常に簡単な話。

その結果が今眼前に転がっている屍の山。

殺すこと自体は成功したが––––––

 

「…次で、限界か……。」

 

薄く笑いながら、箒は口を開く。

推進剤、シールドエネルギー残量が1割弱。

兵装耐久度が6割にまで低下。

生命維持機能は作動率2割。

 

《––––––次に大挙して来られたら終わるわよ、貴女。》

 

ふと、イリスが箒に語りかける。

その口調はどこか––––––憐憫を抱いていた。

イリスとしても、それは単に宿主を失ってしまうから、というだけではない。

––––––誰にも傷ついて欲しくないから、自分一人だけが傷つけば良い。

だから千冬も逃した。

覚悟を見せた簪も逃した。

確かに、それなら少なくとも箒が逃した彼女らが死ぬ可能性は目に見えて下がるだろう。

そうすれば少なくとも不幸にはならない。

箒は本気でそう考えている。

そして––––––その行為のせいで、心を傷付かせる者がいることを理解出来ずにいる。

ほんの些細な勘違い。

ほんの些細な擦れ違い。

それが取り返しのつかぬ状況に箒を至らしめていた。

にも関わらず。

 

「––––––うるさい……、索敵に…集中していろ…。」

 

箒は自らのやり方を曲げずに抗ってから死んでやる––––––と、頑固に、そして健気に死へ墜落することを選んでいた。

それが余りに痛ましくて––––––イリスは憐憫を浮かべたのだ。

イリスの器という立場に置かれてしまった少女の思考回路は既に変質を始めている。

––––––人類を守護する、という目的のために箒は都合良く改竄されていく。

箒の意思ではなく。

イリスの意思ですらなく。

ただ遺伝子に刻まれたプログラムによって改竄されていく。

…ただ単に、人の殻を被った兵器へと。

––––––ふと、イリスが進行するふたつの集団を探知する。

そしてイリスと感覚を共有している箒もそれを探知する。

––––––ひとつはショッキラス。

––––––ひとつはクラブロスともうひとつ。

 

《…箒‼︎》

 

「––––––見れば分かる。」

 

‪––––––‬右手には92式火薬式射突槍(タイプ94・パイルバンカー)《改》。

‪––––––‬左手には爆発反応型追加装甲(シェルツェン)

‪––––––‬背中には試製15式誘導熱放出剣(タイプ15・プロトメーサーブレード)

…これが残された最後の装備。

近接刀【葵】はすでに喪失。

‪––––––‬在るのは先述の計3つのみ。

 

‪《箒…》‬

 

‪––––––貴女まで死んだって意味がない、諦めて逃げなさい。‬

‪…そうイリスが言おうとして、遮るように。‬

 

‪「…諦めろと言いたいのか?悪いがその気は無い––––––。」‬

 

‪箒は言い放つ。‬

‪そして続いて口を開いて。‬

 

‪「それに、武器が無くなれば跳躍ユニットの推進剤を用いて自爆すれば良いだけのこと––––––…」‬

 

‪《––––––いい加減になさい…‼︎》‬

 

‪––––––その言葉に、イリスは堪えていた限界を迎えた。‬

‪––––––その諦観に満ちた態度に、イリスは苛立ちを抱覚えた。‬

‪––––––その覚悟に歪められた箒に、イリスはどうしようもない程に憐憫を抱いた。‬

 

‪《…貴女は、柳星張(わたし)の正規の依り代ではない…貴女は巻き込まれたに過ぎない…貴女はそんな風に歪められる必要など無い…‼︎》‬

 

‪イリスは言う。‬

 

‪《本当は怖いんでしょう…⁈貴女は巻き込まれただけで、私だって貴女を欲してなんかいない。》‬

 

‪––––––そう、篠ノ之箒は柳星張(イリス)の本来の依り代ではない。‬

‪…箒はただ10年前の白騎士事件直後に、どういうわけか柳星張(イリス)を埋め込まれてしまった、柳星張(イリス)とは無関係の人間。‬

‪本来ならば、柳星張(イリス)に適した依り代を用意する者達が居た。‬

‪それは柳星張(イリス)をもって、悪しき者(ギャオス)による人類の絶滅を回避する為に、人柱を用意していた。‬

‪…血縁的には、箒は無縁ではない。‬

‪だが––––––元より依り代として育てられたワケではないのならば、何も知らないのならば、彼女は無関係と評するに相応しい。‬

‪––––––だからイリスは、箒にはこんな風になって欲しくなかったのだ。‬

‪…だというのに。‬

 

‪《だから––––––》‬

 

‪「うるさい。静かにしろ、私1人が死んだって、誰も気にしない。‬

‪だけど自分勝手に死ぬくらいなら、殿を務めて、簪たちの為に…誰かの為に、千尋にまた逢う為に、こんな命––––––捨ててやる。」‬

 

‪––––––其処に、頑固で負けず嫌いで恋する乙女だった彼女はもう居ない。‬

‪––––––世界に、時代に翻弄されながらも純愛を願った少女はもう居ない。‬

‪––––––今の彼女は、人間性の残り滓を僅かに宿した、機械になろうとする人間であった。‬

‪事態は––––––イリスにとっては本来好都合だが、イリス自身の意思からすれば悪化。‬

‪––––––箒にとっては悪化、されど本人の意思からすれば好都合。‬

‪…少女に人間のままでいて欲しい怪獣と。‬

‪…自らが怪物になっても構わないと思う人間。‬

‪––––––ただ自分を封じた上で、剰え人類の為の人柱になる道を進んで受け入れてしまっている。‬

‪それがどうしようもなく哀しい。‬

‪…あんな非業をまたやらされるのか、とイリスは怯える。‬

‪そして、自分が生きる理由を失ったが故に暴走状態の箒は、眼前より迫る異形達を視認する。‬

 

‪「––––––来い、私が黄泉へと道連れにしてやろう。」‬

 

‪箒が告げる。‬

‪––––––もうそれは、篠ノ之箒の意思では無い(・・・・・・・・・・・)。‬

‪…その、痛ましさを理解して。‬

 

‪《––––––馬鹿…‼︎》‬

 

‪ただ彼女を言い表すに相応しい言葉を吐き捨てながら––––––自らを箒に植え付けた存在を呪った。‬

 

‪––––––そんな2人の事情など気にかけず、異形、クラブロスが迫る。‬

‪…異形が迫り立つ。‬

‪先程まで対峙していた個体より僅かに大きい。‬

‪…一体に留まらず、次々と鎌首をもたげていく。‬

‪湧き上がる異形は4体。‬

‪それは獲物を食らわんとする捕食者として、眼前の人間へと鋏を放つ。‬

‪異形の鋏が少女を切り刻まんと、あるいは少女を押し潰さんと。‬

‪防ぐ事も躱す事も構わぬドン詰まり(デッドエンド)に佇む少女を飲み込まんと鋏の波が迫る。‬

‪篠ノ之箒というちっぽけな獲物(ニンゲン)を逃すまいと両手を広げ、高波となって襲いかかる。‬

‪––––––それを前にして、箒は左腕に保持した爆発反応追加装甲(シェルツェン)を殴りつけるように前面に突き出して。‬

 

‪「––––––起爆…‼︎」‬

 

‪告げる口頭命令。‬

‪––––––爆発する。‬

全ての反応装甲は刹那にして爆炎に。

爆炎の中より豪雨の如く、内部に仕込まれていたタングステン合金の散弾が飛翔––––––クラブロスを、挽き肉(ミンチ)へと変質させる。

そのまま––––––爆発の衝撃が、クラブロスを弾け飛ばす…!!

それで、4体の屍が出来上がり––––––シェルツェンは大破した。

…元より、爆発反応装甲は装甲の表面で爆弾を起爆させているというモノ。

そして爆発という現象は何の処置も取らねば、基本的に360°全方位に拡散する。

それは熱も衝撃波も当然ながら。

…であれば、こちら(シェルツェン)自身もダメージを受けてしまうのは当然の道理。

––––––眼前より、新たに異形が迫る。

…その数32体。

それに対し箒は、92式火薬式射突槍(タイプ94・パイルバンカー)《改》を放り投げるようにして左手に持ち替える。

そして右手で背部兵装担架より––––––抜刀。

試製15式誘導熱放出剣(タイプ15・プロトメーサーブレード)を、その手に握り取る。

 

‪「‬––––––‪起動。」‬

 

‪箒の口頭命令。‬

––––––‪それに応えるように、刀身に‬蒼電‪が奔る。‬

‪箒はその刀身の切っ先を迫り来る異業たちに向けて‬––––––6体のクラブロスが‪鋏をもって、箒を叩き割らんと振り下ろす。‬

それを––––––

悉く討ち払う、蒼莱の斬撃––––––!!

 

「––––––––––––⁈」

 

驚くような声の主はクラブロスのものである。

異形が眼を見張るのも当然。

クラブロスの甲殻は真正面からの物理的打撃であれば、12.7mm重機関銃に手榴弾––––––どちらも人間の肉体を容易く引き裂ける火力を有する武装––––––の直撃さえ耐え抜く硬度を持つのだ。

関節を肉薄することでようやく初めてダメージを与えられる…言葉にするのは簡単だが、実際に行おうとすればそれは至難の業。

…そうでもしなければ太刀打ち出来ない。

仮に出来たとしても、その荒技は刀身を痛めてしまう––––––現に、箒は2本の(近接刀)を喪失していた。

…シェルツェンの爆発反応装甲が失われた以上、箒に残された武器はパイルバンカーとメーサーブレードのみ。

そしてメーサーブレードは武器の性質上、刃そのものの耐久力は高くない。

…故に、今の箒が異形(クラブロス)と真正面から打ち合う事は死を意味する。

その前提条件がある以上、クラブロスの存在は一体であれ命運を左右し得る、要害であった。

––––––その全てを覆すように。

異形(クラブロス)を既に8体––––––全体の4分の1を、真正面からの一撃の下に殺していた。

 

「––––––––––––‼︎」

 

だがそのような理屈は人間の観点から見てわかるモノ。

人間の理屈など分からぬ異形(クラブロス)は眼前の箒に構わず殺到する。

 

「––––––…しつこい‼︎––––––次弾装填…‼︎」

 

紡がれる口頭操作。

––––––メーサーブレードに次なる電力が繋がれる。

装填される間は無防備となる中、クラブロスの殺到は止まらない。

ならば、その穴は副兵装(サイドアーム)を持って塞ぐまで––––––‼︎

 

「ふッ––––––‼︎」

 

力む声とともに左手は手に握られた武装の引き金を引く。

直後––––––火薬を爆裂させて、92式火薬式射突槍(タイプ94・パイルバンカー)《改》より1トンの鉄杭が飛翔する。

…それは、質量エネルギーと移動エネルギーの二重奏をもって異形(クラブロス)に孔を穿つ––––––!!

 

「––––––⁈」

 

気味の悪い断末魔を上げて、取り囲もうとした一体が絶命する。

…だが、その他の個体––––––眼前に迫り来る3体と、それに続く20体は健在。

故に––––––箒は止まらない。

体勢を崩したまま、パイルバンカーの引き金を引く。

反動でさらに体制が揺らぐ。

だが、引き金を引くたびに身体を揺るがす反動でさえ、彼女は制御する。

…一槍目。

…二槍目。

…三槍目。

その様は舞踏のように––––––廊下には新たに肉塊のオブジェが3つ出来上がる。

…なれど、異形(クラブロス)の侵攻は止まらない。

––––––それを前にして、箒は脚を踏み出す。

止まらない。

止められない。

全て此処で詰め。

篠ノ之箒の命も。

異形(クラブロス)の侵攻も。

その結末は理解している。

…なればこそ、人間的に考えれば、逃げるのが正解。

…だが、人間的に考えることを、柳星張(篠ノ之箒)が許さない。

…どちらにせよ死ぬ。ならばせめて人類の役に立って死ななくてはならない。

––––––かつて、先の大戦で日本は戦艦の砲弾に匹敵する量の火薬を積んだ爆弾を抱えて敵艦への体当たりを行うという命令を遵守させられていたという。

…当然、それをすれば死ぬ。

だからそれは、死ぬことを前提とした攻撃。

彼らは元首のため国のため家族のためと命を投げ打って死ぬことを選ばされた。

––––––今の箒とどう違おう。

…退路は閉ざされ。

…武器弾薬など既に枯渇し。

…生存の余地など既に無いというのに。

…自らの意識は「人類の存続」へと変質し。

…自らの精神は「人類のため」に改竄され。

…死と引き換えに、「人類の延命」を強制され、それを受け入れた。

––––––もはや今の箒は特攻兵器であった。

国家でもなく軍でもなく、人類の既存の枠組みだけのみならず、延いては人類という種そのもの(・・・・・)の為に自由意思を破棄させられた、ニンゲンの皮を被った、怪獣専用の特攻兵器。

––––––それはかつて、先史人類第3文明(レムリア)が遺した人類の防護機構。

守護者(ガメラ)を真似て造られた、人柱(生け贄)をもって稼働する、ある種の生物兵器。

…一人の地獄をもって、万人の平穏を遺そうとした、矛盾と祈祷に満ちた対獣専用特攻兵器。

それが柳星張(イリス)––––––箒に埋め込まれた兵器の名。

 

……ああ、だからそんなこと(・・・・・)がどうしたというのだ。

 

箒はメーサーブレードを振るう。

今の箒の人間らしい思考は停止していた。

もはや剣を振るう自動殺戮人形。それが箒である。

…その箒に異形(クラブロス)が大挙する。

 

––––––黒鉄の直刀が光を放つ。

黒曜石じみた色であった刀身は淡い群像色に輝き、激しい稲妻を発し。

 

「斬撃––––––…一斉射!!」

 

世界(トンネル)を、眩いばかりの蒼雷で照らし上げる…!!

––––––群像の刀が一閃される。

刀剣はその軌跡通りに誘導熱(メーサー)を放ち、異形(クラブロス)を残骸さえ残さず蒸発させる…!!

そればかりか、小メーサー砲と言うべき光と熱の塊はトンネルを震動させる。

おおよそ、10体近い個体が消滅した。

 

「––––––はあッ‼︎」

 

それに続くように––––––振るわれる蒼雷の剣戟。

…一体。

…二体。

…三体。

…四体。

…五体。

…六体。

…七体。

甲殻は枯れ木のように砕け散る。

肉は内側より膨張し、弾け飛ぶ。

命はソレに容易く刈り取られる。

––––––その武装は確かに、怪獣…否。生物全てを等しく殺し尽くす魔剣だろう。

銃弾さえ防ぐ堅牢な甲殻などに影響されず、内側から水分を蒸発させて破裂させることで確実に死を齎らす対生物特攻武装。

コヒーレント・マイクロ波––––––電子レンジで使用されている加熱方式––––––を応用した一種の光線兵器。

この世界の技術では確立し切れず、墨田大火災の後に確立された概念実証兵器。

––––––それこそがメーサー兵器である。

 

 

だが––––––当然、リスクはある。

ただでさえ生物に対する特攻能力を持つのだ。

…機体の操縦者保護機能は既に停止。

…絶対防御さえ、まともに機能していない。

今の箒は生身とそう変わらない。

…その状況下でそれだけのモノを振るえば、当然––––––肉体は限界を訪れる。

それは唐突に。

––––––ばつん、と音を立てて、右腕と両脚の筋肉の千切れる音がした。

 

「––––––あ。」

 

––––––間抜けな声が漏れる。

それは自らの油断を呪う声でもなく。

それは敵を前に狩られる側に堕ちた絶望でもなく。

…ああ、壊れてしまったのかと。

脆い自分の肉体(からだ)を、つまらないように呟く声。

その箒に、生き残った三体のクラブロスが迫る。

それに対して、もはや人間らしい思考も感情もない箒は、跳躍ユニットのリミッターを外そうとする。

跳躍ユニットの暴走による自爆––––––即ち自決を、迷いなく行おうとして。

 

「––––––おい、ふざけんな」

 

––––––懐かしい。

実際はついさっきまで聴いていたのに、とても懐かしく感じる声が、鼓膜を震わせた。

跳躍––––––クラブロスの背後に稲妻が走る。

そしてソレ等は内側から炸裂し、跡形さえ残さず蒸発する。

残ったのは、そのクラブロスの返り血を浴びた箒と。

同じくクラブロスの返り血を全身に浴びて、満遍の無い赤を纏った、

 

「––––––俺の女に、手ェ出してんじゃねぇよクズ蟲共。」

 

死んでしまったハズの––––––篠ノ之千尋であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回はここまでとなります(文字数の都合と区切りの良さから)。

…やっと千尋と箒を再開させられた…(長かった…)。

…ただまぁ、千尋を追っている人がEP-37で復活しているわけで、つまり次回は…()
そしてウチの神楽さんはビルサルドみたいな合理主義者だったり…()

次回も不定期ですが極力早く投稿致しますので、よろしくお願い申し上げます。



▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。