インフィニット・ストラトスadvanced【Godzilla】新編集版 作:天津毬
今回でIS学園防衛戦は完結となります。
(あと文字数16000文字超えてます…)
正午12時01分
IS学園北部区画・第2シャフト方面連絡通路
「…ち、ひろ?」
「おう。無事か?遅れて悪かった、箒。」
––––––信じられない、という顔で箒は千尋を見上げる。
だって、だって千尋は
だから、確かめようと––––––千尋の頰をつねった。
「?!ッ
頰が伸びた所為で間抜けな声を発しながら千尋は抗議をする。
…普通、夢か現実かを確かめるのならば、自分の頰をつねるモノなのだが。
それで箒は自分の頰もつねる––––––痛い。
痛みは痛覚が作用している証拠。
過度な痛覚は夢現ではない証拠。
つまり眼前の千尋は生きている。
…そう分かると、思わず感情が込み上げて来て。
「––––––馬鹿ァ‼︎」
「ぶっ––––––––––––⁈」
『ラッキースケベに遭った女子のような顔』をして、思いっ切り千尋を引っ叩く。
対する千尋はなぜ引っ叩かれたのか分からず、箒の理不尽に怨めしそうな眼差しを向ける。
––––––その眼差しの先にいる少女は、泣いていた。
明らかな怒気を浮かべていて。
顔はしわくちゃに歪んでいて。
だが嬉しさも奥に潜んでいて。
怒りと。
悲哀と。
歓喜と。
それらが入り混じった、複雑な感情。
それが箒を支配していて、
「死んだと、思ったじゃ、ないか––––––ばか、ぁ…。」
ボロボロと溢れ出す涙と共に、箒の身体が膝をつくように崩れ落ちる。
それで千尋は崩れ落ちる箒を受け止めて––––––侵食が拡大していた事を視覚した。
「箒––––––おまえ、まさか…。」
千尋が驚いた顔をして箒を見る。
––––––どうして、侵食が拡大している?と言外に問いかける顔。
それを見て箒は、
「…機体にあった
––––––逃げている途中に見つけたから、千尋は知らなかっただろうが。と付け加えて箒は言う。
それに対して千尋は反射的に口を開く。
「––––––馬鹿!!なんでそんなもん使うんだ!!?」
それは怒りを露わにした千尋の声。
箒が行った行為は例えるならば––––––瀕死の人間に輸血する為に自分の動脈を切断したという事象に相応しい。
動脈を切断すれば、大量出血により人間は3分から4分程度しか生きられない。
その先にあるのは確実な死。
それと同じような行為を––––––否、ともすればそれよりも更に質の悪い結末を寄越すやも知れない行為を箒は選択した。
––––––千尋が怒るのは、当然といえば当然。
「そ、そうでもしないと…簪を逃せなかったし……それに、お前も死んでしまったと思っていたし…。」
––––––だが箒にも言い分はある。
あの極限状況下、誰かが犠牲になることが確定していた中で、誰の犠牲も出さずに事に抗うには––––––自分が人柱になるしか無いと考えていたから。
そしてそんな自分––––––千尋の生存、という想定外の事態が無ければ死ぬことが確定付いていた人間––––––と共にあろうとした簪。
彼女は見た目に似合わず、非常に頑固者だ。
一度こうすると決めればそれを決して曲げない。
微笑ましいくらい真っ直ぐな性格。
だから、友人を見捨てるワケには行かないと、箒と共に残るという選択をした彼女は、箒が行動を起こさなければ死んでいた。
そして彼女を生き残らせる為に使ったことが、
––––––使えば寿命を擦り減らすかも知れないし、肉体あるいは精神が崩壊するやも知れない。
…何しろ、分かっているのは侵蝕が拡大する事だけで如何なるデメリットがかかるかは不明瞭なのだ。
そんなものを使う人間はそうそういない。
いるとすればそう––––––自己の生など知ったことでは無いと捨てられる、箒のような人間だけだろう。
…そも、あの時は極限状況に加えて千尋が死んだ前提で動いていたのだ。
愛した者の後を追って自決––––––というのも、普通の人間でさえ起こり得るのだから別段不思議では無い。
「だからって一人で死に急ぐな馬鹿!!」
「な––––––そ、それはこちらのセリフだ馬鹿者!私を庇ってバラバラになるなんてされたら死んだと思ってしまうだろうが!!」
「う゛……そ、それは………箒に死なれるのは嫌だったし、あの時出来た最善の方法があれくらいだったからで…。」
「だいたいお前には『
「んな––––––うっせぇバーカ!それだったら、俺だってお前に『
「お、お前が死んだと思ったからに決まっているだろうが!この馬鹿!!」
「なんで俺が死んだらお前まで死ぬんだよ⁉︎いやそりゃお前の側にいてやるって約束は破ったよ⁈それはすんげぇ悪かったと思ってるよ⁈だからってなんで死に急ぐんだ馬鹿‼︎」
もう、色々と台無しだ。
––––––もはや、そこで展開されていたのは意思のぶつけ合いという名の、「小学生レベルの口喧嘩」。
そして2人が口にしている事は、そのまま口にした者に返ってくるブーメラン発言である。
––––––箒は自分が死んでも構わないと思っている癖に、千尋に自分を大切にしろと言う。
––––––千尋は自分の命をアッサリ投げ捨てる癖に、箒に自分を大切にしろと言う。
…これがブーメランでなくてなんだというのか。
というかこのブーメラン合戦以前に、千尋は箒を庇って一度本当に死んで箒に心配を掛け、箒は千尋が死んだと思い込んで千尋が食い止めたかった侵食を広げてしまい、剰え死ぬ気でいたのだから––––––この際お互い様である。
…そんな言葉で済まされないのも、また事実であるが。
千尋は––––––箒に死んで欲しくない、箒が死ぬならば自らも立ちはだかる
…だから、自分は
箒は––––––千尋に死んで欲しくない、千尋が死ぬのなら
…だから
2人は噛み合っているようで––––––致命的なまでに根底が噛み合っていない。
両者の自己犠牲。
両者の相互懇切。
二律相反の感情で表面上は絡み合っていようと中身は狂った歯車だ。
怪物であるが故に人間にはなれない
人間であるにも関わらず怪物に成り果てる末路の
––––––
要約すれば––––––千尋も箒も他人を
だがしかし、このままここに踏みとどまって居ても埒が開かない。
「––––––くそ、話は後だ。」
「…ああ、まずは光と合流すっぞ。」
––––––追記。
2人は物事の切り替えも、まぁ出来る方である。
––––––故に、2人はそのまま地下物資搬出入ターミナルに向けて、跳躍を開始した。
「––––––ところで、腕と両脚は良いのか?筋肉が千切れていたみたいだったけど。」
ふと、警戒を継続しながら声をかける。
…箒は、ああ。と思い出したように自分の身体を見て、
「––––––それなら大丈夫だ。断裂した筋繊維も再生している。」
自分のことであるにも関わらず、淡々と下らないモノを報告するように口を開く。
…それは、人間であることを放棄した自分を俯瞰しているような。
…あるいは、少しは千尋の足を引っ張ることも無くなると、喜んでいるような。
––––––怪獣に成り果てる未来を、既に受け容れてしまった箒がいる。
それが、千尋に酷く物悲しい感情を孕ませる。
「––––––そうか。…なら、良かった。」
––––––だからせめて、俺までは変わらないようにしよう。
––––––箒がいつまでも人間の側に居られるように。
––––––箒が怪獣に成り果てても、人間に帰って来られるように。
––––––だから今は、いつも通りに応えよう。
––––––死体に寄生して、人間の真似を興じるのが大好きな、
…そう千尋は自分に言い聞かせながら、暖かみのある声音で、箒に応えた。
それに、跳躍ユニットを吹かしながら箒は若干反応を示す。
「––––––こんな時だというのに、お前は…」
––––––言いかけて。
…
……
………
––––––腹を開かれる私。
––––––肉塊を埋め込む男。
––––––忌み子と憎悪する女。
––––––散乱した
––––––やめて、と制止に入る母。
––––––全身の血を失い萎れた義父。
––––––腰に4対の触手を生やした私。
––––––化け物と罵る義母の首を刎ねる。
それらが唐突に。
なんの前触れもなく脳裏にフラッシュバックした。
………
……
…
「––––––––––––ッ⁈」
––––––今のは、なんだ。
身に覚えのない映像が頭の中に再生される。
箒は困惑を隠せないまま––––––がくん、と箒の打鉄甲一式が揺らぐ。
「あ––––––––––––」
間抜けな声が漏れる。
このまま箒は顔面から前のめりに地上へ墜落して。
「箒!!」
「っ––––––––––––!」
千尋のその声で。
思わず主脚を床に叩きつけるように着地する。
火花を散らしながら、滑走し––––––千尋が前に駆け出す。
箒が目を見開く。
何しろ––––––千尋は、生身のままに打鉄甲一式を追い越し、その滑走線上に飛び出したのだ。
「ば––––––––––––」
––––––馬鹿!どけ‼︎と箒は言おうとする。
だが間に合わない。
それどころか、千尋は×の字を描くように腕を交差させたまま踏み留まり––––––。
––––––激突する轟音。
––––––破裂する両腕。
––––––停止する機体。
千尋は、生身のままに統合機兵を受け止めていた。
その両腕は原型を留めぬまでに破壊されている。
皮膚は焦げ落ちて。
血管は裂けて血を溢れ出して。
筋繊維はズタズタに千切れ。
骨格は木っ端微塵に砕け散る。
「ッ、な––––––––––––」
––––––何をやっている⁈、と口にしようとして。
「大丈夫か⁈」
…千尋の言葉によって遮られる。
その、あまりにも場違い過ぎる言葉に箒は驚き、
「えっ、あ––––––う、うん。だ、大丈夫…」
…思わず千尋に流されてしまう。
––––––いやいやそうじゃなくて!!
「…すまない、千尋!今のは私の操縦ミスだ…!う、腕の傷は…‼︎」
慌てて箒が千尋に声をかける。
––––––その当の千尋は、原型を留めないまでに壊れた腕が勝手に再生されて行く。
…それは、以前よりも圧倒的に早い速度で。
––––––ああ、もうこの子はヒトの側には居ないんだ、と思わされる。
「いや、良い––––––こんなのすぐ治るから。行こう。」
「…でも……私、お前の腕を…」
それは、嘘偽りない素直な顔で。
この一瞬だけ、確かに人間らしい、罪悪感を抱いた雰囲気を漂わせる顔で。
––––––しかして遮るように。
「良いから!こんなのツバ付けときゃ治る‼︎」
千尋が怒鳴る。
だが、すぐに『しまった––––––』と顔が歪む。
「だから––––––」
だから、必死で何か言葉を紡ごうとして。
「––––––だから、気にすんな。こんなんで気にされると、恥ずかしいんだ……怒鳴って、ごめん。」
務めて、抑えた声音で言葉にする。
それは本気で箒を不安にさせない為に。
––––––千尋が木っ端微塵に粉砕された瞬間を目の当たりにした箒だからこそ、千尋が傷付くのを望まない。
…それは、ヒトとして当たり前の事だった。
––––––ふとそれに水を差すように。
「…ッ––––––⁈」
ずん、と響く衝撃と。
「▂▟▞▟▜▞▂█▂▇▂██▂––––––––––––‼︎」
くぐもりながらも地の底より響く咆哮が
それで千尋も箒も、頭から冷水をかけられたように平静さを取り戻した。
◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎
同時刻・千葉県館山市布沼地区
国道257号線・房総フラワーライン
––––––放射能の霧に浮かぶIS学園の対岸。
平砂浦に面した国道257号線、平砂浦海岸、館山カントリーゴルフクラブ敷地内に欧州連合極東派遣軍ポーランド陸軍第2機械化軍団第8装甲騎兵師団第3戦車中隊のT-72M1モデルナ戦車18両は布陣していた。
––––––遠方より響く爆音を背景に、布沼地区は静寂に満たされていた。
既に館山市南部全域には非常事態宣言が発令されており、藤原地区の千葉県立館山運動公園と神余地区の耐震度災害避難所への避難指示が館山市役所より出されているという。
…現状で、ナタリアに出来る事はない。
最前線は海を跨いで向こう側、ここから2キロメートル程海で隔てられたIS学園だ。
日本本土での後方待機の命令が与えられた自分達に最後の最後まで出番がないというのならば、それはそれで良い事だ。
––––––何しろ、それはIS学園で撃破に至ったか、被害をIS学園だけに留められたかのどちらか。
…悪いことは何も無い。
––––––だが、先程から続いていた一連の戦闘過程を鑑みるに、その可能性は酷く希薄だ。
IS学園教師部隊との通信途絶。
委員会介入部隊との通信途絶。
学園で炸裂した原爆級の爆発。
駐在部隊が撤退開始との報告。
避難民にも多数の死傷者アリ。
––––––どう考えても、良い状況ではない。
それを証明するように。
「…どうも芳しくないな。」
欧州連合極東派遣軍司令部との通信を行なっていたヴィシニエフスカ軍曹が呆れたような顔で声を放つ。
「…館山市の欧州邦人の収容は完了。横浜に移送を開始したらしいが……学園は依然として通信途絶。
––––––陥落した、と捉えるべきではないか?」
「…そうですね––––––総員傾注!全車戦闘準備…!」
––––––この展開になると決まって悪い方にしか転がらない。
それはウクライナ戦線にいた時から嫌というほど経験し、学んだコト。
…前線の部隊から通信が途絶し、部隊撤退の情報も入って来ているとすればもうこれから降りかかる事象はひとつしかない。
それは全員が身をもって体験したからこそこの事態は既に織込み済み。
直後、激しい水飛沫と共に––––––海が、割れた。
––––––同時に、
「▂▅▇▇▇█▂▇▂––––––––––––!!」
––––––黒き荒神が顕現する。
…それは真っ直ぐに、館山市に向けて脚をもって、その巨躯を踏み進める。
「––––––全車、射程に入り次第砲戦開始!飛び道具にも気をつけろ。機動回避を怠るなよ‼︎」
それを前にして、ナタリアが発破をかける。
––––––これほどの化け物を相手取るなんて事はウクライナで浴びる程やった。
だからナタリアは、否。ここにいる全員が、巨大不明生物程度では臆する事は無かった。
故に、彼らは戦車という矛を荒神に向けて構えた––––––。
◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎
IS学園北部区画・地下物資搬出入ターミナル
「––––––くそっ、ちょっと遅かった…!」
––––––そこは、既に
回収仕切れなかったであろう機材の残骸が打ち捨てられ。
ところどころに血痕や血溜まりとそこに浸かる薬莢の群れ。
滅茶苦茶に潰れて折り重なったコンテナの山と鉄骨の山。
停めていた車両が走り出した際に刻まれたであろうタイヤ痕。
墓標のように佇むコンクリートの破片や塊の群れ。
––––––抜け殻となったターミナルに、千尋と箒は辿り着いていた。
「…くっそ……歩いて帰れってか?」
––––––いやまぁ、できなくはないだろうけどさ。と千尋は独言る。
人間の平均移動速度は時速6キロメートル程度。
北区画のライフライントンネルは全長2キロメートル程度。
ならばまぁ、およそ20分程度で抜けられる。
つまり障害さえなければこのまま足早にいけば歩いてでも脱出は可能なのだ。
「––––––いや、千尋。そうもいかないみたいだ。」
ふと、仮設指揮所だったらしいデスクの上に置き去りにされたタブレット端末を見て、箒は口にする。
「どうやら18分後––––––米軍の
––––––言いながら、箒は舌打ちをする。
…彼の国は無茶を言う––––––と吐き捨てながら。
「…まーた米軍かよ……。」
ウンザリするように放置されたデスクに視線を向けて––––––その横には、「篠ノ之姉弟は必読!」と殴り書きされたメモ帳。
千尋と箒が生き残っていた際に備えて、光が残していたものだった。
––––––簪や織斑先生の報告から、俺らが死んだって事は確実だろうに…律儀っていうか過保護っていうか、信じていたい思想の奴なのか……でもそこが良いところだよな。今更だが、アイツは良い奴なのだ。
––––––あ、もちろん俺が元居た世界の方の片桐は知らない。だってあっちはいいとこストーカーとどう違うよ。
…ふと、千尋は視界からメモ帳の内容を読み取る。
…要約すると、「第2ライフライン・トンネルのメーサー部隊がギリギリまで待ってくれてるからさっさと合流して脱出しろ」…という内容だ。
––––––生きてるかも定かじゃねぇのに気を遣ってくれたんだなぁ…指名された部隊からしたらたまったもんじゃないかもしれないけれど。
…なんて、千尋は思いながら。
「––––––箒、第2ライフライントンネルに行こう。まだ部隊がいるらしい。」
「––––––了解だ。」
第2ライフライン入り口は本当の本当に非常時に備えた場所。
故に核シェルター並みの強度を持たされている事から侵食は少ないだろう。
それに爆撃が想定よりも早く始まっても、耐えられるだけの頑強さはあるはずだった。
なら、行かない手はない。
急がば回れ、なんて言わずに真っ直ぐ行くが吉。
故に2人は、すっかり死んでしまったターミナルを後にした。
……………………………………ずんっ。
…その時千尋はふと、遠方から振動を感じた気がしたが––––––気のせいだろうと意識から除外した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
IS学園北部区画最下層
––––––白いLEDライトが灯す、コンクリートの箱の中。
第2ライフライントンネル手前は整然としていた。
大型車両が停車する白線とソレを反転させる為のターンテーブル。
予備の建築資材と思しきパイプ菅や土嚢、非常食を入れた段ボールが規則正しく所狭しと並んでいる。
まるでホームセンターの店内や倉庫のよう。
先程までの壊れ尽くし、荒れ尽くしていた区画とは正反対。
むしろ、あそこまで破壊されていた学園の中では、平時の姿と何ら変わらないこの場所の方が異常に思えてしまうまでに––––––本当に同じ学園かと疑ってしまう程に。
––––––まるで、絵画を壁一面に並べた中にぽつんと白紙の紙が一枚だけあるような。
…そんな、
…もっとも、そこからすれば今の2人––––––全身が血まみれで擦り傷や焦げ跡が全身に刻まれている––––––の方が、異常なのかも知れない。
––––––眼前には、大型トラックが一台くぐれるくらいの大きさを持つ第2ライフラインに通ずる二重の気密扉。
それを目指して2人は歩みを進める。
…………………………………ずんっ。
チカチカとLEDライトが点滅する。
––––––また、くぐもった振動が響く。
千尋は訝しみながらも、足を止めず、まずは箒を連れ出そうと意識を逸らす。
………………………………ずんっ。
再度響く振動。
チカチカとLEDライトが点滅する。
千尋の足が止まる。
…僅かに、近づいているように感じる。
……………………………ずんっ。
続け様に振動が響く。
チカチカチカと激しくLEDライトが点滅する。
そこで千尋は、間違いなく近づいて来ていると確信した。
「––––––くそ…‼︎」
「え––––––」
僅かに焦燥を孕んだ千尋の声。
それに箒は違和を感じるが、それを遮って。
………………………ずんッ‼︎
一際大きな振動が轟音を鳴らして響く。
LEDライトが砕け散り、赤い非常灯が灯る。
同時に––––––世界が、白から赤へと塗り潰される。
それで箒も、何かの接近を察知する。
––––––次の瞬間。
「e7#3####333#Z、3、3###!#Z、eq#33###!#Z––––––!!」
––––––ばがんっ、と自分達の通って来たコンクリート製の隔壁扉を突き破るようにして、黒い暮桜…否。
その顔は、確かな執念を感じる形相を浮かべていた。
「なっ––––––あいつ、まだ生きて…⁉︎」
思わず箒が信じられないものを見たように声を上げる。
––––––視線の先、全身を軋ませながら異形の体躯は2人に追いついた。
……そう。
要するに相手も必死だった。
自身の命を焼き尽くしてでも箒を救いたい千尋と、自身の命を投棄ててでも千尋に生きて欲しい箒と––––––同じように、必死だったのだ。
認識の甘さに憤慨する。
そしてアレが自分を付け狙う理由を思い出す。
––––––アレは、死滅を回避する為に喪った肉体を取り戻そうともがいていただけの、
––––––自分みたいに死へ至る為に命を焼き尽くしていたのではなく。自分が生きたい未来を掴み取る為に、捨てた
––––––自分を付け狙うのは、自分の全身にある細胞…ようは、俺そのものを触媒にして、自らの肉体細胞を再生させようとしていただけ。
––––––だが悲しいかな。
…だから今度は、怪物の自分でも生きられるよう自分自身を更に順応させる肉体にしようと命を燃やす事にした。
––––––だが、そんな為に自分が喰われるなんて御免被る。最後の最後に怪物に成り果てる為に自分が使われるなんて、自分が増えるみたいで
「d@'jq@…d@'jq@d@'jq………」
ふと、眼前のオルガⅡは地面に転がっていたコンクリートの塊に躓き転倒する。
" …はっ、そもそも自壊寸前じゃないか。アレ。 "
元々シュヴァルツェアレーゲンを核として動き始めたオルガが、核たるラウラ・ボーデヴィッヒを失った時点で全ては決していた。
現在はラウラ・ボーデヴィッヒのクローンで
クローンとは遺伝子の複製だが、不完全であったり複製の複製を生み出せば遺伝子は劣化して寿命は極端に短くなる。
ラウラの遺伝子をどれだけスキャン出来たかは知らないが、あの短時間で完全再現は不可能だろう。
––––––何しろ、死に際の苦し紛れに行った処置だ。劣化遺伝子による寿命と、肉体に与えられたダメージを考慮すれば、もう長くはない。
…言ってしまえば、今のオルガは人間から独立した皮膚が単独で生きて行こうともがいているようなもの。
…それに。G細胞という永久機関を取り込んだところで制御出来ないのなら、それは単なる癌細胞と変わらない。
––––––確かにG細胞の特性上、不治の病を治す特効薬にも、気化ないし液状化した肉体を再構築する奇跡にも成り得る。
だが制御が叶わなければ意味がない。
そうなれば自らを破滅真っしぐらに叩き落とす災厄の代物へと変質する。
そんな苦しめるしか能が無いモノなんて、他にあるので幾らでも事足りる。
––––––例によって、制御しきれなくなった細胞が瞬く間に増殖を開始し、膨張と腐敗を繰り返し始める。
––––––それはまごう事無き無間地獄。
「d@'、jq…@d@'jq………‼︎」
そこには––––––ただ生きたいと願っただけだというのに、無限に苦しみ続ける怪物となった憐れな異星の人間だけがいた。
––––––同情が無いわけじゃない。でも、コイツだけの為に箒まで心中させるなんて御免だ。
…だから。
「箒、先に行ってくれ。」
「…駄目だ、お前また無茶するだろう。それなら…」
…完全に見破られてる。
たはは、と千尋は笑いながら。嘘をついても仕方ないと、諦めたように口にする。
「––––––うん、無茶はする。だって、アレ相手に無茶するなって方が無理だ。」
それに、狙いは俺なんだから––––––という言葉は、飲み込む。
それを言ったら箒は今度こそ離れてくれない。
「…でも、箒の機体だって、スクラップ寸前だろ。そんなんじゃ箒が死ぬ––––––俺は、それが堪らなくイヤだ。
––––––これだけは譲れない。」
脳の片隅に浮かぶ、生き物としての死すら剥奪されて肉片にされた家族。
生き物という境界から外されて怪物にされた父親。
父親を利用することを固めた元凶たち。
––––––箒まで、そんな目に遭わせたくない。
だから––––––千尋は瞳を見つめて。
「––––––信じろ。今度は約束、破らないから。」
––––––屈託のない瞳で、そう告げる。
…ついさっき、約束を破ったばかりの奴の言い分なんか信じないだろう。
だがそれは、頼みであると同時に、有無を言わせない命令のような口調で言い放たれる。
「…馬鹿。」
––––––先に折れたのは箒だった。
呆れたような、観念したような顔を浮かべて千尋を一瞥する。
そうして身体を第2ライフライン・トンネルに向けて––––––踏み留まる。
ほんの少し、箒は何を言うべきか言い淀んだ末––––––
「––––––泣いて、喚いて、漏らしたって、助けてやらないんだからな。」
––––––なんて場違いな
しかして––––––それは確かに、
だからそれに––––––
「––––––ああ、だから先に行ってて来れ。すぐに追いつくから。」
千尋は箒に背中を向けて––––––箒にはそれが、いつか来る永遠の別離に見えた––––––オルガⅡと対峙する。
…ごごんっ、と音を立てて第2ターミナルと学園最下層を隔てる扉が閉じ落とされる。
––––––残されたのは純正になり始めた
今更ながら、
––––––彼の世界。
東海村にて一度目の対峙をした2人。
新宿にて二度目の対峙をした2人。
異形は肉体を得てあるはずだった未来を生きる為に怪物を欲し、怪物は自らに死を与えてくれるかも知れないと期待して異形と会敵しそして。
––––––異形は敗れた。
––––––怪物は生き残った。
…異形は怪物を殺すどころか怪物になろうとした。
…怪物は異形が自らと同じ怪物になろうとしていると理解した。
––––––だから、怪物は異形を殺した。自らと同じ苦心を味わうくらいならと、異形を
ただその一部始終を––––––その世界の人間達は、ただ一度異形に打ち負かされた怪物が
––––––その時初めて、怪物は自らを殺してくれなかった異形を憎んだ。
––––––その時再び、
…単純な話。
これは
––––––別にこのまま逃げたって良い。
でもそうしたら此奴は地の果てまで追って来るし、此奴単体で文明を乗っ取るくらいはするだろう。
そんなの、俺の知った話じゃない。
でも––––––後々の事を考えればどうあがいても箒が巻き込まれる。
だから––––––今ここで殺す。
非常につまらない理由だし、なんともチンケな動機。
だけど––––––あいつは、自分の命をかけるに値する奴だから。
少なくとも、俺がニンゲンの手先になってやれるくらいには、大切な奴だから。
––––––そいつまで不幸にするのだというのなら。
「…異星の人間だかどうやってコッチに来たか知らねぇが––––––」
今度は共倒れなんか御免だ。
気持ちの整理はしたし、身体も皮一枚で繋がったし。
時間も無ぇし、いい加減。
「––––––行くぞ。」
––––––テメェをブッ飛ばす……‼︎
溜めに溜めた力が両脚を起爆させる。
狙いは一点。正面からの直接打撃。
両手に03式掘削打刀を、背に試製14式誘導熱展開式対獣射突槍を備えながら
––––––迎え撃つは、有象無象を砕く双極の波動。
仮初めの命が果てることさえ恐れぬ最大出力での一撃。
" ––––––!っ、はッ––––––‼︎ "
それを視認すると共に千尋は全力で床を蹴り穿った。
その身体は姿勢を下げ、空気抵抗を極限にまで擦り減らしながら滑空するように駆け抜けて。
––––––眼前より、二重の波動を纏う黄色線光が放出される。
「っ、ぎ––––––」
衝撃で体勢が揺らぐ。
地に叩き伏せんと世界を揺るがす線光を前に、気力で脚を前へ前へ前へ飛ばす。
躱した線光が左肩を掠める。
皮膚は千切れ飛び、真皮は擦り切れ、次々と筋肉繊維も断線する。
だが、それでは止まらない。
この程度では篠ノ之千尋は止まらない。
「がっ––––––––––––!」
その愚直さを嘲笑うように、閃光が砕き巻き上げたコンクリート片が左胸部と左脇腹を刺し貫く。
肋骨と肺が潰れる。
胃袋が破裂する。
ついでに肝臓も潰れた。
––––––血が喉を逆流する。
それに千尋は歯を食い縛り、喉を鳴らして再度体内に飲み込む。
そして再び床を蹴った。
構わない。腕が潰れようが、骨が砕けようが、内臓が破裂しようが、この程度の激痛など知ったことか。
肢体欠損や内臓破裂などの生温い痛みでは止まらない。
––––––次に、オルガⅡはその巨腕で千尋を殴り迎え撃つ。
なるほど確かにそれでは一度止まらねばならない。
だが––––––
「––––––なめん、」
巨腕が迫る。
距離にして50センチメートル。
しかしそれを躱す事もせず、千尋はそれを。
「な––––––––––––ッ!」
半ば潰れた左腕を持って、正面から
––––––巨腕と左の拳が衝突する。
その両者は、コンマの世界で互いに原型を留めないまでに崩壊した。
オルガⅡはその結末に驚愕する。
––––––確かに、千尋の左手に込められた質量などたかが知れている。
オルガⅡ自身の巨腕が持つ質量と正面衝突すれば、それは千尋の左手だけが一方的に破壊される。
だがそれは両者が共に棒立ちしていた場合の話。
今の千尋はオルガⅡ目掛けて疾走している。
更に言えば、その都度加速するべく脚で床を蹴っていた。
千尋とて、互いの質量エネルギーだけでは勝ち目がないのは分かっていた。
だからこそ––––––そこに、オルガⅡの質量と拮抗出来るだけの移動エネルギーと、03式近接掘削打刀の質量エネルギーを
「っ、––––––‼︎」
千尋はそのまま使い物にならない肉片に成り下がった左腕でオルガⅡの巨腕を背後へ受け流す。
オルガⅡは戻そうとするが、咄嗟の事態に神経の伝達が間に合わない。
そうしている間にも潰れた左腕から溢れ出た血液に濡らされた巨腕は千尋の左腕を滑り、軌道をずらされる。
当の千尋は、左腕が潰れた人間がするとは思えないほど冷静な顔で、オルガⅡの懐に飛び込んで行く。
しかしそれを待ち望んでいたように、オルガⅡは笑う。
笑う。嗤う。破顔う。微笑う。
ぐぱり、と首角が大きく裂ける。
相手を逃すまいと無数の触手が口の奥より千尋を捕らえる。
––––––それは、千尋を呑み込まんとする、奈落の穴。
千尋の細胞を喰らい尽くさんとする執念が具現した
––––––千尋はその光景を待ち望んでいたように、笑う。
「––––––よし、口開けたな。」
直後、右腕を振るうように03式近接掘削打刀を
続け様に試製14式
「––––––bez…⁈」
それでオルガⅡは顔色を変える。
それでオルガⅡは千尋の真意を理解する。
喰われるフリをして、体内から焼却する。
詰まる所––––––「獅子身中の虫」を文字通りやってのけるつもりだった。
それに
…これは不意打ちで成り立つ戦法。
だが、やはりというべきか––––––一度バレてしまっては意味がない。
オルガⅡが残存する巨腕を横一文字に薙ぎ払うように振るう––––––それで、千尋は三等分に切り刻まれる…!
––––––直前、今まで以上の爆音が鳴り響く。
乾いた轟音と共に、捲き上る煙幕。
「––––––、な…⁈」
瞬間、千尋は否
––––––直後、ディーゼルエンジンの駆動音と無限軌道の回転音と共に、18式メーサー殺獣光線車がオルガⅡフェーズ2を撥ね飛ばす…‼︎
「––––––u、######Z?!」
同時に響く、肉が裂ける音と骨が砕ける音、そして。
––––––それを遮るように放たれる、M2重機関銃の一斉射…!!
メーサー車の牽引装甲車の銃座にから放たれた12.7ミリの銃弾は、次々とオルガの巨腕に命中し、筋骨隆々としていた腕をボロ雑巾に変えて行く。
「それ見たことか––––––‼︎」
その聞き覚えのありすぎる、否。つい数分前に別れたばかりの少女の罵声が千尋の鼓膜を震わせる。
見上げれば、そこにはM2重機関銃をブッ放す箒がいた。
それを見て、
「…助けてなんてやらないんじゃ無かったのかよ?」
皮肉気に問いかける。
––––––その手には、右肩から指先にかけて神経回路のようなラインを走らせながら。
「うるさい!さっさと始末しろ!時間がないんだ‼︎」
「––––––ああ‼︎」
––––––構える。
右肩から指先にかけて走るラインは試製14式
それは怪物と異形、両者にとって懐かしくも忌まわしき光。
「下がれ!巻き込まれるぞ‼︎」
千尋が叫ぶ。
それに箒が答えるように、メーサー車長の三村二佐に向けて叫ぶ。
メーサー車が後退する––––––それで、両脚と両腕が潰れた
もう、これをやり始めたらどうなるか分からない。
至近距離なら箒さえ巻き込みかねない。
––––––そもそも、千尋自身も何をしているか
ただ、こうすれば倒せるかもしれないと本能的に訳も分からないモノを起動させただけ。
手にしている試製14式
––––––それは、
そして業火は槍に沿ってカタチを形成する。
形成されたカタチはまるで手刀。否、拳であろうか。
それを千尋は
「––––––h@、$!!」
故に、
それが致命的なミスであれ、もはや
先程からの無茶の所為で肉体は崩壊寸前。
肉体の崩壊を食い止めるにはG細胞の塊たる千尋を食い尽くすしかない。
だからこそ、もはやそうする以外に無かったのだ。
––––––もちろん、同情なんかしない。
千尋はそのまま
千尋は、その狩人を噛み殺す肉食獣そのものだった。
前かがみの姿勢のまま巨顎の中に飛び込んで、初めて足を止める。
ダン、と脚でコンクリートの大地を砕く踏み込みと、ヒュッと口笛のように吐かれた呼吸。
そのまま、赤く緋く燃え上がる試製14式
「––––––––––––
––––––爆炎の拳が、異形を内より一切合切カタチを残さず焼き尽くした……!!
…結末は呆気ないものだった。
残ったモノは、上半身を喪い、灰とも錆とも言えない物質となって飛散していく異形の亡骸と。
ほぼ全身が炭化し、明らかにもう一度は絶命したという状況を経てもなお––––––再生していた千尋の姿であった。
「…ふぅ––––––。」
爆炎の拳を抉り穿った本人は息を吐く。
そして同時に––––––「アレ?どうやって倒したんだっけ?」という疑問と共に、力が抜けて、体が地面に落ちる。
「…あ、れ––––––?」
…ヘンだ。
起き上がれない。
別に致命傷になるような傷なんか受けてないのに。
ただ、胴体に大穴がふたつ開いて。
ただ、肋骨が折れて肺が破裂して。
ただ、胃袋と肝臓が破裂し潰れて。
ただ、左腕が滅茶苦茶ブッ潰れた。
ただ、それだけなのに––––––身体、動かない、や…。
ふと––––––意識が飛び掛けて、
「千尋!」
箒の声。
それで意識が蘇る。
––––––気が付けば、第2ライフライン・トンネルを撤退中の装甲牽引車のシートに固定されている。
「…へ、あ––––––?」
何でここにいる、と口にしようとして間抜けな声が漏れる。
「…良かった……。」
ふと箒が呟くと、そのまま千尋を抱きしめる。
「ちょっ、ほう––––––」
言おうとして、千尋は口を閉ざす。
抱きしめたまま、千尋の胸に顔を埋めているその身体は。
強く強く抱きしめてくる箒は、震えていた。
「千尋ぉ、箒に感謝してやるか謝るかしろよ?すげー心配してたんだからな。」
ふと、三村が言う。
その隣の助手席に座っている自衛官が、三村に「学園内の全部隊の撤退完了」の報告をしている。
…ふとそこから千尋は視線を箒に戻す。
––––––確かにそうだ。大切な家族が1日に実質二度も死んだのだから。
それを前にして、何も感じない方がおかしい。
––––––だから、千尋は安心出来るよう、箒の頭を撫でてやる。
そうして、少し萎んだ声で謝罪する。
「…無茶してばっかで…ごめん。」
「…うるさい、馬鹿…。」
応答は、若干泣きを孕んだ声音。
しかしソレは、確かに安堵を孕んでいた。
『––––––こちら、欧州連合極東派遣軍ポーランド陸軍第2機械化軍団第8装甲騎兵師団第3戦車中隊……』
ふと、雑音が混じった通信が、その雰囲気を叩き割る。
それに応じるように、通信担当のオペレーターが通信用の機器を操作する。
『––––––現在、IS学園を襲撃したと思しき巨大不明生物が館山市に上陸…我が隊は戦闘続行不能…この通信が届いている部隊は速やかに迎撃を––––––』
それは、未だ戦闘は終わらぬ事を告げるモノだった。
今回はここまでです。
IS学園での戦闘は終わりになります(本土防衛戦がないとは言ってない)。
そして投稿が遅れて申し訳ございません…自動車学校やインターンシップ行ってて中々書ける機会がなくて…(言い訳)。
次回も不定期ですが極力早く投稿致しますのでよろしくお願い致します。