インフィニット・ストラトスadvanced【Godzilla】新編集版   作:天津毬

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今回は…場面転換が多いです…そして長いです…。

千尋「また人間パートで尺が足りないスタイル」

参考にした作品(シン・ゴジラ)的に人間パート端折ってるし、あんまり人間パートぐだぐだ書くと話数長くなるし、マンネリで読者の方も飽きるだろうし、多少はね?
…いつも以上に文章のツギハギ感否めないケド…()

千尋「…で、なんでこんな感じにしたん?」

後は前回は現場視点ばかりだったから後方視点も出して見たくて…。

千尋「本音は?」

––––––大学の映画館でシン・ゴジラの発声可能上映が今月上旬にあってそれ見てきたからですゴメンナサイ。



––––––本当に今回は場面転換が多いのでご注意下さい。
––––––本当に場面転換が多いので!!
––––––そして今回は2万5970文字になります( º﹃º )
––––––最後に楯無さんとシャルが久々の登場です(朗報)



千尋「それもOKって人は42話、どうぞ。」







EP-42 館山市防衛戦/掟ニ縛ラレシ者達

6月13日正午12時16分

館山市街・正木地区

房総モノレール南部線・平久里川大橋

 

館山市を南北に分かつ、平久里川に架かる橋。

そこに––––––緊急停車したモノレール。

次いで、緊急停車に対するお詫びの車内アナウンス。

…そして、車両を降りて最寄りの正木駅まで職員の指示に従って徒歩で避難してくれという。

突然の事に乗客たちは戸惑いつつも、レール下の連絡通路に降りながら、最寄りの駅を目指して歩みを始める。

 

『歩ける方は徒歩による––––––』

「すげえこんな風になってるんだ。」

「もうヤダよ、あっつい。」

 

––––––係員の指示を仰ぐ声。

––––––口々に聞こえる乗客の声。

様々な声が海を形成する。

…共通している事があるとすれば、そこには不安を孕んでいるということ。

そしてこのような異常めいた事態であればあるほど、人はお喋り––––––言い換えれば、不安を拭うべく誰かに伝えようとする習性がある。

 

「やばいよ皆んな、ねぇ。」

 

––––––ある少女は、スマートフォンの動画系SNSの生放送機能を用いて、現状を無差別に拡散している。

これが人によっては「ふざけている」とも取れるやも知れないが、人によっては「人の手で加工されていない無修正の情報」・「自分の側に事態が回ってきた際に備えるべき要素」が流れてくる状況でもあるが故に、食い付く者も多い。

 

『避難路すげ』

『なんかあったの??』

『たかが緊急停車でこの騒ぎw』

『こえええええ』

『やばいwwwFPSやめられへんwww』

『レールが逝ったのか?』

『ぎゃああ』

『うわw』

 

––––––リアルタイムでコメントが投稿されては、画面の中を右から左へと流れて行く。

 

「すげぇな、これってスクープ映像ってやつじゃね?」

「ね、はやく行こうよ。危ないし…」

 

…口々にスマートフォンのマイクが周囲の音声を取り込む。

––––––直後。

(バゴン)ッ、という爆音が南部––––––彼らからすれば後方に位置する––––––で轟き、閃光と共に大気を揺らす。

 

「うわっ」

「えっ、何何何?何何何…」

「何なに?何なの?」

 

––––––事態を理解出来ぬまま、大勢の人間が後方を向く。

少女が手にしたスマートフォンもそちらに向けられて、しかし––––––そこには降車した乗客がたむろしており、人の群れが映るだけ。

 

『!?』

『うわwww』

『爆発起きてるやん!』

『ヤバいヤバい』

『?』

『これは貴重な体験』

『何?ガス爆発?』

『草』

『あまいら自重w』

『避難して!』

『うp乙』

『館山市よ、さようなら』

『ざわ、、、ざわ、、、』

『キタ━(´∀`) ・ω・) ゚∀゚) ;゚Д゚) ・∀・) ゚ー゚)  ̄ー ̄) =゚ω゚)ノ━!!!』

『…ヤバくね?』

『こりゃ俺も避難せんと』

 

––––––そのスマートフォン画面には、無数の無関係な人間の言葉が写っていた。

画面(それ)を見て。

 

「平久里川の南に…何か––––––いる…!」

 

––––––怯えたように、少女は訴えかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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6月13日・正午12時17分

東京都千代田区首相官邸・記者会見

 

「––––––であるからして、有識者会議の情報からしても、巨大不明生物の上陸は有り得ないと思われます。」

 

各マスメディアの記者が座する前にて––––––現・内閣総理大臣大河内清次は会見を開いていた。

––––––1時間前。

巨大不明生物の上陸を受け、急ぎ官邸対策室を設置するよう行動を移そうとした。

––––––が、『予算審議会を繰り上げるとは何事か––––––』という特定野党(・・・・)の反発により官邸対策室の設立が遅れに遅れ、事態の把握と対策法の確立は完全に後手に回っていた。

特に未だ情報は錯綜している事と、館山市はIS学園が置かれた事で半ば強制的に国連主導の経済特区となっているが故に国連(あちら側)が情報を遮断すれば日本政府(こちら側)には一切情報が流れてこない。

…こうなれば出来る事はもはや限られる。

自治体に対し住民の避難勧告を発令し、一般住民に自治体で定められた災害時の避難所への避難を呼びかける程度。

…自衛隊に関しては自治体からの災害派遣要請がない限り出撃は不可能。

––––––仮に出撃出来たとして、住民の避難が完了していなければ攻撃は出来ない。

––––––つまり、日本政府としては指を咥えて避難を呼びかけるしか無いというのが現状であった。

…そもそも、IS学園からも館山市からもリアルタイムで情報が更新されていない事から、何かあったという事は容易に想像できる。

現場が錯乱しているのか。

…あり得るだろう、IS学園では催しの最中に何らかの事故が発生。

それが南房総半島沿岸地域に避難勧告を発令する程の事態だったのだ。

––––––既に手遅れの可能性すらあった。

 

「しかし万が一の事態を考慮して、当該地域の住民の方々は自治体の指示に従い、出来るだけ早めの避難を心掛けて下さい。」

 

––––––だからこそ、今はこうして警鐘を鳴らす他ない。

…もちろん、この言葉も全て保険だ。

いくら我々の世界が常識という概念で守られているにしても、自然や生物とは常識を容易く破壊してしまうもの。

一度それに付け入られれば、後はされるがままとなってしまう。

結果的に遺されるのは膨大な犠牲の山。

その時誰もが言う言葉が『想定外の事態』だ。

––––––『想定外の事態など、よくある事だ』…とは、よく言ったモノだ。

内心大河内は思いながら、繰り返すように口を開く。

 

「––––––繰り返します。巨大不明生物の上陸は、あり得ないと思われますが、万が一の事態に備えて早めの避難を行なって下さい。」

 

––––––念を押すように、告げる。

そうでなくとも我々は戦後76年の間、平和という名のぬるま湯に浸かっていた為に多くの国民は行動力が緩慢なのだ。

通常の自然災害でも、『きっと大丈夫』という、何の確証もない理由で避難を怠り死亡したケースが数多存在する。

そのような事態に備えて、念入りに復唱する。

––––––ふと、左方より壱岐首相秘書官が飛び込んで来る。

 

「総理。会見中に失礼します。」

 

そう言うなり、壱岐は大河内に耳打ちし。

––––––驚愕する。

…それは、大河内の懸念が具象化した瞬間だった。

 

「え、館山に?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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正午12時18分千葉県館山市

 

––––––館山市。

別名:経済特区・館山

IS学園建設以来、IS関連の企業が進出することで経済的発展を遂げた街。

経済特区とする事で安定に至り、尚且つ都市限定型の特例によりIS関連企業の私設部隊と国連軍の駐留容認。

行政権が日本政府と国連のどちらかにあるかさえ曖昧に溶け合った街。

内政干渉とも言えるし国際社会への貢献とも言える混沌の街。

日本にありながら日本の外に在るようで、日本の外に在るようで日本にある街。

…高層ビルが軒を連ねるそこは。

…逃げようと対向車に激突する車両。

…その事故車に追突する運送トラック。

…急ぎ自転車を動かそうと横転する者。

…その現実離れした騒動を傍観する者。

…咄嗟に背を向けて走り出す歩行者。

…前進する黒い死の塊。

悲鳴を上げて、走り逃げる者。

恐怖より好奇心が勝り、スマートフォンで撮影を試みる者。

そこに「撮ってないで早く逃げて」と怒声を飛ばし、逃げるよう促す者。

その背後で、路上に打ち捨てられた無数の乗用車を、落雷の如き轟音と共に黒い塊が踏み潰す。

地鳴りと共に踏み潰された乗用車は爆発し、四散した破片が周囲の建築物群を豪雨のように叩きつける。

つい数分前まで平穏に満ちていた都市にはあまりに不釣り合いで、異界とさえ錯覚してしまう光景。

その中を––––––黒い塊(ゴジラ)が、ゆっくりと歩いて行く。

––––––それを、甲高い降下音と共に––––––陽光の下。

流星じみた何条もの飛翔体がゴジラをつるべ打ちにする––––––!

一度の外れもなく、寸分の誤差もなく、ゴジラを叩き打ち付け爆裂するソレは、紛れもなくミサイルとロケット弾による混成攻撃だった。

正確無比を体現したように、急所を狙う誘導弾(ミサイル)

動きを止めるべく機関銃めいた掃射でつるべ打つカチューシャ・ロケット。

…都市の区画を根こそぎ吹き飛ばし、地表をエグり、クレーターに作り替える火力。

––––––しかし。

…なおも、無傷。

あらゆる事象を遮断するように、全ての攻撃は無力化される。

…代わりに、街より火の手が上がり––––––

 

 

「▂▅▇▇▇█▂▇▂––––––––––––!!!」

 

 

地獄の底より響くような咆哮。

それは破壊の具現。

それは殺戮の顕現。

赤々と燃えるなかで。

…黒き荒神は、空を穿つように吼える。

––––––街は、虚構が侵略する戦場へと変貌した。

 

…その、1キロ北。

––––––館山市八幡地区。

黒煙により黒く濁った空を裂くように。

複数の青い噴炎(ジェットエンジン)が駆けて行く。

 

「––––––目標捕捉、距離2000。」

 

バイオメジャーグループ私設空中機械化歩兵部隊第2IS中隊を率いる女が言う。

 

「奴は館山市を北上しようとしている。ここからあそこへ行かせるわけには行かない…正面から迎撃する。」

 

" ––––––止められるとは思っていない…だがせめて、支社の人間たちが撤退し終えるまでの時間稼ぎくらいは…! "

––––––女は内心独りごちる。

彼女ら私設IS部隊に与えられた任務は、第1IS中隊と連携しての、館山市・那古地区に置かれたバイオメジャーグループ館山支社の防衛・ないし社員撤退の時間稼ぎ。

––––––つまりは囮役である。

普段であれば囮役など不服中の不服だとごねるところだが、今回はそうも行かない。

何しろ、正規軍である国連軍のIS部隊が1部隊のみとはいえ全滅したのだ。

…場合によっては、足止めや時間稼ぎすら叶わない可能性が極めて高い。

––––––考える事は同じなのか。

ハイパーセンサーには館山市内のIS関連企業の社屋から出撃したと思しき私設IS部隊群と国連軍が増援に投入したIS部隊––––––総勢78機(・・・・・)

…先程投入された数の倍以上。

––––––僅かに心強さが宿る。

…だが、どうにも不安は払拭出来ずにいる。

これだけの数を揃えたところで、最低限のデータリンクで表示される各機の装備が平均して火力不足だと訴えている。

 

" ––––––これでは…いや、それでも私達は、"

 

『中隊長!右20度、倉持技研私設部隊の展開位置に高熱源反応…!』

 

––––––中隊副官の絶叫。

一瞬遅れて、轟音と共に右方の空が(あお)に染まる…!

そこには、

 

『––––––倉持技研の部隊が…!』

 

戦況ウィンドからも、目視界からも––––––並走していた倉持技研の私設IS部隊1個小隊6機が消えていた。

––––––文字通りの、消滅。

1人の生存者も存在しない––––––否、一瞬前まで生命体が存在していた痕跡さえ残っていない。

…同時に、ハイパーセンサーに併設されていたガイガーカウンターが警鐘を鳴らす。

––––––その警鐘が如何なる意味を齎すのか、もはや頭には無かった。

ただ、体内から燻り溢れ出す感情を抑えるべく、強く奥歯を噛み締める。

…あの巨大不明生物に飛び道具がある事は知っていた。

だがまさか––––––絶対防御を貫通し、尚且つ機体ごと操縦者を蒸発させる威力。

…原理的にはレーザーに似ているのだろうが、ISのレーザー兵器はイギリスしか持ち得ていない為、対レーザー演習を実現することは叶わなかった。

当時ソレを別段どうでもよいと評した自分を呪う。

––––––ISには、戦術機のような【対レーザー自動回避システム】は実装されていない。

そして、レーザー…光とは1秒間に地球を7周半する速さで空間を飛翔する。

––––––見えた瞬間には、既に撃ち抜かれているのだ。

…再び、空が(あお)に染まる。

 

『––––––サウスロック社の私設部隊が…!』

 

次の瞬間には、サウスロック社の私設IS部隊2個小隊16機が蒸発する。

––––––現状で、既に78機中22機が撃墜されていた。

––––––直後、熱源反応の増大を告げる警報。

 

「くっ––––––各機、高度を落としてビル群に飛び込め‼︎」

 

一斉に、全機が回避行動に移る。

 

「––––––え?…何、これ……。」

 

その瞬間に指揮官が視たものは。

––––––視界を覆う眩くも神々しき閃光。

––––––高熱により、発火する自らの肉体。

––––––不可視の毒に命を分解される自身。

そして女は、全てを理解するよりも早く、世界から消滅した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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正午12時25分

内閣府首相官邸・大会議室

巨大不明生物に対する緊急災害対策本部の設置に関する閣僚会議(第1回)

 

「…設置に関する閣僚会議を終了します。では皆さん、これで。」

 

––––––東官房長官による宣言。

同時に、閣僚一同が一斉に立ち上がる。

この会議は、郡山内閣危機管理監の具申により本案件––––––館山市に上陸した巨大不明生物に対し、緊急災害対策本部を設置するべきであるとの判断から開かれたものであった。

 

––––––席から立ち上がった閣僚と共に、首相秘書官は大量の資料を詰めたであろう大きなカバンを手に、早歩きで廊下を急ぐ。

 

「形式的な会議は極力排除したいが、会議を開かないと動けない事が多過ぎる––––––!」

 

…この非常時に、呑気に会議なぞやっている場合か––––––と、秘書官の一人が愚痴る。

…彼の言い分は至極当然と言える。

確かに、眼前に脅威が迫っているにも関わらず、いちいち会議を開いていては対策しようにもままならない。

––––––ただでさえ、国連からの情報不足で後手に回っているというのに、これでは事態の悪化を招くばかりである。

 

「効率は悪いが、それが文書主義だ。民主主義の根幹だよ。」

 

ふと、その愚痴を漏らした秘書官の隣をかける、別の秘書官が告げる。

––––––確かに、文書主義が民主主義の根幹であるというならば、それは覆しようがない。

…それを否定するという事は民主主義の否定にも繋がるからだ。

日本国が民主主義国家である以上、それは切っても切れない要素。

––––––だがこのルールを守り続けるだけでは過ちを繰り返すばかりというのも事実。

…誰かが言った。

––––––日本人は、ルールは守れてもルールを作る事は出来ないと。

まさにその通りじゃないかと秘書官は思う。

 

「しかし、手続きもないと会見すら開けないとは––––––」

 

––––––非常時に際して、即応性が低過ぎる。

秘書官はそう内心独りごちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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––––––同時刻。

館山市平久里川北岸・正木地区

 

市街地の中心である長須賀––––––一帯の通りに人は無く、景色に不釣り合いは爆音と砲声だけが木霊している––––––とは、平久里川を挟んだ、副都心に分類される地区。

そこもまた、戦場と化した長須賀と同様に混乱に満ちていた。

唐突に始まった非常事態に市民は皆、商業施設や地下鉄駅への避難を余儀なくされている。

––––––正木地区のモノレール駅もそれらの影響を受け、一種の避難所と化していた。

バスや列車などの公共交通機関も路線寸断による運転取り止めや道路の混乱により、完全に沈黙。

現在は屋内に避難するか、徒歩ないし車で市外に脱出するかの二択となっていた。

––––––とはいえ。

戦場となっている長須賀と比較すると現在は未だ日常に片足を突っ込んでいるような状態で、まだ落ち着いているとさえ言える。

多くの人々はすぐに収まるだろう。

所詮は対岸の火事。

––––––そう信じて止まなかった。

…そんな人々が300人以上、駅構内に溢れていた。

 

「…どうなって、いるんですか……?」

 

その光景が彼女––––––シャルロット・デュノアには信じられなかった。

眼前に脅威が迫っているというのに。

明らかにシェルターには不向きな構造である駅に入り込んだ程度で安心して––––––もう、他人事。

…その、シェルターが国民の6割近くに普及しているシャルからすれば、この景色は確かに異常であろう。

––––––何故、こんな紙細工みたいな所に逃げただけで安心しているのか。

どうしてこんな場所で安心出来るのか。

理解出来ないが故に、楯無に問う。

 

「––––––まぁ、仕方ないっちゃ仕方ないんだけど……日本だと、マトモなシェルターがないし…」

 

確かに避難所は存在する。

災害時、身の安全を確保する為だけの設備として機能する施設は各自治体に無数に存在する。

…だがシェルターとなると。

 

「シェルターは日本国民全体に対して––––––0.02%しか普及してないもの。」

 

それを聴いてシャルは絶句する。

" ––––––嘘でしょ⁈下手な発展途上国並みの普及率じゃない!!"

…とても、先進国とは思えない。

そんな余裕はないのか。

それだけ安全面に対する意識が低いのか。

それとも––––––他者に滅ぼされても構わないと思っているのか。

(ゾクリ)、と嫌な思考が走る。

幾ら何でもそれはないと思いたい。

だが…そんな風にさえ思わされる程、元フランス人(・・・・・・)のシャルから言わせれば、それは異常であった。

 

「んまぁ、だから皆、災害時は大きな施設とかに入ると安心して気が抜けちゃったりしちゃうのよね…。」

 

たはは、と楯無は笑う。

…ちなみにだが、IS学園に向かったハズのシャルと楯無が何故館山市北部のモノレール駅にいるかというと––––––それは学園で起きた原爆級の爆発と光の避難指示を受けたからだ。

そのまま市街を抜ける予定ではあったがあちこちがグリッドロック状態であった為に、止むを得ずこの駅に退避したのだ。

––––––だが、この平穏(異常)な景色に不安を抱いていたシャルはどうも落ち着かない。

…まるで、『同じ部屋で殺人鬼が人を刺し殺しているのに周りの人間は殺人現場でいつも通りの生活を送っている』かのような––––––そんな風にさえ見える。

その周りには、まだ落ち着いている人々。

すぐに収まるだろうと他人事のように思う人々。

所詮は対岸の火事だし自分とは関係ないと考える人々。

自分とは無縁の話で、自分には平和な日常が約束されていると信じて疑わない人々。

––––––その、全てを叩き割るように。

一斉に鳴り響く、ケータイやスマートフォンのアラーム。

先程まで半ば平和だった空気は一瞬にして崩壊し、警鐘を告げる緊急災害速報の通知。

そして––––––駅に備え付けられたガラスケース内のテレビやケータイのワンセグに、東官房長官の記者会見映像が流れ出る。

 

『先程政府は、千葉県館山市に上陸した巨大不明生物に関する緊急災害対策本部を設置致しました。

––––––これにより、国民皆様の安全に対して万全の対策を講じ、速やかな避難活動を実行するため、千葉県庁・館山市役所および関係省庁との連絡を密とした––––––』

 

––––––ほぼ全員が停止する。

立ち止まって、息を呑むようにスマートフォンのスクリーン越しに流れる会見映像を見始める。

––––––突然の事に戸惑いながら。

––––––全員が沈黙したまま。

––––––ようやく、自分達が非日常に堕とされたのだと知覚して。

…そして。

楯無とシャルは––––––耳を劈く(つんざく)ような爆音が急速に迫り来ることを認知する。

その音は2人共、何度か聞き覚えがあった。

それは––––––不調により異常を起こしたエンジンを抱えて、墜落するISの音。

 

「ッ––––––みんな、伏せてェ!!」

 

誰よりも早く。

シャルは切迫した表情で、駅構内に留まる人々を見渡しながら––––––叫んだ。

…一瞬後、想像を絶する轟音と共に、未だ嘗て人生で経験した事の無い衝撃を頭部に受け––––––五感が、飛ぶ。

一瞬––––––シャル聴覚と視覚を失った。

…きぃん、という耳鳴りが世界を支配する。

目に映っていた景色は真っ白に漂白される。

 

「…ぅ、あ––––––––––––」

 

シャルは思わず口を開けて、声を放つ。

しかしその放ったハズの声さえ、脳は言語化出来ない。

そも、音を拾えない。

だから今自分が声を放ったのかすら知覚出来ない。

…聴覚のブラックアウトと視覚のホワイトアウトから5秒後、シャルはようやく景色を取り戻す。

––––––そこには。

 

「––––––なに…これ……?」

 

––––––地獄と化した駅構内が在った。

…改札口は突っ込んで来たISに根こそぎエグり取られ。

…改札口の向こうはホームが落盤した事で完全に押し潰されていて。

…墜落の衝撃で飛散したガラスが無数の避難民に突き刺さり赤い海が形成され。

…崩落したコンクリートの下からは、赤い水溜り(・・・・・)と、肌色のナニカ(・・・・・・)が覗いて居て。

…先程まで、ギリギリ平穏を保っていた空間は完全に消滅していた。

 

「そん、な––––––…」

 

思考が完全に停止する。

仮にもスパイとして訓練された身ではあるが…シャルにとって、それは理解を超えた景色であった。

 

「おい、ISが墜落したぞ!怪我人もいる!」

 

駅構外から警察官と思しき男性の声がする。

同時に––––––シャルの手を握る。

 

「行くわよ––––––デュノアさん。」

 

戸惑いを浮かべてはいる––––––しかしそれを圧し殺した楯無が、告げた。

…シャルは一瞬、迷う。

瓦礫の中からは、呻き声や悲鳴が無数に聞こえる。

––––––今助けに行けば、あの人達は助かるのでは無いかという考えが浮かぶ。

しかしそれを遮るように。

 

「––––––ダメよ。この状況下じゃどうせ全員は助けられない。それに、私達はかえって邪魔になるわ。」

 

…それは無慈悲過ぎる宣告。

…それは無情ながら現実。

ISを持たない自分達に出来る事など知れている。

精々足手まといになる程度。

…その、無力で残酷過ぎる自分達に対して、不甲斐ない感情が支配する。

シャルは一瞬だけ瞑目すると––––––強く唇を噛みしめ、楯無と共に駆け出した。

 

「▃▄▄▟▞▟▜▞▂▇█––––––––––––!!」

 

駅を抜けた瞬間。

くぐもった咆哮を上げながら国道410号線沿いを北上する巨大不明生物と。

それに対して応戦を継続するIS––––––35機を視認した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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正午12時27分

官邸地下危機管理センター・幹部会議室

 

––––––灰色を基調とした部屋。

中央をU字型の木製長テーブルが穿っており、そこには閣僚達が座している。

––––––その前面。

正面スクリーンに投影される––––––館山市の地図。

そしてそこに巨大不明生物の現在地を表す光点(グリッド)が表示され、その隣には館山基地から出撃したSH-60(シーホーク)哨戒ヘリコプターによる高高度空撮映像と、同基地の観測スポットの捉えた映像。

それを食い入るように、閣僚達は見つめていた。

 

『巨大不明生物は国連軍と交戦しつつ長須賀区から八幡区方面に向けて北上中。平均移動速度は時速14キロ!』

 

––––––SH-60(シーホーク)からの通信。

…その報告に対する反応は多種多様。

 

「図体はデカいのに随分と遅いんだな…。」

 

菊川環境大臣の安堵する声。

…確かに、それは普遍的な反応であった。

50メートルから60メートルもある怪物が、直ぐにでも自分達の元に来るわけではないのだという安堵。

––––––だが、それを切り捨てるように。

 

「…これでも2時間あれば富津市に到達、また浦賀水道を渡洋すれば神奈川県にも被害が拡大、さらに2時間もすれば首都圏にも被害が拡大します。」

 

––––––努めて冷静に、矢口が言い放つ。

その言葉は詰まる話、巨大不明生物が首都圏…即ち東京に到達するまで僅か4時間しかないという話だった。

4時間後には––––––東京も廃墟となっている可能性が極めて高いのだと言う。

…その事実に全員が戦慄する。

––––––同時に。

 

「––––––やばいぞ、被害が尋常じゃなく拡大している。」

 

秘書官から受け取ったメモに目を通した河野総務大臣が呻くように漏らす。

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●館山市被害状況(現状)

⚫︎下真倉…ビル等3棟全壊

⚫︎上真倉…ビル等5棟・住居1000棟以上が全壊

⚫︎長須賀…ビル等9棟・マンション11棟以上が全壊

⚫︎館山…住宅680棟以上が炎上

⚫︎JR内房線寸断

⚫︎中央…火災燃焼範囲拡大・詳細不明

⚫︎正木駅崩壊

 

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––––––現状で確認された限りで、メモには被害規模が書き殴られていた。

…つまり、今後巨大不明生物によって被害が拡大することは勿論、未確認だった箇所が発見されれば、更なる被害規模拡大に繫る。

 

「だからこそすぐ駆除するべきじゃないか!現に国連軍は応戦してるんだろ⁈」

 

河野の言葉に対し、金井防災担当大臣が食ってかかる。

…確かに、巨大不明生物の侵攻と並列して国連軍が現在進行形で応戦している。

だからそこに自衛隊も応援に参戦させろ、と。

そう言っているのだ。

––––––それは至極もっともな意見と言える。

…しかしそれを斬り伏せるように。

 

「しかし現場が人口密集地です、今は攻撃より避難を優先させるべきです。」

 

凛とした声音で––––––花森麗子防衛大臣が言い放つ。

…現状で自衛隊による攻撃を実施すれば、誤射誤爆による民間人の死亡という事態も有り得る。

そしてその反感は、ともすれば自衛隊の存続にも関わる。

…それは自衛隊および防衛省の解体、という事態だけではなく。

––––––国民が自分達を守る手段を自分達から放棄するという、最悪の未来に直結しかねない。

––––––自衛隊が国民と国土を守り続けるには、【民間人を戦闘に巻き込まない環境】が整備されて初めて真価を発揮する。

それが整備されていない以上は避難誘導などに徹するほかない。

…それは国連軍が応戦を繰り広げている状況でも同じ。

それはつまり––––––不本意とはいえ、遠回しに「国連軍を見捨てる」という事であった。

" …何もかもが手遅れにならないと自衛隊は動けないとは––––––よく言ったものだわ。"

苛立ちを孕んだ感情の中、彼女は内心呟く。

その点は常々指摘されていた点だ。

––––––この国では憲法上、民間人を軍事目的の犠牲(コラテラルダメージ)にカウントする事の容認が成されていないが故に、友軍に犠牲を強いてしまう。

だからこそシーレーンを固める事でこの事態を回避していたが、この戦闘に伴いその欠点を見事に突かれてしまった。

…だが嘆いたところで所詮は無い物強請り。

この状況を放置しようものなら、日本側の犠牲は減るだろう。

しかしそれでは、国連や各国から「非協力的国家」という誤解を与える可能性すら高い。

故に––––––今は避難を優先する事に徹する他、選択肢は存在しなかった。

 

 

 

 

 

 

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––––––同時刻

千葉県千葉市中央区市場町・千葉県庁

中庁舎・6階・防災危機管理センター

 

––––––白く無機質な大会議室。

––––––規則的に並ぶ無機質な長机。

––––––奥に位置する半円卓の木製机。

––––––その眼前にある黒の大スクリーン。

…館山市の状況を受け、その長である千葉県は多くの職員と防衛省から数名を招集。

既に災害対策本部を設立していた。

 

「––––––官邸より当庁に対する、シャドウ・エバキューションを考えた避難処置の指示を受理しました。」

 

職員の一人が報告するように声を上げる。

––––––《シャドウ・エバキュエーション》とは、避難する必要性のない場所の住民が避難指示に過剰反応した結果、避難用の通路に渋滞が発生して、かえって避難すべき住民の避難が遅れるという問題が発生することである。

…しかしそれの対策は館山市役所の仕事でもある。

だが、行政主導権が不明瞭となり、今では一自治体として明確な指示を出すことすら困難となっている。

…つまり、現状の館山市には、マトモな避難民統率能力が存在しない。

故に、千葉県が直々に参加する事態となっていた。

 

「何故、すぐに避難指示が出せないんだ!」

 

––––––ふと、木之原県知事が入室しながら愚痴るように声を放つ。

 

「…な、何せ、想定外の事態で、該当する初動マニュアルが見当たりませんでしたのでなんとも––––––」

 

それに対し、梅原チヨ副知事が困り果てた顔で応答する

––––––確かに、本案件は前例にない。

故に、既存の災害に備えた災害マニュアルによる避難計画では全く事態に対処出来ない。

…しかし困り果てた顔の梅原を斬って捨てるように、

 

「災害マニュアルはいつも役に立たないじゃないか!すぐに避難計画を考ろ!」

 

「…し、しかし、このような事態の防災訓練も行っておりませんし…パニックの回避を考えるならば、避難区域の広域な指定も困難です…!」

 

––––––木之原が言い放つ。

どうすればいいか分かりかねる表情を浮かべ、自らの席に座りながら机をトントンと、釘を打ち付ける金槌のように叩く––––––明らかに苛立っている––––––木之原に顔を伏せながら、彼女は訴える。

 

「…ここは住民の自主避難に任せるしかありません。」

 

ふと––––––木之原の右隣に座る會澤副知事が告げる。

そして、紡ぐように千葉県警総監が口を開く。

 

「––––––現場には、交通統制によるコントロールを徹底させます」

 

 

 

 

 

 

 

 

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––––––12時30分

千葉県館山市・県道302号線

 

所狭しと(ひし)めく渋滞車両。

カーナビの地図によると、渋滞の車列は那古から船形山を越えて南房総市まで––––––6キロも続いている。

その車列の中には、シャルを連れた楯無の運転するセダンも含まれていた。

ふと––––––突如、信号がブラックアウトする。

 

『この信号は、止まっています––––––』

 

同時に、交通規制のアナウンスが鳴り始める。

 

「不味いわね––––––グリッドロック状態だったとはいえ、ついに幹線道路まで完全に使えなくなった。」

 

ハンドルを握りながら、楯無が愚痴を漏らす。

渋滞しているが故に僅かだが、市内から脱出が可能だった唯一の手段が交通規制により使用不能となったのだ。

こうなればもはや徒歩以外に逃げる方法が無い––––––だがそれでは逃げ切れない。

 

『––––––直ちに降車して、警察官や自衛隊の指示に従って行動して下さい。』

 

「…仕方ない、降りましょう。シャルロットさん。」

 

シートベルトを外し、運転席のドアを開きながら楯無は告げる。

慌てて、シャルもシートベルトを外しながら助手席のドアを開けて降車する。

 

「で、でも何処へ––––––?」

 

思わず問いかける。

確かに、館山市内の住民ではない2人は市内の避難場所の所在地を知らない。

おまけに、先程の正木駅とは違い本格的な避難所を探さなくてはならない。

だがそれを自分達が考えているという事は、当然誘導を担当している警察官や自衛官も把握していると言える。

––––––故に、楯無は口を開いた。

 

「––––––アナウンス聞いたでしょ?警察や自衛隊の指示に従って避難するわよ。」

 

––––––直後、湊新街区にて白熱光が炸裂した…!

 

 

 

 

 

 

 

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––––––同時刻

千葉県館山市・大山岬西端より北西1キロ沖

国連軍第11軍第2艦隊

イオー・ジマ級強襲揚陸艦2番艦オキナワ

 

1961年から1970年にかけて就役した7隻の次女にあたる、古戦場の名を冠する(フネ)

東西冷戦を経て老朽化した本艦は1992年に退役したのち解体を待つべく、暫定的にモスボール保存処置が施されていた。

だがロリシカの巨大不明生物出現に際し急遽復役。

近代化改装を経て、アメリカ海軍から国連軍に転属され、水上部隊旗艦を務めていた。

––––––が、今の状況は最悪であった。

 

「…正気か?君らの司令部(うえ)は。」

 

––––––同・艦橋(ブリッジ)

黒煙捲き上る館山市を一望できるその艦橋では、切迫した事態の打開を図るべく、各方面への連絡と情報収集に忙殺されている。

そこに、受話器を手に通信していた幕僚の声が響く。

その声は、信じかねるものを見たように震えている。

––––––相手は欧州連合極東派遣軍旗艦/イギリス王立海軍第4艦隊旗艦・クイーンエリザベス級戦術航空母艦4番艦アークロイヤル。

 

「この状況下で、援軍が望めない…?日本からも欧州連合極東派遣軍からも…?」

 

『…その通りです。』

 

" このままでは被害が拡大するばかりだと言うのに、欧州連合も日本政府も何をしているんだ!! "

 

 

 

––––––同時刻

東京都港区・中央防波堤外側埋立処分場

 

 

––––––東京湾内に浮かぶ人造の群島。

その中でも極めて大きい中央防波堤外側埋立処分場には現在、機械仕掛けの巨人達と艦艇が鎮座していた。

 

「…その通りです。」

 

––––––同・仮設埠頭

欧州連合極東派遣軍旗艦/イギリス王立海軍第4艦隊旗艦・クイーンエリザベス級戦術航空母艦4番艦アークロイヤル

 

本来のHQ(ヘッドクォーター)オペレーターが生牡蠣(食当たり)で倒れたために、臨時HQオペレーターを務める––––––第666戦術機中隊所属、エミーリア・カレル中尉は歯を噛み締めながら、応える。

そして––––––戦況図を睨み付ける。

––––––極東派遣軍旗艦・英海軍揚陸艦「アルビオン」。

––––––アメリカ海軍第7艦隊旗艦「ブルーリッジ」。

…その双方より送られて来る、衛星データリンクによるリアルタイム更新型戦域情報。

館山市に展開・迎撃に当たっていた78機のISは、すでに15機を除いて全滅。

うち国連軍機は7機、それ以外の8機は企業の私設部隊。

その7機も、2機は館山湾を超えて強襲揚陸艦オキナワに着艦。

残る5機は市街地にて孤立––––––。

他に制圧砲撃を実施していた野砲部隊は数台が大破している上に残弾ゼロ––––––。

そしてF-35C4機と戦術機タイフーンを6機艦載しているにも関わらずアークロイヤルは沈黙を維持。

おそらく国連軍ISの撃墜から、戦術機を失いたくない欧州連合はF-35Cと戦術機の発進を固辞している––––––。

更に沖合いには、海上自衛隊の護衛艦が2隻待機している––––––にも関わらず、憲法上の枷により援軍として参戦する事は不可能。

そして我々第1混成戦術機連隊は東京湾最奥の中央防波堤にて待機中––––––。

…このままでは更なる犠牲の山を築き泥濘化を招く事は明白であった。

––––––ならば介入するのが筋であるが…そうもいかない。

…現在彼らは駐日大使館および駐日欧州連合代表部署防衛の為に展開しており、IS学園の遥か後方に存在していた。

まず、物理的に間に合わない。

彼らが布陣している中央防波堤は東京都沿岸地域の中でも最も東京湾沖に突き出た場所に位置するが故に、大使館の多くが位置する港区を防衛する為に各方面からの侵攻に対する迅速な展開が可能である事と、大量の戦術機を駐機可能なスペースがあるという理由から––––––中央防波堤外側埋立地が欧州連合極東派遣軍第1混成戦術機連隊の陣地に選ばれていた。

元はと言えばIS委員会の圧力による急な配置転換––––––だがそれが結果的に、全戦術機総勢108機が館山市での戦闘を逃れ完全無傷の状態で無事という結末を齎していた––––––。

IS委員会による圧力で退けられただけであれば。

さらに本土上陸というこの非常時に介入は難しくはないかも知れないが––––––欧州連合は日本と何の軍事同盟も締結していない。

締結しているのは精々、経済協定などの類。

––––––だからこそ日米安全保障条約を締結しているアメリカほど自由に行動が出来ず、出来る事は大使館防衛程度に限られる。

––––––そして、あくまで予備戦力として派遣されているだけに過ぎない彼らは、欧州での戦火が拡大すればすぐにでも帰国しなければならないのだ。

特に戦術機や母艦は対巨大不明生物戦の最前線でISの代替戦力として重宝されている。

それ故に損失を出すわけには行かず––––––本案件の最中にあっても、大使館防衛を名目に第一線からは退けられていた。

––––––防衛戦力を温存するという意味では正しい判断だろう。

つまるところ––––––欧州連合極東派遣軍を日本本土で発生している戦闘に駆り出すには、【物理的距離・法的根拠・戦力温存】の3つの観点から不可能と言える。

…本当ならば、今すぐにでも出撃したいというのがエミーリアの本音だ。

それはアークロイヤルのみならず、展開中の部隊全員の意思でもある。

だが法的根拠も無い他国での武力行使––––––それは国際社会では【侵略行為】に分類される。

…ポーランドのT-72戦車中隊がIS学園方面にいたが、指揮権は国連に譲渡していた為にあれは例外と言える。

…だが我々は国連に指揮権を譲渡してはいない。

––––––故に、欧州連合極東派遣軍は援軍として出撃することは不可能だった。

 

" …こんな形で、法律や憲法の壁が邪魔するなんて––––––‼︎ "

 

思わず吐き捨てたくなる感情を必死に堪える。

今は感情を爆発させるべきではなく、状況の打開を図るべきである。

 

「現在、駐日欧州連合代表部を介して日本の外務省と交渉していますが、このペースでは間に合うかどうか……!」

 

––––––欧州連合極東派遣軍は援軍として参戦不可能。

その事実は変わらない。

––––––ならば自衛隊は?

彼らはこの国を防衛する為の準軍事組織(・・・・・)…いわゆる国営警備員だ(そこ、『どう見ても軍隊』とか言わない!)。

彼らは先に手を出すことが出来ず、政治的事情––––––おそらく此処でも法律や憲法の壁が邪魔をしている––––––により出動は必ず後手後手となってしまう点さえどうにかすれば、優秀だ。

つまり––––––こちらから発破をかけてやればいい。

そう、例えば…自治体などからの出動要請…とか、例えばアメリカからの要請とか。

…特に、国際社会をバックボーンに持つ国連からの要請など効果は絶大だろう。

断れば今後国際社会から白い目で見られるが故に、出動させざるを得ない。

––––––自らでも気付かない程、邪悪な笑みを浮かべてエミーリアは思う。

まぁ、効果を残せるかどうかは定かではない。

だが…無いよりマシだろう。

それ以前に、いい加減発破をかけなければ日本も立場が危うい。

先の大戦で敵国条項という烙印を押され、今なお国連から仮想敵国として認識されているのだ。

このままでは巨大不明生物殲滅を目的に、国連の名の下に他国による侵略を受けてもおかしくない。

…それだけは流石に無いと、信じたいが。

 

「––––––ですので、国連名義で日本政府に自衛隊の出動命令の要請を出して下さい。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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––––––12時40分

平久里川北岸・館山市正木区

ショッピングモール「レゾナンス」

 

南関東最大の大型複合商業施設である其処は、事実上の廃墟と化していた。

地域で広域避難場所に指定されていたそこは、一時的に巨大不明生物の侵攻に対する避難所となったものの––––––巨大不明生物の進路上に位置していた為にすぐさま避難対象地域に指定され、避難民は既に退去。

今は––––––国連軍IS部隊およびそして第11空中機械化歩兵中隊の支援部隊が退避しており、臨時の集積所と化していた。

––––––数は2機。

どちらもが––––––見るからに、疲弊していた。

 

「…ダメね、基地でオーバーホールしてパーツ総取っ替えでもしなきゃ全機スクラップ行きだわ…!」

 

––––––新しく機体を購入した方が安上がりなくらい、と機体のダメージ蓄積量を確認している木村曹長が言う。

外では再度装填された野砲による制圧砲撃が実施されている。

目的はこちら(平久里川北岸)への侵攻を遅滞させる為。

それに呼応するように国連軍と私設部隊のIS合計13機が最後の迎撃戦を展開している。

だが––––––効果は見られない。

 

『先程、治安出動に続いて、初の災害対策基本法の災害緊急事態の布告を総理が宣言。巨大不明生物に対し、自衛隊初の防衛出動が決定されました。

緊急措置として、国会での承認を事後に回し、災害派遣に基づく有害鳥獣駆除を目的とした武力行使命令を総理が下した模様です。』

 

首相官邸を背景に、マイクを握りしめた男がカメラに向かって話しており、テロップには『自衛隊初の防衛出動』––––––と。

家電屋の47インチテレビに映されている。どうやら電気はまだ生きているらしい。

…それを尻目に。

 

「––––––遅過ぎるのよ…!」

 

思わず愚痴を漏らしながら、50口径アサルトライフルのマガジンボックスを運び走る。

自衛隊は初動対応が遅過ぎる。

実際、出動するにしても法律による制約が多過ぎるが故に、3つの方法でしか出動出来ない。

 

––––––自衛隊法第81条(要請による治安出動)

1 都道府県知事は、治安維持上重大な事態につきやむを得ない必要があると認める場合には、当該都道府県の都道府県公安委員会と協議の上、内閣総理大臣に対し、部隊等の出動を要請することができる。

これは都道府県知事からの要請にかぎらず、治安出動は、内閣総理大臣の命令によっても行うことができる(自衛隊法78条1項)。

 

治安出動とは、一般の警察力をもっては治安を維持することができないと認められる場合における自衛隊の出動であるため、武器の使用については、警察官職務執行法と海上保安庁法を準用することになる。

そのため、基本的には正当防衛と緊急避難でしか使用できない。

––––––つまり、防衛行動には全くもって無力と言える。

…次に可能性があるとすれば。

 

––––––自衛隊法第76条(防衛出動)

1 内閣総理大臣は、次に掲げる事態に際して、我が国を防衛するため必要があると認める場合には、自衛隊の全部又は一部の出動を命ずることができる。この場合においては、武力攻撃事態等及び存立危機事態における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律(平成15年法律第79号)第9条の定めるところにより、国会の承認を得なければならない。

(1)  我が国に対する外部からの武力攻撃が発生した事態又は我が国に対する外部からの武力攻撃が発生する明白な危険が切迫していると認められるに至つた事態

(2) 我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態

 

防衛出動は、日本に対する外部からの武力攻撃が発生した事態または武力攻撃が発生する明白な危険が切迫していると認められるに至った事態に際して、日本を防衛するため必要があると認める場合に、内閣総理大臣の命令により、自衛隊の一部または全部が出動するもの。

大河内首相は「戦後初の防衛出動」として、防衛出動がこれまで実例がないことに言及しているが、治安出動についても今まで実例はない。

過去には、安保闘争、1960年代の学生運動、労働争議、新宿騒乱、あさま山荘事件等への対応やオウム真理教事件における教団への強制捜査において治安出動が検討されたことはある。だが結果的に治安出動が発令されたことは一度も無かった。

だからこそ、今日一日のうちに治安出動と防衛行動が発令された事に大騒ぎだったのだろう。

––––––だが防衛出動は、先行する武力攻撃の主体を国またはそれに準じるものに限定している。つまり巨大不明生物はこれに該当しないため、超法規的措置として実行するほかない。

…最後に可能性があるとすれば。

 

––––––自衛隊法第83条(災害派遣)

1 都道府県知事その他政令で定める者は、天災地変その他の災害に際して、人命又は財産の保護のため必要があると認める場合には、部隊等の派遣を防衛大臣又はその指定する者に要請することができる。

2  防衛大臣又はその指定する者は、前項の要請があり、事態やむを得ないと認める場合には、部隊等を救援のため派遣することができる。ただし、天災地変その他の災害に際し、その事態に照らし特に緊急を要し、前項の要請を待ついとまがないと認められるときは、同項の要請を待たないで、部隊等を派遣することができる。

3  庁舎、営舎その他の防衛省の施設又はこれらの近傍に火災その他の災害が発生した場合においては、部隊等の長は、部隊等を派遣することができる。

 

この場合、巨大不明生物に対して武器使用を認めることができるのか、という疑問がわくだろう。

だが実際、1960年代には、有害鳥獣駆除として航空自衛隊のF-86戦闘機による機銃掃射や、陸上自衛隊の12.7mm重機関銃M2、7.62mm小銃M1などによる実弾射撃が行われている。

今や希少海獣として保護の対象にあるトドだが、資料室で目にした記録によれば、昭和30から40年代には、北海道や三陸沿岸では、その「悪行」に困り果てた漁民らが自衛隊に泣きつき、機関銃で退治する事となった。昭和34年3月26日、航空自衛隊の三沢第三飛行隊のF86F戦闘機が地元の海岸に出動、トドに対して機銃掃射を敢行した他、昭和43年1月28〜29日には、北海道北部の羽幌町で、陸自第一特科団が12.7ミリ四連装対空機関銃を数基海岸に並べて射撃し、トドを駆除している。

 

––––––そう考えるとコレが最適解なのだろう。

…だが、問題も残る。

それらはどれも沿岸部の水際で実施され、機関銃以上の装備を使用していない。

対して、今回は人口密集地である市街地のど真ん中であることに加えて求められる火力は大砲やミサイル級。

そして災害派遣は被災者の救助が主体となる為、災害派遣で度を超えた武力行使を行えるかという事にも疑問がある。

過去、福島第1原子力発電所事故や御嶽山の噴火に際して気密性が高いという理由で74式戦車や89式戦闘装甲車が派遣された事例があるが射撃などを行ったわけではない。

––––––どちらも前例がなく、法的解釈が難しい。

こういう事例に囚われて行動が遅れることが分かりきっていたからこそ、部隊を国連軍に派遣する事を木村は考えたのだ。

…部隊長の頭が残念だったのは、全くの想定外だったが。

––––––閑話休題。

とにかく今は可能な限り国連軍機の応急処置を終わらせるしかない。

 

「これで大丈夫!あと30分くらいは継戦できるわ‼︎」

 

木村が叫び、同時に5機は平久里川南岸へ向け––––––迎撃すべく飛翔した。

…そこには心強さと、どうしようもない不安が遺される。

何しろどう考えても止めるなんて無理だ。

最初は自分達の中隊を合わせて108機いたISも––––––今では15機しか残っていない。

ここを抜かれれば、館山市内の各避難所が壊滅する事態が容易に想像できる。

…それを阻止する為にも。

" ––––––戦闘機でも対戦ヘリでもミサイル護衛艦でも良いわ…早く、防衛出動によって派遣される部隊に来てくれる事を願うしかない…。"

飛翔する各機を見つめながら、途方に暮れるように木村は内心呟いた。

 

 

 

 

 

 

––––––同時刻

平久里川南岸・湊区新市街

 

かつて住宅地であった街区を押し潰すように再開発された、高層ビル群が織り成す新市街。

 

「▂▇▂▂▂▂––––––––––––––––––…!」

 

…本能的に唸り声を大気に刻む。

敵を知覚したわけではない。

だが––––––60メートル程の体躯である自身に対し、100メートル以上ものビル群に囲まれているのだ。

周囲の環境が齎す威圧感はストレスとなって、ゴジラに苛立ちを覚えさせる。

––––––そこに、叩き込まれる84mm対艦バズーカ。

 

「▂▅▇▇▇█▂▇▂––––––––––––!!」

 

––––––爆風に煽られたとさえ錯覚する程の衝撃波。

鬱陶しさと苛立ちを孕んだその咆哮が、新市街諸共彼女/自分達を震わせる。

 

『畜生、いったいどうなっている…‼︎』

 

女––––––私設部隊の一人が自分目掛けて振るわれた腕を躱しながら叫ぶ。

––––––一体何発の砲撃を受けたのか。

––––––それで尚何故無傷なのか。

 

『––––––他兵科の奴らは何故応援に来ないの!』

 

同時に、殺意さえ篭った声が響く。

もはや火力投射力の差ではないと理解しているが、それでも動きを封じるという意味では明らかに数的優位を確立するべきであると考えたが故の声。

だが––––––切り捨てるように、悲鳴染みた声が上がる。

 

『––––––野砲部隊は装弾中だ!私設部隊(キサマら)の他部隊は⁈』

 

『社員の退避中でヘリは無理!装甲警備隊は戦力外と判断してとっくにトンズラしてるわよ––––––‼︎』

 

響く、私設部隊指揮官の声。

機体の各所のパワーアシストは既に停止し、唯一稼働する左腕に手にした4連装重機関砲で応戦しつつ、叫ぶ。

 

『くそ––––––ストライプ04よりHQ!これ以上の抗戦は無理だ!』

 

私設部隊指揮官の声を聞き、戦線維持は不可能と判断したのか––––––振るわれる尾を躱しながら司令部の置かれた強襲揚陸艦オキナワに怒鳴る。

 

『––––––戦線を維持させるならせめて支援砲撃を寄越せ!それが出来ないなら立て直させろ!こんなデカブツをたった15機で相手してられるか‼︎』

 

『––––––こちらHQ、撤退は許可出来ない。繰り返す、撤退は許可出来ない。何としても対象を足止めせよ。』

 

『なっ……ふざけるなッ!このままではそれすらも––––––!!』

 

––––––言いながら、ISが世界最強の兵器である事を呪う。

ISは対獣戦での惨憺たる結果を残しながらも、未だ各国においては最強の兵器と認識されている。

だからこそ––––––戦術機の配備されていない戦線ではISに縋るしかない。

…それが例え分かりきった結果しか無いにしても。

 

『も、もう無理…!やってらんないわよッ‼︎』

 

––––––私設部隊の一人がヒステリックに、或いは憎悪を撒き散らすように叫ぶ。

直後、反転。

逃走を開始––––––それにもう2機が追随する。

 

『おい!撤退はまだ––––––』

 

私設部隊指揮官が叫ぶ。

 

『中隊長!このままでは––––––』

 

隣で、機動回避を行いつつ砲撃戦を展開する国連軍機の一人が指揮官の女に撤退を促す声を上げる。

 

『分かっている!だが今ここを退けば、後方の民間人が皆殺しにされる!––––––それに上からの許可なく撤退など出来ん‼︎』

 

『––––––しか…』

 

次の瞬間。

抗議の声を放とうとしたISと。

逃走を開始した3機のISと。

その3機に怒鳴り声を放っていたIS指揮官機と。

––––––5機のISが、巨大不明生物から放たれた白熱光によって跡形もなく蒸発する。

 

『…ッ、悪魔め––––––…!』

 

その光景から目を逸らすように戦況図に目を落とす。

ふと––––––西方、館山湾沖より迫る2隻の艦艇が眼に映る。

 

『––––––HQよりストライプ04、騎兵隊の到着だ。現戦域より退避せよ‼︎』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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––––––12時41分

館山市沖西方30.5キロ・東京海底谷直上

 

黒煙をたなびかせ、霞んだ戦闘音が連鎖的に木霊する館山市沖合い37.5キロ。

東京海底谷という浦賀水道を抜けた––––––荒波に満たされた海域。

––––––(そこ)を割きながら進撃する。

––––––鋼鉄の牙城が2つ。

海上自衛隊横須賀地方隊

DDB-01護衛艦「やまと」

DDB-02護衛艦「あまぎ」

––––––から成る、第11護衛隊であった。

 

 

 

 

やまと型護衛艦【やまと】・艦橋CIC(中央戦闘指揮所)

 

 

多彩な機材が奏でる無数の機械音響。

通信士(オペレーター)の通信と報告。

モニターのブルーライトのみを光源とする暗黒と––––––青で満たされた世界。

それこそが現代艦艇における戦闘情報中枢。

レーダーやソナー、通信などや、自艦の状態に関する情報が集約され、情報処理と情報統合、火器管制などの艦として重要な機能も集中している部署––––––指揮・発令の源泉にして現代艦の頭脳にして四肢。

––––––あるいは、心臓部。

その司令座席に、神宮司八郎海将補は座していた。

 

「…どうにか、間に合ったようだな。」

 

––––––強張る眉間を指で解しながら、しわがれた、しかし芯のある言葉で呟く。

…実のところ、本土上陸を許している時点で手遅れと言える。

––––––1時間30分前、J.T.W.N.監視網に巨大不明生物が到達。

それを受け第11護衛隊は横須賀基地から緊急出航。

最大船速––––––しかし主機たるNNリアクターの点検期間であり、急遽予備のディーゼル機関への換装作業を実施・点検していた為に出航が遅れ、さらに最大船速は26ノットにまで低下––––––で直線距離でも45.4キロ離れた館山湾を1時間かけて進行。

しかしやはり足は遅く––––––旗艦やまと率いる第11護衛隊が到着したのはIS学園が陥落し、尚且つ住民避難が完了していないまま国連軍が館山市で戦闘を始めたタイミング。

さらに––––––有害鳥獣駆除を名目に武力行使に移ろうにも住民の避難が完了していない為に、攻撃不能。

完全に手遅れとしか言えない状況であった。

––––––故に、今の発言は国連軍が全滅する前に正式な武力攻撃命令が降りたという事。

…戦後初の––––––国内における正式な武力攻撃命令。

「自国領土への攻撃」という意味では、明治政府と旧薩摩藩による日本最後の内戦である西南戦争以来––––––実に144年ぶり。

 

" 嫌な任務を与えられたものだ。 "

 

自身のコンソールを前に、CIC中央に置かれた戦況表示板を睨み付ける。

…やまと、あまぎはNNリアクターの搭載試験と近代化改修によって6年程前線から身を引いていた。

その間に多くの人事転換があり––––––ベテランが新人に入れ替わり––––––実戦経験が皆無なクルーが多い。

艦自体は冷戦期から何度も対獣戦を経験しており、それに合わせた装備が施されているが––––––当時のベテランは今や3分の1。

CIC要員に至っては神宮司と副長のみ––––––クルーのほとんどを占める新人の彼らにとっては、初めての実戦となる。

横須賀基地船越庁舎(海上作戦センター)からの指示で真っ直ぐ飛んで来たものの、不安を拭えぬモノもいるだろう。

––––––そして神宮司は僅かに瞑目したのち。

 

「…副長。」

 

副長に声をかける。

 

「––––––は。」

 

「俺たちにとっては、いつもの話。

だが新人にとっては対応が想定外で、前例がない危険な任務だ––––––始める前にもう一度聴くが、いつも通りの面子で構わんのか?」

 

––––––険しく、しかして芯には情を宿した声。

…それは、新人の人命を尊重した発言。

志願者を募った上で志願しなかった者を退艦させ、他の護衛艦に移乗させるという話であった。

 

「…はい、通常通り行きます。

––––––入隊した時から、皆覚悟は出来ております。」

 

やはり穏やかに––––––しかし、反転。

意を決しているように、硬い声音で副長の女性士官は宣言する。

副長の声に、周囲のCIC要員も強く頷く。

––––––その答えを待っていたように、神宮司は頷くと。

 

「––––––【あまぎ】に通達、砲戦準備…!」

 

鋼めいた声で命じる。

––––––副長が頷き、命令を具象化する。

 

「了解、全艦砲戦準備!目標––––––館山市湊区、巨大不明生物!!」

 

––––––その命令に倣い、砲雷長が更に具体的な指示を各部に発する。

 

『こちら射撃指揮所。砲術長了解、第1・第2主砲、第1から第6砲門全てを館山市巨大不明生物に射撃目標設定––––––装弾急がせます!』

 

「了解––––––現海域にて待機しつつ、装弾とデータリンクが完了次第データリンク連動による艦砲射撃を実施。」

 

––––––再び副長は指示を飛ばす。

 

「…いよいよ、ですね。神宮司海将。」

 

副長が緊張に満ちた表情を浮かべながら、口にする。

––––––普段ならば楽しそうな表情を浮かべながら言うのだが、今は神妙に沈んでいる。

…当然だ。今回は上陸された地域に向けての対地艦砲射撃。

しかも人口密集地––––––。

 

「装填準備、完了しました‼︎」

 

砲雷長が、報告する。

––––––同時に。

 

「––––––該当地域より住民の避難完了との報告!官邸より攻撃命令受理との報告‼︎」

 

横須賀基地船越庁舎(海上作戦センター)と通信を行なっていたオペレーターが告げる。

––––––それで、吹っ切れたように。

 

「全艦レーダー連動射撃用意‼︎」

 

––––––副長が命じる。

同時に、【やまと】の前部甲板に搭載された3連装46センチ砲が2基と3連装15.5センチ副砲1基、オートメラーラ速射砲群とVLSミサイル発射機構も解放される。

重く、鉄の軋む音を立てながら––––––巨人が手にした大剣を振り上げるように、老艦に懐かしい躍動が蘇る。

レーダー照準による仰角調整––––––久しく喪われていた老艦の巨砲に力が籠る。

 

「さて、艦長。」

 

神宮司が口を開く。

––––––待っていたと言わんばかりに、机に肘で立たせた手を眼前で組みながら。

 

「––––––始めようか。」

 

強く芯のある声と共に、神宮司が言う。

それに副長は、強く頷き––––––

 

トラックナンバー1-01、2-01(第1・第2主砲塔第1砲門)撃ち方始めッ‼︎」

 

––––––始まりを告げる号令を言い放つ。

…先の大戦時。

その砲は、レイテ沖海戦にて32キロという長距離を飛翔し、敵空母とレイテ湾に集結していた輸送船団と数万人にも及ぶ兵員を悉く噛み砕き、水底に射ち沈めたという。

その砲は、あまりに巨大である為に暴力的過ぎる量の火薬を用いねば砲を打ち出せず、甲板にいた者を衝撃波で肉塊に変えたという。

その砲は、その当時存在していた兵器群の中で––––––海上に於いては世界最強と謳われた。

––––––両者の距離は30.5キロメートル。

暴力的な火薬の爆裂によって、鋼鉄が宙に舞い上がる。

(ガォン)、と空間が軋みを上げる。

瞬間、火薬が炸裂する爆音と熱と共に46センチの鉄の巨筒から大気を震わせながら穿たれる––––––6年ぶりの砲声。

––––––老艦は暫し忘れていた牙を剥き出しに、鉄火の咆哮を上げた…!!

 

 

 

30.5キロ先、水平線の果てのさらに先より放たれた巨砲。

それは25キロメートル地点で、高度1万1900メートルまで上昇し。

––––––砲弾は再突入角度へ移行した。

天空より時速1710キロという速度で、大地目掛けて落下する。

同時に、1トンにも及ぶ大質量を、落下による加速が砲弾を研ぎ澄ます。

 

––––––0.017秒というコンマの世界で展開された一連の事象。

それら全てによって昇華された鉄塊は。

流星の如く尾を引き、1秒にすら届かぬ時間を経て––––––音速を超えマッハ1という高速をもって、黒鉄の一撃が黒き荒神をつるべ打つ……!!

 

––––––衝突する鉄鋼の一撃。

––––––爆裂する火薬の業火。

 

炸裂した––––––地殻さえ穿つと錯覚する程の威力は。

巨大不明生物の表皮を焼き払い、そして––––––吹き荒れた爆風と衝撃波が、周囲一帯の(ガラス)(屋根)を紙吹雪のように散らす。

…なれど、無傷。

大地震を巻き起こし地表を破壊する、1個機甲師団の火力投射量に匹敵する––––––現用艦艇を即死足らしめる威力。

…それを受けても尚、無傷。

––––––だが荒神に未知の、しかして懐かしい痛みを焼き起こす。

 

「▂▅▇▇▇█▂▇▂––––––––––––!!!」

 

––––––荒神が吠える。

今までのモノとは比にならない、否。ようやくゴジラにとって、ようやく明確な痛みとして認知させた一撃に対し、反射的に咆哮を上げたのだ。

––––––その時点で、意識は『この一撃を放ったモノ』に固定された。

だからこそ、ゴジラはソレを焼き払おうとして––––––理解する。

そのモノは、水平線の果てのさらに先にいる。

そこに––––––彼の焔は届かない。

 

––––––射程12キロの焔。

––––––射程32キロの鉄。

 

その差は歴然。

––––––ならば、その差を埋めるのみ。

 

「▃▄▄▟▞▟▜▞▂▇█––––––––––––!!」

 

唸る声と共に、白熱光が大気を焼く。

…それは確かに水平線の果てには届かない。

だが––––––直後、閃光を纏った炎は収束し、

 

「▂▅▇▇▇█▂▇▂––––––––––––!!!」

 

––––––空を貫く、蒼焔へと変貌する…!

 

音速を超え、光速に至る一撃。

100万度を超える高熱は大気を焼き尽くし、【やまと】の左舷を焼き払う…!

 

…しかし––––––重く金属の軋む音を上げながら【やまと】は完全に、放射熱線を弾いてみせた(・・・・・・・・・・・)……!!

 

 

 

 

 

 

 

––––––激しく、計器より火花が散る。

放射熱線の左舷への直撃を受け、一部の耐圧計が破損したのだ。

––––––だが、それだけである。

 

「––––––損害報告。」

 

落ち着いた声音で神宮司が命じる。

それにオペレーターが応答する。

 

「––––––敵熱炎、本艦左舷に直撃。なれど複合装甲をもってこれを相殺…艦体に損傷無し…無傷です!」

 

––––––すごい……!と息を呑みながら、その巨大不明生物の対応能力と、【やまと】の防御力に感嘆する。

––––––人工ダイヤモンド表面処理複合装甲。

それが、「やまと」型護衛艦の船体を形作る––––––従来の耐熱耐弾耐レーザー複合装甲に超耐熱合金NT-1S装甲体を上乗せした多重複合装甲であった。

その防御力をざっと言うならば。

––––––水爆の至近直撃を受けて尚も航行は可能と言うほどだ。

 

「了解、全艦砲戦継続––––––対象を館山市から引きずり出す。」

 

それを聞くなり、神宮司は何もなかったように、先程と同じことを繰り返す。

––––––元より、彼とてこの艦の火力投射力を持ってしても倒せない事を、本能的に感じている。

だからこそ––––––殲滅ではなく撃退。

このまま館山湾に引きずり出し、その後太平洋まで誘導するという方針にシフトする事とした。

そして––––––賭けは成功した。

巨大不明生物は転進し、館山湾方面に進路を変えた。

…ひとまずは、館山市の安全確保に乗り出せたと言えるだろう。

後は太平洋まで誘導したとしてどう撒くかであるが––––––それよりも、まずは館山市から引き離すことが優先であった。

 

「了解、トラックナンバー1-01、2-01(第1・第2主砲塔第1砲門)、装弾開始、トラックナンバー1-02、1-03、2-02、2-03(第1・第2主砲塔第2砲門・第3砲門)––––––撃ち方始め!」

 

『砲術長了解––––––撃ち方始め!!』

 

––––––砲術長の命令を受け、護衛艦【やまと】が主砲による一斉射を再開する。

マグニチュード9クラスの大地震が起きたのかと錯覚する程の震動が、連続して艦内を震わせる。

 

「––––––全弾命中、陽動効果確認。」

 

僚艦の【あまぎ】も同様と言える。

直後––––––再度、高熱源体の接近警報が響く。

此度は【やまと】ではなく。

 

「【あまぎ】艦橋に敵熱炎直撃––––––損害無し!!」

 

" ––––––ひとまず、館山市は(・・・・)安泰か。"

 

神宮司が内心呟く。

––––––だが直後、期待を裏切るように。

 

「––––––館山市、国土交通省地殻観測所より入電!先日の相模原市および三浦半島で観測された震動と同様のものを探知とのこと!」

 

オペレーターが告げる。

それに思わず副長は顔を歪める。

––––––先日の相模原市から三浦市に至るまでに発生した大規模な地殻変動は何者かが地中潜行をしていたからだという。

…それが出来るものと言えばひとつしかなく、またそれが館山市(ここ)で発生するという事は。

 

「別の巨大不明生物が…ここに、来る––––––⁈」

 

思わず副長は絶句する。

––––––その隣で、神宮司はただ一人落ち着きながら悟ったように口を開く。

 

「––––––まぁ、そう上手くは行かんわな。」

 

 

 

 

––––––その直後。

大森をもって文明を地表から切り取るように、地中より無数の蔦が出現し––––––建築物を薙ぎ払う。

––––––そして、

 

「キュウヴォオォオオォォォオォオオ‼︎」

 

禍々しくも悲哀に満ちた咆哮と共に––––––植獣が顕現した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回はここまでとなります。

千尋「長ェよ!後場面転換多過ぎる!!」

…うん…後々内閣府が全面的に絡んで来るし、参考にしたシン・ゴジラの要素も出したかったからぶっこんだらこうなった。
…ツギハギ感が否めないのは、理解してるし反省してる…。
でもこれでもカットした方なんよ?(「凄い…まるで進化だ…」や「まだ人がいる、射撃の可否を問う!」→「まだ人がいる、射撃の可否を問う!」→「まだ人がいる、射撃の可否を問う!」→「まだ人がいます」→「総理撃ちますか⁈良いですか⁉︎––––––総理‼︎」に大河内首相の迷ってるシーンとか、あと【やまと】と【あまぎ】で戦艦ドリフトとか……もうちょっと書きたかったけど文字数…)

千尋「ウッソだろお前…。」

シン・ゴジラはいいぞ……みんな円盤買って見ようね( º﹃º )

千尋「はいはいダイマダイマ(久しぶりにスクリーンでシンゴジ見てオカシクなってやがるよ…)。
ところで【やまと】型護衛艦の装甲ってスーパーXシリーズやGフォース系超兵器のやつだよな?」

うん、ゴジラと戦艦がタイマンするならそれくらいいるでしょう…(vsシリーズの【はるな】型や【はつゆき】型、GMKの【あいづ】型等過去作の護衛艦たちを見ながら)。

次回も不定期ですが、極力早く投稿致しますので、宜しければ見てみてください…。






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