インフィニット・ストラトスadvanced【Godzilla】新編集版   作:天津毬

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一夏登場回です。
まぁ、期待はせず、薄目で見てください。





EP-03 呼び出しとそれぞれの前夜

 IS学園1年1組。

 千尋と箒が配属されるクラスはそこだった。

 そしていまは、ISの基礎動作や運用規制に関しての授業だった。

「このように、ISの運用には国家や組織の管理下の土地、それ以外の場所では使用許諾が下りなければ無断展開する事は、IS運用を規制するアラスカ条約に反する為、最悪の場合は刑法に掛けられ、懲役10年、または無期懲役の罪が課せられます。なので––––––…」

 教壇の上に眼鏡をかけて、緑髪で童顔の副担任教師の山田真耶という、元日本代表候補生の女性が立って、解説をしていた。

 千尋と箒はIS基礎動作は墨田駐屯地にいた時ISと同じ操縦方法の強化装甲殻を用いて学んでいるから、大体知っている。運用規制に関しても同様だ。

 けれども、聞く。

 一度学んだから今の授業は、復習程度でしかないが、復習は大事な事だし、せっかく教えて頂けるのだから、千尋と箒は有難く聞く。というか、学校で教えて貰う立場にあるから、聞く。

 そんな立場にあるのに聞かないのは、無礼極まりないから。

 真耶はそんな生徒を見て、少し元気になる。

 …が、『そんなの知ってます〜』と言わんばかりに授業を聞いてない者には、

「あ、ここテストに出しますね」

 そう、言う。

 すると面白おかしいくらいガタガタガタン‼︎と机が音を立てるくらいにそれらの生徒は急ぎノートにメモを開始する。

 けれどもそれでも尚困惑している生徒が1人。

 世界最強と謳われる織斑千冬の弟にして世界初の男性IS操縦者、織斑一夏だ。

 何故か周りをキョロキョロしながらあたふたしている。

 そんな織斑に真耶は気づき、

「織斑くん、分からないことがあったら何でも聞いて下さいね?私、これでも先生ですから…」

 微笑みながら、言う。

「先生‼︎」

「はい、なんでしょう?」

「ほとんど全部分かりません‼︎」

「…え……えぇ?」

 織斑の言葉に、思わず真耶は困惑する。

「わ、私の教え方が不味かったかな…うーん、でもあれくらいは普通だし…あ、あの織斑くん以外で分からない人はいますか?」

 戸惑いながら、真耶は生徒に聴く。

 誰も手をあげない。千尋と箒も含めて。

 それに織斑は呆然とする。

 だがこれくらいは知ってて当たり前だ。下手をすれば死ぬから。

 それは歩兵強化装甲殻という、ISの絶対防御やPICを外し、既存技術で作られたISの簡易化量産型装備で学んできた千尋と箒は痛いほど知っている。

 ある時は強化装甲殻で模擬訓練を行った際に近接ブレードを腕に受けた衝撃でフレームが歪み、腕の骨にヒビを入れたり、ある時は破片が体に直撃して出血など、千尋たちは、しょっちゅう体験しているから。

 

 …閑話休題。

 

 織斑は基礎的な知識があれば分かる今の授業が分からない、つまり基礎的な知識すら知らない、あるいは授業を聞いていなかった。ということになる。

「…織斑、参考書は読んだのか?」

 教室の後ろにいた千冬が言う。

「参考書ってあの分厚のですか?」

「そうだ」

 参考書、ISの予備知識を頭に叩き込む為に入学予定の生徒に配布される本だ。

「古い電話帳と間違えて捨てました」

 瞬間、スパーン‼︎という爽快な音が、織斑への出席簿落としと共に響く。

「必読とあったろうが馬鹿者‼︎」

 出席簿アタックを喰らい、悶絶する一夏に千冬が叫ぶ。

「…アホだろ、コイツ」

 思わず、千尋は呟く。

 どうとってもアホにしか見えない。大体古い電話帳というのが分からない。タ◯ンページのように黄色ではなく、白い表紙で『必読‼︎IS入門書』と赤文字で、デカデカと書かれていたのだから、電話帳と間違う事はまずあり得ない。

「貴様にはもう一冊くれてやる。一週間で覚えろ」

「いや、あの量を一週間はちょっと…」

「やれと言っている」

「…はい」

 千冬に威圧され、織斑は縮こまるが、自業自得だ。それに一週間で覚えるのは無理難題だろうが、クラスの授業スピードを落とさない為には妥当な判断だろう。

 そんなことをしていると、チャイムが鳴り、授業が終わった。

 と、同時に放送が入る。

『1年1組、セシリア・オルコット、篠ノ之千尋、はすぐに学園理事長室に出頭しなさい。繰り返します…』

「…何か、したのか?」

 箒が千尋に、心配そうに聴く。

「いや別に。まぁ呼ばれる理由は何となく分かるけど」

 多分、昨日の侵入者に関してだろう、と千尋は思う。

「…一応、ついて行くだけついて行かせてくれ。廊下までで良いから」

 箒が、言う。

「別に良いけど…過保護だなぁ…ま、行くか」

 そう言って千尋と箒は教室を出て、その2人にセシリアも着いて行った。

 

 

 

■■■■■■

 

 

 

 IS学園理事長室に続く廊下。

 千尋と箒が先頭を行き、セシリアが数歩後ろを歩いている。

「昨日…何かあったのか?」

 箒が聴く。

「見知らぬ女に襲われた程度だけど?」

「充分大事ではないか…で、その女は?」

「ぶっ飛ばして、偶然先で居合わせた四十院神楽が身柄引き受けを申し出たからそいつ に突き出した」

「ぶっ飛ばしたって…」

 箒が一瞬呆れた顔をする。

 セシリアも顔を千尋に向ける。

 四十院神楽はかの有名な四十院財閥の跡取りの1人として有名だから。

 だが、それは表の話。

 実際は特務自衛隊のバックボーンである旭日院という組織の幹部家である四十院家の令嬢であり、旭日院のタカ派…要は過激派である桑継家と関係を持ち、ハト派…穏健派の幹部家である片桐家とその隷下にある者たちとは、あまり良くない関係にある家の人間だった。

 そんな人間が、ハト派である片桐家の隷下にある千尋に接触した。それだけで驚く。何せ、ハト派とタカ派は同じ旭日院の人間なのに殺し合いまで行かなくとも、対立関係にあり、派閥争いが常態化していたから。

…無論、セシリアはそんな事を知らない。知っているのは四十院の表の顔だけ。旭日院の事は知らない。

 旭日院は日本国民にすら知らされていない、非公開組織だから。

 千尋が入学式の時に学園生活が荒れるといったのは、そういう事が原因だった。

 ハト派とタカ派の派閥争いとして論争や情報戦を繰り広げ、互いに対抗するために力を…兵器を極秘で作る。禁忌に触れない程度の代物だが。

 結果、互いのいがみ合いが旭日院を、特務自衛隊の戦力を、日本の戦力を底上げする。

 皮肉なことに、内ゲバする事で総合的に見れば日本の情勢が変わり行き、日本が発展していく。

 …まるで世界の縮図だな、と千尋は思う。

 旭日院は戦争をすることで科学技術が、国の戦力と情勢が変わっていき、人類が発展してきたこの世界そのままだ。

 日本は原爆を2発も落とされ、太平洋戦争に敗北し、水爆の被曝やそれのせいで現れた壱号巨大生物による被曝まで受けた世界唯一の核被曝国だから核に敏感で反対的な反戦反核を謳う国家となった。

 米ソ冷戦時には大量の核実験が行われ、その度に両国の核兵器の質と発言権…戦力ではないが国際的立場は強くなった。

 ベトナム戦争時にはインクでは紙にロクな情報が書けないからボールペンが生まれた。

 …そうして見れば、今の世界の人類は常に同じ人類の犠牲の上に生きているのだ。

 もちろん、今理事長室に向かっている千尋、箒、セシリアも例外ではない。

「…そういや何で親父はアメリカに行かなかったんだろ…」

 2人に聞こえないくらいの小声で、千尋は呟く。

 自分や自分の父親がバケモノ––––––ゴジラに変えられたのはアメリカの水爆実験が原因で、日本は別段悪くない。

 むしろ、その水爆実験で日本の漁船が被曝し、遅れて親父が日本に攻撃を仕掛けたのだから一番とばっちりを受けたのは日本で、本来襲うべきはアメリカなのに–––…いや、やめよう。これじゃ親父がみんな悪いみたいじゃないか。

 あの時は人間の情勢を知らなかったから仕方なかった、言い訳だろうけど、野生の生き物が人間の情勢を知らないのと同じだ。

 …人間側に着くと、ゴジラが、かつての俺や親父はこんな感じに見えるんだな…。

 千尋はそう、思う。

 人類に着くことで人類がかつての千尋たちから理不尽な目に遭ったことを知った、でも人類が千尋たちの住処を奪い、千尋たちをゴジラというバケモノに変えた、これも理不尽の他なにものでもない。

 結果的に人類が悪いが、全ての人類が悪い訳ではない。

 それを千尋は光から嫌という程聞いた。人類が全ての元凶という前提で。

 そう考えていると、理事長室に着く。

 扉の前では先程話していた四十院神楽がいた。

「四十院さん⁉︎貴女までどうして?」

 セシリアが言う。

「え?どうしてって…千尋、説明してないの?私らのこと」

「する必要ないと思ったから。どうせ今回の呼び出しは、俺らの内情は関係ないだろ?」

「まぁ…そうだけどさぁ…」

 千尋の返答に少し呆れた顔をして言う。

 そう話していると、

「皆さん揃いましたか?」

 理事長室の扉が開き、中から舞弥が出てくる。

「どうぞ中へ」

 そう言われ、千尋、箒、セシリア、そして神楽の4人が部屋に入る。

 それほど大きな部屋ではなく、手前に来客用のソファが2脚とテーブル、そして奥に無機質な黒いデスクがあり、そこに光が座っていた。

「来たか、とりあえず座れ。それから話をする」

 光が言う。

 だから千尋たちはソファに座る。

「舞弥、みんなにお茶を。」

「光も…?」

「ああそうだな。もらうよ」

 そう、会話を終えると舞弥は隣の部屋に通ずるドアを開けて、隣の部屋に消えていく––––––千尋は、それを見据えて、僅かに見えた隙間から向こうの部屋を覗く。

 89式小銃改を装備し、デジタル迷彩の戦闘服に身を包んだ重装備の特務自衛隊員8名程が、見えた。

 その自衛官は警護部隊で、ほぼ全員が、かなりの腕前をもつエリートだ。

 多分、今の千尋たちをあっさり制圧してしまえる程の腕前があるはずだった。

「…んで、何の用だよ?」

 千尋が、光に聴く。

 それをセシリアが嗜める。

「ちょ⁉︎貴方、もう少し口の利き方というものを…」

 が、遮って、

「いや、いいんだよオルコット。私は彼みたいな態度は嫌いじゃないから」

「え…」

 光が言う。

「今のご時世、へこへこする男ばかりだからな。少しばかり反抗的な奴がいた方が良い。」

 光がそういうと、セシリアは何か思い当たる事があるのか、少し神妙な顔をする。

「…さて、本題に入る…前に、箒、お前は呼んだ覚えは無いが?」

 光が箒に問う。

「すみません。私が無理矢理…」

 それに箒は申し訳なさそうに言う。

「…まぁ、いいか…いや良くないが…後で自習はしろよ?」

 呆れながら、言う。

「あ、はい‼︎」

 すると、千尋たちと光に舞弥が紅茶と書類を何枚か持って来る。

「…さて、昨夜、IS学園・第2シャフト内で侵入者を篠ノ之弟が拘束した」

 瞬間、全員が真剣な顔になる。

「四十院と久字が尋問した結果、彼女はバイオメジャーという組織の所属だった」

 バイオメジャー、米国大手3社が共同で設立した組織で、遺伝子関連の市場独占の為に各国に諜報員やコマンドを送り込んでいる…という噂だった。

 そこで、セシリアが挙手する。

「あの、ですが何故進入出来たんですか?学園の警備体制は万全だと…」

「ま、表立った場所や人目につく場所や地上はな」

 光は、言う。

「だが、まぁ、IS学園の警備体制は完璧のようで完璧じゃないんだ。…書類の中に地図があるだろう?」

 そう言われ、全員がテーブルの上に置かれた地図を手に取る。それはIS学園のある夢見島の地図だ。

 たが、IS学園の真下にトンネルが通っている。

「それは学園が非常時に使うライフライントンネルだ。…もっとも、トンネル自体はバブル景気時代に建造途中で放棄されたものを強引に流用したものだ。

お前らは知らんだろうが、当時東京湾では大規模な都市再開発計画があってな、地図には書かれてないが海底トンネルや埋め立ての人工島が作られ、バブル崩壊でことごとく途中放棄された。このIS学園がある夢見島もその名残りだ。

…例の女は、そうして放棄されたトンネルから侵入したと思われる」

 セシリアの顔が強ばる。

 おそらく、今までIS学園は安全だからこんな物騒な話は自分とは無縁だったんだろう。

 緊張しているのが、分かる。

「もちろん我々はこんな所から侵入者がくるなんて想定していなかったから、我々にも非がある」

「…では学園側も?」

 箒が、聴く。

「ああ。把握してなかった。今までこんな所から侵入なんてされなかったからな。私たちだってこれらのトンネル群は昨夜、国土交通省に問いかけて知った。…詰まる所、この学園は完璧な城壁で守られた温室に見えて、穴あきチーズみたいに穴だらけなんだよ」

 光が言い放つ。

 するとやはり、全員の顔がよく無くなる。

「…あと悪いことに学園側は入学式早々の問題を揉み消すべく、正規の教師部隊を動かしたくないらしい。大事になるからな」

「な⁉︎」

 それに、セシリアが声を上げる。

「な、何故ですか⁉︎現に男性とはいえ生徒が襲われたのですよ⁉︎生徒を守るのが教師の役目のはずです‼︎なのに対策をせずに無かった事にするなんて‼︎」

 そして妙なところで正義感を発揮する。…つまり、根は良い奴らしい。

「だからこそだよ。入学式早々に襲撃なんて話が知れたら学園が宣伝していた安全性と信頼性が砂の城の如く崩れ落ちる。それに、男性操縦者が来たから襲撃された––––––と考える輩まで出てくる可能性だってある。学園が自身の保身と男子生徒の立場を尊重した結果が、何もせず情報統制を敷いて黙認する…という結論らしい」

 光の言葉にセシリアは愕然とし、神楽は、

「まぁ、そんなものですよね…所詮は」

 と、冷ややかに呟く。

 それを見ながら千尋は、

「…学園の事情は分かったけど、こっちは手を打たないわけじゃないだろ?」

 光に言う。

「ああ、夢見島は国連租借地だが仮にも日本国の領土だからな。特務自衛隊の戦略機一個小隊と機械化装甲兵2個小隊、陸上自衛隊の一個戦車小隊の配備が決まった」

「…で、学園側が動けない穴埋めは?」

 見透かしたように千尋が問う。

 それに光は、ニコリと笑いながら

「それがお前たちを呼んだ理由だ」

 応える。

 するとコンコン、とドアをノックする音が鳴り、

「失礼します」

 1組の布仏本音と4組の更識簪が入って来る。

 それを見計らって、

「来たな。…2人には事前に説明済みだが…単刀直入に言う。貴様らは教師部隊の穴埋めの為に部隊を編成してくれ」

 光が言い放った。

 

 

 

 

 

◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎

 

 

 

 昼休み・IS学園・食堂

「部隊…部隊、ね」

 千尋は浮かない顔でテーブルに座り、注文したハンバーグステーキを食べながら、呟く。

 光から告げられた内容…臨時部隊結成の話だ。

 部隊は【16式戦略機・荒吹(あらぶき)】の他、試験を含めて【20式戦略機・銀龍(ぎんりゅう)】とイギリスから送られてきた【MEF-18・トーネードⅡ】を使うらしい。

 今まで戦略機の訓練部隊を編成させられ、訓練にあたったことはある。

 だが、戦闘の為の部隊を編成した事は無かった。

 しかも、相手は戦略機ではなくISなのだ。

 別にISのオーバーテクノロジー云々の問題はどちらでもいい。戦略機の質量や一回一回の攻撃は、あっさりISを捻り潰せるから。

 …問題は、戦略機は”人殺しの道具”という事だ。

 そう、人殺し。

 ISなどと違い、戦略機は本格的に武器として作られた代物…つまり、完全に軍事兵器だった。

 それを人間に使うという事は、高い確率で人殺しに直結する。

 別に千尋と箒は問題ない。いざという時、殺らなければ

 自分たちが殺られるし、人殺しの道具という、”そういうもの”に長く触れてきたから、それに、人が死ぬ光景は6年前の墨田大火災で嫌という程見てきたから、抵抗は、あまりない。

 恐らく、旭日院タカ派の四十院神楽も同じだろう。彼女も将来は特務自衛隊の自衛官になる筈だから、そういう訓練は受けている。

 だが名門貴族出身とはいえ一般人のセシリアは?

 暗部所属とはいえ、実戦経験のないらしい簪と本音は?

 戦略機の運用経験がないうえに実際に人殺しをしてそれが彼女らのトラウマにならない保証は?

 千尋はそれが心配だった。

 どのような形であれ、人を殺すという程、もっとも罪悪感に苛まれるものはないと、少なくとも千尋は思っていた。

 片桐光の前世にあたるらしい片桐光男、千尋が––––––正確には千尋の元来の姿であり、人の身体を得る前の千尋自身の記憶の持ち主である、ゴジラが、彼を殺したのだって、事情が分からなかったと言い訳しても、殺した事には変わらない。

あの世界の、光の周りの人間の関係を歪めてしまったかもしれない。

 光は別に過去の事だから悔やんでも仕方ないというが、千尋にとっては、あれは少し、トラウマらしい。

 …それでも殺さなくてはならない時は殺さなくてはならない。

 例え相手が男だろうが女だろうが子供だろうが老人だろうが…殺さなくてはならない。

 だから、こう考え、自身に言い聞かせる。

【誰かを守る為に誰かを殺す。誰かを殺さなければ誰も救えない】

 これは光の友人であり、千尋の教官だった、神宮司まりも三佐の言葉だが、つまりは、話し合いで解決出来るほど、人間は単純ではない…という事だった。

 分かり合えれば人は平和になれる…というのは漫画やアニメの中だけの話。

 実際は汚くて複雑で傲慢で理不尽な欲望が人類の活動源…と光は言っていたがまさにそうだろう。

 でなければ戦争が大昔から今なお現在進行形で存在せず、大昔に無くなっているし、自分の様な…ゴジラの様なバケモノだって生まれずに済んだ。

「千尋、食べないのか?」

 隣に座る箒の一声で、千尋は思考の海から引き上げられ、はっとする。

「え?あ、ごめん。またボーッとしてた?」

「ああ、いつになく」

 千尋は考え事をするといつもボーッとするのだが、今回はいつもより酷かったらしい。

 …気持ちを切り替える為に千尋は箒に話しかける。

「そういや、箒姐、あそこには行かねぇの?」

「あそこ?」

 千尋が顎をしゃくった方向を見る。

 そこには織斑目当てで、2組の代表候補生、鳳鈴音とその他複数の女子が集まっていた。

「昔から箒姐、織斑の事好きだったんだろ?」

「……ああ、それか…それなら、もう、良いんだ」

 諦めた様な声音で、箒が言う。

「私がいたら、厄介事に巻き込まれるだろう?家族的に」

「…あ、あー。うん、そうだな」

 箒の姉はあの悪名高きISの開発者である天災・篠ノ之束。

 箒に近づけば奴の陰謀に巻き込まれかねないのだ。

「それにな、私、思うんだ。…他人を好きになって良いのかって」

「………」

 千尋は黙ってしまう。箒は墨田大火災で生き残った数少ない生存者で、逃げる途中、瓦礫の下敷きになったり煙を吸って動けなくなった人たちを、その時は自分が助かりたい一心で、見捨ててしまったから。

 その奇跡的な生還と他人を見捨てた罪悪感からサバイバーズ・ギルトを引き起こしてしまった。

 墨田大火災後の数ヶ月間は酷く精神が病んでいて、毎晩すすり泣きながら、『ごめんなさい。ごめんなさい』とうわ言で謝まり続けたり、千尋の部屋に入ってきて、千尋に抱きつきながら数時間泣いたり。『あの時助けられたかも知れないのに見捨てた』『でも死にたくなくて、見捨ててしまった』そんな言葉を、まるで自分に呪いをかける様にすすり泣きながら繰り返し呟いていたのだ。

 千尋にはその時、ただ箒をあやす事ぐらいしかできなかった。

 今でこそ精神が安定してきているが、やはりサバイバーズ・ギルト自体は克服できておらず、自分はとにかく我慢しようとする性格になってしまっていた。

 だから、自分の昔からの想い人…織斑が女子に囲まれてイチャついていても、他の女子と浮気しても、箒は我慢し続けて、自分にばかり負担を強いてしまう。

 そんな風に、箒はある意味壊れた人間になってしまっていた。

 今の箒には少しでも元に戻す手助けをする為に、人手が必要だ。

 特に、よく理解して貰える、同年代くらいの人間が。

 千尋がこの学園に派遣された理由の中には、それも含まれていた。

 今思えば昨日箒が自分の部屋に来たのは舞弥が箒に気を利かせたからだろう。

 …道は長いだろうけど、箒姐をサバイバーズ・ギルトから脱却させてあげる為には、これからも一緒に、手探りでどうにかするしかないんだよな…。

 千尋は、そう思う。

「と、ところで千尋」

「うぉ⁉︎な、なに?」

 急に話しかけられたので、千尋は驚く。

「…御飯、冷めるぞ?」

「え?あ、やっべ」

 そう言うと、千尋は残っていた昼食にがっついた。

 織斑の席は、相変わらず騒がしい事になっていた。

「それにしても鈴」

「何よ?」

「…育ったな」

 織斑が鈴の胸…巨乳を見ていう。

「ちょ⁉︎アンタどこ見てんのよ⁉︎」

 鈴は赤面して恥じらいながら、思わず怒鳴り、

「きゃー織斑くんだいたーん」

「もー織斑くんったらエッチ〜。」

 周りの女子が煽るが、

「ん?何がだ?」

 織斑持ち前の鈍感スキルでそれらを捩伏せる。

 だから全員がずっこけた。

 

「…なぁ、箒姐」

「なんだ?」

「あれさ、もう病気の域なんじゃ……。」

「…かもな」

 食べ終わり、食器をトレーに乗せて、戻しに行く2人は織斑達を尻目に言った。

 

■■■■■■

 

 学園・生徒寮・1029号室。

 そこが中国代表候補生の鈴の部屋だった。

 代表候補生だからか、何故か個室だ。

「ったく…一夏のやつ、本当に相変わらずの鈍感ね……」

 椅子に座りながら、呟く。

 中学生時代に両親の離婚で母親に連れられて中国に渡ったから、じつに3年ぶりの再会 だった。

 それにしても、と思う。

 自分の巨乳を見ながら、一夏が育ったと言ったことを思い出す。

 中学生時代に貧乳だった鈴にとってはとても、とてもとても嬉しかった。それと同時に––––––”強烈な吐き気”と”酷い嫌悪感”を催した。

 ピロピロピロ‼︎

「⁉︎」

 瞬間、鈴の携帯が鳴る。

 鈴にとっては見慣れた電話番号が、表示されていた。

 そして相手の名前の欄には––––––賀弘文(ホヲ・ホンウェン)。鈴の上司にして、中国共産党の、高官。

 すかさず、出る。

「は、はい、もしもし」

 強張った声音で、電話に出る。

『私だ』

「はい」

『織斑一夏を懐柔できたか?』

 それを聞いて、さっきまでの再会を喜んでいた、ほのぼのした気持ちが一気に消し飛ばされる。

 そう、鈴が学園に来たのは織斑一夏の遺伝子情報と近い内一夏に渡されるという日本の第3世代機のデータの収集。

 それを手に入れる為に一夏に”蜜の罠(ハニートラップ)”を掛ける…それが鈴に与えられた目的だった。

『どうなんだ?』

「申し訳ありません。ま、まだ…」

『早くしろ。その為にわざわざ君の貧しい胸にシリコンを打って膨らませてやったんだから。

それとも何かね?…我々のやり方に嫌気がさしたのかね?』

「ッ⁉︎いえ‼︎そんな事は決して‼︎」

 党のやり方に反発したと思われたら、この男に寝取られて人質にされてる母さんが殺される…‼︎

 中国では、意外と女尊男卑は拡がっていない。だって、その思想は、”党の意向に反するから”。

 だから中国国内では民主主義や反体制的思想、女尊男卑主義者を監視する政治指導委員会が監視官や情報提供者をばら撒き、それらの人間を密告して、そして容赦無く殺す。

 …もし、電話の先の男が鈴を気に入らないと思えばすぐにでも、人質を、鈴の母親を殺す。

 だから、今すぐにでも胃袋の中身を吐き出しそうになる嫌悪感を堪えつつ、この男を素直に肯定し、男の言いなりになる。

『…本当かね?私の、党のやり方に異論はない、と?』

「はい‼︎疑うまでも無く幸福です‼︎」

 鈴は喜びに溢れた声音で、応じる。

 ––––––ああ、吐き気がする。

『ふむ、党のやり方に対し何も考えずにただ従う…我々の中で最も理想的な人民のモデルケースだ』

 つまり、あいつらの理想的な人間とは思考を放棄して、ただただ狂信的に党を崇める人間だ。

『なら今後ともよろしく』

 そう言って、賀は電話を切った。

「ッ‼︎」

 思わず、鈴は壁に携帯を投げつける。

 そして、葛藤する。

 もし懐柔して情報を引き出せば一夏に嫌われてしまう。

 そんなの嫌だ。

 友達だって密告して、反体制思想者も殺して、体だって汚して、あの男に犯されて処女まで奪われてまでして一夏に会いに来たのに。

でも母さんが殺されるのも嫌だ。父さんと離婚してから、私を1人で必死に育ててくれた人だから。

「ッ…あたし……どうしたらいいの…」

 鈴は、啜り泣きながら、呟いた。

 

■■■■■■

 

 生徒寮・1020号室

 セシリアはベッドに座りながら電話していた。

「ええ。はい。多分危険です」

『でしたら尚のこと…』

 電話の相手はセシリアの家のメイド長であるチェルシーだ。

 幼いころ両親を列車事故で亡くしたセシリアを1人で育てたのも彼女だ。

 …遠からず、セシリアを女尊男卑よりにしてしまった遠因でもあるが。

「ですがブルーティアーズのパイロット候補の座を他人に奪われた汚名返上、そしてオルコット家の今後の発展と安泰の為にも、クラス代表より学園守備隊の方が名誉あるものですわ」

 セシリアは強く、そして芯のある声で言う。

 セシリアも、次期当主としての自覚と責任は一応、弁えているから。

『…分かりました。お嬢様がそうまで仰られるなら…ですが、お気をつけてください。死んでしまっては…』

「元も子もありませんからね。…わかっていますよ。チェルシー。でも、危険も顧みなければ、オルコット家の当主は、務まりません」

 優しく、母性のある声音で言う。するとチェルシーは安心する。

『そうですね、お嬢様はやればできるお方です。頑張って下さい。あまり無理のなさらぬように…では、失礼します』

 そうして、会話を終える。

 ふと、セシリアは思い返す。

 イギリスの試験でブルーティアーズのパイロット試験でスコアが低く、代表候補生には受かるも、専用機は貰えず、セシリアよりスコアの上だった女性がブルーティアーズを受領した。

 最も、その女性はブルーティアーズの根本的欠陥が見つかった為にイギリスに留まることとなったが。

 だがセシリアは悔しく、その日はチェルシーに抱きついて子供のように泣いてしまった。

 でも、今は泣いてなんかいられない。オルコット家当主として、学園守備隊としての責務と義務が待ち構えているのだから。

(明日から、特務自衛隊幹部・神宮司まりも三佐というお方による訓練指導が始まる…)

「やってやりますわ…絶対に‼︎」

 セシリアは、手に力を込めて、決意を決めた。

 

■■■■■■

 

 墨田駐屯地・モナーク日本支部

 その施設内の部屋に清潔感のあるデスクに座りながら、パソコンでレポートを書く女性アイリスフィール・アインツベルンがいた。

 ふと、電話がかかってくる。

「グーテンターク?」

『そこは”もしもし”だろうが。アイリ』

「あら光ちゃーん、電話くれたのね。お酒のお誘い?」

 明るく、朗らかな雰囲気で聴く。

『残念ながら違う。…箒の件だ』

 瞬間、アイリは重い雰囲気に変わる。

 昨夜吐血した箒の血液サンプルを、光がアイリに解析を依頼していたのだ。

「ああ…それのこと……結果は、やはり原因不明。でも箒ちゃんの血から、奇妙な遺伝子が見つかったわ」

『奇妙な…遺伝子?』

「ええ。…そしてその遺伝子と76.9パーセント一致する遺伝子が、モナークのデータ内にあったわ。」

『その、遺伝子は?』

「…ある、生物のものよ。その生物の名前は……第4号巨大生物【ギャオス】」

 

 

 

 

 

 

 

 カチリ、また、破滅の秒針は進む。

 誰もが今のままの世界を望んだ。

 支配者ズラして何もかもを人類が管理できる世界を。

 でも人類は所詮生態系の一部に過ぎず–––––––やはりまた、世界は破滅に近づいてしまう。




今回はここまでです。
なんか区切り悪い気も…
…もしかすると、セシリアは千尋たちと部隊編成の命令されてるから一夏vsセシリア戦、ないかもしれません。

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