インフィニット・ストラトスadvanced【Godzilla】新編集版   作:天津毬

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大変投稿が遅くなり申し訳ございません…。

EP-48になります。






EP-48 追憶ト仮想ノ中デ

2021年7月5日午前10時28分

東箱高速自動車道

首都外郭地下トンネル渋谷JCT-芝JCT区間

 

––––––東京都と新東京箱根市を結ぶ直通半地下高速道路。

そこをIS学園の生徒達を乗せたバスは走行していた。

無論、行き先は新東京箱根市(旧箱根町)。

臨海学校の教室として扱われる事となる場所だ。

そして、IS学園––––––仮にも国連傘下の国際的な教育機関––––––のバスが通行するということで、現在東箱高速自動車道はIS学園貸切となっていた。

…故に、IS学園の生徒を乗せた4台のマイクロバスしか走行していない。

4台のうちの1台が、渋谷JCTと芝JCTの中間に差し掛かった––––––瞬間。

 

––––––衝撃が走る。

 

バスの前輪直下で爆発––––––そのまま車体前半分は慣性の法則に従い、運転席がトンネル天井部に直撃する。

後続車両も、突発的な襲撃に対応できず、次々とバスは玉突き事故を引き起こしていく。

 

––––––全てのバスが停止した瞬間に。

 

「…以前的所有成员(総員、前へ)––––––。」

 

…それを見届けた瞬間、トンネルの物陰より、武装した兵士達が姿を現した。

––––––腕には、中国特別武装隊の腕章。

兵士達は警戒しつつ一台のバスに近寄り、破損したドアより中へ飛び乗った。

 

––––––だが、そこで彼らは愕然とした。

 

…何故ならば、

 

没有人……没人,(誰もいない……無人、だと)––––––?」

 

4台のマイクロバス––––––IS学園の生徒達が乗っている筈だったバスには誰一人として乗っていなかったのだ。

客席には空の座席。

運転席には、予め定められたルートを走行する為の簡易自動操縦システム。

…即ち、始めからもぬけの殻だったのだ。

…瞬間、照明がバスと兵士達に向けて灯される。

そして、

 

『–––––– Freeze(動くな)!!』

 

––––––凛とした声が、拡張機越しに兵士達の鼓膜を震わせた。

…そこには複数機の打鉄を率いた、

 

『–––––– Throw away and drop the weapon(武器を捨て、投降しろ)。』

 

––––––日本国内閣府情報庁・暗部代表にして更識家当主、更識盾無が…!

 

 

 

 

◇◇◆◇◇◆◇◇

 

同時刻

東京湾羽田沖

 

「海だ––––––!!!」

 

「なんかシチュエーションは違うけど海だ––––––!!!」

 

船に乗っている生徒がはしゃぐ。

––––––現在、IS学園の生徒達は海路で箱根方面へ向けて移動中であった。

当然といえば当然か、一夏の周りにはいろんな女子がいる。

––––––だが何故か。今まで存在感を醸し出していた専用機乗り達はその輪の中には居なかった。

 

…そして、一夏のように社交的に振る舞うだけの元気のない2人––––––千尋と箒は、共に海を眺めている。

 

「…あんまり言いたくないんだけどさ。」

 

千尋が口を開く。

…その口調は気怠げだ。

 

「…なんだ?」

 

箒が応えるように口を開く。

…彼女も気怠げな口調。

 

「––––––もうちょっと他になんかなかったのかね。艦艇(フネ)。」

 

「––––––文句を言わない。」

 

千尋の愚痴に、箒が聞き分けの悪い生徒を窘める教師のような声音で言葉を返す。

…そう。今現在、IS学園の生徒達を乗せた船は、ただの船ではなかった。

 

––––––欧州連合極東派遣軍ドイツ連邦海軍

ドイッチュラント級装甲艦

【アドミラル・グラーフ・シュペー】

 

…それがIS学園生徒を移送している船であった。

 

「…新箱根の湖尻基地まで向かうから、ついでに乗せさせて貰ってるんだ。文句を言うなんて言語道断。現地到着まで1時間と45分、野ざらしになるだろうが我慢するしかあるまい。」

 

…箒の言う通り、IS学園の生徒達はドイツ海軍の装甲艦をヒッチハイクして箱根に向かっている最中なのだ。

出発直前にバスの不備が発覚した為に急遽、荒川運河––––––墨田大火災による地盤侵食で沈下した荒川を利用した、八広駐屯地と東京湾を繋ぐ運河––––––に停泊していた、アドミラル・グラーフシュペーに乗船させてもらうこととなったのだ。

…が、急な乗艦であるが故に、当然部屋は無し、甲板に野ざらしにされることになってしまう––––––という事実に直面していた。

例年を上回る、うだるような暑さと日陰がない中で2時間近く野ざらし––––––それは当然過酷を極めるだろう。

…そんなわけで、2人は気分がとてつもなく落ち込んでいたのだ。

 

(海か…………)

 

暑さを頭から掻き消すように––––––少し千尋は思考する。

…千尋––––––ゴジラ––––––にとって、海とは複雑な印象を齎すものだった。

ありふれた光景。

季節によっては多くの生命を陸にまで齎す場所であり、多くの生命を薙ぎ払う天災を産む領域。

––––––時代によって、異郷異種のモノがやってくる境界。

それが千尋だったもの(ミレニアムゴジラ)にとっての海への認識。

だからこうして、のんびりと海を眺める事は何処か––––––奇妙な感覚だった。

…ふと、視線をずらすと––––––海ほたるパーキングエリア沖から、東京湾奥を目指して航行する艦船。さらに沖合には、横浜方面に向かうと思しき艦影が視界に写る。

 

「––––––あれは…」

 

千尋が呟く。

––––––手前の船団は、

クルド自治区の旗を掲げたタンカー。

オーストラリアの国旗を掲げたクルーズ客船。

ブラジル海軍の輸送揚陸艦アルミランテ・サボイア。

同軍の汎用輸送艦ガラパリ、タンバウ、カンボリウーの3隻。

インド海軍のドック型揚陸艦ジャラシュワ。

––––––国も地域も人種も組織さえも違う、多国籍混成船団であった。

…共通点があるとすれば、それらはいずれも輸送能力に特化した艦船ばかりであるということ。

––––––つまり、積荷は。

 

「…おそらく、ユーラシアやその他大陸からの避難民を乗せた船団…だろうな。」

 

箒が紡ぐように口に出す。

…現在、ユーラシア大陸の戦況はもはや好転しようもない程に悪化の一途を辿っていた。

そうした中、国家はもちろん、国民が海外に避難するというのは当然の流れと言える。

おそらく東京湾に集結してきた船団も、そうした理由からだろう。

 

「…受け入れ先、あるのか?」

 

「––––––関東だけで、アジア諸国人を対象に東京郊外と千葉県、埼玉県、群馬県に点在する外国人街を難民キャンプとすることで受け入れることを承認しているそうだ。…最も、関東だけでは足りないから、今後は過疎地域の東北などにも受け入れ地域は拡大するだろうが…というか、多分そっちが本命だろう。関東圏への受け入れは、あくまで一時凌ぎに過ぎない可能性が高い。

…一応、ブラジルからの避難民は、静岡県や愛知県が受け入れると言っていた。…あそこは元々、ブラジルからの出稼ぎ労働者が多く住んでいる地域でもあるから、ブラジル銀行の支局もあるし、ブラジル政府が経済基盤の移転先としても検討しているらしい。」

 

千尋の問いに、箒は回答する。

…彼女の視線の先には、横浜方面に向かうと思しき、

ドイツ海軍グラーフツェッペリンⅡ級揚陸母艦。

同軍改ビスマルク級航空戦艦。

同軍旧式駆逐艦。

同国の超大型客船や自動車運搬船。

フランス海軍ヘリ空母ジャンヌダルク。

––––––から成る船団。

 

「…ってコトはアレも…」

 

「––––––欧州からの避難民を乗せているんだろうな。…横浜市都筑区には、ドイツの避退租借地が、東京都新宿区の神楽坂には極小規模だがフランスの避退租借地が置かれているワケだから。」

 

––––––元より、今千尋達が乗っているアドミラル・グラーフ・シュペーも、先日横浜市にドイツ避難民を乗せて来た艦だ。

…欧州では、各国の国民・政府機関・生産拠点・経済基盤・文化財産のアメリカ大陸ならびにアフリカ、アジア諸国への退避を目的とした大陸規模の集団疎開––––––【ダンケルク作戦】が発動中であり、現在日本に集結中の欧州諸国艦船も同作戦に基づき、アジア諸国方面に国家基盤を疎開させていると推測する事は容易な話だった。

確実に人類世界は崩壊に転がり落ちていっている––––––その事実を、嫌でも認識させられる。

 

「…悠長に臨海学校なんかやってる場合ではないな…。」

 

箒が言う。

それを、

 

「まぁ、良いんじゃ無いか?たまには息抜きとか大事だし。」

 

千尋は、まるで励ますように口にして、

 

「––––––今日まで、色々あったんだし。」

 

––––––回想した。

 

 

 

 

 

◇◇◆◇◇◆◇◇

 

 

 

 

 

 

––––––24日前。

 

6月16日午前12時50分。

八広駐屯地国連軍管轄区(国連軍墨田基地)

第3演習場管制室

 

––––––無様、という言葉を表すならば、この状況が当てはまるのだろうか。

管制室のコンソールを操作している真耶は思う。

隣に立つ千冬は頭を抱えており。

その隣に立つ––––––ロリシカ陸軍教導派遣将校の肩書きを持つエリザという女性は苦笑いを浮かべるしかなく。

そのまた隣に立つ––––––特生自衛隊教導派遣将校のまりもは、

 

「––––––酷いな。」

 

一言で両断し、

そのまたさらに隣に立つ––––––ドイツ連邦陸軍臨時教導派遣将校となったユリアは、呆れからか、完全に無我の境地。

同じくドイツ連邦陸軍臨時教導派遣将校のエミーリアは、

 

「––––––話にならない…これでは弾除けとしてさえ役に立たないわ…。」

 

––––––もはや本音を包み隠すことさえ辞めたどころか、味方とすら見ていない始末。

––––––その片隅で、「もう少し大目に見てやってくれ」と言わんばかりに硬く見つめる、国連軍教導将校ことジョージ・ハミルトンと、陸上自衛隊派遣視察将校こと鷹月仁ら、保護者組。

 

…どのような反応であれ。

各自の評価がボロクソであることに代わりはない。

 

"どうしてこうなったんでしょう…"

 

真耶は現実逃避でもするかのように、黄昏ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––––30分前。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

八広駐屯地・国連軍管轄区画

在日国連軍墨田基地––––––第3演習場

 

見渡す限り、剥き出しの土壌に背の低い雑草が生えている。

他にあるものとすれば、敷地内に点在する杉の木と障害物たり得るコンクリート壁。

––––––周囲に森林が無く、代わりに観客席があれば、タッグトーナメント時の第2アリーナと酷似している環境。

敷地面積はおよそ東京ドーム1個分と同等。

周囲には、防音の緩衝材として活用するつもりなのか、森林地帯が広がっている。

––––––墨田大火災で焼け落ちた墨田区とは、荒川を挟んだ対岸に位置する葛飾区。

火災後に深刻な土壌汚染が起きた––––––という名目で、国連軍の管理下に置かれた地。

そこで今、IS学園の生徒たちは実習に励むこととなっていた。

 

「ではこれより、実習を開始する!」

 

千冬の号令が響く。

 

「今回行うのは再編された1組と2組の技量演習。

…つまりいつもと同じだ。」

 

––––––千冬の言葉はどこか重い。

それもそのはずだ。

今回授業を受けるのは1組と2組ではない。

再編された(・・・・・)1組と2組だ。

1組は旧1組と旧2組。

2組は旧3組と旧4組。

…先のIS学園防衛戦、延いては第二次日本本土防衛戦。

それで、多くの生徒も犠牲となっている。

下級生は不幸中の幸いと言うべきか、1人も犠牲者を出す事は無かった。

だが––––––その事件で刻まれた心傷(トラウマ)は死に触れた者もそうでない者も皆等しく。

半数以上の生徒が転校する––––––という事態に陥っていた。

それにより、IS学園1年生は本来いた160名という数から、

新1組は旧1・2組合わせて32名。

新2組は旧3・4組合わせて30名。

––––––合計62名。

全体の4割程度の人数にまで激減していた。

…だが、去ることを選ぶのは、ある意味当然だったのかも知れない。

忘れられがちだが––––––ISとはスポーツだ。

スポーツを学びに来ていたにもかかわらず、突如として戦場に巻き込まれてしまえば。

––––––誰だって、逃げようとする。

 

"だって、普通は死ぬのって嫌だもんな。痛いし苦しいし––––––怖いし。"

 

そう––––––新1組の一人である千尋は思う。

ふと、手を引っ張られる。

…振り返ると。

 

「千尋、ちょっと。」

 

––––––箒が千尋の手を掴み、「すぐ来てくれ」と言外に告げていた。

背後では未だ千冬が説明を続けている。

だが、2人に叱責は飛んで来ない。

つまり、千冬からも「生徒」ではなく「駐屯地職員」として行動することを求められているわけで。

 

「––––––訓練用に納品された機体を起こすの、手伝ってくれ。」

 

「ん。」

 

––––––箒の視線の先には。

ISの輸送・格納用コンテナが8つ並べられている。

…そしてそのコンテナの前に、見慣れた機体––––––タッグトーナメント時に世話になった、試製16式統合機兵「打鉄甲一式」––––––が待機状態のまま鎮座していた。

 

「山本三尉たち整備班の技術を疑っているわけじゃないけどさ。大丈夫なのか?この打鉄甲一式。

中古化していた予備パーツの塊に、無理矢理正規量産型の新規パーツを繋いだ代物だろ?」

 

「––––––贅沢を言うな。タッグトーナメント後の一件で、お前の機体は文字通り木っ端微塵、私の機体はオーバーホール必須だっにもかかわらず状況がそれを許さず連戦したせいで金属疲労が限界を超えてお釈迦になり廃棄処分決定。

予備パーツを組合わせて、そこにIS打鉄の統合機兵化用のパーツから足りないぶん分けてもらったりで、ようやく動かせる統合機兵を2機確保できて––––––と、恵まれてる方なんだからな。」

 

打鉄甲一式を纏いながら、千尋がつい口に出してしまった不満に、同じく打鉄甲一式を纏っている途中の箒が釘を打つ。

––––––あのIS学園撤退戦の中で、

千尋の打鉄甲一式は、ゴジラの尾の直撃で粉砕され、中枢機能を除いて大破・喪失。

箒の打鉄甲一式は、修理よりも破棄した方が安く済む程のダメージを蓄積してしまった為に破棄。

今ある機体は箒の言った通り、予備パーツと足りないパーツを正規量産型の機体から回してもらう形で補完し、組み合わせたもの。

ほとんどパーツは同じではあるが、中古パーツと新規パーツのツギハギなのだ。

千尋の言う通り、どこかで不備が起きる可能性もあり得る。

だが––––––今はこの恵まれた状況と、動けるように仕上げてくれた整備班に感謝する以外に無かった。

そして今、このコンテナに封入されているのは、

––––––コンテナの蓋が開く。

武士の甲冑を思わせる無骨な全身装甲(フルスキン)

そのシルエットは全身に施されたワイヤーカッターによって鋭角的なものともなっている。

背部には、拡張領域に入り切らない兵装を外部搭載可能とする兵装担架。

腰部には、推進用の主跳躍ユニットが1基、その左右に姿勢制御用の小型跳躍ユニットが2基。計3基の跳躍ユニット。

頭部には、衛星データリンクにも対応するべく搭載された、ユニコーン・マスト。

––––––中に鎮座しているのは、

試製16式統合機兵打鉄甲一式…その、正規量産型である、

––––––21式統合機兵「打鉄(うちがね)改一型」。

 

「昨日の今日で完成して、今朝方ここに納品されたばかりの新品…らしい。」

 

統合機兵を収めている門型拘束具(ガントリー)ごと、機体をコンテナから引出しながら、箒は言う。

確かに、パーツは見る限り新品だ。

だが千尋はそれよりも、

 

「昨日の今日で間に合ったのは嬉しいけど…IS学園より優先して配備すべき場所があるんじゃないか?

例えば––––––富士教導団とか、習志野の第1空挺団とか、九州の水陸機動団や西部普通科連隊とか…。」

 

…そう思う。

たかが訓練学校であるIS学園より、ある程度新型装備が求められる現場、ないし部隊の方が優先されるべきではないか––––––と。

それを見透かしいたように箒は、

 

「ああ、当然だ––––––そしてもう実施されてる。

昨日から倉持技研つくば製造工場、府中製造工場、碧南製造工場、東大阪製造工場、鹿児島製造工場、宮城峡製造工場…全国7ヶ所の工場でノンストップで生産体制に入っている。

今朝の段階で既に80機弱がロールアウト。

うち50機––––––1個歩兵小隊分が既に九州方面、16機––––––2個歩兵分隊分がそれぞれ富士教導団と第1空挺団に1個歩兵分隊ずつ。

残った8機が国連の訓練用に納品…と、そんな感じだ。」

 

…千尋と箒が纏っている打鉄甲一式2機以外の打鉄改一型8機は国連軍用。

日本は先の日本本土防衛戦で対応が遅れ、国連軍に多大な被害を齎らしてしまった。

…だからその謝罪も兼ねてなのか、最新鋭機が配備されている。

まぁつまるところ、配備されたのは在日国連軍であって––––––IS学園ではない。

IS学園は国連軍からさらに統合機兵を拝借する形で、訓練を可能としていた。

…そう、理解する。

 

「––––––新たに改一型が配備されるまでは、打鉄を統合機兵…改一型にアップグレードした中古機32機を在日国連軍で使ってもらう…そうだ。」

 

––––––新品を横取りしているようで誠に申し訳ないがな…。

と箒は付け加えて言う。

言いながら2人は全ての打鉄改一型を出し終える。

それと同時に、千冬の説明は最終局面に至っていた。

 

「今回は機体連動型VR訓練だ。

打鉄、ラファールリヴァイヴ、その他一部を用いて各グループごとに別れ、全てのグループが同じ内容の訓練を行う。

また今回より、本格的な実戦––––––対人類戦はもちろん、対生物戦を想定した動きを学ぶべく、自衛隊・国連軍・在日米軍からも教官をお招きしている。

私以外にもしっかり聞き、みっちりシゴいて貰え!!」

 

千冬の声音に、生徒達は気圧されながらも視線で『了解』と応える。

 

「よし––––––ではいつも通り、4名の各グループを作れ!」

 

その声で、

 

「さて、さっさとグループ組むかね…」

 

千尋はそう呟いて。

––––––頭に軽くチョップが入る。

 

「あ痛て。」

 

「馬鹿。お前は私と同じ班だ。」

 

少し、照れているのか頰を赤らめながら口にする。

––––––久しぶりに照れている顔を見た。

それが可愛くて、

 

「なんだ、妬いてるのか?」

 

––––––思わず弄ってしまう。

 

「な⁈か、勘違いするなよ⁉︎わ、私はその…お、お前一人にしておくと、周りも大変かな〜と思って引き留めただけで…!

け、決して一緒に居たいとかそういうのではないからな!!」

 

それに箒は、もはや典型的、あるいは様式美とも取れる––––––由緒正しきツンデレの反応を取る。

だからさらに弄ってみたくなり––––––その、刹那。

 

「「ふばぅッ!?」」

 

スパーーーーン!!と、懐かしい音と痛みが2人の脳を震わせた。

 

「––––––貴様ら、グループを作れとは言ったがイチャつけとは言っとらんぞ…!!」

 

わなわなと口角を吊り上げながらも震わせた笑みの千冬が言う。

久しぶり過ぎるその痛みに2人は頭を抱えようとして––––––顔を見合わせる。

 

""織斑先生の出席簿アタックってこんなに痛くなんか無かったっけ?""

 

とでも言いたげに。

…それに千冬が抱いた感情は、更なる怒りでもなんでもなく、懺悔めいたものだった。

考えてみればこの一撃など、もはや2人にとっては擦り傷なのだろう。

––––––先の戦闘で幾度も死に触れる程の傷を身体に負わせたということでもある。

…そして、それに巻き込んだのは––––––紛れもなく、自分(千冬)達で。

だから申し訳なさに満ちた感情が溢れてくる。

だが、感傷に浸る時間はない。

––––––故に、

 

「……さっさと配置につけ。」

 

…そう告げるしか、無かった。

それを察するように2人も、「了解」と応えながら、演習場へ駆けて行った。

 

そして2人は、打鉄甲一式のVRモードを起動し––––––

 

「…うわ、今回は森林かよ。」

 

…改めて視界を確認する。

周辺には、同じ1年生の班があり。

––––––周辺は鬱蒼とした樹海へと変貌していた。

主カメラをVRモードからリアルモードに切り替えると––––––先程の、第3演習場が映る。

つまり、この樹海はVRユニットが地形情報を基に構築した、仮想空間。

 

––––––リアルタイム連動型VR演習システム。

 

近年陸自でも採用されている、訓練プログラムだ。

今回はそれをISの訓練用に落とし込んだだけ。

内容は至極単純。

実際にISを纏い、VRシステムを装着した上で網膜に投影される仮想戦闘プログラムに対し、実際に身体を動かしながら対処・戦闘する。

––––––というもの。

加えて言うならば、ただ網膜に戦闘プログラムを流すだけでなく、装着者の動きや地形・位置情報に応じて内容がリアルタイムで変化する仕様だ。

実戦装備を使うことなく––––––最も実戦に近い戦闘訓練を実施出来るという点では、優れた訓練システムだった。

なので今回使う装備は、

銃器に関しては赤外線照射型模擬ライフル。

長刀に関しては硬化プラスティック製演習模擬刀である。

…分かりやすく言うならば、銃弾や斬撃の代わりに––––––テレビのリモコンのように赤外線を飛ばしている、と言うもの。

また、赤外線照射機構は当然ながら電力を喰うため、シールドエネルギーで充電するか、あるいはマガジン(バッテリー)を装填するか。

そのいずれかで行うこととなる。

…とはいえ、全ての火器が赤外線照射型というわけではない。

グレネードランチャーやロケットランチャーのような爆発物を取り扱う兵装。

重機関銃や20mmを超える大口径の兵装。

…それらはペイント弾が使用される。

 

「なんでこんな面倒くさい訓練プログラムなわけ…?」

 

「はぁ…IS学園の訓練プログラムの方が楽だし爽快感あったよね…。実弾撃ちっ放しだったし。」

 

何処かで女子たちの声がする。

治外法権区のIS学園ならいざ知らず、

––––––生憎、日本では実弾訓練など中々出来ないのだ。

空自のPAC-3(パトリオットミサイル)でさえ、国内では実弾訓練が出来ないが故に、実弾訓練を行う為にアメリカのヤキマ演習場(ワシントン州所在)まで足を運んでいるなどは有名な話––––––そしてそれは、兵種上、機械化歩兵に分類されるISや統合機兵も例外ではない。

 

…まぁ、これは世間一般的な知識ではないから知らない者も多くて当然だろう。

––––––それを尻目に、

「––––––、」

 

千尋と箒は、無言で装備の再確認を開始する。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

打鉄甲一式(予備2番機)

––––––兵装

右主腕(ライトアーム)

20mm携帯型回転式多砲身機関砲(ガトリング・カノン)(模擬弾)

赤外線展開型模擬固定打刀(インフラレッド・ダミーパイル)

左主腕(レフトアーム)

赤外線照射型模擬ライフル(インフラレッド・ダミーライフル)

演習模擬固定打刀

兵装着鞘(ガンポッド)

(右1)演習模擬近接長刀

(右2)重MAT(模擬弾)

(左1)赤外線照射型模擬ライフル(インフラレッド・ダミーライフル)

(左2)110mm個人携帯対戦車弾(模擬弾)

拡張領域(クォンタムホルダー)

 

バッテリーマガジン

バッテリーマガジン

バッテリーマガジン

20mmペイント弾弾倉

20mmペイント弾弾倉

110mm個人携帯対戦車弾予備弾頭

110mm個人携帯対戦車弾予備弾頭

110mm個人携帯対戦車弾予備弾頭

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

…そう、網膜に投影される。

それを見ながら千尋は、拡張領域に入り切らず、無造作に保持していた演習模擬近接短刀を2本、赤外線照射型模擬ライフルに着剣させ、銃剣付きライフルへと変貌させる。

ふと、データリンクで接続されている箒の機体情報が網膜に投影される。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

打鉄甲一式(予備1番機)

––––––兵装

右主腕(ライトアーム)

演習模擬近接長刀

演習模擬近接短刀

左主腕(レフトアーム)

赤外線照射型模擬ライフル(インフラレッド・ダミーライフル)

演習模擬近接短刀

兵装着鞘(ガンポッド)

(右1)57mm対獣狙撃砲(模擬弾)

(右2)赤外線照射型模擬ライフル(インフラレッド・ダミーライフル)

(左1)演習模擬近接長刀

(左2)重MAT(模擬弾)

拡張領域(クォンタムホルダー)

バッテリーマガジン

バッテリーマガジン

バッテリーマガジン

バッテリーマガジン

57mmペイント弾弾倉

57mmペイント弾弾倉

演習模擬近接長刀

演習模擬近接長刀

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

––––––箒も似たような装備だ。

違いがあるとすれば、箒の方が近接主体の装備であるということ。

そして、唐突に広域データリンクに接続される。

 

●第1班

⚫︎織斑一夏:白式

⚫︎谷下カナ:打鉄

⚫︎橋隅マキ:ラファールリヴァイヴ

⚫︎葛川マオ:ラファールリヴァイヴ

 

●第2班

⚫︎鷹月静音:打鉄

⚫︎立花加奈:ラファールリヴァイヴ

⚫︎夜竹さゆか:打鉄

⚫︎岸原理子:ラファールリヴァイヴ

 

●第3班

⚫︎相川清香:打鉄

⚫︎谷本癒子:ラファールリヴァイヴ

⚫︎金田梨沙:ラファールリヴァイヴ

⚫︎国津玲美:打鉄

 

●第4班

⚫︎櫛灘神流:打鉄

⚫︎リー・チ・ホウオン:ラファールリヴァイヴ

⚫︎ティナ・ハミルトン:ラファールリヴァイヴ

⚫︎梅川美嘉:打鉄

 

(中略)

 

●第8班

⚫︎篠ノ之箒:打鉄甲一式

⚫︎篠ノ之千尋:打鉄甲一式

⚫︎セシリア・オルコット:ユリウス

 

そう視界に投影されて––––––

 

「あ?オルコット?」

 

まさか居るとは思わなかった為に、千尋は面食らったように口を開く。

それを窘めるように背後から、

 

「––––––失礼ですわね、千尋さん。」

 

そこにはお嬢様然と––––––は、しておらず。

そこにはまるで、男装の麗人か。

あるいは騎士を連想させる––––––表情を浮かべたセシリアが統合機兵《ユリウス》を纏って立っている。

 

「せっかくわたくしが組むというのですから、もう少し喜んでもよろしいのでは––––––というのは冗談にして、よろしくお願い致しますわ。」

 

––––––それに、後ほどみっちり聴きたいこともありますので。

そう、言外に告げる。

…セシリアは。

日常を謳歌する為の貴族としての人格から戦闘に特化した兵士としての人格に切り替わったように––––––ガラリと、雰囲気も声音も変遷していた。

…こうなると逆に頼もしい。

 

「––––––ああ、よろしく。」

 

応えるように、データリンクが接続される。

 

「私からも、よろしく頼む––––––簪も居れば、もう少し心強いのだが…今は仕方ない。」

 

少し箒は残念そうに。

それにセシリアも同意するように。

 

「はい––––––。彼女は国連軍に行ってしまいましたからね…せめてわたくしが本国に帰る時までは––––––バディを組んでいたかったのですが…。」

 

セシリアも落ち込んで言う。

––––––IS学園の生徒を八広駐屯地に収容した翌日、簪は国連軍にスカウトされる形で学園を去ったのだ。

なぜスカウトされたのかは知らないし、分からないが––––––おそらくはその技術力を買われたのだろう。

––––––閑話休題。

この話題を断ち切るようにセシリアは、

 

「––––––とりあえず、機体情報をお渡しいたしますわ。」

 

そう言うなり、千尋と箒の視界にユリウスの機体情報––––––装備している兵装の情報が投影される。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ユリウス

––––––兵装

右主腕(ライトアーム)

57mm対獣狙撃ライフル(模擬弾)

プログ・インターセプター

左主腕(レフトアーム)

シェルツェン(訓練用)

プログ・インターセプター

兵装着鞘(ガンポッド)

(右1)プログモードビット

(右2)プログモードビット

(右3)ミサイルビット(模擬弾)

(左1)プログモードビット

(左2)プログモードビット

(左3)ミサイルビット(模擬弾)

拡張領域(クォンタムホルダー)

赤外線照射型模擬ライフル(インフラレッド・ダミーライフル)

赤外線照射型模擬ライフル(インフラレッド・ダミーライフル)

バッテリーマガジン

バッテリーマガジン

57mmペイント弾弾倉

57mmペイント弾弾倉

ミサイルビット(模擬弾)

ミサイルビット(模擬弾)

 

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「––––––相変わらず重装備だよなぁ…おまえの機体。」

 

千尋が、110mm個人携帯対戦車弾(パンツァーファウストⅢ)の確認を行いながら、ユリウスのデータを見て口にする。

ユリウスのガンポッドは数が多いだけでなく、打鉄甲一式のようにライフルや長刀を収める汎用性を高めているものであるのに対し、BT兵器の運用に特化した配置––––––ユリウスの基となったブルー・ティアーズを彷彿とさせる運用––––––となっていた。

 

「ええ。機動砲撃戦と制圧支援砲撃が運用コンセプトにある機体ですから。

––––––というか、お二人も重装備では?」

 

「いや、戦術機などに比べれば私達はまだ軽装––––––」

 

箒が言いかけて、

 

『––––––ではこれより訓練内容を説明する。』

 

千冬の通信がそれを遮る。

 

『内容は、敵勢力圏からの離脱。演習場最端––––––VR上では味方陣地となっている地区を目指し、諸君らには障害物を突破してもらう。

…––––––なお、本訓練にはポーランド撤退支援作戦の【カンピノス森林戦】のデータが使用されている。実戦に近い環境に置かれると心掛けろ。

––––––では、訓練開始!』

 

…そう告げるなり、ビー、という訓練開始のブザーが成る。

––––––改めて三人は戦域図を開く。

現在地はカンピノス森林のビエルシェ地区。

その西にある、ロズトカ塹壕陣地に向かって移動––––––撤退するという内容。

カンピノス森林は、ポーランドの首都ワルシャワ北西部の近郊に位置する国立公園であり、世界有数の大都市に隣接した原生林でもある。

 

––––––それはそれとして。

 

「…森を突っ切ると直線距離で2キロ、舗装された道なりに進めば3〜4キロ。…どうする?」

 

戦域マップに目を落としながら、千尋は口にする。

地図には、障害物のない舗装された道路と、森林だけが映されていた。

––––––障害物といえば、道路と並行している森林程度であり、進行を拒むものは全くと言って良いほどない。

そして多くの班が、障害物のない(・・・・・・)、舗装された道なりに移動を開始している。

『なーんだ。VR訓練って言うからどんなかと思えばただの移動かー。』

『余裕ー。』

『むしろこれクリアできなかったら恥ずかしいよねwww』

––––––なんて無線も聞こえてくるが、今は無視する。

 

「舗装された道路の移動距離、短距離でも未舗装の森林内の悪路––––––移動に要する時間としてはどちらも同じでしょうから、私は気にしませんが…お2人としてはどちらが宜しいとお考えですか?」

 

同じく、無線を無視したセシリアが千尋と箒に問う。

––––––近道したところで意味はないと考えるが、という言葉を宿して。

それに2人は––––––

 

「「森林の悪路。」」

 

––––––即答。

 

「え、わざわざ悪路を…?」

 

その即答ぶりと、意味が感じられない近道を進むという選択肢に、思わずセシリアは困惑する。

––––––だが、野戦の経験がある者が言うなら何があるのだろうと、セシリアは自身を納得させて。

 

「––––––分かりました、ではそちらで行きましょう。」

 

そう言って、3人は森林へと入り込むと、

 

「へぇ、8班も同じこと考えてたんだ。」

 

第2班(先客)が居た。

第8班の面子を見るなり、第2班の班長を務めている鷹月が話しかけて来る。

 

「2班も悪路を行く選択肢取ったか…」

 

箒が意外そうに口にする。

 

「だってホラ––––––今回って『実戦に近い』内容って言ってたでしょう?」

 

「––––––ああ。」

 

「…この御時世に対人類戦を教えるとは思えない。だから、その場合で実戦となると––––––」

 

言いかけた瞬間、遮るように網膜に警告ウィンドウが展開される。

 

『––––––東方より大隊規模の巨大不明生物群接近、距離1200』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「––––––さて、実戦に近い環境(・・・・・・・)と前もって伝えはしたが…何人聞いて理解していたか…。」

 





今回はここまでとなります。
ようやく臨海学校のシーン入れること出来た…(すぐ回想行ったけど)

…半年ぶりの投稿となってしまいすみません…。
ようやく内定を頂いて就職活動に目処がついたことと、卒業課題に終わりが見えて来たので、今月から投稿を再開していくと思います。

次回も不定期になってしまいますが、今後ともよろしくお願い致します。


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