インフィニット・ストラトスadvanced【Godzilla】新編集版   作:天津毬

64 / 65
今回で日常パートの1日目折り返し地点です。

あ、ちなみに今回以降もレジ袋を使う描写がありますが、ゴジラIS世界ではコロナウイルスが流行ってないのでレジ袋有料化とかはありません。

ではEP-53、どうぞー。





EP-53 不穏と日常/破

7月4日、午後13時01分

東京都墨田区

––––––特生自衛隊八広駐屯地

 

その第一報を受け、光は箱根から東京にトンボ返りする羽目になった。

陸自から在日国連軍に提供されたUH-1J(イロコイ)汎用ヘリコプターに飛び乗り、それで八広駐屯地に着くなり––––––

 

「ここで良い、案内御苦労––––––。」

 

––––––そう言って、ヘリがアプローチに入るより先にファストロープで合同隊舎屋上に降下。

その後も休む暇なく、合同隊舎内に飛び込んでいく。

…とにかく、事態は急を要する。

ふと、

 

「ん?…片桐1佐?箱根に行ったはずでは?」

 

神宮寺3佐に声を掛けられる。

それに、足を進めながら––––––

 

「急な用事が入った。」

 

そう告げる。

神宮寺3佐は訝しむように光を見ると、光は息継ぎをしながら、

 

「消滅したんだ––––––モナーク第75封印保管基地と、アフリカ支部が。」

 

––––––そう告げた。

 

 

 

 

◇◇◆◇◇◆◇◇

 

 

特生自衛隊八広駐屯地

2-A作戦会議室

 

「Tプラス10。爆心地(グラウンドゼロ)のデータです」

 

光は急ぎ作戦会議室に駆けつける。

そこは既に関係者が招集されており、緊急会議が開かれていた。

会議室のスクリーンにに立体的に浮かび上がった映像を見ながら、光は眉を歪めた。

場所はスーダン北部。

ゲベルバルカル山––––––だった場所。

そこには、モナーク機関が山そのものを改造した巨大不明生物(MUTO)封印施設・第75封印保管基地が所在していた。

…だが今は––––––ただ、巨大なクレーターがあるだけだった。

 

「酷いな…」

 

思わず、溢してしまった。

 

「大気中の分子崩壊、それと連動した大気の真空化現象が衛星から確認できます。

ゲベルバルカル山の第75基地および当該基地に封印中のMUTO75_モケーレムベンベは蒸発。

現時点で基地職員2104人、駐屯していた在アフリカ米軍2個大隊、国連アフリカ方面軍3個連隊、隣接するクライマーバルカル市、マラウイ市、その他難民キャンプの住民––––––合計11万2704人が爆心地に発生したスフィアに呑まれ消滅。

爆心地から100キロ圏内ではおよそ20万人が大気の真空化に伴う窒息、またはショック死で死亡。

400キロ離れた首都ハルツームでも大気の減圧から生じた低酸素状態による高山病患者が数1000人単位で発生しています。」

 

「この現象…オキシジェン・デストロイヤーか。」

 

オキシジェン・デストロイヤー––––––直訳すると、酸素原子破壊弾頭。

本来なら水中で使用し、水中の酸素原子を破壊。

そして水中の物体を分子レベルで分解するという代物。

単純な威力は––––––砲丸サイズの弾頭で東京湾を半永久的な無酸素状態にする事が可能という程だ。

核爆弾サイズのモノを作れば、それこそ太平洋を死の海に変える事すらできるだろう。

––––––無論これらのデータは、墨田大火災の後に流れ込んだデータを基にシュミレーションされたもの。

…が、水中での被害データから、地上で使用した際の被害は想定されていなかった。

特自でも開発が行われており、また地上で使用した際の被害データは未検証である為存在せず。

––––––故に、オキシジェン・デストロイヤーによる地上での被害データはこれが史上初という事になる。

…だがそれよりも。

 

「……ウチから情報が漏洩した可能性は?」

 

「アレは……!」

 

光が誠の方を向くと、それに反論するかのように葵が咄嗟に声を上げる。

ただ、隣に座る誠の手前、その後の言葉を紡ぐことができなかった。

 

「当方のオキシジェン・デストロイヤーは開発を無期限凍結とした。おそらくコイツは、アメリカが独自開発した代物だろう。」

 

元々、オキシジェン・デストロイヤーの基となった物質––––––ミクロオキシゲンは、南極のオゾン層復元を目的とした、国際オゾン層復元フォーラムにおいて、日米合同で開発された代物だ。

異界の技術込みとはいえ、そこから日本がオキシジェン・デストロイヤーを開発したのなら、米国も当然行うだろう。

加えて米国は単独で、日本の何倍もの予算と技術者を投じて、日本より先に開発を完了する事が可能。

だから今回のオキシジェン・デストロイヤーは米国独自製––––––そう誠は判断したのだ。

 

「…これと同時期に入った情報によると……どうやら国連アフリカ方面軍と在アフリカ米軍はミクロオキシゲンを用いて、チャド湖のメガヌロンたちを一掃した––––––という記録もある。…おそらくだが…。」

 

「オキシジェンデストロイヤーの––––––実戦投入テストと…そういう事か––––––だが、知っているのは……」

 

光は何かを勘ぐった表情で、ある人物の顔を思い浮かべた。

それと同じく、誠も手元の資料に目を落とす。

そこに記されていたモノは、ミクロオキシゲンの研究に一部関わったとされる––––––日本人生物学者の写真があった。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◆◇◇◆◇◇◇

 

 

––––––同時刻。

新東京箱根市・桃源台中央駅

 

とりあえずは街の形状を把握する為に、2人は新東京箱根市の玄関口と言える桃源台中央駅に踏み込んでいた。

桃源台中央駅は、モノレールに急行電車、登山鉄道、新幹線が乗り入れるコンパクト式過密型ハブターミナルであり、

 

 

◆新東京箱根市環状線

⚫︎桃源台中央

|

⚫︎箱根レイクタウン

|

⚫︎深良水門

|

⚫︎湖尻峠

|

⚫︎長尾駐屯地前

|

⚫︎仙石原

|

⚫︎箱根乙女

|

⚫︎金時口

|

⚫︎公時公園

|

⚫︎乙女

|

⚫︎元仙石原高原

|

⚫︎水土野

|

⚫︎宮城野

|

⚫︎強羅

|

⚫︎小涌谷

|

⚫︎湯の花

|

⚫︎御状石

|

⚫︎元箱根

|

⚫︎箱根園

|

⚫︎坊ヶ沢

|

⚫︎蛭子湖尻

|

⚫︎芦ノ湖畔

 

◆新東京箱根市中央都心線

⚫︎桃源台中央

|

⚫︎箱根レイクタウン

|

⚫︎仙石高原

|

⚫︎長尾峠東

|

⚫︎早川

|

⚫︎新都心

|

⚫︎元仙石原高原

|

⚫︎下足柄

|

⚫︎押出

 

◆新東京箱根市南北線(一部工事中)

⚫︎御殿場

|

⚫︎鮎澤神社

|

⚫︎東山

|

⚫︎富士見

|

⚫︎太尾

|

⚫︎金時口

|

⚫︎押出

|

⚫︎美術館前

|

⚫︎箱根宿町

|

⚫︎仙石高原

|

⚫︎桃源台中央

|

⚫︎深良水門(工事中)

|

⚫︎箱根関所(工事中)

|

⚫︎湯河原

|

⚫︎熱海

 

◆元箱根副都心線

⚫︎桃源台中央

|

⚫︎箱根関所

|

⚫︎畑宿(工事中)

|

⚫︎葛原(工事中)

|

⚫︎観音沢(工事中)

|

⚫︎箱根湯本(工事中)

 

◆箱根登山鉄道鉄道線

⚫︎桃源台中央東

|

⚫︎早雲山

|

⚫︎上強羅

|

⚫︎中強羅

|

⚫︎公園上

|

⚫︎公園下

|

⚫︎彫刻の森

|

⚫︎小涌谷

|

⚫︎宮ノ下

|

⚫︎大平台

|

⚫︎塔ノ沢

|

⚫︎箱根湯本

|

⚫︎入生田

|

⚫︎風祭

|

⚫︎箱根板橋

 

◆東箱新幹線(全線封鎖)

⚫︎東京

|

⚫︎品川

|

⚫︎新横浜(工事中)

|

⚫︎南足柄(工事中)

|

⚫︎桃源台中央

 

 

––––––それはもう、こんな多種多様な路線図が掲示板にはギッシリミッチリと記されていた。

…これに環状地下鉄と直通地下鉄とかカートレインなんかもあるんだから、もう何がなんだか。

 

(なぁんでヒトってこんなにも住む環境を複雑にしたがるんだ。)

 

思わず俺/千尋は独りごちる。

…しかしそれにしてもどこに行こうか。

新東京箱根市は未だ建設中の区画や建物が多く、行けるところは限られていた。

そして今は––––––服と、食材を買いに来ていたのだ。

…食材は最悪コンビニの惣菜で良いとして、服は市内の大きめの商業施設でなければ売ってない。

市内の目玉施設を紹介している電子掲示板と睨めっこしながら思案する。

 

「ホントどこに行こうか…」

 

「…む、ここにしないか?」

 

––––––ふと、箒の視界にある情報が入る。

 

⚫︎仙石原ミレニアムタワー

 デパートやオフィスから構成された複合型高層ビル。ショッピングにオススメ!!

 新東京箱根市市役所出張所、地域振興センターもこちらのビルに置かれています。

 お気軽に御来場下さい!!

 

…それは、新東京箱根市の中心部に座し、ランドマークでもある高さ375メートル、75階建てビルのことだった。

地図で見ると、新東京箱根市市役所庁舎ビル(80階建て、高さ400メートル)が西側に建っている。

ミレニアムタワーも市役所庁舎ビルも同じデザインであるせいか、思わずツインタワーと間違えてしまいそうだ。

 

「へぇ。なんか、素朴な見た目のクセに中身は全部載せって感じのビルなんだな。」

 

ふと、千尋は呟く。

 

「…新東京箱根市は臨時首都としても機能するよう設計されているらしいからな…。だが箱根は平野部が限りなく少ないし、建築できる場所も限られている…––––––だから香港のように、狭い土地に高層ビルを敷き詰める方式を採用し、少しでも東京の代替を果たせるように設計したんだろう。」

 

––––––なるほどなと呟き、千尋は視線を窓の外へ向ける。

眼前には、蜃気楼を纏った雄大な新東京箱根市市街地が広がっている。

…確かに、市街地は基本的に100〜200メートル規模の高層ビルで構成されており、郊外であっても50メートル規模のビル群で構成されている。

単純な高層ビルの密度と平均的な高さだけなら、東京有数の高層ビル地帯である丸ノ内や西新宿、虎ノ門なんか軽く凌駕する勢いだ。

だけど––––––

 

「彩りがねぇよなぁ––––––これじゃあ、街というより軍事基地だ。」

 

箒と共に駅を出て歩きながら、思わず千尋は呟く。

確かに、ビルは『非常時に政府機関や企業を受け入れ機能させれば良い』という点だけを汲み取ったせいか、全て同じ白がかった灰色のものばかりで無機質な印象を抱く。

見栄えがどうこう、という点も有るにはあるが、全体的に面白さに欠ける街並みだ。

見掛け倒しの案外つまらない街––––––それが2人の評価だった。

…だがそれは、今行くべき先に行った瞬間に覆ることとなる。

 

 

 

 

◇◇◆◇◇◆◇◇

 

 

仙石原ミレニアムタワー内

レゾナンス新東京箱根店1階

––––––同・食品売り場

 

館山市に拠点を構えていた大型ショッピングモール・レゾナンスの新東京箱根市店。

内部は商品が整然と並べられた、倉庫にさえ見えるが清潔感と暖かさに満ちた色彩の空間となっており。

そこには生鮮食品から野菜、加工食品、飲料品、米に至るまで––––––生活を潤す食品の数々で満たされていた。

 

「「ふおおおお……!」」

 

その光景に思わず2人は圧倒され、目を輝かせ、感嘆の声を上げる。

…ここ最近は忙しく、料理するだけの暇がないために食堂(PX)の給食で済ませていたのだ。

…だが、まぁ…厨房の人材が前線支援大隊に引き抜かれた為にメニューの味付けが2人の好みではなくなったこと。

そして試験的に導入された味付け無し合成食料のあまりの不味さ。

…この世界的な非常事態下で、あまりに贅沢な話ではあるが…考えても見て欲しい。

 

––––––トウモロコシと小麦のカスの塊で出来たパンらしき物体。

––––––タンパク質と炭水化物の塊をチーズでソレらしくしたシチューらしきモノ。

––––––嫌に水臭いし塩気もない謎肉のたたき。

––––––カステラのようなポテトサラダのようなよく分からない緑の物体。

––––––各種ビタミンやミネラルをめちゃくちゃに混ぜた上で固めたような酷い味のゼリー。

––––––便秘防止に栄養をとりあえず詰めるだけ詰めただろうビスケット。

––––––魚らしき物体の味噌煮込み。

––––––唯一の良心たるペットボトルに入ったミネラルウォーターと牛乳。

 

…そんなモノを毎日1回は食わされる状況を。

 

『こんな不味いモン食わされるくらいなら自炊したい』

 

…と思いたくもなる。

––––––何しろ日本人にとってのディストピアとは強制労働やAIによる管理などではなく、飯の質の低下なのだから。

しかし2人にその時間がなかったので、結局は実現できなかった。

だからいざこうして自分達で買いに来ると、改めて世間にはこんなに美味しそうなモノが満ちているのだと––––––2人は実感させられる。

 

「何買う?つか、何作る?」

 

宝の山を前にした様に弾みながら、千尋は箒に問いかける。

それで箒は辺りを見回して––––––視界に食肉が陳列されたブースが目に映り、その内容を吟味する。

…最も重要視するのは値段。

多くの品を買う場合、やはり高額なモノばかりをカゴに入れるとすぐに予算を超過してしまう。

だからこの場合値段のチェックは最優先だ。

…次に重要視するのは賞味期限。

大抵のものは、ナマモノでない限り火を通せば食える。

しかし、食あたりは避けたい…その観点から、長持ちするモノが望ましい。

だが今日は帰ってすぐ作る予定である事から、多少賞味期限が短くても構わない。

そう考えて––––––品物をひとつ、手に取った。

 

「うむ…そうだな––––––唐揚げなんてどうだろうか。鶏肉もかなり安いし。」

 

「良いな、ソレ!––––––あ。なぁ、アレどうよ。養殖モンだけど。」

 

千尋が指差したモノは、魚肉コーナーの中央にあるマグロの刺身だった。

普通のスーパーならかなりの高値かつ賞味期限が短い。

だからこそ買うべきではないが––––––

 

「む……刺身の割には安いな。」

 

––––––値段が通常の半額なのだ。

それを訝しみ値札を見て、「ああ」と箒は納得する。

 

「なるほど––––––真鶴からの直送品か。」

 

真鶴とは、神奈川県旧足柄下郡真鶴町––––––現・新東京箱根市真鶴区の事だ。

漁業と青果物農業が盛んであり、仙石原都心部から車で40分弱、新東京箱根市南北線と路線を一部共有する京足貨物連絡線で30分程度の距離にある。

その事から、同地区からの海鮮物を安く仕入れる事が可能なのだろう。

それはもちろん海鮮物に限った話ではなく––––––

 

「お、ミカンも安いな。」

 

近くにあった、真鶴直送品ブースのミカンに目が向いた。

真鶴は湯河原みかんの産地でもあり、ソレらも海鮮物と同様の経路で輸送される為、非常に安い。

––––––なので、

 

「いいだろう!両方買うぞ!!」

 

思い切って、箒は大盤振る舞いに告げた。

 

「––––––ただし、まだ買いたいモノがあるから、また後でな。」

 

「えー…」

 

「…暑さで腐ってもしらんぞ。」

 

「はいよー…」

 

なんてやり取りをしながら、二人はそこを後にする。

次に向かった場所は––––––

 

 

 

 

 

 

––––––同・ビル内

レゾナンス新東京箱根店2階

––––––衣料品売り場

 

食品売り場を後にした2人が向かった先は、衣料品売り場だった。

…八広駐屯地に移ってからは、私服らしい私服はなく、衣服は基本的にジャージだったため、改めて衣服を買いに来たのだ。

というのも、第2次日本本土防衛戦後のIS学園はフナムシ(ショッキラス)(クラブロス)の巣窟となってしまった為に、米空軍B-1ランサー爆撃機と米海軍アーレイバーク級駆逐艦による燃料気化弾頭を用いた焦土作戦で地上や地下区画は徹底的に焼き尽くされた。

海底に逃げ延びた個体群も同じく米海軍のNN爆雷投下によって殲滅されたが、それで人工島の土台となる基盤も破壊され、IS学園は完全に崩壊した。

それにより、生徒の大半の私物は失われてしまった。

もちろん、千尋と箒の衣服も言わずもがな––––––2人の不幸中の幸いは、八広駐屯地に2着程度の他所行き用の私服が残されていたことだろう。

だが、この酷暑下ではたった2着では足りないというもの。

なので––––––今は衣服品売り場にいるのだ。

 

 

––––––同・売り場内

––––––アパレル店《WINDSCALE(ウインドスケール)

 

 

「まぁ、俺はテキトーにランニングとか半ズボンで良いんだけどな…。」

 

会計を済ませて、店内の柱に身を預けながら、千尋は独言る。

千尋が購入したものは、赤のタンクトップパーカーに、ベージュのハーフボトム。

現在は箒の服選びを待っているところだ。

…あまりファッションには気を遣わないタチである千尋からすれば、少し退屈な時間。

しかし箒が楽しんでいるので、それはそれで苦などではない。

…それに、

 

「箒がどんな服着て来るかも楽しみなんだよなぁ…、ふふ。」

 

––––––基本的に箒はなんでも似合うけど、やっぱ赤が似合うよなー。

なんて、一人で惚気(ノロケ)ながら、箒の試着姿が楽しみであったりもする。

––––––直後、

 

「…千尋、こんなの、どう、かな…?」

 

試着室のカーテンを開ける音と共に、恥ずかしげに問いかける声がした。

振り返ると––––––白のブラウスを着込み、紺のスカートを履いた、箒が居た。

そう書いただけなら、まだ普通の服だ。

…だが、それだけで終わらなかった。

肩で生地が裂けて白い地肌が覗く、いわゆる「肩開き」のブラウス。

薄い紺の生地の内側に少し厚めの生地に赤椿模様が描かれた袴風風デザインのスカート。

そして紅白の衣装を統合するような、肌がほのかに透けて見える程薄い生地のニーソックス。

––––––ずるい。

何がずるいって、ただでさえ顔が大和撫子(やまとなでしこ)って感じなのに、そんな服装されるモンだから––––––可愛過ぎる。

––––––だから語彙力なんて概念(もの)は蒸発して、ただ率直に感想を述べるしかできなくて。

…それを表すように、

 

「––––––は?好き。」

 

––––––神か仏を拝むかのような穏やかに微笑む顔で、千尋はそう告げる。

 

「ぅ、ええッ?!い、いやっ、ぇ⁈…ぁ、あり、が、とう……。」

 

そんな反応されるなんて予想してなかった––––––そう言わんばかりに箒も赤面する。

千尋の豪速ド直球発言にはいい加減慣れたつもりだったが、「似合ってる」や「可愛い」などをすっ飛ばして「好き」と言われることなど誰が予測出来ようか。

––––––予測可能・回避不能とはこのような状況を指すのだろう。

…ふと、

 

「…ん?お前、買ったのはそれだけか?」

 

箒が千尋の持つ袋の小ささに気付いて問いかける。

 

「あ?…ああ。他にもまだ2着あるし、それだったら1着買うだけで良いかなーって……箒?」

 

千尋のその言葉に、何故か箒はプルプルと震えている。

…心なしか、背後に修羅が見える気がしなくもない。

 

「まさかお前…『3着をローテーションしていけばそれで良い』と…そう、考えていないか…?」

 

「え、あ、ああ、まぁ、それくらいならイケるかなぁって…」

 

箒の震える声音に思わずたじろぎながら千尋は応える。

…そして––––––

 

 

 

 

 

「––––––フケツに思われるから今すぐ6着以上選んできなさいッ!!!」

 

 

 

 

 

久方ぶりの––––––箒の怒号とゲンコツが炸裂した。

 

 

 

 

◇◇◆◇◇◆◇◇

 

同時刻––––––現地時間・午前4時02分

イギリス・テムズ川河口

ロンドン=ブリタニア空港

 

––––––ケント州とサウスエンド=オン=シー単一自治体に挟まれた、テムズ川河口。

南イングランドを流れる全長346kmの河川を海へと繋ぐ、河川の終点にして海への接続口でもある三角江(エスチュアリー)の入江は、深夜であるにも関わらず、行き交う無数の船舶によって風光明美な景色に彩られていた。

その湾内––––––ジェッビー島沖に浮かぶ浮かぶ人工島「ボリス島」。

––––––そこに、ロンドン=ブリタニア空港は存在していた。

南北約6km、東西約15kmの楕円形の超巨大な人工島。

その上に4000m級の滑走路を6本が整然と並び、エプロンはその中央部に配置され、南北約4km、東西約3kmにも及ぶ広大なものとなっている。

…元々、この空港は国際線の容量が飽和状態に陥ったロンドンの空の玄関口こと、ヒースロー空港の代替および負担軽減を目的として、473億ポンド(およそ7.6兆円)という予算をかけて建造された。

また、近年増加傾向にあったテムズ川の洪水被害を抑えるべく、堤防施設(テムズ・バリア)も新しく敷設し、ロンドン市内の空港の負担軽減と水害の抑制。

加えてヨーロッパとの物流を活性化させるべく、国内の高速道路のみならず、ユーロトンネルを延伸しイギリスとヨーロッパを結ぶ高速鉄道も連結。

加えて、大型客船等が停泊可能なターミナルを東西に2箇所設け、船の発着場としても機能するという、ほとんど全ての輸送を担う中心施設を建設するという超巨大プロジェクトであった。

計画担当主任は、「我々英国は、今世紀または来世紀までに、全ての輸送とエネルギーのインフラを構築することによって、19世紀の頃のように先見性と政治的活力を取り戻すことができる」と言ったのだとかなんとか。

 

––––––だがそこは今、欧州大陸からの避難民で溢れかえっていた。

 

日本から北米経由で帰国したセシリアが耳にしたものは、数多無数の異国の言葉であった。

…ポーランド語。

…フランス語。

…ドイツ語。

…オランダ語。

…ノルウェー語。

…アラビア語。

…ヘブライ語。

…ロシア語。

––––––ガラス張りに不可思議な造形のオブジェが織りなす近未来的な風景に包まれた空港ロビー。

そこに異国の言葉が響き渡る。

––––––まるで国境という枠組みそのものが破壊されたかのような錯覚さえ覚えるその風景は、不思議な雰囲気を与えると共に。

…セシリアに明らかな焦燥感を与えた。

これだけの人々が空路、陸路、海路問わず流れ込んでいる––––––しかも明らかに政府主導の疎開政策に見える––––––という事象が。

––––––【ユーラシア陥落】という、想定される最悪の結末に現実味を持たせたからだ。

 

(いずれ私達も––––––こうなるのでは…)

 

––––––避難民の情景より、そのような危機感が芽生える。

既に戦場となっているポーランドはロンドンの大使館に政府機能を移管し、事実上の亡命政府設立へと至っている。

同じく最前線化を想定したドイツも政府機能や生産拠点の一部を米国ミシガン州や英国サセックス州、日本領神奈川県への移転を開始。

フランスに至っては未だ後方であるにも関わらず、全面的に親仏感情の強いカナダ領ケベック州と、旧植民地であるアルジェリアに避退を開始しつつある。

…イギリスも欧州の戦況悪化を受けて、同じイギリス連邦加盟国である南アフリカやカナダ等への政府・生産拠点の移設を検討しているという噂も聞く。

––––––それらから、自分達も匿う側から追われる者に変わるのではないか…という懸念が生まれたのだ。

––––––閑話休題。

…とにかく今は、指定された場所へ向かうとしよう。

そう思うと共にセシリアは脚を進める。

東ロビーから空港外縁に伸びる連絡橋を抜けた先––––––空港ロビーに直結された埠頭ターミナル。

その第2桟橋が空港に降り立った後に来るように指定された場所であった。

––––––そこに、傷んだ様にしかして美麗にも見える髪を短く括り纏めた、BDU姿の女が一人。

 

「––––––セシリア・オルコットか?」

 

BDU姿の女がセシリアを見るなり声を掛ける。

 

「は––––––はい。」

 

思わず、声が竦む。

彼女には織斑先生とはまた違った威圧感で満たされている。

そんなセシリアを見るなり、緊張を解いてやろうとしたのか––––––少し微笑みを浮かべ。

 

「––––––イギリス陸軍隷下郷土防衛隊(ホームガード)第1混成軍団第1装甲歩兵連隊第1大隊第2中隊中隊長クララ・アンドルーズ大尉だ。」

 

これから貴様の上官になる––––––と、彼女はセシリアに告げた。

 

 

 

◇◇◇◆◇◇◆◇◇◇

 

 

同時刻。

 

「ぜぇー…ぜぇー…は、ひ、ぃ…は、ぁ…」

 

相変わらず白波立つ岩場に這い上がる人影がひとつ。

それは、まごう事なき篠ノ之束だった。

 

「あ、紅椿…ぜ…は、ぁ…抱えて…はぁ…泳ぐの…はぁ……づがれ、だ…。」

 

彼女は銭洲岩礁から紅椿を収めたコンテナを抱えたまま、太平洋を横断していた。

…だが、泳げども泳げども視界に映るのは––––––荒く白波を立てる、藍色の海。

 

「い……」

 

その先にも、未だ大海原が続いている。

本州は、まだ遥か彼方。

…視線の先にある水平線を見て、

 

「いつになったら着くんだよ––––––ッ?!」

 

––––––絶叫した。

 

 

––––––現在地。

北緯34.1861度・東経139.0761度

神奈川県伊豆半島沖、南方80キロ。

太平洋上

東京都神津島村・恩馳島

––––––IS学園新校舎まで、あと100キロ。

 

 

 

 

 




今回はここまでです。

モナーク機関アフリカ支部消滅、オキシジェン・デストロイヤー、ミクロオキシゲンの実戦投入…と、世界はどんどんヤバい方向に向かっていきますが、日常パートはもうしばらく続くんじゃ。

次回も極力早く投稿致しますので、よろしくお願いします。



▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。