やさぐれかな   作:螺鈿

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幕間 洞窟で

 

 ギルド史上最年少のS級候補者。それがその時抱いていた最も強い印象だった。

 

 

 ゆらりと立ち上がり、黒い髪を風に揺らして同じ色で見つめる瞳。一挙一動から動きを推測し、隙を引きずり出して追い詰める。そのための動きをひたすらに思考する。脳内で何通りもの組み立てを行い、結果を検証し続ける。幼い少女が行うその一連の思考は、信じられないことに非常に高度なもので、老練の域に達した戦士ですら凌駕しかねないものであることを先の攻防で証明させられた。

 

 僅かな情報からこちらを丸裸にせんと見つめてくる。余裕がないのか、睨み付けるというよりかは想い人に対して行う様な穴が開きかねない程に熱くこちらを見上げる幼い少女は、なぜだか自分の大切な”彼女”を連想させる。そして幼いながら強大な力を宿す姿は、まるでかつての自分をも思い起こさせるようであった。

 

 常識外れの巨大な魔力、そして超人的な身体能力と戦闘本能の塊の様な圧倒的センス。それだけに頼らない冷徹な戦闘思考に合理的な魔法の使い方、力を盤石にする魔道への教養と理解力。

 間違いなく逸材であった。戦闘という点だけを取っても、近くに自分を超えると確信できる才能の持ち主。

 

 だが、早すぎる。それが最大の問題だった。強さの是非ではない。魔法の使い方、思考、戦闘方法……少女が使うそれらは決して独学では辿り着けない境地であったのだから。この幼い少女がそれを身に付け、行使出来ているということが問題なのだ。

 聞けば素性は知れず、その過去は一切の闇に隠されている。それでも受け入れるのがこのギルドだが、だからといってここから”先”に進ませる程お人好しという訳ではない。この戦いでその心の内を丸裸にさせてもらうつもりだった。

 

 自分が同じ年頃の時を思い出す。確かに身の丈に合わない力を持っていた。馬鹿なことも、笑えない失敗も沢山した。力に溺れていた時期もあった。それを殴って止めてくれたマスターや馬鹿な家族たち、思い出すだけで恥ずかしくなってくる思い出。

 若さといえばそれまでだ。だが、今思えばあの愚かな思考は必然で、必要だった。こんな物言いも取り返しがつかない失敗をした後では何の説得力もないが、あれは避けられないものなのだと思う。”普通の人間”ならば、持った力によって犯す愚かな行為は多かれ少なかれあり、それが成長を促すものなのだと年を取れば理解できる。

 

 では目の前の少女はどうだろうか? 冷静に自己を見つめ、淡々と最善に、求める結果のために力を振るおうとしている。そこに油断も慢心もなく、まさしく”理想的”な、”完璧”なまでの姿だ。それが”兵士や戦士”としてならば……。

 おかしい点はそこだ。この娘は一体何処でこれを”仕込まれた”? 一体誰がこの、自分から見ても称賛を避けられない程の”傑作”を作り上げた? そしてその作品をなぜ手元に置かずこんな所に追いやる?

 

 本人が語るまで寄り添うのがマスターの意向らしいが、心を開く前にここまで来てしまったのは問題だ。後回しにしたツケを押し付けられたことに対しての怒りはあるが、未だ底を見せない彼女の相手になりそうなのが自分しかいないのだから仕方ない。ましてこれ以上後回しにして取り返しのつかない程ツケを大きくするのも御免だ。

 

 自分は確かにこの少女……カナ・アルベローナを彼女がギルドに入った当初から知っている。とはいえ仕事で殆ど外にいる自分は、彼女のことをよく知っている訳でもなかった。だからここに来る前の少しの期間、自分なりに彼女を監視させてもらった。幼いながら一人で生活をこなす彼女は自分から見ても立派な社会人で、少し可愛げはないが普通の少女に思えた。他者への関心は薄いが別に喜怒哀楽に欠けている訳でもなく、ギルドの馬鹿共へ向ける視線も親しみが感じられ、一部の者とは会話を楽しんでいる光景も見れた。ギルドに対し脅威を与える事態があれば未然に防ぐ姿が見れ、マスターの言う通り自分の居場所へ一定の愛着を示していた。一番懸念していたことだが、別に誰かに強制されてここにいる訳でもなさそうであり、ほぼルーチン化した日常を送ってはいるがそれなりに楽しそうに毎日を送っていた。

 もとより彼女への信頼に関しては殆どまともに接したことの無い自分よりかはマスターの判断の方が信頼出来るだろう。それにあの”作り込まれた”精神性なら、年齢に不相応な力に溺れることはないと思える。この先は分からないが、少なくとも今は力に溺れず、ギルドという家族を守る意志もある。こうして見れば非の打ちどころがなく思えてしまう。やはり、ひとまず認めるべきなのだろうか?

 

 ……わからない。この試験が始まる前までは得体の知れない素性を明かしてくれると意気込んでいたが、心を隠してなお自分に喰らいつく姿を見ていると、それには触れてならない気もしてくる。これ以上問題を後回しにするのはヤバイ気もするが、ギルドは家族、彼女個人の迷惑事だって受け入れて見せよう。

 というか、正直面倒になってきたのもある。もうマスターが良いっていうならいいじゃないか、なんで自分に最後の判断を任せるなんて言ったのか。押し付けられた面倒事に愚痴りたくなってくる。

 

 試験を通して秘密にされたカナの素性を明かす。それがギルダーツに与えられたマスターからの頼みで、試験におけるカナの進退も一任されたのだが、ギルダーツからしてみれば厄介事としか言いようがない。そもそも信頼しているのならわざわざ明かす必要もなく、実力と資格があるなら通してやればいい、それがギルダーツの内心である。

 だから合格を唱えたいのだが、どうしてもその一言が言い出せず、こうしてグルグルと考えてしまう。

 

 自分の中の勘が警告するのだ、それで合格の一言を躊躇ってしまう。別に勘に全幅の信頼を置いている訳ではないが、これは見逃してはならない類のものだということは経験から分かる。今まで何度も命を救ってくれたソレが教えてくれるのだ。目の前の少女は決して自分が認めてはならない、危険で、得体の知れない何かであることを。決して自分を超える才能への嫉妬ではない。そんな感情は相対した時に走った寒気の前にとうに消し飛んでいる。

 

 彼女から喋ってくれれば僥倖だが、明かされることはないだろう。彼女の目に宿る拒絶の色がそれを物語っている。

 

 マスターはそんな彼女を受け入れると言ったが、本音は不安だったのではなかろうか。だから自分が選ばれて計りにされた。マスターとしては今回の試験自体は容認に回る様だったが、申し訳ないが自分は同調できない。それが言葉に出来ない勘というものなのだからカナに対しては実に申し訳なく思うが。

 過去の詮索は無粋だ。だがあまりにも不釣り合いな力と信頼できぬ過去を持ち込まれるのも困る。危険分子というつもりはないが、ギルドという家族を守るためには、なるべく不安要素は弾きたい。

 

 

 やはり今回の試験は落とすべきか……。自分の方針としては、ギルドで彼女が信頼し、全てを打ち明けられる者が出来るまで待つのが最善だと思う。もしその打ち明けられた”家族”が認めたのなら、その時は何も知らずとも自分が認めてやればいい。

 ギルダーツはそう思考をまとめると、今までカナに合わせて出来るだけ抑えていた力を開放した。

 

 

 生半可な相手では返り討ち、善戦させれば内部から不満が上がる。圧倒的で、誰もが認める結果を差し出すしかない。彼女の不合格を内外に認めさせるには、徹底的に潰す必要があった。

 ギルダーツは手加減が下手だと自覚しているが、目の前の少女にそれは必要ないだろう。なんせこの相手を圧倒するということは、そういうことなのだから。

 

 

 ギルダーツは大きくため息を吐くと、黒い瞳を見据える。普通なら自分の本気に当てられて戦意を喪失しそうものだが、目の前の少女は見た事もない、戦いが始まって初めて浮かべる感情を浮かべていた。

 それは何とも形容しがたいものだが、強いて言うなら”歓喜”であろうか。戦いが始まってから目にしていたのは、とても幼い少女が作るとは思えない、高い戦術眼に合うひたすらに冷たい表情だった。それがここにきて一変した。善戦はしたが実力差が露わになり、決着がつきそうだったのが先程まで。そしてここにきて、自分の本気を見せられて浮かべた感情が喜一色。それも気持ちが悪い、爛々と輝く目に口を吊り上げただけの笑顔。

 

 それに戸惑っているとカナは何事かを呟いた。そうすると彼女の体から、何かが引き裂かれる様な、引き千切られる様な、とても不快な音が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『力は認める。けれどお前にギルドを導き、家族を守るS級魔導士になる資格はない。今のお前に、魔法を使わせるわけにはいかない』

 

 

 その声に震えはなかったか。見下す目に畏れはなかったか。少なくとも、ギルダーツが理解を超えた”モノ”に対する目をしていたのは間違いない。

 

 

 正直に言おう。このときの自分は恐怖していた。本気で追い詰めた先に見せた彼女の力に。戦う前、遠からず自分を超えると断言した。その予想は間違ってこそいなかったが、決定的に見込みが甘かった事を思い知らされた。

 

 一つ選択を間違っていたら逆の立場でもおかしくなかった。キャリアの差で大した傷も負わずに勝ったが、それは決して圧倒したということではない。全ては彼女に刻み込まれた戦闘思考のおかげだ。

 彼女の戦い方は実に合理的で理想的、美しくすらあるものだ。なぜなら、彼女に”それ”を仕込んだ者達が”そういう奴等”だったからで、だからこそその手の手合いに経験の多い自分は早急に”彼等”の思考を読み取り、有利に事を進めることが出来たのだ。

 もし彼女が経験を積んで柔軟に動き、またもう少し早く応用を利かせていれば、現時点でも自分を相手にいい戦いをしていたかもしれない。それだけの力は十分に示されてしまった。

 

 だからこそ怖い。

 

 もし、彼女が力に溺れてかつての自分の様に道を間違ったとき、果たしてS級の自分は彼女を導けるのか。彼女に放った言葉は、まるで自嘲のように思えた。

 

 何度でも思う。一体どこでこんな力を手に入れたのか、なぜこのギルドを選んだのか、なぜ自分を相手に試験を超えた戦いをしようとするのか。この試験を通し、その中の幾つかはある程度の予測が立てられる様になった。この結果を持って帰ればマスターも納得するだろう。だが自分の中で生まれた感情、この恐るべき少女に対するこの言い様もない感情は何だというのか。

 

 ……なぜ、自分はこれほどの忌避感を抱きながらも、相対する彼女から目を離すことが出来ないのか。自分の勘が訴えかける、この逸らしてはいけないナニカとは何なのか。

 

 

『お前は……認めない』

 

 

 なぜそんなことを言ったのだろう。この言葉は自分にとってどんな意味なのだというのか。それは勝手に口から滑り出てきたもので、決して意図して言った訳ではなかった。

 ……しかしこれが失敗だったことだけは分かる。その後に起こった事を思えば、きっとこれだけは言ってはならなかった。何度この時のことを思い出しても、もう少しやりようというものがあったのではないかと思ってしまう。

 

 

 

 

 その言葉を言った瞬間だった。地に伏し、決着がついたと思った彼女は再度立ち上がった。それも今までの冷静な姿から考えられない程取り乱し、箍が外れた様に叫んで襲い掛かってくる。

 

 それまでとは次元の違う動きで力を振るう少女。先程までその統制された芸術的戦闘を見せていた彼女からは考えられない、あまりにも稚拙で暴力的な姿。そこからは自分もそれまでかけていたなけなしの一線を越えさせられた。

 本気といっても何も殺す様な戦いをするつもりはなく、多少の痛い目は勘弁という程度のものだった。しかしこれはそんなものが許される力ではなく、本気で”壊す”為の力を引き出されて、振るわされた。

 

 終わりは速かった。今までのどの攻防よりも。たった一撃でボロボロに吹き飛ばされた少女は、皮から肉が覗くどころか骨さえ見える体になった。

 

 焦ったのは自分だ。余裕がなかったとはいえ、余りにもやりすぎた。手当をしなければ今後の生活に支障が出かねない程の傷など負わせる気はなかったというのに。

 

 ギルダーツは駆け寄ろうとするも出来ない。見るも無残な体で、動かぬ足を歯を食いしばって立ち上がらせ、あの瞳でこちらを見つめてくる姿があるからだ。

 どれだけ猜疑心を持っていてもカナはギルドの家族。それを殺してしまうかもしれない事実に余裕などなく、人生でもかつてない程に焦るギルダーツの事などお構いなく、一つもまともな方向を向いていない指を開いて掌を向けてくるカナ。

 

 それは今までとは違う魔法。どんな属性にも属さない、唯々純粋な破壊の力を宿す魔。それは間違いなく、自分と同じあの魔法。その事実に一瞬唖然とするも、これ以上焦る余裕が無い筈の心は更に追い詰められる。その理由は余りにも簡単で、力を籠めるごとに彼女の体の肉が少しづつその身体から弾き飛ばされていくのが目に入ったからだ。

 

 制御が出来ていない。いや、初めからする気がないのか。自分の体ごと相手を吹き飛ばしてくれるとばかりに力を籠め、不完全な魔法を暴走させようとしていた。

 

 飛び散る血と肉の中で、それでも彼女は逸らさせないとばかりに目を向けてくる。そこに殺意も敵意もなく、あるのはただ巨大な力だけ。

 何が彼女をそうさせるのかは分からない。もしかしたらこれが剥き出しの彼女で、今こそその真意が分かるのかもしれない。しかし現状は余りに危険で、考えるより先に止めなければ相手も自分も未来がないのだけは分かっている。手段を選ぶことは出来ず、ギルダーツは応える様に手を向ける。

 

 同種の属性での打ち合い。しかし自爆覚悟で臨んだカナを遥かに超える力で押し潰すギルダーツ。それは一見豪快なようで、その実恐ろしい程の精密な動作であった。

 相手が溜める魔力を意識ごと砕く。繊細な作業は苦手というギルダーツだが、失敗の許されぬ状況でこの様な神懸った芸当を勘だけで行えるのが彼が最強たる所以だ。

 それでも彼からしてみれば、自分と同じ魔法を使う人間に会うのは初めての事で、またこんな特殊な状況も初めてだった。

 

 

 

 倒れ伏すカナとそれを見下ろすギルダーツ。この試験で都合三度見たその光景にギルダーツは今度こそ体の震えを抑えられなかった。

 

 倒れたカナの体を抱え上げると全力で走り出すギルダーツ。実力者でも影すら追えない速度で何処かへ向かった彼の後に残されたのは、魔法が使用された証の小さなクレーターだけ。その原因たる魔法の衝突の影響は、意外なほどに小さかったのだ。それはギルダーツが絞りに絞った力の使い方に成功したからか、それとも両者が余りに力を凝縮した故なのか、はたまた何か別の要因によるものか。

 

 理由は本人たちにも分からないが、こうしてカナの一度目の、そしてギルダーツの試験は終わったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 結果は成功とは言い辛いものになった。捨て身になった彼女と本気かつ全力の俺。負ける訳はなかったが、勝ってもそれはそれで問題なのだ。ポーリュシカの婆さんにはこの件で上がらない頭が更に上がらなくなった。万一の為に彼女を控えさせていたが、まさか本当に死ぬ一歩手前まで行かせることになるとは。

 

 治療場から追い出され、切り株に腰を置いて考える。なんとなく感じてはいた。そして最後のあの攻防で自分の勘はある結論を出した。それが真実だとするのなら納得がいく。しかしそう考えた場合、知らなかったとはいえ自分は余りにも愚かな行為をしたことになる。

 その事実が受け入れられず、こうして頭を抱えて唸ることしか出来ない。

 

 抱える頭に衝撃が走り、振り返る。婆さんがリンゴを投げつけてきたのか、傷のついたリンゴが近くに転がっている。

 

『終わったよ、全部ね』

 

 その言葉に安堵すると同時に再びリンゴの投擲が顔に刺さる。矢継ぎ早に落とされる説教に、唯々地面に頭を下げることしか出来ない。しかし頭を下げる資格すら自分にはないのではないかと思い、本気の涙を溢すと婆さんはドン引きした。呆れたを上げる婆さんに頼みごとの結果を聞くとそれに対しても叱られる。

 必死に頼み込み、治療と同時にカナに仕込んだ拘束も、しっかりと機能しているそうだ。島での試験の内容を話し、手伝って貰ったが、自分からしても穴だらけの説得でなんで手伝ってくれたのか不明だ。何を言われても地面に擦り付けた頭から上げない自分に婆さんは蹴り起こすと同時に言い放った。

 

『やるのは吝かではなかったさ、その判断は恐らく間違いではないからね。でもね、私にはコイツがお前たちの言う様なモノには見えないよ。ただのどこにでもいる思春期のガキさ』

 

 目を背けたくなる様な姿で眠る少女。その理由は決して俺がズタボロにしたからだけではなかった。”これ”を見れば俺が行った傷害ですら、霞んで見える程だ。

 恐らく誰も知らなかったであろう。初めて明かされたその体は、”それ”を行ったものと、許した者達に対する怒りを俺に宿らせて、そして悟らせた。マスターは何も知らなかったのであろうが、この”ツケ”は全て俺に端を発するものだったということに。かつての俺の失敗が、余りにも、余りにも大きく還って来たのだということに。

 

 自分へ怒りを抱くことも、嘆くことすら許されない。どうしていいのかすらわからない事実に向き合うことは、何者も頼ることの出来ない子供時代の様な気分を思い起こさせた。

 

 

 本当に、自分のことをどうしようもないダメ人間だと思っていた。でもこれほどだとは思わなかった。

 

 

 

 

 

 

 あれから3年経った。結局俺は何も変わらなかったのかもしれない。俺もカナも、時間が必要だと思っていた。だから100年クエストを受けて旅に出た。

 それは逃げただけではなかったのか。あの黒龍にあったとき、俺は心のどこかで安堵していたのではないか。この泣くほどに喜ばしく、そして恐ろしい事実と向き合わずに済むことに。

 

 なんにせよ、自分を追いかけてきたこの目の前の瞳からはもう逃げられない。ならば俺も向き合おう。向き合って見極めるしかない。彼女と、自分の答えを。

 

 しかしそれはフェアリーテイルのS級魔導士ギルダーツとして、仮面を被った姿でだ。自分からはとても言えない、言う資格はない。

 

 そしてそれが望まぬものでも……受け入れよう、どんな結果でも。

 

 どれだけ仮面を被っても、知ってしまった俺はギルドの一員としてはきっと動けない。目の前にしてしまえば、心が傾いていくのが分かる。自分にとって何よりも愛しい存在なのだと、理解してしまうからだ。

 

 

 (お前を導けなかった俺を恨め、カナ。そしてすまない、コーネリア)

 

 

 それでももしギルドに害すると判断出来たら、その時はここで完全に摘み取らせてもらおう。最低限、ギルドに筋は通さなければならないと思うから。

 

「どんな形でも嬉しいもんだな……」

 

 過去が変えられず、後悔ばかりだったとしても、この僅かな幸せを作り出したのは間違いなく愚かな自分がいたからだ。そう思えば、これから起こる戦いも前向きに捉えられる。

 

 ”激闘”の文字が刻まれた洞窟の中、ギルダーツは笑みを浮かべる。それは余りに弱弱しく、その姿は最強とは程遠いものだった。

 

 二人の女の笑い声が洞窟に響く。ようやく来た待ち人を迎える為、ギルダーツは立ち上がる。その顔にはもう、笑みは浮かんでいなかった。

 


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