「ルーシィ・・・・ わたしさぁ、ギルド辞めるわ」
なんというか、煮え切らないものを感じていた。
大切な家族、その中でもギルドの先輩として自分を守り、導いてくれる恩人のために何かできないかと思っていた。
自分のことを語らない彼女に、心を開いてくれるまでしつこく正面から向き合って、彼女を知ろうと決心して行動する矢先の出来事だった。
「あ~・・・・それにしてもやっぱここいいわぁ。私もここに住んじゃおっかな」
目下の人がここにいた。勝手に部屋に入るのはもういい。ギルドの仲の良い者たちは男女問わず入り込んでくるのでもう慣れてしまった。慣れたくはなかったが。
「ねぇ、ルーシィ。酒ない? 酒」
彼女のために何かをすると決めたが、どうもその決心はすぐに揺らぐ儚いものだったらしい。とりあえずルーシィは慣れた手つきで彼女に突っ込みを入れた。
「あんた、あれから父親とはうまくやってる?」
本来一人用の風呂に二人で入っているので狭いのだが、ルーシィは我慢した。忍耐力、状況を受け流す強い心、それをフェアリーテイルというギルドに入ってからは培っていると自負しているからだ。何もこんな形で培うとは思っていなかった。
「あ、うん。えっと・・・・ どーだろ?」
「手紙は? 出すように言ったじゃない」
「何度かあっちのギルドに出したけど、国中を飛び回ってるらしくて・・・・」
「手紙、帰ってこないの?」
「あっちからは来るんだけど、なーんか一方的に送られてくるかんじ・・・」
商売が上手くいってるが故の多忙らしく、一所には留まれないようだ。こちらの手紙は不定期にまとめて受け取っているらしい。そのかわりのつもりなのか、旅先のポスターカードを大量に送ってくるのだ。
カードには作家志望の私のために、本を書くときの参考になればと旅先で目にした様々なことをメモにして添えてくれるのだが、どうも的外れというか、親子そろって妙なところで世間ズレしているのを感じてしまうのだ。
「ふーん」
愚痴めいたことを言う私をニヤニヤしながらカナが見てくる。
・・・気恥ずかしい。風呂に入ってるせいもあってか顔が赤らんでしまう。
「そ、それよりも! カナ、最近何か悩みでもあるの? 様子が変だってみんな心配してるよ」
多分雰囲気的にそろそろ話してくれそうな気がしていたのでこちらから切り出してもいいだろう。
「ルーシィ・・・・。わたしさぁ、ギルド辞めるわ」
ロキが言っていたセリフそのまんまだった。予想はしていたが、やはり自分にとっては衝撃的な言葉なのだと思い知らされた。
「聞いたよ? この時期は冗談でそう言うって。でも私最近のカナを見てたら心配で・・・・」
「今回は冗談じゃ済まないよ」
その言葉に思わず湯面に浸からせていた顔を上げる。「別に前も冗談のつもりじゃなかったんだけどね」と言う彼女は言葉をつづけた。
「今回ダメだったら諦めるよ。諦めて、街を出ていく」
なにを言っているのか。別にS級でなくても魔導士を続けている者は沢山いる。むしろ、S級魔導士など自分の世界に帰ったミストガンを入れても片手で足りる程だ。
「そうじゃないんだ」
こちらの考えを見越すかのように言うカナは、なぜだかとても穏やかな顔をしていた。
「なんだか満足しちゃってね。もういいかなって」
いけない。カナは本気だ。本気でギルドを出て行ってしまう。
ルーシィはそう感じ取った。
カナを引き留めなければ・・・・
内心で焦るルーシィだが、それで頭を一杯にしてしまわなかかったのは、きっと今までの経験からだろう。ギルドに入る前の彼女なら、きっと感情的に問いすがることしか出来なかった。
どうすればよいのか、その答えを得るためにはまず彼女に対するいくつかの疑問を解かなくてならない。そう判断したルーシィはカナに踏み込むことを改めて決意した。
きっと今なら、どんなことでも答えてくれる。そう確信していたから。
「ねぇ、カナ。聞いてもいいかな」
「なんでも」
言質はとった。なんだか戦いよりも緊張してきた。
「辞めるのは、S級試験に落ちたとき? 4回連続で落ち続けてるから?」
聞いた話によると、カナの試験は今回で5回目だ。彼女は同年代では最古参だ。後から入ったミラやエルザが先にS級になったのは堪えただろう。4回連続で落ち続けているのは彼女だけで、コンプレックスなのかもしれないとギルドで言っている者もいた。
「うん? ああそれはあるかな。確かに次ダメだったら辞めるね。でもそれはついでみたいなものなんだ」
どういうことだろう? 新たな疑問が出てきたが、自身の決意を笑うように意地悪い、自分で聞き出してみろという顔が目の間に浮かんだ。
「聞いたよ。カナは滅多に力を使わないけど、本当は凄く強いんだって」
「”本当は”って・・・、別に隠してるつもりないんだけど」
照れて赤くなるカナ。あ、これは珍しいかも。いやいやそんなことより・・・・
「ダメだったらってことは、受かれば辞めないんでしょう? カナがその気になれば受かったも同然じゃないの?」
噂に聞く分でも、受からないほうが不思議である。むしろなぜ4回も落ちたのか。
「言ったじゃん”ついで”だって。私にとっては、最初の一回と今回の試験、それ以外に価値はないんだよ」
どういう意味だろう? 最初の一回と今回しか価値がない? だから今年までやる気がなかったと?
疑問符を浮かべるがカナはクルクルと湯を指でかき回してる、正解にたどり着くまで答える気はないらしい。
「カナは5年前の、最初の一回目は落ちたんだよね?」
「そうだね」
「試験ってどういうのだった?」
「ホントはバラしちゃダメなんだけど・・・・、まぁみんなの予想通りS級とのガチンコだよ」
「勝ったの?」
「負けた。 ・・・・でも、S級になるのには勝ち負けは関係ないよ。幾つかの試験でS級の素質を認めさせることが条件なのさ」
S級の素質? それがないからカナは落ち続けているのか? だから魔導士ギルドを去ると?
いや待て、試験の合否とカナのやる気、先程の言葉が繋がらない。どうも最初の一回目の試験に落ちてやる気をなくしたという訳でもないようだし。
一回目と今回の試験にしか価値がないからやる気を出さない。S級の資格を認めさせる機会は二回目以降も均等にあったはずだ。一回目と今回、それとほかの試験の違いは・・・・
「うぅ~」と唸る私。これでも作家志望なのだ。謎を前に思考停止したくない、がんばれ私の頭。
そんなことを思いながら顔を半分沈めてぶくぶくと湯面に泡を立てる。
そんな私を見かねたのか、カナが助け船を出してくれた。
「そういえば、私がカード魔法を始めたのも5年前だったかな」
5年前? 5年前になにがあったのか。5年前と今、その間、何が違う?
カナの言葉に思考を広げるルーシィ。これでもお嬢様育ちで教養のあるルーシィはそうであるが故に考え込んでしまう。
5、5・・・星の位置、精霊魔法、マグノリアの歴史、事件。思考の渦に飲まれかかって思わず頭を振る。
そういえば、5年前は自分がフェアリーテイルにいるなんて思ってもなかったなぁ。
5年前と言われてふと考えてしまう。あの屋敷にいた頃は、こうして誰かと二人で狭い風呂に入るなんて思ってなかった。痛い思いも辛い思いも沢山したが、それでもこのギルドで経験したことや出会った人々は自分の宝だ。その中でもカナや同世代の友たちは一際輝いている宝だ。これからも様々な経験を共にしていきたい・・・・
同世代の仲間たちにはS級候補者が多い。これほどの人数は初めてだとマスターも言っていた。それだけこのギルドには有望株が多いのだ。きっとこれからフェアリーテイルは今後かつてない隆盛を迎えるだろう。きっと楽しくなる、間違いないのだ。だから辞めさせたくない、一緒にいたい。
カナと離れたくない。我儘だと分かっているが、カナだって必ずしも辞めると言っているわけではないのだし、全力で引き留めてやる。
そう思って意気込んだ瞬間、ふと思い浮かぶ。
・・・・あ、そうか
「カナの最初の試験って、S級の誰と戦ったの?」
S級と戦ったというのなら、その人は限られる。S級は片手で足りる程しかいないのだから。
4年前にいて、3年間クエストに出て、最近戻ってきた人・・・・
「ギルダーツ」
私の言葉に正解だというかの如く笑顔になってくれた。そして・・・・
「娘なんだよね。私しか知らないけど」
絶句した。多分今の私の顔はナツやグレイといった者たちを笑えないものになっている。別に彼らを蔑むわけではないが。
「6歳の時かな、母親が死んでね。その遺書に書かれていたんだ。あとはまぁ、ギルダーツを追ってフェアリーテイルに辿り着いて、入り浸ってたらいつのまにかギルドに入っちゃってた」
舌を出して笑いながら言う彼女に、私は今までの謎に納得がいった。
なぜ今までの試験でやる気がなかったのか。きっとギルダーツに認めてもらいたかったのだろう。自分の父親に。確認を取る意味で尋ねてみると、彼女は頷いた。
「認めて欲しいってのは、やっぱりあるかな。私、一度目の試験で大分厳しいこと言われたんだ」
『力は認める。けれどお前にギルドを導き、家族を守るS級魔導士になる資格はない。今のお前に、魔法を使わせるわけにはいかない』
一言一句忘れないといわんばかりにカナは傷ついたであろうその言葉を、気付いているのかいないのか、楽しそうに語った。
「それからかな、カード魔法覚え始めたのは。あれってそれまで私が使ってきた魔法と反対だったから・・・・・」
なんとなく理解してしまった。多分、カナはこのとき表立って戦うことをやめてしまったのではないだろうか。その昔フェアリーテイルで一番血生臭いとまで言われた自分を変えようとしたのではと私は考えた。
カード魔法は戦闘には向かない。様々なことができ、熟練すれば便利で汎用性も高い魔法だがその性質は利便性に長けた、生活に密着した魔法だ。
「今回はあれから育んできた自分を、今のわたしをぶつけるつもり。全力で。そして見てもらうんだ、ギルダーツに。そこでS級魔導士として認められたら・・・・」
あぁ・・・ギルドを辞めるといったときと同じ、強い覚悟を感じる。
「言うつもりなんだ」
無理だ。引き留められない。きっとこの試験に失敗したら彼女は出ていくのだろう。全てを抱え込んで、二度と父に会わないように。
「で、でもそれならS級になれなくったって・・・・」
「なんでかな? 最初にあったときに言えばよかったのにね・・・・」
彼女は立ち上がって言った。風呂に波が立って私の顔にかかってしまう。
「その一言をいいそびれちゃってさ。アイツは初対面で不安だったガキの私に”こんなところにいたら酒臭くなるぞ”とか言ってきて、
なんで気付かないんだってショックでさ・・・・」
背を向けて出口に向かうカナ。顔は見えない。
「きっと意地なんだと思う。私からは絶対に言わない。でもアイツは馬鹿だから気付かなくて、このままじゃいつまでも足踏みしてしまうから・・・・」
「あの人にS級を認められたら・・・・ あの人の娘を名乗る資格も、手に入ると思うんだ」
「認められなかったら・・・・ 私はギルドを抜ける。自分を許せそうにないから」
震える声で自分に言い聞かせる様に言う彼女を、衝動に任せるまま後ろから抱きしめた。
驚くカナ。まだ風呂場だから、危ないからと言う彼女を無視して離すまいと力を籠める。
「あたしがカナのパートナーになる!!!」
え?と振り返るカナ。先程振りに見た顔は、予想通りのものだった。
「絶対ギルドを辞めさせたりなんかしない!! あたしがカナをS級魔導士にするから!!!」
彼女の目から零れ落ちてしまった。
「・・・・ダメかな?」
「ううん、ありがとう」
こぼれた涙の意味を変えられただろうか? そうだといい。
自身の力量は理解している。戦闘力という点で、自分はきっと他の候補者とそのパートナーの中では最底辺だろう。戦闘力以外の力だって、魔導士としては未熟だ。
それでも言わずにはいられなかった。カナはルーシィがマグノリアに来てから深く関わった人の一人だ。自身が依頼先で起こした失敗を笑いながら聞いてくれ、励まし、助言や手助けをしてくれた。時には身をもって大切なことを教えてくれたこともある。
ギルドでの辛い戦いも楽しい思い出も、変わらない調子でいつもの酒樽の特等席で聞いてくれた。
いつ頃だったか、気付いたのだ。あの酒樽に囲まれた、机の上の特等席にカナはいつも一人で座っていることを。そんなカナを興味深い顔で見上げるルーシィを引き上げ、自身の隣に置いて酒を飲み続ける姿を初めて目にしたのは、自身がギルドに入ってどれだけ経った頃だったか。自身の身を引き上げといて何も話さないカナになぜだか自分のことを話したのはどれ位昔のことなのだろう?
自分はギルドに来て1年も経っていないのに随分と昔の様にルーシィは感じていた。それほどにカナの存在は、彼女の中で日常の、当たり前の存在になってしまっていたのだ。
彼女を支える時が来た。そうルーシィは受け取ったのだ。自身の力量不足を理解し、彼女の進退がかかっている大舞台。その上でこの役割を誰かに譲ろうとは思わなかった。
負けられない戦い。初めてではない。ニルヴァーナの戦いの時も、エドラスの時も、後がない戦いだった。だが、ギルドの、頼れる誰かに任せられる状況にも関わらず、戦いの場を譲りたくないと思ったのはこれが初めてだった。
「よろしくね、ルーシィ」
こぼれた涙は体に滴る雫と共に落ちて、床を打って排水溝に飲まれていった。カナのこの様な顔を見るのはルーシィにとって初めてのことだった。
家出したときは、心のどこかで箱入り娘の自分には無謀だと思ってた。それはきっと正しかった。このギルドに辿り着いたのは確かに自分の力だ。何もわからず、頼れずとも、自分が行動しなければここにはいられなかったのだから。・・・・でも、そこからあの喧しいナツに出会い、ここに導かれた。ギルドという新しい家を得てからも、ずっと誰かに手を引いてもらっていたように感じる。
ルーシィは理解した。今度は自分が迷った家族の手を引く番が来たのだと。
半裸男や直情火蜥蜴、ホスト精霊に漢馬鹿、雷信者共を蹴散らし、あのとんでもない鈍感オヤジに、こんな素敵な娘がいることを分からせてやるのだ! と。