ルーシィとカナのタッグが結成されてから一週間経った。
ギルドの聖地でS級魔導士試験の開催場所である天狼島に向かう船の上にカナとルーシィ、その他の者達はいた。
「アツイ!!!」
カナと冬の寒さを溶かすように風呂の中で語り合ったのが先週とは信じられない。亜熱帯の様な暑さと湿気の中、水着で足を放り投げて叫んだのはルーシィだ。この辺り一帯は海流の影響で一年中この様な気候だと聞いており、冬のマグノリアから常夏のバカンス気分だと思っていた船上の彼等の気分は、実際には想像以上の暑さでだれきってしまった。
暑さからなのか、どこか外れた調子で冗談を言うルーシィ。普段は反りが合わない他の者達も一様に水着でグダグダとして大人しい。
「そんなに暑いならグレイに氷つくってもらえば?」
カナの提案に名案だと相鎚を打ちそうになったが、呆れた声によって遮られる。
「これから争うことになるってのに馴れ合っちゃって」
眼鏡越しにこちらを見るのはエバーグリーンだ。彼女の言うことはもっともだが、暑いものは暑い。涼む為の氷を作り出すことなど造形魔導士のグレイなら朝飯前なのだからよいではないかと反論しようとしたが当の本人から断られてしまった。
「そういうことだ。試験の前に早く慣れろ。それに氷が無くなったらもっと悲惨だぞ」
反論の余地がない彼の言葉にがくりと肩を落とす。しかしまあなんやかんやで試験が始まる前まではこのようにフェアであろうとするのはこのギルドの仲間内の関係は、互いを蹴落とすのではなく、高め合う関係なのだと改めて思う。なんだかこちらの心の内を見透かされたような気になってしまい、視線を空へと向けた。
仲間の厚意はありがたいが、こちらは今回はそうはいかないかもしれない。なにせカナのギルドへの存続がかかっている。その為に、実力の劣る自分は何でもしなければならない。ルーシィは遠くに流される雲に向かってそんなことを呟いた。
「ルーちゃんだらしない」
結構な覚悟を心に再燃させた自分はどうやら暑さにだらけているように見えたようだ。なぜ自分の肉体は心打ちとは裏腹に欲望を忠実に表してしまうのか。それでも彼女に失敬なと言おうと思ったが、この暑さの前には無駄に行動する気力すら沸かなかった。
「てかジュビアとカナ暑くない? その恰好」
暑さにだらける自分たちをよそに、この場で汗一つかかないジュビアにそのパートナーであるリサーナが声をかけた。
「ジュビアは暑くない」
「私は慣れてるから」
ジュビア格好はいつもの黒のロングコート。カナは彼女の普段着る胸元を強調した服ではなく、初めて見るものだ。動きやすそうな、身軽な服に体を覆うような上衣。あれだけの厚着でなんともうらやましいことだ。しかし水人間とも言うようなジュビアはともかく、カナまでいつもの調子なのは一体どういうことか、まるで納得できない。しかし今の自分たちには抗議を唱える気力も沸かない。
・・・・それにしても、先程の言葉はもしかして自分が五回目の試験だからという意味だろうか。自虐だとしてもまったく笑えない冗談だ。流石に他のみんなもスルーで通す様子だ。
そんな周囲の反応をよそにそのカナは何の気負いもなく飲み物を飲んでいた。以前悲壮なまでの言葉と決意でこの試験に臨むといったその姿からは裏腹な彼女だが、その内心を他人が伺える要素は欠片もない。自身がギルダーツの娘なのだということを誰にも気づかせないという彼女の言動はここにきても変わらないようだ。
それとも、自分が過度に意識しすぎているのか。自分は昔から無駄に思い込む性質だし、特に緊張しているという訳でもなく平然としている彼女を見ていると、やはり自分のほうが気負いすぎなのではと思ってしまう。
「あの装備・・・・やっぱり本当に本気ってことか」
誰に言うつもりでもなかったのだろう。小さく呟いた言葉はグレイから聞こえたものだ。今は暑さ故に普段よりも目線に困る姿をしているが、意を決してどういう意味かと聞き出そうとしたルーシィの上から影が落ちる。その小さな影の持ち主は、わがギルドのマスター・マカロフだ。
「あの島こそが天狼島。そして、フェアリーテイル初代マスターメイビス・ヴァーミリオンが眠る地・・・・」
タイミングを外されたルーシィはグレイから聞き出すことを諦めた。マスターから一次試験の説明と開始が告げられ、それどころではなくなったからだ。
「悪いな、5分後には解けるようになってる」
「ごめんね。行こう、ガジル!!」
「いくわよ! エルフマン!!!」
開始の言葉が告げられてから一分も経たない出来事だった。船を覆うように術式を展開し、自分以外の全員を閉じ込めたフリード組とその術式を書き換えて先に進んだレビィ・エルフマン組。一気に三組に差をつけられてしまった。
「出せーーー!!!!」
ナツが叫んでいるがどうしようもない。試験は8つの通路と各先にある戦いだが、3つは先に埋められてしまっただろう。候補者同士の戦いが2つにS級が待ち受けているのが3つ、運がよければ誰にも当たらず通路を通り抜けられる。私たちのチームはカナの占いにより強者を避けるため、また選択肢を広く持つために先に到着したかったのだが出遅れてしまった。
「くそー! エルザやギルダーツの通路取られてねーかな・・・・」
まぁナツのようにわざわざS級を狙いにいく者もいるが。
「まぁここは待ちだね。仕方ない」
ロキは大人しく椅子に戻り、グレイと話をしている。この先の方針を確かめ合っているのだろう。未だ諦められず術式の壁に向かっているナツ以外のチームも同様だ。我がチームメイトに目を向けると、いつの間にか新しい飲み物を船内から持ってきてパラソルの下でこちらへ手招きしている。
「ノンアルコールだよ?」
そういうことじゃない。ルーシィは自分とカナとの温度差に、暑さのせいだけではなくガックシと肩を落とした。
「よっしゃー! 行くぞぉ!!!」
開口一番、術式が解けた瞬間に飛び出していったのはナツとハッピー。最初ハッピーをパートナーにすると言ったときは私よりも弱いだろうと内心思ったが、このような試験では大活躍だ。
「アイスメイク”フロア”!!」
「せめてパンツ位はきなよ」
「アニマルソウル”鴨嘴”」
「待って下さいグレイ様ぁ~」
飛び出していった三組を追いかけるようにグレイとジュビアのチームが海を渡っていく。それぞれの魔法の特徴を生かした方法は先に出た者達を猛追するかのようなスピードを生み出し、船から離れていく・・・・
「やばっ! このままじゃ私たち最下位じゃん!!?」
「まあ落ち着きなって、まだメストとウェンディが残ってるし」
「そういう問題じゃ・・・・・・・って消えてるーー!!!!」
「あれぇー!!??」
先程までいたはずのメストとウェンディはいつの間にか消えており、目を丸くして驚くカナとルーシィ。
「じゃあ私たちもいくか」
カナは気だるげな声で魔法の媒体となるカードを取り出した。カードは宙に浮かぶとまるで意思を持ったかのように動き、海面と船の間の空間に向かって足場と階段作り出す。
「急いでもしかたなし、ゆっくり行こうか」
周囲の状況など関係なしと言わんばかりに作り出した足場に向かって歩き出す。常にマイペースを崩さないカナの姿はいつもなら頼りになるが、さすがにこの状況でその発言はいただけない。ルーシィはカードの足場を降りながら睨み付けた。
「今更慌てるぐらいなら魔力と体力を温存しようって話だって。それに本当に珍しいんだから、この島に来れるのはさ」
踏み終えたカードは自動的に動いて次の足場を作り続ける。弁解するように言うカナの言葉は一定の説得力はあるが、船から持ってきた飲み物をそのまま飲み歩く姿は緊張感のかけらもない。それに持っている飲み物も本当にノンアルコールか怪しいものだ。
物言いたい顔をするが、海に入らずに歩を進めているのもカナのおかげなのでルーシィは無理やり自分を納得させることにした。
「・・・・はぁ、まぁしょうがないか。それに残り物には福があるっていうし、私運が強いからきっと残ってる通路も当たりでしょ」
「そうだね、ルーシィがいてくれればこんな試験は余裕だって」
自分に言い聞かせるように言うルーシィにカナがとってつけたようなことを言う。この期に及んでもどこか他人事なカナにルーシィは少しだけ腹が立った。そもそもカナがギルダーツに自分の力を認めさせる為に協力しているのに本人のこのやる気のなさはいかがなものか。
「別に当たりじゃなくたっていいんだよ。誰が相手でも構わないさ。私たちに勝てるはずもない」
それはまるで、誰が相手でも勝つと確信しているような言葉。一体どこからそんな自信が来るのか、適当なことを言うと苛立ちが積もりそうになったが、こちらを見るカナと目が合って黙らせられた。絶対的な信頼。自分たちの力への自負。それを信じるが故の余裕。理解してしまえば、顔が真っ赤になるのをルーシィは避けられなかった。
「あ~・・・・うん、ソウダネ」
照れたルーシィにカラカラと笑い声をあげるカナ、それに負けまいとカナを弄ろうとするルーシィ。そこには気負いなど見られず、普段の酒場で談笑するいつもの二人がいた。
「お! 残ってるのはHルートか。私たちに美貌に相応しいと思わない?」
冗談を言いながら残った一つのルートを見上げるカナとルーシィ。なんだか申し訳なく思いながらも、結局のんびりと歩いて来た二人は当然ながら通路には最後に到着した。
「分かっていたけどやっぱビリか。なんか意地でも最後の文字は選ばないあたり皆負けず嫌いだよねぇ」
AからHまでの通路があれば、最下位ともとれるような番号は選ばない。フェアリーテイルというギルドの気性を表す候補者たちの言動に、ルーシィは何処か納得をさせられた。
「じゃ、早速いこっか。もし”闘”だったら流石に申し訳ないからね」
「うん、準備は万端。いつでも戦えるよ」
候補者同士が戦う”闘”の通路だった場合、相手が来るまで先に着いたものは待たなくてはならない。他の者よりかなり遅れていると自覚しているので、足早に通路に入っていった。これでもし待っているのが一番先に通路を選んだであろうフリード組なら、笑い話というより申し訳なくなる。
二人がある程度進むと洞窟の出口が見えた。その出口の先はこちらから見える限り、吹き抜けの開けた空間に繋がっており、荒野の様に何もない土地がポカンと広がっていた。船で外から見たときは緑溢れる島だと思ったが、このような場所もあるのだなとルーシィは思った。そしてこのようなあからさまに”さぁ戦え”と言わんばかりの場所に出されるということは、少なくとも戦いを避けられる”静”のルートではないのだとも理解した。
(残りものに福は来なかったか・・・・)
ルーシィは自身が強運だと自覚しているが、今回ばかりは運のなさを嘆き、俯いてため息ついた。別に自分は戦闘好きという訳ではないのだから、出来れば”静”のルートがよかった。
しかし嘆いてばかりはいられない。今にも戦いは始まるのだから、気合を入れなければと顔を上げる。その瞬間顔をぶつけてしまう。ルーシィがぶつかった先はカナの背中だ。前を歩いていたカナが立ち止まったが故にぶつかったのだ。何事かとカナの様子を見ると彼女は出口付近で、この通路の答えを示す文字を見上げている。
「う~ん。やっぱりルーシィは運が良いねぇ。”大当たり”だ。・・・・ホント大好き、マジで惚れちゃいそう」
「う、嘘・・・・」
カナの言葉と視線の先を見つめる。そこには試験上最悪の結果の”激闘”の文字。そしてその先の荒野に見えるのは・・・・・・
「お前ら、流石に遅すぎねぇか? 眠っちまうかと思ったぞ」
ギルド最強の魔導士として誰もが認める男。ギルダーツ・クライヴであった。