やさぐれかな   作:螺鈿

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それぞれの試験 2

 

 

「ウォータースライサー!!」

 

 強力な水圧によって放たれた水の刃は鉱石すら切り刻む。人が触れなどしたらただで済むものではない。高速で迫りくる刃に対し、ミラはゆらりと体を揺らして身を屈めた。一瞬力を溜め、解き放たれた四肢に付随して背中の翼が空を切る。

 大人でも吹き飛ばせそうな風圧を生み出しつつ水の刃を躱していくミラ。時折飛び散る水が体にかかり、薄暗い洞窟の明かりに反射して蠱惑的な光景を作り出す。纏わりつく水に湿っぽさなど感じられず、風と共に気持ちの良ささえ思わせた。

 

 その豊満な体と滑らかで優雅な挙動。危うささえ感じられる四肢の魅惑。悪魔の肉体を手にしたことで、淫猥さはむしろ増し、淫虐にほど近い印象を対峙する者達は感じていた。

 

「ジュビアの攻撃は終わりません!」

 

 こちらの攻撃など雨粒の如しと迫るミラに、ジュビアは手を休めない。一で駄目なら二、三。それでも駄目なら面で攻撃するといわんばかりの水の砲火。ミラがその身の内に力を宿す魔導士ならば、ジュビアは内から外へ力を繰り出すことを得意とする魔導士である。かつてはエレメントフォーという、ギルドにおいてS級魔導士と同格の位置づけであった者同士の戦いは敵と味方、両者の美貌を演出するかのように派手になっていく。

 

「やるわねジュビア! でも…」

 

 休まることなど知らず、徐々に過激化する対空砲火に滲み寄った距離を切り捨て一旦離れる。近づけまいと構えていたリサーナはその不自然な動きに警戒を強めるが、それを嘲笑うようにミラは上空に舞っていく。

 

「でやあああああッ!!!」

 

 開幕当初のリサーナを思わせる蹴りを天蓋の岩へと放つ。魔力が籠められた蹴りは耳に響くほどの音を立てて天蓋を爆砕し、人間大程の岩が次々と落下していく。

 

「これで、どうかしらッ!?」

 

 それでもこの程度の攻撃、自分たちを揺るがす程ではない。岩ごとその体を吹き飛ばしてくれるとジュビアが水を昇り上げさせる。ウォーターネブラと名付けられたその攻撃は落ちてくる岩を打ち砕き、そこにいるはずのミラの元へと走った。

 

「何処に!?」

 

 岩を弾き終えた魔法はそのまま上空で水を散らす。手応えが感じられなかったことで逃げられたと判断、直ぐに敵を感知しようとするジュビア。意識だけが反応して視界の端に姿を捉える。そこには初撃の奇襲を思い出させる、恐ろしい程のスピードでこちらへ距離を詰めるミラがいた。

 

 悪魔の肉体により上昇した魔力。それがもたらす最も顕著なのものはスピードとパワーだ。エルフマンで分かる様に、テイクオーバーで得られる最大の長所は取り込んだ魔物の特徴などではない。人を凌駕する人外の力。単純すぎるそれこそが戦闘においては最高の武器となり得るのだ。分かっていても対応を許さない、人間の限界を軽く超える純粋な力。

 それを自覚し操るミラという魔導士はまさしく歴戦の戦士で、だからこそこうして僅かな小細工さえすれば戦いというものは大抵片付くことを知っていた。

 

「アニマルソウル”兎蹴擬”」

 

 襲い掛かる気配に反応し、反射的に腕を差し出す。構えた腕に強烈な衝撃を感じるとともに、滑空して地面からわずかに浮いていた体が地に落ち、踏鞴を踏ませられる。

 

「やってくれるわね、リサーナッ!」

 

 落ちてくる岩を足場にして移動してきたのか。リサーナの体の動きに遅れて岩が明後日に見える。宙で目が合うと同時、崩壊の終わりを告げる岩の塊が二人の周囲に落ちてきた。ジュビアやリサーナの攻撃の範囲外、弾き飛ばされずに余った岩たちも各所で音を立てる。自分達が落とした岩がようやく地に着くという時間。そこで睨み合っているという両者の関係が、今の攻防がいかに刹那のものであったかを語らせる。最後に天蓋から落ちてきた岩に反応し、二人が距離を置くと直後にリサーナとミラの間で音を立てて砕けた。

 

(また”コレ”か。全く、とんでもない魔法の使い方をするようになったわね)

 

 蹴撃を終えたリサーナの体は人間のそれ。先程の攻防で一瞬見せたときは確かに足にテイクオーバーしているのが確認できた。

 先程から幾度も自分の攻撃に反応されて防がれている。身体能力と攻性的な魔力の使い方は遥かにこちらが上回っているのに、仕留めきれない。ジュビアを狙えば先程の様にリサーナが守りに入り、リサーナを狙えば砲台としてのジュビアの火力が生きてくる。リサーナがこちらの世界に帰還して少し、お互いの意思疎通もまだまだ物足りないであろう。結成帰還は僅か一週間ながら上手く動く二人にしてやられていることにミラは内心驚いていた。

 

 距離をとるリサーナがふらつく。どこか怪我したのか。一瞬心配してしまいそうになる姉としての思考をすぐに破棄する。ふらついたリサーナは目を虚ろにし、視点の焦点が合わずに崩れ落ちる。頭から大地に飛び込みそうになるその一瞬、獣の如く四肢を着けて視界から消え去る。

 

「アニマルソウル”猫駆擬”」

 

 人間ではありえない様な動きで自分の死角から攻撃を仕掛けてくるリサーナを、ミラは戦闘に集中した意識で捉えていた。普通の相手ならここからの攻撃を防ぎ、いくらかの反撃も加えるがここはあえてそうしない。いや出来ない。先程うかつに手をだして痛い目にあったことを思い出す。

 

「チィッ!」

 

 ガードを固めると同時に悪魔の体になって出来た尻尾で殴打する。四肢を使い、獣でも稀に見るしなやかさで攻撃を避けたリサーナは擦れ違い様に尻尾に2、3撃打ち込んでいった。次はこちらの番とばかりに拳を握りしめるが、相手はすでにバネの様なバックステップで後方に去っている。まさしく猫の様な動きに感嘆しそうになるが、その余裕は追撃とリサーナの防護、二つの意図を含んだジュビアの魔法に邪魔される。

 ミラは上手く戦闘を運ばれることに対しての少なくない苛立ちを籠めて、向かってきた水に先程握った拳を叩きつけて飛沫を飛ばした。

 

「ナイス、ジュビア」

 

「ええ。ですがあまりよろしくありませんね」

 

「だね。そろそろ仕留めたいところなんだけど……」

 

 一方で挑戦者たる二人は焦っていた。初撃の対応を含め、リサーナのミラの予想を上回る戦闘力により自分達でも想定以上に相手をかき乱すことは出来た。しかしそこからが遠い。相手の本能的な勘というのだろうか、ここぞというところで一撃が決まらない。それが隔絶した悪魔の戦闘力によるものなのか、ミラのS級魔導士としての技巧なのかは分からない。だが間違いなく相手はこちらを超える”何か”で自分たちを一線を越えるところに踏み込ませないのだった。

 それが結果的にお互いの体力と魔力の削り合いという現状を生んでしまっている。2対1ならそれでも有利とも思えたが、相手の余裕ある態度を見るとそれも不安に思えてくる。なにより水人間ともいうような先天的な体質により、高い魔力と効率的な魔法の運用をするジュビアはともかく、リサーナの方がもたない。未だ士気高く気丈に振る舞ってこそいるが、戦闘を始めてからの時間と”技”の使用回数を考えればそろそろ限界がくるはずだ。悟られんとする彼女に感謝と敬意を覚えそうになるが、勝利しなければなんの意味もない。ジュビアは勝つための思考を回し続ける。

 恐らくこのまま続けば一番に脱落するのはリサーナだろう。僅かながら現況で優位に立っているように見せかけているのも、彼女の要因が大きい。リサーナが消えれば一気に戦況は不利になるのは目に見えている。

 

 相手がいかに現役復帰して間もないとはいえ、こちらはS級と互角の地位にあった魔導士と、S級とその候補者を姉と兄に持つサラブレッドの二人掛り。ミラが仕留めきれないと悔しがる一方で、こちらも仕留めきれないと歯を食いしばっている。一見互角なようでそうではない。こちらは必死だが、あちらはまだまだ余裕がある。本来なら持久戦に持ち込まれれば一たまりもないのだが、そうしないのはこれが実力を示す試験だからであろう。

 

 ジュビアは何も魔導士としての資質の全てが戦闘力などとは思っていない。実際レヴィが候補者に選ばれているのも彼女の言語学と知識、それを生かす魔法の応用力を評価されてであることは明白だ。しかし、しかしだ。自分は元ファントムロードのエレメントフォーの一角。ファントムロードがすでに無く、またそれが如何に悪辣な評判であったにしても、あそこは確かに自分の居場所の一つで頂点を認められた称号は自分の存在を支えるものの一つであった。例え他者からの無責任な評判だとしても、ライバルのフェアリーテイルと互角と言われたのならば互角でなければならないのだ。戦闘力においても負ける気などない。例え2人掛りでもだ。何より、どこかの通路で自分の愛するグレイが戦っている。彼のここに来る前の意気込みは相当なもので、S級という資格がどのようなものであるかを目に籠る意志が語らせていた。

 

(ジュビアは負けません。ここで絶対にS級になります、見ていてくださいグレイ様……)

 

 ジュビアにとってこれはただの試験ではない。かつての自分と、今の自分、愛する人とジュビア自身に捧げる戦いなのだ。平たく言えば”女の戦い”だ。

 

「っと、来たよ!」

 

「次はジュビアから、大きいのいきます!」

 

「了解了解ってね」

 

 ミラが爪を立て、遠間から空間を切り裂くように腕を振るうとそれに続くように魔力の刃が飛んできた。ジュビアとリサーナ、二人の間の空間を裂くように飛んできた斬撃を左右に別れるように躱しながら次なる攻撃の算段を伝える。いい加減膠着状態に飽きたのか、ミラの眼つきが変わったのが分かる。あちらもここから大きく出るだろう。これが最後の攻防かもしれない。

 

「……そろそろ終わらせましょうか」

 

 静かに呟いたその言葉と同時、爆発的にミラの魔力が高まるのを二人は感じた。空間に緊張が満ち、全ての音が消える。

 

 

 来る。直感と同時にテイクオーバーをリサーナは発動させた。それまでの使い方と違い、全身をテイクオーバーして獣の鎧に身を固める。その選択肢を選んだのは殆ど勘によるものである。一瞬の瞬発力を強化して逃げてもよかった。いや、当初はそうするつもりだったのだが、逃げられないという勘からの警告をリサーナは信じた。そしてそれは間違っていなかったと直ぐに悟ることになる。

 

 上下左右、殆ど同時に襲い掛かる拳と蹴り、尻尾による型破りな攻撃に死角からの攻撃は翼によるものか。まさしく悪魔の様なミラの猛攻をリサーナは寸でのところで耐えていた。幾つかの攻撃は防御を超えて体に突き刺さる。同じ全身テイクオーバーの筈なのに子供と大人程の力の差を思い知らされる。やはり全身へのテイクオーバーを選んで正しかった。生身なら初撃で沈んでいたことだろう。リサーナは襲い掛かる悪魔の暴風に対してそう思った。

 

「持続して使えないんでしょう? ……あの”技は”」

 

 ミラは打撃を加えながらそう問いた。今までのような一撃に特化した攻撃ではない。細かく、鋭く、確実に急所を狙い、動く隙も与えない攻撃。右へ、左へ、体が弾き飛ばされてもそれを許さず暴風の中へ押し込める。ミラは情け容赦のない攻撃の理由を説き始める。リサーナはそれを聞いているのかいないのか。暴風の中に血が飛び散り始めたことが答えといわんばかりに話を続ける。

 

「”部分的なテイクオーバーの意図した暴走”、それがあの”技”の正体ね」

 

 ついに暴風に耐えていた壁がこじ開けられ、その穴にねじり込む様にミラが回し蹴りを叩き込む。蹴りにより吹き飛んだリサーナはかろうじて残った意識を掴むように体をばたつかせる。鳥のアニマルソウルに切り替え、翼で慣性に逆らって吹き飛ぶ体を押し止めようとする。

 

「理屈は単純。昔のエルフマンの様に体の一部へのテイクオーバー。ただし接収した魔物の因子との同調を高めて意図的な暴走状態を生み出し、一瞬だけど全身へのテイクオーバーを上回る出力を生み出す」

 

 健気なリサーナの抵抗を嘲笑うかのように体は壁際の岩壁へ向かっていく。吹き飛ぶ体は止まらず、ついにぶつかると思われたときに水のクッションが彼女を包み込んでそれを防ぐ。ウォーターロックという魔法の発動。本来なら水の牢獄に閉じ込め自由を奪う魔法だが、今はリサーナを守るために使い方を変える。ジュビアは魔法を行使しながら血相を変えてリサーナの元へと走った。

 

「それにしても暴走と制御、相反するものをよくここまで使いこなしたわ。それを可能にするのは意識を一瞬トランス状態に落とし、脳と魂で肉体の限界を超えさせることと、可能な限り獣の動きに近づけて獣的な動きを再現させる肉体。……苦労したでしょうに、よくここまで鍛え上げたわね」

 

 水の中で揺蕩うリサーナへ目がけ、黒い恒星が落ちていく。吹き飛んだリサーナの速度を上回るスピードでミラが滑空、そのスピードそのままに蹴り足を向けて突っ込んでいく。体を包む水など何の障壁にもならないといわんばかりに突き刺さったそれは、リサーナを守る錘壁を爆散させ、中にいたリサーナを再び蹴り飛ばす。彼女たちの努力空しく、一度防がれた運命を再現したかのようにリサーナは壁に叩きつけられてピクリとも動かなくなる。

 

「エドラスでは外に放出した魔力は霧散する。故に内側、獣の因子に向けて魔力を向けるしかない。しかしそれでもエドラスでは魔法の行使は困難、一瞬しか使えない。といっても制御と肉体への負荷から使用回数と時間は限られたでしょうけどね。その独特の動きは肉体への負荷の軽減もあるのかしら? なんにせよ”エドラス流”、楽しませてもらったわ」

 

 崩れ落ちたリサーナを見下ろすミラ。この短時間で分析を終え、相手の短所を行動をもって思い知らせる。妹へ対しての余りに過剰な仕打ちに眉一つ動かさず淡々と述べるその姿は、まさしく悪魔の王サタンを冠するに相応しい。悪魔の暴風に獣は打ち勝てなかった。それがこの試験の結果の一つであった。

 

 

 

 目の前で地に伏せる妹の姿から目を離せない。ミラは背後に迫るジュビアの気配を察知しながらも動けずにいた。

 

 本当に強くなった。自分とエルフマンたちに話してくれたエドラスでの出来事は楽しく、面白おかしいものだけであった。……だがあちらの世界では弾圧される立場であったフェアリーテイル。そこに属していた彼女がそれだけで済む筈がない。口には出さないが、本当に色々なことがあったのだろう。これだけの技を編み出すということは、それが必要であったことの証明だ。生きる為。こちらにいるはずの人物を話の中に聞かないことが多々あった。それはつまり……そういうことなのだろう。どんな想いでこの技を作り、そして戦ってきたのか。

 ……本当に、強くなった。リサーナの繰り出す技に乗る想いが、一撃毎にミラには伝わっていた。彼女の気迫にあちらで経験してきた過去が籠っていた。正直に言って、見た事のない妹の姿にミラは気圧されていたのだ。

 S級の自分に対し、パートナーのジュビアが試験にさえ受かれば良いなどと、考えてすらいないことが分かった。昔からは信じられないほど強い心を手にした妹。もう自分の手からは離れ、守られる存在ではないのだと思い知らされてしまった。

 だからこそ、手を抜けなかった。彼女たちに応える意味でも、やりすぎだと分かっていてもやるしかなかった。もう自分にとってもただの試験はとうに超えてしまっていた。結果は十分だ。元よりジュビアの実力は分かっているし、試験官に対してこれほどの戦いを見せられたら認めざるを得ない。だがこの戦いは負けられない。まだ妹に”姉の意地”を超えさせる訳にはいかないのだ。

 

 

 ミラは妹から目を離し、魔法を放たんとするジュビアと対峙する。もう温存する必要もない。黒い魔力の閃光が、かざした手から放たれた。

 

 

 

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