「ほら見ろハッピー! やっぱり”E”はエルザの”E”だ!」
通路を選ぶ際なんとも安直な理由で”E”のルートを選んだナツ。流石にそれはないだろうと諫めるハッピーだったが、それを上回ってくるのがこのギルドの恐ろしいところだ。
「私としてはハートクロイツの”H”もよかったのだが、やはり期待に添わなくてはと思ってな。望んで選んでくれたのは嬉しいぞ、ナツ」
なぜか自慢げに言うエルザとドヤ顔ではしゃぐナツ。もう勝手にしてくれとハッピーは投げやりになった。
「エルザぁああっ! あの時の決闘の続きと日頃の恨み……今日こそ勝たせてもらうぞ」
「うん? あの時の決闘は私の勝ちで終わった筈だが?」
「おらああああッ!」
以前評議会の審議で呼び出され、中断した決闘。その後なし崩しになって一応決着はついたのだが、ナツにとっては消化不良だったらしい。雄たけびと共に飛び上がり襲い掛かかるナツ。その手には巨大な炎が宿っている。
「元気がいいな、実にいいことだ」
呑気に場の空気の読まないエルザは頷いている。炎はすぐ目の前に迫っているにも関わらず、微動だにしない姿は常人なら気でも狂ったかと言いたくなる所だがそこはエルザ。なんの躊躇いもなくナツは両手を振り下ろす。
「火竜の煌炎ッ!」
ナツの両手から質量すら持つ炎が放たれ、骨も残さんと言わんばかりに視界を埋め尽くす。重さなどない筈の炎は周囲の地面を砕き、溶かしていく。遠くに離れていてもその熱が伝わり、チリチリと髭を焦がしていくのをハッピーは感じた。
「え、炎帝の鎧!?」
常人なら文字通り骨も残らない。しかしそこにいるのは常人などではない。常を凌駕し、魔導に身を染める者達の頂点、S級魔導士。
エルザの身に纏う鎧は普段着として装着しているそれではなく、獄炎を象る意匠のそれだった。対炎に特化したその鎧は火竜の吐息すら封殺する。実際以前に封殺されたこともあるその鎧に驚きの声を上げるハッピー。
空中で振り下ろした両手の勢いでエルザのすぐ後方へ飛び降りる形になるナツ。互いに背中合わせの状態で一瞬動きを止める。技後硬直か、それともこれから訪れる闘いへの武者震いか、動かぬ二人は同時に振り返り、互いの剣と拳を向け合う。
「火竜のッッ翼撃ィー!」
体ごと反転させる両腕から炎が広がる。翼のように広がる炎で視界を塞がれたエルザは邪魔するそれを切り払う。
「うむ、来い」
元気の良い弟に、気性の良い姉が向ける爽やか笑み。一見すれば今のエルザの顔はそう例えられるが、その顔が意味するところは恐ろしいものであることをナツは知っていた。
……しかし知っているからとて止められない。爆発する心の赴くまま、ナツはひたすら魔力と炎を滾らせる。
「火竜の鉄拳!」
顔面めがけてフルスイングする拳。剣で防がれた。
「鍵爪!!」
炎を纏う足で蹴り上げ、引き裂く。今度は半身で躱される。足を上に投げたことで態勢が崩れるが、その勢いを殺さずそのまま一回転、足に溜める炎を放出して突進する。
「劍角!!!」
頭から突っ込んだ体当たりは受け止められた。しかし勢いは止まらない。地に降ろす両足ごとずるずると後ろへ後退させられるエルザ。
「っと、紅蓮火竜拳ッ!! オオオオォォォォオッッ!!!!」
途中で水平になっていた体を引き戻し、正面に向かいなおす。気合と炎を入れ直し、ひたすらに拳を振るう。無数に放たれる拳にエルザもそれを迎え撃たんと剣を振るいだす。
炎の拳の連打は徐々に回転を増していく。剣と拳の衝突は火の粉を上げ、周囲の空気を焼き焦がす。飛び散る火は空間に広がり続け、ついにはエルザの姿を完全に隠してしまう程に大きくなった。
「……止めだ! 滅竜奥義”紅蓮爆炎刃”ッ!!!!!!!」
全てを破壊する火竜の炎。それが両腕に宿り、鉈を振り下ろすかの如く渾身の一撃を見舞う。
轟音と共に大気に巻き上がった熱と衝撃は、しばらくの間ナツの目の前の空間を燃やし続けた。
大地すら焦がす火竜の炎が収まりつつある。ナツは一連の連撃に相当な体力を消費したのか、汗を垂らして息を切らせている。しかしその眼は未だ燃え続ける目の前の炎へ向けられ、逸らすことをしない。
未だ息が戻らぬ中、彼女は姿を現した。
「む、無傷!?」
何事もなかったかのように炎の中から現れたエルザは、その身に傷一つ負ってすらいなかった。精々が鎧の所々に焦げ跡が見られる程度。滅竜魔法の切り札を使ってなおダメージを与えられないことに、信じられないと声を上げるハッピー。
「はぁっ…はぁっ……いや、手応え”アリ”だ」
それに対し渾身の攻撃をしかけたナツは断言する。何を言い出すのか、目の前のエルザをよく見ろと叫びそうになるが、次の瞬間金属がひび割れるような、甲高い音が響く。
「…やるじゃないか、ナツ。炎帝の鎧を壊すなんて」
音は次々と鳴り響き、合唱の様にエルザの鎧から打ち出していく。エルザが肘まで覆う鎧の小手を前に差し出すと、そこには無数の罅が入っていた。炎を封じ込めた様な意匠は砕け散り、中から微かに血を流すエルザの腕が現れる。
「フフ、嬉しいぞ。あの時よりもずっと強くなっている」
呪いの笛ララバイを巡る戦いの後に行った決闘。あれから色々なことを共に経験した。悪魔の島、ギルド間抗争、バトルオブフェアリーテイル、エドラス……それらでの戦いを血肉とし、磨き上げてきた体と技。自分も一つ乗り越える度に強くなっていることを実感していたが、目の前の火竜を名乗る少年はそれを上回るスピードで成長していった。
年長者として、S級という実力者という立場として、常に先立って家族を守る、守らなければいけない。そんな想いで戦ってきた。自分の力だけでは足りないことも多々あった。そんなときに頼ることもあったが、いつの間にか家族の一番先にたって皆を引っ張る。そんな役割を担っていくようになっていった。家族へ対する強い心を持ち、頼りになる存在なのは昔から分かっていた。だがいつの間にか想像を超えて、弟の様に可愛がり守ってきた存在は頼りがいのある”男”になっていった。昨日よりも今日、今日よりも明日。日に日に成長していく姿を見るだけで満足だったが、目を離せば自分を追いかけていた姿がいつの間にか隣にあり、今は追い越そうとしている。
それが嬉しい。自分の事のように嬉しい。
「懐かしいな。ほんの前まで私を追いかけていた……」
「なにいってやがる。今はあの時よりもっと強くなってる、もう負けはしない。俺は勝ちに来たんだ」
少し力をつけるとすぐに挑んできた。コテンパンにされて、笑ってしまうくらい大人しくなって、また修行して力をつけて挑んで……。そうして大きくなってきた。小さな頃から、一緒に大きくなってきた。
エルザの脳裏に小さな頃の光景が流れる。感傷に浸るエルザに、以前の決闘のことなど何程かと、昔から変わらない啖呵を切る。
「うむ、認めざるを得ないな…。ナツ、お前は本当に強くなった。もう少しで、私すら超えるほどに」
「お、おう?」
素直に褒められたことにどう反応していいか分からず、キョトンという顔を浮かべてしまうナツ。いつもならぬ姿に動揺するが、エルザが新たに鎧を換装し始め、寒気がするような気配が背中に走ると慌てて炎を拳に宿す。
「ナツ、ここからは”本気”で相手してやる」
瞬く間に換装したのは黒の鎧。黒衣と漆黒のプレートがその身を包み、装備の所々から棘が生え出している様は見る者に暴力性すら感じさせる。手に持つのは大剣に分類されるであろう幅広で肉厚な剣。鎧に合わせる様に剣身にも幾つもの棘があり、避け損なえば相手の肉を食い破ることが想像できる。また先端が折れ曲がっており、巨大な棘をイメージさせるそれは立ちはだかる物を全て叩き割らんとする鉈の様である。鎧に合わせて漆黒にそまっている刀身は酷く攻撃的で、かといって身に纏う鎧に攻撃する隙など見当たらず、また鈍重さなど感じさせない出で立ちは芸術的とも思える完成度を感じさせる。
ナツは幼少のころからエルザとエルザの所持する鎧とは長い付き合いになるが、この鎧を見るのは初めてだった。それでも確信できることがある。これは間違いなくエルザの切り札、そしてエルザの”本気”の証なのだと。
エルザの体から漂う気迫。それは以前の決闘でも見られなかった。倒すべき強敵として自分を見る本気のそれ。
滅竜奥義を使ったことで体に残る倦怠感など忘れ、芯から熱が滾ってくる。身の震えが止まらない。ようやく、ようやくだ。エルザが自分を見る。家族、ギルド、全てを超越し、一人の対峙する敵、”ライバル”として自分を見る。
「”煉獄の鎧”、これを見て立っていられた者はいない」
禍々しい程の名を告げる。それは確かに対峙するこの身を蝕む圧力に相応しい名だった。それに応じる様に、ナツも体を獄炎で纏い始める。
「は、はは…こんなエルザとやり合えるなんてッッ?!」
斬られた。一瞬遅れて血が噴き出す。
これから始まる戦いに備え、炎を溜める。溜めて溜めて爆発させる。そうだ、爆発させる筈だった。
まるで見えない。気が付けば剣を振り終えているエルザが後方へ。まるで一番最初のナツの攻撃が終わった時の様な構図。しかしあの時とは立場も結果も違う。
「このッ…火竜の炎肘ッ!」
加速した腕で振り向き様に攻撃する。動きで遅れても、攻撃のスピードなら遅れまいと打ち出した拳は空を切り、また体に血が走る。
「ぐああああっ!!」
「ナツ!」
高速の、しかし決して軽くはない斬撃が身を切り刻む。ナツは身を守ることしか出来ず、その身に負う傷を増やしていく。ハッピーは傷つくナツを心配するが、ただ声を送ることしかできずに経緯を見守る。
一通りの攻撃が終えた。目にも止まらぬ動きと斬撃は止み、動きを止める両者。エルザが剣を一振りすると血が地面に落ちた。剣身についた血を落とすエルザ。その格好は強者の余裕そのもので、相対するナツとは対照的だ。
「終わりか?」
かろうじて急所だけは守ったナツはまだ立っている。しかしエルザの言葉に応える余裕もないのが見て取れた。言葉を発することすらできないが、まだ戦う気力はあるのだと判断したエルザは再び攻撃を開始する。
再度訪れる斬撃の雨に、今度は反撃することもなくただ耐えるナツ。その姿はいつもの威勢の良い姿とは真逆で、同一人物か疑わせる程だ。
「はあああぁっ!」
斬撃の最後。気合と共に振り下ろされた一撃は両腕を防御に構えたナツを吹き飛ばす。滅竜魔法師特有の頑強な体、それに両腕に纏う炎で身を守っても受けきれず、炎ごと切り裂かれた個所から血を噴き出しつつ体を地に転ばされる。
「この程度か。……期待しすぎたか」
どこか残念そうな声を浮かべるエルザに、拳を叩きつけて起き上がったナツは笑う。
「いや、ようやく分かってきたところだ。……次は捉える」
ナツが拳を叩きつけた地面はひび割れ、そして溶け出している。先程までの大人しい姿からは一変、ナツの言葉と同時に体が燃え盛る。
「……面白い」
睨み合う二人。見守るハッピーはごくりと生唾を呑んだ。果たしてナツの言っていることは本当なのか。確かにナツはその野生本能ともいえる力で、日常ではとても見られない学習能力を発揮する。自分の対応しきれない攻撃でも体に慣れさせれれば反応して見せたことも今まで何度もある。それに普段はアホみたいなことばっかやってるが戦闘においてはとびきり頭がよくなるのだ。もしかしたら何らかの策でエルザを捉えるのかもしれない。そんな期待を抱かせるのがナツと言う男だ。
しかし…相手が悪すぎる。相手はエルザ・スカーレット。今まで一度も勝ったことのない相手。追いすがることすら許さなかった相手だ。
確かに当初は見た事もないほどに、エルザを一時追い詰めたとさえいえるほどに押していた。しかしだ、あの奥の手を切らせた時から状況は一変した。ナツは笑顔でいるがハッピーは言い様のない不安を覚えていた。
(怖いよ、ナツ。こんなエルザ見た事ない…)
剣を構えるエルザは凄まじい形相でナツを見据える。その姿から発する圧力はとてもじゃないが同じギルドの者に対し与えるものとは思えない。決して敵意ではない、だが例えようの無い力をハッピーはエルザから感じていた。
高速で動き出したのか、再び姿が消えるエルザ。ハッピーの目では最早影すら追うことができない。微動だにしないナツは体から出す火を薄く広げる。
影が揺らめいた。それは火が照らし出した影か、それとも見えぬ斬撃に追いやられたのか。ナツは側面から襲い来る刃に反応し、身を投げる。
ナツは防御を捨てた。身を守る炎は今のエルザからしてみれば紙同然。何の頼りにもならない。攻撃に使おうにも当たらなければ意味がない。ならばどうする。出した回答は自分の知覚の拡大だった。
動きに慣れたというのは嘘ではない。体を刃の嵐に晒したおかげで大体のタイミングは掴めたし剣閃も目に馴染んできた。だがそれ故に出した結論がある。それは今のナツではエルザの動きを捉えきれないということだ。負けん気の強いナツであるが、こと戦闘においては意外と現実的な頭のキレを見せる。更に答えを見出した後はそれに対する対策も見つけ出す。ナツにとって炎とは体の一部の様に操れるもの。そして集中すれば実の体の様に知覚することも難しくはない。広げた炎に刃が食い込んだ瞬間、これまで慣らした体を使いエルザの攻撃に対応したのだ。
……本当に、この様な頭の使い方を普段から見せていればルーシィ達の苦労も格段に減るのだろうが、そうはいかないのが現実だ。
対策が成功し、刃を躱すことに成功したナツは笑う。一時は苦しませられたが、これで再び同じ時間軸に立った。刃を受けた感覚から判断するに、攻撃力が上がったとはいえ全力の一撃なら恐らく同程度。試験の都合上、炎で体力を回復することが出来ていない為にこちらも余裕は無い。恐らく大火力の攻撃は次が最後。向かってくるはずのエルザに意識を集中する。次の攻撃を外す訳にはいかない。
「来いナツ! お前の力を見せてみろ!!」
正面。エルザは最早小細工は無用とばかりに全速力で突っ込んで来た。不退転の体。構えるは上段、全力の振り降ろし。
(上等ッ!!)
ナツは体に溜めた残る力全てを解き放つ。力は丹田からこみ上げ、肺で吸い込んだ息と混じり火炎と成る。喉元まで熱がこみ上げてくると同時、ナツの目にエルザの姿が久方ぶりに目に入る。
相も変わらず強い意志を秘めた目。折れることのない魂。それだけではない、目を合わせた瞬間例えようの無い何かがナツの心にこみ上げた。押し迫る剣を前に、それが分からぬままに火竜の吐息を噴く。
「火竜の咆哮!!!!」
全てを破壊し燃やし尽くす火竜の炎と、立ちはだかる敵を全て打ち砕いて来た剣鎧。自らの魂を、信じる一つ武器に換えてぶつかり合う。
遠音が響く。互いの魂を砕き合う一撃。破壊の鳴音は未だに洞窟へ流れている。そして少しづつ、音が小さくなり消えていく。
全てが収まり静寂が戻った時、立っていたのはエルザ・スカーレットであった。
某E氏「これを見て立っていられた者はいない
……嘘じゃないもん」