やさぐれかな   作:螺鈿

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それぞれの試験 4

 

 リサーナが落ちれば、均衡が崩れるまでの時間はそうかからなかった。魔力と魔法の火力で対抗できても相性が悪すぎた。ジュビアは攻撃に水を使う魔法を多用するが、ミラはそのジュビアの攻撃をテイクオーバーで取り込み倍増して返したのだ。

 今までも幾度もその手を使う機会はあったが、そうしなかったのはリサーナがいた為だ。他人の魔法を接収することはミラとて容易ではない。出来るにしてもどうしても隙が出来てしまう。今のリサーナはそれを見逃さずに突いてくるだろう。サタンソウルで全身テイクオーバーしたミラに追従できる機動力と攻撃力。ミラが思い切った行動に出られなかった最大の要因である。

 しかし今はそれもない。幾度かの魔法の打ち合いを制し、佇むミラは一息ついた。

 

「そろそろ試験の結果を伝えたいんだけど、まだやる?」

 

 自分の攻撃を返され、大火力の魔法を喰らったジュビア。その身はすでにボロボロで、破けた服からは傷ついた肌が見え隠れしている。しかし戦意は衰えることを知らず、水の体を焦がすような光が眼に灯る。

 

 この特殊な体と高い実力を持つ自分が、これだけボロボロにされたのは何時以来か。……なぜだか割とよくある気がしたジュビア。ファントムロードが解散し、このギルドに来てからは激戦と困難がしょっちょう向こうからやってきた。しかしそれさえも新鮮に感じられる。ドタバタした騒がしく慌ただしい日々。そんな日常に受け入れられた自分。ギルドに入って日の浅い自分をS級への候補者に選んでくれたマスターとそれを応援してくれたギルドの者達、愛するグレイが自分の対抗馬として強く意識してくれること……どれだけ現状が不利で、試験の終わりを言葉にされても目の前の勝利を捨てるような戦いをする気はなかった。

 なによりも、まだ会って間もないのにパートナーになってくれ、その身を削る様な戦いを見せてくれたリサーナ。最初はグレイを狙うライバルかとも思ったし、彼女の個人的な事情もあるのだろうとも思った。だが試験の始まるまでの一週間、ギルドの仲間として、友として接してくれる彼女と過ごす日々は温かいものだった。

 思えば愛する人を追い、このギルドに来てから自分の周囲にいる人間は増える一方である。慣れない環境に戸惑いながらも心は晴れる一方で、つれないグレイの態度でさえ心を満たしていくのを感じた。このギルドは身内には寛容だ。敵対した自分でさえ受け入れてくれる。

 

 しかしエドラスの自分と仲が良かったからといって、パートナーに志願してきたリサーナには正直困惑した。本音を言えばパートナー探しに困っていたのは確かである。当初頼もうと思ったガジルはレビィと組み、その他のギルドの中でも交流の多い者達も皆候補者とそのパートナーになってしまっていたからだ。以前とは比べ物にならないとはいえ、自分の交友の狭さは自覚している。打ち解けていて、気軽に物を頼める友は少ないことも。だから提案自体は渡りに船ではあるのだが、自らのお世辞にも親しみやすいとはいい難い性格もあり、どう接していいのかわからなかった。

 

『エルフ兄とは今は組みたくない事情もあってさ、一緒にやってくれると嬉しいな。あ、グレイとの仲は応援してるから安心してね』

 

 そう言って手を取ってくれたリサーナ。なんだかんだで面と向かってグレイとの愛を応援してくれたのは彼女が初めてだったのもあるが、短い時間でこれほど信頼できる関係を築き上げられたことには今でも驚いている。ルーシィ達とは違い、共に潜り抜けた戦いも修羅場もなかった。彼等との交流は戦友という関係もあり、少ない時間の内に打ち解けることができた。しかしエドラスという一方的な接点だけを持つリサーナに心を許し合えたのはなぜだろうか。同年代というのもあるし、彼女の明るく気の置けない性格も大きかったのだろうが、それだけではない何かが共感させたように思える。明確には分からないし聞き出すこともしなかったが、言葉に出来ないそれは決して明るい類のそれではなく、自分の抱える負い目に似たようなものだと感じていた。

 リサーナが何を理由としてこれほど闘志を燃やしているのかはわからない。しかしその決意が並々ならぬことだけは分かる。ならば自分は試験というだけではなく、友として戦おう。友に勝利を捧げる為に全力を尽くそう。

 

 この試験は一人で行うものではない。仲間が、共に戦うパートナーがいる。その本当の意味をジュビアはこの試験が始まる前からよく理解していた。だから耐え抜いた。たとえ今は一人でも、必ず立ち上がってくれると。勝利を掴みに友が動き出すと。

 

 そしてその時がきた。

 

「……アニマルソウル”剛猿擬”」

 

 

 

 足を止めてジュビアと対峙していたミラは驚愕する。確かに、まだ試験は終わりではない。この負けず嫌い達が認めない限り終わりなどない。しかしだからといってこれは想定外であった。はっきりいって彼女はもう”終わらせた”存在。確かに止めをさし、少ない時間では目を覚まさない位の攻撃を決めた筈だった。だから完全に意識から外し、警戒すらしていなかった。

 それを油断といわれれば反論は出来ない。しかしその気性から、実の妹に対し過剰な攻撃を仕掛けてしまったことでこれ以上は戦闘の対象外としたいという考えが生まれてしまったのも仕方のないことだ。まして彼女の気配は一時確かに消えていたのだから。

 

 理由はなんにせよ、兄の如く膨れ上がった魔物の腕は無警戒な悪魔の尻尾を掴み、驚きに固まる体を棒切れの様に振り回した。

 

「ジュ…ビッ、アアアアアアァッッ!!!!」

 

 雄たけびを上げてミラの体を振り回すリサーナ。ジャイアントスイングの要領で回転し、速度を速め続ける。とうに限界は過ぎていたのであろう。リサーナの体中から悲鳴の様に軋む音が鳴り、傷ついた体から出血していく。それでも決して離さずに振り回し、止めとばかりに空高く放り投げる。

 抵抗しようにも体の自由が効かないほどの遠心力の中ではどうしようもない。ミラは宙に放り投げられ天井近くでようやく翼を広げて静止をかけた。

 

「ウォーターネブラ!!」

 

 最大出力の渦潮が巻き上がる。リサーナとの攻撃のタイミングは完璧。空中で動きを止めたミラに合わせた必中の一撃。

 

 本来なら水流に飲まれ、天井の岩と攻撃に挟まれるところだろうがそうはさせないのがS級魔導士たる所以。水に体が触れるや否や包み込むように水が逆巻いていく。余りにも高速な魔法の発動、それも敵の攻撃を取り込む程の精確さ。未だ弟と妹には達せられない美技は見る者は見たら称賛ものであろう。

 ミラは取り込んだ水に自身の魔力を注ぎ込んでいく。清涼さを感じさせる水がどす黒く魔を孕み、強大な力が溜めこまれていく。

 

「これで本当に終わりよ、眠りなさい!!」

 

 粘り続けるならば強制的に眠らせてくれると決めたミラはあらん限りの力を込める。じきにジュビアの水流が止む筈である。それが終われば取り込んだ両手の攻撃を解き放って終わらせる。ミラはそう決めると勝利の笑みを浮かべた。

 

「……この腕に宿るのは、竜の喉笛を喰い破る孤狼の牙」

 

 意識外。先程一矢報いたのが最後の足掻きだと、学ばずに目を離した自分が悪いのか。それとも動けるはずのない体で動く妹がおかしいのか。

 

 水流の中に紛れ込んでいたのか、水から飛び上がると逆さまに天井に足を着けるリサーナ。”技”を繰り出す構えをとりながら、天地逆さまに地面を蹴る。重力に逆らわず落ちてくるそれは吸い込まれるようにミラの元へと向かう。

 

 眼前にはジュビアの水流、それをテイクオーバーで取り込んでいる自分は動けない。あれほど警戒していた隙を完全に突かれた。それを導いたのは二人の執念と根性。不屈の闘志が生み出した決着の一撃。

 

「アニマルソウル”飢狼擬”!!!!」

 

 リサーナのとっておき。狼の牙を模した一撃は、眼前の全てを食い破らんとミラに纏う水に噛み付いて砕き散らせた。牙の猛進はそれだけに止まらず、悪魔の体すら貫いて衝撃を与える。

 

 技を撃ち終えたリサーナとそれを受けたミラは、空中で糸が切れた様に体から力を失った。遠くなる両者の意識。ミラがリサーナを抱きとめる様にして地に落ちていく。

 それを水で受け止めたジュビアは急いで二人の元へと走った。

 

 二人の無事を確認するために様子を伺う。ジュビアから見た二人は、まるで寝ているかの様で、抱きしめ合っている両者の顔はどこか嬉しそうで満足しているように見えた。

 

 

 

 

「……う~ん。よく寝た?」

 

 体にかかるジュビアのコートを抱えながら起き上がるリサーナ。その姿に気が付いたジュビアは安堵したような顔を浮かべた後、不機嫌かつ嬉しそうな、相反するものを孕んだ声色で話しかける。

 

「いえ、そんなに時間は経っていません。凄い回復力ですね」

 

「まあね。私達みたいに肉体を使う魔導士は消耗が大きい分回復も早いんだ」

 

「そうはいっても大分無理をしたのでは?」

 

「無理しなきゃ勝てないってミラ姉にはさ」

 

「……あまり心配させないで下さい」

 

「ごめんね」

 

舌を出して謝る姿はあまり反省していなさそうではあるが、ひとまずの無事を確認できるとジュビアは一息ついた。

 

 最後の一撃の後、力を使い果たして気絶したリサーナ。ミラのあの蹴りを受けた時点で限界を超えていたのだろう。最後の一撃を叩きこんだ後に気絶したリサーナは死に体の様になり、ジュビアは酷く動揺した。そんな彼女にリサーナの無事を告げたのは、他ならぬ彼女の姉であった。あれだけの攻撃をまともに受けたにも関わらず、僅かの間で目を覚ましてきたミラ。攻撃した側より攻撃を受けた側が先に回復するという理不尽極まりない事態にも少なからず驚かされたものだ。ミラはリサーナを見て何かを確かめると放っておけばすぐに目を覚ますとだけ言って安全を保障した。曰く獣の休眠状態みたいなものらしい。

 

 

「そういえば試験はどうなったの? ミラ姉は?」

 

「試験は”合格”だそうです。ミラさんはあなたより早く目を覚まして出ていきました。出口で皆の食事を作って待っていると」

 

「うわぁ、アレ喰らって動けるとか。S級は化け物ばっかりか」

 

 自分の姉ながら怪物っぷりに引いているリサーナ。しかし戦闘中に意識を取り戻し、かつあれだけの動きを見せたリサーナも大概だ。怪物の妹も怪物だなと口にしたくもなるが、この戦いの功労者にそれを言うのは気が引けたので黙っておくジュビア。

 

「次の試験も頑張れとも言っていました」

 

「あー、なんか後は消化試合らしいよ。これがメインだって、ミラ姉昔言ってたから」

 

「そうなのですか?」

 

「まあ今年は人数多いからどうなるか分らないけどね」

 

 

 先程まで死体の如く眠りについていたにも関わらず、元気に肩を回して体の調子を確かめるリサーナ。どうやら本当に動ける程度には回復しているようだ。リサーナは体にかけらていたジュビアの上着を返すと立ち上がる。

 

「それじゃあ私たちもいこっか。もーお腹ペコペコかも」

 

 お腹を擦ってアピールをするリサーナはどこか清々しい。それは試験に通った喜びとは別に、抱えていた何かを吹っ切った様な感情を感じさせるものであった。

 

「待って下さい」

 

 出口へ向かおうとするリサーナを引き留めるジュビア。何事かと振り返る彼女と目が合うと、ジュビアは頭を下げた。

 

「お礼を言わせてください。ジュビアと組んでくれたこと、試験に合格できたこと。……感謝しています、本当に有難うございました」

 

「い、いいって! そんなに改まって言わなくたって。それにまだ試験は終わってないし……」

 

 慌てて頭を上げさせるリサーナ。加えて気を遣うなとあれこれ言うリサーナに再び感謝を述べると、ジュビアはずっと気になっていたことを口に出す。

 

「ジュビアは、どうしても気になっていたことがあったのです。聞いてもいいですか?」

 

「なに?」

 

「どうしてエルフマンと組まなかったんですか? 何がここまであなたを戦わせたのですか?」

 

 試験というにはあまりにも逸脱した彼女の戦闘行動。友が望むならと理由が分からぬままにジュビアも死力を尽くした。しかし戦いが終わった今なら聞いても良いだろうと思ったのだ。

 

「あぁ、うん。本当に大したことじゃないんだよ」

 

 リサーナはそんなことかと軽く首を振る。その口振りは自分に苦笑しているようであったが、自嘲とは違う爽やかさを伴っていた。

 

「現実感がなくってさ。今自分がここにいることに」

 

 リサーナ何かを確かめるように自分の手を握りしめた。

 

「あっちにいる時にさ、決めたんだよ。エドラスで生きていこうって。ここが自分の世界なんだって」

 

「それは、戻れないと思ったからですか?」

 

「それもあるかな。諦めたってのも嘘じゃないね。でも一番は自分を嘆いている暇なんかなかったからかな。忙しいってのもあったし、なによりあっちのミラ姉とエルフ兄が、私なんかよりよっぽど悲しんでたってのが分かっちゃったんだ」

 

 聞けば、あちらのストラウス兄弟も事故にあってリサーナはその被害にあったらしい。しかしこちらとは違い、あちらの彼女は本当に命を落としていたという。あの妹思いな姉弟達ならば一体どれほど悲しんだであろうか。

 容姿などの差異はあれど、類似点も多く存在するエドラス。家族に対する深い想いは変わらないという彼女の言葉に、会ったことはなくともその姿は容易に想像できた。

 

「あっちのミラ姉とエルフ兄も本当の家族だと思える様になるまで、そんなに時間がかからなかったよ。それで今度は私が守ろうって戦ってさ、ようやくこっちの世界を諦めた頃に皆が来て……」

 

 複雑そうな顔を見せるリサーナ。どうしようもないことに対する嘆きも不満もあったであろう。それでも現状で必死に生きようとした彼女に元の世界からの使者たちは希望であったのか、それとも……

 

「そりゃあ嬉しかったよ、帰ってこれて。でもなんかさ……逃げ出したみたいに感じちゃって。こっちの皆と話す度に、自分だけ楽しんでるんじゃないかってずっとモヤモヤしてた」

 

 以前に話を聞いただけでも、これからエドラスが迎える動乱期の過酷さは予想できた。日常に根付いた魔法を失った世界で、それでも希望を抱えて前に進むことは、一体どれだけの困難が待っているのだろう。リサーナがその世界に生きる家族を支えたいという気持ちがなかったとは思えない。

 ジュビアはリサーナが背負っていた負い目をようやく理解した。それは自分だけがこんなに幸福でいいのかという気持ち。現状を受け入れることへの罪悪感と不安。なるほど共感するわけだ。今まで背負ってきた負の人生から一変したジュビアには少なからずその心情が分かってしまった。

 

 考えても仕方のないことだと誰かが言う。考えるだけ自分を大切にしてくれる人間に失礼だとも。しかし、それでも考えてしまうのだ。これでいいのかと。幸福に不安になってしまうのだ。

 それはきっと誰しもが多かれ少なかれ抱える感情。皆自分自身にどこかで折り合いをつけるしかない。そんなことはリサーナだってわかっている。だからこうして苦しんでいるのだということもジュビアは理解出来ていた。

 

「もしかして、それを二人に話そうと試験に?」

 

 誰かに話すことで楽になることもある。それが自分の大切な家族なら尚更である。きっと自分などよりも彼女の心を軽くしてくれる言葉をくれるだろう。兄と姉に話す機会が欲しかったのではないかと思い、それならば力になりたいとも思う。

 

「いや、一回思いっきり戦えばスッキリするかなって……」

 

 バツが悪そうに言うリサーナを胡乱げな目で見つめるジュビア。

 

「……脳筋一家」

 

「ひ、酷い!」

 

 予想外、しかし納得がいかされてしまった答えに頭を抱える。あれか、この姉弟は接収した魔物に脳を支配されているんじゃないのか? 真面目に彼女の力になろうとした自分が馬鹿らしくなる。

 

「で、でももう吹っ切れたんだよ!? 私と戦って嬉しそうにしてたミラ姉を見て分かったよ。私はやっぱりミラ姉とエルフ兄を喜ぶ姿が見たいし、悲しんでるとこは見たくない。……それだけ!」

 

 その為の一歩として次はタイマンで倒すのだと息巻くリサーナ。ミラはリサーナが次の攻撃を繰り出すのを楽しそうに待っていたし、最後の攻撃だって喜んで受けていた様な節がある。一応最後の方は本気を引き出せたが、本人にその意思があっても本当にまともに倒す気があったのかどうか怪しいところだ。彼女の性格からして身内に本気で攻撃を仕掛けられるとは思えない。

 

 実際、自分が一度気絶して短い時間で起き上がれたのも無意識で手加減する悪癖だったんだろうと考えるリサーナ。一度も勝てなかった姉に一度でも勝ちをつけられたのは正直滅茶苦茶嬉しいが、格の違いもまた思い知らされてしまった。

 

「やっぱ、あの胸借りまくりの勝負で勝利とは言いたくないなぁ……」

 

 既に考えているのは次の戦い。やはり全力で戦ったのは正解だった。こうして一度走り出せば、落ち込んでいる暇などないのだ。やりたいことも、やらなきゃいけないことも沢山ある。リサーナはもう一度拳を握りしめ、額をコツンと叩く。

 目を閉じて思うのは姉たちへの感謝か、それとも決別か。

 

「あ、エルフ兄も倒さなくちゃね。よーしドンドン勝ち星増やしてこー!」

 

「そんなことよりリサーナ、実は一つお願いがあるのですが」

 

 意気込んだところで調子を崩されるリサーナ。そんなこととはなんだと肩を落としつつも、ジュビアに頼られるのが嬉しいのか笑顔で返す。

 

「なに? 仮にでも勝利したのはジュビアのおかげだし、なんでも叶えちゃうよ、私」

 

 ニコニコと迫るリサーナ。そんな姿にジュビアは不機嫌そうに、姿勢を改めて手を差し出した。

 

「ジュビアと、友達になっていただけませんか?」

 

「ふぇ?」

 

 予想外の言葉に情けない声が漏れる。言葉の意味を図りかねるように首を捻る。

 

「え~と、私はもう友達のつもりだったんだけど……」

 

「向こうのジュビアをジュビアは知りません。ジュビアはジュビアとして友達になってほしいのです」

 

 ジュビアの言葉でようやく理解したリサーナ。確かに以前、自分は”向こうのジュビアと仲が良かったから”と言ってチームを組むことに志願した。

 そのことを根に持っていたのか……。マジマジとジュビアを見ていると徐々に顔が赤くなっていく。可愛い、こんな反応は向こうの彼女はしなかった。

 こんな所で、当たり前の差異を思い知らされてしまう。

 

「う、うん。……よろしくね、ジュビア?」

 

「はい!」

 

 手を握りしめるリサーナと握り返すジュビア。嬉しそうにほほ笑むジュビアを見れば今度はこちらが赤面させられてしまう。

 

(うん、確かにあっちを心配する余裕なんかないかも)

 

 消化試合などとんでもない。この可愛らしい友人を合格させる使命が自分にはある。なにせこんなにも大切な友人なのだから。

 

「頑張ろうね、ジュビア!」

 

「はい」

 

 

 

 小さな、しかし確かな心の変化を伴って、最高峰たるS級との”激闘”は、一つの幕引きを迎える。この試験で他の何者も成しえなかった”勝利”を伴って。

 

 

 

  

 

 

 

 砕けた剣が、鎧が、その破片が散らばっている。地に這いつくばるナツとそれを見下ろすエルザ。

 

ナツはフラフラと立ち上がると足を引きずりながらエルザへと歩み寄る。幾らか近づくとエルザは一振りで薙ぎ払って吹き飛ばし、また距離が離れる。

 

「もういいよ! やめてよエルザ!!」

 

 何度も繰り返された光景。壊れたように繰り返す二人を止めようと声を上げるハッピー。その制止を振り切り、また立ち上がるナツ。

 

「まだだ、私はまだ此奴から聞いていない」

 

 それから幾度か一連の動作を繰り返し、ついに動けなくなったナツに剣を向けるエルザ。

 

「ナツ、お前は強い。命の大切さを知り、仲間を思いやれる。強い物に立ち向かう強さも、家族の為に命を懸けられる強さもある」

 

 だが、と言葉を繋ぎ剣先を見える様に顔へと動かしていく。

 

「ここで負けを認めないようなら私は何度でも斬る」

 

 とても弟の様に思っている存在に向ける目ではない。本気のエルザを前にして体の中の何かが折れそうになるナツ。

 

 ……自分は強くなった筈だ。ここ最近、ルーシィ達と共に過ごすようになってからは次々と激しい戦いがやってきた。その中では格上とも呼べるような敵も多くいた。だがその全てを乗り越えてきた。一つ壁を乗り越える毎に自分に力がついていくのを実感していた。そんな自分は遂にS級ともやり合えるだけの力を身に付けたと断言出来るだけの力と自信を手に入れたのだ。試験の相手がエルザだと分かった時、”互角”で満足する気など更々なかった。遂に目標を乗り越える時が来たのだと歓喜に身を震わして挑んだ。

 ……それがこの様か。エルザに一度も地に膝をつけさせることもなく、自分はボロ雑巾の様に転がっている。あとはただ敗北の言葉を口にするだけ。

 それだけが出来ず、拳を握りしめるナツ。

 

 なぜ? どうしてこうなった。強くなった筈ではなかったのか? どうして自分はこんなにも弱い。

 あれだけ近づいたと思ったエルザとの距離が果てしなく遠く感じる。

 認めることが出来ない。せめてもう少し食い下がることが出来れば、鎬を削り合う様な戦いが出来ていれば違ったのだろうか。そう思って動こうとするも、意志に反して体の力は抜けていく。

 

 

 エルザが剣を振り上げた。ハッピーの叫び声が聞こえる。まだだ、まだ体中の力を振り絞ればもう一発位咆哮を撃てるはずだ。確かに追い詰められているが、このぐらいのことは今までだって何度もあった。

 負けたくない。負ければ何かを失ってしまう。言い知れない感情がナツを突き動かす。それを振り払い、押さえつける。震える心を無理矢理滾らせ、感情の炎を灯す。咆哮を放つ為にエルザを睨み付けると、こちらを見つめるエルザと目が合う。

 

 この闘いの中何度も見てきた目。煉獄の鎧に変えてから、その目を見る度に言葉に出来ない感情が襲ってきた。強く、決して揺れることのない目。自分を一個の倒すべき存在として認めたその目は、何が起きても自分から放さないと目に灯る光が語っていた。

 

 エルザと対峙してきた敵はこんな気持ちだったのか。

 

 微かに残っていた柱が崩れた。

 

「……負けました」

 

 両手で顔を覆う。隠しても隠せない。言葉にしてしまえば、両手の隙間から涙が溢れ出た。

 

 

 

 

「力をつけると怖くなるな、ナツ」

 

 換装し、鎧を解くエルザ。空を仰いで顔を覆うナツの隣に座ると、ナツの頭を撫でる。なすがままにされるナツは未だ嗚咽が止まらず泣き続ける。

 

「昔は負けることに抵抗を感じても、恐怖はしなかったな。でも自分が強くなると、それを受け入れられなくなる。それが例え強大な相手でもだ」

 

 恐怖。自分を襲うその感情を受け入れられず、ナツはひたすらにエルザへ立ち向かっていった。

 

「お前は修羅場を潜り抜け、急激に成長した。その修羅場がお前に自信を植え付けた。それと共に負けることへの恐怖も」

 

 今までも本当は何度もあった。大切な人が人が失われるかもしれない。自分の居場所がなくなってしまうかもしれない。取り返しのつかない間違いを起こしてしまうかもしれない。

 その度に怒りと仲間を思う気持ち。強い心で立ち上がってきた。だが目の前の存在はそのどれをも起こすこともなく、自分から何かを奪うこともないはずだ。なのになぜあんなにも怖かったのだろうか。

 

 エドラスに行く前からだろうか。ギルダーツに自分の無力を指摘され考えたことがある。自分は果たしてどれだけ強くなったのかと。

 自分の遥か高みをいくギルダーツ。そのギルダーツがとても敵わないといった竜。自分は本当に強いのか? 揺らいだ自信は疑問へと変わり、S級との戦いを求める闘争心へと変わった。

 

 かつてリサーナが失われたと思ったあの時。あの時に今の自分の力があればと考えたことは何度もある。その感情をそのままに、不条理な怒りを自分に課して鍛え上げてきた。あんな思いを二度としないために、家族を守るために強くなろうと。

 

 だがギルダーツに、そしてリサーナが帰ってきて思わされたのだ。自分の力のちっぽけさを。それを認めるのが恐ろしかった。

 

「恐怖は自分を見失わせることもある。だがな、恐怖は己を知ることだ。己を知れば人にも自分にも優しくなれる。優しさとは自分を正しい方向に導いてくれる力だ」

 

 今までも一人でやってきたなどと言うつもりはない。頭の使えない自分は助けてもらわなければ何も出来なかった自覚もある。自分よりはるかに弱いルーシィにも何度も助けてもらった。

 でも、ここまで遠いなどとは思っていなかった。自分はイグニールやリサーナを失ったあの日から何も強くなっていないのではないか、そう思えてしまうのだ。

 

「しかし恐怖がない優しさは傲慢に変わりない。それは優しさと似て非なるもので、人を間違った方向に導いてしまう。誰かを思うこと、強くなりたいという想い。それは力になるが、いつでも正しい方向に導いてくれるとは限らない。難しいな、本当に」

 

 優しく説き続けるエルザの言葉は、ナツにというよりも自分自身に言っているかの様であった。呼吸を落ち着け、両手を顔から離して腫れた目で見上げると、いつもの厳しくも優しい目でエルザがこちらを見ていた。

 

「喜べ、ナツ。合格だ」

 

 その言葉に驚く。なぜ負けた自分が合格なのか。自分の弱さを晒しただけの試験の結果に疑問を唱える。

 

「合格? 負けたのに?」

 

「ああ。強くなることで恐怖を自覚したお前はS級になる資格を手に入れた。あとは自分さえ見失わなければこれからもっと強くなる。私だって軽く超えていくさ…… だから先にいってこい」

 

「でも、俺は…」

 

「自信を持て。お前は私が試験官になって初めての合格者だ。といっても試験官にはなりたてなんだがな」

 

 エルザが笑顔で言い切った。いい加減子供の様に頭を撫でられるのに耐えきれず、ナツが体を起こして立ち上がった。怪我の影響からかフラつくも、エルザはそれを助けようとせずに見守った。

 

「さあ、いけ。S級になったら、いつでも相手してやる。もっとも負けてやるつもりは欠片もないがな!」

 

 遠く感じるS級との差。その先にある力と自分は一体どれだけ離されているのか。

 果てしない力と勝利への渇望に、身を焦がしそうになる。しかしこうして見守ってくれる存在がいるのなら、目指すべき目標があるのなら、自分は自信を持って前に進めるはずだ。

 

 ナツはふらつく体をハッピーに支えられ、合格の言葉と共に前に進みだした。

 

 

 

 

「はぁ~…。予想以上にしんどいぞ、これは」

 

 ナツが洞窟の出口に向かい、姿が見えなくなったところでエルザは体を倒した。丁度先程まで可愛らしく泣いていたナツの様に寝ころび天井を仰ぐ。

 

「やせ我慢も楽じゃない、全く手加減というものを知らんのかアイツは」

 

 全身を襲う痛みと疲労。煉獄の鎧は確かに強い。黒羽の鎧の攻撃力、金剛の鎧の防御力、飛翔の鎧の速力、全てを兼ね備えた究極の鎧だ。しかしそれだけに使う魔力も尋常ではない。必死に顔には出さずにいたが、いつまでも粘るナツにこちらも相当限界に近かったのだ。

 

「せっかく直した煉獄の鎧も壊れてしまうしな……。はぁ、修理もタダではないのだぞ」

 

 斑鳩という強敵に壊されたが、この日の為に特別に急ぎで直して貰ったのだ。それだけでも大分いい値段のする特別料金をとられた。特注の鎧の中でも更に特注の品物なのだから仕方ないのだが、大破に近かった鎧の修理費用を稼ぐのにS級クエスト数回分と考えると頭が痛くなってくる。攻防の途中で鎧から嫌な音がしたときは正直泣きそうになった。そして決着がついてこっそり見たら完全にヒビが入っていてナツと一緒に泣いてしまいたくなった。

 

 あぁ、また修理に出さなければな……。乾いた笑いが出てしまいそうだ。皆私のことを勘違いしている。私の換装は無尽蔵というわけではない。あくまでも私の魔力と財布分しかストックはないのだ。S級は入りがでかい分、出も大きいのだということを新しくS級になる者は学ぶことだろう。

 一度ラクサスが最新型の音楽再生魔導具を眺めていたのを見かけたことがある。店内で品物を前に立ち、数刻程悩んでから買わずに出て行った。きっと彼も財政難なんだろう。今度あったら優しくしてやろうと思ったのを覚えている。

 

 もうやめよう。考えると悲しくなってくる。そんなことよりナツがこれだけ強くなったのを喜ぼう。

 

「本当にもう教えることが無くなってしまったな。抜かれてしまう日も近いやもしれん」

 

 実に嬉しく思う。弱さも強さも知ったナツはきっとどんどん強くなっていく。それが誇らしく、寂しい。もう簡単には守らせてはくれないだろうなとエルザは笑った。

 

 だが、それでも一人の魔導士として負けたくないと思う。どれだけナツが強くなっても負けたくない。

 

「悪いがいつまでも姉面をさせてもらおう」

 

 決して先をいかせるものかと決意する。自分にも新たな目標が出来た。止まっている暇はない。

 

「必ずS級に来い、ナツ」

 

 しかし今だけは祈ろう。弟の様に思うナツの合格を。新たなS級の同僚として、家族を守り共に導いていける未来を想像してエルザは再び微笑んだ。

 

 

 

 立ち上がり、出口へと向かう。その途中でそういえば、と立ち止まる。思い出すのはもう一人の手のかかる妹。

 

「……ナツにさえ先を抜かされるかもしれんぞ。お前は一体どうするんだ、カナ」

 

 エルザが試験官になってから初めての受験者であった彼女。計3度に渡る試験は全てこちらの勝利で終わった。いや、”終わらされた”。毎度適当なところでギブアップをあげて落選という形で終わらせられ、何度もそのやる気のなさを問い詰めた。結局まともに返されることなく今に至るが、本来S級試験を受け始めたのは彼女の方が早かった。結果的にS級として先輩の形をとっているのは自分だが、本来は彼女が合格しているはずだったのだ。

 そうだ、あの一度目の試験。あの時、一部の者は思っていたはずだ。カナが落ちるわけがないと。自分とてそう思っていた。一度垣間見た彼女の強さは常軌を逸するものだったことを思い出す。

 蹂躙という生易しいものではなかった。戦闘行為の最適解を常に解き続ける。例えるならばそうとしか答えられなかった。一体何処で、誰に教わればあんな戦い方が出来るのか。たとえそうせざるを得ない相手だったとはいえ、その光景を見た私は恐怖に体を震わせて動けなくなった。あの日のカナをその後見ることはなかったが、アレが私に向けられたらと思わずにいられなかった。

 例え本人にその気がなかったとしても、カナの試験の相手をして分かったことがある。

 

 彼女は自分より強い。

 

 言い方は悪いが、この試験において彼女は異質の存在だ。それは悪い意味での特別待遇。この仕組まれた出来レースが物語っている。

 

『すまん、アイツの相手は俺にやらせてくれ。俺がやらなきゃいけないんだ』

 

 試験の準備の際、ギルダーツが私達に頭を下げて懇願した。このようなギルダーツの姿を見るのが初めてで固まる私たちをよそにマスターは承諾し、カラクリは仕掛けられた。

 洞窟とマスターの特殊な魔法、我々の助力により、カナだけは公平性に欠く結果を用意されたのだ。異を唱えようにもマスターの雰囲気がそれを許さなかった。停滞した彼女の時間を動かせるのがギルダーツだけだというのなら、是非もないのだろう。

 ……まぁ結局呑気に歩いて来た彼女の行動で大した意味は成さなかったのだが。

 

 

 ある意味でナツよりよほど厄介な存在。ギルダーツを信用していない訳ではないが、容易くはいかないだろう。

 

 もっともそれは全員に言えることか。グレイにエルフマン、ジュビア、フリード、レビィ。誰一人として安易に試験を終える者などいなさそうである。

 エルザは眉間に皺を寄せてため息をつき、苦笑した。

 

 

 

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