やさぐれかな   作:螺鈿

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それぞれの試験 終

「あいててて……」

 

「おう、もう動けるか?」

 

「あぁ、まぁね」

 

 壁に寄りかかり、傷ついた体を休める男二人。一人はひび割れたサングラスを手に、一人は裸で寝転がっている。二人は勝負に負けた敗北感よりも、体に纏わりつく倦怠感に体を任せて天井を仰ぐ。

 

「お前ってさあ、意外と純だよな」

 

「なにを……」

 

「だってよ、普通信じないだろ。”エルフマンの子供がいるの”とかさ」

 

「いや、僕も信じたわけじゃないんだけど……驚いちゃって」

 

「あぁ……まあ、うん。あれはしょうがない」

 

「いや、ホント申し訳ない」

 

「しゃあねえって。多分もう一回やってもまた噴き出すわ、アレは」

 

 完璧な不意打ちだった。グレイがエルフマンを相手にし、エバーグリーンの相手をロキが担当した。サングラスのあるロキならエバーグリーンの石化の魔眼が通用しないため、相性が良いと考えてのことだ。実際相手もそれを承知でロキに集中攻撃しようとしていた。全身テイクオーバーを会得したエルフマンに雷神衆の一角にして凶悪な魔眼を使うエバーグリーン。個々の実力も相当なもので、戦況は一時伯仲していたのだ。しかしプライベートでも親交のあるロキとグレイの二人。タッグでの連携なら即席とも言える相手に劣るはずもなく、上手く相手を引きつけたロキを餌にグレイが一撃を決め、優位に立とうとしたときであった。

 

『やめて! お腹にエルフマンの子供がいるの!!』

 

 その言葉にエバーグリーンに殴り掛かっていたロキの拳が止まる。思考停止して体の動きも止まった姿はいいカモで、見事に彼女の妖精爆弾で吹き飛ばされた。ついでにここぞとばかりに追撃してきたエルフマンによってノックアウト。2対1になったグレイは粘り強く戦ったが、奮戦むなしく敗北。勝てばよかろうとも言いたげなエバーグリーンと、申し訳なさそうにするエルフマンの顔を最後に強烈な一発をもらい、気が付いたらこの有り様である。

 

「アレは卑怯だろ……」

 

「まあ、アレもチームの強みということで」

 

 戦ってる最中も頭から離れなかった。エバーグリーンの趣味の悪いサングラスをかけたエルフマン似の強面の赤ん坊。思い出したらまた噴き出しそうになる。

 マスターは正しかった。運の要素は大切だ、でかすぎる。たまたま”闘”のルート、エルフマンチームに当たってしまったが故にこの結果。あの必殺技は強すぎる。多分この試験のどんな相手でも通用する。ミラやエルザなど何も出来ぬままにやられることだろう、まさしく最強のタッグだ。

 

「他のところはどうなったかな?」

 

 未だ目を合わせないロキ。露骨に話を逸らしてきたがあえてグレイは乗ることにした。いつまでもこんな益のない自省をしていても仕方がない。

 

「さあな。でも俺らほど長い時間気を失ってはいないと思うぜ」

 

「やれやれ……、ようやく十全に力を使えるようになったのになぁ」

 

 悔しそうに呟く相棒にひらひらと手を振る。グレイはロキが容姿に合わず熱い男であることを知っているので、自分から責める気などなかった。このタッグで駄目なら単純に自分の実力不足。悔しいのであればそれをバネに強くなってまた挑めばいいだけのこと。

 

 それを言葉にせず立ち上がり、一先ず洞窟を出ようと促すのはそれなりの付き合いをしている故の気の遣い方だった。それを汲んで顔を顰めるのを止め、体の調子を確かめながら歩き出すロキ。

 

「なに、カナに当たらなかっただけマシと思うさ」

 

「カナ? ジュビアじゃなくて?」

 

「……なんでそうなる」

 

「まったく……、まぁいいや。それより詳しいよね、そういえばカナは昔からグレイとは割と話してたっけ」

 

「ガキの時はよく一緒にいたからな」

 

「ほほう。それは羨ましいね」

 

 先程までの態度は何処へやら、隙を見つければ突いてくる態度に呆れるグレイ。出来れば戦いのときにその姿勢を見せてほしかったものだと皮肉をいいたくなるが、ここは大人の対応でぐっと我慢する。言い出せば確実に実にならない口論で体力を削られるからだ。しかもこのホストは口が立つ。口論で負ければ腕にものを言わせる自分が容易に想像できる。常ならばともかく、流石にこの疲れた状態では控えたい。

 それはロキも同じなのか、”でぇきてぇる”とからかおうとする顔だけして何も言わない。だがその顔だけで腹は立つ。

 

「んなもんじゃねえよ」 

 

 先立って釘を刺しておく。実際目の前の精霊が想像することは何もない。酒場ではあまり積極的に人と絡もうとしないカナがグレイに話しかけにいく姿が見られるのは事実だが、それも大体がグレイの脱ぎ性に対する苦言で、それ以外にカナから絡みに行くことは実際には殆どないのだ。

 何よりも昔の付き合いと言っても、強くなるという目的の為に余裕がなかった頃の自分の話だ。行動を共にはしたが碌に話をした記憶もない。そんな始まりだったからか、余裕が生まれて周囲が見える様になってからも、その手の雰囲気など微塵もなかった。そもそもなりふり構わずカナに纏わりついたのは、当時の彼女が同年代であるにも関わらず自分の遥か上をいっていたからだ。ナツなどは実践が一番といわんばかりに誰彼構わず挑んでいたが、自分はあのアホよりは頭を使えるのだと、強くなるためなら強者に頭を下げるのはいとわないと走り回っていた。そんなこんなでカナに頼み込んで、服を着ることを条件に好きにしていいとのご達しを得た。

 まあいざやってみればあの常軌を逸した修行に自分よりも彼女を心配してしまい、共にでは碌な修行ができなかった訳だが。

 

 当時を思い出し、ほっとくと文字通り死に体になりかねねーからな等とぼやくグレイ。その光景を見てロキは自分が考えているようなことはなかったのだろうなと思うも、面白そうなので何も言わずに話題を広げることにした。

 

「そういえば、僕はカナがカードを使う姿しか知らないな。昔は一体どんな魔法使ってたんだい?」

 

「あれ、おまえ見た事なかったか?」

 

「僕が入った時は既にカードマジックを使っていたからね」

 

 そう言われればそうなのかと納得してしまう。グレイは自分が古参であることは自覚しており、それゆえに知名度の割に人の出入りが少ないフェアリーテイルにおいての人間関係は時間感覚が崩れがちだと思った。このギルドのメンバー同士の付き合いは濃く、僅かな時間でも長年の友の様に感じてしまうのだ。それが時に煩わしくもあるが、やはりよいものだとも思う。

 

(そうか、もう5年になるのか……)

 

 元より仕事に対する関心は薄かったが、それに加えて更に怠惰な姿を見せるようになったのがそれ位の時期だ。ギルドに所属していながら魔法に対する関心も、依頼に対しての意欲も見せなかったが、それに輪をかけるように彼女のやる気が削がれていったのは。そういえば酒を覚えて一日中飲み始めたのもこの頃だったか。それが結果的に彼女の棘を薄れさせていったので、微妙に注意がし辛かったと物思いに耽る。

 

 咳を一つ起こされたことで意識が移る。隣で早く言えという態度で待つロキに投げやりにグレイは言った。

 

「単純さ。ただ”抉る”だけだ」

 

 あまりにも省きすぎた、簡潔な答えに要領を得られないロキ。

 

「言葉通りだよ」

 

 もうこの先戦うことはない相手なのだし、仕方なく最小限の答えだけ教える。本来なら試験前に教えるべきことなのだろうが、出来れば余り教えたくはなかった。彼女に対する無為な先入観も持たせたくなかったし、今の彼女と昔の彼女は違うのだから。それにこの場合において、魔法的な話に余り意味はない。

 

「深く考えるな。アイツは普通の魔導士と考え方が違う。魔法を使うことを目的としていない、ただその結果を出す手段として魔法を使ってるだけだ」

 

 その言葉に何かを察したように黙るロキ。フェアリーテイルという正規ギルドに所属する魔導士。魔道の深淵を探り、自分の理を見つけることを至上とする人間の集まり。そこにおいてグレイの言う様な魔法への取り組み方は邪道……ともすれば唾棄すべきものである。それは魔導士というよりも、闇ギルドにおいての魔法を使う犯罪者や暗殺者、傭兵に近い考え方だからだ。

 

「それも昔の話さ。……だが怖いぜ、”アレ”は」

 

 

 

 

 船の上であの服装を見たときは心底驚いた。今とは服のサイズも本人の体つきも違うが、5年前まで使っていたのと同じデザインの戦闘服。動きやすさを追求したものと分かる薄いバトルスーツ、それに反する様に体を拘束するかのような上衣、そして機能性を高めた身を包むコート。違うのは大量のカードを仕込んだベルトを体に巻き付けているくらいか。アレを見たことがあるのはギルドでも僅かだろう。長い付き合いの自分でさえ、幼い頃に一度見ただけだ。

 

 幼いころは、自分はよくカナと二人で秘密の修行場を使っていた。秘密というのは単にいわくつきの場所で誰も寄り付かないからで、人目につかずに自由に魔法の特訓を行えたから誰にも教える気がなかったという場所だった。カナは幼いながらそこの近くに小さな家を構え、一人で暮らしていた。勝手に付いて来る自分に半分諦め、家の鍵を渡して好きに使ってもいいと言ったのを覚えている。自分はここぞとばかりに甘えて寝食をそこで過ごした。

 

 ある日のことだ。修行で疲れ果て、そのまま彼女の家で裸で眠ってしまったことがある。夜中に家主が帰ってきた音に飛び起きて、このままでは怒られると思って急いで服を着ようとしたときであった。あの服に大量の血を染み込ませて帰ってきたカナ。それに驚いて家具の影に隠れた。怪我をしているのかと心配になって声をかけたかったが、彼女の身に纏わりつく血の匂いと死の気配に体が固まり動かなくなってしまった。疲れていたのか、自分に気付かず血を滴らせる服を脱ぎ捨てて裸になった彼女の姿は忘れられない。どす黒く赤い血が髪を伝い、細い首に沿って腰へと流れていく。その血を追うように体を眺めても、体には傷が見当たらない。怪我は負っていないと安堵するよりも、自分の目は恐怖で釘付けになった。その姿は確かにある種では神秘的な、しかしもっと悍ましい、この世の暴力を体現したかのような狂気を身に宿す肉体がそこにはあったのだ。

 

 一体彼女の過去に何があったのか。その年齢にしては異常なまでの魔力と力。修行で手に入れるようなものでない、身に刻む力の証。今でもそのことについて考えるときがあるが、それを聞かないのは普段の彼女がそれを隠していたからだ。外見にかける魔法を使い、誰にも悟らせぬようにしていたから。それを聞き出せるほど自分は彼女から信頼を得ていないと分かっていたし、何よりも他人に聞かれたくないことだと察したからだ。自分を含め、このギルドの家族は皆心のどこかに傷を持っている。だからそれには触れず、ただ寄り添うだけ。そういう生き方をこの時には学んでいたことに心底安堵する。体を洗いに部屋を出て、戻ってきたときには自分は目を瞑って床に伏していた。寝てるのかと言って毛布をかけてくれた彼女はすでに自分の知っている彼女であったが、俺はその日の夜を眠れずに震えて過ごした。

 

 

 

「もう使う気はないと思ってたんだけどな」

 

 5年前のあの日以降彼女は変わった。それはあの服を着なくなったという様なことじゃあない。ミラのように分かりやすいものではないかもしれないが、気付く者は気付いていた。その後に続く彼女の態度で、徐々にそれが明確に周知された。”鬼人”と呼ばれた彼女は去り、皆どこか安堵しているように思えた。

 

 そしてしばらくは度が過ぎる程の怠惰な姿を見せたかと思えば、カードマジックというものに傾倒し始めた。それに興味を示し、近寄ってきた者には誰彼構わず胡散臭い占いをし始めた。自分に対しても当たらない占いを続けていたのを覚えている。どんな形であれ、他者に気を向け始めたことは良いことだとエルザなどは言っていたが、自分にはそれが薄っぺらいなにかを張り付けているようにしか思えなかった。

 

 あの服を着た今でも見て得られるだけの雰囲気は変わったまま、あの日の姿を思い起こすものではない。しかしあの服を見るとどうしても思い出してしまう。思い返せば彼女は船の上にいるときから酒を飲んでなかった。いつもの酒を浴びる様に飲む姿、酒場の馬鹿共を笑う顔。張り付いた全てが掻き消えて、あの日の姿に戻っているのだとしたら……

 

「ナツの野郎達はどうなってるか……」

 

「ルーシィ、負けてないといいけど」

 

 見えてきた出口の明かりに向かって歩き続ける。もしかしたら、本気の彼女と向き合えるチャンスだったのかもしれない。そう考えると、こうして意識を取り戻して光に向かって歩いていることに無性に愚痴りたくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おまっ、マジか!? エルザにナツが勝った!!?? 」

 

「勝ってねぇよ、合格しただけだ」

 

「マジかよ、グレイ組にエルフマン組が勝っちまうし俺の予想大外れじゃねぇか! 賭けの負け分どうしてくれんだ!?」

 

「知るかよ! てか俺の負けに賭けるんじゃねぇ!!」

 

「グレイ様……」

 

「元気出しなよジュビア、グレイの分までがんばろ?」

 

「落ち込んだグレイ様を慰めてそのまま…… あぁっ! そこはダメ、ダメです!! グレイさまぁん」

 

「あ、ダメだコイツ聞いてねぇ」

 

「それで、結局お前たちグレイたちにどうやって勝ったんだ?」

 

「……い、いえん」

 

「まぁ私の美貌故かしら」

 

「なにやったんだお前たち……」

 

「でも凄いね、あのエルザ相手に合格しちゃうなんて」

 

「ケッ、大したことねぇよ。大方ハンデでも貰ったんだろ」

 

「なんだと!? エルザが手加減するはずねぇだろ、このボロボロの体見て言えや!」

 

「大声でいうことじゃないよナツ……」

 

 洞窟から出たグレイ達迎えたのはいつもの喧騒。ロキとグレイは顔を見合わせると、同時にため息をついて仲間の元へと向かう。グレイ達に気が付くと一段と騒がしくなる一行。やたらと絡んで煽って来たりからかう者たちを適当にあしらっていると、マスターから試験の労いを受ける。それと共にレビィに席を勧められてようやく腰を落ち着ける二人。

 

 椅子から見渡せば簡易的な天幕が建てられており、見事なベースキャンプが出来上がっている。奥の方ではミラとエルザがエプロンを着けて調理を行っていた。受験者たちから試験の過程と結果を聞けば、彼女等も相当動いた後の筈だ。激戦の後だというのに気を失っていた自分達よりも元気に動いて皆を労う二人を見ていると、感嘆というよりも呆れの様な、なんとも言えない感情が沸きあがってくる。

 

 料理の匂いが漂い、鼻に届けば空腹が主張をし始めた。腹具合がもう昼頃だということに気付かせ、食い物をよこせと音を立てる。そこに丁度良いタイミングで姉から料理の完成を告げられたリサーナが、ウェイトレスさながらに料理を皆に配り始めた。姉と共に酒場の仕事を手伝うこともあるリサーナは、手慣れた手付きで配膳をこなしていく。ちらりと見えた料理はアウトドア料理らしくシンプルだが、ミラの一手間が加えられているのか食材が色よく飾られていて見た目からも空腹を増長させていく。ようやくグレイの番が来て手を差し出すが、なぜかリサーナは自分を飛ばして隣のロキに配って去って行く。それに文句をつけようとしたときに端からジュビアが料理を持ってやってきた。隣でにやにやとするロキの手元の料理を凍らせる。

 盛られた皿から立っていた熱い蒸気を冷気に変えてから、ジュビアに礼を言うグレイ。ロキからの文句を無視してグレイもジュビアから手渡された温かい料理に舌鼓を打つが、一戦終えて余裕のない自分たちとS級たる者たちの差に、上手い筈の味も何処か薄くなった気がしてしまう。

 

 含むところの意味は違っても共に微妙な表情で食事を進めるグレイとロキに、マスターであるマカロフが近寄ってきた。

 

「今回は残念じゃったな」

 

「いいさ。正直に言えば悔しいが、エルフマン達の力も本物だしな」

 

「敗北も遠回りというわけではない。心持ち次第でいくらでも近道になり得る」

 

「わかっているよ、マスター。僕等もこのままじゃ終わらない」

 

「うむ、それならいいんじゃ」

 

 力強くこちらを見返す若者たちに頷くマカロフ。余計な世話などせずとも真っ直ぐに成長していく子らにしみじみとしてしまう。やはり彼らを選んで間違いはなかった。試験に負けはしたが、十分にS級たる資格を手にしている。これほどの人数で試験を行うのはギルド史においても初めてのことだ。頼りになる若者たちがこれだけ多く育っているのなら、これからのフェアリーテイルの未来は明るいだろう。

 小さな頃から見てきた子供の成長に、自分も年を取るわけだなどと一人感慨に浸るマカロフ。それを見てラクサスが出て行って以来妙に年寄り臭く振る舞うマスターに付き合ってられないとグレイとロキの二人は首を振った。

 

「それだけかい? マスター」

 

「いや、これから残るか帰るか聞きたくてな。……それとこうもうちょっと子の成長の喜びをじゃな…」

 

「メストとウェンディは?」

 

「……もうええわい。二人は試験で負けてからそのまま何処かに行ったな、大方島を探検でもしてるんじゃろ。メストなら心配いらんし、この島の中なら問題はないから、帰る時になったら連れていくつもりじゃ」

 

「じゃあ俺も残るかな」

 

「僕も。ルーシィの雄姿を見たいしね」

 

 ならば試験の邪魔にならない程度に好きにして良いとのお達しを得た二人は、未だ試験の結果と内容を自慢し、煽り合う他の者達の会話に加わりに向かう。

 

 食事を終えた彼等はエルザとミラも加えて最後の一組である者達について語っているが、その論調はどうやら一方向に固まっているようだった。

 

「とうとう残るはカナとルーシィだけか」

 

「しかしギルダーツとはついてねぇな」

 

「そうか? 私はギルダーツ相手だったが合格したぞ」

 

「エルザとルーシィたちを一緒にするなよ」

 

「どういう意味だそれは、うん? ほら、ナツ、言ってみろ。今日はどんな鎧も出し惜しみせずに出してやるぞ、なんせS級試験だからな」

 

「エ、エルザ……どうしたの? 何か洞窟から戻ってきてからおかしいわよ」

 

「……わたしだって、わたしだって泣きたい時くらいある」

 

「なんだかわかんねぇけど、俺もギルダーツと戦いたかったなー」

 

「ナツ、エルザとやり合ってまだやるつもり?」

 

「ルーちゃん、無理しないといいけどなぁ」

 

 残るは一つの通路のみ。確定した組み合わせに話の花を咲かせ続ける。脈絡もない話も飛び出し、混沌とするいつのもの空気だがそれでも出す結論は一つ。

 

「まぁ無理だろうな、あのギルダーツ相手では」

 

 誰ともなく口から出た言葉に誰かが否定を加えていくも、そこには何処か力が感じられず徐々に同調が強まっていく。

 それはS級と戦った者だけが分かる感覚。あの何処か見えない壁を超えた強さ。自分達では未だ辿り着けない場所を見ている者特有の威圧を味わった者たちは、カナとルーシィがそれを超えることに対して応援する言葉を口にしていた。しかしそれは結局のところ願望的な物言いであり、カナ達の困難さを余計に強調するだけになっていた。理屈を超えて信頼の言葉を口にするナツでさえ、今回に至っては軽々しく喋らずにただアイツ等を信じるという言葉しか口にしていない。その周りを驚かす、常らしからぬ態度もあって会話の方向性は決定づけられたのだ。

 それがなくともギルダーツはギルド随一の力の持ち主。勝利どころか健闘だけでも難しい。そういった流れさえ生まれつつあったときであった。

 

「そういうことじゃねぇんだよ……」

 

 グレイがぼそりとつぶやいた。ざわざわと騒ぎながら話し合う周りをよそに、零れ出たそれに気付けたのは常にグレイを見ているジュビアだけであった。

 

「グレイ様?」

 

 グレイの顔色を伺うジュビア。それになんでもないと返そうとした瞬間であった。あの夜の光景がグレイの頭に蘇える。

 

(あぁ……ついにやるのか、カナ)

 

 

 

 

 

 

 その時、その瞬間、誰もが体と意識を戦闘態勢へと切り替えた。戦いではない、命を懸けた殺し合いをさせられる体に無理矢理させられたのだ。

 

 地響きのような感覚と、刃物を体の中に押し込まれて抉られるような感覚。魔法と言う限りなく闇に近い魔に憑りつかれた彼らの体は、死というものに対して鋭敏で、だからこそ皆一様に反応させられた。

 

 言葉を発さずとも全員が同じ方向に顔を向ける。その先にあるものから発せられる魔力と殺気に対して、一瞬で死を覚悟させられ、そして次の瞬間には誰もが仲間のために自身を犠牲にする覚悟をした。その絆こそがフェアリーテイルというギルドを表す最たるものだが、ここに至っては誰もが逃げられはしないだろうという諦観も抱かされた。

 

「……ギルダーツの魔力じゃ。心配することはない」

 

 未だ顔を逸らさずにマスター・マカロフは言った。その口調はとても家族に対してのものとは思えず、自身に言い聞かせているように聞こえてならない。

 

「あ、あぁ。確かにギルダーツの魔力だ。でもそれだけじゃない」

 

「この島全体を覆うような殺気は一体……」

 

 確かにこの島を揺るがすような魔力の中に、S級魔導士であるギルダーツの力を感じる。長年接してきた者にはその波長が分かった。しかし、それ以上にこの殺気はなんだ。殺気だけで死を覚悟させられた。いや、あの瞬間誰もが自分の死ぬ様をイメージさせられたのだ。

 このギルドは武闘派だ。身の丈を超える様な怪物に、戦場を生活の場とする傭兵、闇に堕ちて血に染まる魔導士、それらを相手に戦うことを躊躇わず、時には命がけの死線を超えてきた彼らでさえも凍り付かせた殺気。

 

「……カナだ。俺は知っている、バトルオブフェアリーテイルのときに戦ったからな」

 

 体と声を震わせながら言ったのはフリードだ。いつもの冷静な彼からは信じられないほどに動揺した姿。何かを思い出した様に島を覆う気配に恐怖している彼は、長い付き合いの雷神衆ですら見た事もない表情を浮かべていた。

 

「これが、あの酔っぱらいの殺気だってのかよ!?」

 

 恐慌した様に叫ぶのはガジルだ。彼の知るカナという女性は、少し腕が立つ大酒飲みというイメージしかなかった。

 ガジルは以前の抗争時に彼女が戦っている姿を見た事がなかった。最後の最後、僅かにしか前線に出なかったが仲間を守るために活躍をしたという話は聞いた。その後にフェアリーテイルに入って実際の彼女を見て、戦闘力に関しては平均以上、特筆するものはない程度という自己の評価を下し、接点の少なさもあり今に至るまでそれ以外の印象は薄かった。

 だがこれは一体なんだ? これがあのいつもの、あの酒場の角で飲んだくれている女の魔力と殺気か? 突如変質したそれは、自分に向けられているでもないのにも関わらず本能を丸ごと凍てつかせた。

 自分は確かにまともではないギルドにいた。とても善とはいい難く、暗い闇の力を携えたギルドだ。そこの長であるマスター・ジョゼはそれら全てを飲み干してなお己を通せる程に強く、大きかった。そこに憧憬を抱いていた過去は否定しない。だが、そのジョゼですら、こんな気配は纏わなかった。深い、狂気すら感じさせる魔力と殺気。島中の生き物が怯えているのか、鳴り響く地響き以外に音が消える。

 

 一行は唯一毅然とするマスターに問いただすことも出来ず、唯々立ち竦む。そんな中、ただ一人意を決して飛び出した者がいた。即座にその者の首を捕まえ、引き倒すマカロフ。

 

「向かうことは許さんぞ、ナツ! それにお前らもだ」

 

「何言ってんだ! 普通じゃねぇよ、こんなの。カナもギルダーツもどうしちまったんだ!?」

 

「試験を邪魔することは誰にも許されん、あ奴らを信じろ!」

 

 未だ走り出そうとするナツを巨大化させた手で抑えつけるマカロフ。殺気に当てられているのか、それとも試験の疲労からか、体には思ったほどの力は入っていなかった。

 

「……マスター、これもギルダーツの?」

 

「そうじゃ、ギルダーツの意思じゃ。試験中は何が起こっても誰も寄り付かせないでくれという」

 

「そう、それなら仕方ないですね」

 

 ナツの動きで我を取り戻したのか、ミラとエルザがマカロフに近づき、他に聞こえぬ様に言葉を交わした。マスターの言葉で納得したのか、震える体で他の皆を収めようとするミラとエルザ。エルザはナツに近づいて何事かを言うと、ナツは抵抗を止めて歯ぎしりをする。それを見てマカロフは地に貼り付けるを止め、皆に聞こえる様に声を上げた。

 

「大丈夫じゃ、この島はフェアリーテイルの聖地。フェアリーテイルの家族は初代とギルドの礎になった者達に守られておる。万が一の事は起きん」

 

 その言葉でギルドの面々は体の硬直を解くが、それでも意識は向けた方角から逸らされることはなかった。例えマスターの言葉に嘘がなくても、この殺気の前にはどうしようもない程にすがるには弱弱しい物に思えたのだ。

 

「信じましょう、ギルダーツ達を」

 

「……アイツラが帰ってくれば次の試験が始まる。お前たちもさっさと次の試験の準備をしろ。次も過酷になるぞ」

 

 皆を安心させる為に出来るだけいつも通りの恰好を装うミラとエルザ。例え虚栄でも、その姿を見れば心にゆとりが生まれ、徐々に他の者達も自分からそれに従っていった。

 

 徐々に地響きは収まっていき、殺気も魔力と共に残響を残しながら薄れていく。流れる空気が落ち着いても、緊張感は残る。未だ震えが体に色を残す中で、マカロフは何かを願う様に両手を握りしめてギルダーツ達の結果を待ち続ける。

 

 

 

 こうなることはわかっていた。理由は分からない。だがあの筋の通らぬことを何よりも嫌う男が、自分を生き方を曲げる様な頼みごとを申し出たのだ。色々とだらしない男ではあるが、心の強さと明るさは若かりし頃から誰よりも輝いていた男だ。そんなギルダーツがこの試験の始まる前、エルザ達に協力を頼む前に、かつてない程に思い詰めた様子で自分に懇願してきた。そんなことは以前にただの一度、彼の唯一の妻に関する事位で、あんなに弱った姿を見るのも十数年振りだった。

 

『お願いだ、アイツの相手はどうか俺に……』

 

『それは構わんが、試験自体は公平に行えるのか?』

 

『…………』

 

『ギルダーツ?』

 

『俺がやらなくちゃいけねぇんだ。もう逃げるわけにはいかねぇ……』

 

 カナ・アルベローナ。13歳というギルド史上最年少でS級試験を受けた鬼才にして不世出の魔導士。過去には鬼人とすら呼ばれたこともあるフェアリーテイル屈指の武闘派で趣味は大酒喰らい。少しやさぐれてはいるが実は新人の面倒見が良い姉御肌の一面もある。

 ギルドの者や、彼女を知る者たちが抱くイメージ。……それら全ては本当に正しかったのか。彼女は魔導に興味があったのか、それとも何か目的があってこのギルドに入ったのか。なぜ、あそこまでの力を持ちながらそれを表に出そうとしないのか。一体何処でその力を、あのような魔法の使い方を学んだのか。幼いころから誰にも明かさない本当の姿は何者なのか。

 

 カナはこのギルドに来た時にはすでに”あの”魔法を収めていたが、それに対してはまるでただの道具を振るう様な、淡々と銃の引き金を引く様な、それ自体に何の価値も感じていないようであった。

 幼い頃にふらりと現れ、ギルドに入り浸るうちに家族となったカナ。天涯孤独と言っており、身元を調べても出てくるものは一切なかった。そう、その調査結果は余りに空白すぎた。どれだけ調べようとも何一つ情報が出て来ることはなく、いっそ誰かが意図的に隠したとしか思えない程であった。疑問に思い彼女から直接探ろうとも思ったが、幼い彼女に傷を抉るかもしれない真似をするのは気が引け、またこのギルドの家族は皆心の何処かに欠けたものを持っていることもあって何も聞かないことにした。その結果、結局彼女は誰にも心の内を明かすことは無く、今に至るまで分かったことは殆どないのだが……。

 それでも彼女がギルドの仲間を傷つけられた際に見せる怒りや、表に出さないが家族の様に想っているであろう仲間に対する優しさや思いやりで、その想いは本物だと理解できた。

 だから信じることにした。仲間であり、友であり、子である彼女を。そして彼女に対して何か思うところのあるギルダーツを。

 

 ギルダーツがなぜあそこまで彼女に入れ込むのかは分からない。だが、それは決して悪い物では無い筈だ。理由は分からないが、以前の試験で彼女に対して厳しすぎる程の障害を課した彼を目にした時だ。試験が終わった後の彼は、試験中の鬼の様な形相からうって変わり、まるで大切なものを慈しむかの様な表情と見た事もない悲壮な目を、戦いに敗れて気を失った彼女に向けていた。

 彼等から口に出さない限り、自分が聞き出すことはしない。ただ寄り添う。そこにいるのが当たり前の家族の様に。それがこのギルドの在り方だ。

 何があろうとも立ちはだかる障害を全て砕き、前に進んで来たあの男なら彼女の心の壁も砕ける筈だ。そうしたとき、きっと彼らから心の内を明かしてくれるだろう。

 

「儂に出来るのは、本当にただ信じることだけなのか……」

 

 祈る様な呟きと、握りしめた両手。それからはこの試験の最後の結果が洞窟から現れるまで、マカロフが言葉を発することはなかった。

 

 

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