ソードアート・オンライン 《Violet Knight》 作:黒炉
俺はシンカーたちのギルド――――《軍》の本拠地がある第1層のはじまりの街を訪れた。
ちなみに体装備を今までの冒険者用のありふれた物から、ボスがドロップした《マントオブディーペストブルー》に変更している。大剣をメイン装備にしている今、STRが上がるこのマントはありがたかった。ここまで来るのに6層の雑魚を倒していたら、レベルが上がったというおまけもあった。
シンカーたちは、はじまりの街にあるプレイヤーホームで最も大きい物件を購入して本拠地にしていると言っていた。その辺の奴に場所を聞いたら、簡単にたどり着くことが出来た。
「居住区はプレイヤーに危害を与えることは出来ないから、大丈夫……のはず」
いくら装備を変えてレベルが上がったといっても、それでも攻略組と比べればレベルは低い。
軍の連中が一斉に襲いかかってきたらどうしようもない為、話し合いはここのような街中で行うしかない。
軍の本拠地の扉に手をかけ、開く。見た目はかなり重そうだったが、以外にもすんなり開いた。見た目ばっかってことか……。
中に入ると、それまで楽しそうだった雰囲気が、俺を見た瞬間に冷たくなっていくのを感じた。……なんか気分悪い。
「シンカーに話がある。シンカーを出してくれ」
「ヒヒッ、今はいねえよ」
答えたのは、クラディールだった。
……酒臭い。飲んでるのか、こんな朝っぱらから。
「いないってのは、どういう意味だ? お前じゃどうせ話にならないだろうから、さっさとシンカーを出せよ」
「おーおー、GMの仲間ってのは相当偉いんだな? 言ってみろよ、話聞くぜぇ?」
「……シンカーには俺の持ってる情報をくれてやってもいいと持っていたが、お前には絶対やらん。つーか子供の前で飲むな」
「酒はこの世界で一番の娯楽なんだよ」
ヒヒッ、と気味の悪い笑みを浮かべてクラディールがグラスに入った酒を一気に飲み干す。
そのままグラスをテーブルに置き、ゆらりと立ち上がった。
「シンカーはゆぅーしゅぅーな部下を連れてお前の仲間の女二人を探しに行ってる」
「……シンカーがいないならまた来る。邪魔したな」
どうせこの男とは根本的なところから相容れないと思っていたんだ。話をするだけ無駄だ。
それよりも、シンカーたちよりも先にユウナと姉さんと合流する必要が出てきた。こんな奴にかまってないで、さっさと第6層に戻ろう。
姉さんたちも居住区に近づくのは避けるはずだから、第6層からは出ていないだろうし、ユウナはまだ第6層のモンスターを相手に出来るほど強くない。今のところHPバーには何の異常もないが、早いに越したことはないだろう。
そう考え、出口の方へと足を向ける。二歩歩いたところで、小太りとのっぽの二人組に道を阻まれた。
……あ、こいつら、あの時広場から出られないって騒いでた年齢とか性別偽ってた奴らだ。まだ生きてたんだ、ネカマなのに。
「……何の真似だ?」
くだらない回想はさておき、クラディールにすごむ。
ここは居住区、つまりプレイヤーがプレイヤーに危害を加えることは、基本的に出来ない空間だ。まあ……方法がないわけじゃないけど、奇襲が私立するような方法じゃない。
「わかるだろぉ……お前をこっから出さねえんだよ。シンカーのあほんだらは殺しはしないとか言ってたけどぉ、俺はむしろ切り刻んでやりたいねぇ」
「……あ?」
「だからぁ、お前の可愛い可愛いパーティーメンバーをズタズタに切り裂いて辱めるのがたまらなく楽しみなんだよぉ。なのに、お前が出て行っちまったら、何も出来ずに指をくわえてみることしかできないお前のさいっこーの表情が見れねぇだろぉ? ああ、言っとくけど、俺はガキには興味ないぜぇ」
「……お前、言ってる意味が分かってるのか」
「もっちろん分かってるぜ。飲んじゃいるが冷静だ。至って冷静。めちゃくちゃ冴えてる。お前みたいな糞野郎とその仲間には、それくらいの屈辱を味あわせないと気が済まねえってのが全員の意見だ。そうでもなきゃ誰かに止めに入るだろ普通」
言われてその場にいる全員の表情を見るが、誰一人として、心苦しいそうな表情をしている人間はいない。むしろ、今のこの状況に快感を覚えている人間の方が多いようだった。
ここまでくると、少しありがたかった。ここまで圧倒的な悪意をぶつけてくれれば、こっちとしても殺すことに躊躇しなくて済みそうだ。
「ヒヒッ、この世界のモンスターどもがただのシステムでよかったなぁ。獣の欲望でもインプットされてりゃ、もうちょっとおもしろい展開も見れたのによぉ。ああ、そういう意味じゃ『残念』の方が合ってるかぁ?」
「黙れよ」
短く言う。
とにかく、コイツの声そのものが、存在そのものが俺の神経を逆なでする。
「ヒヒッ、獣の欲望をぶつけられた悲劇のヒロイン――――いいんじゃねえの? そういや、お前知ってるか? メニューの深いところに《倫理設定解除コード》ってのがあって――――」
「黙れと言っている」
クラディールの言葉を遮って言う。
その先を言わせてやる必要も、聞く必要もない。
「そう言えば、さっきおまえは言葉の意味を分かっていると言ったな。けど――――分かってねえよ。俺が言いたかったのは、お前があの時点でもう死ぬのが確定してたってことだ」
背中の大剣《ディフェンダー》を抜き、構える。
おそらく、クラディールの前には『ヴァイオレット から1vs1デュエルを申し込まれました。受託しますか?』というメッセージが出ていることだろう。
デュエルの種類はフルデュエル――――どちらかが死ぬまで勝負が続くという、禁断とされるデュエル。もちろん、降参する方法はあるが、普通のデュエルと違い、このルール時はメニューウィンドウを開かなければならない。勿論、そんな隙は与えない。
「いいのか? ここにいる全員相手にすることになるぜぇ?」
「まずお前からだ。その後一人ずつかかってこい。全員殺してやるから」
こいつらは確かにトッププレイヤーだが、1対1なら勝てなくはない。
何より――――ユウナ達を辱めて、自分たちの快楽のためだけに傷つけようとする精神が気に入らない。
同じSAOプレイヤーなのに、命をかけて戦う者同士なのに。
そんな奴らに――――躊躇も優しさも憐憫も必要ない。
クラディールがデュエルを受託し、戦闘開始の『DUEL!』という文字が出る。
先手は――――クラディールからだ。
「死ねェェェ!!」
「お前がな」
俺がギリギリまで引き付けてから回避したため、振りかぶられた剣は、空を切る。
一撃で仕留めてやる。ユウナや姉さんを傷つけようとした罪――――死んで償え!!
「ぐああ!?」
ソードスキルは使わず、あくまでただの斬撃を放った。ソードスキルは、対人戦では先読みされて回避されやすい。
しかし、俺の
いや、ソードスキルのような発動エフェクトがない分、戦況によってはソードスキルよりも凶悪かもしれない。
ただの通常攻撃で、クラディールのHPバーは一気にイエローゾーンに突入した。
「一撃で仕留めたつもりだったのに……仕方ない、次で殺そう」
「ま、待ってくれ、さっきのは軽い冗談で……」
俺を止めようと前に出した左手を、切りとばす。
だが、思ったよりもダメージは少なかったようで、クラディールのHPバーは消滅寸前で止まった。
「あああああああああああああああああああああ!? 俺の腕があああああああああああああああああ!!?」
「喚くなよ腕の一本ぐらいで。どうせ治せるだろ」
とんでもなく五月蠅い声で騒ぐから、だんだん苛々してきた。
……めんどいし、もう殺すか。
「……ヒィッ!? ま、待てよ、待てって!! お前にも悪い話じゃねえだろ!? お前も男なら、女の裸にも興味が――――」
「お前と一緒にするな、糞野郎。よかったな、もしかしたらこれでお前はリアルに帰れるかもしれないぜ」
勿論、そんなことは微塵も思っていない。殺す。コイツは確実に殺す。ゲームクリアなど知ったことか。最前線で戦う奴が全員こうだというのなら、俺はその全員をこの手で殺す。
まず、――――この男からだ!!
「ま、待ってくれ、頼む、助けてくれぇぇ!!!」
「死ね」
ディフェンダーをクラディールの首に突き立て、殺す。その後に他の奴も全員殺す。俺のカーソルがオレンジになろうが知ったことか。とにかく、この不快感を暴力という形にして何かにぶつけたい。壊したい、殺したい、こいつら、全部。
クラディールの懇願も、どこか遠くの声のように聞こえた。
まるで、俺が人を殺すシーンを、画面越しに見ているような感覚だった。
それでいい。実際に俺が目の間の人間を殺していたら、どこで躊躇しだすかわからない。他人と他人の関わりあいを見る――――そんなつまらないものを見ている感覚で十分だ。その方が都合がいい。
だが、どれほど待ってもクラディールが消滅しない。俺の動きが止まっている。
その理由は――――
「ヴァイオレット君、そいつを殺せば僕は君を殺さなくちゃならなくなる」
「シンカー……アンタはいい奴だよ。アンタに俺は殺せない。アンタが俺を殺す前に、多分、俺がアンタを殺しちまうだろ」
「それでもだ。とりあえずは、その剣を下ろすんだ。君が人を殺す理由なんて、ないだろう」
「そうかな」
おそらくは、シンカーはそれで俺がクラディールを殺すのを諦めてくれると思ってたんだろう。
だが、俺はもう言葉なんて言う感情の擬似的な表現じゃあこの殺意をどうにかできないんだよ。暴力という、目に見える明確な『破壊』を、己の力の結果を見なくちゃ、満足できない。
「俺がどこで誰を殺そうが俺の勝手だ。これはゲームなんだぜ。PKすることの何が悪い」
「こ……この世界で死ねば、現実でも死んでしまうんだぞ!?」
「だからどうした」
「な……なに……?」
シンカーは驚愕の表情を浮かべる。
人を殺すことに対して、まさか「だからどうした」と返されるとは思っていなかったのだろう。
「この世界は剣一本だけでどこまでも行ける世界だ。逆にいえば、剣があるのに途中で死ぬ奴は、そもそも弱すぎるんだよ。弱さが罪だとは言わないけど、弱い奴は弱い奴なりに、強い奴の陰に隠れてろよ。弱い癖にキャンキャン吠えてる方が悪いんだよ。たとえば……このクラディールみたいにな」
そう言ってクラディールを見下ろす。いや、見下す。
もう、クラディールはほとんど意識を手放しそうになっていた。かろうじて、上がりまくった息をしている程度だ。
「やめろ……クラディールも、君と同じで、この世界で戦う……」
「こんな奴と一緒にするな!!」
シンカーの言葉を遮り、叫ぶ。
どんな言葉で罵られようとも、きっとコイツと同類扱いされることだけは我慢ならない。それだけは、死んでも我慢できない。
「シンカー……コイツがさっき、俺になんて言ったか知ってるか?」
「いや……何て言ったんだ?」
「『お前の可愛い可愛いパーティーメンバーをズタズタに切り裂いて辱めるのがたまらなく楽しみなんだよ』」
「……!!」
一字一句違わず復唱した。
この男の、下劣で最低で、品性の欠片もない言葉を。
「分かるか、シンカー。大切にしているものが傷つけられる痛みが。俺は分かるし、知ってるぞ。積み上げてきたものが、一瞬で崩されていく苦しみを味わった。今度は、こんな奴のために、ユウナや姉さんが、負う必要のない傷を負いそうになった。――――だったら、そう言う奴はもう殺すしかないんだよ。そもそも、性根が腐ってるからこういうことが言えるんだよ、こういう奴らは」
「……それでも、君が、人殺しになる必要はない」
「必要はない。俺が望むんだ」
プレイヤーキラーと呼ばれようが、関係ない。
とにかくこいつらを……ユウナ達を傷つけようとした、辱めようとした、自分の快楽のために使おうとしたこいつらを殺す。
そのためになら、俺はどれだけ傷ついてもきっと立ち上がるだろう。
「……なら、クラディールを殺してみればいい」
「言われなくても、そのつもりだ。見ていろ。その後、コイツらも殺してやる。その次はお前もだな」
「そうか……。じゃあ、やるんだな。ただし――――ユウナちゃんの見ている前でだ」
そう言い、シンカーが体の位置をずらす。
そうして、俺の視界に入ったのは――――ユウナと、彼女の両肩に手を置く、姉さん。
二人とも、驚愕の表情を浮かべている。
「ユウナ……!? それに姉さん……!?」
「ば、ヴァイオさん……その、今の、嘘、ですよね……? ヴァイオさんが人を殺すなんて、そんなこと……」
一瞬、それまで俺の中で渦巻いていた殺意が消え去った――――ような気がした。
しかし、それは一瞬で、あるいは俺の錯覚でしかなくて、殺意は再び俺の中で踊り始めた。
「はっ……なんだよユウナ、シンカーに誘われたならそう言えよ」
「え……? ヴァイオさん、何のこと……」
「ああ、別に気にすんなよ。俺と二人のパーティプレイより、シンカーたちと一緒の方が数百倍安全だろうぜ」
え……? お、おい、何言ってるんだよ、俺は?
何ニヒルになって捨てられたヒーロー気取ってんだ? ユウナはまだ何も言ってないだろ、なんで俺から終わらせるみたいなこと言ってんだよ?
「ば、ヴァイオさん……」
「藍人君……?」
「二人にしたってさ、姉さんの方が絶対安全だし、効率いいレべリングできるぜ。むしろ俺なんかと一緒にいるよりもソロの方がまだいいんじゃないか? 俺は別に最初から一人だし、まだソロプレイに切り替えることは出来るしな」
おい違うだろ。何言ってんだよ。俺はユウナと離れるために、こんなことをするためにここに来たわけじゃねえぞ。
なんでだよ、なんで俺は本心と別のこと言ってやがるんだ。これじゃ、まるで
「ヴァイオさん、私……!!」
「だから気にすんなって。シンカーが見てくれてりゃ、こいつらも大人しいだろ。クラディールも見逃してやるしさ」
ああ、そういうことか。
人と他人の関わりあいを見る――――そんなつまらないものを見ている感覚。つまり、これは――――
「ヴァイオレット君、自分が何を言ってるか、分かってるのか!!」
「分かってるって。シンカー、ユウナを頼むぜ。コイツ、割とおっちょこちょいだしよ」
つまり、これは――――
『割と気が付くのは早かったな』
『……俺が多重人格とかって設定は、聞いてねえんだけどな』
『そりゃそうだ。俺も俺自身を自覚したのは、このSAOの中に来てからだ。あったんじゃねえか? 自分じゃ想像もつかないくらい、戦闘に、戦うことに、大きな快感を得るってことが』
『それは……』
確かにあった。
一番最近だと、あのブリキ人形の放つ異様なプレッシャーを感じ取った時。確かにあの時、強い奴と戦えるという高揚感が、俺の体と心を包んでいた。
『思い当たる節があるだろ。そりゃ全部俺だ。今お前の振りしてユウナにニヒルなヒーロー気取ってんのも俺だ』
『だったらすぐ止めろよ。俺はこんなことするためにここに来たわけじゃないぞ』
『違うね、これが正しい』
『正しいだと?』
『そうだ。お前、本当はどっかでユウナの事鬱陶しいとか思ってんじゃねえの? だからこそ、今日ここに来るまでの短時間でレベルが上がったんだろう? 足手まといになってるユウナを手放すいい機会だと、心のどこかで思ってたんじゃねえのか?』
『そんなことあるか!!』
『いいやあるね。でなければ俺がこの局面で出てくる理由がない。お前がクラディールに怒ったのは二人を傷つけられそうになったからじゃねえだろ。お前は、「大切な人を傷つけられて、一人で戦ってる」っていう立派な人間像がほしかっただけだろう? そうだよな、そもそもお荷物のために怒る人間なんかいやしねえよ』
『違う!!ユウナは――――』
『ユウナは?』
『ユウナは……、ユウナは……』
『言えないだろう? お前はお荷物だと認めたくないけど、ユウナがお前にとってのお荷物なのは客観的に見てもどうしようもない事実だ。そして、お前がそれを認めないから「ユウナをお荷物だと認める結城藍人」が必要になって、俺が存在するんだよ。お分かり?』
『違う……! ユウナは、俺の大切な……!!』
『大切な、何だ? 「人」なんて言って、そもそもお前はアイツのこと子供扱いだろ。「仲間」か? お前は最初からソロプレイだったんだろ? 仲間なんかお前にゃいねえよ。 だからユウナがお前にとって価値があるとすれば、それは「ステータス」だ』
『す、ステータス、だと……?』
『そう、ステータスだ。お前が誰かを助けている証明と言ってもいいかな。とにかく、お前が必要としているのはユウナという「オブジェクト」であってユウナという「人間」じゃない』
『俺は……助けて、助けられたつもりでいた。それは、間違ってることだったのか……?』
『別に間違いではないね。言っただろう。お前が客観的に物事を捕えないから、俺が存在するんだと。――――いや、適切じゃないな。お前がお前の感じることにもっと素直になっていれば、そもそも俺のような存在は誕生することすらもなかったはずだ。これは、お前が望んだ結末だよ。ユウナを捨てて、ソロプレイヤーとして自由に戦い、自由に生きて自由に死ぬ。そこにはお前以外の誰も存在しない、お前を傷つける人間も癒す人間もいない、お前が望んだお前の世界だろう?』
『俺が望んだ……俺の世界……?』
『そうだ。そこにはお前しかいないんだ。お前に以外の存在は、すべて排除できる。いや、排除する。しなければならない。なんなら、試してみるかい?』
それまでの、モニター越しのような感覚が消え、俺の意識はちゃんと俺の肉体に戻った。
俺はシンカーたち軍の本拠地を出て、すぐのところに立っていた。目の前にはユウナがいる。
「ユウナ……」
「一人で行くというのなら……私を殺してから行ってください。シンカーさんやクラディールさんを殺せるなら、私だって殺せるはずです」
目の前には、何の感情の起伏もない『ユウナ から1vs1デュエルを申し込まれました。受託しますか?』という文字。
ここでYESを選び、ユウナを殺し、自分の世界を作る――――それが、俺の望んだ結末……?
良く分からないまま、YESを選び、一度収めた剣をまた抜く。
ユウナは構えない。そもそも武器を装備していない。俺の記憶が正しければ、ユウナはまだ体術スキルは習得していないはずだ。
「ヴァイオさん……私、信じてます」
ユウナは屈託のない笑顔で、そう言った。
今、この瞬間までは短かった。
第1層で、ユウナと最初に出会った時、何があっても守ると誓った。
第2層で、弱いけどヤバそうだったスズメバチ型のモンスターから二人で全力で走って逃げた。
第3層で、小さな湖のほとりで人魚と一晩明かした。
第4層で、洞窟で無理なレべリングをした。
第5層で、最前線の装備の値段に一緒に飛びあがった。
第6層で、かつてない強敵と戦って、勝った。
短かったけど、長い。長くて、大切な時間だった。
振り下ろされたディフェンダーが、はじまりの街の歩道に叩きつけられる。
シンカーも、姉さんも、クラディールでさえも息を飲んでいるのが分かった。
「……殺せるわけ、ないじゃないか」
そう。殺せるわけがない。
最初から、どうすればいいかなんてそこに転がっていたじゃないか。ずっと言われていたのだから。
「ユウナ……ごめん、俺、ユウナに謝らなくちゃいけない……」
「ヴァイオさん……」
膝をつき、
それがどんなに無様でも、格好悪くても、それが今俺が受けるべき戒めだ。
「そうじゃないって否定してたつもりだったけど、俺、心のどこかでユウナの事をお荷物だって…足手まといだって思ってた。ユウナがいなければ、もっと早く最前線で戦えてたんじゃないかって」
「それは……その通りですよ、ヴァイオさん。私がお荷物なのは、分かり切ってることじゃないですか」
「そうじゃないんだ……。大切だったはずなのに、どこかでユウナをお荷物だって…邪魔だって感じてたんだ。それで、レベルの低いユウナを守って――――守ったつもりになって、自分の方が強いんだって優越感に浸ってたんだ」
目の前にある、ユウナの小さな体を抱き寄せる。
データでしかないかもしれないけど、確かにこの温かさはここにある。
もう嘘はつかない。
俺はユウナの事を大切にしていた反面、ユウナの事を邪魔だと思い、お荷物だと思った。
それは、ユウナが俺に与えてくれたあらゆるものを汚す行為で……違う。そう思うことが悪いのではなく、それをちゃんとユウナに話さなかったことが悪いんだ。一緒にもっと強くなろうって言わなかったことが。対等でいられるくらい強くなってくれと言わなかったことが、俺の罪。
「ヴァイオさん……私も、謝らなくちゃいけないんです。あの時、恩人であるヴァイオさんに、酷いことを言って……ごめん、なさい…ヴァイオ、さん……」
「いいんだ……気にしてない。俺こそ、酷いことをしてきたんだ……本当に、ごめん……」
涙が流れた。自然に、何の違和感もなく。
俺の中にいた、『ユウナをお荷物だと認める結城藍人』はいなくなっていた。きっと、あれは大切なものを俺に気づかせるための、
「ヴァイオさん……私、貴方の事が好きです……。ずっと、ヴァイオさんの……藍人さんの隣にいたい」
「俺も……ユウナに、ずっと傍にいてほしい。離れたくない。もう、二度と……」
それ以外の全てを忘れて、俺は、俺の腕の中にある何よりも愛しいたった一つの存在を、強く抱きしめ、強く感じた。
☆
結局、あれから俺の持ってる情報の公開というビッグイベントは行われなかった。
厳密には、あれから2日後に行われたのだが、それはどちらかと言うとおまけで、メインは俺とユウナの結婚式――――と言っても、ただ俺がプロポーズメッセージを送っただけだったが――――だった。実はシンカーにせがまれて、キスをしてしまったのはここだけの秘密だ。
勿論キリトさんも呼んだ。その時に、すっげえニヤニヤされたのがたまらなく腹立たしかったが、そのあと姉さんがキリトさんと知り合いだということが発覚、姉さんの様子を見ていればどういう状態かは一目瞭然なので、今度は俺のニヤニヤターン(なんじゃそら)になった。
この《ソードアート・オンライン》の世界には、プレイヤー同士の関係としては4つの種類がある。
一つ目は赤の他人。まあこれは特に言うこともないだろう。
二つ目がフレンド。メッセージを飛ばしたり、相手の位置を確認したりできる。
三つ目がギルドメンバー。フレンド機能に加えて、戦闘時のステータスにボーナスが付くらしい。代わりにギルドに一定の割合で入手した金を納めなければならないというのだが。
俺とユウナは、一応パーティではあるものの、ギルドではなかったので関係としては二つ目オンリーだった。
それが、四つ目――――つまり、この世界で結婚した者同士の関係が加わった。
結婚に必要な過程は、どちらかがプロポーズメッセージを送り、もう一人が受託すれば終わりという簡単なものだが、それによる変化はフレンドやギルドメンバーとは比べ物にならない。
まず、全アイテムとステータスの共有。つまり、アイテムストレージに入っているものが共有され、お互いのステータスをいつでも見ることが出来る。
これはつまり、自分の命を相手に渡すのと同義。そのため、結婚まで行くカップルは誕生しないと今まで言われていたのだ。まあ、それに関しちゃ俺たちが打ち破っちゃったんだけどな。
残りの結婚による変化の二つのうち一つが、常時ステータスアップだ。
魔法が存在しないSAOだが、結婚した相手が自分の周囲にいると、筋力値や敏捷値が底上げされるのだ――――と言っても、元の数値の一・二倍なので、元が低いと後も低くなるのだが。
そういうわけで、俺もユウナも、HPからLUKまで、全てのステータスが一・二倍になっている。ぶっちゃけこれかなり嬉しい。レベルが低くても、十分トッププレイヤーたちと肩を並べれるのだ。
そして、最後に一つが――――あんまり言いたくないんだけど――――常時倫理設定解除。
つまり、何をしてもハラスメントコードが出ないのだ。
まあ、永遠の愛を誓い合った者同士がその愛を確かめる度にシステムが水を差すんじゃ、どんな愛も冷めるだろうな……。
とはいえ、さすがにユウナはまだ小学生だし、俺もまだ中2だけどちょっと抵抗があるわけで、なのにユウナは夜になると毎晩誘惑してくるからそろそろ限界なんですけどうがーっという感じなわけです。
「ヴァイオさん、ヴァイオさん」
「なんだよ、ユウナ」
ここは第22層の森の中。
ここのプレイヤーホームが魅力的なのだが、金がなくて手がないというリアルすぎる問題がある為こうやって近くに来てそういう感じを味わっている。
「甘えてみただけですっ」
「……そっか。よっしゃ、じゃんじゃん甘えて来い。俺の懐は大陸だなレベルで深い!」
「せいぜい300mなんですか……?」
そんなボケとツッコミをする。
こうしてユウナと一緒にいられる時間が何よりも大切で、何よりも幸せだ。
それに手を伸ばし、あの時、はじまりの街で誓ったことをもう一度思い出す。
「……ユウナ」
「なんですか? ヴァイオさん」
「ユウナは、何があっても俺が守るから。必ず、向こうでもまた逢おうな」
「……当然です」
俺はもう一度、今度は第22層の森で誓った。
ユウナ――――星川優奈を守り、この世界を出て、現実世界で再会すると。
はい2回目言いわけタイムです。
とりあえず……まだこのお話は終わりません!!
ハッピーエンドっぽいけど、終わらないですからね!?読むのやめないで!!ああ、お気に入り登録数が減っていくぅぅぅぅ!?……落ち着け俺。
とりあえず前回の言い訳。
レッドプレイヤーってラフィン・コフィンの自称でした。初めて知りました。
ご指摘してくださったたくさんのユーザー様、本当にありがとうございました。
それと、前回までにヴァイオレットが散々言っていた『ハッキング』ですが、犯罪行為なのは『クラッキング』であって、『ハッキング』とは違うことが判明しました。これについては、訂正しておきましたので、間違って覚えてしまった方、頑張って覚え直してください。言葉知らずで本当にごめんなさい…。そして、ご指摘くださったユーザー様にも、深く感謝申し上げます。
今回の言い訳
結婚によるステータスアップはオリジナル設定です。原作にはあんなチート能力はありませんご注意ください。
倫理設定云々もありませんご注意ください。まあ、こっちは描写がないだけで存在するとは思いますけどね。一々システムがビービー言ってきたらどんな愛情も普通に冷めるっつーの。
さて、ヴァイオレット暴走、多重人格、結婚、ユウナの本名、アスナ空気と、色々あった回ではありましたが、これで終わりませんからね!?
次回、『大天使ゆうにゃん降臨!!』
伝説の装備をかけたクエストと娯楽を求める男性SAOプレイヤーが交差する時、物語は始まる――――!!
……ちょっととある風でした。まあ文庫一緒だから問題ないっしょ(おい)
では次回もよろしくお願いします!
以上現場の黒炉がお送りました!!