ソードアート・オンライン 《Violet Knight》 作:黒炉
この世界に救いはない。
もしもあるとすれば、それはこの世界がもたらすものではなく、俺たちが、プレイヤー自身が生み出すものだ。
そして、救いを生み出すのがプレイヤーならば、救いを奪い去るのも、またプレイヤーなのである。
☆
現在位置は第67層――――今の最前線の迷宮区。
今日も今日とてレべリングに励む。
「ラアアァッ!!」
ゴシャアッ!!と、豪快な音を立てて敵をなぎ払う。
現在装備している武器は、大剣《マーク・ヴァ・ルイン》ではなく、それよりもさらに重い騎士剣《フランヴァルジュ》だ。
重さの通りの破壊力で、斬るというよりは叩き潰すのに近いイメージだ。だが……
「……重いッ! 重すぎるッ!!」
「……振ってみたいって言ったのはヴァイオさんじゃないですか」
1週間ほど前、ここから3層ほど下のダンジョンでたまたま見つけたトレジャーボックスから出てきたのは、スキルの中にはあったもののそれまで一度も実物を見たことのなかった両手騎士剣だった。
エギル――――知り合いの商人の話によると、両手騎士剣は現在見つかっている全てがドロップアイテムらしい。リズベットという女鍛治だったら、作れなくもないかもと言うことだったが、そもそもこんなふざけた筋力要求値の武器など使う人間はいないだろうということで結局プレイヤーメイドの騎士剣は存在しないらしい
つまるところ、両手騎士剣には、アイテムとしての価値――――コレクション品としての価値しかないのだ。聞いていると、魅力的な付加アビリティやソードスキルが目白押しだったが、本当の意味でSTR特化型でもなければ触れないくらいに重かった。
どんなに魅力的でも振れない剣などただの鉄の塊なわけで、結局武器として使用されることはめったにない。
「うぁ……おかしいな、STRは全プレイヤーでトップランクだと自負していたのに」
「だからですよ。ヴァイオさんでも振りまわすのが精いっぱいの武器なんて、誰も使いません。私なんて、持ち上げることすら出来なかったんですから」
俺の隣に寄ってきてそういう少女はユウナ。今の俺の大事なパーティメンバーで、同時に妻でもある。おお、最近モノローグで“妻”って言うのが恥ずかしくなくなってきたぞ!
と、俺の羞恥心が薄れてきたことは置いておいて、ユウナはDEX‐AGI型――――分かりやすく言うと、忍者ジョブみたいなもんである。器用さと敏捷値に特化しているため、スピーディかつ的確な攻撃が得意。ただしSTRはさほど高くないので、単発の威力は低いが。
つまり、よほど意識してSTRを上げているプレイヤーでないと、持ち上げることすら叶わない武器、それが両手騎士剣なのだ。
……猫装備と言い騎士剣と言い、茅場晶彦は変な所で変な要素盛り込んでくるなぁ。
「あの装備、デフォルトで《ネコパンチ》って体術スキルもついてたみたいなんですけど」
「落ち着け、完全習得のお前のスキルだと俺多分死ぬ」
先週の事だった。これでユウナが完全習得したスキルは短刀スキルと体術スキルの二つ。今度は料理スキルを完全習得するとか言ってたけど、そんなの上げるくらいなら、
ちなみに俺は両手大剣スキルと索敵スキルを完全習得。もうすぐ
「まぁ、いつか使う日が来ると信じてアイテムストレージに寝かせておくとするか」
フランヴァルジュを外し、代わりにマーク・ヴァ・ルインを装備する。
さっきまでの重さを考えると、十分重いはずのこの剣もやけに軽く感じた。
「ん……ちょっと軽すぎる気がする」
「その剣も私は振れませんでしたけどね」
「だから役俺とユウナじゃ割が違うと何度も……」
言ってるだろ、と言おうとした時、左右の茂みから同時に2体のモンスターが飛び出してきた。
《ドラグスネイプ》という名の、2足歩行のトカゲがモヒカンでムエタイやってるみたいなモンスターだ。
ただし、見た目のアホ臭さに似合わない強さを持っており、それほど低い出現率ではないものの、一応レアモンスターにカテゴリされている。
レベル的にはそこまで強敵でもないのだが、周囲に対してまったく無警戒だったせいで、初撃に対する反応が遅れた。
一体目のドラグスネイプの蹴りが俺の持っていたマーク・ヴァ・ルインを弾き飛ばし、二体目のドラグスネイプがユウナの持っていたストレートメッサーをはたき落とす。
「しまっ……!?」
モンスターなどの攻撃で武器を弾かれると、その瞬間は武器の類を何も装備していない状態―――――つまり、素手になるのだ。
そうなると、むしろ危険なのはユウナよりも俺だった。
体術スキルを完全習得しているユウナは、ストレートメッサーがはたき落とされるのと同時に、戦法を既に切り替えて対応した。
体術スキルを上げていると、攻撃系のスキルよりも素手の状態の時に攻撃力や速さが上がるなどのステータスアップ系の方が多く覚える。確か、素手の時のダメージ補正が一・五倍の《格闘》なんてのもあったな。
ユウナは掌底でドラグスネイプの動きを一時的に止めると、そのまま両手を地面について逆立ちのポーズを取ると、。右手を軸に、左手を補助としてその場で回転し始めた。
体術系の攻撃の中でも攻撃回数の多い《旋風怒涛》だ。
合計七回の蹴りを喰らったドラグスネイプは、そのままのけぞりながら消滅する。
「ヴァイオさん!!」
「のあ……ッ!!」
自分の方に向ってきていたドラグスネイプを片づけたユウナは、体勢を戻すとこっちに向って叫ぶ。
ユウナと違って体術スキルを上げてない俺は、素手での近接戦闘においては現実より非力になる。拳のリーチは自分の腕の長さだし、殴ってる途中で腕でも切られたらたまったもんじゃない。そもそも、相手は近接格闘をメインにスキルを組まれたモンスターなのだから、ろくに体術スキルを上げていない俺が素手で挑んでも返り討ちは確実。
次々と繰り出される手刀や蹴りをギリギリで避け(引きつけているのではなく、本気でギリギリ)何とか体の位置を弾かれた剣のところへと持っていこうとする。
素手では勝ち目はないが、なんとか剣に手が届けば負ける可能性は低い。
あと少しと言うところまで来たところで、ドラグスネイプを動かすAIが俺の
俺が剣を手にする前にケリをつけようと、両手両足全てを同時に使った曲芸のような攻撃が放たれる。
それまでとは、手数も速度も圧倒的に違うその攻撃を、避けきれずにもろに食らってしまう。
「ぐああァッ!!」
最後の一撃が腹に入り、そのまま数メートル吹き飛ばされ、地面に打ち付けられる。
横目でHPバーを確認する。イエローゾーンになってはいるが、まだ四割ほど残っていた。
「キシャアアア!!」
「ヴァイオさん!!」
ドラグスネイプの咆哮とユウナの叫ぶ声が重なり、両者が同時に走り出す。
ドラグスネイプは倒れこんでいる俺に止めを刺すために。ユウナはそのドラグスネイプを妨害するために。
位置的にはドラグスネイプの方が近かった。が、そこはDEX-AGI特化型、スピードが段違いに速い。
「ヤアア!!」
ドラグスネイプの伸ばした手が、俺に届くか届かないか、というギリギリのところで、ユウナの回転とび蹴りがドラグスネイプの背中を捕えた。
それまでMAXだったドラグスネイプのHPバーが、ユウナの一撃で一気に0になり、ドラグスネイプはその体を青色のポリゴンへと換え消滅した。
「ヴァイオさん、生きてます!?」
「前にも姉さんに行ったけど、俺は幽霊じゃねえ……」
なんとか軽口を叩くことは出来たが、俺の心拍数は――――そんなものを感じ取る機能はこの世界にはないはずだけど――――今の一瞬で一気に跳ね上がった。
死ぬ。一瞬、本能的にそう思ってしまった。
事実、ユウナがいてくれなければ――――いや、ユウナが反応してくれるのがあと少しでも遅ければ、もう一度さっきの四連撃を喰らい、確実に俺はゲームオーバーになっていただろう。
「ありがとな、ユウナ。ユウナのおかげで助かった」
「うぅ……何笑ってんですか…! 本気で、本気の本気で心配したんですからね!!」
涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、ユウナは言った。
怖かったのだと、自分を残して俺が死んでしまうのではないかと。
それは、一瞬とは言え俺自身ですらも感じたことであり、それまで、ユウナにとっては最強無敵でもあった俺が隙を突かれたとはいえ地面に倒れたというのは、とても驚くべきことで、とても怖いことだったらしい。
この世界の環境のせいで、忘れていたことだったけれど、ユウナはゲームに出てくる勇猛果敢な女戦士ではない。何処にでもいる普通の、目の前で好きな人が倒れて普通に泣いてしまうくらいに普通の、女の子なのだ。
今年の四月――――つまり、あと二週間でユウナは中学一年生になる。この世界で戦うユウナの姿が、星川優奈という人間がどこにでもいる普通の女の子だということを忘れさせる。
「ごめん……これからは、奇襲にも気をつけるよ。だから、もう泣くなよ」
「う…ぜっ、たい、ですよ……?」
「ああ、約束する」
体を起こし、泣きじゃくるユウナの頭を撫でる。
その場には、ユウナの鳴く声以外の音は、何一つなかった。
☆
夜。アインクラッドの中でも最大級の都市、第50層の街《アルゲート》に宿を取っていた俺たちは、あんなことがあったせいでいつもよりも早く寝ることにした。
いつもなら、執拗にべたべたとくっついてくるユウナを『暑い』と言って上手くすり抜け、そのままヘビとツチノコの戦いのようなウネウネしたものが繰り広げられるのだが、今日は俺の胸に顔を埋めてくるユウナに何も言わなかった。
「ヴァイオさん……私、最近怖いんです」
「怖いって……何が?」
「自分が死ぬのが……それと、ヴァイオさんが、私の手の届かない遠くに行っちゃうのが」
皆が感じていることだった。中には例外もいるかもしれないけれど、皆、この世界に疲れている。
剣を取って戦うことに。神経をすり減らして化け物と対峙することに、疲れて来ている。
それもそうだろう。このゲームが始まったあの日から、もう1年以上が経過しているのに、まだ7割弱なのだ。同じペースで行っても、まだ半年近くかかってしまう。
あと半年、いつ死ぬか分からない状態でずっと戦い続けることが出来る人間は、何人いるのだろう。
「大丈夫だ。俺は何処にも行かない。ずっと、ユウナの傍にいるよ」
コクリ、と小さくユウナは頷いた。
……一度、はじまりの街や、22層の森に戻ってゆっくりするのもいいかもしれない。少なくとも、ユウナはもうこの世界で戦い続けることに疲れている。普段は気丈に振舞っていても、俺には分かる。
「ヴァイオさん……私、戦ってる時、これで死んじゃうんじゃないかって思っちゃうんです……」
唐突にユウナが口を開き、苦しそうに呟いた。
「もしこう攻められたら、とか考えて……それで、死んじゃって、ヴァイオさんと離れ離れになっちゃうんじゃないかって……そう考えたら、すごく怖くて……」
「ユウナ……」
知らなかった。それほどまでに、ユウナが追い詰められていたなんて。
最前線の攻略組として、常に迷宮区に挑戦し続けるプレイヤーになりたい。それは、この《ソードアート・オンライン》が発表された時から、ずっと思っていたことだった。そして、それは今、現実になっている。
そのために、無茶なレべリングをして、本当に死にかけた時もあった。その時も、ユウナに泣かれながら『もうやめてほしい』と言われた。俺は――――何もわかっちゃいなかった。ユウナが、俺にどうしてほしいか、理解しようとすらしていなかった。
「ユウナ……しばらく、前線から離れよう」
「え……?」
いきなりの俺の提案に、ユウナがキョトンとした顔を上げた。
「覚えてるか、22層にあったプレイヤーハウス。あんな凄いのは無理だけど、もっと下層の、安い物件を買おう。抱え込んでるレアアイテムを売れば、それくらいの金は手に入る。それで、結婚してからずっと戦いっぱなしだったけど、遅いかもしれないけど、二人きりでゆっくりしよう」
「でも……いいんですか? 迷宮区の攻略は……」
「そんなの、俺たちがやらなきゃいけないわけじゃない。今は、ユウナにゆっくり休んでもらいたいんだ」
前線を離れ、休暇を取ることに抵抗がないと言えば嘘になる。
だが、今はそれ以上に、疲れ切ってしまったユウナの心を癒す方が大事だ。
そもそも、こんな殺し殺されの世界で、まだ中学生にもならない女の子が戦ってることの方がおかしかったんだ。なのに、俺はそれに気づかず、ユウナに戦うことを強制していた。それが、どれだけユウナを追い詰め、苦しめていたかも知らずに。
「ごめん、ユウナ。俺、何も分かってなかったよ。ユウナが苦しんでたのに、何も気づいてあげられなかった。こんなの、ダメだよな……」
「ヴァイオさん……そんなこと……」
「いいんだ」
ユウナの言葉を遮って言う。
俺がこうやって自分を戒めれば、ユウナは俺をかばってくれる。けど、それじゃ駄目なんだ。
それでは、ユウナの優しさに甘えてるだけで、今までと何も変わりはしない。
「苦しかったら苦しいって言ってくれ。辛かったら辛いって言ってくれ。俺に出来ることなら何でもする。だから、何も遠慮しないで、思ってることを言ってほしいんだ」
嘘偽りのない、本心だった。
もうこれ以上、ユウナに苦しい思いをしてほしくない。泣いてる顔なんか見たくない。だから、俺に出来ることをしたい。
その気持ちをユウナは分かってくれたようで、ユウナも本当に思っていることを打ち明けてくれた。
「ヴァイオさん……私、もう戦いたくない。もっと安全なところで、ずっとヴァイオさんと一緒にいたい」
「……分かった」
こうして俺たちは、迷宮攻略の第一線から退き、もっと下層の、安全で平和なところへと移り住むことになった。
やっと騎士剣が出てきました。
まあ筋力要求値ぶっ飛んでるから初期で出てきても誰も装備できなんですけど(笑)