ソードアート・オンライン 《Violet Knight》 作:黒炉
そこは、一面緑に覆われた、美しい土地だった。この世界にはびこる異形のモンスターたちもいない、安らぎの場所。
アインクラッド第22層にある森。モンスターが現れないため、攻略組と呼ばれるプレイヤーたちは一切見向きもしない場所だが、戦うことに疲れた者、戦うのが嫌な者にとっては、憩いの場でもある。
「はーっ、やっぱここはいいよなぁ……。金さえあれば速攻ココに決まりなんだけど」
「一番小さいプレイヤーハウスで500万コルですもんね。何年かかるのやら」
「下手すりゃ何十年単位だな」
そう言い、笑う。
俺もユウナも、ここは初めて訪れた時からずっと好きな場所だ。
剣と剣がぶつかり合う金属音もなければ、モンスターが消える時の耳障りなサウンドエフェクトもない。本当に、外の戦いにまみれた空間とは切り離された、楽園とさえいえる場所だ。
俺とユウナがこんなところで寝っ転がりながら喋っている理由はただ一つ。最前線から、戦いから、逃げてきたからだ。
迷宮区に挑み、敵を殺し続けるだけの毎日で、ユウナの心は疲れてしまった。そして、俺はそれに気が付けなかった。
だから、死の危険のない平和な場所で、二人で1年越しの新婚生活をしようと言うわけだ。
「それにしても、結婚してから1年でようやく同居できる夫婦も珍しいですよね、ヴァイオさん」
「耳が痛いな……つーか、宿屋でずっと一緒だったろ」
「マイホームじゃないです」
「そのマイホームを持つことがどれだけ大変か分かってるか?」
言い合い、二人で笑う。
戦っている時は、死と常に隣り合わせだった。ただ俺とユウナが二人で生き残ることしか考えられず、そのためなら他のすべてを犠牲にして戦ってきた。
けれど、今は――――ユウナと二人でいるこのときだけは、この世界の厳しさも、剣も、全て忘れて俺の隣で目を閉じ自然の匂いに体を預ける最愛の女性との時間を味わえる。ただ、それだけが最高にうれしい。
「そう言えば――――」
ふと思い、口に出す。
「どうしたんですか、ヴァイオさん?」
「いや、自分で言うのもなんだけど、俺たちってかなり有名だよな?」
「まぁ……SAOで最初に結婚したカップルですから、それなりには……」
第6層のボス攻略から3日後、俺たちは結婚し、いつの間にか出来あがっていた秘密の情報網からそれはSAOにいたほぼすべてのプレイヤーへと伝わった。
当然、喜ばれるばかりではなかったが、それが気にならなくなるほどに、祝福の手紙が沢山届いた。どのショップでも売っている、《手紙》という今となっては少し珍しくなった道具によって。
各層にある郵便局から送ると、宛先となったプレイヤーがどこかの街に入った時にそのままオブジェクトとして現れるというもので、おもにフレンド登録していないプレイヤー同士の連絡方法としてメインに使われている。
それが、街に入るたびに何十通も送られてくるのだから、アイテムストレージはすぐにいっぱいになってしまい、エギルに頼んで今も専用の倉庫にしまってある。
中にはアイテムやお金が封入されたものもあって、月夜の黒猫団というギルドから送られてきた手紙についていた1万コルを、送り返すかどうかで真剣に議論したりもした。
救われた、と。殺伐としたこの世界で、貴方達のようなプレイヤーがいてくれてうれしいと、どのメールにも同じことが書いてあった。
その時は、自分たちの存在が、皆を勇気づけていることを実感できて、とてもうれしかった。余談だが、俺たち以外で結婚したカップルはまだいないらしい。
「その、SAOで最初に結婚したカップルがはじまりの街に住んでたら、人が凄い集まる気が……」
「ああ……そうですね……」
想像してもらいたい。ゆっくりしたくて買ったマイホームの前でひしめく、大量のプレイヤー。
……ぜってー落ちつけねー。
「それじゃ、どこか別の場所にします?」
「しかしなぁ、金の問題であんまり上はキツいんだよなぁ……」
それが現実なのだから仕方ないが、よもやここまで来てこんなに金に困るとは思わなかった。MMOかどうかに関わらず、RPGは後半はそんなに金のやりくりに困るようなゲームではなかったような気がしたのだが……
「でもでも、ヴァイオさん! 家を持つなら、私はあそこがいいです!」
「分かってるよ、広場だろ」
広場。はじまりの街の広場。
あの日、《ソードアート・オンライン》の正式サービスが始まり、1万人のプレイヤーを囚人へと変えた、あの広場。茅場晶彦が俺達にこの世界のルールを告げ、怒号、罵声、悲鳴、絶望、あらゆる負の感情に呑まれたあの広場。
けれど同時に、あそこは俺とユウナが出会った大事な場所でもある。
あの場所で、ユウナが俺に助けを求め、俺がそれに応えた、あの場所。
もしも家を持つのなら、絶対にあそこにしようと、前々から話し合っていたのだ。
「ヴァイオさん」
「なんだよ」
「二つ名、欲しくないですか?」
「はぁ?」
思わず聞き返してしまった。
二つ名……?
「はい。キリトさんは《
「まあ、要らなくはないけど……ないだろ」
俺の特徴と言えば、藍色のマントとふざけたSTRくらいだろ。そうすると……藍色ゴリラ? ……ダメだ、飛び降りたくなる。
「そうですね……じゃあ、ヴァイオさんのリアルネームとキャラネームから取って、《ヴァイオレット・ナイト》なんてどうでしょう?」
「《ヴァイオレット・ナイト》……?」
ヴァイオレットはキャラネームと藍人の藍の字から取ったのだろうが、ナイトはなんだ……? 夜か、あるいは騎士か……
ダメだ、全然わかんねー……
「ちなみにナイトは、私を守ってくれるからです!」
なんて理由だ。いつの間にか俺は気持ち的に職業ナイトになってたぜ。
でも、まぁ……
「ヴァイオレット・ナイト……カッコいいじゃん」
「本当ですか!?」
「ああ。流行るといいな」
まあ無理だろうけど。いや、ユウナならアインクラッド中駈けずりまわって名前を広めそうだ……
嫌いじゃないけど。むしろ気に入ったけど。
「そう言えば、ユウナ」
「なんですか?」
「その、さ……俺たち、そんなに年が離れてるわけでもないし、その、敬語はいい加減に止めにしないか?」
突然の俺の提案に、ユウナは首をかしげる。
ユウナは年齢も年齢だけあって、殆どのプレイヤーに敬語を使う。別にそれはそれでいいのだが、俺と話すときくらいは敬語じゃなくても……と思うのだ。なんかこう、他人行儀な感じがしてしまう。
「えっと、じゃあ、ヴァ……ヴァイオ、その、そろそろ家を探しに行こう……うみゅぅ」
やべぇ、すげえ可愛い。
どうやら無意識にやっていることのようで、意識して変えようとすると逆に違和感があるらしい。
まあ、それならそれでいいだろう。直さなきゃ今すぐ死ぬって訳でもないんだし。
「そんじゃ、そろそろ行くか?」
「はいっ!」
俺が聞くと、ユウナが元気良く答えた。実は、物件探しはこれからだったりする。
が、そこでユウナが、俺たちのいる所より少し下の方にいるプレイヤーに気が付いた。
「あ……ヴァイオさん、あの人」
「え?」
言われて俺も見る。
真っ赤なマントに顔を隠すように装備された防眼ゴーグル。背中には、俺が昨日散々重いと嘆いた両手騎士剣。
――――なんだ? アイツ、何の用なんだ……?
なぜか、嫌な感じがした。少しだけ警戒を強める。
それはユウナも同じのようで、俺の方に寄ってきて腕を強く握る。
俺は起き上り、いつでも戦えるように《マーク・ヴァ・ルイン》を構えようとした。だが、俺が構えるよりも早く――――
「――――――――!?」
ソイツは、20メートル以上ある間合いを一気に詰め、俺の前で拳を振りかぶった。
ゴンッ!!という音が響き、俺の体転がっていく。
……!? 何をされたんだ……!?
確かに、今一瞬、拳は見えた。だが、逆にいえば、一瞬しか見えなかった。
速い。速すぎる。まったく動きが予想できなかった……反応も出来なかった。
「そうだ、ユウナ……!!」
相手の予想外の規格に一瞬焦ったが、位置的にユウナは奴のすぐ傍だ。狙われない保証など無い。
顔を上げ、ユウナの名を呼ぶ。
そして。
目にする。
最悪の。
光景。
ユウナがこっちに必死に手を伸ばし、あいつが……赤マントが騎士剣でユウナを斬ろうとしている。
俺はすぐに駆けだした。
ダメだ、そんなの。今から、二人で家を買いに行くんだ。それから、いろんなことをして、この世界がクリアされたら、向こうでも沢山思い出を作るって約束したんだ……!!
もう少し、あと少しで手が届く。もっと、手を……届け!
だが、その思いは、願いは、叶わず。
ユウナの体を、深紅のライトエフェクトが貫いた。
「………!!」
ユウナのHPバーが減少し始める。
まだだ、まだ、HPが残っていると信じて、回復を……!
重力に従い倒れこんでくるユウナを抱きかかえ、回復アイテムをユウナのカーソルに合わせる。
だが、出てきたのは、『効果がありません』という文字のみ。
効果がない。つまり、もうHPの回復は出来ない。ユウナのHPは――――0。
「ッッ……!!」
「ヴァ、ヴァイオ、さん……」
ユウナが口を開いた。
同時に、その瞳に大粒の涙が浮かぶ。
瞬時に分かった。苦しいんだと。辛いんだと。けれど――――俺にはもう、どうすることも、出来ない。
「なんで……こんなの、酷いよ……ヴァイオさん……助けて、死にたくない……死にたくないよ……もっと、ヴァイオさんと一緒にいたいよ……」
「ユウナ……ユウナ、ユウナァ!!」
ただ、名前を呼んで抱きしめることしかできなかった。
俺自身も大粒の涙を流している。
あまりに突然すぎる。なんでだ、なんでだよ……なんでユウナが、こんな辛そうに泣かなきゃいけないんだよ……!!
「嫌だ……ユウナ、俺、ユウナがいないと何もできないんだ……嫌だよ……」
たくさんの思い出が蘇る。
第1層で出会った時の事。
第7層で結婚パーティーを開いたこと。
毎晩、べたべたくっついたこと。
背中をまかせて、一緒に戦ったこと。
頑張ってボスを倒したこと。
《合体技》で強い敵を倒したこと。
猫耳で遊んだこと。
お互いの思いを――――きちんとぶつけあったこと。
その全てが鮮明に蘇り、消えていく。
嫌だ――――失いたく、ない……!!
「ヴァイオさん……私、も…藍人、さん――――――――」
そこから先を、聞けなかった。
ユウナの体はポリゴンの破片となて分解され、虚空へと消えていった。
なんでだ……どうして、何で、こうなった……?
思わず周囲を探す。
隠れられるスペースなどどこにもないのに、どこかにいるのではないかと探し続けた。
ザス、という、足音を聞くまで。
「………何処に行くつもりだ」
「………」
今度こそ《マーク・ヴァ・ルイン》を構える。モンスターを相手にする時と同じ、殺しの構え。
「逃げれるなんて、思うな。お前は、殺す。今ここで殺す!!」
「………」
赤マントは鞘に納めた剣を抜こうとしない。ふざけやがって――――絶対に殺す!!
だが、俺の全撃は届かず――――俺の剣は奴の手刀に砕かれ、俺は腹に一撃をもらった。
「ガハッ……」
ドサッ、という音を立てて倒れる。
憎い。この男が。ユウナを殺したコイツが。この男を殺せない、俺自身が。
「……強く、なれ」
そう聞こえた。そう言い残し、ソイツは転移結晶でここから立ち去った。
……クソったれが。
「強さの源を奪ったのは……テメェ自身だろうが……しょう…畜生!! チクショオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
叫ぶことしかできなかった。
俺は、あまりにも、無力だ。
今回の言い訳
前回、最前線が61層とか言ってましたが、2話の時点で61層最前線でした……
よって、2話の時点での最前線は72層ということで……お願いします!
計画性なくやるとこうなります。皆様お気を付けくださいませ。
今回の言い訳その2
自分でやっといてなんだけど……ユウナ死んじゃった……