ソードアート・オンライン 《Violet Knight》 作:黒炉
第72層の迷宮区の最奥部。そこには、今までと同じように、次の層へと続く階段を守護するボスモンスターが佇んでいる。
はじまりは、シリカが俺に頼んできたことだった。
『お願いします! どうしても、ボス戦に参加したいんです!!』
聞くと、今のように他のプレイヤーと一時的にパーティを組んで、穴場でずっとレベル上げをしてきたという。
攻略組の仲間入りをするために、だそうだ。
ボス戦は、出来るだけ安全に、大勢で挑むので、経験値の入手効率やアイテムのドロップ率を考えても非効率的だと判断して、61層のボスをソロで撃破してから一度も参加していなかった。
とはいえ、別に参加してはいけない道理もないので軽く二つ返事で返した。
そして、今に至るのだ。
「(出来れば、キリトさんや姉さんには会いたくないな……)」
戦う力があったのに、今まで10回近くボス攻略をさぼってきたのだ。合わせる顔がない。
姉さんとクラインからはボス戦の度に誘いのメールが来ていたのだが、返信したことは一度もなかった。
「……シリカ、こんな人が多いところじゃなくて、もっと端の方で……」
「あ! キリトさん!!」
「……聞けよ」
というか、聞き間違いのしようもなく盛大に『キリトさん』って言った。
……会いたくなかったのに。
「シリカ! 久しぶり……ヴァイオレット……」
「……お久しぶりです、キリトさん」
攻略組として、常に迷宮区攻略を考えているキリトさんの目には、ただ自分のレベル上げをすることだけを考えて、何の成果も出さないプレイヤーはどう映るのだろうか。
空気が気まずくなる前に、簡単な挨拶だけを済ませて俺はキリトさんから離れた。
「あ……キ、キリトさん、私、あの人とパーティ組んでるので……」
「ああ……頑張れよ、シリカ」
キリトに簡単な挨拶を済ませてシリカも追いついてくる。
ボス戦の前にすることと言えば、装備のメンテや作戦、他パーティとの情報の交換などがあるが、装備メンテは既に終わらせてあるし、他パーティとはそもそも交流すらしたくない。結果としては、やることがない、暇なのだ。
「ヴァイオレットさん……あの、キリトさんとは、お知り合いなんですか?」
「ああ……何度かボス攻略の時に……」
本当は、それ以上のものを与えてもらっている。
キリトさんがいなければ、ユウナと理解しあえることもなかっただろう。
俺の答え以上の何かを見たのか、シリカは何かを言おうとした。それでも、何も言っては来なかった。
「……あ」
「………」
攻略を開始するためなのか、一人のプレイヤーが俺たちの前に立った。
確か、かなり独占的な攻略組ギルド《聖竜連合》の中じゃ、かなり親和な性格で有名なプレイヤーの……名前は忘れた。
ソイツが大体のボスの情報の説明を済ませると、聖竜連合をトップにして、その後に血盟騎士団が続いていく。
俺たちはほとんどソロプレイヤーも同然なので、混ざるのはそのグループだ。
ボス部屋の中に入ると、後ろの扉が閉まり、一気に真っ暗になるが、シリカも含めて声を上げるプレイヤーは一人もいない。ここまでの71回のボス攻略で、皆もう慣れてきている。
「おい……あれ」
ボス部屋が一気に照明に照らされ、奥に浮かんでいる四角いルービックキューブのような赤いモンスター。
カーソルを合わせると、表示された名前は《The Pandora》――――パンドラの箱。
ゆったりと浮かんでいるソイツは、俺たちの存在に気づいていないのか、または気にしていないのか、微動だにしていない。
「全員、攻撃開始!!」
さっきの聖竜連合の奴が叫ぶと、全員が一斉に駆け出す。
周囲に雑魚モンスターはいないので、全てのプレイヤーの攻撃がザ・パンドラに向かう。
攻撃の合図と同時に、俺はメニューを開き、トゥルヌゥソルを外す。同時にグローブ装備《メテオドライヴ》を選び、装備。
ここまでに2秒。そこから一気にダッシュし、全てのプレイヤーを抜き去り、ザ・パンドラに体術専用ソードスキル《グランドブレイク》を打ち込む。
ザ・パンドラは、そのまま一気に吹っ飛ぶと、轟音を響かせながらボス部屋の奥の壁にめり込んだ。
ここまでに――――5秒。
「装備変更の分を抜いて3秒か。……遅すぎるな。この程度の距離なら、2秒で詰めれるようにしないと」
メニューから装備を選び、トゥルヌゥソルを選ぶ。
見た感じ非クリーチャー型――――一定の形状を持たないタイプだと判断した俺は、初撃だけは重さに特化した騎士剣よりも速さに重点を置いた体術系の武器で先手を取ることにした。
《グランドブレイク》は対象のHPが100%の時のみ、毒のステータス異常が付加される攻撃で、いちいち変化するタイプの敵は普通に戦うよりもステータス異常で動きを制限してから一方的に殴りまくるのが戦いやすい。
ソードスキル自体の攻撃力は大したことないから、削れたHP自体は少ないだろうが、毒になってさえくれればそんなに苦戦せず勝てるが――――
「都合良く毒にはなってくれないか……」
再び俺たちの前に姿を現したザ・パンドラのカーソルに、毒のマークはない。
もともとボスにステータス異常攻撃は効きにくいので、上手くいけばラッキー程度にしか考えていなかったが、俺にはもうステータス異常を引き起こす手段はない。
よって、ここから先は、騎士剣による大ダメージ狙いの大技連発になる。
「……一人でやる。手を出すなよ」
聖竜連合を仕切っているプレイヤーに告げると、背中からトゥルヌゥソルを引き抜く。
勝手な言い分だとは自分でも思う。ボス攻略をソロでやるのなら、そもそもこんな風に集まって挑む必要などない。
が――――やるからにはラストアタックボーナスは頂くし、他のプレイヤーは必要ない。
騎士剣専用のソードスキルの多くは、連続系、あるいは範囲系のソードスキルが多い。つまり、PK容認のSAOにおいて、騎士剣使いは周囲にプレイヤーがいるだけでソードスキルの大半を封じられてしまう。レイドを組んでいるうちはダメージは通らないが、そこにいるだけで視界を遮られたり、モンスターのモーションを見落としたり、大事な戦闘では必要以上の大型パーティはかえって仇になってしまうと俺は考えている。
キュルルル、という音を立てて、ザ・パンドラが変形する。やはり、最初の読み通り非クリーチャー型か……
変形し終えたザ・パンドラは、カラーをそれまでの赤から緑に変えていた。
今までの他のゲームを考えると、変色は行動パターンの変化だ。緑はおおかた、防御特化といったところか。
「……上等だ」
ダッシュし、一気に間合いを詰める。
放つソードスキルは、《サーペント・リーヴ》。7連撃ソードスキルで、一撃一撃がとてつもなく重い、俺が習得している騎士剣スキルの中でも最高レベルのソードスキル。
よほど自信があるのか、ザ・パンドラは待ち構えるだけで、何の反撃も回避もしない。
上等だ――――今その綺麗なフォルムに、ヘビの這いずりまわったような跡を刻みこんでやる!!
《サーペント・リーヴ》の初撃がヒットし、システムにアシストされた動きで、7回の斬撃を放つ。
最後の一回が終わると、そのまま後方に飛び去りトゥルヌゥソルを構え直す。
今ので5本あるHPバーの1本目を、3割程度は削れただろうと予測。大抵の雑魚モンスターはこれで死亡するし、熟練したプレイヤーでも2回目の《サーペント・リーヴ》には耐えられない。
だが、俺の予想は大きく外れ、ザ・パンドラのHPは、最初の1本の1割も削れていなかった。
「嘘……何て硬さだ」
ザ・パンドラは、俺のソードスキルに簡単に耐えたのち、体を輪のように回転させながら、こちらへと飛んできた。
形状が四角のため、角で何回も攻撃されればHPが全損する可能性もある。
「ヴァイオレットさん!!」
後ろでシリカが叫んだ気がした。
俺は回避行動をせず――――ソードスキル《タイフーン・ブレイバー》を回転するザ・パンドラに向けて放った。
☆
戦闘は2時間に及んだ
ザ・パンドラのHPバーの最後の1本が0になる。神経を逆なでるサウンドとともにザ・パンドラはその身をポリゴンに換えて消滅した。
パターン変化が一巡したころから、周囲に72層に出現する雑魚モンスターが
ザ・パンドラがドロップしたアイテムは、たった1つだけだった。ラストアタックボーナスの両手騎士剣《
「ヴァイオレット……ナイト……」
アイテムストレージから選び、具現化すると、予想通り重かった。
だが、まるで俺の掌の形に合わせてあつらえたように――――リズベットの作ってくれた《トゥルヌゥソル》か同等、あるいはそれ以上に良く手に馴染んだ。まるで、ずっと一緒にいたかのように。
俺は鑑定スキルは持ち合わせていないので、具体的にどんな剣かはリズベットのところに持っていかないと分からないが、軽く振った感じでは上手く扱えそうな気がした。
ザ・パンドラの撃破によって上がったレベル分のステータスポイントを筋力値と敏捷値に振り分け、既に開いている72層へと戻る扉の方を向く。
もともとレべリングが出来れば最前線である必要は全くないし、一度リズベットのところに行ってドロップした剣の鑑定を頼むつもりだった。
出口へと向かって歩いていく。俺に声をかけるものは一人もいなかった。
大方、一人でボスを倒したバーサーカーとでも思われているのだろう。それはそれで構わない。戦い続けるバーサーカーは、ある意味においては俺の目指すところの最終点でもある。
そう、俺に声をかける奴など一人もいなかった。
ただ一人を除いては。
「ヴァイオレットさん!」
フェザーリドラ――――ピナを頭に乗せた少女、シリカは、俺のところに駆け寄ってきた。そう言えば、パーティを組みっぱなしだった。
「……ボス戦は終わったから、パーティは解散するぞ」
「え……?」
そう言われることを微塵も考えてなかったのか、シリカはただそう呟くだけだった。
「一時的なら……って約束だったはずだ。俺は今まで通り、ソロプレイに戻る」
「ま……待ってください!!」
パーティ解散のコマンドまで来たところで、シリカが叫んだ。指が一瞬止まる。
誰かとパーティを組んで楽しくやりたいと思う気持ちは、無いわけじゃなかった。けれどそれは、泣きながら、死にたくないと泣きながら死んでいったユウナへの裏切り行為のような気がして、今までユウナ以外の誰かとパーティを組んだことは一度もなかった。何故かユウナの笑顔を思い出してしまう、ビーストテイマーの少女以外とは。
止まっていた指が動き出す。そう。シリカには、俺みたな心の弱い奴じゃなく、もっと優秀な奴がいつか現れる。俺は、最後まで一人でいい。
「待ってください、ヴァイオレットさん!! その、えっと、やっぱり一時的っていうのは無しで!!」
「……何言ってんだよ」
何とか俺を説得しようとするシリカの慌てぶりに、小さくため息を吐いてしまう。
こういう、焦った時の仕草までユウナにそっくりなのだ。それが嬉しいのと同時に、どうしようもなく辛い。
「とにかく、パーティはこれで……」
解散する、と言いかけたところで、《パーティを解散しますか?》という問いに対してYESを選ぼうとした手を、掴まれた。
「……キリトさん」
「いいんじゃないか、そのままで」
諭すように、それでいて力強さを感じさせる一言だった。
あの日、ユウナを失った日から、心に開いた穴を埋めてくれる何かがほしかった。けれど、それは許されない。理不尽な死によっていなくなってしまったユウナを裏切る行為だと、そう自分を律して一人で戦ってきた。
「……俺は、誰かと一緒にいられるほど、強くなんか……」
「強くないから、誰かと一緒にいるんだろ」
はっきりと、キリトさんは言った。
強くないから、誰かと一緒にいるのだと。
俺は強くなんかない。どうあがこうと、強くなど、一生なれない。戦う度にそれを自覚させられていた。
だったら、キリトさんの言葉は、俺に、誰かと一緒にいていいって、言ってくれてるってことなのか……?
「ヴァイオレット。お前が、一人でいる必要なんかないんだ」
「キリト……さん……」
「いいじゃないか、シリカとパーティを組んだままで。ユウナの分まで、お前が生きるんだ」
綺麗事と言えば、綺麗事だった。
ただ、その言葉は、俺の心の深いところにあった何かを、そっと拭ってくれた気がした。
俺は《パーティを解散しますか?》という問いに対して、NOを選ぶと、シリカの方へ向き直った。
「シリカ……その、俺とパーティ、組んでくれるか……?」
「ヴァイオレットさん、もう、組んでますよ」
そう言って、シリカは笑った。ピナも、まるで新しい家族が出来たかのようにうれしそうに「キュウ!」と鳴いた。
「すまない……ありがとう、シリカ……」
気が付くと、俺の頬には、一筋の涙が流れていた。
でも、それでいいのだ、と。
ヴァイオさんは、自分のために生きて、と。
ユウナに、そう言って貰えた気がした。
☆
金の分配も終わり、新しい層での冒険に挑む者、一度体勢を立て直すためにホームに戻る者、そのほかにも、ボス戦後のプレイヤーたちの行動は様々だった。
俺とシリカは、とりあえずドロップした《ヴァイオレット・ナイト》をリズベットに鑑定してもらうために、リンダースまで戻ることにした。
ついでに言うと、1週間絶食していた俺は、昨日の夕食と今日の朝食だけでは全くと言っていいほど満足できず、現在絶賛空腹中だ。
「この世界でも、腹……鳴るんだな」
「ヴァイオレットさん、結構おなかの音可愛いですね」
「褒めてんのかそれ……?」
シリカの何とも言えないフォローにツッコミを入れる。
ただ辛いだけだった会話が、キリトさんとシリカのおかげで、少しだけ、楽しめるようになってきたかもしれない。
「それじゃあ、先にご飯食べに行きましょうか。《アルゲートそば》とかどうですか?」
「おいおい、勘弁してくれよ。あれ、醤油抜きの醤油ラーメンの……あ……じ……」
途中で、言葉が途切れる。
シリカが訝しんでいるが、別に俺のステータスに異常があったわけじゃない。
確かに今、見た。見間違いようのない、あの男を。
赤マントに紅の両手騎士剣。そして、顔を隠したくてつけているとしか思えない防眼ゴーグル。
ユウナを殺した、憎んでも、どれだけ殺意をぶつけても、決して許すことのできない存在。
「待て!!」
奴が、森に紛れて見えなくなる前に、俺は叫び、追いかけた。後ろでシリカが何かを言っていたような気がする。
森の中を激走する。途中で雑魚に遭遇したが、新たに装備していた《ヴァイオレット・ナイト》で斬り伏せ、奴を追いかける。
光の差し込む、開けた場所に出た。そこには、既に紅の両手騎士剣を抜き、構えている奴の姿。
「テメェ……なんで、なんでこんなところにいるんだよ!!」
「見に来た、というのが一番正しいか。言った通り、強くなったな」
「んなこたぁ聞いてねえんだよ!! どう言うつもりかは知らねえが、俺の前に出てきたってことは殺される覚悟は出来てんだろうな!?」
「御託はいいだろう。この世界に生きるのなら、これでかかってきたまえ」
奴はそう言うと、紅の騎士剣を一振りし、構える。
上等だ……!! あの時はあしらわれて終わったが、今は違う!!
殺す。跡形もなく、存在すら残さず、完全に、殺す!!
追いついてきたシリカが、俺の名を呼んだ気がしたが、耳に入らなかった。
ただ、この手に握る剣で、目の前の立つ男を殺すことしか、考えられなかった。
今回の言い訳
あの男再登場。何が目的なのかは多分次回じゃ明かされないと思う。
『我輩は剣士である。名前はまd(以下略
自重しましょう。