ソードアート・オンライン 《Violet Knight》 作:黒炉
ギィン!という金属音が響き、藍色と紅色が交錯する。
ここまでに、奴と俺との間でソードスキルの発動は一度もない。対人戦ではソードスキルの使用は命取り。それを理解しているからこそ、どちらも基本的な自己のポテンシャルのみでの戦闘を行っているのだ。
「……ラァッ!!」
一度取った間合いを一気に詰めると、振り上げるように《ヴァイオレット・ナイト》を振る。
奴はそれを紅色の騎士剣でいなすと、そのまま体を一回転させ、なぎ払いをする。俺はそれを跳んで回避すると、重力に任せて落下するのに合わせて刃の切っ先を奴めがけて突き立てる。
奴は、今度は剣による防御ではなく、回避によってダメージを防いだ。俺は地面に突き立てた剣を引き抜かず、一度装備を手放した状態で、今度は体術スキルによる追撃を試みる。体術スキル専用のソードスキルは、武器ソードスキルに比べてモーションは少ないが、それでも発動前後の隙は存在する。そのため、簡単なジャブや足払いなどで体勢を崩そうと小ダメージ高スピードの攻撃を連発する。
足払いをかけるも失敗。その隙をついて、奴が紅色の騎士剣を俺の頭めがけて振り下ろしてくる。それを間一髪で回避し、不安定な体勢のまま追撃することも出来ず、バックステップで剣を回収しながら間合いを取った。
「……なんて野郎だ」
思わず口からこぼれる。
普段の俺は、騎士剣の『重すぎる』という制約に捕らわれて、本来の敏捷力ほどのスピードを出せていない。
だが、それは一度剣を手放してしまえば別の話で、こと体術スキルにおいてはスピードならば《閃光》と呼ばれる姉さんにだって負けないという自身があった。
なのに、この男は、騎士剣を持った状態で俺に追いついてきた。スピードで押し切ろうとすれば、負けるのはまず間違いなくこちらだ。
最後の一撃がかすったのか、俺のHPバーは数%減少していた。
「……なるほど。確かに、パワーもスピードも段違いだな」
奴が、視線を右上にして呟く。おそらく自分のHP数値を見ているのだろう。
俺のHP減少量が数%だったのに対して、奴は1割近く削られていた。剣での攻撃は一度も当たっていないから、さっきの体術スキルを使った攻撃のいくつかでダメージ判定が取れたのだろう。
だが、あれでやっと1割。ハイレベルプレイヤーなら当然
「さあ答えてもらおうか。どうしてあの時ユウナを殺したかを。返答しだいじゃ……ぶった切るぞ」
俺の意思に呼応するかのように、ヴァイオレット・ナイトが唸ったような気がした。
最初は、アイテムドロップ狙いかと思った。
だが、結婚しているプレイヤーの装備していないアイテムはすべて結婚相手のアイテムストレージに勝手に移動してしまう。装備のランダムドロップにしたって、近くにいた俺を殺さないのはあまりにも不自然すぎる。
結局、俺がどれだけ考えたところで理由なんか出はしなかった。だから、ここでコイツをぶった切る前に、どう言うつもりだったのかをじっくりと聞かせてもらう。殺すのは、その後だ。
だが、奴の返答は、俺の予想を悪い意味で裏切るものだった。
「……今はまだ、早いな。まだ言ったところで理解は出来ないだろう」
「なっ……」
言葉を失った。
今はまだ早い……だと? コイツは、人を一人殺しておいて、まだ意味の分からないことを言いやがるのか……!!
「ふざ……けんなああああ!!」
言うと同時に、駆け出し、ヴァイオレット・ナイトを全力で振り下ろす。
あしらわれても、弾き返されても、一秒も手を止めずに、刃を振り続ける。
「テメェが、何処でどんな事をしようがテメェの勝手だけどなぁ!!」
ガン!キン!と金属音が響き続ける。
それは回数を重ねるごとに、鈍く、低く、悲しく鳴り響いた。
「テメェの意味のわかんねえ行為に、他の人を巻き込んでんじゃねえ!!」
「ふざけてなどいないさ。ただ、まだ理解できないというだけだ」
「それがふざけてるっつってんだよテメェはァァァ!!」
力任せに振る剣で、奴の紅の騎士剣を吹き飛ばす。
これで、奴は完全に丸腰。このまま、首を刎ねて殺す!!
「死ね!!」
装備欄を開く余裕はない!! 俺の勝ちで、お前の
死ね、死んでしまえ!!
「やはり、早いな。まだ」
だが、ヴァイオレット・ナイトの刃が届く前に、奴は動いた。
身をかがめ、手を突き出すような……何を、する気だ……?
俺はそれを、奴の一言で理解する。
「体術スキルを扱うのが、自分だけだとは思わないことだ」
トン、と軽い音。
同時に、俺の体から溢れる赤いダメージエフェクト。
減少するHPバーとHPの数字。
「な……ん……」
奴の手刀が、俺の胸を貫いていた。
視線を下すと、胸の部分が裂け、そこから血のようにダメージエフェクトが溢れ出している。
「……フン!」
「あ……が……」
手刀が引き抜かれ、地面に倒れこむ。
HPゲージは全損のほんの僅か手前で止まり、のこりHPは4。たったの、4。
危険域なんてもんじゃない。もはや、死の寸前。ほんの些細なことで、死んでしまう。
けれど、それも……悪くないのかな。ここで死んで、またユウナに会えるのなら……
「やあああ!!」
諦め、意識を手放しそうになった時、声と、金属音が聞こえた。
顔を上げると、シリカがダガーで奴を攻撃し、奴はそれを左腕のガントレットで防いでいた。
「ヴァイオレットさん、早く!! 早く回復を!!」
「シ、リカ……」
……そうだ。まだ、死ねない。
今俺がここで死ねば、奴は間違いなくシリカを殺す。ユウナの時のように、何もさせず、何の意味も感じさせず。
それは、ダメだ。そんなのは、ダメだ……!
「う……お、おお……」
まるで、もう無理だと体が叫んでいるように感じる。だが、立てた。
まだ、いける。まだ戦える。
「きゃあ!!」
シリカが弾き飛ばされ、減少したHPをピナが回復する。
奴は落ちていた紅の騎士剣を拾い上げると、シリカの方を向く。
「邪魔をしてくれるな……君も、ここで殺しておいた方がいいのか?」
「ひっ……」
紅の騎士剣の切っ先が、シリカに向けられる。
……やめろ。
「……やめろよ」
「何……?」
そこから先は、後になっても殆ど思い出せない。
もはや、感覚そのものがなくなって、そこだけが感じ取れなくなっているかのようだった。
それくらい、俺は速かった。
「やめろって言ったんだ」
「な……!?」
一瞬で――――本当に、ただ音を一つ発する間もないほどの速さで間合いを詰める。
ほとんど、瞬間移動と言っていいほどの速さで。
「お…おおおおおおおお!!」
反応の暇も与えず、ソードスキルを放つ。今なら、防がれない気がした。
その予想通り、ソードスキルは防がれることなく、何のモーションもなく、7連撃《サーペント・リーヴ》を放つ。
ただ念じるだけで、ソードスキルを放ちたいと念じるだけで、ソードスキルは発動した。
「ぐお……!? ヴァイオレット・ナイトの、特殊能力……!?」
「知るかンなもん。テメェをぶっ殺せりゃ、それでいい」
7連撃の全てが終わった。
普通ならば、俺にはここでソードスキル後の技後硬直が訪れ、奴に反撃のチャンスが訪れる。だが、俺の体が固まることはなかった。
続けて、9連撃《タイフーン・ブレイバー》を放つ。
「(ソードスキルのモーションと技後硬直の無効……完全に、忘れていた……!!)」
明らかに奴の顔に焦燥の色が浮かぶ。
だが、《タイフーン・ブレイバー》でも終わらない。
《タイフーン・ブレイバー》が終われば、《クレセント・ミラージュ》を。
《クレセント・ミラージュ》が終われば、《トリック&トリック》を。
《トリック&トリック》が終われば、《ペイン・サーキュラー》を。
ほんの一瞬も休むことなく、ソードスキルを放ちまくる。
途中何度か防がれたが、回数で見れば対応されたのは全体の一割程度。
とどめと言わんばかりに、《ヴィア・アブゾーバー》を叩きこむ。
「死ねえええええ!!」
最後の一撃が、奴のHPバーを全て奪い去る。
奴の体は、青いライトエフェクトに包まれ、消滅を迎えようとしていた。
「……ここで私を殺しても、何も終わりはしないぞ」
「いいや、終わるさ。少なくとも、復讐劇はこれで終わりだ」
「それでもこの世界は終わらない。残りの27層……頑張りたまえよ」
そう言い残し、奴はその体をポリゴンへと変化させ、消えて言った。
残りの27層を、頑張れだと……? まるで、ゲームマスターのような物言い……どういうことだ?
だが、疑問をすぐに解決するだけの余裕は、俺にはもうなかった。
緊張の糸が切れ、足からその場に崩れ落ちる。
「ヴァイオレットさん!!」
「シリカ……ああ、そういや、瀕死なんだっけ、俺……」
HPは相変わらずの4。減っても増えてもいなかった。
シリカから受け取ったポーションを飲み干し、HPを回復させる。それまでの軽かった体が、一気に重くなったように感じた。
「もう……あんな無茶はしないでくださいね」
「ああ……ごめん。本当に、ごめん……」
優しい声をかけてくれるシリカに、俺はそう答えるしかなかった。
☆
その夜、50層の街アルゲートの宿屋。シリカは、ヴァイオレットの部屋を訪れた。
何がヴァイオレットをあそこまで駆り立てたのか。何の復讐だったのか。シリカは、そのことについて何も知らなかった。
きっと、過去にヴァイオレットの大切な人――――おそらく、ユウナがあのプレイヤーに殺された。そこまでは容易に想像できる。だが、詳しい事の顛末は、何も知らないに等しい。
聞き出すつもりはなかったけれど、聞きたかったのかもしれなかった。
自分にも、教えてほしい。それで少しでもヴァイオレットの負担が軽くなるのなら、打ち明けてほしい。
そう思って、シリカはヴァイオレットの部屋を訪れた。
「あの……ヴァイオレットさん、いいですか?」
ノックをし、声をかける。だが、返答はない。
もう寝ちゃったのかな? と思ったが、中からかすかに声がした。
本当はあまり良くないと知りつつも、シリカは扉を開けて中に入った。
「ヴァイオレットさん……?」
入り口から中を見回すと、ヴァイオレットが、椅子に座るわけでもなく、ベッドで寝るわけでもなく、ただ壁にもたれかかっていた。
再度声をかけつつ、シリカはヴァイオレットに近づいていく。頭に乗せたピナが「きゅう」と悲しげに鳴いた。
近づいてきたシリカに気づいていないのか、ヴァイオレットはまったく無反応だった。
だが、シリカがその表情を覗き込むと、そこには、とめどなく流れる涙があった。
「ヴァイオレットさん……!? どうしたんですか!?」
動揺してしまった。自分が、少しでもヴァイオレットの助けになればいいと思ってきたはずなのに、涙を流すヴァイオレットを見て慌ててしまう。
そこでやっとシリカに気が付いたのか、ヴァイオレットは重い口を開いた。
「……人を、殺した」
「え……?」
それは、シリカも見ていたことだった。
あの紅に染まった男を、ヴァイオレットはその手で殺した。ただ、あのプレイヤーはカーソルがオレンジ――――即ち、過去に人を攻撃したり、殺したりしたことがあるプレイヤーだった。そして、おそらくヴァイオレットの大切な人が、あの男に殺されている。
だからこそ、ヴァイオレットはあそこまで激昂し、無茶ともいえる戦いをし、あと少しで死ぬところまでHPを削られながらも決して倒れずに戦っていたのだと、シリカは思っていた。
復讐を果たして、恨みを晴らしたのに、泣いているなんて、シリカには予想外だった。
「ヴァイオレットさん……でも、あの人は……」
「憎かった……憎かったはずなんだ。ずっと殺したいと思っていたのに、怖いんだ……」
ヴァイオレットの言葉に、嗚咽が混じり始めた。
シリカには、どうすることも出来なかった。
シリカは今まで、悪意を持って誰かを殺したことも、大切な人を殺されて、恨みを晴らそうと思ったことも無いのだから。
「アイツだって、現実じゃ生きてる人間だったんだ……家族がいて、誰かに愛されて生きる人間だったんだ。俺は、それを消したんだ。この手で、アイツを殺した……。他に方法があったかもしれないのに、俺はッ……」
ヴァイオレットはそれ以上何も言えなかった。その手で誰かの存在を消したことに、酷く打ちのめされていた。
シリカは願った。ヴァイオレットを支えることのできるの存在になりたいと。
ヴァイオレットは、もう十分すぎるくらいに苦しんでいる。
愛する人を失い、身を削り、復讐だけを目的にして生きてきたのに、その復讐を果たしてもなお苦しめられている。
もう十分すぎるほどに苦しんだ。なら、この人に、もう安らぎを与えてあげてもいいじゃないか。
「ヴァイオレットさん……ごめんなさい、あたし、何にも出来ないよ……」
ヴァイオレットの頭を胸へと抱き寄せる。シリカの瞳にも涙が浮かんでいた。ピナも、シリカの頭の上で静かに涙を零している。
勘違いしていた。ヴァイオレットは、強いと――――もしかしたら、キリトよりも強いのではないかと思っていた。
けれど、それは間違いで、ヴァイオレットは強くなどなかった。
誰よりも弱くて、何よりもはかなくて、そして、優しかった。
涙を流し続けるヴァイオレットは、体重をシリカに預け、シリカの体にもたれかかってきた。シリカはそれを優しく受け入れる。
月と星に照らされ、夜空は藍色に染まっていた。
今回の言い訳
ヴァイオレット・ナイトの性能がチートなのは理由があります。
それは次回語るので許して下さい。
今回の言い訳その2
人によってはヴァイオレットが自分勝手に見えるかもしれませんが、落ち着きましょう。彼はまだ中3の子供です。許して下さい。
今回の言い訳その3
宿屋とかピナが泣いてるとかツッコミどころは多いです。ああでもしないとピナが空気だったんです。許してください。
今回の言い訳その4
男が意味不です。許して下さい。
もはや謝罪しかしてないZE☆