ソードアート・オンライン 《Violet Knight》 作:黒炉
ヒースクリフから75層のボス攻略への参加要請が来たのは、俺が
その時に既にレベル90まで達していたのだから、ヒースクリフから要請が来るのは仕方ないことだった。
「しかし、来ちまったなぁ……」
「何がですか?」
「75層のボス攻略……あー、腰が重い……」
出来れば、この層のボス攻略だけは免除させてほしかった。
今まで、25層と50層のボスモンスター――――つまり、クォーターポイントのボスは、抜きんでた強さと巨体でとんでもない被害をもたらしてきたのだ。
特に50層は、俺のHPが全損間近まで追い詰められたこともあり、実は軽くトラウマレベルだ。
「でも出るんですよね、ボス戦」
「出ないわけにはいかないからなぁ……」
そう言ってくるシリカは、今までクォーターポイントのボス戦を経験してないから良く分かってないんだよな。
断言しよう。あれは地獄だ。
「でも、キリトさんとアスナさんも参加するって言ってましたよ」
「やめてくれよそれ参加拒否出来ねえじゃん」
新婚さんに戦わせるのに俺たちが参加しないのも何か気が引けるので、結局俺たちに参加拒否権はなかった。
☆
結局断ることも出来ず、こうしてボス攻略に参加するプレイヤーが集まる広場に来てしまった。
うーん、お似合いだとは思っていたが、こうして見ていると、キリトさんと姉さんってかなりお似合いだよなぁ……
「どうしたの、藍人君。なんかテンション低いよ」
「クォーターポイントのボスを前にしてテンション高い方がおかしいんだよ。おもにあの二人みたいに」
俺が指差す先には、何で盛り上がっているのかはしゃぎまくるキリトさんとシリカがいた。
……緊張感ねぇな、おい。
「楽しそうだね、キリト君も、シリカちゃんも。ちょっと嫉妬しちゃうかも」
「楽しそうってか、精神年齢近いだけじゃ……」
「でも、藍人君、ごめんね……」
「気にしてないよ、姉さん」
姉さんが謝ってきた理由は、言われなくても分かる。
ユウナを失っている俺に、姉さんとキリトさんが結婚したことで、不快に思ってるんじゃないか、ということだ。
けれど、俺はそれについて何か思うなんてことはなかった。
それどころか、二人の結婚を喜ばしくさえ思っている。
「ユウナの事は、踏ん切りついてるよ。キリトさんと、シリカのお陰でね」
「そう……」
「てか、姉さんこそ新婚なんだから暗い顔すんなよ!」
そう言い、シリカたちの方へ駆けていく。
あの男を殺したことで、俺の復讐は決着がついた。それに関して、誰かが悩んで辛い思いをする必要はもうないんだ。
キリトさん達の方へ行くと、いつの間にか来ていたクラインやエギルも楽しそうに……
「……何やってんすか」
「いや、ちょっと気合いを入れてて……」
なんで気合いを入れるために男3人が殴りあってんだよ……。
あ、クラインのHPゲージが赤に……
「って、お前らそれ以上やったら死ぬだろ。ポーションの無駄遣いすんなよ」
「お、おう、悪い……」
……精神年齢が低いのはキリトさんだけじゃなかったのか。
あまりのバカさ加減に、思わず額に手を当ててしまう。
そんな風に緊張感をほぐしていると、ヒースクリフ率いる《血盟騎士団》の精鋭たちが現れる。
ヒースクリフがこの場に集まったプレイヤーたちに簡単な言葉を述べると、回廊結晶を取り出した。
全員が最前線で戦う攻略組プレイヤーではあるが、あれをいくつも入手できる者はそういない。それほどのレアアイテムを、簡単に使って見せるヒースクリフに感嘆の声を漏らす者は多かった。まあ、こういう場面でもなければ使う時なんて一生来ないだろうけど。
「コリドー・オープン!」
ヒースクリフと血盟騎士団のメンバーが開かれた回廊へと入り、他のプレイヤーもそれに続いていく。俺たちもそれに続いていく。
歩いている途中で、シリカが俺の左手を強く握っていることに気が付いた。
「……シリカ」
「はい、なんですか?」
「もし、ボスが強すぎて、俺たちがどんなに追い詰められても、シリカは自分が生き残ることを第一に考えてくれ」
「……分かりました」
そう言って頷くシリカは、どう見ても納得していなかった。
それならそれで構わない。俺が窮地に立たされることなく勝てばいいだけの話なのだから。
「ヴァイオレット、死ぬなよ」
「クラインこそ、な」
そう言いあい、握った拳をぶつけあう。
死ぬつもりはない。勝って帰る!
☆
回廊を出ると、黒曜石が敷き詰められた大きな扉があった。
重みがある。目の当たりにしただけで、この向こうで待ち受ける敵の強大さを感じ取ってしまう。
メニューから装備欄を開き、《
オブジェクト化し、鞘から刀身を抜く。
これから始まるであろう死闘に、コイツも気合いを溜めているかのように刀身は輝いていた。
「シリカ。勝って、帰ろう」
「はい!」
一息ついて、気を引き締める。
生きて帰れる保証などどこにもない。ヒースクリフを含めた、全員が死ぬかもしれない。
それでも、生きて帰る。
「戦闘、開始!」
ヒースクリフが、長剣を右手に、高く叫んだ。扉が開かれ、全員が走り出す。
中に入ると、今までと同じく、真っ暗闇だったが、やはり誰も声を出さない。
前後左右についでに上下、どこからボスが攻めてくるかわからない。
「おい、ボスは…」
「上、来るわ!!」
誰かが声を出しかけた時、姉さんが叫んだ。
咄嗟に上を見上げると、ソイツは天井に張り付き、2本の鎌をカチャカチャと擦って鳴らしていた。
俺たちが奴に気付くのと同時に、奴は天井を離れ、真上から振ってくる。キリトさんたちは四方に回避するが、俺を含めた奴の真下にいるプレイヤーは一瞬どこへ逃げればいいのか判断に迷ってしまった。
「くっ…そおおおおお!」
俺は右でも左でもなく、上に避けた。その場で跳んだ。
振り下ろされる2本の鎌の間を縫うように避けると、本体にダメージを与えるためではなく、鎌のオブジェクトとしての耐久力を削るためと、軌道を逸らしてこの後アレに攻撃されるであろうプレイヤーに逃げる時間を稼ぐためのソードスキルを発動させる。
「(《菫》は間に合わない……!! 《クレセント・ミラージュ》……いや、《トリック&トリック》!!)」
即座に使うソードスキルを決めると、すぐに発動させる。
《トリック&トリック》は、剣の刀身だけでなく、背や切っ先や柄の部分までも含めた、『剣の全てを使ったソードスキル』だ。
流れるように剣の様々な部位を当て続ける。が、3連撃目に入ったところで、ソードスキルが弾かれた。
「な……!?」
コイツ、ソードスキルを無効化する技術を持っているのか……!? それとも、ただの偶然……!?
技後硬直時間が訪れ、俺は一瞬無防備になった。が、ボスはそれまで粘った俺よりも、無抵抗の下の3人を標的に定めたのか、鎌を俺に向けず、別の方向に振るった。
「に……逃げろ!!」
咄嗟に叫ぶが、もう遅かった。
ボスの攻撃が3人を切り裂き、吹き飛ばす。
着地し、技後硬直が解けた俺は、バックステップでボスから距離を取りながら、3人のHPゲージを確認した。
青色だったHPバーはすぐに黄色になり、そのまま赤になった。そして――――
「………!?」
0になった。直後、3人の体がポリゴンとなって消滅する。
奴の攻撃が、特殊な効果を発したりした感じはしなかった。つまり、さっきのは純粋な通常攻撃。通常攻撃で、一撃でHPが全損……!?
SAOのような、レベル・スキル併用制のゲームでは、レベルが上がればHPがあがり、防御力も上がるから、その分死ににくくなる。彼らは、このボス攻略に招かれる程度の――――つまり、攻略組の中でもトップクラスの連中だったはずなのだ。それが、たった一撃で……
「なんだよ、これ……無茶苦茶すぎる……」
姿を完全にあらわにしたボスは、骸骨製のムカデのような形状をしていた。名を、《The Skullreaper》――――骸骨の刈り手。
3人をあっさり殺した骸骨百足は、俺の方に向き直り、二度両手についた鎌を鳴らした後、こちらに向かって突撃してきた。
タゲられた、死ぬ――――!!
だが、最初の鎌は俺に届かなかった。恐るべきスピードで飛びこんできたヒースクリフによって、止められたのだ。
はっとした俺は、瞬時に二本目の鎌を夜菫で受け止める。重い――――!!
「らああああああああああ!!」
無理やり鎌を押し返すと、たった一瞬だけ体勢を崩した骸骨百足に向かって、19連撃《菫》を放つ。
この距離と間合い、そして相手の体勢なら、19連撃全てをヒットさせられる!!
まず4撃、均等な角度でクロスさせた米の字の斬撃。さらに流れるように6連撃の切っ先による突きを放ち、さらに怒涛の9連撃で骸骨百足のHPを削っていく。
最後の一撃を終え、僅かな技後硬直時間をすぐに振り切って、カウンターで振り下ろされる鎌を何とか回避する。
時間的には、十数秒間の攻防が、とてつもなく感じられる。
鎌がかすったのか、HPが3割ほど減少していた。
「かすっただけで、3割……なんなんだ、コイツは……」
あまりにも、強大すぎる。
かすって3割など、直撃をもらったら一撃必殺は間違いない。もはや、攻めることすらも不可能に近いじゃないか。
今は、ヒースクリフと、キリトさんと姉さんのペアが2本の鎌を受け止めている。さらに、クラインやエギル達が骸骨百足の腹にソードスキルをブチ込みまくっていた。
だが、足についた突起で、クラインたちのHPもじわじわと削られている。
「ヴァイオレットさん、大丈夫ですか!?」
シリカが駆け寄ってきて、俺に声をかけた。だが、たった十数秒の攻防だけで、俺は返事も出来ないほどに憔悴していた。
勝てない。あんなの、勝てると思うこと自体がバカバカしい。菫で斬り続けている間の、奴のHPの減少の仕方――――1撃ごとに1ドットなんて、こっちが向こうのHPを削りきる前に、全滅させられる。
72層の奴とはわけが違う。タゲられただけで――――目線があっただけで、死ぬと思ってしまう。そんな奴に、勝てるわけが――――
「ヴァイオレットさん!!」
シリカが大声で俺の名を呼んだ。
「ヴァイオレットさん、立って!! 皆、戦ってる!! 逃げだしたくても、逃げださずに皆戦ってる!! だから、ヴァイオレットさんも……!!」
はっと、息を飲んだ。ここに来る前、結晶による退却が出来ないと予想されていることは誰もが理解していた。
そうだ。ここまでに、あの骸骨百足に背を向けた者はいたか。無理だと知っていても、結晶を掲げて逃げようとした者はいたか。
答えは否だ。誰一人として、アイツと戦うことを諦めた奴はいない。
ならば、俺だけが諦めていい理由など、何処にも無いのだ。
「……何、バカなこと言ってんだ。疲れたから休んでただけだっつーの」
夜菫の柄を握り直し、落ち着いて、深呼吸をする。
大丈夫だ、まだ戦える。まだ、あの鎌を振りかぶられても、捌き切る自信がある!!
「シリカ、多分、自分で回復する余裕はない。回復結晶は惜しまず使ってくれていいし、ピナのヒールも使ってくれ。サポート頼む」
「はい!!」
「うし、んじゃあ……行くぞ!!」
一気に駆け出す。狙い目は、首と胴体の付け根。
頭部や腹部、背部は装甲で守らているだろうし、脚部や腕部に攻撃したところで致命的なダメージは期待できない。
ならば、鎌の射程範囲に入ることも、タゲられることも覚悟で確実にダメージを狙える、装甲と装甲の隙間――――首の付け根を狙う!!
「くたばれ化け物ォォォオオオオオ!!」
それだけの反復的な攻撃が、ひたすら長く感じられた。
75層のボスはホントにチート性能だと思う。