ソードアート・オンライン 《Violet Knight》   作:黒炉

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彩果菜園さん、000xiさん、静波さん、エロゲマスター・シンさん、ぽんぽんぽんさん、並立裏子さん、くまたさん感想ありがとうございました!


第22話 約束のことば

 骸骨百足との死闘は、1時間に及んだ。

 全員が、一歩間違えれば死ぬというところまで追い詰められていた。アイテムでの回復をメインにしていたシリカにまで攻撃の余波は及んでいた。

 

 「何人、やられた……?」

 

 「……14人、死んだ」

 

 倒れていたクラインが微かな声で問いかけ、キリトさんが答えた。

 14人。最初に集まっていたプレイヤーが30人前後だったから、実に半分が殺されたことになる。

 75層でこのありさまだ。クォーターポイントであることを差し引いても、ここから先の戦いがキツすぎる。おそらく90層代に突入すれば、全てのボス戦が今回のような惨劇になる。こんなの、腕に自信のある攻略組のプレイヤーだって戦いたくない。

 俺も、両手両足を投げ出して転がっていた。菫を4回使ったところから、聴覚で得る情報をすべて無視してただ目の前に敵を倒すことしか考えられなくなった。それを怠っていれば、俺は死んでいただろう。

 

 「クソ……無理だろ、死者を出さずになんて……!!」

 

 もしもこの先、一層ごとのボス戦で15人――――実際には迷宮攻略もあるから、20人と考えて、それがあと25層。それだけで最低あと500人が死ぬ。しかもそれは、はじまりの街でクリアを待つ低レベルの奴らではなく、ほとんどが熟練の戦士なのだ。

 そんな高ペースで高レベルプレイヤーが死んでいけば、攻略の停滞どころかまともなレベルのプレイヤーが一人もいなくなる日が来る。そうなれば、ゲームのクリアは絶対に不可能だ。

 もはや、死者を出さないことなど不可能だった。現に、今の戦いで14人が死んだ。

 こんなの、無理ゲーどころの騒ぎじゃない。不可能だ。人間が自力で空を飛ぶのと同じくらい不可能だ。

 

 「酷いよ……こんなの、酷すぎるよ……」

 

 骸骨百足が自らの命と引き換えに示した現実を理解していたのか、シリカは大粒の涙を流していた。

 シリカの言うとおりだった。

 酷すぎる。今すぐ全員が死ぬのではなく、少しずつ、じわじわと不可能の3文字が全プレイヤーの心を覆い尽くす。

 これが茅場晶彦の望んだ世界ならば――――歪んでいるにも程がある。

 これだけの現実を突きつけられれば、いくらヒースクリフといえども、多少ショックは受けてるだろうと思い、視線をヒースクリフに向ける。

 だが、ヒースクリフは4割ほど削られた自分のHPバーをただ無感動に見つめているだけだった。

 

 「流石、血盟騎士団(KoB)のリーダーは格が違う……」

 

 そこまで言って、気が付いた。

 あり得るだろうか。アレとの戦いで、HPがイエローにならないなど。

 あたりを見回すと、キリトさんや姉さん、クラインやエギルを初めてとして、多くのプレイヤーがHPバーの色を赤くしている。後ろで支援に徹していたはずのシリカや、その使い間であるピナのHPも大きく減少している。

 なのに、一番攻撃を激しく受けたヒースクリフが一番被害が少ないなどと、そんなことがあり得るのだろうか……?

 

 「……!」

 

 「……? どうしたんですか、ヴァイオレットさん……?」

 

 一つの仮説が頭をよぎる。

 ただ、もしも、考えたくなんかないけれど、もしもこれが真実ならば、クリアできないゲームなんかよりも、よっぽど残酷で――――悪趣味だ。

 バッドエンドどころの騒ぎじゃない。『不可能に近い』が『完全に不可能』になってしまう。そんなもの、信じられるか。

 だから、俺はその仮説を否定する材料を必死に探した。考えようとすれば、それなりに筋の通った言い訳は見つかった。

 ただ、それも全て消え去る。もう一人、同じ仮説にたどりついた人の手によって。

 

 「き、キリトさん……!?」

 

 シリカが隣で、驚愕の声を上げた。

 キリトさんが、突然ヒースクリフに斬りかかったからだ。

 そして、その結果――――ヒースクリフのHPバーはイエローになる手前で止まり、《Immortal object》の文字が表示される。

 やっぱりかよ、クソッ……

 毒づきながら、立ち上がる。HPは残り1割程度。

 

 「ヴァイオレットさん、あれは……?」

 

 「……ヒースクリフが茅場晶彦で、この《ソードアート・オンライン》の最終ボスってことさ。趣味が悪いったらありゃしねえ」

 

 姉さんたちに説明していたキリトさんと、俺の言葉が重なった。

 

 「「《他人のやってるRPGを傍から眺めるほど、つまらないことはない》」」

 

 そう。ずっと忘れていた。もっと早く気付けても良かった。

 この世界での“死”が現実の“死”。そこに捕らわれて、忘れていた。これは、VRMMORPGというジャンルの、ゲームなのだということを。

 

 「そういうことかよ、ヒースクリフ……いや、茅場」

 

 《夜菫(ヤズミレ)》をしまうこともせず、ヒースクリフ/茅場晶彦に言う。

 

 「そういうこと、とは、どういうことかね」

 

 「“強くなれ”ってのは、アンタがラスボスとして君臨するから俺に勝てる可能性を見出せる程度には力をつけろってことだったんだろ」

 

 それは、あの日、ユウナが殺された日に、赤ずくめの男から言われた言葉だった。

 理解など出来はしなかった。ただの妄言と切り捨てていた。だが、今なら分かる。つじつまが合う。

 

 「アンタ、似すぎだよ。その赤装束も、剣の太刀筋も、全部お見通しだって言いたげなその表情も、あの糞野郎にな」

 

 「え……ど、どういうことだ、ヴァイオレット」

 

 あの男に関して何も知らないキリトさんが、訪ねてきた。

 一から説明するつもりはないし、理解してもらう必要もない。

 するのは、最低限の説明だけだ。

 

 「コイツは、この男は、アバターを2つ持ってるんですよ。血盟騎士団のリーダー《ヒースクリフ》と、ユウナを殺した男の2つを」

 

 周囲に動揺が走る。

 そう、コイツはとことん俺たちの事をバカにしている。死んだら終わりの世界で、ダブルアカウントなどチートどころの話じゃない。片方は俺が潰して消滅しているはずだが、こっちのヒースクリフはおそらくアレとは別次元なのだろう。それでも、あまりにも似すぎていた。

 

 「ふざけやがって……こんな、こんなことのために、ユウナを殺したのかよ……!!」

 

 「殺したって……」

 

 今度は姉さんの疑問だった。

 コイツは、俺に復讐心を植え付けてあおる為だけにユウナを……!!

 全てを理解した途端、どうしようもない復讐心と殺意が俺の中に蘇った。

 

 「確かにあのまま俺たちを放っておけば、一生前線に出てこないでいた可能性もあったよな。だからアンタは、俺が完全にそうなる前にユウナを殺して、復讐心で俺を鍛えようとした。違うか!!」

 

 事実として、確かに俺はあの男を殺すためだけに強くなった。

 だが、たったそれだけの、俺の数値的な強さを確立するためだけのあの日の出来事ならば、ユウナの死に一体何の意味があった。

 ユウナだけじゃない。茅場の自己満足でしかない世界を作り上げるために、一体何人ひとが死んだと思ってるんだ。

 

 「……まさか、もうそこまでばれているとは、御見それしたよ、ヴァイオレット君。本当は、95層までは隠しておくつもりだったのだがね」

 

 「茶化してんじゃねえ。殺すぞ」

 

 今なら、復讐心だけで、殺意だけで人を殺せそうな気がした。

 すくなくとも、今は茅場をこの手で引き裂いて血祭りにあげたい衝動を抑えて会話している。

 

 「確かに、君たちは見ていて微笑ましいほどお似合いのカップルだったな。そして、君たちの両方に私と対峙する素質があった。だからこそ、あの展開には焦らされたよ。まさか二人で前線を離れて暮らそうとするなんて、想定外だった」

 

 「だから、そうなる前にユウナを殺して、俺を前線に引き戻した」

 

 「そうだ」

 

 《この男と対峙する素質》とは、キリトさんを含めた3人の共通点とは、即ち《ユニークスキル》。

 《二刀流》も、《合体技》も、《黄泉返し》も、この男に設計されたスキルだ。そして、それを手にした者が、MMORPGには存在してはならない《勇者》なる。

 

 「ユウナを選んだのは? なぜ俺じゃ無くユウナを殺した」

 

 いや、聞くまでもない。どうせ奴の答えは分かっている。

 奴が俺では無くユウナを殺した理由。それは――――

 

 「君の方が、確実に強くなると分かっていたからだ」

 

 そうだ。コイツはこういう人間だ。

 自分の妄想のために、人から大切なものをどんどん奪って行きやがる。

 SAO事件の被害者は、俺たちプレイヤーだけじゃない。

 ある意味では、俺たちよりも、残された家族、死んでいった4千人の遺族の方が、よっぽど辛く苦しい思いをしている。

 コイツは、自己満足のためにどれだけの人を――――!

 

 「あの時俺に止めを刺さなかったのも、俺に死なれちゃ困るから」

 

 「そうだ。あの時は、致死ダメージを操作してギリギリのところで止まるようにしておいた」

 

 「……そうかよ」

 

 これが現実だというのなら、こんなの、現実世界よりもよっぽど醜く、歪んでいる。

 たった一人の夢想家のために、4千人以上の人間が死に、数えきれない人間が悲しんだ。

 こんなの、異世界でもファンタジーでも何でもない。ただの腐った地獄だ。

 

 「なあ、茅場。あの時、ユウナがなんて言って死んでいったか、知ってるか?」

 

 「………」

 

 問いかけに、茅場は答えなかった。

 俺は構わず続ける。

 

 「怖いって……泣きながら、死にたくないって言って死んでいったんだぞ。お前に、あの時のユウナの気持ちが分かるのかよ」

 

 分かるはずがない。

 システムに助けられ、不死の存在として君臨するこいつに、死ぬ間際のユウナの感情を理解できるはずがない。

 ヒースクリフは、俺の問いかけには答えなかった。答えられないのではなく、答えようとしなかった。

 それが、俺の中の復讐心を燃えたぎらせ、殺意を増幅させる。

 

 「こんな、こんな野郎に……ふざけんな、ふざけんじゃねえ……!!」

 

 「ふざけてなどいないさ。すべて現実だ」

 

 茅場が言い終わるのと同時に、俺は19連撃《菫》を茅場に向けて放っていた。

 だが、《Immortal object》の文字が表示されるばかりで、HPバーは僅かに減少することさえない。

 

 「君はもっと優秀な戦士になれると思っていた。激情に任せて剣を振るうとは、思わなかったが」

 

 「俺は最初からこうだよ。お前が俺を買いかぶりすぎてただけだ」

 

 「……仕方がないな。まさかここで全員を殺すわけにもいかない。私は予定を繰り上げてこの塔の最上階で待つ事にするが、その前に、私の正体を見破った君たち2人に報酬(リワード)をやらねばな……」

 

 そう言うと、茅場は素早く左手(・・)でコマンドを操作し、何かを実行する。

 茅場から注意をそらさずに、周囲を確認すると、俺とキリトさん以外の全員のHPバーが緑色に点滅していた。麻痺状態――――これも、GM権限か。

 

 「君たち2人で、今ここで私と戦うのだ。勝てばゲームはクリアされ、生き残ったすべてのプレイヤーはログアウトし、現実へと帰ることが出来る。無論、不死属性は解除しよう」

 

 願ってもない話だった。

 あと何ヶ月かかるか分からない攻略を、この場で終わらせるチャンスをくれるというのだ。それも、俺とキリトさんの2人で。

 実際には、不死属性は解除してもそれ以外で何をしてくるかわからない。

 あの左手を操作すれば、GM権限でシステムにアクセスでき、俺たちを麻痺状態にすることも、BANG――――チートアバターを消すとこ――――することもできる。

 けれど、それは最上階で俺たちを待ち受ける時の茅場も同じで、結局状況は何も変わらない。ならば、今ここで戦ってもいいはずだ。

 

 「ダメ……ダメよ、キリト君、藍人君!! あなた達を排除する気だわ……今は、今は引いて……お願いだから……!」

 

 「そうですよ、ヴァイオレットさん! ちゃんと対策を練って、皆で――――」

 

 「……それじゃ駄目なんだよ、シリカ。それまでに何人死ぬか分からないし、そもそも俺たちが最上階にたどりつける保証もない。確実なチャンスは、もう今しかないんだよ」

 

 「ヴァイオレットの言うとおりだ。今ここで、決着を着けよう」

 

 キリトさんが2本の片手直剣――――確か、《エリュシデータ》と《ダークリパルサー》だった――――を引き抜く。

 奴はシステムに直接アクセスする権限を持っているが、直接俺たちを殺すための剣は1本しかない。対してこっちは腕の数は2倍、剣の数は3倍だ。

 奴に左手を使わせずに勝つことも、不可能な話じゃないはずだ。

 

 「エギル――――知ってたぜ、お前が儲けの殆どを中層プレイヤーの育成につぎ込んでたこと。ありがとな」

 

 キリトさんが言うと、エギルはその巨体に似合わず、号泣した。

 そうだ。誰よりも中層プレイヤーの死の危険を減らそうとしていたのは、エギルなのだ。

 

 「クライン、あの時、声かけてくれてありがとな。あの時はああ言ったけど――――凄く、嬉しかった」

 

 「ヴァイオレット……お前、んなこと言ってんじゃねえよ!! お前の無茶な戦い方には死んでも死に切れねえくらいにいてえことが山ほどあんだよ!! 死ぬなんて、神様が許しても俺が許さねえからなぁ!!」

 

 涙と鼻水をだらだらと流し、クラインは叫んだ。

 こんないい奴と知り合えて、心配してもらって、俺、すげえ幸せ者だよ。クライン、お前は、俺が出会った奴の中じゃダントツのお人好しでバカだったけど、俺、そんなお前の事、嫌いじゃなかったぜ。

 

 「シリカ……何て言ったらいいのかな、よく分かんねえや」

 

 「ヴァイ、オ、レット、さん……」

 

 「ああもう、そんなに泣くなよ……ピナまでぐしゃぐしゃになってんじゃねえか……シリカ、俺からは、一言で十分だ」

 

 一拍置く。

 シリカも、あふれる涙を何とか止めて俺の言葉を聞こうとした。

 

 「――――向こうで、会おう。必ず」

 

 「は……はい! 絶対に!!」

 

 向こうで会おう。

 それは、今ここでゲームをクリアし、必ず現実へと帰ろうという意味。

 帰還と再会の、約束のことば。

 

 「終わったかね」

 

 「ああ……そして、終わらせる。この世界も、お前も」

 

 「ここからは復讐の――――過去のためじゃない。俺たちの未来のために戦うんだ」

 

 茅場がまた左手でウィンドウを操作する。俺とキリトさん、そして、茅場のHPが、限界地まで回復した。

 あくまでフェアに、ということか。

 

 「……茅場、一ついいか」

 

 「何かね」

 

 「もしも――――もしも俺が死んだら、しばらくでいいから、アスナが自殺できないようにしてほしい」

 

 「良かろう、彼女はセルムブルグから出られないようにする」

 

 キリトさんの提案と、茅場の了承に俺は驚いたが――――同時に、あり得ると思った。

 今は最大のチャンスだが、それでも俺たちが勝てる保証なんかない。奴に、無茶苦茶なGM権限技を使われれば勝ち目はない。

 だからこそ、自分が死んだ後に、姉さんが自分の後を追わないようにと言う、配慮――――

 

 「君はどうする。あの少女の自殺を止めることも、可能だが」

 

 「……必要無いね。勝ってここで終わらせる。シリカが自殺する理由なんかない」

 

 そんなの、間違ってる。

 残される辛さに耐えられる人間なんて、そんなに多くない。

 俺も、幾度となくユウナのもとへ行きたいと願った。しかし、自殺する勇気も、黙って殺される度胸も俺には無かった。だからこうして生き延びている。

 キリトさんは分かってない。残される痛みが、どれほど重く、どれほど苦しいのかを。

 なら――――もう、これ以上、そんなのを誰かに味あわせるわけにはいかない。何としても、ここで勝たなくちゃいけない。

 

 「では、始めようか」

 

 ユラリ……と、茅場が構える。一寸の隙もない。

 あの時とは違う。正体の見えない敵じゃない。茅場は天才かもしれないが、英雄なんかじゃない。四千人もの人間を――――ユウナを殺した、ただの狂った殺人鬼だ。

 やれる。あの時とは違う。何とも思わない。

 俺は、この男を――――

 

 「「――――殺す」」

 

 キリトさんと声が重なった。

 俺の《夜菫(ヤズミレ)》が、正確に、茅場の左手首を捕えた。




茅場「そうさ、悪趣味さ、俺は」←SAO

次回予告――――最終回「帰還」

SAOがクリアされ、六千の魂が肉体へと戻るとき、物語は、終わる。

「え!? 終わっちゃうの!?」by比較的年下の主人公
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