ソードアート・オンライン 《Violet Knight》 作:黒炉
ゴシャ!!と音を立てて、俺は顔面から地面に突っ込んでいた。
視界の左端にあるHPバーが若干減少しているのは気のせいではない。
「いっつー……くはないけど、どこだここ……?」
首をさすりながら、周囲を見回す。
森……というか、殆ど林だった。詳しくは分からないが、間違いなくインプ領内ではない。森と言うのは実はこの世界のいたるところに存在しているのだが、インプ領の周辺には森はなかったはずだ。
さて、どういうことだろうか。普通、新規プレイヤーは選んだ種族の支配する領地内の街からスタートするはずなのだが……。
「やっぱ、コイツだよなぁ……」
あの時のこめかみの感覚。
XSBケーブルでつながれた、アミュスフィアで起動しているプログラム。いざという時――――須郷との決戦の時に備えて、万が一のために用意した最終手段。通常のメニューが左手で開かれるのに対し、それのメニューは右手で開くように作ってある。
うかつに振ると、プログラムが起動しかねない(と言っても、起動ワードは設定してあるが)ので、それなりに注意はしておく。
さて、結局ここはどこなのだろうか。
その疑問を解決するために、俺は左手でメニューウィンドウを開き、マップを表示した。現在位置は、ケットシー領から遠くない中立域――――うわ、正反対だ。
中立域とは、通常の領地とPKのルールが異なる場所の事で、その種族の領地内では、たとえばシルフはシルフ領内ではスプリガンを攻撃できるが、スプリガンはシルフを攻撃できないという、一方的な攻撃ルールの存在しない場所。同種族間であっても一応PKが可能なはずだ。
問題は、ケットシー領の近くということだが――――まさかインプを助けてくれるケットシーはいないよなぁ……と嘆きつつ、スキル欄を選んでみる。SAOと同じように、スキルスロットを埋めるためだ。
だが、12のスキルスロットの内、8つが埋まっていた。しかも、そのどれもが異常な達成度を誇っており、とても新規プレイヤーのステータスではない。
スキルを見ていくと、あることに気が付いた。
これらは、全てSAO時代に俺が習得したスキルだということに。
《騎士剣スキル》や《秘剣スキル》など、いくつか消えているものもあるが、体術や索敵は完全習得だし、それ以外のスキルもSAOクリア時のままだ。
「どういうことだ……?」
ナーヴギアのメモリに残っていたSAOのデータを流用……ということなのか?
仮にSAOのサーバーをいじくって造られたのがALOのサーバーなら、理論上はあり得なくはないが……それでもちょっとびっくりするぞ、これは。
次に、アイテム欄を確認――――うわ、金ヤバい。すげえことになってる。
金以外の、装備などのアイテムはすべて文字化けしていて、オブジェクト化すら出来なかった。仕方ないので、廃棄することにしたが、あの中のどれかがリズベットの打った《
また、リズベットに頼んでいい剣を作ってもらおうと心に決め、とりあえずインプ領の方角に向けて飛びたつ。
そして落ちる。
流石にネットから仕入れた情報だけでは、羽を動かすのは無理なようで、少し練習が必要そうだった。たしか、左手で握るようにするとコントローラが現れるとか――――
「おお、出た」
少しいじくった後、スティックを倒すと、体が宙に浮いた。
おお――――こりゃ、確かに人気出るわけだ。すげえ、めっちゃ楽しい。
調子に乗って、辺りをぶんぶん飛び回る。中立域なので、誰に攻撃されても文句は言えないのだが、それすらも忘れて俺は飛び回った。
そうしているうちに、いつの間にか飛ぶ時の感覚のコツをつかんでしまい、気が付けばコントローラ無しでも飛べる始末。うーん、廃プレイヤーは感も高いのか……
「……? なんだ、あれ……?」
滞空時間の限界が近付いたために、一度地面に降り立つと、森の少し奥の方でライトエフェクトが散っているのが見えた。
もしや、アレが魔法と言う奴か? ということは、誰かが戦闘しているということだ。
もしそうなら、参加しないまでも見学くらいはさせてもらおうと、再び羽を動かす。今度は高く飛びあがるのではなく、森の中を低空飛行で駆け抜ける練習も兼ねる。
「っつーか、早いな。魔法ってそんな簡単に高速戦闘出来るのか……?」
SAO時代は、あまりに戦闘が高速化すると、プレイヤーの脳の処理機能が追い付かずに攻撃を当てられまくったりして危険だったのだが、ALOでは実際の死の危険はない為、俺はひそかにあの頃の高速戦闘を楽しみにしていたのだが、魔法で簡単に再現できるんじゃ、面白くなさそうだ。
だが実際に、ライトエフェクトまで追い付いてみると、放たれる魔法自体は速くなかったのだ。速いのは、プレイヤーそのものだ。
ケットシーの少女を、ノームとサラマンダー2人のパーティが追いかけていた。中立域なので、PKが可能なのだ。
ケットシーの少女は、頭に青い小竜を乗せて、木々の間をすり抜けて攻撃を回避していた。追いかける側の3人も、わざと外して楽しんでいる感じがする。
これは――――どうするべきだろう。
SAOなら間違いなく止めに入るが、ここではPK自体は何のマナー違反でもない、普通のプレイングだ。それを横から、それも赤の他人が邪魔するのはいかがなものだろうか。
相当迷った挙句に――――結局、ケットシーの少女を助けることにした。
理由は、恩を売ってケットシー領内でレクチャーとかしてもらえればラッキーだなとかそういうちょっと薄汚い精神丸出しなものだが、そこはあえて気にせず人助けと行こうじゃないか。
4人の移動スピードはかなりのものだが、上から飛び込めばどうにかなりそうだ。俺はその場で一気に飛びあがると、すぐにそのまま急降下し、ケットシーとパーティの間に割って入る。
「はいそこまで――――!!」
突然の乱入者に、どちらも身を固める。
俺は改めて、3人の装備を観察した。
ヒーラー―――回復役はいないのか、全員が剣や斧と言った前衛装備。全員ダメージディーラーの、攻撃特化パーティ構成だ。
ついでに言うと、全員が男だ。
「うーん、男3人で女の子を追いかけまわすなんて、趣味がいいとは言いづらいな」
「別に、お前にどうこう言われる筋合いはねえぞ。斬られたくなかったらそこをどけ」
「じゃあ、斬られたくないからどかない」
ノームの男に明後日の方向で返答し、背中の鞘に納めてある剣を引き抜き――――思わず目を丸くした。
「軽いな……これなら、なくていいや」
おそらく、初期装備なのであろうその剣は、いくら片手剣とはいえ軽すぎた。あるいは、俺の筋力値が異常なだけかもしれないが。
軽く2,3振りしてから剣を鞘にしまう。その代わりに、俺は右手を前に出して構えた。つまり、体術スキルで応戦するのである。
「……ゲイルさん。こいつ、見るからに初期装備のニュービーですよ。相手にする意味無いかと」
「いや、ニュービーにルールを教えてやるのも、先輩の役目だろう?」
サラマンダーの提案を撥ね退け、ノームの男は背中から大剣を引き抜いた。いいなあ、あれ。ちょっと欲しい。
そう。今の俺の装備は、初期装備――――つまり、全武具中最弱なのである。
なんでそんな奴が自分の領地を遠く離れてこんなところにいるのかと聞かれれば、答えられないのだが、そこは彼らに勝手に納得してもらうほかないだろう。
ゲイルと呼ばれたノームの指示で、サラマンダーの二人が魔法の詠唱を始める。
「お前ら、ニュービーにいっちょ魔法って奴を見せて……」
「いんや、さっき散々見せてもらったから十分だぜ」
俺自身の体感する時間はそれなりに長かったのだが、おそらく3人にとっては何が起きたか理解することすらできなかっただろう。
ゲイルが言葉を言い終わる頃には、魔法の詠唱をしていたはずのサラマンダー二人は《リメインライト》と呼ばれる小さな赤い炎と化していた。この炎が消えないうちは、蘇生魔法などで蘇生できるのだが、1分が経過すると自種族の領内に転送され、そこで蘇生されることになる。
ゲイルはリメインライトと化した自分の仲間を交互に見つめた後、驚愕の表情で俺を見た。
「なん……お前、その速さ……」
「身につけてる物が要求STRが高くないからな。思ったよりも速く動けたよ」
ちなみに、今俺がしたことはかなり単純だ。ただ、詠唱に意識を向けているサラマンダーの懐に飛び込み、がら空きの顎にアッパーをお見舞いしただけ。まあ、SAOのヴァイオレットの筋力値じゃそれだけでも十分凶器だけどな。
ALOにおけるダメージ量の算出は、そんなに複雑ではない。武器自体の攻撃力、ヒット位置、攻撃スピード、被ダメージ側の装甲の4つから求められる。
俺の武器の攻撃力は、素手――――つまり、ほぼ0。つまり、それ以外の3つの項目がぶっ飛んでいなければ、一撃必殺には至らないはずなのだ。
だからこそ、ゲイルもまだ今起きた現象を受け入れられないのだろう。まさか、素手のニュービーに、自分のパーティーメンバーが倒されるとは思っていなかったはずだ。
「どうする? そっちがやる気ならまだやるけど」
「い……いや、いい。俺たちゃフリーなんだ。デスペナが惜しすぎる」
既に死亡し、デスペナを負った仲間がいるのにそれはどうなのだろうと思ったが、特に追及はしなかった。
ちなみにデスペナは、デスペナルティの略だ。大まかには、所持金が減ったり所持アイテムをドロップしてしまい、なくしたりすることなどがあげられる。
ゲイルがコントローラ無しで飛び立ち、見えなくなったのを確認すると、俺は座り込んでいたケットシーの少女のもとへと歩みよる。
「大丈夫だった? ソロで中立域なんて、度胸あるね」
「あ……いえ、他に4人いたんですけど、皆あの人たちにやられちゃって」
なるほど、それで一人だったわけか。
人の事を言えた義理ではないが、少女の装備はどう見てもハイランクプレイヤーのそれではない。にもかかわらず、いつ襲われるかわからない中立域に一人でいることに疑問を感じていたのだが、それなら納得できる。
「えっとさ、ちょっと恩着せがましいんだけど、お願いがあるんだよ。俺さっき初めてログインしてきたんだけど、インプなのに何故かケットシー領の近くに出ちゃったんだよね。それで、もしよかったらこの世界の事色々レクチャーしてくれそうな人とか紹介してほしいんだけど」
ついでに言うなら宿屋の提供もお願いしたいところだが、種族間対立の激しいALOでそこまで頼むのは少し気が引けた。
少女は、少しも嫌そうな顔をせずに俺のお願いを聞き入れてくれた。
「俺はヴァイオレット。よろしくな」
「あたしシリカって言います。こっちは私がテイムしたピナです……え?」
へー、シリカにピナって言うんだ。珪子と一緒だ。面白い偶然もあるもんだな……んなわけあるか。
「……藍人?」
「……珪子?」
思わずMMOでリアルネームを口にするというかなり危険な行動に出てしまう。まあ周囲に人はいなかったから、問題ないけれど。
俺たちは、まさかまさかの想定外かつラッキーな合流に、口を開けて呆けるしかなかった。