ソードアート・オンライン 《Violet Knight》 作:黒炉
俺こと結城藍人は一族一のゲーム廃人だ。といっても、ウチの親戚でコアなゲーマーを探すなんて、宇宙から地球と似たような惑星をもう一個探すより難しいと思うが。
RPG大好きな俺は仮想空間で行うオンラインRPGと聞いて、すぐに《ソードアート・オンライン》に飛びついた。先に行われたベータテストには参加できなかったものの、ウチの近くのゲーム屋で最初に《ソードアート・オンライン》のUMDを手に入れたのは俺だった。
そういう経緯もあって、俺は《ソードアート・オンライン》の世界に飛び込んだ。
最初は、仮想空間とは思えないほどに綺麗な立体に目を取られたり、本物の人間みたいなNPCに感激したり、フィールドでモンスターと戦う快感に心を躍らせたりと、まあそれなりにエンジョイしていたわけだ。
だが、それとほぼ同時に異変にも気付いた。
メニューウィンドウの端にあるはずのログアウトボタンが消えていたのだ。
初日だし、こういうバグもあるかなと思って、最初は気にも留めなかった。気が付く奴は俺だけじゃないだろうし、そのうちGMが何とかしてくれるだろうと思っていた。
だが、イノシシやらウサギやらを狩りまくって、レベルが上がったことを告げるファンファーレが脳内に響いた時、それは起こった。
《system announcement》の文字が突然目の前に現れたと思ったら、そのまま《はじまりの街》の広場に転送されたのだ。
何かの仕様なのか?と思ったが、ベータテストを受けてない俺にはどういう意図でプレイヤーを転送させたのか分からない。
すぐに別のプレイヤーたちが転送されてきて。ガランとしていた広場は人でいっぱいになった。
「何だ?何が起こるんだ?」
「さっきからログアウト出来ねぇぞ!!どうなってやがる!!」
「GM出てこい!!」
どうやら殆どの人間がログアウトできないことに気が付いているようだ。俺は数時間単位で遊ぶつもりでこの世界に来たが、アカウントの登録だけして終わるつもりだった人や、チュートリアル聞いてちょっと遊んで終わりってつりの人もいるだろう。そう言う人にとっては、すぐにログアウト出来ないこの状況は芳しくない筈だ。
『ようこそ、私の世界へ。プレイヤーの諸君』
不意にそんな声が上から響いてくる。
誰かが広場の真ん中に聳える塔を指差し、呟いた。
「あれ……GMじゃないか?」
前情報で、ゲーム内に登場するGM――――ゲームマスターは、フードとローブと言う怪しげな黒魔術師のような格好をしているということが分かっていた。
と言うことは何か?あのローブがGM?いや、それにしては不可解な点がある。
まず、フードの中に顔がない。
単純にオブジェクトを用意せずにいたという可能性もあるが、俺にはあれすらも仕様のように思えた。しかし、仮にそうだとしても、そんな恰好で俺達の前に現れる理由が分からない。
それに奴は、『私の世界』と言った。《ソードアート・オンライン》に限らず、オンラインゲームと言う物は皆で協力したりして――――勿論ソロプレイもあるが――――攻略するものだ。いうなれば皆の世界であり、たとえ製作者でも言いきれるものかどうかは怪しい。
GM疑惑の怪しげフードは俺達の動揺を無視してこう続けた。
『私は茅場晶彦。今この世界をコントロールできる、唯一の人間だ』
最初に、何を言い出すんだこいつは?と思った。
次に、茅場晶彦と言う名に反応した。
茅場晶彦こと言えば、ある程度ゲーム知識がある人間ならば誰でも知っている、天才ゲームデザイナー。
茅場晶彦に関しては、ゲームの制作過程に一切関心を持たない俺ですら興味を抱いたほどの人物だ。この人物が茅場本人かどうかは確認のしようがないが、もし本物ならちょっとサイン頼みたい。
そんな茅場晶彦が、どうしてこんなところで登場するのかと言えば、彼が《ソードアート・オンライン》のハードである《ナーヴギア》の設計者だからだろう。
どういう仕組みかは詳しく知らないが、脳から送られる信号を途中で拾ってかそう空間になんちゃらかんちゃらって仕組みのナーヴギアを設計した茅場晶彦は、メディアなどに顔を出すことを極端に避けるタイプの人間だったはずだ。それがなぜこんなことを――――――?
流石に初回ロット1万本のゲームを手に入れている猛者だけあって、茅場晶彦を知っている人間はかなり多かったようだ。だからこそ、ほぼ全員が同じ疑問に辿り着く。
まぁともかく、ログアウトできるようにしてくれるなら天才だろうがバカだろうが構わない。茅場はこれから『ゲームの不具合のせいでログアウトできなくなってるから、ゲームのサーバーそのものを一時落として君たちを強制ログアウトさせる』と言ってくれることだろう。
だが、実際の茅場が発した言葉は、俺の予想を大きく裏切るものだった。
『諸君はもうウィンドウにログアウトコマンドがないことに気づいているだろう。だがこれはゲームの不具合などではない。このゲームの、《ソードアート・オンライン》の本来の仕様だ』
耳を疑った。
ログアウトできないことが、本来の仕様だと……? それじゃまるで、巨大な監獄に放り込まれた囚人じゃないか……。
茅場の言っていることが理解できずにほぼ全てのプレイヤーがその場で固まる。だが、茅場はそんなことなど気にせず続けた。
『今後、君たちはこの城の頂を極めるまで自発的にログアウトすることができない』
この城、というのはおそらくアインクラッドのことだ。《浮遊城》なんて言ってるくらいだしな。
ただし、頂――――おそらくは頂上、つまり第100層――――を極めるまでログアウトできないというのはいくらなんでも無茶苦茶だ。ベータテスト時の2ヶ月間で、クリアできたのは第6層までと聞いている。そんなペースじゃ、50層を超えたくらいには一層突破に何年かかるかわかったもんじゃない。
『外部からの外的要因によってナーヴギアが諸君の頭からはずされた場合、ナーヴギアの信号素子が発する高出力マイクロウェーブが諸君の脳を破壊する』
俺は絶句した。絶句するしかなかった。
脳を破壊する。つまり、俺たちを殺す。音もなく、誰にも気づかれずに。
その後の言葉は殆ど耳に残らなかった。いや、耳には残っていたが、それを現実として認めたくなかった。
外部からナーヴギアが外されたり、電源が切れたりすれば死亡。ゲームオーバーになっても死亡。生き残る確率を上げるにはモンスターと戦わないのが手っ取り早いが、モンスターと戦わなければここから出られない。
おそらくビーター達も、ベータテストの時に数えるのも面倒なほどの回数ゲームオーバーになっただろう。そもそもRPGというジャンル自体が、何度も戦闘不能になりながら情報を集めて物語を進めていく物のはずだ。それが、たった一度のゲームオーバーも許されないなんて、そもそも前提がおかしい。
ナーヴギアの構造を細かく知っているわけじゃない俺には、本当に人の能を焼き切るなんて荒技ができるのかどうかなんて判断できないし、試そうとも思わない。
茅場の話からすると、すでに200人以上のプレイヤーが死亡しているらしい。そのほとんどが、知り合いによってナーヴギアが外されたことが原因だった。
けれど、その話すらも真実かどうかなんて判断できない。あまりにも情報が少なすぎるのだ。
そんな俺の考えを知っていたかのように、茅場が言う。
『では最後に、これが現実であることを諸君らに証明しよう。アイテムストレージを見たまえ。私からのプレゼントが用意してある』
なんとなく言われたままにメニューウィンドウを開き、アイテム欄を選択すると、さっき散々狩りまくったイノシシとウサギのドロップアイテムの隣に、見覚えのない《手鏡》というアイテムがあった。不審に思いながらもアイテムをオブジェクト化し、手に取って確認してみる。が、左右上下前後どこから見ても普通の手鏡で、何か特殊効果があるようにも思えない。これがプレゼント?新手の嫌がらせか何かか?
可能性として、何十層も先のイベントやクエストで使う可能性、あるいは最終ボス攻略のヒントにでもなるのかと無理やり結論を導き出しオブジェクト化を解除しようとした時、異変に気がついた。
隣にいた女性型アバターの体が光に包まれたのだ。その光自体は2,3秒で消えたのだが、もともと美しい女性型アバターが立っていたそこにいたのは、むさ苦しい小太りのおっさん(推定30代前半)だった。
「「……は?」」
おっさんと同時に声をあげてしまう。何このゲーム内のアバターとは思えないリアルなニート面。勝手に作成してあるアバター情報が書き換えられたのか?
そう思い、すぐに アイテムストレージ始めメニューウィンドウの隅々まで確認するが、変わっているところは何もない。所持アイテムも、ステータスも、すべて元のままだ。
何も変化がないことに気づき、ほっと息をついた。だが、その直後、さっきの女性型アバターと同じように俺の体も光に包まれた。
「なん……!?」
一瞬戸惑ったが、さっきの光は2,3秒で消えたことを思い出す。つまり、おそらくこれは今あるアバターを何か別のデータに書き換える作業なのだろう。苦労して調整したアバターを書き換えられるのは少しイラっと来るが、直接ステータスに関わるものではないので我慢。
光が消えて、視界が戻る。自分の姿を確認したいが、目線が現実そのまんまなのでどうしようもない。そこで、さっきの手鏡が使えると思った。
「なん……じゃこりゃぁッ!?」
手鏡に写っていたのは、よく見なれた俺の顔。そう、ヴァイオレットの姿ではなく、リアルの結城藍人の顔。
身長体重もろもろは現実とほぼ同じにしてあったので大きな変化はないが、顔だけは見慣れすぎていた俺の顔に激変している。
「お、俺の顔……!?」
つまり、アバターの顔を俺の顔に書き換えられた。おそらくは身長体重もだろう。頭にくっついてるナーヴギアにどうしてそんなことができたのかと思ったが、考えたって知らないことは分からないので考えるのをやめた。
分かったことは、間違いなくこれは現実。夢なんかじゃないってことだ。
『ではこれで、《ソードアート・オンライン》の正式チュートリアルを終了する。諸君の健闘を祈る』
そう言い残し、茅場晶彦は消えた。
その直後、
「ウソだろ……出せよ、ここから出せぇ!!」
「こんなの、困るわ!!ここから出してよ!」
「嫌ぁ!!帰して!帰してよぉ!!」
広場を、悲鳴、怒号、罵声、どうしようもない恐怖が覆い尽くした。
「このままじゃまずい……!!」
こんなときにも俺は冷静に、ゲームの分析をしていた。
オンラインRPGは、多人数で一つのダンジョンに挑戦できるのが特徴だ。その最たる理由が、多人数でいればいるほど安全だからである。
ただし、この場合はそれではまったくの逆効果だ。
恐怖と同様で統率のとれないこの状況では、パーティなど組んだところでいざ戦闘になれば我先にと逃げ出すだろう。それでは意味がない。少なくとももう少し落ち着いて、まともにアインクラッドの攻略が始まるまではソロプレイのほうが安全ではないか。そう思った。
けれど、ここにいる全員を見殺しにするのか?
中には俺よりも小さい、小学生くらいの子どもだって見かけた。そんな子たちも見捨てて、、自分だけ生き残るのか?
ベータテストの経験がない俺には、本音を言えば自分で手いっぱいだけど、それでも……
自分だけを取って先に進むかどうか、本気で悩んだ。レベル2に達している今の俺なら、草原のモンスター程度なら自分を守りながら戦うのは余裕だ。ただし、戦闘慣れしていないプレイヤーも一緒となると話が変わる。守るどころか、自分の命すらも危うくなる。
悩み、迷い、立ちつくしていた。
結局どっちも選べず、下を向いていた俺の腕を、不意に誰かが掴んだ。
「助けて……」
12歳くらいの少女だった。腰に装備した短刀初期装備の《ビギナーダガー》は、抜いた感じがしない。おそらく、フィールドまで一度も出ていないのだろう。
その場で手を振り払い、自分だけさっさとこの場から離れて真面目にダンジョン攻略に勤しむことは可能だったはずだ。たが、俺はそうしなかった。
今まで誰かの役に立とうとか、人を助けようとか、そんなことは考えなかったし、そんなことを考えるのはライトノベルの主人公だけだと思っていた。
けれど、俺はこの子の手を取って歩いている。
せめて、泣きながら俺の手を強く握るこの子だけは死なせない。守り抜いて見せる。
何故だかは分からない。けれど、俺はもうこの瞬間から、一人でこの子を守りぬいて、このアインクラッドの第100層を突破して見せると誓っていた。