ソードアート・オンライン 《Violet Knight》 作:黒炉
領主会談も無事に終わり、俺は数時間ほどログアウトさせてもらうことにした。周囲にはアリシャやシリカ、キリトさんもいるので心配は特になかった。
理由は、連続ダイブで体を動かさなすぎにならないようにするためと、優奈の病院に行くためだ。
昨日は午前中の内に行ってからALOを始めたので、今日はまだ行っていないことになる。
いつも通り、顔を見ただけで病室へと通された俺は、優奈が眠る病室のドアを開けた。
普段は、年頃の子どもならばあり得ないくらいに誰もいない病室なのだが、今日はそこに先客がいた。
「あ……藍人くん、来てくれたんだ」
「ど、どうも」
彼女とは度々顔を合せており、俺がSAOの中で優奈と結婚していたことは既に伝えてあった。その時には、何を言われるのだろうとヒヤヒヤしたが、帰ってきた言葉は「ありがとう」のただ一言のみだった。
それがどういう意味なのかは、まだ聞けていない。
「一日一回は来るようにしてます。俺には、それくらいしかできないから……」
「そんなことないわ。優奈は君から、色々な物を貰ったはずよ」
そう言い、奏子さんは座っていた椅子から立ち上がり、ポットでお茶を淹れてくれた。別の場所から椅子を出してきて、湯呑みを受け取り腰掛ける。
「本当は話そうかどうか迷っていたのだけれど、やっぱり君には話しておいた方がいいと思うの」
「話すって……何をですか?」
「優奈の事」
奏子さんは短く言い、ナーヴギアに包まれた優奈の顔をそっと撫でた。
その手つきは慈愛に充ち溢れていて、俺のどうしようもない最悪思考の母親も、俺をああいう風に撫でてくれたことがあったのかなと思わなくもなかった。
「優奈がゲームの中でどういう風に振舞っていたか私は知らないけれど、優奈は現実にいた頃は、私以外とはほとんど誰ともしゃべらない子だったの」
「えっ……」
思わず驚きの声を漏らしてしまう。
優奈――――ユウナは、キリトさんや姉さん、それ以外にもクラインやエギルなど、俺が知り合ったほぼすべてのプレイヤーと打ち解けていて、まさに“人懐っこい性格”をしていた。
よって、リアルでも友人の数は多いと思っていたし、その割に病院で同級生と思われる子と一度も会っていないことに違和感を感じてはいた。
けれど、母親以外の誰ともしゃべらないなんて……。
「幼稚園のころは、ちょっと引っ込み思案だったけど、それでも友達はいたのよ。けれど、小学生に上がって少ししたころに、父親が玉突き事故で他界したの。お葬式以来、優奈は私以外の誰ともしゃべらなくなったわ。学校からも、返事もしてくれないから困るって何度も言われたわ」
「そんな……それは……」
正直、何を言えばいいかわからなかった。
多少ギスギスしてはいるものの、うちは父親も母親もいる普通の家庭だ。だから、父親を亡くした娘の気持ちも、夫を亡くした妻の気持ち分かるわけがない。
下手な同情は、何の意味もなさないことを、一度ユウナを失った俺は知っていた。
「この子はお父さんっ子だったから、余計にショックだったみたいなの。それで、学校の同級生とも話さなくて、何処にいても本を読むか勉強ばかりで……」
……それで、小学生にしてはあり得ないくらいに頭が良かったのか。俺が聞いたこともないような数学の計算式――――サインだかコサンジだかがどーのこーのと言っていた――――まで知っているから、こ奴何者じゃあ!?と叫びツッコミを返したりしていたが、そういう理由があったのか。
奏子さんは、湯呑みに入ったお茶を一口飲み、喉を潤すと話を続けた。
「結局、5年生になっても何も変わらなくて、私が学校の事を聞くと、前は少しだけど話してくれていたのが、ただ沈黙するだけのようになってしまったの。だから、ナーヴギアを――――オンラインゲームでもいいから、誰かと繋がることを教えてあげたかったのに……」
たとえ仮想ネットワークの中の相手でも、それは生きた人間であり、コミュニケーションがとれる。
確かに、医療にフルダイブ技術を取り込もうとする動きがあることは最近ニュースで取り上げられていたが、彼女は企業よりも2年早くそれを実践していたのだ。
アバターと言う偽りの仮面を被ってなら、人と会話することも出来るはずと信じて。
しかし、現実は残酷だった。
誰かと繋がることを求められて優奈に与えられたナーヴギアは、彼女を《ソードアート・オンライン》――――アインクラッドに閉じ込めてしまった。
「なのに……なのに……っ」
「……優奈は、SAOの中で、沢山の人と仲良くなってました。俺も含めて、沢山の人が、優奈に終わりのないデスゲームの絶望から立ち上がる希望を貰ったんです」
SAO内で最初に結婚したプレイヤー。
それは、第1層のはじまりの街に閉じこもっていた多くのプレイヤーを勇気づけた。
こんな世界でも、愛をはぐくんでいる人たちがいる。絶望せずに戦っている人たちがいる。
そう気付かされて、立ち上がったプレイヤーは多くなかった――――らしい。
らしい、というのは、あくまでエギルから聞いた話しだからだ。
「藍人くん……どうして、ゲームが終わっても優奈は帰ってこないのかな……私には、この子しかいないのに……」
「……全国で、およそ300人のプレイヤーが優奈と同じようにいまだに目覚めず、ナーヴギアによって囚われています」
俺の言った情報を初めて聞いたのか、奏子さんは顔を上げた。
……? いや、そんなはずないんだけどな……?
一瞬頭をよぎった疑問を頭の片隅に追いやり、俺は続けた。
「意識不明なはずがないんです。優奈たちの意識は、必ずどこかに――――《ソードアート・オンライン》と同じ、仮想空間のどこかに無ければおかしいんです」
ナーヴギアが稼働状態ということは、優奈はどこかの仮想空間にフルダイブしているということだ。
それが、オープンになっているところなのか、あるいは個人の作った閉鎖された空間なのかはまだはっきりしないが……ただ一つ言えることは、
「優奈は俺が必ず目覚めさせます。何をしてでも」
死んでいないのなら、チャンスはある。
SAOの中でだって、無理だと思ったことは一回や二回じゃない。それでも、全て切り抜けて俺たちは帰ってきた。
今度は、優奈が目覚める番だ。
「……強いね、藍人くんは。私の方が、大人なのにね」
「あの世界じゃ大人も子供も関係なかったですから。俺は、優奈は必ず帰ってくるって信じてるだけです」
「……そっか。私はもう仕事だから行かなくちゃだけど、藍人くんは? 残ってく?」
「はい。もう少し、優奈のそばにいます」
そう答えると、奏子さんは俺の空になった湯呑みを取り、自分のと併せて片付けると、置いてあったバッグを持ってドアの方へと歩いて行く。
「――――あ」
「ど、どうしたんですか? 忘れ物?」
急に声を上げ、立ち止まる奏子さん。
俺が聞くと、一瞬悩んでこう言った。
「忘れ物と言うか、忘れごと? ねえ、藍人くん――――」
「は、はいっ」
こういう時、俺は思わず声が裏返ってしまう。何とか直したいと思っているのだが、悲しきかなコミュ症の性。
奏子さんは、優奈そっくりの全力小悪魔スマイルでこう言った。
「優奈が目覚めたら――――また、貰ってくれる?」
「………ほえ?」
思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。
貰う、とはいったい何を指しているのか? いや、それ以前に、俺が奏子さんからもらったものなんて何も――――
「………っ!?」
「あら、かわいい」
頭から煙が出たような気がした。
いや……貰うって、そう言うこと!? 親公認ですか!?
「ふふ、それじゃあ、また今度ね、藍人くん」
そう言い残し、奏子さんは今度こそ病室から出て行った。
あ、嵐が通り過ぎた……
「はぁ……まったく、ああいうところも優奈そっくりだな」
ナーヴギアに頭をすっぽり覆われ、SAOを生きる女戦士の見る影もなくなってしまった優奈に語りかける。だが、返事はない。
大見得切ってあんなことを言いはしたが、実際には優奈がALO内にいると決まったわけではない。ただ、俺の第六感がそう言っているだけで実際にそうなのかは分からない。
「優奈……優奈は、本当は、何処にいるんだ……?」
語りかけるも、やはり答えはない。
この空しいだけの問答が、いつも俺の心を苦しめる。けれど、それすらもやめてしまったら、優奈は永遠に帰ってこないような気がしてやまなかった。
微かにこぼれた涙を無理やりふき取りとめた時、病室に誰かが入ってくる気配がした。
奏子さんかと思ったが、足音――――靴と床のぶつかる音の質が僅かに違った。
カーテンの隙間から姿を現したのは、
「やあ、結城君。来ていたんだね」
「………ども」
素っ気なく返事を返す。
俺は、はっきり言ってこの人が嫌いだった。
そりゃ、二年間優奈を守ってくれてたわけだし、それなりに恩を感じちゃいる。けれど、この男の雰囲気は、患者を労わる医者のそれではなく、どこか科学者めいた、ジメジメしたもの――――須郷伸之のそれと限りなく似ているのだ。
「そう言えば君、また新しいMMOを始めたんだっけか?」
「は、はい……ん? それ、誰から聞いたんですか?」
俺は新しく《アルヴヘイム・オンライン》を始めたことは、実は家族の誰にも言っていない。知っているのは、珪子に和人さん、それとエギルだけのはずだ。
「風のうわさだよ。で、またどうして?」
「……きまぐれです」
風のうわさだと? しらじらしい。どう考えたって不正な手段でつかんでるんだろ。
何を考えているかは知らないが、なんかバカそうな感じだった。自分から情報をリークしてくれている。
「そっか……それじゃあ、もうここには来ないでもらえるかな」
「はぁ………はい?」
あまりにさらりと言われたので、何故か成り行きで答えてしまった。
てか、ここに来るなだと……?
「どういう……意味だ?」
「そのままの意味さ。家族はまぁ仕方がないとしても、キミなら面会停止くらいは出来るからね」
「答えになってねえぞ」
「怖いなぁ。やっぱり攻略組って言うのは血気盛んなのかね。伸之も同じことを言っていた」
「伸之……須郷か!?」
「年上の人間を呼び捨てにするのは感心しないよ、結城君。僕も彼も、キミよりもはるかに頭のいい天才なんだから」
天才云々のアホ発言は置いておいて、須郷が噛んでいることは明らかだ。
……いや、待て。ここで村瀬が俺にそれを言う意味ってあるのか……? 俺が須郷と姉さんの事について知ってるってことを、コイツが知ってるはずが……
「しかし、キミのお母さんは実に素直だね。聞いたらすぐに、キミが彼の結婚について聞いてきたことを教えてくれたよ」
「あのババア帰ったらシバく!!」
畜生ちょっといいとこあると思ったらすぐこれかよホント邪魔ばっかりするなあのババア!!
あまりにもアホが多いので放っておくとして、話を戻す。
「……それで、来るなっつーのはどういう意味だ?」
「キミにこれ以上こられると困るんだよ。幸い、あの母親はフルダイブ技術については疎いようだし、この病室に訪れる人間は、たった二人だしね」
「俺が素直に『もう来ません』なんて言うと思ってるのか?」
「思ってないよ。だからこうする」
そう言い、村瀬は優奈のナーヴギアへと手を伸ばした。
まさか………ナーヴギアを外す気か……!?
「やめろ!!」
叫び、手を伸ばす。
幸い、村瀬はナーヴギアを外すことなく手を伸ばした。
ほっと、一息つく。
「まあ、こうやって
「くそ……何が、目的だよ……」
「キミのような感の良い餓鬼にうろちょろされるのが困るだけさ。……出て行ってくれたまえ」
「がっ……!?」
腹に衝撃と激痛が走る。
そのまま床に倒れこむと、シャツの襟首を掴まれる感触と、床を引きずられる感触。
病室の外に放り出されたのだ。
「このあたりのカメラは一時的に切ってある。……いつまでたっても助けは来ないよ」
そう言い、村瀬は病室の中に戻っていった。
幸い、すぐに立ち上がれるくらいには回復した。
「は……はは、なるほどね……」
口から笑みがこぼれる。
あの男、村瀬は頭はいいかもしれないが……須郷とおなじ、相当のレベルでバカだ。
頭はいいくせにところどころ詰めが甘い。人を言葉でこき下ろすのが我慢できないタイプだ。
今の会話の中だけでも、分かったことはかなりある。
まず、優奈の意識が不明なことと須郷の計画――――があるのかどうかは知らないが――――とは直接的には関係がないこと。なぜなら、もし関係があるなら既にキリトさんから何か連絡があるはずだし、そもそも村瀬が出張る意味がない。
二つ目に、優奈は間違いなくALO内にいる。
だからこそ、村瀬は出張って俺に警告してきたんだ。俺がALO内で立ち回っていることを知っていたのも、そのせいだ。
そして、村瀬は優奈に手を出さない。
もしも出す――――たとえば、殺してしまえば、おそらくその瞬間村瀬の野郎としていることはパァになるだろう。確かこの病院に未帰還プレイヤーは優奈のみだったはずなので、そこから考えても村瀬にとって優奈は唯一の
状況証拠でしかないが――――十分すぎだな。
「はっ……バカ院長、今に見てろよ……」
壁に寄りかかりつつ立ち上がる。
現実じゃあ、俺は非力な一五歳で、アイツは権力たっぷり野郎かもしれないが……ALOならそんなものは関係ない。
口ぶりからして、おそらくGM相当の権限を持っている可能性が高い。
ならば、目指す場所は一つだ。
世界樹。妖精オベイロンのいる、世界樹の上――――
何やら悪い人登場。
須郷を名前呼びとか、色々伏線です。
それじゃあそろそろあの子の出番行ってみよーてなわけで次回もよろしくお願いします!