ソードアート・オンライン 《Violet Knight》 作:黒炉
約束の時間まではあと50分ほど。
俺と珪子は一度帰宅し、再びALOへとダイブしていた。
「で、何だよ? そんなに時間があるわけじゃないし、クエストとかやってる暇は……」
「そうじゃないの」
俺の言葉を遮り、シリカという
その後、腰に装備した短剣を抜くと、頭の上に乗っていたピナを後ろに下がらせ、俺に向ける。
「お、おい?」
「戦って。あたしと」
俺の動揺など知ったことではないとでも言う風に、手短に重要な部分だけを言うシリカ。
だが、それで俺がはい戦いますと言うかというと、そうもいかない。
この後、もう一度世界樹攻略に臨むのだから、装備の耐久値やパラメータは可能な限り温存しておきたいところだ。SAOでいう、《アンチクリミナルコード有効圏内》ではない世界樹前の広場でやりあえば、双方無傷で済まないことくらいはシリカだって分かっているはずなのに。
「ま、待てよ。俺たちが戦う理由がどこにあるんだよ」
「ッ……やぁッ!!」
俺の問いかけには答えず、短剣を持って突撃してくるシリカ。
それを避けると、仕方なく背中に背負ったレスティカルに手をかける。
レスティカルの属性は両手直剣――――背と腹の両方が刃になっている剣――――なので、峰打ちと言った高等技術は再現できない。
しかし、刃が薄く広い剣でもある為に、斬るのではなく叩くように剣を振れば、擬似的ではあるが峰打ちに近いことが出来る。
全力でシリカをぶった切るわけにもいかないので、ここは刃の広い面を前にして、動きを止めて体術で抑え込む!
「……やっぱりそう来るんだね、藍人は」
「……ッ!?」
しかし、俺の放った攻撃は見事に避けられた。
回避の寸前、シリカが俺の耳元でそう呟いた。
……今の動き、あらかじめああやって攻撃されることが分かってなきゃ、とてもじゃないが出来る動きじゃない。少なくとも、出来そうな奴の心あたりなんてキリトさんか茅場くらいしかない。
ということは、俺の動きは読まれていた……?
「来ないなら、こっちから行く……!!」
そう言い、シリカが短い攻撃魔法を詠唱する。
放たれたのは水属性の単発魔法だ。威力も速度も大したことのない、低級魔法。
昔から、バトル漫画でこういう技の使い道は目くらましだと相場は決まっている。直撃してもダメージを期待できない技の使い道など、そう多くはない。
なら、魔法に割く意識は最小限にしておくべきだろう。
苦もなく回避すると、案の定、シリカが魔法のライトエフェクトを目隠しにして迫ってきていた。そのままダガーで攻撃してくるつもりだろうが、攻撃が来ることさえ分かっていれば、重みのないダガー攻撃は簡単にはじき返せる。
「そこ――――!!」
ダガー攻撃が来るであろうと予測した場所にレスティカルを振る。だが、剣同士がぶつかり合う金属音がしない。
「な――――!?」
「………」
シリカは、宙を舞っていた。
厳密には、左手をレスティカルの広い面に置き、うまくバランスを取っている。
つまり、右手にダガーを持っていなければおかしいのだが、その肝心のシリカの武器であるダガーが見当たらない。
俺のレスティカルのような重い武器ならば、途中で手放しスピードに重点を置かせることもなくはないが、短剣の場合、そもそも軽いのだから手放して敏捷値補正を狙う意味がない。それなら最初から装備しない方がマシなくらいだ。
「くっそ……!!」
ブン!!と音が鳴るほどに、レスティカルを振り、シリカを振り落とす。
綺麗に一回転してから着地したシリカは、何故かそのまま俺に向って突進してきた。
素手なら、どう考えても基礎敏捷値と武器の威力で勝る俺に分がある!!
そう思って俺も突撃し返したのだが、結果論で見れば、それは悪手だった。
レスティカルの斬撃を紙一重で避けたシリカは、そのまま俺の後ろに回り込む。
即座に振り返り、対応しようとした俺は、それすらも悪手だったことに気が付く。
首筋に、若干ではあるが感じる、冷たい金属の感触。
シリカがいつの間にか取り戻していた、ダガーだった。
「……ダガーを、放り投げたな」
「そ。藍人もよくやってたよね」
武器を一時的に放り投げて手放し、その間に体術で敵の動きを止め、落下してくる武器を掴んでから安全にソードスキルに入るシステム外スキル。ある程度戦闘カンがあって、体術スキルを上げてる奴なら割と使う手法ではあるが、シリカがこれを使うのを見たのは今が初めてだ。それだけに、自分がよく使う手法でありながら、予測できなかった。
「もしあたしが藍人の敵だったら、今頃藍人は死んでたよ」
「……そだな。首の感触がそう言ってる」
認めたくないが、今の戦闘はシリカの圧勝だった。
もしも相手が、PK賛成の戦闘バカあるいはAI制御のモンスターなら、俺は間違いなくリメインライトとなっていただろう。
敗因は――――これも認めたくないけど――――俺の油断。
こうしてくるだろうから間違いなく対応できる。思い返してみれば、俺は常に後手で、しかもシリカの攻撃に対応できるという慢心から、別の可能性を考えなかった。
その結果、俺の知らないうちにシリカが身に着けていた戦闘法で、俺は見事に打ち負かされた。
俺の首に当てられたダガーが下される。
「……藍人は、そんなんじゃ駄目だよ」
「は……?」
シリカが俯きながらそう言った。
そんなんじゃ、が指すものが分からず、聞き返してしまう。
「さっき、世界樹の中で、あたしのこと助けてくれたよね?」
「あ、ああ……」
「藍人はきっと、次もあたしがピンチになったら助けてくれるんだよね。それは、凄くうれしいよ? うれしいけど……」
そこまで言って、何かを断ち切るように首を左右に一振りするシリカ。
彼女が何を言わんとしてるのか理解できず、言葉が詰まる。
シリカは何かを決めたかのように胸の前で右手を握りしめると、続けた。
「藍人は、あたしが立ちふさがっても斬って捨てるくらいの覚悟じゃなきゃだめ。何があっても全部見捨てて、優奈ちゃんを助けることだけを考えなきゃ、だめなの」
「珪子……」
何も、言えなかった。
そう言う気持ちがないわけではなかった。俺なら、シリカを守りつつ、優奈も助けられると。この世界なら、俺は強くいられると。
けど、そう言う気持ちでは駄目――――どっちもなんて、到底無理な話だと。
現実では何一つ出来ない学生でしかない俺でも、この世界なら――――なんて、都合のいい話があるわけがなかった。
結局、何処にいようが、何かを切り捨てなければならないときはあるのだ。
「……ごめん。ごめん、珪子……」
「藍人……」
珪子からすれば――――それを俺に自覚させるのは、極力避けたかったはずなのだ。
なぜなら、どちらか一方しか選べない時、俺は間違いなく珪子ではなく優奈を選ぶから――――だから、どちらか一方なんて現実を、俺に自覚させたくはなかった。
けれど、両方なんて甘いことを言ってるうちは、どっちも守れないから。だから、珪子は自分の想いを諦める覚悟で俺にそのことを教えてくれた。
なのに、俺はただの戦闘の練習だと思って、油断して、何にも分かってなくて――――!!
「ごめん……俺、何も分かってなくて……弱くて……!」
気が付けば、俺は号泣していた。
自分の弱さが。
自分の不甲斐なさが
自分そのものが。
自分の全てが。
許せなかったから。
それくらい、悔しかった。
「俺、強くなる……大事なもん、全部守れるくらい強くなるよ……!」
「うん……藍人は、強くなれるよ。きっと……!」
俺は、最低だ。
珪子にここまで酷いことをさせて、酷いことを言わせて、それでも自分のことしか考えられなかった。
強いって言うのは――――こういう時、自分だけじゃなく、自分の大切な人のことをちゃんと考えてあげられることなんだろうなと、俺は誰に言われるわけでもなく、本能的に感じていた。
再び藍人×シリカ回。
あれ?優奈のメインヒロインの立ち位置が徐々に浸食されてる……
シリカ本人が自分から引くっつってんのにヒロインポジションから抜けてない気がするのはなぜ……?