ソードアート・オンライン 《Violet Knight》 作:黒炉
ゲーム開始から1ヵ月で、2000人が死んだ。
中には外部からの干渉で強制的に脳を破壊された奴もいたようだが、それよりもモンスターとの戦闘で死んだ奴の方がよっぽど多かった。
普通のゲームと違って、ソードアート・オンライン、通称《SAO》は、仮想空間で自分の体を動かして戦うゲームだ。つまり、凶暴なモンスターが自分に突進してくるというリアルな恐怖を味わってしまうのである。
こうなると、ベータテストで相当戦闘に慣れていたプレイヤーか、もともと肝っ玉がとんでもない状態になっている人間でなければ普通はパニックになる。そして、パニックになってる間に攻撃を受けて死亡―――――というプレイヤーが続出してしまったわけだ。
俺の場合はひたすら戦闘しまくってレベルを2に上げていたことと、持ち前のゲーム感でたまたま初期装備の片手剣よりも上位の武器を手に入れていたことが起因してゲームオーバーにはならずにいる。しばらくその武器、《ライトソード》を使い続けていた俺は、速攻で敵を攻めぬいて倒すというプレイスタイルを確立させ、現在はレベル11――――大ギルドを組んでいないプレイヤーにしてはかなりの高レベルまで達している。
アインクラッドの第5層が突破され、最前線の第6層の迷宮区の攻略法が有力プレイヤーによって話しあわれている今、俺たちは第4層の《秘宝の眠る洞窟》でレベル上げに勤しんでいる。
このダンジョンを選んだ理由は、単に人が来ないからである。
「わ、わ!! ヴァイオさん!! なんか強そうなのが―――――!!」
「んあ?」
俺の連れ――――というより、唯一のパーティーメンバーが何やら叫んでいる。
彼女のアバターネームは《ユウナ》。本名かどうかは知らないが、藍人の藍の字から名前を《ヴァイオレット》にするという安直な発想しかできない俺に人のことをどうこう言う資格はない。
彼女の前に現れたのは《ミニタウロス》。この洞窟の中では最高レベルのモンスターだが、スピードは遅いし動きは読み易いしで簡単に狩ることができる。のだが……
「ダークラット20匹に囲まれてミニタウロスの相手はキツいか……」
「分かってるなら助けて――――!! 私まだレベル7しかないんですよぉ!?」
「分かった分かった。ネズミ連中は俺が片付けるから、そっちの牛はユウナが狩れよ」
言いながら、装備武器を《ライトソード》から短剣《クロスダガー》に持ち換え、ダークラットの群れに向けてソードスキル《ダガースライド》を打ち込む。
単発攻撃でおまけに低威力。ラット系の雑魚モンスターでないと一撃で倒せない、SAOの中で最低威力と言ってもいいソードスキルだが、技後硬直時間が極めて短く、連続でソードスキルを繰り出しやすいという使えるんだか使えないんだかわからない特徴がある。
ラット系の雑魚は、むしろダガースライドでどんどん蹴散らす方が早く戦闘が終了するのだ。
ソードスキル連発という、技後硬直システムをシカトしたような荒技で鼠の大群を片付けた俺は、ユウナとミニタウロスの方へと振り返る。案の定、まだ戦闘は終わっていなかった。
サイズとしてはユウナよりも少し大きい程度のミニタウロス――――これでミニなのだから本物のミノタウロスはどんだけデカイんだか――――は、その見た目通りの単調な物理攻撃しかしていなかった。が、ユウナもユウナでよけ方が雑で、相手の大振りの隙を全くつけてない。
「ユウナ、もっと回避の動きの無駄を省くんだ。せっかく相手が大振りなんだから、隙をつけ」
「わ、分かってます!!」
とは言うものの、動きはやっぱり雑。
しかし、まだ中学生に満たないか、なったばかり程度の、それも女の子が逃げ出さずに戦っているだけでも実は十分凄いのだ。
普通ならパニックになるし、現実の死がかかっているのだからなおさらだろう。
「わ、わ、わ!! ヴァイオさん、助けて!!」
「しゃーねーなー……」
ほぽ初期装備では善戦した方だろうが、ミニタウロスレベルくらいはソロで倒してくれないと最前線の攻略組には入れないよなぁとか思いながらユウナとバトンタッチ。武器は既にライトソードに持ち替えてある。
「よく見てるんだ。相手が大振りってことは、必ずどこかに潜り込む隙があるってことだ」
ミニタウロスが右拳を振り上げてくる。例の如くモーションが大振りなので、右脇腹ががら空きだった。
振り下ろされた拳をギリギリまで引き付けて回避すると、そのままミニタウロスの腕を軸にして一回転する。ミニタウロスは技後硬直と突然俺の姿が消えたことによる動揺(するのかどうかは分からないが)で、動きを止めた。
「んでもって、ギリギリまで引き付けて――――――撃つ!!」
片手直剣ソードスキル《スラント》を打ち込む。
単発技で、威力自体は高くないが、不意打ちによるバックアタックボーナスが出たのか、ミニタウロスは赤いダメージエフェクトとともに消滅した。
「はぁー…。流石です、ヴァイオさん」
「いや……、まだまだだよ。最前線には程遠い」
謙遜に聞こえるかもしれないが、これはどうしようもない事実だった。
特に、ベータテスト経験者、通称《ビーター》と呼ばれるプレイヤーの多くは、ボス部屋などの特殊な例を除いてソロプレイを行う場合が多いらしい。
ソロプレイはパーティプレイと違って、緊急事態に対応しにくい。多人数ならどうってことないステータス異常も、ソロプレイだと危険極まりないのだ。そういうこともあって、ソロプレイには高い実力とステータスが要求される。最前線のソロプレイヤーに比べたら、おそらくは俺はまだレベルが5は下だろう。
だから少し危険ともいえる場所で、強引なレベル上げをしているわけだが……
「……ヴァイオさんがまだまだなら、私はどうなるんですか」
パーティを組んでるユウナさんが凄い人だったのです。まあ、どのMMOでもソロプレイだった俺が対人経験皆無なのが原因なんですけれども。
「べ、別に、ほら、ユウナはユウナで頑張ればいいだろ?あくまで俺の目標が最前線のソロプレイヤーと肩を並べることなわけだし」
「……ホントですか?」
あ、やばい、何か来た。
いやね、SAOってかなり感情表現オーバーなんですよ?だからってわけじゃないけどぷくーって頬を膨らませて涙目ユウナさんが可愛いとかそういうわけじゃなくてというか俺とユウナってあくまでパーティ組んでるだけだしだから特にそういうのとか要求されてないかなとか思いつつも。
「かわいーぞユウナぁぁぁ!!」
「にゃあ!? は、離してくださいヴァイオさん!?」
誰も寄り付かない洞窟で子供に抱きつきました。
ほんの出来心だったんです。許してください。
☆
「本当に、反省してください」
「すいませんでした……」
第4層の居住区《ヴァルルバラン》のNPCレストランで、俺はユウナにたっぷりと絞られていた。
そりゃまぁいきなりはぐはぐ(俺命名)はあれだったかもしれないけどさ?いいじゃん人が見てるわけじゃないんだし。そこ、ロリコンとか言わない。
「まぁ、代償にパフェ持ちだしてくるあたりまだ子供だけどな」
「ないか言いました? ヴァイオさん」
「なんでもございませんお嬢様」
余計なことを言うんじゃない。シャラップ、マイマウス。
「そういやユウナ、なんか話したいことがあるとか言ってなかったか?」
洞窟でのレベル上げに向かう前、宿屋でユウナが俺に何かを言おうとしていたことを思い出した。
その時は特に何もなかったのだが、聞いておかずに後で取り返しのつかない事態になっていても嫌なので聞いてみる。
すると、ユウナは恐るべき勢いでパフェを口へと運搬していたスプーンを止めた。
「えっと……その……」
「なんだよ、別に怒らないから言ってみろよ」
「本当ですか……? えっとですね……」
ユウナはまだ言おうかどうか迷っているようで、何度も口籠っていたが、決心したのか、思わず『可愛すぎるッ!!』と某ムララ木さんの如く叫びたくなるような笑顔でこう言った。
「第6層のボス攻略に誘われちゃいました❤」
………………は?
えーと、私めの役立たずな耳が正常に機能していたと仮定すると、ユウナさんは今『ボス攻略に誘われた』と❤と思しき記号を付けて発声したわけですか?ははぁ、なーるなーる……って、
「何ぃ!?」
たっぷり20秒、脳内考察してからのツッコミだった。
つーか……
「な、なんで!?」
「それさりげなく私のレベルをバカにしてます?」
「ああ、いや、そういうわけじゃないんだけどさ。俺たちが普段いるのって、最高フロアじゃないじゃんか。いつもは少し下で人が来ないところで低レベルモンスターを地道に狩って安全なレベル上げをしてるだろ?どうしてボス攻略メンバーにそんな奴らを組み込もうとするのかって話だよ」
「私だってそれには気がつきましたし、疑問に思いました。だから聞いてみたんですよ」
ちなみに本人曰くではあるのだが、ユウナはめちゃくちゃ頭がいい。学校での成績は常にトップランクだったらしいし、実はこういう駆け引きの場では俺により五枚くらい上手だったりする。うーん、ソロプレイってコミュ症になるのか……。
「ヴァイオさんのコミュ症の話なんてしてないです。それで理由を聞いたら、なんか今回のボスは今までよりも雑魚の
「うーん……」
風の噂という奴で、今回のボス攻略には時間がかかりそうだということを聞いたことはあった。それでも最前線で戦うソロプレイヤーが束になってかかればそこまで時間はかからないと思っていたが、雑魚の
それに、この辺でボス戦を一度経験した方がいいかもしれないというのもある。ボス戦がどんな風なのか、攻略組を目指すなら知っておいた方がいいし、階が上がれば上がるほどボスも強くなるからだ。ただ……
「ユウナ……大丈夫なのか?」
「あ、また私をバカにして……」
「真面目に言ってるんだ」
声を低くして言うと、ユウナは黙りこくってしまった。
通常の《ソードアート・オンライン》ならば、階層がそのまま目標レベルとして設定されていたはずなのだが、たった一度のゲームオーバーも許されない今のデスゲームだと、安全マージンも考えて階層+5レベル程度は欲しくなる。
特にボス戦は、何が起こるかまだ判断する材料が足りないため、マージンの基準はもっと高い。おそらく、階層+8~10くらいと見積もっていいだろう。
そう考えると、俺もレベル的にはギリギリだし、ユウナに至ってはマージンすら取れていない。別に低いレベルをバカにしてるわけじゃなくて――――本当に怖いんだ。自分が死ぬのも、ユウナが死んでしまうのも。
「ボス戦は――――俺にも何があるかわからない。もしかしたら俺もユウナも死んでしまうかもしれない」
「ヴァイオさん……」
「嫌なんだ。守れたはずのものが守れないのは。ユウナに死んでほしくないんだ」
「……大丈夫ですよ、ヴァイオさん。私は死にません」
駄々をこねる子供に言葉をかけるように、ユウナは優しい声で言った。
俺の頭を包み込むように細い両腕で胸へと抱き寄せる。
「2ヶ月前、SAOの本質を聞かされて、どうすればいいかわからなくて、私は泣きました。誰でもいいから助けてほしかった。あの場にいた皆が怖かった。けれど、ヴァイオさんは違った。ヴァイオさんの瞳は、まっすぐに上へと向いてました。このアインクラッドの最上階に。だから私も、咄嗟にヴァイオさんに助けを求めたのかもしれません」
あの時のことを、ユウナは昨日の事のように的確に言葉に表していた。
2ヶ月前、茅場晶彦が作ったこのゲームの意味を、俺達は知った。全員が絶望する中で、俺は茅場晶彦を睨みつけて誓った。このアインクラッドを、攻略して見せると。
あの時、俺のように戦うことを決意できた人間は、もしかしたら俺のほかにもいたかもしれない。けれど、少なくともユウナは違った。これは後で知ったことなのだが、ユウナはあの時まだ小学6年生だったのだ。それまで死とは程遠い、平和な世界にいたのに、何気なく手に入れたたった一つのゲームによって恐怖と絶望のどん底へと突き落とされた。
「あの時ヴァイオさんには、私の手を振り払って一人でアインクラッドの攻略に乗り出すことだってできたはずです。そうしてれば、今頃は最前線でボスモンスターと激闘を繰り広げてたかもしれません。でも、ヴァイオさんは私の手を握ってくれました。この世界で生き残る力を与えてくれました。だから、私はまだ死にませんし、死ねません。ヴァイオさんからもらった、大切なものを返すまでは」
あの時――――俺の本心が純粋にこの子を、ユウナを助けたいと思ったかどうかは分からない。本当は、いつも俺のこと守ってくれてた姉さんのようになりたかっただけだったかもしれない。愚かな自己満足で、この子を手を取ったのかもしれない。それでも、少なくとも今は、まだユウナを守れてる。
ユウナは強い。もしあの時俺がユウナの手を振り払っていても、きっとユウナは別の道を見つけて生き残っていたと思う。もしかしたら、俺よりも戦闘のコツを教えるのが上手い奴と出会ってたかもしれない。
でも、本当は俺もユウナと一緒だったんだ。どのMMOでもずっとソロプレイで、SAOでもそのつもりだった。でも、SAOが本物の命をかけたデスゲームだと知った瞬間、誰かに傍で、今のように温もりを与えてほしかった。そして、それがユウナだったんだ。なんだかんだ言って、実は俺も中2のガキだったってわけだ。
ユウナも俺も、まだ生きている。そして、これからも、誰にもユウナは殺させやしない。
「……そうだな、ユウナは死なないよ。俺が守るから」
そう言って、ユウナを抱き返す。
一瞬、目をぱちくりさせた後、ユウナはこう言った。
「ふふん、ヴァイオさん、油断してるとそのうちヴァイオさんが私に守られることになりますからね?」
「なん……コイツ、そう言うことはまず俺よりもレベルを上にしてから言えっ!」
「あー!! またレベルのことバカにしましたね!?」
事実だろーがよー、と言いながらユウナの頭をくしゃくしゃ撫でる。というより最早鷲掴みに等しいが。
そうだ。ボスも異常