ソードアート・オンライン 《Violet Knight》 作:黒炉
ラフィン・コフィン討伐隊が編成されてから二日。
俺はアラーム機能を使い、
寝がえりを打って、ユウナの方を見る。ユウナはスヤスヤと寝息をたてて眠っていた。
「……」
俺は無言で起き上がると、メニューウィンドウを開いて愛用のコートと胸当て、そして《デュアルペンデュラムβ》を装備する。その間も、ユウナが起きる気配はない。
全ての装備を終えると、アイテムストレージ内に回復結晶や転移結晶が複数個入っていることを確認。
アイテムやスキル構成の確認もすべて終えると、俺はベッドから立ち上がり、無言且つなるべく音をたてないようにドアへと向かう。
「………ごめんな。必ず、戻るから」
そして、ただ一言、そう言うと宿屋を後にした。
「………信じてるよ。必ず、帰ってきて」
☆
第12層主街区《ホルム》。
転移門から出ると、既に多くのプレイヤーが集まっていた。……予想はしていたが、相変わらずヒースクリフはこういうのには興味を示さないよな。
「よぉ、ヴァイオレット」
「クラインか……よく逃げなかったじゃないか」
俺の言葉に、クラインの表情が重くなる。
「……んなの、本音を言えば今すぐにでも逃げだしてぇよ。けどそんなの、このSAOにいる奴全員がずっと思ってることじゃねえかよ」
「ああ……そうだったな」
俺がそう言うと、クラインはそれまでの神妙な顔つきを吹き飛ばし、俺の目の前に手を出してきた。
俺が首をかしげていると、クラインが口を開く。
「お前は俺達《風林火山》と一緒だからな、よろしく頼むぜ」
「あ、そうか……ああ、よろしく頼むよ、クライン」
差し出された手を握り、クラインと握手を交わす。
クラインがリーダーを務めるギルド《風林火山》は現在6人なので、俺が一人加わるとちょうど上限いっぱい7人のパーティが出来あがる。
俺は――――一時的ではあるが――――ギルド加入の手続きを済ませると、クラインに一言いい、人気のない方へと移動した。
背中の《デュアルペンデュラムβ》を抜き、その刀身を見つめる。
透き通っていて美しく、引きこまれてしまいそうなライトブルー。
「あ……あの、ヴァイオレットさんスよね……!?」
青の刀身を見つめていると、不意に後ろから声をかけられた。
振り返ると、おそらく風林火山のメンバーであろう、赤い鎧に身を包み、赤いバンダナを巻いた若い男が目を輝かせて立っていた。
「あ、うん……そうだけど、アンタは?」
「お、俺、ケイトって言います。ずっとヴァイオレットさんに憧れてたんです! 握手してください!」
「あ、ああ……」
俺がどん引きしていることなど気にも留めないケイトと、握手をする。
ちょ、コイツ、手ェ強く握りすぎだろ……。
「ありがとうございます! 俺、この手一生洗わないっす!」
「汚いから洗ってくれ」
実際には、手の汚れはSAOでは再現されないので全く汚くはないのだが、精神衛生上間違いなく悪影響があるだろう。
「俺、ヴァイオレットさんに憧れて、両手剣使ってるんス! 良ければ今度、戦闘指南お願いします!」
「あ、ああ……なら、フレンド登録しておくか? ギルドの活動がない日にでも声をかけてくれれば、都合は合わせるよ」
「マジッすかぁっ!? 皆、ヴァイオレットさんが戦闘指南してくれるぞ!!」
皆?と一瞬頭の中が真っ白になり、思考放棄していると、俺の周りにケイトと同じく風林火山のメンバーだと思われる4人の男が
「マジか!?」
「ヴァイオレットさん俺もフレンド登録お願いします!」
「ユウナさんを紹介してください!」
「おいコイツ裏切ったぞ!」
「ユウナさんは皆のアイドルだろうがぁ!」
「ぎゃああああ!!」
「………」
な、何なんだこの集団は……?
アスナ姉さんのような超有名な美人プレイヤーには追っかけが集まったギルド(と呼ぶことさえ憚られる)もあるらしいが、《風林火山》はいつからそうなっちまったんだ……?
「お、さっそく打ち解けてるな」
「おいクライン! こりゃ一体どういうことだ!?」
「あー…その、な? お前とユウナの事を話したらよ、コイツら熱狂的なファンになっちゃった?」
「『なっちゃった?』じゃねえよ!」
リーダーがリーダーなら、メンバーもメンバーだ……と嘆息する。いや、どっちかって言うと、類友か?
「まあ、悪い奴らじゃないからよ、仲良くしてやってくれ」
「ああ、それはいいけどよ。俺に戦闘指南頼んでくるなんて、お前リーダーとして信用されてないんじゃないか?」
「……斬るか」
「待て、目がマジだぞお前!?」
嫁さんまでもらいやがってこのリア充め……と呟くクラインの目が妙に怖かった。
アンチクリミナルコードはあるものの、本当に殺しそうな勢いで振り下ろされてくるクラインの刀を真剣白刃取りで止めていると、姉さんが全員の前に立った。
「それでは出発します。コリドー・オープン!」
回廊結晶を取り出し、使用する。
ラフコフのアジトに直接転移できるとは考えにくいから、多分かなり近いところを出口に設定してあるのだろう。
普通に近づけば敵の索敵スキルにひっかかる可能性があるが、結晶を使っての移動なら奇襲をかけられる。
「よし……行くぞおめェら!!」
クラインが叫び、それに呼応して風林火山のメンバーも叫ぶ。
おそらく今までのどの戦いよりも辛いものになるであろう戦いに、俺ももう一度気合いを入れ直した。
☆
転移結晶を出た先は、僅かな明かりしかない洞窟だった。
「お、おい、クライン。いきなりラフコフのアジトなのか?」
「ああ、なんでも、潜入した奴が出口設定に成功したらしいぜ」
人数が多いからどうしようもないが、末端までちゃんと情報が回ってないぞ、まったく。
すぐに背中の《デュアルペンデュラムβ》を抜く。
こっちは相手を殺さず、あくまで無力化して牢屋に放り込むつもりだが、向こうはこっちに気が付けば間違いなく殺す気で来る。警戒はいくらしてもしすぎということはないだろう。
多くの者が俺と同じ考えのようで、辺りは沈黙に包まれる。
暗視スキルを使ってはいるが、それにしたってあんまり好条件とは言い辛いな……
「……おい、ヴァイオレット……」
沈黙に耐えかねたのか、クラインが口を開いた。
そのクラインの言葉が、終わらないうちに、事は起きる。
「ああああああああああ!!」
「……ッ!?」
悲鳴が響き、周囲を、動揺と恐怖が支配する。
あの声は……確か聖竜連合の奴だ!!
「なんだ……!? お、おい、ヴァイオレット、何が……!?」
「落ち着けクライン! ギルメンの安全を最優先に考えろ!!」
慌てるクラインに、叫ぶ。
俺はあくまで身一つだが、クラインはギルドリーダーとして、仲間の命を守らなければならない。
俺自身の事は、俺自身で何とかできるようにしなければならない。
その時、俺の索敵スキルに、プレイヤーの反応が見受けられた。
数は……二十、いや、三十……!?
「気をつけろ、来るぞ!!」
俺が叫ぶが、周囲からは討伐隊のプレイヤーの悲鳴が多く聞こえてくる。糞、どこかから情報が漏れていたのか……!?
「――――ッ!?」
周囲を見回そうとするも、ついに俺にも襲いかかってくる奴が現れた。両手用大剣を装備したプレイヤーだ。
体を回転させて敵の斬撃を回避すると、刀身にデュアルペンデュラムβをぶち当てる。おそらくかなり耐久値が減少していたのであろうその剣は、いとも簡単に折れた。
そのまま相手の腹に左こぶしのストレートをお見舞いすると、蹴りとばして意識を別の敵に向ける。
「クライン、無事か――――!?」
周囲はいつの間にか灯りがともされており、洞窟内ではあるが、かなり明るくなっていた。
だが、入り乱れる討伐隊とラフコフ双方のプレイヤーで、誰がどこにいるのかさえもう分からない。
遠くでひときわ大きな悲鳴と、耳障りな消滅サウンドが聞こえた。
「……ッ!?」
誰かが……死んだ!?
誰だ、敵か!? 味方か!?
だが、それを確認する暇もなく、俺にも多くのラフコフのメンバーが向かってくる。
「おい藍色ォ!! よそ見してる余裕ねぇぜぇ!!」
「糞……!!」
斧を振りかぶってくる巨漢の一撃を回避すると、斧に向かって重単発ソードスキル《ヴォーパル・ストライク》を放つ。
斧をへし折ると、飛びあがって巨漢の顔面に蹴りを入れて押し倒し、さらにもう一発かかと落としを入れる。
「畜生……!! もう無力化どころの騒ぎじゃない……!! 皆自分の身を守るのが精いっぱいで、生かして捕まえるなんてできるわけがない!!」
言いながら、ダガーを扱う比較的大柄な男の右腕を斬りとばす。HPが半分程度まで減少したのを見て、顔面と腹に一発ずつ蹴りを入れて、更にHP残量を減らし、再起不能にする。
索敵スキルに反応するプレイヤーの数が、さっきと比べて5つ前後少ない。かなりの速度プレイヤーが死んでいっている――――!!
「「「くたばれええええ!!」」」
各々の武器を振りかぶってくる3人の攻撃を、最初に二撃は回避し、最後の片手剣攻撃をいなす。
そのまま片手剣をへし折ると、驚愕して動きが止まった剣の持ち主を掴んで放り投げ、もう一人に当てる。最後の一人が放ってくるソードスキルを剣で
とりあえず、俺に攻撃をしてこようとしていた奴は全員片づけたか――――!?
「……やっぱり強いな、ヴァイオレットは」
これだけの喧噪のなかで、その声は何故か俺にはっきりと届いた。
その声の主に、俺は口を開けて驚いた。
アイツがこんなところに、しかもこんな立ち位置でいるなんて、思ってなかった。
「な……」
「全員下がって別の奴の相手をして。彼は僕が相手をしよう」
「なん……なんで、お前がここにいるんだよ……」
ソイツは、49層のあの森で出会った奴だった。
一緒にオレンジギルドと戦った。
一緒に双剣獲得のクエストをした。
一緒にクエストクリアを祝って高級料理を食べまくった。
短かったけど、確かに俺達は仲間だった。
なのに、なんで、なんでお前が――――!!
「何でお前が《ラフィン・コフィン》にいるんだよ……シエル!!」
ソイツは――――シエルは、《デュアルペンデュラムα》を携え、俺の前に立っていた。