ソードアート・オンライン 《Violet Knight》 作:黒炉
今回のボスモンスターを討伐するにあたって、参加メンバーが集められた場所は第6層の居住区《コースアリア》だった。
コースアリアは他の居住区の街と比べると、恐ろしいほどに冒険に必要なショップが少ない。かろうじて白髪の老人の営む露天商があるが、そこに置いてあるものも基礎的な回復アイテムばかりで、新しい層へとたどりついたことでより強い装備を手に入れられると意気込んでいた大多数のプレイヤーをプチ絶望で迎えたのがこの街だった。
ただし、街の中を探索していくうちに、コースアリアは面白い街であることが分かった。それは、とにかく食料関連のショップが多いということだ。
SAO世界において、人間が持つ生理的欲求の内、現象として出力されるのは睡眠欲と食欲の二つのみだ。まぁゲーム内で夜の営みなんてのもなんか変な感じがするし、さすがにそこは重要じゃないと茅場晶彦も考えたのだろう。
ちなみにこの世界、恐ろしいほどに娯楽がない。雑魚との戦闘を娯楽と割り切れれば良いが、始まりの町周辺のイノシシにも怖がるようなプレイヤーにとっては現実よりも現実的な問題に直面する。
睡眠欲は寝ればおさまる。実はこの世界、食べなくても餓死することはないので空腹感を我慢できれば食べる必要はない。が、そんな超低燃費人間がいるわけなど無いのだから、必然的にこのゲーム世界における娯楽は食べることのみとなった。
ちなみに始まりの町にとどまるようなプレイヤーはモンスターを倒せずにいるせいで金がなく、日々の食費をどうにか稼ぐのが限界だそうです。
そういうわけで、コースアリアのような食事に関して発展した街というのは、精神を削りきった攻略組のプレイヤーにはある意味もっともありがたいものなのだ。
「ヴァイオさんが食に関して異様に関心を示す食いしん坊さんなのはわかりましたから、ちゃっちゃと食べて早く広場に行きましょう。おいてけぼりならヴァイオさん一人でなってください」
「あ。傷付くなぁ、そういうの」
「傷つく心、あったんですか?」
「あるわ!!」
ボスが大量のアイテムや金(この世界ではコル)を落とすと見込んで、俺たちは有り金のほぼ全額を食事につぎ込んだ。腹が減っては戦は出来ぬ!的な感じで。
ちなみに俺はぺペロンチーノ(らしいもの)を、ユウナはクラムチャウダー(のようなもの)を頼んだ。のだが……
「ヴァイオさん。これ、クラムチャウダーなのにしじみっぽい物が入ってます」
「おいおいマジかよ。つーかぺペロンチーノなのにニンニクじゃなくて普通の肉らしいものが入ってるんだけど」
「「はぁ……」」
二人でため息をつく。
この世界、娯楽が食事しかないのにその食事で食べる料理が――――特にNPCレストランは――――かなり雑なのだ。そのせいで、こうやって見た目が似てる物や名前が似てるものがちょくちょく混入している。
「まあ文句を言ってもしょうがねぇ。さっさと100層を突破して、現実に戻って美味いもんを食う方が絶対いい」
「えへへ、こう見えても私、料理得意なんですよ?」
「……それは俺たちがリアルで会うってことか?」
うーむ、正直それは勘弁願いたいなぁ……。うちの母親、姉さんとこのイヤミオバサンそっくりでやれ家系がどうだのやれ成績学歴だの、人をまるで自分のステータスのように言うもんだからマジで腹が立つんだよなぁ。誰かあんな母親の息子が人のために頑張ってるなんて偉いねと褒めてください。
というより話し振っといてなんだけど、まだ第6層だし。クリア当分先だし。
「あれー? いいんですかヴァイオさん? リアルで私の超美少女っぷりをその目に焼き付けなくても?」
「今焼き付けてるからいい」
「って、何じろじろ見てるんですか!?」
そう言ってユウナは自分の胸部を両腕で隠す。
いやいや、そんな野菜や魚を切る為の木製の板で欲情しませんよ。それは調理のための道具であって、決して揉むためのものではない。
「……ヴァイオさん。ボス戦中にうっかり体全体が滑って首を刎ねてしまっても問題ありませんよね?」
「すんませんマジ勘弁してください」
たとえ心の中であろうとも、この話題は二度と出すまい。
☆
食事を終え、コースアリアの中心にある広場に行くと、既にかなりの人数のプレイヤーが集まっていた。
「わぁ……!! 凄いですよヴァイオさん!! こんなにたくさんの人が!!」
「こりゃかなり多いな……。片っ端から声掛けまくってたってのは本当だったのか……」
思わず感嘆の声を漏らしてしまう。
軽く見ても、70人はいるだろう。一度にボス部屋に入れる人数が49人で、交代制で攻めるときはその倍で98人で攻めることが多い。
こりゃ過去最高レベルの大規模攻略になるかもな。
「ヴァイオさん、皆強そうですけど、私たちも頑張りましょう!!」
「出来れば安全圏で応援に徹したいんですけどね」
トッププレイヤーたちと比べるとレベル的にも装備的にも見劣りするのであまり目立ちたくないのが本音だけど、かといって後ろで雑魚が利しててもお宝はもらえない。うーん、悩ましい。
とてもトッププレイヤーを目指すものとは思えないレベルで悩んでいると、俺たちの前に立った男が何やら呟いた。
「戦力にならない子供まで呼ぶとは……シンカーの奴は何を考えている」
さりげなく戦力外通告されたけどそこは大人らしく我慢する。どんなMMOでもこういう嫌味なプレイヤーはいるものだ。それは本物の命がかかったデスゲームでも同じのようだ。
んでもってせっかく俺が華麗に無視したところを、何故かユウナが食いついてしまった。
「戦力にならないなんて、なんで決め付けるんですか。私たちと同じくらいの人なんて、ほかにもいっぱいいますけど」
「ユウナ、こういう嫌味なプレイヤーは何処にでもいるんだよ。こういうのは無視が一番手っ取り早い」
事実なのでストレートに言ってやる。
SAOにおいては、カーソルを多プレイヤーに合わせても素っ気ないHPゲージが表示されるだけで、キャラネームもステータスもHP数値も表れない。つまり、相手の強さを見抜こうと思ったら、装備で判断するしかないのだ。当然今はまだ序盤。スキルを限界まで上げてる奴なんて存在しないし、装備だって中層プレイヤーとトッププレイヤーでも大差はない。つまり、今のところ所見で相手の実力を見抜くのはほぼ不可能なのだ。
ここに呼ばれてる時点でおそらくこの男もそのことを知っているはずだ。つまり、この男は単純に俺たちみたいな子供プレイヤーをからかって遊んでいるだけか、子どもというだけで戦力外と見くびっているかのどちらかだ。実際にそんなにレベルが高いわけじゃないのは置いておくけど。
「ガキが。お前らなど、最後まで生き残れずにのたれ死ぬに決まっている」
「ユウナ、圏内PKの方法ってあったっけ」
「落ち着いてくださいヴァイオさん。怖いです」
おっといけない。こういう奴は無視するのが一番だっけ。
「それよりおっさんさ、自分の心配した方がいいんじゃない? 同じパーティの奴らとミーティングしなくていいの? それともぼっちとか?」
「ぐ……」
あれ、半分以上冗談だったのに図星?
まあ、こういう陰険な性格してる奴はPK集団にも入れないからなー。ぼっちぼっち。
言い返せないのかかなり悔しそうな表情を浮かべる男。これがユウナだったらもっと苛めたくなりそうだ。
「それに、私は死にませんよ。ヴァイオさんが守ってくれますもん」
「何気に不死存在から俺を除外してんじゃねえよ。せめて『達』をつけろ」
「ぐ……!! 貴様ら、覚えていろ……!!」
存在無視のコントという追撃を喰らった男は、苦虫を噛み潰したような表情で人ごみに紛れて言った。
「ああいう三下のセリフ吐いて逃げる人にだけは、絶対ならないでくださいね、ヴァイオさん」
「どうすれば俺がああなるんだ……?」
いつまでも駄弁っていられないので、話をここで切り上げる。
第6層のボスモンスターについては俺達には異常
ユウナに必ず離れすぎないように、最低限お互いをサポートできる距離を保ちつつ戦うよう伝える。どうせメインで本命のボスキャラと戦うチャンスは少ないのだから、雑魚を倒しまくって安いアイテムを大量にかっぱらった方がかえって得になりそうだ。
そういうわけだから今回は経験値稼ぎに集中した方が……とユウナに言おうとした所で、ユウナの後ろに立っている男に気がついた。
「……誰?」
「ああ、済まない。僕はシンカーという者だ。よろしく」
「うわぁ!?」
ユウナさん、驚きすぎです。
本来は必要ないはずの、ぜぃぜぃという呼吸音を響かせながらミニト○ロもびっくりのスピードで俺の後ろに隠れるユウナ。だから驚きすぎだと……
「あはは、驚かせちゃったかな」
「いや……大丈夫だけどさ。それよりシンカーって、さっきの奴が言ってたけど」
「ああ、今回の討伐メンバーはほとんどが僕が声をかけたプレイヤーなんだ」
後ろでユウナも『私もこの人に誘われました』と言っている。なるほど、それで『子供まで』か。
「アイツはクラディール。悪い奴じゃないんだ、許してやってくれ」
「まぁ、別に気にしてはいないけどさ。いいのか?俺たちはボスと直接戦う気はあんまりないんだけど」
「僕が声をかけたんだ。気にかけるくらいはいいだろ?」
人当たりの良さそうな笑顔でシンカーは答える。本当はこういう奴こそ裏で平気でPKする奴って場合が多いから気をつけた方がいいんだけどな……。悪いプレイヤーのお手本さっき見せられちゃったせいで、どうにもなぁ……
「それに、出来れば君たちにも『軍』に入ってもらいたいしね」
確か『軍』というのははじまりの町を拠点にした大型ギルドみたいなものだったと記憶している。
確かに安全性は増すだろうが、個人の取り分が少なくなるギルドプレイは俺好みではないし、多人数で挑むクエストをソロでクリアすることこそが俺がMMOをやる理由でもあるのだ。ユウナは例外だけど。
「しばらくは大型ギルドには用はないかな。少人数プレイに飽きたら考えなくもないよ」
「手厳しいな。君は将来強くなるような気がするよ」
「社交辞令だろ、どうせ」
「だとしても、僕はこの世界で、もう誰も死なせたくないのさ。他にも話したい奴は沢山いるから、失礼するよ」
そう言うと、シンカーもクラディールと同じように人ごみに紛れていった。
確かにいい奴っぽくはあったが……やっぱり大型ギルドはなぁ……。
「む。ヴァイオさん、ヴァイオさんはずっと私と二人でパーティを組むんですっ」
「はいはい。そうできるように精進しますよ」
二人パーティでも問題ないくらいに強くなれ、という意味だと受け取ったのだが、ユウナはなぜか隣で『そういう意味じゃないのに……』と呟いていた。はて? 俺何か間違ったこと言ったかな?
またぷくーっ、と頬を膨らませるユウナ――――そろそろ命名したくなってくる――――に手をひかれ移動する。その時、視界の端に、とある女性プレイヤーが目に入った。
「明日菜……姉さん……?」
一瞬、俺が姉さんと慕う女性――――実際には従姉――――結城明日菜が居たようないがした。
「……気のせいか?」
……冷静になってみれば、明日菜姉さんがSAOにいるわけないか。
姉さんは別に俺たちみたいなネットゲーマーでもないし、俺の話を聞いてくれてるときは別だけど、普段は一族でもトップレベルの優等生だったんだ。そもそもSAOとの繋がりがない。
きっと、他人の空似だろう。
「どうしました? ヴァイオさん?」
「いや、何でもないよ」
「……さては、女性プレイヤーにいやらしい視線を向けてましたね?」
どんだけ感鋭いんですかこの子。
「そんなわけないだろ」
「……ならいいですよ」
なんでユウナがこんなに不機嫌なのかは分からなかった。
第6層のボス部屋攻略開始まで、あと10分―――――――――――――。
「藍人君――――――?」
とあるプレイヤーが、俺のリアルネームを呼んでいたことに、俺は気がつかなかった。
クラディールより登場が遅い正主人公。