ソードアート・オンライン 《Violet Knight》 作:黒炉
ヴァイオレットの物理魔法が、宙に浮いたクレバスを爆殺していた頃。
ヴァイオレットが20秒で事足りたと呟いたように、テトもまた、想像を超える速さでVOLT――――ボルトを倒していた。
こちらのばあいは、まだHPを最後まで削りきったわけではないのだが。
「ぐ……」
「やっぱり強いなぁ、ヴァイオ君は。ホントに初心者とは思えないよ。まったく、どこで物理魔法スキルなんか上げたんだか」
クレバスとの距離を謎幼女によって一気に離された後は、テトの独壇場だった。
ボルトは殆ど抵抗らしい抵抗もできないまま、スタン効果のあるテトの攻撃を喰らって動きを止められ、そのままねじ伏せられているのである。
「(あと……10秒ほどでスタンが解ける。そうしたら……!)」
「あ、そろそろスタン解けるだろうから、殺しとくね」
スタンの解除と同時に反撃するという僅かな勝利の可能性に欠けるボルトだったが、超が付くほどの熟練プレイヤーであるテトがそんなミスを犯すわけがない。
結局、何の抵抗も出来なかったボルトの喉を、《スタニング・ファタルラルド》が貫いた。
「おー、えげつねー」
プレイヤーとの初戦闘を勝利で飾り、若干機嫌のいいヴァイオレットが近付いてきて、棒読みで呟いた。
クレバスとボルトが、お互いにお互いをサポートしながら連携を取って戦うことを得意としていたのなら、ヴァイオレットとテトは全くの逆だった。
二人は熟練のプレイヤーゆえに、自分の戦い方というものが確立している。お互いのそれを邪魔しないために、離れて戦うことで、個としての真価が発揮されるのだ。
そうなると、ペアでいる意味を全く感じなくなるように思えるが、実際はそうではない。
危機対処能力の高いヴァイオレットが特攻して敵の手の内を明かさせ、知識のあるテトが戦術を導き出すというさっきの偶然の戦法は、手段としては成立するのだ。
ただ、ヴァイオレットが敵の反撃に耐えきれなければ、それでおしまいだが。
「まったく、いきなり特攻とかバカな真似しないでよね」
「ははは……悪い悪い。前いたタイトルじゃ、魔法はもっと発動に時間のかかるモンだったからさ。つい癖で突っ込んじまった。次は気をつけるよ」
「もう……」
反省しているのかしていないのか、無邪気に笑う顔を見て、テトは怒る気になれなかった。
SSOの魔法高速戦闘であの対処能力なら、本人が前いたタイトルでは敵なしだったに違いない。
彼がSSOにコンバートしてきたのは、もう敵がいなくなってしまったからなのだろうか……?
そんな考えが一瞬テトの脳裏をよぎる。だが、それをすぐに払うテト。
「(あんまり人の過去を詮索するのは良くない。それは、私が一番されたくないことだし……されたくないことは、しないようにするべきだし)」
テトは余計な考えを払拭し、自身の体を少し抱きしめた。
《テト》の身体には火傷の痕なんてない。どころか、傷一つない、美少女そのものだ。
だが、《五条美海》の身体には火傷の痕があるし、何より、美海の精神そのものに傷跡がある。
見た目で悟られなくても、素振りでそれを悟られてはいけないのだから、余計なことは考えないべきだ。
「テト……? おい、大丈夫か?」
「え……?」
ヴァイオレットに声をかけかれて、振り返る。
突然自分を抱き締めだした姿を見て、心配してくれていたようだった。
「気分悪いなら、一度落ちてもいいんだぞ? つっても、落ちれるか分かんないけど……」
「だ、大丈夫。別に、そういうのじゃないから。ただ……」
「ただ?」
聞き返されて、テトは言葉に詰まった。
言ってもいいかもしれない、と。この人になら、自分の事を話してもいいかもしれない、と。
そう考えて、やっぱりそれはないな。と、テトは自身の考えを払拭した。
ヴァイオレットは、親しみやすい、心を開かせる才能のようなものを持っているのかもしれない。けれどそれは、なんでもかんでも彼に話していいというわけではないのだ。
第一、いきなり『私の全身には火傷の痕があるの』と言われたところで、ヴァイオレットだって困るに決まってる。
そうやって、テトは嘘をつく事にした。
「ううん、何でもないよ。全然、大丈夫だから」
「そうか……? まあ、そう言うならいいけどさ。何かあったら言ってくれよ。可能な限り、力になるから」
ヴァイオレットはそう言って、メニューウィンドウを開き、自身のステータス欄を操作し始めた。
可能な限り、力になるから。
その言葉を聞いて、テトの『話さない』と決めたはずの心が揺らいだ。
じゃあ、あなたは私のこの傷を癒してくれる? と。
そう、聞きたくなった。
「……なんだよ?」
テトの視線に気づいたヴァイオレットが、いぶかしんだ様子で聞いた。
テトは答えることなく、ヴァイオレットにもたれかかる。
「お、おい……?」
「ごめんね、ちょっとこのままでいさせて」
「……」
また何かされるのではないかと、警戒するヴァイオレット。だがテトの声色が、自分をいじる時のそれとは全く異なっていることに気づく。
対戦が終わった後は、その場で数分間、休憩の時間が当てられる事は、テトから聞いていた。
幸い、ヴァイオレットは休憩が必要なほどには消耗していなかった。
「……分かったよ、このままでいい。何かあるなら、ちゃんと言えよ?」
「うん……ありがと」
細く呟くテト。
ヴァイオレットは、力なく自分に寄り掛かってくるテトの頭を、右手でそっと撫でた。
テトに何があったのかは分からないし、どうしてこんな風になってしまっているのかも分からない。
話してほしいとは思うけど、無理やり聞こうとも思わない。
ただ、自分にも、こんな風に誰かに寄り掛かりたかった時期があったことを思い出すだけだった。
誰かに寄り掛かられたのなら、支えてあげられるようになると決めたこともあったなと、思い出すだけだった。