ソードアート・オンライン 《Violet Knight》   作:黒炉

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静波さんありがとうございました!


第67話 デスゲーム

 「え……せ、切断? なんでカストールが……?」

 

 「知ってる奴か!?」

 

 声を漏らしたテトに、俺は後部座席から乗り出して叫ぶような声で聞いた。

 勿論、本当にただアミュスフィアに異常が起きただけと言う可能性もあるが、逆にいえば、《切断》の文字が、カストールの現実での死を意味している可能性もあった。

 

 「カストールって……さっきの、あのフードと一緒にいた人なの……」

 

 「な……!?」

 

 だとすると、あのフードはまず自分の合い方を殺したってことになるのか……!?

 確かに一番近くにいる――――どころか、同じマシンに乗っているのだから、殺すのは簡単だろう。

 けれど、この大会にはエア・カーでのゴールは原則ペアであるというルールが存在する。

 合い方を殺してしまったら、例え好成績でゴールしても賞品を受け取ることすらできないのだ。

 

 「あっ……!」

 

 「ど、どうした!?」

 

 テトが小さく叫び、俺が反応する。

 リストでは、《テラデール》というプレイヤーが《切断》になっていた。

 こうも立て続けにアミュスフィアが接続不良を起こすことはないので、これで死銃による犯行だとほぼ確定したのだ。

 

 「何なんだ……一体、どうやって……!?」

 

 死銃の正体不明さに思わず漏らし、そして直後に後悔した。

 すぐ隣にテトがいるのに、『一体どうやって』などと言えば、俺が何か知っていると自白するようなものなのだ。

 案の定、テトは俺に疑念の目を向けていた。

 

 「ね、ねぇ……こんなに連続でアミュスフィアの動作不良なんてあるの……? 君、何か知ってるんでしょ……?」

 

 「…………っ」

 

 こうなった以上は、言い逃れも、言いくるめもできない。

 知っていることを話すほかなかった。

 テトは既に操縦をオートにし、視線をこちらに向けている。

 俺は、言おうかどうか迷い続けたそのことを話すために、重い口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヴァイオレットの口から放たれた言葉は、衝撃的という言葉以外では表しようのないものだった。

 今までに分かっているだけで6人、もしかしたらそれ以上の人間が、ゲーム内から殺されていること。

 そして、その犯人として最も疑わしい人物が、今まさにこの大会に出場していること。

 殺しの手口が分からない以上、テトにヴァイオレットにも、無慈悲なほど平等に死の危険があるということ。

 

 「そ、そん、なの……」

 

 「今まで黙ってて、悪かった。……確証もないのに、テトに怖い思いをさせたくなかったんだ」

 

 そう言ってヴァイオレットは、確証を得てからでは遅かった、と付け足した。

 そう、遅すぎたのだ。

 死銃による犯行は既に始まっていて、しかも既に二人が死亡。犯人のキャラクターネームすら分からない状態だ。

 詳しい事情を知らない一般のプレイヤーは、二人の回線切断を《不運と偶然が重なった》としか認識しないだろう。

 既に敗退が確定している30数名のプレイヤーと違って、のこりの20名ほどには未だに死の危険が付きまとっている。その中には、テトも含まれているのだ。

 いつ死ぬか解らない。その恐怖が、テトの心を一気に支配した。

 なまじ一連の事件の一つ――――ハイランカーのメイジが獄炎に焼かれ死んだ時の事だ――――を知っているせいで、テトの恐怖は余計に加速した。

 テトがはっきりと覚えていた時刻と、ヴァイオレットの情報が一致したことで、その戦闘も死銃がらみだと断定されたのだ。

 

 「……すまない。もっと早くに――――君とコンビを組んだその時に、少しでも話しておくべきだった。そうすれば……」

 

 「……そうすれば、なんなの?」

 

 それまで明らかな動揺を見せていたテトが、険しい声で聞く。

 ヴァイオレットも、思わず慄いた。

 

 「そ、そうすれば、君には選ぶことも出来たって……死銃と対面することなく、この大会にも参加しないって選択もできたんじゃないかって……」

 

 「……そうだよ」

 

 すこし詰まりながらも話すヴァイオレットに、テトは低い声で呟いた。

 ヴァイオレットの言うとおり、もっと早くにこの事を知っていて、少しでもその可能性を示唆する何かがあったのならば、臆病なテトは――――美海は、危険な大会になど絶対に参加しなかった。

 たかがゲームに賭けられるほど、自分の命は安くない。

 今ここで死んで、アイドルとして金を稼ぐことができなくなれば、ある人――――火事の後、未だに目を覚まさない弟の面倒を誰が見るというのだ。誰が入院費を払うというのだ。

 家も親も失って、それでもギリギリで手放さなかったたった一人の家族を、ゲームで死ぬなどと言うバカげた形で手放せるわけがない。

 

 「君が、もっと早くに行ってくれればこんなことにはならなかった! 私がこんな思いを、あのときみたいな思いをすることもなかったのに!」

 

 あのとき。家が火事になり、焼死体となった親を目の当たりし、“死”をはっきり認識した時。

 勿論、美海の事を知らないヴァイオレットがそのことを知っている訳がない。

 どころか、自分がさっき言ったことも、単なる奴あたりでしかないことくらい、美海は分かっていた。ヴァイオレットと関わらなければ、そもそも死銃の事を知ることすら出来ずに死んでいた可能性もあったのだ。

 それでも、美海は言うしかなかった。

 幾度となく自分に迫ってくる理不尽な死に。

 心の安らぎを求めてやってきたVRゲームに殺される理不尽さに。

 

 「こんなの……こんなのってないよ……」

 

 「……ごめん。俺の勝手な都合に、君をまきこんで……」

 

 「なんで……なんで、ゲームなのに、死ななくちゃならないのよ……そんなの、《あのゲーム》だけで十分なのに……」

 

 テトが呟いた時、僅かにヴァイオレットが顔をしかめたが、テトはそれに気が付くことはなかった。

 代わりに、ヴァイオレットが口を開く。

 

 「……その言葉を、何度も聞いてきた」

 

 「え……?」

 

 「どうしてゲームなのに死ななくちゃならないのかって……そう思って、考えて、でも何も答えを出せずに、4千人もの人間が死んだんだ」

 

 4千人。

 その数字が何を意味するのか、倉出を知るテトにはすぐに分かった。

 ゲームオーバーが現実での死を意味する伝説のVRMMO――――《ソードアート・オンライン》の死亡者の数だ。

 そして、ゲームでどうして死ななければならないのかという言葉を何度も聞いてきたということは、つまり――――

 

 「あなた……元SAOプレイヤー……?」

 

 「今は、《SAO生還者(サバイバー)》って呼ばれてるらしいけどな……」

 

 表情を変えず、暗い声でヴァイオレットはそう答えた。

 元SAOプレイヤー。本当のデスゲームを生き延びた者。

 その事実は、テトを更に怒らせた。

 

 「なんで……だったらあなたは、デスゲームの恐怖を……死の怖さを知ってるんでしょう!? ならなんで教えてくれなかったのよ!」

 

 抵抗する暇も与えずヴァイオレットに掴みかかる。そして、力いっぱい殴ってやろうと拳を構えた。

 その拳は、ドスッ!という低い音を立てて、ヴァイオレットの幼くも美しい顔に突き刺さった。

 そして、拳を振りぬき、もう一度ヴァイオレットを睨みつけたテトは言葉を失った。

 ヴァイオレットの表情が、苦痛と後悔と恐怖に満ちたものだったからだ。

 

 「ああ……知ってるよ。すげぇ怖いよ。いつ死ぬかわからない、いつ大切な人を失うかもわからない。そんなのが怖くねぇ訳がねぇだろ!! 俺だってあの世界でいろんなものを失ったし、いろんなものを奪ってきた!! 人だって殺した!! それがどれだけ怖くて、どれだけ辛いものか死にたくなるほど分かってるのに、それを簡単に人に植え付けられるわけねぇだろ……!」

 

 「………!!」

 

 悲痛な声で言うヴァイオレットに、テトはようやく、客観的に見て自分のやっていることが無意味勝つ最低なものであることに気が付いた。

 確かにヴァイオレットの告白は、遅かったかもしれない。もっと早ければ、少なくともテトの安全はもっと確かなものだったかもしれない。

 けれど、それでも、ヴァイオレットは危険を知らせてくれた。死の危険を教えてくれた。

 殺しの手口が分からない以上、ヴァイオレットにも死の危険がある――――怖くないはずがないのだ。ヴァイオレットだって、いつ死ぬかわからないのだから。

 それでも、彼はきっと何かを背負ってここにいるのだろう。

 激情に任せて喚き散らす自分とは違って、何か大切なものを守るために――――。

 

 「……ごめんなさい。何も考えずに、無神経な事を言って…」

 

 「いや、いいんだ。結果的に、俺がテトを危険な目にあわせたことに変わりはないんだから」

 

 そう言って、優しく微笑むヴァイオレットに、テトは打ちのめされた気分になった。

 何も考えずにキレた私に、まだ笑ってくれるなんて……と。

 同時に、紛れていた死に対する恐怖がこみ上げてくる。

 一度死の危険を身近に感じたからこそ、死にたくないという思いが強まった。

 

 「………」

 

 両肩を自分の腕で抱き、すこしオーバーに出力される震えを何とか抑えようとする。

 その時、ヴァイオレットの細く、小さな腕が、テトの体を包み込んだ。

 その腕と胸は、アミュスフィアによって再現される体よりも、ずっと大きいような気がした。

 

 「大丈夫……俺が君を守るよ。俺が生きている限り、俺の仲間は誰にも殺させやしない。俺はもう、誰も失わないって決めたんだ」

 

 いつもなら、生意気な事を言う幼女にテトが軽口を返すところだった。

 ステータスパラメータではともかく、スキル熟練度や実戦経験はテトの方が圧倒的に上なのだから。右も左もわからないような新参プレイヤーに守られるほど、自分は弱くないとテトは自負していた。

 けれど、この場合はそんなもので強さが決まるのではなかった。

 重要なのは、意思の強さ。

 何があっても守り抜くという、ヴァイオレットの想いの強さは、ボロボロになったテトの心とは比べ物にならないくらいに強かった。

 だから。

 

 「……うん。お願い、私を守って」

 

 テトが、よわよわしい声でそう答えたのも、自然と言えば自然だった。

 今まで誰かに寄り掛かることが出来なかったテト(美海)は、その分だけヴァイオレットに寄り掛かりたかった。

 

 「ああ……任せとけ」

 

 静かに呟かれたその声は、今まで美海が感じたこともない強さを内に秘めていた。

 もう一度、テトがヴァイオレットの胸に顔を埋めようとする。

 その瞬間だった。

 

 「……!?」

 

 ドンッ!!という爆音とともに、周囲の岩山が爆発し、砕け散った。

 勿論、フィールドオブジェクトが勝手に爆発などするわけないので、誰かが何かをしたがゆえに起こった現象だ。

 

 「……もう来たのか」

 

 忌々しげにつぶやいたヴァイオレットとともに、テトが後方に視線を送る。

 そこには、既に2人――――あるいはそれ以上――――の人間を殺した、あのフードが迫っていた。

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