ソードアート・オンライン 《Violet Knight》 作:黒炉
1月の、須郷伸之が画策した人間の魂を制御するという非人道的実験の発覚以来、一度は衰退するかと思われたVRMMOだったが、茅場晶彦がキリトに託した《ザ・シード》によって、VRMMOは危機どころか以前以上の発展を遂げた。
《ザ・シード》――――世界の種子とは、かつてSAOを自立制御していた《カーディナル》システムを、もっと小さなサーバーでも扱えるようにダウンサイジングし、さらにゲームコンポーネントの開発支援環境をパッケージしたものだ。
分かりやすく言うと、誰でも簡単にVRワールドが作れちゃうよキットなのである。
エギルとその関係者によって、完全に危険がないことを証明されたそれは、全世界にアップロードされ、完全フリーなダウンロードソフトとして、個人企業を問わず誰でも落とせるようになった。
須郷の企みによって運営中止まで追い込まれていたALOは、プレイヤーでもあったいくつかのベンチャー企業の関係者が共同で立ち上げた会社が全データをほぼ無料で譲り受けた。プレイヤーデータは完全に引き継がれ、ゲームをやめた者は全体の1割にもならず、シルフの領主サクヤと、ケットシーの領主アリシャ・ルーが言うには、その2種族内では離脱者は0だったらしい。その最も大きな原因は、やはり世界樹攻略による結束だったのだろう。
《ザ・シード》によって生み出されたいくつものVRMMOタイトルは、同じザ・シードによって生み出されたゲームにキャラクターデータをコンバートできるという仕組みがある。
今回、キリトとヴァイオレットが使ったのもそれだった。
☆
広大な妖精たちの国、アルヴヘイム。
ヴァイオレットやユウナ、シリカ、そしてキリトやアスナたちがプレイしているVRMMO《アルヴヘイム・オンライン》の舞台となっているその世界には、《世界樹》と呼ばれる巨大な樹がある。
妖精たちの翅を持ってしても雲の上さえ到達できないその樹の上空にある、イグドラシルシティ。
その一画、アスナとキリトが共同で借りている部屋が、今日の皆の溜まり場だった。
だが、その中に楽しんでいる、といったような表情の者は一人もいない。
「さあ、クリスハイト、教えて。一体何が起きてるの?」
今は
同じくウンディーネのクリスハイト――――菊岡誠二郎は、たじろぎながら頭を手で掻く。
「教えて、か……。何から何までとなると、ちょっと時間がかかるんだよ」
「だったら、その役は私が変わります」
そう言ったのは、かつてSAOでキリトとアスナの子供だった――――そして今は、キリトのプライベート・ピクシーでもあるユイだ。
ユイは、ネットにある情報から調べ上げた、《死銃》や《ガンゲイル・オンライン》についてを話した。
そもそも事がここまで騒がしくなったのは、《GGO》で開かれている《バレット・オブ・バレッツ》――――BoBのライブ中継に映った、あるアバターの放った一言だった。
《イッツ・ショウ・タイム》。
その言葉に攻略組だったアスナとユウナ、クラインが反応し、クラインの口から出た悪魔の殺人ギルドの名によってリズベットとシリカが青ざめた。唯一事情を知らないリーファだけはキョトンとしていたが、シリカにラフコフの存在を教えてもらうと、キリトがGGOに現れたその存在を知っていたのではないか、と言った。
そこでアスナが、リアルの菊岡に直接連絡を取って、ここまで呼び出したというわけだ。
ユイは、ネットから集めた情報から、《ゼクシード》と《薄塩たらこ》という二人のプレイヤー、そして、さっき死銃に撃たれた《ぺイルライダー》が既に 現実で死んでいると結論付けると、疲れたようにグラスにもたれかかった。
それをアスナが優しく胸に抱き、「ありがとう」と言って撫でる。
アスナは、語られた内容が予想以上に重大だったことにショックを受けていた。それは他の面々も同様だった。
クリスハイトが、穏やかな声で沈黙を破る。
「……そのおちびさんの言うとおりだ。《ゼクシード》と《薄塩たらこ》は、ゲーム内で撃たれたまさにその時刻に、急性心不全で死亡している」
そう言ったクリスハイトに、クラインがつっかかる。
「じゃあ何か、クリスの旦那よ。テメェがキリトのバイトの依頼主だってんなら、テメェはそこに殺人事件の犯人がいると分かっててアイツを送り出したってのか!?」
物凄い勢いで跳びかかろうとするクラインを、ユウナとシリカが抑える。
本当のことを言えば、キリトをそんなところに送ったこの男をぶちのめしたい気持など、全員が持っているのだ。
「待ってくれ、クライン氏。
「あ、藍人君……?」
クリスハイトの口から突然出た藍人の名前に、アスナ達が一瞬、首をかしげる。
動きを止めなかったのは、ユウナとシリカだった。
「そうなんです、アスナさん。……クリスハイト。あなたは《ガンゲイル・オンライン》と同じザスカーが運営する《スペルストリーム・オンライン》にも、死銃と同じことができる力を持ったプレイヤーが現れることを知っていた。そして、GGOはキリトさんに、SSOは藍人さんに調査に行かせたんですよね?」
「……驚いたな。そこまでばれたんだ」
「藍人の部屋に、SSOのパッケージがあったんです」
シリカの一言にクラインとリズベットが「勝手に入ったのか……?」と呟いていたが、ユウナもシリカも無視することにした。都合の悪いことをわざわざ露呈させる必要もない。
クリスハイトは降参と言わんばかりに両手を上げると、ゆっくりと話し始めた。
「そうだよ……。SSOの方でも、死銃と同じ力を持つプレイヤーがいたんだ。そして二人の死銃が同一人物なのかどうか、もしそうならどうやって殺しているのか。その調査を彼らに頼んだんだ。だってさ、ナーヴギアならともかくアミュスフィアに人の脳を気づ付けることは出来ない。ましてや、アミュスフィアと繋がっていない心臓なんて、手の出しようがないだろ?」
「それは……」
ユウナは下唇を噛んだ。
藍人は、SAOのころからそうだった。
危険があると分かれば一人で生き、優奈を決して連れて行こうとはしない。
画面に映ったあのアバターの喋り片や立ち振る舞いに見覚えはないけれど、もしあの夜にヴァイオレットとともにラフコフ討伐戦に参加していれば、憶えていたかもしれない。
こういう大事な時に限って、自分は無力だ。
「バ……ッカ野郎どもが!!」
重い沈黙が空気を包む中、クラインが突然叫び出した。
「アイツら、水くせぇンだよ! 一言言ってくれりゃ、俺はどこにだってコンバートしたってのによ!!」
「それはそうだけど、でも藍人は、そう言うときにあたしたちを巻き込まないようにしようって考えちゃうし……多分、キリトさんも……」
「けどよぅ……」
シリカに言われ、クラインががっくりとうなだれる。
クラインだけではない。この場にいる全員が、何かしらの形でヴァイオレットやキリトに助けられてきた者たちばかりだ。
その二人がピンチだというのに、何もできずにいるなんて、はがゆすぎる。
「……リーファちゃん、キリト君は、自宅からログインしているわけじゃないのよね?」
「はい。都内のどこかとは聞いてるんですが……」
アスナがリーファに尋ね、リーファがそう答える。
そういえば、藍人も自宅にいなかった。クリスハイトの言う時間から考えて、あの時間はSSOにログインしていたはずなのに、とユウナは思った。
藍人も、キリトと同じで、どこか別の場所にいるのではないか、と。
「ユウナちゃん、藍人くんもそう?」
「はい、多分ですけど……」
ユウナにも同じことを尋ねると、アスナはクリスハイトの方へと向き直った。
瞬間、ユウナはアスナが何をしようとしているか理解する。
「クリスハイト。あなたは二人がどこからダイブしているか知ってるはずよね?」
「あ、ああ――――というか、僕が用意したんだ。藍人くんの意見で、ゲーム内と現実で時間を合わせて殺してるんじゃないかっていうのがあったから、それも一応考慮してね。まあ、本人はないと言ってたんだけどさ」
ユウナも、その考えには賛成だった。
その方法を実行するには、まず相手の住所を知らなければならない。
だが、自分の住所を同じゲームをプレイしているだけの赤の他人に話すわけがないのだから。
「それで、二人は何処にいるの?」
「二人ともお茶の水の病院に……あ、別に何かあるとか思ってないからね? 心拍モニターの装置を用意するために……」
「お茶の水!? それって、キリト君がリハビリで入院してた!?」
アスナがクリスハイトの言い訳を遮って叫んだ。
「ああ、そうだけど……」と頷くクリスハイトを殆ど脳内から叩きだして考える。
あの病院なら、今いる御徒町のダイシーカフェからはすぐだ。タクシーを拾えば5分で十分の距離だ。
そしてアスナは、そう気付いた途端、きっぱりと言った。
「私、いきます。キリト君のところに」
「私も」
その場の視線が、一斉に声の主に向けられる。
声の主はユウナだった。
「私も、藍人さんの所に行きます。行ったところで何もできないのは分かってるけど……でも、だからってここで何もしないで待ってるのも嫌だから……」
無力なのは分かっていても、それでも何かせずには居られない。
ユウナのその想いは、また別の少女を一人動かす。
「……あたしも。あたしも、行く」
力強く呟いたのは、シリカだった。
「シリカさん……」
「藍人のところに行って、アイツに一発言ってやらないといけないしね」
そう言って、ユウナとシリカはアスナの方へと向く。
残念なことに、二人はその“お茶の水の病院”というのが何処を指すのか、知らないのだ。
「お願いします、アスナさん。私たちも、連れて行ってください」
結局アスナと同じになってしまった二人……。
何もいい案が浮かばなかった……。