ソードアート・オンライン 《Violet Knight》   作:黒炉

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あーもーうぜーっ!!

最近我が家のネット環境の調子が悪いです。
おかしい……買い換えたばかりなのに……。


第72話 皆の力

 「藍人さん!」

 

 「藍人!」

 

 ここが病院であるということも忘れ、優奈と珪子はほとんど叫ぶような声を出しながら、病室へと飛び込んだ。

 明日菜とともにタクシーに飛び乗り、到着したまでは良かったものの、ユイのお陰で聞かずともキリトの部屋へとたどりつける明日菜と違って、二人には藍人の病室を知る手段が聞く以外にない。

 明日菜は自分の旦那以外のことはもはや眼中にないといわんばかりの勢いで走り去ってしまい、二人は受付で藍人の知り合いであること、事情を知っていることを話し、病室を教えてもらうだけでかなりのタイムロスをしていた。

 それだけに、焦りが生じていた結果だった。

 

 「星川さんに綾乃さんね。話は聞いてますよ」

 

 上半身裸――――体中に心拍数を測定する機械をつけているため――――で横たわる藍人の傍に立つ看護師が、優しい声で言った。

 それらの機会と接続された画面には、ドラマでよく目にする波形のグラフと、【127bpm】の文字が表示されている。

 127――――医学に関してそれほど詳しいわけではない二人にも、それが並みの状態ではないことを示していることは分かった。

 いくらゲーム内で活発に動き回ろうとも、現実の体はずっと横になっているのだから、心拍数など上がるわけがない。つまり、ここまで藍人の心拍数が高い数値を示しているのは、ゲーム内の藍人の精神が高い緊張状態にあるから――――

 それ自体――――ゲーム中に心拍数が上がることはさして珍しい話でもない。

 恐ろしい見た目のモンスターに接近されたり、目の前を刃がスレスレで通り抜ければ、誰だってドキッとすることはある。

 だが、その程度(・・・・)のことが、はたしてあの藍人(・・・・)にありうるのか。

 《黒の剣士》キリトとも肩を並べる、攻略組切っての実力者、《藍色の騎士》ヴァイオレット。

 数々の視線をくぐりぬけ、アインクラッド70層以降のボスを単身撃破したことさえあるあの藍人が。

 そこまで緊張する相手とは、一体――――?

 

 「こんなところで、見てるしかできないなんて……」

 

 珪子は悔しそうに言ってから、下唇を噛んだ。

 本当は、BoBとともに、《MMOストリーム》でSoCのライブ中継もされるはずだったのだ。

 それが、急きょBoBのみの放送になってしまい、SoCはMMOストリームの関連サイト――――のさらにまた関連の、小さなチャンネルで行われることになったのだ。

 そもそも殆どのVRMMOプレイヤーの目がBoBに向いているせいで、そちらを気にしているものはほとんどいない。

 優奈たちももちろんチェックなどしておらず、それがどのチャンネルなのかさえ分からないでいるのだ。

 だから実際には、見ることすら、彼女たちは出来ていない。

 

 「何にも出来ないかもしれないけど……けど、何もしないで終わりたくない……」

 

 優奈はそう言うと、ベッドの上に放り出された藍人の左手をとり、強く握りしめた。

 それを見て、珪子が驚きの表情を見せる。

 アミュスフィアの感覚遮断能力はナーヴギア以下であり、人肌のぬくもりであれば、ゲーム内の意識に届く可能性は決して0ではない。

 だが、それでも意味のある行動には見えない。

 

 「え、ちょ……何してるの、優奈ちゃん?」

 

 「私なんかがこんなことしても、何の役にも立たないのわかってるけど、でも、藍人さんが一人で戦ってるのを何もしないで見てるなんて嫌……! 無駄でもなんでもいいから、想いを伝えるだけでもいいから、藍人さんに何かをしてあげたい……! もう、何もできずに待ってるだけなんて嫌だから……!」

 

 それは、藍人が一人で行って、そして大切なものを失ってきたあの夜の事を言っていた。

 あれから、藍人がふるまいを変えたというわけじゃなかった。一見すれば、それまでと同じか、あるいはそれ以上に元気と言えただろう。

 けれど、優奈はそこに、藍人の我慢を感じていた。

 そして、自分の不甲斐なさも。

 大切な時に一緒に入れなかった。何もしてあげれなかった。力が足りなかった。そして、今も――――

 

 「届くかどうかなんてわからないけど、でも、じっとしてるのだけは嫌なんです……!」

 

 一言一言喋る度に、優奈の藍人の手を握る力が強まっていく。

 もしも藍人が起きてたら、「痛い痛い!」と連呼するのだろうなと思い、珪子は微笑した。

 力不足で、何もできずに見ているだけなのが嫌――――そんなのは、自分だって同じだ。

 近いようで、ずっと遠くにいる藍人をみていることしかできなかった珪子も、同じことを思っていた。

 珪子は気持ちを引き締めると、ベッドの反対側に回り込んで、藍人の右手を強く握った。

 さながら、祈るように。

 

 「珪子、さん……?」

 

 「大丈夫だよ、優奈ちゃん。藍人だもん」

 

 戸惑う優奈に、珪子はこう続けた。

 

 「だって、藍人だもん」

 

 たった一言。

 だから何なんだと言われればそれまでの理由。

 けれど二人には、これ以上心強いことはなかった。

 藍人なら、大丈夫。

 いつもバカだし、決めるところで決めれないけど……それでも、必ずやってくれる。

 二人には、そう確信があった。

 

 

 

 傍で見ていた看護師は、後で目覚めた藍人にこう告げた。

 

 「君の両手を必死に握っていた少女たちは、まるで聖母のようだった」と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 蹴りが豪快な音を上げ、奴が左手に持つ銃を撥ね飛ばした。

 

 「……ッ!!」

 

 俺が繰り出す一閃を、すれすれでブラックが回避する。

 《スペルストリーム・オンライン》のプレイ歴は向こうの方が長いらしく、俺が扱うこの槍――――《スタニング・ファタルラルド》の効果も、知っているようだった。

 対人戦闘――――それも一人で二人を相手にする状況で、完全に身動きが取れなくなる行動不能(スタン)は致命的すぎる。

 それを分かっているからこそ、少しでもスタンする確率を減らすために全力で回避に徹しているのだ。

 だが…… 

 

 「《上級氷結魔法(ブリザード)》!」

 

 「うぉっ……!」

 

 俺の攻撃にばかり意識を割いていては、テトの遠距離魔法攻撃に対応できない。

 テトの場合、俺以上に死の危険があるので、直接戦闘を避けて遠距離からの援護に徹してもらっているのだ。

 

 「っの……!」

 

 「アブなっ……!」

 

 槍による攻撃を避け、ブラックが俺の懐に潜り込みながらナイフを突き出してくる。それを回避。

 リーチではこちらに分があるが、小回りの効きやすさでは向こうに分があるので、あまり接近されすぎるとこちらが不利だ。

 それに、奴はかつて、毒ナイフ使いとして名を馳せた男。あの武器にも、麻痺やスタン――――行動を制限するタイプの状態異常効果があるに違いない。

 俺が体勢を若干崩したのを見て、追撃を試みるブラックだが、それをテトの魔法が阻む。

 

 「チィッ……!! やっぱあの(アマ)邪魔だぜ……!」

 

 「邪魔なのはテメェだよ! さっさとくたばれ殺人鬼!」

 

 ブラックのナイフと俺の槍が交差する。

 お互いに筋力値、敏捷値、武器のグレードまで全てが同等。

 あとはもう、プレイヤー自身の戦闘能力で全てが決まる。

 

 「そ……らぁッ!!」

 

 ナイフを上手くいなすと、すぐに飛びあがって上段唐竹割りを繰り出す。

 これは本来は棒術における攻撃だが、ぶっちゃけ形が棒状なら何でもできるのだ。

 それを、オーバーに、というよりも、明らかに大きすぎる動作で回避するブラック。これほど大きく避ければ、回避から攻撃に移ることができないのに。

 一体、何を……と思ったところで、俺はようやく――――この時点では遅すぎるくらいだが――――ブラックの目的に気づく。

 俺に向かって突き出された左手。微かだが、確かに動いている口。

 

 「(ヤバッ……!! 魔法……ッ!?)」

 

 ここは、《ソードアート・オンライン》の世界ではない。

 ソードスキルはないが、代わりに魔法がある。

 遠距離戦闘がメインとなる世界なのだ。

 テトはまだ詠唱に入ったばかりで、明らかにブラックよりも発動が遅い。

 援護が期待できる状況ではなかった。

 

 「お……おおおオオオオ!!」

 

 今、俺の体は空中にある。通常なら、そこからの回避は非常に難しい。

 幸いだったのは、槍が手元にあることだ。

 槍が地面に叩きつけられた、その一点を支点にして、俺は右方――――ブラックを中心にした、円状のテトの方――――に逃げる。

 そこで俺は、自分の行動を後悔することになる。

 

 

 引っかかったな、藍色。

 

 

 確かに、ブラックの口はそう動いていた。

 直後、俺に向いていたブラックの左手が、テトに向けられる。

 

 「(やられた……!!)」

 

 苦し紛れでもなければ、回避行動のミスでもない。

 コイツ……最初からテトを摘みに行く気でいやがった!

 汗をかかないはずの仮想体なのに、全身から嫌な汗がどっと流れた気がし、戦慄した。

 怖い。怖すぎる。これが……

 

 「(これがラフコフの……PK(プレイヤーキラー)の執念……!!)」

 あまりの恐ろしさに、恐怖を超え、戦慄すらも超えた別の何かをそこに見た。

 だが、幸いだったのは、俺の飛んだ方向がテトの側なこと。何としても防御しないと……

 テトが、死ぬ。

 たった5文字のその現実を深く頭に刻みつけ、俺はもう一度跳躍する。

 今この状況がリアルタイム中継されているかどうか、俺に確かめる術はないが、だからと言って楽観視できる状況じゃないのは明白。

 キャラクターのステータスじゃない、それ以外のところで危険が迫っているのだ。

 

 「さ……せるかあああああああ!!」

 

 咆哮と同時に、《スタニング・ファタルラルド》を投げる。

 空中で、それも俺と同じかそれ以上の槍を投げるというのは中々大変な動作だが、そんなことを嘆いている余裕はなかった。

 なぜなら、どれだけ意気込み、どれだけ気合いを持っても、俺とブラックの距離はどう考えても魔法の発動よりも速く奴に一発入れることができないからだ。

 ならば、もういっそのこと、距離を詰めることを考えなければいい。

 そして、距離を詰めずにすぐにできる攻撃は、俺にはこれ以外にはない。

 

 「や……槍を投げて……!?」

 

 「当たれええええ!!」

 

 俺の投げた《スタニング・ファタルラルド》がブラックの左手のひら、魔法の中心に到達するのと、その魔法が発射されるのはほぼ同時だった。

 ほぼ同時――――より正確には、俺の方がコンマ数秒速かった。

 ボンッ!!という爆発音が起き、魔法は発動こそしたものの、ブラックの手元で炸裂する。

 

 「ぐああっ!!」

 

 勝利を、テトの死を確信していたブラックは、突然の出来事にあからさまに動揺した。

 いつもの子供っぽい、無邪気な邪悪もどこかへと行ってしまっている。

 ここにきてようやく、余裕のなさで俺達が対等になった。

 魔法の炸裂によって吹き飛ばされたブラックが元いた位置では、真っ二つに折れた《スタニング・ファタルラルド》が宙を舞っていた。

 だが、宙を舞う二本となったその槍からは、悔しさは感じ取れない。

 むしろ、本来の主を守れたような、誇らしさのようなものが滲み出ていた。

 

 「(済まない……お前の本来の使い手はテトなのにな……。けど、もう少しだけ、力を貸してくれ……!)」

 

 そう心で問いかけ、着地と同時にダッシュ、二本の槍の残骸――――いや、《スタニング・ファタルラルド》を掴む。

 まだ勝負は決まってない。

 まだブラックのHPは、残っている。

 

 「おおおおおおお!!」

 

 「……ッ!?」

 

 耐久力が尽き、消滅を迎えるまでの僅か数秒。俺がこの槍で戦える、最後の残された時間。

 自分でも信じられないほどにドキドキする。

 あの夜、ブラックと戦ったときだって、75層ボスとの戦闘だって、ここまでではなかった。

 これは、もしも比べられる物があるとすれば――――

 

 「(――――ヒースクリフ)」

 

 そう、頭をよぎった。

 未来のための戦い。

 復讐じゃない、過去ではなく未来のための。

 そうだ――――これは、テトの未来のかかった戦いだ。

 だからこそ俺は、負けられない――――!

 

 「(そうだよ……負けられないよ……!)」

 

 左手が熱くなる。

 何か、強く、温かいもので包まれている感触。

 俺はすぐに、それが優奈の手の温かさだと直感した。

 分かる。ずっと傍にいたからこそ。

 

 「(信じてる……藍人ならきっと、大丈夫だって……!)」

 

 やがて右手も熱くなる。

 優しく、そして温かい感触。

 こっちは珪子だ。強さが優奈なら、珪子は優しさだ。

 大丈夫だ――――勝てる。そう、確信できる。

 なぜなら、アイツは一人――――どれだけ群れようとも、結局は己の邪悪な欲望に従うけだものなのだ。

 けれど、俺は――――俺達は違う。

 俺は一人じゃない。いろんな人が支えてくれてる。

 優奈、珪子、和人さん、姉さん、里香にリーファにエギルにクライン……と、ついでに菊岡。

 だって、俺達は《皆》なんだ。孤独(ひとり)のコイツに、負けるわけがないじゃないか。

 

 「これで……終わりだああああああああ!!」

 

 咆哮と同時に、槍農地の一本をブラックの胸――――心臓部分に、もう一本を左目に突き刺す。

 痛覚は通らないように設定されているが、それでもゲームシステムに則ったルールでいえば、大ダメージだ。十分、即死モノだ。

 完全に空になった自分のHPバーを一瞥し、ブラックは俺と、そして戦いの終局を感じ取って近寄ってきたテトを睨みつける。

 

 「まだだ……まだ、終わらない。終わらないぞ、あいい……!」

 

 最後まで言い終わらないうちに、ブラックの体は消滅した。

 それと同時に、俺はその場に深く倒れこみそうになる。テトが何とか支えてくれた。

 

 「だ……大丈夫!?」

 

 「ぜ、ぜぜん……。そっちは……?」

 

 「何とか、ね」

 

 テトは俺の問いかけに、力なく笑いながら、そう言った。

 「しっかし、レースはもう勝てねぇなぁ……やるからには勝ちたかったけど」

 

 俺は天を仰いだ。

 これだけ戦闘に時間を費やしたのだ。

 もうとっくに、他のチームはゴールしているだろう。

 今からゴールを目指しても、上位入賞は無理がある。

 だが、そんな黄昏モードの俺を現実に引き戻す一言を、テトが言い放った。

 

 「え? 勝てるよ」

 

 「………………………………………え?」

 

 思わず聞き返してしまった。

 

 「だってさ、アイツを倒したから、今生き残ってるのは私たちだけだもん」

 

 「………はぁっ!?」

 

 つまりは、俺たち以外は全滅……!?

 そんなことがあるのか!?

 

 「あるよ。第一回大会とか、そうだったらしいし」

 

 「へ、へぇ……」

 

 きっと、俺の顔は跳んでもなくひきつっていたに違いない。

 SSO恐るべし、と心の中で思った。

 いや、恐ろしいのは血気盛んすぎるプレイヤー連中か……?




ようやくSSO内部での決戦が決着です。
次回は現実!
美海のマネージャーの正体も明かされる!


……え? 皆気づいてるって?
HAHAHA、そんばなかな……ッ!?
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