ソードアート・オンライン 《Violet Knight》   作:黒炉

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ポンポコたぬきさん、たらこさん感想ありがとうございました!


第74話 その後

 大きな出来事は人の価値観や考え方を変えることがある。

 少なくとも今回の事件――――《死銃》事件は、美海にとってはその程度には大きな事件だった。

 信じていた人の裏切り。そして、新しい仲間。様々な面で、色々な事があった。

 その中でも最も美海が嬉しいと感じれたのは、やはり《強くなれた》ことだ。

 

 「おい、五条。テメェ、あたしらのこと避けてるよな?」

 

 強くなれた、とは、力のことではなかった。

 強くなったのは、心の方。

 

 「……だって、当たり前でしょ。あなたたちに渡したお金を返してとは言わないけど、いい加減鬱陶しいの」

 

 「あぁ?」

 

 場所は美海の通う高校からそんなに離れていない裏路地。かつて美海と藍人が遭遇した場所だ。

 目の前に立ち塞がる遠山に凄まれ、一瞬美海はひるむ。

 だが、それで終わっていては何も変わらないし、何も変われない。

 必要なのは一歩踏み出すこと。逃げてごまかすのではなく、正面から立ち向かうこと――――

 

 「私にたかるのは、もうやめてってこと。いい加減にしてよ」

 

 「……テメェ、身体の事ばらされてもいいのかよ、おい」

 

 「好きにすればいいじゃない。その後どうなったって、今までよりはずっとマシだと思うから」

 

 脅されても屈しない。屈するわけにはいかない。

 いままでと同じ手段では崩れない美海に、遠山とその取り巻きは一瞬驚くが、すぐに口がつり上がる。

 ポケットから取り出したのは、一つのライター。安物ではあるが、着火能力はちゃんとしている。

 口でダメなら実力で崩す、というわけだ。

 

 「……ライターなんて、どうするの」

 

 「さぁね。どうすると思う?」

 

 「解らないわよ」

 

 強気な態度は崩さないが、それでも美海は内心びくびくだった。

 火をみて、果たして自分は冷静でいられるだろうか。取り乱したりしないだろうか、と。

 そんな様子に気づいたのか、美海の動揺が収まらないうちに遠山がライターの火をつけた。

 

 「………!!」

 

 揺らめく光から目を逸らしたくなる。

 色が、形が、全てが怖かったが、それでも目は逸らさない。注視し続ける。

 やがて、何も変化のない美海を流石に不審に思った遠山が焦り始める。

 

 「お……お前、何ともないのか……?」

 

 「……何ともないわよ。そんなものが、どうかしたの?」

 

 「な……!?」

 

 薄々感じていたものが言葉にされたことで、さらに遠山たちの焦りに拍車をかける。

 脅迫は聞かない、火もダメとなれば、遠山たちには美海に対して切る札がなくなってしまう。

 そうなればもう美海も躊躇する必要はなくなり、今までしてきたことが完全に表に出てしまう。

 即ち、彼女たちのこれからの人生に犯罪歴と言う消したくても消せない泥が付いて回るのだ。

 

 「く……クソッ!!」

 

 苦し紛れに吐き捨てると、遠山はライターをしまい、財布を取り出す。

 いきなり何をしだすのかと美海がキョトンとしているうちに、遠山は財布から2万円を取り出した。

 

 「と……とりあえず、これだけだ! これで勘弁してくれ!」

 

 しどろもどろになりながらもそれだけ言うと、遠山は目にもとまらぬ速さで走り去ってしまった。

 取り巻きの二人も彼女に倣い美海に5千円ずつ渡すと、すぐにいなくなってしまう。

 残された美海には、何が何やらさっぱりだった。

 けれど、一つだけ分かっていることがある。

 

 「か…勝った……!」

 

 美海は壁に寄り掛かると、そのまま座り込んだ。

 制服のスカートが汚れることも全く気にならない。

 ただ、今までの自分の弱さに打ち勝つことができたことが本当にうれしかった。

 勿論、これで終わりではない。ここからがスタートなのだ。

 それでも、本当に辛かったし本当に怖かったけど、ちゃんとスタートできたことが本当にうれしかった。

 ほっと一息ついた美海は、裏路地の奥、殆ど建物の陰になっていて、様子の分かりづらい方へと声をかけた。

 

 「終わったよ……ヴァイオレット君」

 

 美海の声が闇に吸い込まれると、直後、その闇の中からヴァイオレット――――結城藍人が姿を現した。

 

 「良かったな、何事もなくて。……アイツらがライター出してテトにつきつけた時には、かなり焦ったけど」

 

 「私も、よく我慢してたなって思ったよ。ありがとね」

 

 「いいって。本当に危なくなったら助けるつもりだったし」

 

 そう言うと藍人は美海に手を差し伸べた。

 それに美海がつかまり、身を起こす。

 これで美海の問題はとりあえず一つ片付いたが、まだまだその他の問題が山積みだ。

 

 「それで、この後はどうなるんだっけ?」

 

 「っと、菊岡――――今回の俺の依頼人に会いに行く。その時に、俺の仲間の一人を紹介するよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二人は現在地だった港区から、地下鉄を乗り継いで中央区銀座までやってきた。

 二人とも普段使いなれない地下鉄――――藍人は主に自転車が交通手段だし、美海はマネージャーの送り迎えの車がある為――――に途中混乱しかけたが、乗り過ごすこともなく無事に銀座までたどり着いた。目的はと言えば、今回の事件の後片付けのようなものだ

 どうやら藍人は銀座は来たことがあるらしく、駅を出てからはスムーズに目的地にたどり着いた。

 そこは、美海がおそらく過去未来通して永久に入ることのないような高級そうな喫茶店。近づくことすらためらうレベルなのに、藍人は何の迷いもなく入っていく。

 慌てて美海も続くと、藍人が白黒の――――白シャツに黒い蝶ネクタイのカッコいい系ウェイトレスに四苦八苦していた。

 あれ来なれてないぢゃんと美海が心の中で突っ込むと、店の奥から雰囲気をブチ壊すつもりとしか思えない大きな声が聞こえてくる。

 

 「おーい、ヴァイオレット君、こっちこっち」

 

 「……あれと待ち合わせ、です」

 

 ウェイトレスは顔色一つ変えず、丁寧にかしこまりましたと言って案内してくれたが、藍人の表情は声の主への恨みで染まっていた。

 近づくと、声の主の他にも二人、同じ席に座っている人間がいた。

 黒髪で少し女顔の少年と、眼鏡をかけた少女だ。

 

 「よ、藍人。その……災難だな」

 

 「てことは、和人さんもっすか……」

 

 黒髪の少年の方は、藍人と面識があるようで、きさくに話している。

 少女の方は藍人とも初対面だったようだが、美海を見ると一瞬目を見開く。だが、騒がれたくないという美海の心中を悟ったかのように一瞬微笑むと、男二人に周囲に迷惑にならない程度の小さな声で声をかける。

 

 「ほら、キリト。彼女が座れないでしょ。それに君も、いつまでも立ってないでよ」

 

 「あ、すみません……」

 

 「ごめんなさい……」

 

 叱られたようにショボンとする二人をみて、美海は思わず吹き出した。

 隣のマダムに睨まれた気がしたが、その場の全員がどこ吹く風なので美海もそうした。

 ようやく全員が席に着き、出されたメニューの金銭的な凄まじさと大声の主の税金の荒い使い方に眉をひそめる頃には、皆話をする雰囲気になっていた。

 席はコの字型で、中央に声の主、その両サイドに藍人と少年、少女と美海が隣り合って座っている。

 美海としては藍人の隣が落ち着くのだが、わがままを言うのもはばかられたのでこのままでいることにした。

 

 「ではとりあえず、自己紹介をしましょうか」

 

 ぼそっと藍人が、「聞きたくねぇー……」と言ったのを、美海は聞き逃さなかった。

 

 「初めまして。僕は総務省総合通信基盤局の菊岡と言います」

 

 そう言って、菊岡は美海と少女に軽く会釈をした。

 慌てて二人が会釈を返す。男二人が菊岡を指さして笑っているのは無視した。

 名刺を受取り、うわ肩書き長い!と思ったのは秘密だ。

 

 「えっと、朝田、詩乃です」

 

 「五条、美海です」

 

 しどろもどろではあったが何とか名乗る。

 菊岡は笑顔を絶やすことなくうんうんと頷いた。

 

 「俺は桐ケ谷和人だ。よろしく、五条さん」

 

 「あ、はいっ」

 

 「で、俺が結城藍人。よろしくね、朝田さん」

 

 「よろしく」

 

 それぞれ男が初対面の女性に名乗る。

 並んでいる和人と藍人は、美海の目には友達と言うよりも兄弟に見えた。

 やんちゃな弟の藍人と、しっかり者の兄和人、といった具合に……いや、さっきの菊岡への態度をみる限り、どっちもやんちゃか。

 それぞれの自己紹介が終わると、菊岡はぐっと口元を引き締め、頭を下げた。

 突然の事に、美海と詩乃が思わずたじろぐ。

 

 「この度はこちらの不手際で、貴女方を危険な目にあわせてしまい、大変申し訳ありませんでした」

 

 「あ、いえ、そんな……」

 

 ここまで誠実そうな人間に謝れても、美海としては困るばかりだった。

 詩乃も同様のようだが、男二人はまったく別。

 

 「ちゃんと謝ってもらった方がいいぞ。菊岡サンがもっとしっかりしてれば、あんなことにはならなかったんだからな」

 

 「右に同じ。あーあ、どっかのだれかさんのせいで……」

 

 和人に続いて言う藍人の表情が、どう考えても菊岡をおちょくって楽しんでいるそれだったので、美海はテーブルの下で藍人の足を思い切り踏んづけた。

 藍人が飛び上がり、テーブルの下で足の容体を確認する。

 

 「(テメェテト……あとで覚えてろよ……!)」

 

 「(目上の人を小馬鹿にする君が悪いのよ)」

 

 藍人は何か言いたそうに顔をしかめたが、何も言わずに右肘をつく。

 あまり行儀がいいは言えないが、とりあえず何も言わずに黙ったことを評価するとして、美海は何も言わなかった。

 

 「しかし、ヴァイオレット君の予想は見事正解だったわけだ。まさか死銃が、本当に複数だったなんてね」

 

 「いや……まぁ、俺もびっくりしたよ。“もしかしたら”ってだけで、超能力よりは現実的な意見ではあったけど、たとえばGGOの――――《光歪曲迷彩》だっけ? そう言うのがなければ、到底不可能な手段だったろうよ」

 

 「確かに、予想は出来ても確信は得られないよな。……なあ、菊岡さん。今のところ分かってること、話してくれよ」

 

 和人がそう言うと、菊岡は自分の目の前に置かれたコーヒーを一口含み、ため息をついてから口を開いた。

 重そう、という表現が合うほど、喋りには覇気がない。

 

 「うーん……犯人逮捕からまだ二日しかたってないからね……全容解明どころか、表面くらいしか見えてないようなものなんだけど」

 

 大抵の事件でも、連続殺人ならば全てが解明されるのには相当な時間がかかる。

 殺人事件に関しては、基本的に詳しい事件の顛末を知るものが犯人以外にいないことが大きな原因だろう。まして今回は、VRMMOというジャンルのゲームが関わった――――もう一つの異世界が関わった事件だ。二日程度で解明できるなどとは、勿論誰も思っていない。

 

 「さっきは複数と言ったけれど、実際にいたのは5人だ」

 

 そう言うと、菊岡は5人の名前を挙げた。

 和人と詩乃がダイブしていた《ガンゲイル・オンライン》で、実際に二人が相対した新川昌一。

 昌一の弟であり、詩乃を薬で殺そうとした新川恭二。

 藍人、美海が《スペルストリーム・オンライン》で戦ったジョニー・ブラックこと金本敦。

 美海のマネージャーでもあった、倉出栄助。

 もう一人は、その場にいた4人ともが知らない名前だった。

 

 「共通点は、新川恭二以外の全員が元SAOプレイヤーで、かつ笑う棺桶(ラフィン・コフィン)に所属していたことだ」

 

 それを聞いて、藍人は息をのんだ。

 クラディールはやはり、あの事件の後でシンカーにギルドを追放され、ラフコフに流れていたのだ。

 話を聞いて、美海と詩乃の表情に陰りが見えた。

 藍人は詩乃の件については和人から聞いた話でしかないが、二人とも信頼していた人物に裏切られたのだから仕方がないと言えば仕方がない。

 

 「今回の事件の首謀者は……結局、誰だったんだ?」

 

 「誰だったと言えば、まぁ……新川昌一と金本敦の二人だったのかな。君たちには、えっと、《ザザ》と《ジョニー・ブラック》の二人だった、と言った方が分かりやすいんだろうけど」

 

 「……だよな」

 

 二人は、SAO時代でもよくコンビを組んでプレイヤーを襲撃していた。

 口数は割と少なく、どちらかと言えばスピード重視のザザと、おしゃべりで軽薄、毒を主武器とするブラックの間には、あまり共通点は見られない。それでもあの二人は、完全に息の合ったコンビプレーを得意としていた。

 二人がそろえば、藍人はもちろん、和人でさえ太刀打ちできたかどうか。

 

 「あの……倉出さんは……」

 

 美海が唐突に、口を開いた。

 彼女からすれば、気になるのは名前も知らない、あったこともない兄弟よりも、ずっと身近にいた倉出のことの方が遥かに気になるのだ。

 美海の家で藍人と倉出が激突した後、当然美海にも藍人にも事情聴取が待っていた。

 倉出が危険な薬を持っていたことを考慮して一応の検査をし、いくつかの気があること以外に異常がないことが分かると、二人とも別々の病室で事情聴取が行われた。

 藍人には大して聞くことがなかったのか、いくつか現場に関して質問された後、「お前がホシを殴ったりしたことに関しては……まあ、不問にしてやる」と大柄で顔に大きな傷のある漫画のような刑事に言われただけだった。

 だが、美海の聴取は夜中の1時まで続き、医師の判断でそこで聴取は一旦終了、10時間後の午前11時からまた聴取が始まった。

 翌日の朝――――つまりは今朝、藍人から連絡があり、「今日の放課後に時間は空いているか」と聞かれた時には――――本当に予定はなかったのだが――――反射的にうんと頷いていた。

 その後、藍人と合流してから遠山たちとの関係を断ち切り、今に至るのだ。

 

 「倉出栄助は、聴取には応じてますよ。質問にはきちんと答えていますし。ただ、あなたの名前を出すとやけに動揺しますが」

 

 菊岡はとくに何も思わせずにそう言った。

 だが、それはすなわち、倉出がまだ美海に執着しているということでもある。

 藍人は「要らん情報を流すな」と口の中で毒づき、菊岡の足を軽く蹴った。

 

 「いってて……ともかく、もう危害が及ぶことはありませんよ。……と言いたいところなんだけどね」

 

 菊岡の含みのある言い方に、全員が顔をしかめる。

 和人が、菊岡に向かって喧嘩腰で言う。

 

 「なんだよ、菊岡さん。その言い方じゃまるで、まだ危険があるみたいじゃないか」

 

 「言い辛いんだけどね、実はまだ一人、さっき上げた中の一人が逮捕されていないんだ」

 

 菊岡の言葉に全員が息を飲む。

 新川兄弟と倉出が捕まっていることは今までの会話でわかるので、即ち未だに逃亡しているのは残る二人のどちらかだ。

 

 「逃亡中なのは金本敦――――ジョニー・ブラックだ」

 

 菊岡は低く、静かな声でそう言った。

 よれば、自分はSSO内での実行犯の役割だったのだが、計画決行の直前になって、《サクシニルコリン》の入った注射器を一本受け取っていたらしい。

 まだ、簡単に人を殺せる奴が一人残っている。

 そう考えただけで、美海は縮みあがる思いだった。

 

 「一応、君たちには伝えておきます。警察が全力で捜査しているからすぐに捕まるとは思うけど、狙われるとしたら君たちのうちの誰かだ」

 

 「………」

 

 誰も、何も言わなかった。

 藍人は腕っぷしには自身があったし、和人もその気になればある程度は対処できる。

 だが、美海と詩乃に関しては、完全に無力な女の子だ。

 気にするな、と言う方が無理がある。

 

 「大丈夫ですよ。すぐに逮捕されますよ」

 

 「……そうだな。そうなるよ。日本の警察は、そんなにバカじゃあない」

 

 普段は菊岡の言うことなすことすべてに喧嘩を売る藍人だったが、今回だけは菊岡に同調した。

 菊岡のもたらした上方に、少なからず美海も詩乃も動揺している。

 ならば、それを少しでも紛らわしてあげるくらいはしてもいい、というのが大きな原因だ。

 

 「……えーっと、それじゃあ新川昌一と恭二の詳しい話をしたいんだけど……」

 

 「ああ。俺と美海はもう行くよ」

 

 藍人がそう言うと、藍人と美海は立ち上がる。

 今回は特に何も食べていないが、藍人がその気になればこの役人を脅迫しておごらせることなど造作もない。

 

 「え? どうしたんだ、藍人?」

 

 「ちょっと、美海に合わせたい人がいるんすよ。……おい、菊岡さん。ぬかりはねえよな?」

 

 「勿論だよ、信用ないなぁ」

 

 「あると思ってんのかよ」

 

 そう言い、微笑みながら藍人は美海の方を向く。

 美海も、一応この後合わせたい人がいるということは聞いていたが、それが誰なのか、何処なのかは聞いていなかった。

 

 「ねぇ、藍人君。結局、誰に合わせたいの?」

 

 「そりゃま、会ってからのお楽しみだけどさ……きっと驚くぜ」




一応、次回が本編最終話です。
そのあと短編をいくつかやって(具体的には5話やって80話ぴったりで終了とかやりたい)完結の予定。
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