ソードアート・オンライン 《Violet Knight》 作:黒炉
最初は俺も、それなりに人付き合いのする子供だったらしい。
らしい、というのは、俺がそのころのことをほとんど覚えていないからだ。唯一覚えているのは、家の近くにあったゲームセンター。そこに並ぶ様々なジャンルのアーケードゲーム。
小学生2年生の時だった。少し早いゲーセンデビューをした友達数人に連れられて、俺はめでたくゲーセンデビューしたのだ。
最初はレースゲーム。その次は音ゲー、格ゲーと、何故か対人ゲームばかりをやっていた気がする。それは、ゲームを通じて人とつながりあうことが出来たからもしれない。
それでも、それほどのゲーム廃人になっても、俺はクラス内ではトップ、学年で見てもトップ5に入る成績を維持した。小学生の勉強というのは、案外授業だけでどうにでもなるものだ。あとは適当に宿題をこなしてしまえば遊び放題だった。
その日も、俺は一人でいつものゲームセンターに行った。その時にはすでに友人と行くことは少なくなっていたが、名前も知らない人間と対戦できるし、そこはオンラインで全国対戦もできる場所だったので、むしろ直接の連れはいない方が都合がよかった。もしかしたら、俺はもうこの時から一人でいることが当たり前になっていたのかもしれない。
とにかく、やることは変わらなかった。当時流行ったオンラインの対戦格闘ゲームだ。専用に発売されていたメモリーカードを使えば、どの台からでも同じアカウントで対戦が出来た。当時、俺はそのゲーセンに来て、なおかつこのゲームをプレイする人間の中では最強だったと記憶している。少なくとも、初めて1ヶ月後からは、負けた記憶がない。
ただし、最強というのはあくまでゲームの中の技術の話で、現実には俺は無力だった。
その日対戦を仕掛けてきたプレイヤーは、たまたま俺の向かいの台を使っていた中学生だった。
そして、何度やっても俺に勝てず、苛立ちを募らせていたソイツは、対戦相手が目の前にいる小学生だということに気が付き、リアルアタック――――ゲームで勝てない相手を、現実世界で物理的に攻撃――――してきたのだ。
もっとも、オンラインゲームで相手のリアルを割ることなど、普通のプレイヤーには不可能だ。俺の場合、その時だけ。たまたま。不幸にも。そういう類の偶然だったのだ。
『ガキのくせして、調子乗んじゃねえよ!!』
その時のことだけは、今でもよく覚えていた。人間は、嫌な記憶であればある程、それから逃げることは出来ないようになっているらしい。
訳も分からず強引に店の裏路地に連れ込まれた俺は、やはり訳も分からずいきなり顔面を殴られた。殴る、蹴るの暴行は続き、その間にも、全国レベルのトッププレイヤーとして君臨していた俺への恨みつらみ苛立ちを、暴言という形で浴びせられ続けた。
どのくらい続いていたのかは分からない。俺を殴っている奴は一人のはずなのに、何人にも、何十人にも、何百人にも、何千人にも責められているような気がした。
トッププレイヤーとして君臨することが、どういうことなのか、その時俺は初めて理解した。
トッププレイヤーとして君臨するということは、自分よりも下にいる人間から常にうとまれ恨まれ続けるのだと、幼いながらに俺は理解した。
どれくらい続いたかは分からなかった。数分だったかもしれないし、数時間だったかもしれない。
とにかく俺は心身ともにボロボロで、それからしばらくはどんなゲームすることなく、学校から帰っては何もせず、食べることもせず、ただ布団にくるまり、今まで退けてきた数多のプレイヤーの、聞こえるはずのない暴言や怨念を受けているような気がしていた。
あらゆるゲームで俺は動体視力を鍛え、反射神経を鍛え、シューティングでも音ゲーでも、どんな能力を要求されるゲームでも勝ち続けることを信条としていた俺にとって、勝つことで退けたプレイヤーの怨嗟の声が聞こえると思ってしまった時、その時から、俺は対人戦というもので勝つことが――――いや、対人ゲームをすること自体が出来なくなった。
そこからは、完全な一人プレイのゲーム、すなわちRPGというジャンルにはまった。あれだけのことがあっても、ゲームから離れなかったあたり、俺はやはりゲーム廃人の究極系なのだろう。
それまで見向きもしなかった完全な一人プレイというジャンルは、退けるべき人間がいない、つまり、どれだけ強くなっても自分を恨む人間がいない世界だった。
俺が現実においても、ゲームにおいても他人を一切信じられず、関わりを持てなくなった年の翌年、親戚一同が集まる新年会で、やはり俺は毎年の如く、姉さんと顔を合わせることとなった。
けれど、俺は姉さんの顔を見れなかった。怖かった。あの時のように、姉さんに何かを言われたら――――あの時のことを思い出しただけで、まるで親戚全員が、俺を怨念の目で見ているかのように思えた。
もしかしたら、優秀な人間ばかりの結城家でゲーム廃人となった俺に向けられる視線は、案外似たようなものだったのかもしれない。
とにかく他人というものが怖くなって、異常なまでの防壁を展開していた俺にとっては、既に姉さんさえも――――ずっと憧れていた人さえも恐怖の対象になっていた。
それでも、俺がどれだけ拒絶して逃げ回っても、姉さんは俺のことを他の奴らと同じような目で見なかった。
姉さんは嗚咽と涙が混じる俺の話を聞いて、こういった。
『それで、藍人君はそれからずっと逃げてるの?』
気付かされた。
そこにどんな原因があって、どんな経過があって、俺がゲームから逃げて自分だけの世界に閉じ籠ったとしても、結局、俺がしたことは怖いことから逃げているだけだったのだと。
そして――――ただの八つ当たりでしかなかったけれど――――俺は言い返した。怖いことから逃げることの何が悪いのか、と。
『悪いことじゃないよ。でも、藍人君はたった一度負けただけで、ううん、ゲームでは一度も負けてないのに、もう勝てないって勝手に決め付けて逃げてるだけだよね?』
もう、何も言い返せなかった。
そう、俺はまだ、どのゲームでも、一度も負けてはいない。なのに、勝てないと思っていた。思い込んで、決めつけて、逃げていた。
『私なんか、いつも勉強でいろんな人に負けてるけど、今の藍人君みたいにはならない。もっと勉強して、次はより上を目指そうって考えてる』
姉さんは、俺を抱きしめたり、慰めたりといったことはしなかった。
正月が終わって、親戚の集まりも終わって、慌ただしい日々も去った頃、俺はもう一度、あのゲームセンターで、あのゲームをした。
アカウントは、まだ使えた。何回かのアップデートはされていたが、大まかな部分は変わらない。
ソロプレイで勘を取り戻し、今度は俺から、俺が育て上げたキャラよりも数段格上のプレイヤーに勝負を仕掛けた。
俺が離れている数ヶ月の間に、新たな戦闘方が確立されていた。おそらく相手は定石のつもりでやっていたのだろうが、俺にとっては全てが未知の技術で、全てが新鮮だった。
昔ほどではないけれど、俺は対人戦の楽しさというものを取り戻せた気がした。
結果は俺の惨敗。けど――――それで良かった気がする。
そこからは、俺ははまっていたRPGと人との繋がりが融合したゲーム、即ちMMORPGへと、俺の生きる世界を変えた。
そして、大部分のソロプレイと時々のパーティプレイというプレイスタイルを取って。
今、《ソードアート・オンライン》の中にいる。
何の解説にもなりませんでした。ごめんなさい。
言うまでもなく藍人の過去です。MMORPGでソロがメインな理由は、こういうわけです。
じゃあなんでユウナとパーティ組んでるのとか今回出る筈だった設定云々は次回で、必ず、説明するのでどうかお許しを……!!
というわけで、次回もよろしくお願いします!