椚ヶ丘の春(仮題)   作:一文字

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家の時間

 ◇◇0

 

 イリーナとE組との和解が終わり、イリーナが受け持つ英語の授業では以前とうって変わって真面目に授業が行われていた。今はイリーナの持ち込んだ英語のドラマの映像を生徒に見せて、生徒にどんなことを言っているのか推測させているところだ。

 

「え~と、湯島って言ったっけ?この女は大体どんなことを言ってると思う?」

「えっと……直前に出会った男の文句を言ってる?」

「そう!こんな感じで、言葉は大まかにさえわかっとけば、あとは雰囲気とかで何とかなることも多いわ。……あんた、ちょっと来て」

「キ、キスしない?」

「……しないしない。いーから来なさい」

 

 手招きされた春がイリーナのところへ向かう。直前に答えた渚に『ご褒美よ』とキスをしていたためか、警戒した様子だ。

 

「ほら、頭出して」

「……?」

「まったく、頭撫でてやるって言ってんのよ。ほら」

「あ……ふわぁ……」

 

 イリーナが動物を上手に撫でるスキルを応用して春の頭を撫でると、春の口から気持ちのよさそうな声を漏れる。目の前で友人が惚けた顔になるのを見せつけられた倉橋は悔しそうにしていた。

 そんな倉橋の様子を見てイリーナは悪戯っぽく笑い、春の頭を撫でていた手を後頭部に回していく。

 

「え?やっ……!」

 

 そして、イリーナは春が撫でられる感触に集中していた隙に体を近づけ、後頭部に回した腕で春を逃げられないようにしつつ一気に口付ける。

 

「あっ?ん、ふっ……、ぁ…………」

 

 最初は何が起こったのかわからないという顔でされるがままだった春が混乱しながらもイリーナの懐から抜け出そうと思ったときにはもう手遅れである。弱々しく体を押す春の手など無いかのように唇を蹂躙するイリーナのキスから春が解放されるとその場に崩れ落ちてしまった。

 

「ふふん、甘いわね~。頭撫でるためだけに呼ぶわけないじゃない。これはおまけよ。ん……」

「んうっ……!?」

「春ちゃーん!?」

 

 あまりの衝撃に立てないでいる春に、本日二度目となるイリーナのキスが襲いかかった。

 

 

 ◇◇1

 

 

 椚ヶ丘中学校には月に一度全校集会が行われる。山の上の隔離校舎に通わされるE組生徒は昼休みを返上して本校舎へ向かわなければならないというイベントだ。

 

「あ、三島さんと桐谷さん!久し振りー!」

「あ……湯島さん」

「わ、私たちクラスの列に並ばないといけないから……」

「そうなの?じゃ、またねー。あ、鈴木くん!こんにちはー!」

「おう湯島……元気そうだな」

「まあねー」

「おい、鈴木……」

「あ、ああ……。またな、湯島」

「ん。また今度ー」

 

 本校舎の生徒達が見下す時間を過ごさなければならないため、大多数のE組生徒が居心地悪そうにする中、本校舎に所属するたくさんの生徒達に話しかけ回っている小柄な女子生徒。湯島春である。

 春は話しかける生徒達にE組だからと避けられつつも、まったく気にしていない様子である。

 

「湯島ってスゲーよな……」

「うん。あのバイタリティーは真似できないよ」

 

 杉野の思わず漏れた感想に渚が同意する。他のE組生徒も同じような感想を抱いていた。

 

 

 ◇◇2

 

 

 放課後の掃除中、イリーナはある女子生徒を空き教室に呼び出していた。掃除当番が割り振られていないことは事前に知っていたため、もうすぐかと教室の入り口を見る。

 

「失礼しまーす」

 

 おずおずと教室に呼び出した生徒が入ってくる。イリーナと似た色の髪をひとつ結びにした少女、湯島春である。

 

「えっと……何の用事ですか?」

「……あんまり時間かけてもしょうがないわね。あんたを呼んだのは質問があるからなの」

「質問……?」

「あんた、本当はもっと英語できるんじゃないの?」

 

 イリーナは春の表情がこわばるのをはっきりと見てとった。

 真面目に授業をしてみてわかったが、彼女の英語の発音はとてもきれいだ。『L』と『R』、『B』と『V』などの日本人が混同しやすい発音もはっきりと区別できていた。それなのに、彼女の英語の点数は低すぎる。それこそわざと点を低くとっているように。

 そのためイリーナは何か特殊な理由があった場合を考慮してわざわざ空き教室で質問を行っていた。

 

「……何か言いたくない事情があるなら、別に答えなくて良いわよ?」

「……あー、別に言いたくないわけじゃないんです」

 

 話しづらそうにしながらも春はイリーナに口を開いた。

 

「私って、実はお嬢様でさー。昔から外国に旅行することが多くって、一番英語圏に行ってたから英語の発音ができるだけなんだー。あ、私がお嬢様だってこと他の人に言わないでね?」

「なんでよ、別に良いじゃない」

「……昔、家のことで色々あってさ。あんまり広めたくないの」

 

 怪訝な顔をしたイリーナに、春は少し寂しそうに笑って言った。

 春はそのまま振り返って教室を出ていこうとするが、イリーナは「ちょっと待ちなさい」と呼び止めた。

 

「今度から私には敬語を使うこと。いいわね?」

「えー?面倒くさいー」

 

 生意気に文句を言う春に、イリーナはうつむいて歩み寄る。

 春が嫌な予感を覚えて後ずさるものの歩幅の違いからすぐに追い付かれてしまった。

 

「え、あっ……んんっ……!」

 

 イリーナをカチンとさせた春に対し、本日三度目となるイリーナのキスが執行された。

 

 

 ◇◇3

 

 

 烏間との投げナイフ訓練を終え、日課の図書館通いを終えた春は家の手前で少し呼吸を整えていた。家の中の方が猫を被らないといけず、外を出歩くよりも気が抜けないためだ。

 春は家に入ると、近くにいた執事に自分の荷物を預けてリビングに向かう。リビングには春の保護者達が座って夕食をとっていた。

 

「叔母様、叔父様、ただいま帰りました」

 

 春はそう言うと、保護者である叔母夫婦に対し優雅に一礼した。




春は結構いいところのお嬢様です。
昔は料理やピアノなど、色々な習い事をしていました。
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